イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作

第三章 新しい風の中で(二十四)
日が完全に傾き、空には薄藍色が広がり始めた。昨日見た宗谷岬の空とは違い、見える星の位置はだいぶ異なっている。北海道と言っても、宗谷岬はもっと北。緯度が違うだけで、こんなにも星は違うものかと蓮は心の中で感心していた。
星明りだけを頼りに、スキー板を抱えた染岡と蓮はゆっくりと白恋中学校へと足を進めていた。雪上の歩き方もなれ、歩くように進むことができる。
闇色に染まった木が、時折さわさわと風で音をたて、ふくろうが鳴く声が夜のしじまを震わせる。一人でいたら完全に怖くて、足がすくむだろう。染岡が隣にいるのが心強い。改めてみると、彼のこわもてはどこか男の貫禄(かんろう)を感じさせる頼もしいものな気がしてくる。
ますます冷え込みも激しくなり、ジャージだけでも身震いが起こる。蓮は手袋をこすり合わせた。雪が溶けた手袋もまた寒さの原因だろう。横では染岡が手袋をはずし、手に白い息を吹きかけていた。
「そっか。ジェミニストームの襲撃予告があったのは、昨日のお昼だったんだ」
「ああ」
蓮は、染岡から自分と塔子が不在だった間の話を聞いた。
遭難していた吹雪と出会い、成り行きで白恋中学校と試合をしたこと。吹雪はDFもFWも優れた稀有(けうな能力の持ち主であること。……そして、ジェミニストームから昼過ぎに襲撃予告があったこと。
吹雪のことにも興味を持つべきなのだろうが、蓮はジェミニストームの襲撃予告を受けた時間が、昨日の昼だと聞いてほっとしていた。涼野は、風介は無関係だと信じられたからだ。だが一方で自分が、みんなはきちんとサッカーしていたのに、遊び倒してしまったと言う咎められるべき行為に対する、後悔の思いも生まれたが。
「……そっか」
安堵と後悔が混ざった複雑な気持ちを、蓮は北海道の澄んだ空気に吐き出した。気持ちを切り替えるように、思い切り深呼吸をする。
染岡も蓮のまねをして体を伸ばしながら深呼吸をし、
「ところで、白鳥は”あれ”どう思う?」
「今日見につけた”あれ”か。きっとジェミニストームにも太刀打ちできるよ」
「ああ」
はっきりと頷いた蓮は、染岡とこぶしを軽く合わせた。
そして、時は来る――
約束の日――昼過ぎ。
今日の空模様は悪い。一雨来そうな分厚いねずみ色の雲に覆われていた。空までもが宇宙人の襲来に脅えているとでもいうのだろうか。
曇天の白恋中学校のグラウンドに、雷門イレブンは整列していた。フィールドの外では夏未たちが、不安げな表情で雷門イレブンを見守る。白恋の生徒たちは、危険だと言う理由で校舎内に待機させている。試合前だが、相手側のフィールドには誰もいない。
瞳子が腕時計を見た。長針と短針が、”12”の位置で重なった。その時。
「うっ……」
蓮が小さくうめいた。
胸が異様なスピードで、鼓動を打つ。胸を誰かに鷲掴み(わしづかみ)にされた様な痛みが、身体に襲い掛かってくる。奈良の時と同じだ。
痛みで、視界が霞んでいく(かすんでいく)。冷や汗がどっと体中から噴出し、雷門イレブンの姿が陽炎のように揺らめく。
何か、空を切る音がする。でも、何が降っているのかは、ぼやけてよく見ることができなかった。息がつまり、呼吸ができず苦しい。蓮は、喘ぎ(あえぎ)ながら、自分の身体が地面へと投げ出されるのを感じていた。だが、地面に顔が着く前に逞しい腕――恐らく円堂だろうが、腕を支え、引っ張り上げてくれた。霞む視界に、円堂がはっきりと映りこむ。
「白鳥!」
声はやはり円堂だった。円堂くん……と彼を頭で認識はする。だが痺れたように(しびれたように)脳は思考をとめてしまい、ぼーっとするだけであった。声が出てこない。
「大丈夫か!?」
円堂は、焦点の定まらない目をした蓮を何度も、何度も激しく揺らす。蓮は浅い呼吸を繰り返しながら、虚ろな(うつろな)黒い瞳を、ただ円堂に向けるだけであった。
「ふん、愚かな地球人どもめ」
そこに聞き覚えのある声が響いた。
***
「ジェミニストーム!」
円堂が吠える。
いつのまにか、誰もいなかったグラウンドにジェミニストームの姿があった。人数も11人、顔ぶれも前と同じ。変わらず余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)に前髪を掻きあげたり、欠伸をしたり。ひどいものは、試合前にもかかわらず、アニメの萌えキャラについて語り合っている者までいる。
そこへレーゼが円堂の近くまで進み寄ってきた。
「逃げはしなかったか。称賛に値する行為だ」
「オレたちは逃げも隠れもしない!」
