イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作



クララとレアンの暴言パラダイス④――無意識の加害者



聞き覚えのある声がし、蓮ははっとしと目を開けた。頭からわずか数センチ上を、まず高熱を帯びた物体が通りすぎる。お湯が沸騰するのに似た音が耳に届く。肌寒いはずの気温が一気に上昇し、真夏並の暑さとなった。辺りは数秒のうちに、熱気に満たされる。蓮の肌にうっすらと汗が浮かび、熱気が空気を陽炎のように揺らす。蓮は、頭だけを動かして、真夏を作り上げるものを目で追った。それは、赤い隕石を連想させる、巨大な火の玉。正しくは火の玉のように膨らむ、炎を纏うサッカーボールだった。激しく炎を燃やしながら、レアンに近づいていく。豪炎寺の<ファイア・トルネード>を凌ぐ炎だ。炎が燃える勢いも、炎の大きさもこちらの方が勝っていた。
蓮が南雲のボールに見とれていると、今度は気温が一気に下がった。最初の気温を通り越し、真冬の寒さとなった。あまりの寒さに、蓮は頭を下げ、身を震わせた。頭の上を、風を伴いながら、物体がよぎったのだ。氷のような、冷気を放つ物体。何かと顔を上げると、凍り付いたペットボトル。透き通った氷の中に、スポーツ飲料のラベルが見える。凍り付いたペットボトルは、虹色の輝きを溢しながら、クララとの距離をどんどん縮めていた。
レアンもクララも、技を放つ体勢だったが、身軽にも身体を横に捻った。勢いがついていたせいで、壁際まで身体を回転させながら進んだ。<アトミック・フレア>と<ノーザン・インパクト>は彼女たちには当たらず、床に落ちる。火の玉も氷も消え、ただのサッカーボールとペットボトルに戻った。乾いた音をたてて、床に転がった。
レアンとクララは、壁に身体がぶつかると、素早く立ち上がり、振り返った。驚いた面持ちで、蓮を守るように立ち塞がる南雲と涼野を見る。南雲と涼野の顔には、強い怒りが露になっていた。敵意を目に灯し、威嚇するように白い歯を剥き出しにしている。蓮は、晴矢と風介が助けに来てくれた……と、二人の逞しい背中をぼんやり眺めていたが、とうとう意識を失った。崩れるように額を床につけ、それきり動かなくなる。


「蓮!」

涼野が心配そうに蓮の名を呼び、蓮に駆け寄った。南雲は、目を眇め、クララとレアンに食って掛かる。

「テメーら! 蓮に何したのか分かってんのか!」

南雲の怒声が、広い倉庫の中に反響した。南雲に同意するように、しゃがんで蓮の容態を窺っていた涼野も二人を睨む。南雲と涼野の迫力にクララとレアンは、びくっと華奢な身体を震わせた。しかし、レアンは懇願する光を目に宿し、

「バーンさま、ガゼルさま。何故そんな、塵芥川(ちりあくた)のような存在を守ろうとするのですか?」
青い瞳を潤ませながら、静かに南雲に尋ねた。南雲は無言でレアンを見つめながら答えない。レアンは、南雲の後ろにいる蓮を憎々し気に見やる。

「幼馴染み、だからですか?」

冷ややかにクララが聞いて、涼野は立ち上がって頷く。クララは、はっきりとわかるくらい動揺した。

「どうして、記憶のない幼馴染みを大切に思うんですか!」

クララの悲痛な叫びが、事実そのものが、涼野と南雲に突き付けられた。


事実を突き付けられた南雲と涼野は、答えに窮し、顔に皺を寄せた。
蓮は、自分たちと過ごした日々をきれいに忘れている。だが、南雲と涼野の記憶に蓮はいる。変わっていない愛嬌のある笑み。幼少期に見せていたサッカーの片鱗。――戻れない楽しい日々だ。あの頃には戻れないが、新しく”友達”の関係は築けるとそう二人は信じていた。

「……記憶がなくとも」

涼野が口を開き、クララは絶望した顔つきで涼野を見る。口が少し開けられ、瞳が潤む。顔から血の気が失せていく。どうして、どうして、と狂ったように呟いていた。涼野は顔色一つ変えず、倒れた蓮を一瞥し、
「蓮は、私と晴矢の幼馴染みだ。そのことに変わりはない」

はっきりと言った。クララは、静かに首を振る。光の雫が弾けるように光った。
「ガゼルさま。もう昔には戻れません。彼を裏切って雷門を倒してください。……今、雷門を倒さないと、あたしたちの居場所はなくなります」

クララが先程とはちがい、はっきりと感情を露にした。必死、必死、必死。それしかなかった。彼女の訴えは実に切実なものだった。南雲と涼野は口を閉ざした。居場所は、エイリア学園しかない。分かりきっていることだった。このまま蓮を理由に雷門と戦わなければどうなるかも。分かりきっていることだった。
南雲と涼野が反論しないところに、クララが畳み掛けて言葉を投げ掛ける。

「父さんは『ジェネシス』だけしかいらないと言っています。わたしたちはいつ、エイリア学園からお払い箱になるかわからないんですよ!?」

南雲と涼野は悔しげに顔を歪めて、お互いを見、次に気絶した円堂たちを。最後に蓮の背中を見つめた。倒れたままの蓮の背中をじっと見つめていた。
レアンは苛立ちを隠すように腕を組んで、爪先で地面を叩いている。スパイクが床を叩く音が反響し、多くの人間が一斉に床を叩いているような錯覚を起こさせる。やがて爪先で床を叩くのを止めた。腕組みをとき、何も言わない背中に向かって、確認するように問いかける。

「バーンさま。わたしたちの居場所はエイリア学園だけ。このままその幼馴染みに拘っていると、プロミンスもダイヤモンドダストも居場所がなくなるんですよ?」

南雲と涼野は振り向かなかった。それどころか、倒れた蓮に近づくと、彼の近くにしゃがみこんでしまった。クララは悲しそうに目を伏せ、レアンは顔を真っ赤にした。

「……どうして何も言わないんですか」

静かで抑揚がない――だが、はっきりと怒りに震えた声でレアンは言った。
南雲も涼野も答えない。レアンとクララに背を向けたまま、一言も発しない。
しばらくの間、レアンは二人が何か言うのを待っていた。しかし、やがて限界に来たらしい。突然、

「バーンさまとガゼルさまの分からず屋!」

と、子供のように泣き叫んだ。その時だけ、南雲と涼野は悲しみと怒りが混ざった顔で振り向く。
同時にレアンを飲み込むように、彼女の背丈程の火柱がさっと立つ。人間の身体など簡単に焼いてしまいそうな勢いの炎だ。クララも慌てて、火柱の中に飛び込んでいった。わずか数秒もしないうちに火柱は、消える。消えた後には、何も残っていなかった。クララもレアンも、彼女たちが存在していた痕跡すら。火柱が持ち去ってしまったようだ。何もない、倉庫の床が広がる。