イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作

クララとレアンの暴言パラダイス⑥――無意識の加害者
「こ、木暮!?」
そこにいたのは、浚われたはずの木暮だった。
円堂たちが心配して駆け寄るが、木暮に目立った外傷はない。浚われた当時の服装のままで。誘拐されていたというのに、元気そうな顔で、「うしし~」と決まりの笑い声を披露してくれた。
「うしし~この木暮さまが捕まりっぱなしなわけないだろ? ……と言いたいところだけど」
木暮は笑うような顔つきから、急に神妙な顔つきとなり、小さくため息をはく。何か問題があったらしい。安心しかかっていた円堂たちは、木暮の表情の変化に目を細めた。
「どうした木暮?」
鬼道が心配そうに尋ね、木暮は悔しそうに舌打ちした。
「ほんとのこと言っちゃうと、あいつらはキャプテンたちに”ある言付け”をしろって、オレを逃がしたんだ」
「”ある言付け”?」
「『三日後に、東京にある帝国学園に来い』って」
*
蓮は夢を見ていた。白恋中学で見たような真夏の夢だった。照りつける強い灼熱の日差しの中、幼い自分は両手でサッカーボールを両手で持って、興味深そうに見ている。どうやらサッカーを始めようとしているらしい。辺りは知らない公園の中らしい。ブランコやジャングルジムが見えている。
前回と同じく、”今”の自分は傍観者として幼い自分を見下ろしていた。しかし、灼熱の太陽やセミの音を聞いても、暑さは全く感じられない。
蓮は、ためしに幼い自分に触れようと手を伸ばしたところ、自分の手は幼い自分の身体を貫通した。それでも血は出たりしない。肉体を貫通するような嫌な感覚もしなかった。何もない空間に手を突っ込んでいるような感覚だった。慌てて手を戻すと、手は無事に幼い自分の身体から抜かれた。今、自分に触覚はないのだと感じさせられた。ちょうど映画を見ているような……過去と言う”フィルム”の”観客”なのだ。
「ねえ、これなあに?」
蓮ははっとして目を見開いた。サッカーボールを知らないということは、初めてサッカーに触れた日の記憶かもしれない。南雲や涼野が出てくるのではないかと、蓮は期待して辺りを見渡すが誰もいない。誰もいないのに、幼い蓮はきゃっきゃっとはしゃいだ。
「”さっかー”っていうの? おもしろそうだね!」
幼い蓮は誰かと話しているようだ。しかし、辺りに人の姿は見えないし、声もしない。それなのに、幼い蓮は喜んだり、ぷうと頬を膨らませて不機嫌に言い返したりしていた。蓮自身に独り言を言う癖はない。となると、考えられるのはただ一つ。――誰かがいるのだ。サッカーを教えようとしている誰かが。時折だが、雑音が混じって聞き取れない部分があるから、そこが名前なのだろう。幼い自分の話から察するに同じ年頃、恐らく二人。「ふたりともひどーい!」と何度も怒っているから、からかわれているのだろう。でも、姿は見えないのは。
(……多分、僕が忘れているからだ)
はしゃぐ幼い自分を見つめながら、蓮は初めて心から過去を思い出したいと考えた。
風介、それに晴矢とであうたび、込み上げる懐かしさの原因を探ろうとは思う。しかし、暖かい懐かしさに身を委ねながら、蓮は、その原因をまともに探ろうとはしなかった。理由は、蓮がその原因を探ろうとしない。つまりは、問題そのものから思考を逸らしていたのが原因だ。風介と晴矢といるだけで楽しい――その明るい感情が、彼の正しい理性や思考を排除していたのである。
例えば、エイリアン学園が行く場所によくいる、風介に晴矢。蓮は、もちろんこの偶然には早くから気付いていた。ただ、二人に会えることが嬉しいあまり、そのことについては、考えないようにしていた。考えてしまうと、大切な二人を疑うような気がして、申し訳ないと感じていたのだ。
「思い出せ、白鳥 蓮」
蓮は目を閉じ、己の胸辺りに手を当てた。厳しい口調で、自分自身に語りかける。全神経で頭を向かって、意識させる。
「僕にサッカーを教えたのは、誰なんだ?」
問うても、答えはない。聞いたのは、”自分自身”なのだから。だから、頭の奥底にある、記憶を引っ張り出そうと試みる。だが。思い出そうとすればするほど、頭痛が酷くなっていく。思い出すことに脳が反発するかのごとく、頭には締め付けられたような激痛が走り、立て続けに様々な画像が瞬間的に浮かんでは、消える。
