イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作

第四章 闇からの巣立ち(八)
木暮が見えなくなると、代わりに縦に細長い楕円形の顔を持ち、オレンジのバンダナを頭に巻いた人間が焦った顔つきで、穴の中を覗き込んできた。見えている衣装は木暮と同じもので、漫遊寺の生徒らしい。その少年に続いて、雷門サッカー部のメンバーも心配そうに穴の中を見てくる。
「お、お二人とも大丈夫ですか!?」
少年が呼びかけてきて、蓮と円堂は安全だと言うことを示すために手を振って答えた。
*
雷門サッカー部のメンバーが総出で蓮と円堂を穴の底から引っ張り上げ、穴の底から救出された二人はジャージに着いた砂埃を手で払っていた。払っても後は消えるわけではないので、青と黄色のジャージにはところどころ茶色い斑点がこびりついてしまっている。蓮は円堂の上に落ちたので、痛みはない。しかし蓮の下敷きとなった円堂は背中が痛むらしく、しきりにさすっている。埃(ほこり)を擦ったせいで喉はからからに乾き、いがらっぽい。二人とも長い間咳き込んでいた。
「ぷはぁ……喉がカラカラだ」
円堂の声は少し擦れていた。蓮も喉がかゆいような感覚が残っていて、時折喉を指でさすっている。
「ひどいめにあったね、円堂くん」
「我がサッカー部の部員、木暮がご迷惑をおかけして。本当にみなさまには、謝っても謝り切れません」
少年こと漫遊寺サッカー部のキャプテン――垣田(かきた)は、深々と頭を下げた。
垣田のすぐ後ろのグラウンドでは、木暮が一人でグラウンド整備をやらされている。今は雑巾でゴールのポストを拭いていた。クロスバーの上に乗っかり、嫌そうな顔で黙々と拭き掃除を続けている。
「あの子は、いつもあんな感じなんですか?」
木暮を軽く一瞥した春奈が、垣田に尋ねる。すると垣田は顔を上げ、呆れたようにため息をついた。
「はい。木暮はあんな風に毎日いたずらばかりですよ……周りをすべて敵だと思い込んでいまして、あやつからすると復讐のつもりなのでしょう。ですから、サッカーをやらせるよりも、精神を一から鍛えるべきだと思い、あのように修行をさせているのですが」
垣田は振り向き、背後で掃除をしているはずの木暮の姿を探した。しかしいつの間にか木暮の姿はなくなっている。クロスバーの上に雑巾だけがかかっていて、当の本人がお寺の様な漫遊寺校舎の中へと走り込んで行く後ろ姿があった。
垣田が再度大きな声で怒り、雷門サッカー部は一斉に両手で耳を塞ぐ。木暮はわざとらしく立ち止まると、ニヤリと性根が悪い笑みを作りながら振り返る。そして、何事もなかったかのように、校舎の中へと駆けこんでいった。顔をしかめ頭を抱えた垣田が、
「……徒(いたずら)に終わってしまいます」
「もう! どうして人にいたずらばかりするのかしら」
苛立った様子を見せる春奈に蓮がなだめるように声をかける。
「木暮くんって、寂しがり屋なのかも」
「寂しがりにしてはやりすぎだわ」
「でも、どうしてそんな性格になったのかしら」
何気なく秋が呟き、垣田の顔が少し暗くなった。話すのを逡巡(しゅんじゅん)しているのか、視線が宙をさまよっている。やがて覚悟を決めたように雷門サッカー部をぐるりと見渡し、キャプテンである円堂をしっかりと見据える。
「それは恐らく木暮の過去のせいだと思います」
「過去?」
続きをためらうように垣田は視線を少し下げ、
「……あやつは幼い頃、母親に捨てられたのです」
重い口調で口を開いた。
「……捨てられた」
春奈と鬼道がわずかに眉根を寄せる。蓮が無表情で氷のように冷たい声で言ったが、誰も気にしなかった。垣田は憐れむような悲しげな表情で話を続ける。
