イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作



番外編(七)



 たいやきを食べ終り、手持ち無沙汰(てもちぶさた)となった蓮は、何気なく自分の足元に視線を落とした。そこには、サッカーボールが置いてある。サッカーボールを見た途端、蓮は何も考えずに立ち上がっていた。たいやきが入っていた紙袋をベンチに置くと、サッカーボールを持ち上げ、軽く放り投げた。頭で小さくボールを突き、ひざ上に落とすと、そのままリフティングを始める。なかなかきれいな姿勢で、軸がぶれていないリフティングだった。単調なリズムで。サッカーボールは軽やかな音を立てながら、流れるように宙に舞う。リフテイングに夢中になっている蓮は気づいていないが、蓮の後ろでは、幼い南雲たちが口をあんぐりと開けている。食い入るように、蓮のリフテイングを見つめていた。

「おっと」

 幼い南雲たちの視線に気づき、集中力をわずかに切らした瞬間。蓮は、ボールを蹴り損ねた。サッカーボールは蓮の膝から少し離れた地点に落下し、バウンドして転がり、止まった。すぐさま三人はベンチから降りると、ボールを拾っている蓮の足元に駆け寄った。幼い蓮は、尊敬の眼差しで蓮を見上げ、幼い南雲と涼野は、意外そうな顔で蓮を見る。

「たろうおにいちゃんサッカーじょうずだね!」
「おにいちゃんはすごい」
「おまえ、いがいとサッカーうまいんだな」

 幼い蓮と涼野は、素直に感嘆しているものの、幼い南雲は余計な一言が付加されていた。どうも上から見られているような言い方に不快感を覚える蓮であったが、相手が子供あることも考慮して、笑顔で答える。

「これでもサッカー部員だからね」
「じゃあこれからサッカーやろうぜっ!」
 
 幼い南雲が高らかに宣言し、4人は一斉に拳を宙に突き上げた。
 
 サッカーの技量はあきらかに蓮が一番優れていた。幼い三人はまだサッカーを始めたばかりらしく、リフティングもままならないし、シュートも、GKでもない蓮がとれる弱いものである。ついでに言うと、パスも蓮があっさりカットできるもの――とはいえ、蓮はパスカットは得意分野である上、10年近くやっていてカットできない方がおかしいのだが。蓮にボールをとられるたび、幼い三人は最初は悔しそうな声を上げ、地団太を踏んだ。しかし、次第にサッカーが楽しくなってきたのかひっきりなしに笑い声を上げるようになる。前に円堂がサッカーが好きな奴に悪い奴はいない、と言ったのを蓮は思い出した。確かに、サッカーに熱中する幼い三人はとても楽しそうで、蓮もまた心地よい高揚感(こうようかん)を感じていた。サッカーを通じて、幼い3人の内面を垣間見えた気もした。
蓮が幼い三人を抜くドリブルを披露したとき、公園にある人物が入ってきた。その人物を見るなり、蓮は駆け出し、一方的にまくし立てた。

「目金くん! 今までどこ行ってたんだ!」
「す、すみません」

 目金は平謝りし、手に掴んでいた箱を見せる。それを見た瞬間、蓮が眉根を寄せる。
箱の中身は、ちょうどこの頃流行っていたあるアニメのキャラクターのフィギュアだった。金髪のツインテールにセーラー服のような服。赤いブーツ。非常に精巧な造りで、アニメからポンと飛び出てきたかのようだ。

「この美少女フィギュアを買いたかったんですよ~」

 頬を染め、恍惚(こうこつ)の表情を浮かべる目金の声は上擦っていた。鼻からも、赤い水が垂れていた。蓮は珍しく蔑むような視線を目金に送っていたが、矢庭(やにわ)に笑顔を作る。ただし幼い南雲たちに見せた優しいものではなく、血管が浮かんでいるものだが。

「そのために僕を利用したわけか」

 顔は笑っていても、声のトーンは恐ろしく沈み、怒気を孕んでいた。殺気すら感じさせる、ひどく恐ろしい声だった。目金はひーっと半泣きになりながら震え上がり、怖い笑みを浮かべながら、間を詰めてくる蓮からじりじりと後ずさる。顔に汗がどんどん張り付く中、愛想笑いを浮かべ、蓮の興味を他へと移そうと話題を切り替える。

「と、ところで白鳥くん。あなたもサッカーが上手い男には会えましたか?」

 その言葉を聞いた途端、蓮の足が止まった。今思い出したような顔つきになり、自虐的な笑みを浮かべ、寂しげに首を振る。

「僕の勘違いだったみたい」

「さあ、帰りますか!」

 元の世界に帰りたい一心の蓮は、元気よく声を張り上げ、怯えて身をすくませる目金の肩を叩いた。なに怯えてんの? と目金をちゃかす辺り、自分が怯えさせたことを全く感じ取っていないらしい。蓮がくるりと三人に背を向けると、幼い蓮は、え~っと非難の声を上げた。

