イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作



第三章 新しい風の中で(十六)



「白恋と雷門の練習試合? あ~どうぞどうぞ。好きに行ってください。う~寒い寒い……」

 そう白恋中学校の監督は、はっきりと快諾(かいだく)した。その後、あかぎれだらけの手をこすりながら校舎の中へと消えていった。
 監督は、白い毛糸で出来たふわふわのニット帽。目を覆い隠すように赤い縁のスキー用ゴーグルをし、口から首元にかけては、青いマフラーで覆い隠されている。全身は、動物の毛皮せいらしくごわごわした厚めなオーバーコートを着用している。そんな人だった。
 大変な防寒装備にも関わらず寒いらしい。それではこの北海道の大地で凍死してしまうのでは? と思わず疑いたくなるが、白恋の生徒に言わせると冬には覚醒し、別人のようになるらしい。

「みんな、雷門イレブンをグラウンドまで案内してもらえるかい?」

 吹雪が周りの女子を見渡しながら言うと、女子たちからまたもや黄色い歓声があがった。はい! とかもちろん! とかやけにはりきった声がする。
 恍惚(こうこつ)の表情で吹雪を見つめていた女子たちが、我先にとたがいを押し合い、へしあい行動を開始する。

「みなさ~ん! グラウンドは本校舎の下ですよ!」

 素早い女子が校舎の左はじにある階段前まですかさず移動し、手を振りながら大声で呼びかける。

「由美ちゃんだけ抜け駆けなんてずるい!」

 別の女子が頬を膨らませると、由美と言う少女は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。由美に負けたのが悔しいのかその女子は雷門イレブンに近づくと、

「荷物、私が持ちますよ?」

 雷門イレブンの鞄を持った。
 さすがに一人では抱えきれないので、複数の女子が分担して1人2,3個の鞄を持ち合うこととなる。

「あ……」

 その女子を見ていた風丸が一人の少女を見て声を上げる。
 少女は太ももまである長髪の金髪を揺らしながら、こちらに来る。周りの女子より明らかに存在感がある。まるで舞台に立ち、スポットライトを当てる主演の様な存在感だった。それは彼女の美貌のせいだろう。
 吹雪に負けないほど色白の肌。顔のパーツは美しすぎるバランスで配置され、中でも海を映したような深い青い瞳は見つめられればその深さに飲まれてしまうよう。さらにすらりとしたやせ形の体格。女性らしいほっそりとした腕と足が彼女の美しさをさらに際立たせる。

 少女は風丸と目が合うと、

「久しぶりだな、一郎太」

 外見らしく綺麗な声色で風丸に挨拶をした。


  ***


「アイリス、久しぶりだな」

 風丸が少女に近寄ると、手を上げて挨拶をした。
 アイリスも口元に微笑を浮かべ、手を振る。しばらくぶりに友に会った、と言う空気が二人の間にできていた。

「風丸の知り合いなのか?」
「ああ。こいつはアイリス・天時・スカイブルー。オレが幼稚園の頃かな……家が隣同士で、アイリスが親の都合で北海道に引っ越すまで、よく遊んだりしていたんだ」
「へ~そうなんですか。ちょっと、キャプテンお話しましょう!」
「は、春奈? なんで引っ張るんだよ」

 そう風丸が説明して、春奈が関心を示した。そして妙なにやつきを顔に浮かべた。元新聞部だけあり、こういう人の微妙な関係を詮索(せんさく)する、野次馬根性が備わっているのだろう。
 それから、円堂の服の袖を強く引っ張って、円堂を人込みから少し離れたところに連れ出し、そっと興奮しながら耳打ちをした。

「風丸先輩の幼馴染なんですね! キャプテン、お似合いだと思いませんか?」
「ん? そうだな」

 こういう男女の機微(きび)には弱い円堂に、同意を求めること自体無謀な話だ。
 わかっているんだか、わかっていない顔で、春奈にとりあえず意見を合わせた。
 春奈は話を続けようとしたが、

