イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作



番外編(三)



 その後、蓮は幼い涼野の手を引きながら、住宅街の中を歩いていた。この近辺にいる(多分小さい)南雲を探すためである。
 この日、幼い南雲がどこにいたかは、蓮は知らない。だが、幼い涼野に話を聞き、蓮は自分なりに推測した。
 まず、南雲はサッカーボールを持ったまま外に飛び出て行ったらしい。と、言うことはボールがけれる場所にいる確率が高いと言うことになる。
 この頃の南雲の年齢を考慮し、そう遠くへは行っていないと仮定すると、南雲が行きそうな場所は三つに絞られる。幼い涼野と出会った公園、お日さま園、涼野と出会った公園から少し離れた公園だ。一番目は、南雲の姿はなかったのでだめ。二番目は自分の記憶から消去できる。蓮も一度は外に出たが、どうしてよいのかわからず、お日さま園に戻ったのだ。この時、南雲を見た覚えはない。あくまで自分の記憶が正しければ、の話だが、今は自分の記憶を信じることにし、残った公園へと歩みを進めている。
 ゆっくりと歩きながら、蓮は幼い涼野と歩く時間を満喫していた。子供の手を引いて歩くなど、小学校六年生の時、下級生の面倒を見させられた時以来であるが、楽しいものだ。大人しくついてくる、幼い涼野を見ていると、何故だか心が楽しい。時折幼い涼野が自分を見上げる視線を感じると、自分が兄にでもなったような気分。幼い涼野が可愛く見えてくる。だが、それは今の涼野が蓮に従順だからだろう。生意気を言って振り回すような子供だったら、可愛いなどとは思えない。
 小さい風介は可愛いなぁと、蓮が幼い涼野を可愛がるように目を細めていると、

「はるやと、なかなおりできるか?」

 幼い涼野が不安げに尋ねて来た。同時に幼い涼野の歩くペースが落ちた。
 ふっと前を見ると、公園のフェンスが見え始めていた。どうやら、晴矢と仲直りできるか不安で仕方ないようだ。蓮は幼い涼野の歩調に合わせると、優しく微笑みかける。

「……できるよ、風介くん」

 蓮の周りを明るくするような笑みに安心したのか、幼い涼野は微かに微笑を浮かべ、小さく頷いた。
 
 蓮たちがやってきた公園は、住宅街の一角にある小さなものだった。辺りは緑のフェンスで囲まれ、小さな木が少しある。ただ、遊具は砂場を除いて全くない。代わりに、大きなコンクリートの壁が、公園の入り口からだいぶ離れた場所に立っていた。高さは二m程。横の長さは、公園の横の長さをほとんど占拠するほど長い。テニスなどのボール当ての目印になるのか、黄色に塗りつぶされた円があちこちに描かれている。
 その円の一つに向かって、勢いがついたボールが跳んできた。しかし、サッカーボールは円の中央には当たらず、上の方に当たって、跳ねかえる。跳ねかえってきたボールに少年は駆けより、止めないまま、思いっきり蹴った。紅蓮のごとく赤い髪が忙しく舞い上がる。蓮と幼い涼野は、公園の入り口からその少年の後ろ姿を眺めていた。
 赤い髪に、スポーツメーカーのロゴが入ったオレンジの半袖のシャツ、茶色い短パン姿の少年。ずっとサッカーボールを追い続けているが、円には全く命中していない。
 こまねずみのようにサッカーボールを蹴りつづける少年の後ろ姿に、蓮は見覚えがあった。手をつないでいる幼い涼野も顔を強張らせ、じっとその少年の後ろ姿を眺めていた。つないでいる小さな手が震える。

