イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作

第一章「それがその始まりだった……」(二)
どんよりとした曇り空の下、緑が鮮やかな道を、蓮は必死になって走っていた。
先ほど何故か母親に「隣町の中学校へ行ってね」と言われた、あの(不幸?)な少年蓮。ちなみに名前は白鳥 蓮(はくちょう れん)。中学二年だ。耳まである短い黒髪と、黒曜石の様な漆黒の瞳を持っていて、なかなか整った顔つきをしている。わりかしらほっそりとした、やせ形の体格だが、こう見えても身体は筋肉がしっかりとついていて、運動が好きな男の子らしい。
「この坂を登り切れば、傘美野中学校だッ」
肩にかかっている鞄を揺らしながら必死に走る蓮だが、全く息があがっていない。こう見えても前の学校では、テニス部に所属していた。だから走ることには慣れているのである。
ようやく坂が終わり、傘美野中学校が見えてきた。たくさんの豊かな緑の中に、校舎が見える。壁に塗られたオレンジ色が自分の存在を主張していた。
「あれ? ここって傘美野?」
異様すぎる静けさだった。遅刻する生徒の叫びも、それを注意する先生の怒鳴り声も。体育でグラウンドを走るみんなの元気な声も……何一つしない。インフルエンザなどで学校が休校したかのように、静寂をもとっていた。
「誰もいないのか?」
注意深く辺りを見渡しながら正門の方角へ歩くと、門の前に一人の女性が立っていた。初めは傘美野中学校を見ていたが、蓮に気がついたのか振り返る。
(美人だなぁ)
蓮は思わず女性を見入ってしまった。
背中まである緑がかかった黒髪は、シャンプーのCMに出てもよさそうな程、さらさらしている。おまけに目鼻立ちも整っているし、肌もきめが細かい。体格も蓮と同じく細身だが、彼女の方が足も細い。まさに絵に描いたような美人である。
「…………」
蓮に見られた女性は、冷静な表情を崩さず、蓮に冷ややかな視線を送った。それに気がついた蓮は、慌てて頭を下げる。
「あ、すいません」
「あなたは、雷門中学校の転校生白鳥 蓮くんかしら?」
「え?」
見ず知らずの女性に自分の名前を呼ばれ、蓮は反射的に頭を上げた。
「……そう、ですけど? 何か用事ですか? 僕に」
「ええ。その傘美野の中にいる、雷門中サッカー部を助けなさい」
「サッカー……」
「サッカー」の単語を聞いた蓮は、顔を曇らせた。そしてその表情のまま女性に、断わりを入れようとした時。校舎の奥の方で、人間の叫び声がした。続いて、朝と同じく何かが爆発する音。
「これ預かっててください!」
蓮は女性に鞄を投げると、正門の前に立った。
正門は二対の横びらきのタイプで、縦に何本か棒があり、その中央を貫くように横に向かって長い棒がある。蓮は正門の一番上に手をかけると、横棒の上に足を引っ掛け、門をよじのぼる。門の一番上にお腹をのっけると、器用に身を回して反対側へと降りた。
「よし! 小学校のころからやってた甲斐があった」
少し痛む腹をさすりながら、蓮はグラウンドを一気に駆け抜ける。そこへ何かが飛んでくるのが見えた。気を利かせて頭を下げると、それは頭上を通り抜け、じゃり、と言う音を出して静止した。
恐る恐る振り向くと、サッカーボールが白煙を出しながら、地面にめり込んでいた。ただサッカーボールとはいえ、本来白い部分は黒く塗られ、黒い部分は濃い翡翠のような色で塗り分けられている。
「まだ雷門サッカー部が残っていたのか」
ボールが飛んできた方向から、一人の人間が歩いてくる。黒いローブに身を包んでいて、顔を伺えない。蓮はその人間を、思い切り睨みつけた。
「お前は……誰だ?」
「ボク?」
蓮の睨みを気にしないのか、ローブ人間は歩みを止めない。蓮の横を通り過ぎると、サッカーボールの前でかがみ、ボールを持ち上げた。そのまま、
「今日で2回目だ。本当に雷門の人間たちは、名乗らせることが好きなんだね。ま、いっか。ボクたちは……「エイリア学園」。遠い星「エイリア」からやってきた、宇宙人さ」
