イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作



番外編(一)



「な……なんで……」

 蓮は自分の目の前に広がる光景が信じられず、愕然(がくぜん)とした。
 今、蓮は公園の中にいる。住宅街の一角によくある狭いもので、ブランコと滑り台、砂場くらいしかない。しかし風景は日常的によくあるもので、目を疑う様なものではない。問題なのは、自分を見上げる子供二名。
 その二人は、幼稚園ほどだろうか。背丈は蓮の膝までしかない。彼らは名前を知らない通りすがりの子供などではなく、

「なんで晴矢と風介がこんなに小さいんだよぉッ!」

 嘆いた蓮の言葉通り、目の前にいるのは――幼い南雲と涼野だった。



 そもそもの始まりは、目金が都市伝説を調査する、と言ったことだ。
 目金によると、最近、ネット上で”ある”都市伝説がまことしやかに囁かれているらしい。その”ある”都市伝説と言うのが、”過去に行ける”―-つまりタイムスリップが可能になるとか、非常にウソ臭いものだった。
 これを雷門サッカー部一丸となって調査しましょう! と入会式で宣誓を行うスポーツ選手のごとく目金は元気に宣誓したわけだが、誰も取り合わなかった。用事があるとか、塾があるとか適当な理由をつけて、みなはさっさと退散した。
 もちろん蓮もさっさと抜け出した。が、後々、一人残された目金が何だかかわいそうと余計な憐憫(れんびん)の情を持ってしまい、協力させられる羽目になってしまう。

 目金に連れられ、蓮は雷門中から少し離れた場所にある小さな公園に来た。
 まだ早い時間なせいか、数人の子供を親を除いて人の姿は全く見えない。雷門ジャージ姿の中学生男子二人がいるのは、明らかに場違いだ。

「うわぁ……懐かしいなぁ」
 
 公園に入るなり、蓮は懐かしむように目を細めた。

「なんで懐かしんです?」

 しゃがみ込み、小枝を手に何かを地面に描きながら目金が尋ねる。

「お日様園にいた頃、よく晴矢と風介とここに来てたんだ」

 瞼を閉じると、その光景が黒い世界の中に蘇ってくる。
 幼い南雲がサッカーボールをむちゃくちゃな方向に蹴っていたり、幼い涼野が自分にリフティングを教えてくれたり。あげくの果てには、すっころんで二人に手を差し伸べてもらって起き上がったりした、情けない思い出も思いだしてしまい、蓮は内心苦笑した。
 
「へえ。バーンやガゼルとここに……ですか」

 目金は小枝を動かす手を止めないまま、興味なさそうに呟いた。目金の前には大きめにイナズママークが描かれ、今はそれを丸で囲っている。
 退屈になった蓮は、すぐ近くのベンチに座ると、前かがみになり、目金が地面に生み出していく図形をじっと見つめた。丸で囲まれたイナズママークの周囲は、見たことがない文字や四角や三角で覆われ意味がわからない。
 蓮は、数学的知識から必死に意味をつかもうとするが、意味がわからず、最後には図形から目を逸らした。
 その時、蓮は何か思いだした様な顔になり、

「”Need not to know”」

 と、滑らかな発音で英語をこぼし、目金が手を止めて顔を上げる。

「”Need not to know”? なんですかそれ?」
「この公園で、一回きりだけど、かなりサッカーが上手い男の人に会ったことがあるんだ。その時に、その男の人に言われた言葉」

 十年前のこの時期に、南雲や涼野と共に、蓮はサッカーが上手い男に会った。彼と何をしたのかはほとんど記憶の闇に葬られてしまったが、男は別れる時に”Need not to know”と言ったことだけは覚えている。本当はこの言葉の後に別の言葉をつづけていたが、何と言ったかまでは覚えていない。

「なら」

 すっと目金は立ち上がり、手に持っていた小枝を捨てた。そして蓮に向き直り、耳を疑う様な質問をした。

「その言葉をもう一度聞きに行きたいと思いませんか?」
「無理だろ」

 間髪いれずに蓮は笑い飛ばす。

「時間は流れるだけ。ただただまっすぐに進み続けるだけだ」

 甘いですね、と目金が偉そうに言った。彼がかけている、黒縁のメガネのレンズが一瞬だが光った。目金はくくっと引くように笑い、人差し指でメガネを軽く持ち上げ、反対の手で、自分が描いた謎の図形を指し示す。

