イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作



番外編(四)



 直後、幼い南雲はしょんぼりしている幼い涼野を見た。何か言いたげな瞳で幼い涼野を眺めているが、それ以上は何もしない。じっと幼い涼野を睨むように見ているだけだ。幼い涼野はずっとボールに視線を落としたまま、顔をあげようともしない。互いに話しかけづらい空気が、二人の間には完全にできあがっていた。
 第三者が介入しないとぶち壊れないだろう重い空気を壊すため、蓮は幼い南雲に呆れたように話しかけてみる。

「キミさぁ、少し素直になったら?」

 そもそも小さい南雲が意地を張ったりするから、話が一向に進まないのだ。時折謝りたがる素振りは見せるものの、なにかと駄々をこねて、自分は悪くないと主張している南雲のせいで、仲直りが進まない。
 蓮が話しかけると、事体の根源は、うるさそうに顔を上げた。

「おれは、ふうすけもれんもゆるさない」
「あのねえ……」

 まだ意地っ張りを続ける幼い南雲に蓮は絶句した。こいつに言葉は通じないと早くも悟り、蓮は幼い南雲の手を軽くつねった。いてっと、幼い南雲が声を張り上げ、幼い涼野が反射的に顔を上げる。

「晴矢くん、痛いでしょ?」

 蓮は哀れむような悲しげな表情で幼い南雲に聞いた。同時に、幼い南雲の手から指を離す。

「こんな風に人が嫌がることをしていいのかな? 人のものを勝手に食べたりしていいの?」

 その言葉を聞いたとき、幼い南雲ははっとした表情になった。つねられていた箇所をさすりながら、目を丸くしている幼い涼野を見やる。おれが……としたことを後悔するような声色で、幼い涼野に何か言おうとしたが、決まりが悪そうに横を向いてしまった。蓮はアンニュイにため息をつくと、幼い南雲に優しく声をかける。

「晴矢くんもさ」

 声をかけられた瞬間、幼い南雲は警戒気味に身構える。どうやら、蓮が再度何かするものだと思っているらしい。その様子が何だかおかしくて、蓮は小さく笑いながら、幼い南雲の頭に手を伸ばした。ぶたれるとでも思ったのか、幼い南雲はびっくと身体を震わせ、目を閉じる。すぐに目を開けた。
 蓮はぶつのではなく、幼い南雲の頭にそっと手を置いた。ただし、頭のチューリップは壊さないよう気を使い、額の上辺りに置いたが。そして静かに幼い南雲の頭をなで始めながら、年上らしい、穏やかな口調で蓮は、語りかける。

「食べられて嫌だったから喧嘩しちゃったんだよね。僕だって、好きなもの横取りされたら怒りたくなるし・・・・・・その気持ちはわかる。でも、”嫌だ”っていう気持ちは風介くんや蓮くんも同じだよ。同じだから、晴矢くんと同じように怒っちゃったんだよ」
「…………」

 静かに頭をなでられている幼い南雲は、目を細め、黙って俯いていた。静かになでられていた。何か思うことがあるのか、難しい顔をし、地面とにらめっこしている。

「はるや」

 その時、幼い涼野が幼い南雲に呼びかけ、幼い南雲は顔を上げた。蓮も幼い南雲の頭から手を離し、二人の成り行きを見守る。

「わたしも、おこってわるかった。こんど、おひるがいちごだったら、わたしのぶんをぜんぶはるやとれんにわたす」

 小さい自分のことも忘れない涼野の言葉に感激しながら、蓮は幼い南雲の顔色を伺う。幼い南雲は下を向いていた。赤い髪が表情を隠している。

「ほら、風介くんもこう言っているんだし」

 まだ怒っているのかと思った蓮が弁明を入れると、俯いていた南雲が声を発した。

「わかったよ」

 口元が笑った。そのまま顔を上げると、白い歯を見せて笑った。この年頃だと抜けるものなのか、前歯が何本かなかった。幼い南雲は幼い涼野に近寄ると、わざとらしく首を振る。

「しかたないな、とくべつにこのはるやさまがゆるしてやるぜ」

 偉そうな口調で、幼い南雲は胸を張る。すると、今まで強張っていた幼い涼野の顔が綻んだ。
 いかにも晴矢らしいなぁと内心苦笑しつつ、蓮は幼い涼野の元に歩み寄る。

「よかったね、風介くん」

 蓮が声をかけると、幼い涼野は蓮を見上げた。その顔にもはや陰りは泣く、晴れ晴れとしたっものだった。そして、綺麗な青緑の瞳からは、きれいな光の雫がこぼれていた。太陽の光をそのうちに宿し、儚く光りながら、幼い涼野の頬を伝っていく。