つんと円堂は言い返した。
それから蓮を地面に横たえると、夏未と春奈を呼んで、蓮をベンチに連れて行かせた。蓮は浅い呼吸を繰り返しながら、ぐったりとし、夏未と春奈に肩を預けている。
「強がりだな? 今度も我々の力にひれ伏すがいい」
レーゼは蓮に視線を送りながら、挑発してくる。
悔しくて円堂が言い返そうと前に出た時。白い手が円堂が前に出るのを制した。
「どうかな」
吹雪はゆっくりとレーゼに歩み寄ると、にこやかに微笑みかける。
「この雷門イレブンは、特訓して強くなったんだ。キミたちにだって、負けないと思うよ」
「特訓だと。ふん、笑わせてくれるわ」
鼻を鳴らし、レーゼは冷笑を浮かべた。
「人では、我ら宇宙人の力などに到底及ばぬわ。地球にはこんなことわざがあるだろう……高根の花」
「高根の花だって言うのは、とれない人の言い訳だ。とれる人だっているんだよ?」
*
ボールが大きく跳躍し、ジェミニストームのゴール側に落ちる。ジェミニストームの選手は、とろうと走るが、風丸にボールを奪われた。
雷門イレブンは、吹雪の言う通り大きくパワーアップできたのだ。ジェミニストームのスピードに追い付けているし、仲間内のパスもしっかりと通っている。
朦朧(もうろう)とする意識の中、ベンチに座る蓮はしっかりと試合の成り行きを見据えていた。ぼうっとする黒い瞳に、空中に上がるサッカーボールが映り込む。
胸の痛みこそ治まったが、今度は頭がくらくらする。熱でもあるかのように、脳から思考が奪われ、ただ見ることしかできない。それでも想いは、胸から絶えず込み上げてくる。
――僕も雷門イレブンなんだ。フィールドを駆け回って、みんなと一緒に戦いたい
見ているだけなんて嫌なのだ。
なんのために自分はキャラバンの旅に参加しているのか。そう、エイリア学園を倒すためだ。なのに自分一人だけベンチに座り、応援するだけになっているではないか。なにもできない悲しさが、蓮の心にのしかかってくる。
戦いたい。早く痛みなんかなくなれ、と身体に命令してみるが、響くような痛みは断続的に脳を襲う。蓮は息を吐きながら、額を片手で押さえる。視界がまたうすぼんやりとし始めた。刹那、脳裏に鮮烈(せんれつ)な映像が浮かび上がってくる。まるで、映像だと忘れさせるような現実的なものだった。
暑い、夏の日だった。
目に痛いほど青い空。灼熱の太陽がアスファルトを温め、陽炎のように風景が揺れている。周囲には、蝉が狂ったように大合唱をしていて、耳に痛いほどだ。 どこかの住宅街だろうか。塀がどこまでも続き、多くの家が立ち並んでいる。
「うっ……いたいよぉ」
幼い子供の情けない声が聞こえた。
ふっと足元に視線をやると、サッカーボールを抱いた小さい蓮がアスファルトに、うつ伏せになって泣いていた。
その顔はぐしゃぐしゃで、その目は涙ですっかり充血しきっている。青い短パンから覗く膝小僧が擦れていて、小さなすり傷になっていた。周りに砂利がくっついている。
ああ、転んだのか……と”今”の蓮は思う。
小学校4年生になるまで、自分は泣き虫だった。転べばなき、叩かれれば泣き、よく友にからかわれていた。本当に思い起こすと恥ずかしいくらいに気弱で、我ながら小学校時代は闇に葬り去りたい。でも、過去は確かにあったのだ。消し去ることなんてできない。
蓮は呆然と幼い自分を見つめていた。
と、幼い蓮がふっと顔を上げる。そこには塀があった。
なんで塀に向かって顔を上げるんだ? と”今”の蓮はじげしげと幼い蓮を見る。
それからあどけない笑顔を浮かべて、うんっと声を出す。声の方向には塀しかない。幼い蓮は、サッカーボールを横に押した。
急に元気になった幼い自分は、手のひらを空に向けて立った。傍から見ると、誰かに向かって手を差し出し、その誰かに手を掴まれて立ったように見える。しかし、そこには誰もいない。
立ち上がると、地面に落としたサッカーボールを両手で持ちながら、住宅街の奥にかけて行く。
「――! ――!」
誰かの名を呼びながら。
でも、よく聞き取れなかった。妙な雑音が混じり、幼い自分が呼ぶ人物の名がわからない。それでも、とても温かい気持ちになり、蓮は頬笑みを浮かべた。
幼い蓮が遠ざかって行く中、風景が歪み始める。ぼんやりと幼い背中がかすんでいき、風景がチョコレートのように溶けていく。待ってと言っても、待ってくれない。
やがて意識の片隅に甲高く長く尾を引く音がした。前半終了を告げる、ホイッスルの音。それが合図だったかのように、周りの風景が白恋中学校のグラウンドに戻った。

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