「母親と一緒に出かけていたところ、駅に置き去りにされたようでして……それ以来、人を信じることが出来なくなり、あんなひねくれた性格になってしまったのです」
「……バカ」
蓮が低い声で呟いたが、誰も気にしなかった。
「立ち話は何ですから、中にご案内しましょう。どうぞこちらへ」
垣田の先導で、重苦しい空気の雷門サッカー部はゆっくりと校舎の中へと歩みを進めていく。その時、蓮は春奈がひとりでみんなとは逆方向――先ほど木暮が姿を消した方向に進んでいくのが目にとまった。
「あれ、春奈さんどこに行くんだろ」
蓮はそっと気付かれないように列から抜けると、春奈の後を尾行し始めた。
***
12月31日、午後11時の遅く。もう早いもので、いよいよ新年を迎える時間となった。新年を迎える時間は誰にでも平等にあるように、ファイアードラゴンのメンバーにもそれはある。
シベリア気団がもたらした寒さは夜になるといっそう強くなる。だからかアフロディ、南雲、涼野、蓮の4人は暖房がよく効いているアフロディの部屋に集まっていた。何故か四人ともファイアードラゴンのユニフォーム姿だった。
南雲と涼野はベッドに座り、コンビニで買ってきたお菓子を食いあさっている。二人が袋をいじる乾いた音と、お菓子を噛み砕く音が交互に聞こえる。10分ほど前からずっと食べているので、ベッドの上は茶色や黄色のお菓子のかすだらけで、一種の模様のように見える。かすだらけなのはベッドだらけではなく、南雲と涼野もだ。口の周りにチョコレートやらポテトチップスの青ノリがついている。
「もうすぐ年明けだね、アフロディ」
部屋の窓枠にもたれかかっていた蓮が、すぐ右横の壁に寄り掛かっているアフロディに声をかける。アフロディはタバコをぽいすてした人をとがめるような視線を、お菓子にありつく二名に送っていたが、蓮に向き直ると柔らかい微笑を浮かべる。いわゆる神の頬笑み(ゴッドスマイル)である。なんかかっこいい気がしなくもないが、深い意味はない。
「ふふ、そうだね。蓮。キミたちと年越しできるなんて、去年は思ってもみなかったよ」
「僕もだよ」
笑い返した蓮は急に目を細め、ベッドに座る二名を蔑すんだ眼で見やる。
「……年越し前に菓子食ってる鈍(なまくら)な人間が二人もいるなんて、思ってもみなかったな」
心底呆れた声で蓮が言う。額をこめかみに当て、ため息をつく。
「晴矢、風介。どんだけ食えば気が済むんだよ」
非難された二名のうち、南雲は顔を上げて蓮を一瞥し、自分たちがやっていることは当然だと言わんばかりの顔で、蓮と同じく呆れかえったような顔をしているアフロディに、
「こんな夜中まで起きてると腹減るんだよ。なあ、風……」
同意を求めようと涼野の方を振り向いた南雲は、風介と呼ぶことを止めてしまった。自分が食べようと思って買ったお菓子――コイケヤのポテトチップス(青のり味)の袋を、涼野がさっさと開けて、一人で食べ始めていたからである。南雲の金色の瞳にみるみるうちに怒りの色が宿り、南雲は涼野に向かって吠える。
「おい! それはオレのもんだ!」
まるで南雲が眼中にないかのように、一人でせっせとポテトチップスを食べていた涼野が、うるさそうに視線を上げる。口にポテトチップスを持っていき、がりっと噛み砕く音が聞こえた。
「仕方がない。少し分けてやろう」
「やろうって偉そうに言うな」
上から見下すような態度に南雲は腹が立ったらしい。腕を組んで、涼野を睨みつける。しかし涼野はあっさりと南雲から視線を逸らし、蓮とアフロディにポテトチップスの袋を持った手を伸ばす。
「蓮とアフロディもどうだ?」
「あ、じゃあいただきま~す」