「ありがとう、おにいちゃん」

 幼い涼野が光がはじけるように笑みを見せる。

「おにいちゃんがいなかったら、なかなおりできなかった」

 幼い涼野は蓮の足元に駆け寄ると、蓮のジャージの裾を引っ張り
甘えるような瞳で蓮を見つめた。蓮は黙って幼い涼野の頭に手を置き、優しく撫で、そして褒める。

「一番頑張ったのは風介くんだよ。えらいえらい」

 褒められたことが嬉しいのか、幼い涼野は、頬を赤らめながら、照れ笑いをした。


  ***


「ところでおにいちゃんのなまえはなんだよ?」

 その時、幼い南雲が蓮に尋ねた。そういえば、まだ幼い南雲と涼野に、自己紹介をしていなかったことを今更ながら思い知らされる。あんまり黙っていると先ほどみたいに不審者と勘違いされる恐れもあるため、蓮は即興で偽名を口走った。

「山田 太郎って言うんだ」

 男らしい貫禄に満ちた名前など、とっさに思いつけるわけなく――蓮はよくある名前の代表格ともいえるものを挙げた。
 その名前を聞いた幼い南雲と涼野は顔を合わせ、幼い南雲は笑いながら一言、

「だっせーなまえだな」
「うるさいな」

 幼いとはいえ、南雲にからかわれるとなにやら腹立たしい。蓮は向きになって反論した。晴矢くんこそ……と口から出掛かったのを、蓮は慌てて飲み込んだ。今は幼い南雲とじゃれあっている場合ではない。ふと現実に戻ると、幼い涼野が何かを訴えるように蓮を上目遣いで見ていた。彼が何を望んでいるのかは言われなくても蓮はわかっていた。

「後は蓮くんと仲直りしないとね」

 そう、幼い自分と仲直りすること。思ったとおり、幼い涼野はこっくりと頷いた。そして幼い南雲の方に向き直る。

「はるや、れんにきちんとあやまってくれ」
「おまえもな」
「でも、れんはどこに?」
「しらねーよ」
「知ってるよ」

 答えに窮した幼い南雲の上から、蓮の声が降って来た。幼い二人は同時に目を見開き、蓮に注目した。蓮は抜けるような青い空を、焦点が定まらない目でぼんやりと見上げている。

「僕は蓮くんの居場所を知ってるよ」

 蓮は独り言のように言った。それから、不思議そうに見上げてくる幼い二人の視線を感じながら、二人には聞こえないほど小さな声で、だって僕は未来から来たからねと付け加えておいた。

 蓮は幼い二人を引き連れ、初めに幼い涼野がいた公園に戻ってきた。 案の定公園のベンチにその目的となる人物はいた。ブランコ近くにあるベンチに座り、嗚咽(おえつ)を漏らしながら、人目を憚らずに涙を流していた。その光景を見た幼い南雲と涼野は蓮の手から離れると、その泣いている人間の元へと駆けていく。一方の蓮は、半分引き気味にその泣いている少年を見ていた。その顔は何やら呆れたとも嫌そうなともとれる微妙なものであるが、こうなることには理由がある。
 幼い南雲と涼野が駆け寄った人間は、二人に気づくと、ばっと顔をあげる。ばねにはじかれたようにベンチから下り、二人の前に立った。

「はるやぁ! ふうすけぇ!」

 黒曜石のような漆黒の瞳を潤ませ泣き叫ぶこの少年こそ――幼い白鳥 蓮その人だった。背丈は幼い南雲と涼野より少し小さく、黒い髪は、今の蓮よりだいぶ長い。それと頼りなさそうな顔付きのおかげで、傍から見ると女の子のように見える。不幸なことに、今日の服装もお日様園の職員がふざけたのか、オレンジ色のTシャツに黄色いキュロットを着ている。どっからどう見ても少女だが、実際の蓮は男である。
 その服装と見ていて情けない言動の数々は、成長した蓮の心を軽くえぐり、立ちくらみに近いものを起こさせていた。蓮は立つことに意識を集中させ、現実から半分逃避していた。それもそのはず、蓮は小さい頃の気弱な自分が大嫌いなのだ。何度も忘れようと努力したこともある。が、目をそらしても、忘れたい過去は容赦なく記憶を蘇らせてくれる。 最終的な逃避行動として、自分はこんなに弱くかった、と蓮が自分に言い訳。それでも現実は甘くない。目の前の小さな蓮は、成長した蓮に精神的なダメージを与え続ける。

「ごめんなさい! いちごたべちゃったぼくがわるかったよぉ。だってぼくがおいしいとおもってたべたけど、はるやもふうすけも、だいすきだよね。こんどぼくのぜんぶあげる。だから、だから……」

 幼い蓮は鼻をすすりながら、まだ涙を流しながら、幼い南雲と涼野に何回も頭を下げた。必死に謝っているせいか、言っている内容も支離滅裂だし、声も涙声で掠れている。最後には語尾も弱弱しくなり、ついに消えた。幼い南雲と涼野の顔を、不安げに眺めた。二人は、硬い表情で蓮を見つめていた。