「雷門イレブン、一郎太。グラウンドはこの先だ」

 アイリスの声を合図にみんなが移動を開始するので、しぶしぶ諦め、円堂と共にみなの後を追いかけ始める。

 白恋のグラウンドは、校舎左わきの木製階段を下りた先にある。
 階段にはところどころ雪が残っていた。生徒が踏んでいるのか土色に染まり、靴跡がしっかりあった。
 足を滑らせそうで怖いし、一段を踏みしめるごとに軋んだ音を立てるのがますます恐怖感をあおる。雷門サッカー部は一段一段丁寧に、てすりに捕まりながら慎重に下りた。
 その先はまた雪原。校舎近くに多かった木も、こちらにはほとんどない。
 用具を入れるとおぼしき丸太を組んで作られた倉庫や、木の背もたれがないベンチ以外、白がほとんどを占めていた。
 その中央部分は、雪が左右にどかされ積み上げられている。むき出しになった地面には、サッカーフィールドのラインが引かれていた。
 フィールドの周りにはベンチがあり、騒ぎを聞いた多くの白恋中学校の生徒が腰かけていた。立ち見のものもいる。
 またベンチとベンチの間に小さなかまくらがあり、中でろうそくがきらめいている。それを見た円堂は、心なしか、身体が温かい気がした。

「やあ。待たせちゃってごめんね」

 しばらくして、白恋のユニフォームに身を包んだ吹雪が同じユニフォームを着た11人と共に歩いてきた。アイリスも中にいた。この学校のサッカー部メンバーだったようだ。
 白恋のユニフォームのシャツは、クリーム色の毛糸製。両腕には雪を連想させる紺色のラインが通っている。ズボンはラインと同じ色で、足の付け根部分から膝に向かって、切るように斜めの白い線がある。靴下もシャツと同じで、上部分に雪のラインが。スパイクは紫色で、なかなかずっしりとした感じがある。

「え! 吹雪がなんでDFの位置にいるんだよ」

 白恋メンバーがそれぞれの位置に並ぶのだが、吹雪はGKの右手前――すなわちDFの位置にいた。
 ストライカーだと聞いていただけに、雷門サッカー部はそろいもそろって頭にクエスチョンマーク。いろいろと相談を始める。
 その光景を見ていた、吹雪の隣にいたアイリスが、

「そりゃあ、FWは”アツヤ”の方でしょ」

 そうあっさりした口調でこぼし、アイリスの前にいた傘を被った少女――荒谷 紺子が、びくっと身体を震わせた。

「アイリスちゃん、それは秘密事項だっぺ」
「ごめんなさい、紺子」

 荒谷が指でし~と言う素振りを見せ、アイリスが慌てて口をふさぐ。
 ちらりと雷門イレブンを一瞥したが、誰にも聞こえなかったのか、相変わらず吹雪の謎について議論していた。アイリスは、じっと前を向く。

「ところでそっち人数が足りないけど、大丈夫?」

 ああ……と雷門イレブンが一斉にため息をつく。
 豪炎寺が奈良で抜け、今はさらに親の都合で、蓮と塔子が一時離脱している。そのせいで9人しかいない。
 監督曰く二人は、明日には白恋につくそうだが、今いないことに変わりはない。ちなみに当の二人は、そんな事態だと露知らず。旭山動物園のミュージアムショップで買い物を楽しんでいる。
 
「くっそ……白鳥も塔子も親の用事だけで、何日かかってんだよ!」

 染岡が悔しそうに地団駄を踏んだ。吹雪に何か言われたことが、とても悔しいようだ。

「こっちから一人、スケットを出そうか? 公式試合じゃないし、10対10で問題よね?」

 いらねえよ! と染岡がつっぱねるが、半ばそれはシカトに近い形で吹雪に流された。
 白恋メンバーは全員賛成し、雷門も相談して白恋の好意を受けることに……いや、監督の絶対命令だった。
 吹雪は前にいたアイリスを見やり、

「じゃあアイリスちゃん、お願いできるかい?」

 その言葉に白恋サッカー部がどよめいた。
 アイリスを除いた全員で吹雪を取り囲み、止めるように説得にかかる。アイリスは気にしていないらしく、さっさと雷門側のエリアに進んでいった。
 どうやらアイリスはなかなかの実力者であることが伺える。

「アイリスがいなくなったら、死ぬっぺ!」
「負け決定だっぺ!」
「え~アイリスがいなくなったら、うちらはかなり危ないっぺ! 負けちゃうっぺ!」

 わらわらと囃し立てるメンバーをよそに、吹雪は笑顔を浮かべる。
 そして少しかがみこんで、

「みんな、大丈夫だよ。後半からは……」

 何か小声で囁いた(ささやいた)。雷門側からでは聞き取れない。
 その言葉で、白恋サッカー部のメンバーに急に活気が戻る。手と手を取り合って跳ねたり、野生動物さながらに声を張り上げたりと表現方法はいろいろだが。

「いつものあの手ね」

 アイリスはわかっているのか、口元を歪ませて、はりきる白恋メンバーを見つめていた。