イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作



番外編(二)



 三人の喧嘩のきっかけは些細なことだった。好きな食べ物を食われた恨み――いわゆる食べ物の恨みと言う、なんとも単純なものである。
 ことの顛末(てんまつ)は蓮が覚えている限りこうだ。
 その日、お日様園では昼ごはんのデザートにいちごが三つあった。その一つを、晴矢が左隣の蓮の皿から奪ってしまった。晴矢はそれだけでは飽き足らず、なんと風介の皿からも一つだけ拝借してしまったのだ。当然風介は烈火のごとく怒り、普段は大人しい蓮も珍しく食ってかかった。……風介の背中に隠れ、少し頭を出すという非常に情けない体勢で。
 他の子供の反応は覚えていないが、怜南ことウルビダにれんって女の子見たい! とからかわれたような覚えだけはある。

『わたしのものをたべるな!』
『はるや! ぼくのいちごかえしてよ~!』
『やだな』

 そう言ったのに、晴矢はべーと舌を出し、ぷいっとそっぽを向いただけだった。それで腹が立ったのか、風介は蓮の皿から残っていたいちごを全てかっさらい、口に放り込む。多分、晴矢のものを食べようとして、謝って蓮のものを食べたのだろう。
 だが幼い自分は目の前の事実しか見ていなかった。風介の背中にいた蓮は、目を水で満たしながら風介に向かって叫ぶ。

『はるやとふうすけのバカーっ!』

 今の蓮からすると、こんな行動をとったのか甚だ(はなはだ)迷惑なことなのだが――当時の自分は、やっきになり、晴矢と風介の皿からいちごを全部持ち去って、しかも食べると言う暴挙に出てしまったのだ。

 当然、晴矢も風介も自分が大好きなものを奪われたことで、三人のごたごたはますます加速する。しばらくもめにもめて、最後には、

『おまえらなんか、もうともだちじゃねぇ!』と晴矢は憤り、

『ふん』と風介は鼻を鳴らし、

『はるやもふうすけもだいっきらい!』と蓮は目から大粒の涙をこぼしながら――三人はお日様園を飛び出してしまった。もちろんバラバラの方向に……

 当時のことを回想しながら、蓮は自分のうかつさを自省していた。しかし、幼い涼野が懇願する瞳で見上げてくるのに気付き、再度幼い涼野と同じ目線になるようしゃがむ。
 
「風介……くんは、晴矢……くんと蓮……くんとけんかしたの?」

 涼野と南雲を『くん』づけであまり呼んだことがない蓮は、随分言いづらそうに幼い涼野に尋ねて――固まった。幼い涼野に名前も聞いていないのに、名前を呼んでしまったからだ。案の定、幼い涼野の目が険しくなり、首を傾げた。

「なぜ、わたしのなまえをしっているのだ?」

 やっぱりこの子は昔の風介なんだと妙に納得しつつ、蓮は答えに詰まった。未来から来た、などと普通ではありえないことを言えない。幼い涼野を騙そうと必死に脳を絞り出す蓮をよそに、幼い涼野の目は、不審者を見るそれになっていく。

「おにいちゃんは『ふしんしゃ』だろう」
「む、難しい言葉知ってるね。でも、僕は『不審者』じゃないよ」
「じゃあなんだ」
「えっとね……ああーっと……その……」

 幼い涼野の対策に困窮していた蓮は、しどろもどろになりながら、体中に汗を張りつかせていた。視線を宙に彷徨わせること数十秒。突然、ある考えが頭の神経の回廊を駆け巡ってきた。蓮は不審な目で見つめてくる幼い涼野に向かってでまかせを言う。

「僕は宇宙人ロトス! 宇宙人は何でも知ってる!」

 棒読みの見本になりそうな棒読みで蓮は名乗って、さらに悪人らしく腰に両手を当て、そっくり返って見せる。非常にぎこちない動きだった。演技だと言うことがバレバレである。
 そのせいだろうか、幼い涼野は視線をますます厳しくし、手厳しい指摘をした。
 
