イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作



第三章 新しい風の中で(十三)



「古株さん! どうしたんですか?」

 口をあんぐりと開けていた古株さんが、円堂に気づいて前を指差す。その先には、まだまだ白い雪原が。だが、その先に黄色が混じっていた。暗めな黄色が、白の中で小さく揺れる。

「人だ! この雪原の中に人がいるんじゃ!」
「人? オレ、ちょっと見てきます!」

 言うが早いか、円堂はキャラバンを飛び出た。
 瑞々しい(みずみずしい)空気が肺に流れ込んでくる。外は寒く、円堂は身を震わせたがすぐに”黄色”の元へとかけだす。
 その後ろ姿を見ようと、キャラバンの窓を開け、雷門中サッカー部のメンバーが顔を出す。

 シャーベット状の雪を踏みつけ、靴下が濡れる。
 その黄色がいるのは雪原の真ん中で、進めば進むほど円堂を拒むかのように雪が深くなる。
 初めは足ほどもなかったのに、今はもうスパイクが雪に埋もれている。雪を踏む感覚は心地よいが、靴下が濡れて肌に張り付き気持ちが悪い。
 進むのも大変だ。普通に歩けないので、足が埋もれたら素早く次の足を出す。また埋もれる。また出す。その繰り返しだ。おかげで進みずらい。

「あ。いたいた」

 進みにくさに円堂のイライラが始まったころ、ようやく黄色の元にたどり着いた。

 それは予想通り人であった。黄色い地に雪を思わせる黒いラインマークが入ったジャージを身につけている少年。目を大きく見開き、身体を抱くようにして震えていた。
 少年は、歳も背丈も円堂と同じくらいだろう。北海道人らしく雪の様な色白の肌。きめが細かく、目をひかれる。しかし今はさらに白さが増し、血の気がうせている。
 顔立ちは端整で、垂れ目で少し色素が薄い緑の瞳がなんとも可愛らしさを演出している。が、目のせいで頼りなさそうな印象を受けるのも事実である。雪の日の雲を思わせる灰色の髪が横に跳ねていて、その首には白いタオルの様なマフラーがまかれていた。

「お~い。キミ、大丈夫か?」

 円堂が呼びかけると、少年は助けを求める視線を円堂に投げかけてくる。身体を震わせながら、片手を上げて弱弱しく振る。

「あ……あ、あ……」

 何か口が言葉を紡いでいる。
 しかし呂律(ろれつ)が回らないらしく、うまく聞き取ることが出来ない。

 どうしたんだ? と声をかけながら、円堂は少年に歩み寄る。揺れる片手を掴んで――外にも負けない切られるような冷たい体温を感じ、反射的に離した。
 どうやら彼は立派な遭難者である。さすがの円堂も状況を素早く理解した。

「身体が冷たいじゃないか! こっちに来て休めよ」
 
 片手を差し伸べながら誘うと、少年は強張った笑みを浮かべ

「あ……あ、ありが……と、と、と」

 必死に口をもごもごさせ、お礼を言った。
 そして数歩歩いたところで……円堂の手を取った。

 円堂に手をひかれ、ゆっくりとキャラバンに戻った少年は今は留守である蓮の席――円堂の横に座らせる。少しは寒さが和らぐキャラバン内にいても、少年の身体はまだ悪寒で震えていた。
 円堂がキャラバンのみんなに少年と会った経緯、遭難者であることを説明した直後、キャラバンが忙しくなる。
 
 悪いが女子全員をキャラバンから一度外に追い出し、少年の濡れた服一切合財を着替えさせる。服と言えば予備のジャージしかないので、応急手当に雷門ジャージを着せた。靴下とスパイクもはぎとり、雷門用のものを身につけさせる。
 そして女子たちを呼び戻し、毛布で何重にも少年を包む。少年はあっというまにごわごわになった。顔色もだいぶ良くなり、血の気が巡ってきたようだ。頬に赤みが差している。震えも止まっている。それどころか逆にうっすらと汗が浮かんできてしまっていた。
 途中、春奈が「ぬいぐるみみたいで可愛いです!」と叫んでいた。

 それからしばらくして、少年の頬が完全に火照ったのを確認。毛布を外し、春奈が湯気の立ったココアが入ったマグカップを手渡す。

「大丈夫ですか?」
「ふ~」

 少年は安どの様な長い溜息を吐くと、キャラバン内の全員を見て、

「ありがとう。おかげで助かったよ」

 澄んだきれいな声でお礼を述べた。
 それに対して夏美が顔をしかめ、

「全く。こんな雪原の真ん中で一人で歩くなんて、不用心じゃなくて?」
「あははは……でも、あの北ヶ峰(きたがみね)はボクにとって大切な場所だから」

 少年は苦笑して、白い一点を指し示した。
 さっきまで気がつかなかったが、白くそれなりの高さがある山がそびえている。なるほど。北ヶ峰と言うだけあり、険しそうな山だ。
 そこへ古株さんが口をはさんでくる。

「北ヶ峰じゃと? あそこは雪崩が多くて危険な場所じゃろう? 何年か前も大きな事故があったらしいじゃないか」
「……雪崩」

 ”雪崩”を恨めし気に囁いた少年は、マフラーを片手でぎゅっと握りしめ口をつぐんでしまう。カップの中のココアが静かに波紋を広げる。その瞳には、悲しみの色がたたえられていた。

「ところでお前、どこの学校に通ってるんだ?」

 話題を転換するように、円堂が少年に聞く。

「この先の白恋中学校だよ」
「へぇ~。奇遇だな。オレたちもこれから、『吹雪 士郎』ってやつに会いに行くところなんだ」

 そう円堂が言うと、少年は自分を指差して誰もが耳を疑う言葉を口にした。

「え? ボクに会いに来たのかい?」