「たろうおにいちゃん、もうかえっちゃうの?」
「れん、わたしたちもかえらないとねえさんにおこられるぞ」

 幼い蓮が残念そうな顔で聞いて、幼い涼野がなだめるように言った。『たろうおにいちゃん』と聞いて目金が噴出しかけるのを、蓮は横目で睨んで黙らせた。それから、幼い三人の前へと歩み寄り、同じ目線になるようしゃがむ。

「そう悲しい顔しないでよ」

 優しく微笑みながら、蓮は幼い三人の頭を順番に頭をさすった。最後に撫でられた幼い涼野が顔を上げ、まっすぐに蓮の瞳を見つめてきた。

「またあえるか?」
「Need not to know」

 反射的に蓮の唇が動き、英語を紡ぐ。その瞬間、蓮の脳裏に今日のワンシーンが鮮やかに再構築された。最後、自分を見た男は、黒髪のショートに黒曜石のような黒目。青と黄が鮮やかなジャージを着ていた――そう、求めていたのは今の己自身だった。そのことに気づいた瞬間、蓮はくすっと笑い、立ち上がった。そして周りを明るくする笑みを見せ、幼い3人に呼びかける。

「何年かすればまた会えるからさ!」

 英語がわからないのか幼い三人はポカンとした表情で立ち尽くしていた。別れることにぎゅっと胸を締め付けられるような寂しさを覚えたが、それを振り払うように蓮は、幼い3人に背を向けて大またで公園の出口に歩き出した。未来に、今の南雲と涼野の元へ帰るために。

「帰り方教えて」

 戸惑いながら並んで歩いてくる目金に、蓮は落ち着いた声音で問うた。すると目金は立ち止まり、眼鏡のつるを持ち上げ、

「白鳥くん、立ち止まって目を閉じて下さい」

 目金より数歩先、公園の出口がある車止めの前辺りで、蓮は言われたとおりに止まる。直後、世界が無音となった。風の音、人の話し声、全てが聞こえなくなった。目を開けようとしても、目に何かに押さえつけられたように開かなかった。ふわふわと無重力の宇宙に放り出されたように、身体が持ち上がっていく奇妙な感覚に襲われる。と、身体が持ち上がるような感覚が消え、不意に冷たい感触が頬に当たった。


  ***


「わっ」

 小さな悲鳴を上げながら、蓮は目を開けた。
いつのまにか太陽の位置が、真上からずいぶん右の方に傾いていた。色づいた木の葉の間から零れる木漏れ日(こもれび)が眩しく、蓮は思わず目を細める。どうやらどこかに横になっているらしい。ここがどこか確かめようと、辺りに視線を彷徨わせた時、蓮の黒い瞳に覗き込んでくる涼野の顔が映りこんだ。

「ふ、風介!?」

 涼野の名を呼びながら、蓮は弾かれたように起き上がり――自分がベンチで横になっていたことを悟る。
辺りを見渡すと、塗装のはげた遊具の数々。公園の外では、帰宅途中の小学生が元気に走っている。最後に自分の脇に座る涼野を見た。今の自分がよく知る見慣れた涼野風介だった。今日もまた、見慣れた私服に身を包み、買ってきたらしいアイスのビニール袋を向いている。今感じた冷たい感触はこのアイスだろう。

「蓮。キミは風邪を引きたいのか?」

 棒つきのチョコレートバーを口に加えながら、涼野が聞いた。まだ状況を整理し切れていない蓮は、ますます困惑するばかりだ。

「ふえ?」

 当惑する蓮の顔を見て、涼野はアイスを口から離し、呆れたようにため息をこぼした。

「こんな寒い時期にベンチに眠るなど……自殺行為もいいところだ。風邪を引いたらどうする」

 冷たい口調だが蓮を気遣う内容である涼野の言葉を聞き、蓮はようやく頭が回り始める。アイス食べているキミの方が自殺行為だよ、と心内で抗議しておき、そ知らぬふりを装って、涼野に尋ねる。

「風介、僕、何してた?」
「私がこの公園に来たときは、蓮は既にこのベンチで眠っていたぞ」

 涼野がアイスを口の中で溶かしていくのを見ながら、どうやら『現在』に戻ってきたらしいことを蓮は悟る。その証拠にベンチの側には、消えかかった魔方陣がある。戻れたことに嬉しさを覚えながらも、同時に様々な雑念が脳内を占拠し始める。

「あれ、目金くんと都市伝説が本当か実験して……どうやって戻ってきたんだ。それに目金くんはどこに――もう、なんで美少女フィギュアなんか……」

 思考が迷走し、ぶつぶつと独りごつ蓮の横で、涼野は涼しい顔でアイスを食べ終える。アイスの棒を破ったビニールに戻し、すぐ脇にあるゴミ箱に捨てた。そして難しい顔をする蓮に、淡い笑みを向けた。

「その顔だと、成功したようだな」
「色々あったけど楽しかったよ。でも、やっぱり今が一番だ」

 蓮は苦笑し、断言する。

「こうして“今”の風介や晴矢と話している時間が一番楽しいから、さ」
「ところでキミは、ブランコは立って漕ぐのが好きらしいな」
「空に飛べる気がするからだよ。一番高いところまで行ったら、鳥のように飛べる気がするから!」