「あれがはるやだ」

 幼い涼野が言って、蓮は幼い涼野に公園へ入るよ、と目配せをする。
 蓮が公園に足を踏み入れると、幼い涼野も黙って一歩を踏み出した。幼い南雲の元へ近づくたび、壁に跳ね返ったボールが出す軽い音が、どんどん大きくなっていく。幼い南雲はボールを追うのに夢中で、ちっとも振り向いてくれない。ただ、夢中と言うより、ボールにやつあたりをしている印象を蓮は受けた。その証拠に、幼い南雲が蹴ったボールはむちゃくちゃな方向に跳びまくっているし、跳ねかえるスピードもかなり強い。蓮もイライラしている時に、ボールを蹴ると、全く同じようになるのでよくわかる。そして、話しかけると怒ってくるであろうこともよくわかる。
 どう話しかけるか、と迷っていた時、運がいいことに幼い南雲がボールを蹴り損ねてくれた。跳ねかえったボールを蹴ろうとしたが、狙う位置を外したらしい。ボールは、幼い南雲の脇をすり抜け、蓮のもとにまっすぐ転がってくる。
 蓮はボールが足元に来るのを待つと、右足の裏でボールを踏みつけ、ボールの動きを止めた。そしてつま先でボールを前に出すと、つま先でひょいっとボールを持ち上げ、軽く上げ、幼い涼野の手を握っているのとは反対の手のひらの上に乗せる。その光景を幼い風介は、食い入るように見つめていた。と、そこへボールの持ち主が走ってきた。

(やっぱり晴矢だ)

 幼い南雲を蓮はしげしげと眺めた。やはり、南雲晴矢その人だった。背丈は幼い涼野とほとんど一緒で、蓮の腰ほど。髪型なんかも蓮が知る南雲と変わらない。ただ、顔つきは少々生意気そうだ。切れ長の金の瞳は、強い意志の様なものを感じさせる。顔つきを生意気にし、そのまま南雲を小さくした、という表現がどうにもしっくりくる。
 幼い南雲は蓮の手のひらの上にあるボールに目をやっていたが、幼い涼野を見つけた途端、露骨に顔をしかめた。


  ***


「ふうすけ、なにしにきたんだよ」

 幼い南雲は幼い涼野を発見した途端、どがどがと詰め寄ってくる。今の晴矢も、蓮を問い詰めるときはこんな風に近寄ってくる癖があるのだが、それは幼い頃からの癖だったようだ。ついでに言うと、喧嘩を売るような眼差しで見つめてくる点も似通っている。
 近寄られた幼い涼野は、幼い南雲を前に固まっていた。凛とした表情で南雲と向かい合っているものの、握られた小さな手は小刻みに震えているのが手を通して伝わってくる。時折かすかに口が動くものの、言の葉にはならない。ぼそっと『ご』と言う単語は発するのだが、それ以上は言えないらしい。しまいには、幼い南雲にようがないなら、さっさとかえれ! と吐き捨てるように言われてしまい、幼い風介は助けを求めるような眼差しで、蓮を見上げた。大丈夫、と言うように蓮は幼い涼野に優しく微笑みかけると、震える小さな手をそっと、掴んだ。謝るように、と目配せをすると、幼い涼野の顔付きが変わった。不安げな色が消え、前に進もうという強い意志の表れとなる。

「はるや、ごめんなさい」

 蓮がいて気持ちを強くもてたのだろう、幼い涼野は本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げた。その行動に蓮は目を見張った。今の――いや、成長した涼野が多分やりそうにない行動だからである。蓮相手ですら、なかなか頭を下げないというのに、ましてや相手が南雲となるともっと下げない。それが、幼い頃はこうもあっさり謝ってしまうのである。このまま成長すればよかったのに、と蓮は心の中で幼い涼野に語りかけた。
 一方、幼い南雲の態度はあまりよくなかった。頬を膨らませ、むすっとした顔で幼い涼野を睨み付けている。

「あやまったって、おれはゆるさないぞ」

 幼い涼野の謝罪を、幼い南雲は簡単に突っ撥ねた(つっぱねた)。幼い涼野の青緑の瞳が、衝撃を受けたように見開かれる。みるみるうちに陰り、幼い涼野はしゅんとしてしまった。出会った時に逆戻りしてしまったようだ。見かねた蓮は、晴矢に向き直ると、優しく注意する。
 