聞いたこともない学校名を名乗った。
「エイリア学園? 偏差値高そうだな……」
「サッカーっていう秩序の元に、世界に力を見せる。それが「エイリア学園」さ」
「早い話が、サッカーで世界侵略する気の学校ってことか。でも。サッカーだけじゃ、相当難しいと思うけど? 侵略」
蓮は強がりから、相手を嘲笑(ちょうしょう)した。こうでもしていないと怖い。今、話しているのは自称であっても宇宙人。油断はできない。
構える蓮に対し、黒いローブの宇宙人(自称)は、淡々とした口調で返してくる。
「だったら教えてあげる。試合に参加しなよ。ちょうど雷門イレブンもぼろぼろで、手ごたえがなくなってきたし。……まあ、後5分しかないけど、試合に参加したらどうだい?」
「5分? むしろ5分で有難い」
蓮は腕まくりをすると、黒いローブの宇宙人(自称)を見据えた。
「試合、やってやるよ」
「いいよ。楽しませてね」
***
「お……おい」
傘美野のサッカーゴール前に立った蓮は、言葉を失った。フィールドにあるのは皆が楽しくプレイする姿ではなく、黒いローブのチーム相手が苦しむ光景。鮮やかな黄色と袖の青い部分が特徴的なユニフォームを着た選手たちは、そのほとんどが地面にその身体を横たえ、苦しそうに顔をゆがめている。かろうじて立っている選手たちも、全身切り傷だらけで、ユニフォームに赤い斑点ができてしまっている。
「これはサッカーじゃないだろ!」
蓮は宇宙人(自称)に頭ごなしに怒鳴りつけた。相手は蓮に全くひるむことなく、1+1は2だと言う口調で言葉を返してくる。
「サッカーだよ。ルールさえあれば、人はそれを「サッカー」と呼ぶ。違うかい?」
「う……」
反論できず、蓮は悔しそうに舌打ちをした。この宇宙人は何を言っても、的確に言葉を返してくる。何を言っても、冷静でいられる。それが非常に腹立たしい。サッカーで人を怪我させて、何も感じないのだろうか。苦しむ雷門の皆を見ると、心に針でつつかれたような痛みが走る。手が震える。
「でも。人を傷つけていいなんてルールは、サッカーにはないはずだ」
ようやく口をついて出た反論の言葉に、蓮は手をぎゅっと握りしめ、頭を垂れた。
(くそ……もっといい言葉はないのか)
そこへ畳みかけるように、宇宙人(自称)の言葉が耳に飛んでくる。
「これはボクたち、エイリアのルールさ。先に名乗った方が勝ち。触らぬ神にたたりなしってことだね。わかる?」
バッと蓮は顔を上げると、激情にかられ、顔を猿のように真っ赤にしながら、づかづかと宇宙人(自称)に詰め寄った。
「雷門が悪いって言いたいのか」
「うん。怪我をしたくなかったら、やめろと止めた。勝負に乗ったのは、雷門さ。ボクたちの邪魔をするものは排除……それ以外は、ごくごく普通のルールだから安心しなよ」
そこまで言うと、宇宙人(自称)はローブのマントを翻して、フィールドの中へと入って行った。もがく雷門サッカー部の人々の横を、普通に道を歩くのと同じ調子で進んでいく。そこへ、同じく黒いローブの人間の一人がかけよってきた。小柄で、まだ子供のようだ。
「フィー。あいつは?」
まだ若い男の子のような声。声変わり前らしく、少々高めだ。「フィー」は進み続けながら、
「雷門イレブンのスケット」
呟くように返答した。
「ふ~ん。じゃあ、そこのペコポン人。さっさとフィールドに入るであります!」
「フェーン、地球のアニメに毒された?」
「言われなくったって入るさ」
小柄の宇宙人(自称)に手を振られ、蓮はむっとしながらフィールドに入って行く。まだ動けるらしい雷門メンバーが、目を剥いて、蓮に注目の視線を注ぐ。
「お前……俺たちを助けてくれるのか?」
「もちろん」
蓮はふっと笑ってみせ、Vサインを作って見せる。
「宇宙人と戦うなんて、わくわくするぜ」

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