 蓮がそう言って、涼野は予想していた通りと言わんばかりに唇の両端を持ちあげ、ポツリと納得したように呟く。その顔は、晴れ晴れとしたものだった。

「……やはりそうか」

 “今”の涼野もまた、蓮と同じくサッカーが上手い男を心の中で求めていたのだろう。そして蓮と同じようにわかった。そのことを頭で理解しつつも、蓮はわざと問い返してみた。

「なんで?」
「キミに教える義務はない」

 からかうように涼野に返され、蓮はあっそう……と笑った。その時、公園の入り口から南雲がこちらに歩いてくるのが見えた。涼野と同じく、蓮が知る南雲晴矢その人。今日もまたジャージの上のような上着に黄色みがかかった黄緑の短パン。二人とも私服なのに、一人だけ雷門のジャージを着ているのが恥ずかしいと蓮が思っていると、南雲は蓮の右隣に腰掛けた。
「おう、蓮。あほ面こいて寝ていやがったが、ようやく起きたか」

 にっといたずらめいた笑みを浮かべる南雲に対し、蓮はすぐさま反論する。

「あ、あほ面とはなんだ!」
「なあ、蓮」

 南雲は蓮の反応を無視し、語りかける。

「昔、この公園で会った男を覚えているか?」
「ああ、ちょうどこのくらいの時期だったね」
「このくらいの時期になると、いつもそいつを思い出すんだ。でよ、最後にあいつ『何年かすれば会える』とか言ってただろ?」
「うん」
「それって今年のことだったんだな。しかもあいつの所属は雷門だ」
「会えたんだ」
「まあな」


  ***

 蓮と南雲が微笑み――そよ風が辺りを吹きぬけた。
 木々がざわざわと音を立て、彼の長い金髪が揺らされて波打つように踊る。陽光をすかして輝く透明感のある金の髪。女めいているようでどこか美しい。そんな不思議な妖しさを持つ。風の中、彼は葉擦れの音を従えながら、ゆっくりと静かに前を見据えながら歩いてきた。彼が歩を進めるたび、その足音が聞こえてくるような気がする。彼の存在に気づいた蓮たちが彼の方を見て、南雲と涼野はわずかに微笑む。蓮だけは対照的に、ぽかんと口を開けている。蓮たちの前で彼は立ち止まり、向き合う三人と彼の間に風が音を立てて通り、四人の髪を揺らした。

「やあ、南雲、涼野」

 風がやむと、アフロディは外見と違わない澄んだ声で挨拶をした。今日は珍しく私服を着ていた。紫のシャツに茶色いダッフルコート。下は肌色に近いジーパン。色合いが大人っぽく、非常にしゃれていると蓮は思った。しかも首には銀のタグと鳥の羽を象ったシルバーアクセサリーもしていて、ますますセンスの良さを窺わせる。私服組がますます増え、蓮は居心地が悪そうにアフロディから視線をそらした。

「おや? 蓮も一緒だったのか」

 めざとく蓮を見つけたアフロディが声をかけると、蓮は引きつった笑みを浮かべて片手を挙げる。
「やあ、アフロディ」
「アフロディ、あの話受けてやるぜ」
「私たち3人で世界と戦えると言うのなら、なおさら受ける気になった」


 蓮の横に座っていた南雲がすくっと立ち上がり、涼野もまた立ち、次々とそんなことを言った。アフロディがにこりと笑い、快諾した。いっぺん、何の会話かわからないが、勘の鋭い蓮はFFIのことだとすぐに理解。同時に嫌な予感を感じ、自分でその可能性をこじつけで否定していた。脳内では一人論争が繰り広げられている。

「そうだね。飼いならすのが難しいキミたちと飼いならしやすいけど一癖ある彼。面白い組み合わせだ」

 アフロディが手を口に当てながら悠然と言ってのけ、南雲と涼野、そして――蓮を見て微笑んだ。嫌な予感がますます現実味を帯びる。そういえば母さんが韓国に行きなさいとか言ってたけど嘘だよな。嘘、嘘。

「なんの話?」

 蓮は聞いていないように――実際アフロディには聞いていないので、とぼける。すると南雲と涼野は、アフロディに次々と非難の声をぶつける。

「おい、アフロディ。蓮も誘うって約束しただろ」
「話が違うぞ」

 思ったとおり、勝手にことは進んでいたらしい。蓮は憤りを覚えながら、なお夢でありますようにと抵抗を続けていた。僕はそんなに強い選手じゃない。そうそう韓国に引き抜かれる価値なんてない。と自己解釈論を繰り広げていた。そんなことを全く知らないアフロディは詫びを入れてから、蓮に向き直る。

「すまないね。蓮にはまだ話していなかった。どうだい蓮、ボクたちと共に世界の頂(いただき)に立ってみる気はあるかい?」

 南雲と涼野が歓迎の意を示すように微笑み、蓮は困ったように棒読みで返答する。

「僕弱いし」

 間髪いれずにアフロディが、

「その優れた俊敏性と頭脳を持ち合わせて何を言うんだい? キミは日本にいるのはもったいない人材だ」

 どうやら逃げられそうにないらしい。蓮はただただ黙秘権を行使していた。

~END~