「へただな。わるいひとはもっとかっこいいぞ」

 今の涼野を思わせる冷たい反応に蓮は言葉を失った。困り果てた蓮は、愛想笑いを浮かべながら、初めに思いついた切り札とも言える嘘をつく。

「じ、じつはね瞳子か……さんの友達なんだ」

 蓮は途中『瞳子監督』と言いかけ、慌てて『さん』づけをしたせいで何だか変に聞こえる。ただ、そのことを除けばうそをついているとは思えない口ぶりだ。
 お日様園では姉のように慕われている瞳子の名前を出せばどうにかなるだろう、と踏んだのだが、正しかったらしい。幼い涼野は疑う視線で蓮を見据えるのを止め、驚いたように目を見開く。変な言葉尻(ことばじり)のことは、気にしていないらしい。

「ねえさんのともだちか。なら、はじめからそういえばいい」
「……だよね」

 完全に幼い涼野のペースに乗せられている蓮は、引きつった笑みを浮かべながら答えた。だが話題を変えるように軽く咳ばらいをし、改めて幼い涼野と対等な目線になるよう、前かがみになる。


  ***


「それでね、瞳子さんにキミたち3人の仲直りを手伝ってほしいって頼まれたんだ」

 もちろんこれも嘘だが、喧嘩をしている人間を見ると、どうしても手を出したくなってしまうのが蓮の性(さが)である。それに幼い涼野についていけば、自分があったサッカーが上手い男の人に会える様な気がするのだ。謎を解きに過去に来たのだから、解くまでは帰れない。目金も見つかりそうにないし、幼い涼野と一緒にいても大丈夫だろう。
 優しく語りかけた蓮の言葉を聞いた途端、幼い涼野の瞳(め)が輝いた。

「ほんとうか?」

 幼い涼野が嬉しそうに聞いて、蓮は幼い涼野を愛でる(めでる)ように目を細めながら頷いた。そして幼い涼野に、すっと片手を差し出す。

「さあ、風介くん。いっしょに仲直りしにいこう」

 優しく微笑みながら蓮が言う。
 差し出された蓮の手を、幼い涼野はしばらく不思議そうに眺めていた。が、おもむろにブランコから片手を離すと、差し出された蓮の手を取る。その時、幼い涼野の顔がわずかに動く。

 
「れん?」
「え」

 幼い涼野が自分の名前を零し、蓮は思わず調子外れな声を出してしまった。
 幼い涼野は蓮の手を掴んだままブランコから降り、蓮の隣に並び、澄んだ青緑の瞳を蓮に向けて来た。こうして並んでみると、幼い涼野は蓮の腰ほどの背丈しかない。

「おにいちゃんのては、れんのてみたいだ」

 蓮の手の暖かさを感じようとするかのように、幼い涼野は掴んだ蓮の手の甲を自分の頬に当てた。子供らしい柔らかな感触が手の甲をくすぐった。くすっぐたさを感じた蓮は少し噴き出してから、目を細めて、慈愛に満ちた視線で涼野を見下ろす。

「そうかな」
「そうだ」

 短く答えると、幼い涼野は自分の頬を蓮の手から話し、一層強く握ってくる。まるで、離れないでほしいとでも言うように。冷たい感覚が手のひらに広がった。
 その瞬間、蓮は幼い涼野が不安がっていることを悟る。幼い晴矢や幼い蓮と喧嘩し、謝りに行けないから、ここで一人でブランコをこいでいたのだろう。現に見上げてくる青緑の瞳には、嬉しさと恐怖が綯い交ぜになっているし、何より助けを求める瞳だった。

「だいじょうぶ」

 蓮は、幼い風介をしっかり見て、言い聞かせるように呟く。

「風介くんは一人じゃないよ。僕も一緒にいるから」

 答えるように、蓮は幼い涼野の手を優しく握った。その手は、蓮の手ですっぽりと覆えてしまう程小さいものだった。小さいが、どこか懐かしい感じを蓮は覚える。

「……あったかい」

 幼い涼野は、甘えるように言った。