イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作

第三章 新しい風の中で(二十二)
特訓を続けていたら、あっという間に空が夕日でオレンジに染まった。
夕日は北ヶ峰の稜線(りょうせん)をはっきりと浮かび上がらせながら、山の向こうへと沈もうとしていた。夕日が差す雪原は、光が通る部分は道のようにピンク色に輝き、影の部分は青色になっていて、コントラストが美しい。
夕暮れ時まで、蓮は吹雪とワン・ツーマンでスキーの特訓を受けていた。
元々不器用なためか、スキーで滑ろうとしてすぐに蓮は顔から転んだ。ちなみに雷門のメンバーは昨日からの特訓でみんなそこそこ滑れるようになっていた。
一緒に練習を始めた塔子は、昔パパとやったとか言って、踊るようにきれいなスキーを見せた。つまり、滑れないのは蓮ただ一人。
「負けないぞ」
そう悔しそうに呟くと、蓮は吹雪に頼んで昼食も忘れて熱心に練習した。何回も転んだ。木に衝突もした。それでも、みんなから遅れた分を取り戻そうと、必死に斜面を滑りつづけた。
やがて吹雪の教え方がいいおかげか、日が傾くころにはそこそこスキーで進めるようになった。
「いいよ、白鳥くん! もう滑れるようになったね」
斜面を下りきった蓮に、吹雪からねぎらいの言葉がかけられた。蓮はスキーを八の字の形にして止める。靴をスキー板の金具から外し、板を脱ぐと、頭に被っていたオレンジ色のニット帽を取り、愛嬌のある笑顔を吹雪に見せる。
「吹雪くんのおかげさ。教え方、とても上手いな」
吹雪は蓮にほめられて小さく照れ笑いをすると、首を軽く横に振った。
「ううん。白鳥くんの努力の賜物(たまもの)だよ。キミって、とても負けず嫌いなんだね。ボクが教えたこの中で、一番熱心な子だと思う」
「みんなよりできないって恥ずかしいからさ……今日中にできるようになってよかったよ」
蓮は頬を軽く朱に染めながら、頭を掻いた。
「うん。ところで、そろそろ夕食の時間だって。白恋中学校まで戻ろうよ」
「あ、ごめんな吹雪くん。遅くまでつきあわせて。でも、もう少し滑っていたいんだ」
蓮は申し訳なそうな顔で吹雪に謝る。
とっくに雷門メンバーは白恋中学校に引き上げたらしく、雪原は閑散(かんさん)としていた。風が起こす外れの音だけが、雪原を包んでいた。
こんな場所で一人で滑るのは寂しいものがあるが、明るいうちは大丈夫だろう。早く雷門イレブンとしてサッカーをやるためにも、もっとスタミナをつけたい。だから蓮は、できるだけ身体を動かすことにしたのだ。
それを聞いた吹雪は、みんなに伝えておくよ。と答え、スキー板を抱えながら小走りで、白恋中学校の方角へと駆けていってしまった。
吹雪の背中が小さくなる頃、蓮はスキー板を脇にかかえると再び丘を登ろうとした。その時。
「どけええぇえええええっ!」
大きな怒鳴り声が近づいてきた。
びっくりして声の方角を見やると、スキー板に乗った染岡がまっすぐこちらへと下ってくるのが見えた。焦りの色を顔に浮かべ、両手をまっすぐに伸ばし、鳥のように上下にばたつかせている。びっくりするバランス感覚だ。もちろん人は飛ばない。
すぐに蓮は染岡が、スキーを止められずにいることに気づく。何度か声をかけるが、染岡が下るスピードは加速する一方。どうやら止め方がわからないらしい。
染岡が風を纏(まと)っているように思えるくらい、空気が染岡と共にうごめくのをはっきりと感じた。それだけ近いと言うことだ。染岡は叫ぶのを止め、ひたすら羽ばたこうとしている。蓮が何もできないまま、距離はじりじりと縮む。ついに染岡と蓮の距離は30cm程になり……
「うわぁっ!」
素っ頓狂(すっとんきょう)な悲鳴を上げると、蓮はスキー板を抱えたまま地面に倒れ込んだ。冷たい雪が頬をなでて、ひんやりとする。
蓮の額近くの空気が切られ、前髪が舞う。直後、どがっと派手な音が上がり、どさどさと雪が落ちる音がした。
髪についた雪を払いながら起き上がると、木立の根元に大きな雪玉があった。青と黄色の鮮やかな袖から出た手が露になっている。
「そ、染岡くん大丈夫!?」
それが染岡だと理解した蓮は、スキー板を近くに放り投げた。染岡の救助にかかる。
手袋をした指を関節でしっかりと折って、猫の手にすると、そのまま手でひっかくように無我夢中で雪を掘った。上部分から掘り下げると、染岡の頭が出て来る。いかつい目と蓮の黒い目が合い、蓮は肉食獣を前にした草食獣のように凍りついてしまった。
「ありがとよ、白鳥!」
にっと得意げに笑うと、染岡は木に手をついて、立ち上がる。雪が食器を割るように砕け、地面へと還る。ひどいめにあったぜ、と文句を言いながら、染岡は体中の雪を手ではたく。
「あ、あの大丈夫?」
再起動がかかった蓮が、控えめに染岡に尋ねる。
顔で人を判断してはいけないと言うが、どうも彼の強面(こわもて)な顔つきが苦手なのだ。いつ怒られるのかわからず、少々びくついてしまう。
染岡は、ん? と不思議そうな顔をした後、笑い飛ばす。
「そう怖がんな。オレは白鳥のことを食ったりしないぞ?」
「あははは……そ、そうだよね」
苦笑する蓮を前に、染岡は瞳を陰らせた。口を真一文字に結び、すぐにぐっと歯ぎしりをした。
「くっそ! なんで滑れねぇんだ……」
そしてスキー板を脱いで持つと、頂上へ登り始める。蓮も後に続く。雪がさくさくと心地よい音をたてた。
「染岡くん、焦りすぎてるよ」
頂上について二人はスキー板の金具に再び靴をはめる。
蓮がまずお手本にと滑って見せる。傾斜のない斜面は、スケートをするみたいになめらかに進んだ。染岡は蓮の姿を食い入るように見つめる。
少し下で止まると、蓮はここまで下りてきて! と両手を振りながら、染岡に向き直る。
「おら! 行くぞ!」
つるーっとスキーは斜面を滑りだし、蓮の方へ。両腕でバランスを取ろうとするが上手くいかず、前に転びそうになりながら下って行く。
このままだと転ぶ! と思った瞬間、下に待機済みだった蓮が両手で穏やかに身体を止めてくれる。染岡は、ほっと安堵の息を漏らした。
「僕が後ろで支えるから、頑張ってみようよ」
蓮は一度染岡から手を離すと、軽くスケーティング。染岡の背後に回ると、脇の下に手を差し入れてくる。その体勢のまま、開いたスキーの間に染岡のスキーをまたいで重なるようにする。そしてスタート。二人のスキーはゆっくりと斜面を下りる。
「おお、なんか違う気がするぜ!」
バランスはしっかりと保たれ、染岡も自然と前傾姿勢になる。風を切って、あまりなだらかでない斜面をスキーはいいリズムで進んでいく。
「スキーが重ならないように気をつけてな!」
「おう! なんか……気持ちいいな、白鳥!」
「うん。風になるのってすごく心地いい」

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