「少しだけいただくよ」
壁際に立っていたアフロディが涼野からポテトチップスの袋を受け取ると、窓際に座る蓮の横に腰をおろし、二人で意気揚々と分けあい始める。その間、もちろん南雲は無視されていた。
南雲の金の瞳に紅蓮の炎にも似た輝きがやどり、どんどん強くなっていくのにさほど時間は要さなかった。南雲は両手で涼野の顔を掴むと、無理やり自分の方を向くように動かす。
「オレを無視するな」
獣の威嚇音にも聞こえる低い声で南雲が注意すると、涼野ははっきりとわかるほど顔をしかめた。
「うるさいぞ晴矢。キミに渡す分はもうない」
「あんだと!?」
怒号を発した南雲は、涼野の顔から手を離すと、猛獣のように歯を見せ、罵詈雑言(ばりぞうごん)を涼野に浴びせた。言われた涼野もカチンと来たらしく、顔に深い皺をよせ、珍しく吠える。目には目をと言わんばかりに似たような言葉を並べ、言い返す。低レベルな悶着がまた始まってしまった。
南雲と涼野のにらみ合いが怖しく、アフロディは後ずさる様に部屋の隅に行く。だが、蓮は違った。
一触即発漂う空気の二人に無言でゆっくりと近づき、途中ベッドに置かれている枕を持ち上げた。巻かれていた白いタオルを近くに捨てる。おもむろに腕を振り上げ、直後持っていた枕で二人の頭を次々と殴って行く。枕の中身が擦れ合う音がした。叩かれた南雲と涼野は少しつんのめり倒れかけた。
不意打ちを食らった南雲と涼野は、ほとんど同時に立ちあがり、殴った人間に向かって牙をむく。全くいいコンビである。
「何をするのだ蓮!」
「痛いじゃねーか!」
蓮がとった行為は火に油を注ぐ行為で、怒りを何十倍にも膨らませた南雲と涼野が蓮に詰め寄る結果となってしまった。怒り心頭の二人は、顔がほのかに上気するほど頬を真っ赤にし、今にも蓮に躍りかかろうとじりじりと距離を近づける。しかし、
「ごちゃごちゃうるさい!」
二人の剣幕をはるかに凌駕する迫力で、蓮が南雲と涼野を叱り飛ばした。南雲と涼野はびくっと身を震わせる。アフロディが部屋の隅から、引きつった笑みで蓮を眺めていた。
「年明け前に喧嘩するな! 喧嘩するなら外で年を越してこい!」
立場は逆転、烈火のごとく激怒する蓮を前に南雲と涼野は身をすくめることしかできない。怒られる子供のようにしゅんとし、頭を下げている。
「分かったら返事をしろ」
逆らったら殺される……と思わせるオーラを放つ蓮が、笑顔で命令をする。何故か手に持っていたまくらを両手で軽く握ると、まくらがきしむ嫌な音がした。
南雲と涼野は決まりが悪そうにお互いを見やると、蓮に土下座をする形で頭を下げる。いつもと立場が逆転している。
「……わかったよ」
「……わかった」
「と、年明けと言えばボクは今年の最後に言いたい言葉があるんだよ」
アフロディが恐怖一色に染まった空気を払しょくするように口を開き、蓮がいつもの穏やかなオーラを発し始めた。南雲と涼野は、圧迫感から解放されて安堵のため息をつく。
アフロディの隣に再度腰かけた蓮は、
「『っふ、ボクは神だから来年も美しくあるよ』」
アフロディの声音を真似しながら、後ろ髪を払って見せた。アフロディは、小さく笑い声を上げ首を振る。
「違うよ。ボクが言いたい言葉は」
隣に座る蓮をしっかりと見据え、
「ボクのベストパートナーはキミだよ、蓮」
「いつお前のベストパートナーになった!?」
蓮は速攻で訂正に入る。その時だった。
ごーんと鐘を撃つ鈍い音が窓の向こうから微かに聞こえた。一度始まった音は夜の闇を裂きながら断続的になり、新年を迎えたことを知らせていく。

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