イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作



第三章 新しい風の中で(二十一)



 翌朝。今日も穏やかに波がさざめく音が聞こえる。朝日が窓から差し込む中、蓮はベッドの上で、腹に薄い掛け布団をかけ、丸くなるように上下ジャージ姿で寝ていた。時折、口から静かな息が漏れる。その姿は、眠りに落ちる猫などの小動物を連想させる。日光が顔に当たっても起きないのは、涼野とのパス練習ですっかり疲労がたまっていたのと、塔子に振り回された精神的疲労から来るものであった。

「大変だ! 白鳥!」

 そこへやはりジャージ姿の塔子が、乱暴に扉を開けて部屋に飛び込んできた。その手には女の子らしい明るいピンクの携帯が握られている。蓮はびくっとわずかに身体を震わせただけで、再び夢の世界に戻る。
 蓮の様子を見ていた塔子は苛立ちの表情を見せると、うつした行動は大変ストレートなものだった。ベッドのわきまでずかずかと大股で歩くと、携帯をベッドの上にある棚の上に置いた。そしてベッドの左はしに両膝で乗っかると、丸くなる蓮の肩を鷲掴み(わしづかみ)にした。

「お・き・ろ! お・き・ろ!」

 腹の底から大声で叫びながら、塔子は命令系をひたすら連呼する。掴んだ蓮の肩を関節脱臼を目論む(もくろむ)がごとく激しく揺らす。しばらくすると、蓮がかすかに眉をひそめて唸リ声を上げた。重そうに瞼を開き、目を半開きにして上半身だけを起こした。

「……なに塔子さん? 空から隕石が来た?」

 完全に寝ぼけているらしく、意味不明な問いかけが来た。
 塔子は盛大にため息をつき、棚の上の携帯をとった。そしてメールを呼び出し、蓮の半開きの瞼ぎりぎりに押しつけるように近づけた。
 
「そんなことあったら、あたしたちは死んでるよ! 白鳥も自分の携帯を見てみろ」
「携帯? なんことさ」

 欠伸を噛み殺しながら、ベッドから蓮は全身を起こした。ベッド下に置かれた自分の鞄から携帯を取り出すと、ベッド上にあぐらをかいて携帯をいじる。起動するなり、『新着メール1通』の文字が画面に表示。誰からだろう、と思いつつメールを開くと、差出人は円堂からであった。ボタンをクリックし、メールの本文を見たところで、

「え」

 蓮の眠気は一気に吹き飛んだ。目が驚きで完全に見らかれる。
 メールに、北海道で吹雪がすごいストライカーであることを確認した、と言うこととジェミニストームが雷門に勝負を挑んできたことが記されていたからだ。蓮は確かめるように視線を何度も上下させ、やがて塔子に向き直る。

「エイリア学園がこの北海道に攻めてくるだって!?」

 円堂からのメールを塔子に見せると、塔子は自分の携帯を蓮に手渡した。そこにはSPフィクサーズからのメール画面が映し出されており、北海道にエイリア学園が向かったと言う全く同じ内容が書かれていた。ただしこっちは、可愛らしい絵文字付きであるが。あちこちにハートマークとか顔文字とか。女子高生のメールの様だ。

「スミスたちからも連絡があった。エイリア学園が、この北海道に来ているらしいんだ」
「なんで僕たちの居場所が分かるんだろう」

 あくまで蓮は気になることを呟いただけだった。
 しかし塔子の面持ちが険しくなり、蓮は少しばかり不思議そうな顔をする。

「ん? 塔子さん、どうかした」

 塔子は腕組みをしながら、真剣な表情で答える。

「言われてみると、話が出来すぎていないか? あたしたちが北海道に向かっていることをエイリア学園は何故か知っていて、勝負を挑んできた。なんで知っているんだろ」
「確かに。偶然にしては、出来すぎているよな。どっかで情報が漏れたのかもしれないな」

 その時、ふっと頭に涼野が浮かんだ。
 エイリア学園がいた場所は奈良、そして北海道。どちらの近くにも涼野はいた。昨日会ったときは嬉しさのあまり大して気にも留めなかったが、深夜遅くに子供が一人でふらつくなどまずあり得ないことだ。親はどうした、所属するサッカークラブってまさかエイリア学園? 
 一度生まれた疑問は、やがて涼野を疑う疑念へと変わる。白恋にストライカーを探しに行くんだ、と昨晩彼に話した。そのせいで雷門の居場所がばれたのだろうか……?

「……風介。そういえば、エイリア学園がいる傍には、いつも風介が――」

 自分の内面世界にのめり込んでいる蓮は、塔子の話を全く聞いていなかった。
 漏れたってあたしたちが倒してやるよ! と言う返事のあたりからずっとだ。それでも塔子は蓮の返事も聞かず、独壇場のようにべらべらと話し続ける。