「それが。このマークがあれば行けるんですよ」
「ま、魔法陣ってやつか? これ?」

 描かれた図形をベンチから覗き込み、蓮は首を傾げた。
 完成した図形は幾何学模様がいくつも連なる、まさに魔法陣のようなものだった。ゲーム等と違い、中央にイナズママークがあるのが目金のオリジナルらしさを表している。

「これは、都市伝説実証実験の下準備ですよ。この陣を描き、願をかけると過去に行けるそうですよ」

 どうやらこれがネットで流布(るふ)しているものらしい。
 いかにもどっかのファンタジー漫画やアニメに出てくる魔法陣を組み合わせたもの。過去になど行けるはずがない――蓮はわずか数秒で結論づけた。

「ネコ型ロボットのタイムマシーンじゃないんだし、無理だろ」

「無理ではありませんよ。成功確率は『1%』です」

「……まあ、やってみる価値はあるかも。やり方は?」

 はっきりと断言した目金の言葉に絶句しかかったが、目金にやり方を問う。すると、目金は魔法陣(?)の前に立ち、左ひざを地面に着け、身体を蓮の方に向けた。

「このように……魔法陣にボクと白鳥くんが向かい合うようにたち、左膝を地面に着き、手を組みながら、目を閉じて俯くのです」

「なんか、れーはいとかで見られそうだな」

 正直な感想を述べつつ、蓮は目金の真正面に立った。ゆっくりと左膝を地面につけ、砂利が生む痛みを感じながら、両手を組む。それから目を閉じ、顔を少し下げた。

「次は?」
「心の中で祈るのです。行きたい時間に連れてってくれ、と」

 目金に言われるがまま、蓮は心の中で十年前のあの日に連れてってくれと述べた。
 その時、魔法陣(?)の中央にあるイナズママークが淡い黄色に輝き始めた。一定のテンポで明滅を繰り返していた光は膨張を始める。小さなドーム型の光はゆっくりとその規模を増し――やがて二人は飲みこまれた。


  ***


 蓮がまず目を開いて見えた光景は、抜けるような青い空だった。
 ずっと目を閉じていても何も感じないし、何も聞こえなかったので、とうとうしびれを切らした。目金に許可を取らず、勝手に目を開けると、白い綿あめみたいな雲が数個浮いている空が飛び込んできた。
 なんだ何も変わらないじゃないか、と蓮は安心半分、残念半分の息をふっと吐き出し、視線を下げながら立ち上がる。目金はいなかった。辺りに視線を彷徨わせるものの、目金の姿はどこにもない。が、蓮は目金の代わりに妙な感覚を発見した。公園の遊具がやけに真新しいのだ。
 蓮が幼いころから存在していたこの公園の遊具のほとんどは、塗装がはげ、鉄の茶色が露になっていたはずなのに、今いる公園の遊具は塗装がほとんどはげていなかった。今日、目金と来た時ははげていたはずなのに、目を閉じたたった数分の間で誰かが塗ったとでも言うのだろうか。疑問を覚えたが、目金が心配だった蓮は、目金のことを探そうとすぐさま頭を切り替え、この考えを脳の隅に追いやった。
 携帯をジャージのズボンのポケットから取り出し、目金の番号にかけるが、電波の届かない場所にいます、と無機質な声が電話の向こう側から聞こえ、蓮はため息をついて、携帯をズボンのポケットに戻した。
 それなら誰かに尋ねようと辺りを見渡すと、ちょうどブランコに小さい男の子がいるのを見つけた。誰かを待っているのか、俯きながら、地面に両足をつけて、退屈そうにブランコを小さく揺らしている。その少年に話を聞こうと、蓮は、ブランコの柵前まで駆け寄った。小さな男の子は何かが考え事でもしているのか、蓮が近づいても顔を上げない。
 話していいものか、と少し蓮は逡巡(しゅんじゅん)したが、思い切って小さい男の子に話しかける。

「キミ、この辺りで、眼鏡をかけたお兄さんを見なかった?」

 話しかけられた男の子はびくっと肩を震わせ、ブランコを揺らすのを止めた。驚いたように顔を上げた。 その顔を見た蓮は、我が目を疑い、思わず柵から軽く身体を乗り出してしまう。

(ふ、風介!?)