「晴矢くん、風介くんが謝っているんだから、許してあげなよ」

 すると幼い南雲は睨む対象を幼い涼野から蓮に変え、生意気にも言い返してきた。

「おまえには、かんけいないだろ!」
「……おまえ?」

 蓮の声が震える。子供に、正しくは幼い南雲におまえ呼ばわりされ、蓮はかちんときた。手に持っていたサッカーボールを半ば強引に幼い涼野に押し付け、掴んでいた手も離すと、両手を腰に当て前かがみになり、幼い南雲を思いっきり見下す(みくだす)態度を取った。

「ちょっとキミ! 年上に向かって、”おまえ”はないだろ!」

 本当ならもっと怒ってやりたいところだが、相手は子供。蓮はできる限り優しい言葉で注意するよう心がけた。しかし、幼い南雲はイライラしているせいもあるのだろう。金色の瞳を吊り上げながら、噛み付いてきた。

「おまえを、おまえっていって、なにがわるいんだよっ!」

 その言葉を聞いた蓮の行動は実にストレートだった。
 不敵な笑みを浮かべると、幼い南雲を両腕で抱き上げた。あまり体重がないらしく、簡単に持ち上げられた。不意に抱き上げられた幼い南雲は、じたばたして暴れるが、蓮は離さない。続いて蓮は、片腕で暴れる幼いい南雲の身体を自分の身体にしっかりと固定させ、反対の手で拳を作る。実に楽しそうな表情を浮かべると、拳を幼い南雲のこめかみに押し当て、小刻みに動かし始めた。

「いてて! はなせ!」

 かなり痛みはあるらしく、泣き叫ぶ幼い南雲の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。拘束と痛みから逃れようと手や足を激しく動かして抵抗を試みるが、蓮は攻撃の手を緩めない。それどころか、こめかみに入れる力がますます強くなっていき、南雲の叫ぶ声が掠れ始める。

「年上はきちんと敬え」

 にっこりと笑った蓮が、凄みを利かせていった。同時に、拳をこめかみから離す。解放された幼い南雲は、背後から迫る刺すような視線を避ける様に顔を左に向けた。
 蓮は幼い南雲を一度地面に降ろすと、無理やり自分の方を向かせ、幼い南雲の肩の下に手を滑り込ませ、幼い南雲の瞳が自分の目線としっかりあう位置まで持ち上げる。蓮は幼い南雲を見据えるが、幼い南雲の方は間近にある睨み顔から目をそらしている。近くでは幼い涼野が、あっけに取られたように口をあんぐりと開けていた。

「いいか? 僕のことは、お・に・い・ち・ゃ・んって呼べ」

 節々に力を入れ、『お兄ちゃん』と呼ぶように蓮が強要すると、幼い南雲は蓮を見つめてきた。ようやく話が通じたかなと蓮が淡い期待を抱いた瞬間、

「やーだな」

 べーと舌を出し、幼い南雲は肯定する様子も見せずに右横を向いた。蓮はまたにこりと笑うと、実力行使に出た。幼い南雲の身体を自分の手が上がる限界まであげると、ニッコリ笑顔で一言、

「落ちたい?」

 幼い南雲の顔に焦りの色が走った。いくら子供といえども、自分の置かれてる状況が読めたようだ。檻に入ってから自分が捕まっていることに気づいた動物のごとく、手や足を激しく動かし、必死に叫ぶ。顔も恐怖を感じるそれになっていて、今の南雲がまず見せないものだ。

「おちたくない! わあーったよ! おにいちゃん!」
「よし」

 その言葉を聞いた蓮は満足そうに頷き、ゆっくりと幼い南雲の身体を地面に下ろし、足が地面についたところで手を肩の下から外した。足が地面に触れた途端、幼い南雲は安堵のため息を漏らしていた。