伸ばされた二つの手。宙に舞うサッカーボール。そして、京都で見た煌めく鈍い光。はっきりとした画像は、そこで終わった。だが、痛みは洪水のように押し寄せてくる。まるで思い出すことはいけない、と警告するかのように。
蓮は、頭を抱え、苦痛に顔を歪めた。オモイダシタイ、オモイダシタイ。ただそれだけを願って、痛みに耐えていた。そこへ、答えるように、
「……思い出すのはムリです」
綺麗な、若い女性の声がした。はっとして顔をあげるが、そこには、誰もいない。考えるのを止めたからか、波が引くように、痛みも引いていった。
蓮は、用心深く辺りを見渡す。幼い自分の記憶世界、ここは映画のようなものだ。すぐ近くに世界は広がるが、触ることも感じることもできない。だが、今の声は確実に蓮に語りかけていた。――何故干渉することができるのだろう。
「こっち、こっち」
蓮がキョロキョロしていると、呆れた声が降ってきた。
驚いて上を見ると、そこには北海道で見たカラスのようなハトのような真っ黒い鳥が一羽、羽を動かしていた。宙から、蓮を見下ろしていた。
「き、キミ、北海道の……!」
と、黒い鳥に呼び掛け、蓮は、我ながらアホなことをしたものだと思った。鳥は話さない。そんな当たり前のことを忘れ、話しかけた自分がバカらしい。
蓮は、自分の行為ながら吹き出してしまう。すると、黒い鳥の目が、人間が不満を訴えるのと同じように――細めた。鳥の顔が不機嫌を形作っている。蓮は、この世のものとは思えない光景に呆然。すると、
「失礼なお方です。私は話せるんです~」
黒い鳥が、喋った。開かれた形よい黄色い嘴から、すらすらと流暢な日本語を生み出した。人間が話しているとしか思えない上手さだ。蓮は思わず我が目を疑い、鳥を凝視した。鳥は、嫌そうに蓮を睨み付け、プリプリする。
「ニンゲンは、”ハクション”とやらでしゃべる動物に慣れているはずなのに、実際に見ると、どうして信じようとしないんですか~」
何か勘違いをしている黒い鳥に、
「ふぃ、フィクションのことかな?」
さりげなく間違えていることを伝えた。すると、黒い鳥はビー玉のような金色の瞳を大きく見開き、羽を激しく動かした。
「あ、それだです! ”フィクション”だです!」
満足げに言って、上空を弧を描くように飛ぶ謎の黒い鳥。蓮は、その鳥を探るような目つきで見ていた。やがて、
「……キミがこの世界を作っているの?」
ポツリと零すと、黒い鳥は孤を描くのをやめた。一気に下降すると、地面に両足をつけ、羽をたたんだ。頭を僅かに上げ、金色の瞳をゆるくする。人間が微笑むような、例えるなら先生が生徒を褒めるような。そんな表情だと蓮は思った。
「キミではありません。私の名はミスティ。……夫、話がそれましたです。如何にもです。ニンゲンにしては頭がいいです」
表情そのままの柔らかい声で黒い鳥――ミスティは言った。
だが、その笑顔が逆に不気味なものに思えてくる。全てを知っている、とでも言いたげな余裕が漂っている笑みだ。ミスティが何だか不気味に思えてきて、蓮は顔を強張らせる。その横では対照的に無邪気に笑う幼い蓮が、サッカーボールを何もない空間に蹴っていた。
ミスティはただただ笑みを形作りながら、
「あなたは北海道や京都で昔のことを少しですが思い出したです。それも私の力です」
蓮は全身を稲妻が走り抜けるのを感じた。
「ミスティ、お前は僕の記憶喪失に関っているんだろ!?」
ただの直感に過ぎなかったが。蓮はミスティが勝手に関っていると決め付け、強い口調で迫る。ミスティは無表情だった。動じず、像のように固まっていた。
人の大切な記憶を勝手に奪われたのが許せない、と蓮は腹の底から煮えくり返るような怒りが沸いてきた。その勢いのまま怒鳴ってしまった。しかしそれはわずか数十秒で急速に冷めていってしまう。
本当は思い出せないイライラを、憂さ晴らしとしてミスティにぶつけているだけに過ぎない、と言ってから気づいた。言ってから後悔した。
何か言葉をかけようとミスティを見ると、ミスティは金色の瞳を伏せていた。何かを後悔するような表情。蓮は思わず目を瞬かせる。するとミスティの嘴が小さく開かれた。
「……そう、とも言えますです」
ミスティは弱々しく蓮の問いに答えた。

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