「だから早く宿を出て、みんなと合流するぞ……と言いたいけど」

 ようやく現実世界に戻ってきた蓮が、とりあえず話を合わせようと塔子に聞き返す。

「言いたいけど?」
「少し時間を調整するぞ。東京から白恋中学校まで、飛行機で行くなら半日はかかるんだ。だから昼過ぎくらいにつくように調整するよ」

 蓮は苦笑しながら、

「……塔子さん、ずるがしこいね」
「二人での観光旅行代、白鳥に請求するか?」
「ご勘弁」
「だろ?」

 得意げに塔子にふふんと笑われ、蓮はしてやられたりと言う気分になっていた。ベッドに思わず額をぶつけ、敗北感を紛らわせる。


  ***


 午前十時過ぎまでコテージの外でパス練習をしたり、体力づくりとして走り回ったりしてから、再び迎えの車で二人は一路空港へと向かう。また飛行機で、白恋中学校の近くにある空港へ。またスミスが手配したと言う黒いリムジンで、二人は白恋中学校へ。
 初めてみる一面の雪景色に二人ははしゃぎ、しばらく雪合戦をしたりとじゃれ合っていた。やがて白恋中学校に足を踏み入れると、円堂たちが吹雪と共にこの雪原で特訓していると生徒に教えられた。詳しく場所を聞き、二人でその場所に向かって歩き出す。
 学校から5分ほどにある小高い丘。人工的に木は切られているのか、白い雪原と雪が積もった大岩の灰色だけしかない。もっこりとかまくらのように膨らんだ斜面に雷門イレブンはいた。ジャージの色が黄色や青であるため、白い雪原ではよく目立つ。
 みんな頭にヘルメットをし、足にはスキー板、手にはスキーの時に使うすべる棒が握られている。何故かスキーをしていた。
 そんなメンバーを見つけた蓮は微笑みながら、斜面へ塔子と共に近づく。

「なんかみんなずいぶん辺鄙な場所に――」

 発せられるはずの言葉は飲みこまれてしまった。
 嫌な視線を背中に感じる。刺すような、それでいて探るような、不快感に満ちた冷たい視線。蓮の足がすくむ。まるで背中に重い”何か”が乗っているかのように、身体全身が重い。それはたぶん威圧感のせいだろう。見ている何者かが発する禍々しい(まがまがしい)空気が、蓮の身体を潰そうと乗っかってくる。ちょうど肉食動物に睨まれる獲物の気分だ。とても怖い。体中の毛穴が開き、冷や汗がだらだらと流れていく。心臓の鼓動をいつもよりもはっきりと感じられる。顔が青ざめる。
 視線の主がニタァと不気味に笑った。ゆっくりと感じる視線の距離が短くなる。どんどん近づいてくる。蓮は自分を奮い立たせた。逃げない、こいつと戦わなきゃと無理に言い聞かせる。おそるおそる後ろを振り向くと、そこには――

「やあ、キミたちが白鳥くんに塔子さんかい?」

 吹雪がいた。白恋のジャージを身につけ、頭には青いヘルメット。片手で地面に刺した青字のスキー板を支えている。柔らかい笑みを口元に浮かべている。
 いつのまにか圧迫するような威圧感も、辺りを凍てつかせる視線もなくなっていた。こんな穏やかな人間がさっきの人物だとはとうてい思えない。

「白鳥どうした? 顔が青いぞ?」

 蓮の顔が青ざめていることに気づいた塔子が、蓮を心配そうに見つめた。蓮は顔に生気を取り戻しながら、

「今、誰かに見られていた気がする……」

 言いながら辺りを見渡す。
 聞こえるのは雷門イレブンがスキーで上げる歓声と悲鳴だけ。
 見えるのは雷門イレブンがスキーを行う姿と、白銀のこの広い世界だけ。
 塔子も同じように辺りを見るが、異変などないことに気づき笑い飛ばす。

「気のせいじゃないのか?」
「ん~……」

 唸り声を上げると、蓮は腕組みをした。
 と気付いたように塔子が吹雪に話しかける。

「ところで、おまえは誰だ?」
「初めまして。ボクは吹雪 士郎」

 にこやかに自己紹介をした吹雪を、塔子と蓮は好奇と驚きが入り混じった瞳で見た。

「え! お前が吹雪なのか!」
「イメージと全然違うなぁ」
「やっぱり……噂に惑わされていたんだね」

 それから吹雪が噂は勝手に人が作ったものに尾ひれが付きすごく大げさになった事、自分はこれからジェミニストームと戦うために雷門イレブンを特訓していることを話してくれた。

「思うんだけど、雷門イレブンにはスピードが足りないと思うんだ。これを使えば、きっと早くなるよ」

 背後にあるスノーボードを見ながら吹雪は言った。蓮と塔子が互いを一度見合い、首をかしげる。

「スキーで早くなるのかな」
「ボクはこうやってスピードを上げて来たんだ。風と身体を一体化する感覚を覚えれば、もっと早くなると思うよ」
「モノは試しだ! 白鳥、やろうぜ!」

 はりきりだして蓮の袖を引っ張る塔子を見て、吹雪は丘の上を指差した。

「スキーの道具は上にあるから、とりあえず持ってきてもらえるかな。二人にはボクが一から教えるよ」
「よ~し! あたしが一番乗りだぁ!」
「僕だって負けないぞ!」

 言うが早いか蓮と塔子は、はり合いながら丘の上にかけだし始めた。雷門イレブンに挨拶をしながら、必死に丘を走って登る。蹴りあげられた雪の切片が、日を反射してきらきらと輝く。
 そんな二人を笑顔で見ていた吹雪に、弱い冷風が吹きつけた。白いマフラーがはためく。みるみるうちに目がオレンジになり、髪の毛がツンと上に尖る。『吹雪』であった。『吹雪』は塔子に負けじと、歯を食いしばって丘の上にのぼる蓮に視線を向ける。口元を不気味にゆがませた。

「白鳥か……くく、おもしれえ野郎だぜ」