 顔を上げた少年の相貌は――涼野風介にあまりにも似すぎていた。が、似ていると言っても、背丈は蓮が知っている涼野より2,3回りは小さい。それに、顔つきも落ち着いた印象の中にどこか幼さが残っている。しかし、髪形は今とほとんと同じだし、綺麗な青緑の瞳に宿る輝きは、まぎれもなく涼野風介のものだった。青地のフード付き長袖シャツに紺のジーンズ姿でも、その印象は変わらない。
 いきなり涼野似の少年に出会った蓮は、何と言葉をつづけてよいかわからずに固まったまま、その少年と頭の中に思い浮かべた記憶の中の幼い涼野風介と”見比べる”。記憶の中の涼野も、今目の前にいる涼野の様な感じがする。いや、全く同じ人間だった。

「しらない」

 幼い涼野が短く否定し、蓮は現実に引き戻された。

「そ、そっか」

 過去に来たと言う事実に困惑したまま、蓮は取りあえず笑った。すると、幼い涼野は悲しそうに視線を下げ、また地面に足をつけたままブランコをこぎ始める。甲高い音が虚しく辺りに響いた。
 幼い涼野がいるなら幼い南雲と幼い自分もどこかにいるはずだと、蓮は二人の姿を求めたが、いなかった。
 この頃の涼野は、南雲と蓮と三人でいたはずなのだが、今日は何かあったらしく、一人でいるようだ。
 幼い涼野が悲しげにブランコを揺らす姿をしばらく蓮は心配そうに眺めていたが、やがて柵を乗り越え、幼い涼野の左隣の空いたブランコに近づく。ブランコの板の上に、両足を乗せ、そのまま膝を前に突き出し、力を入れた。初めはゆっくりだったブランコもだんだんスピードが出て、ブランコは忙しく前後に動く。その勢いで、蓮の前髪が風をはらんで持ち上がる。蓮は、心から楽しんでいるらしく、楽しそうな笑みを浮かべていた。
 ブランコが何回か往復するうちに、顔を下げていた幼い涼野が蓮の方向へと顔を向けた。興味深そうな顔で、青緑の瞳で蓮の動きをしばらく追って、

「おにいちゃんは、たちこぎがすきなのか?」

 と落ち着いた声音で問うた。蓮はブランコをこいだまま幼い涼野を一瞥し、今は遠ざかる空へと視線を投げかけながらふっと笑った。

「そうだね」
「なぜだ」
「何故って……そりゃあ、空に飛べる気がするからだよ。一番高いところまで行ったら、鳥のように飛べる気がするだろう?」

 今度は近づく空を見ながら蓮は無邪気に幼い涼野に語りかける。
 今もそうだが、蓮はブランコが空に向かってとびあがるあの瞬間が好きだった。思いっきり後ろに下がって、陸上で言う助走をつけて、空に跳び上がる。陸上でハードルを跳ぶのが快感であるように、ブランコが宙に上がる瞬間、何だか空に近づける気がして楽しいのだ。僅かな時間だが、鳥になれるようで面白い。
 と、ここで蓮は涼野が幼いことを思い出した。幼い涼野がもし真似をしたりすると危険だと、蓮はブランコに座り、急いでブランコを止めて、涼野の方を向きながら慌てて注意しておく。

「あ、でも本当にやっちゃいけないよ。危ないからね」
「そんなことはしっている。キミも、やってはいけないぞ」

 普通の子供ならはーい! と元気に答えそうなものだが、幼い涼野は随分素っ気ない返事をし、逆に蓮をたしなめた。中学生である蓮より、年下の、それも幼稚園程の涼野の方がしっかりしているように見える。

「そ、そっか」

 正鵠を射るその言葉に蓮はそれ以上答えられなかった。と、幼い涼野はまた顔を下げ、沈痛な面持ちでブランコを揺らし始めた。その様子が気になった蓮は、ブランコから降りると、幼い涼野の真正面に立ち、視線を合わせるように屈んだ。

「……キミ、元気ないね」

 蓮が幼い涼野に心配そうに話しかけると、幼い涼野はゆっくりと顔を上げ、蓮を見つめた。その瞳は、いつもとは違った意味で綺麗な色に透き通っていた。悲しみの色で満たされていた。何か言おうと迷っているのか、口が開きかかっている。

「どうしたの?」

 優しい口調で蓮が聞くと、幼い涼野は安心したらしい。悲しみの色で満ちていた瞳に、助けを求めるような必死な光が宿り、蚊が鳴くような声で呟く。

「はるやとれんとけんかした」

 その瞬間、蓮の脳裏にあることが思い出された。あのサッカーが上手い男の人と会った時、自分は涼野や南雲と大喧嘩をしていた。自分がいる時間(いま)はきっとその日なのかもしれない。涼野と、南雲と。大喧嘩をしたあの日なのかも――