イナズマイレブン~試練の戦い~ しずく ◆snOmi.Vpfo /作



番外 To elf from elf(時期ずれバレンタインです)(三)



「せっかくの楽しいバレンタインに、戦術は不釣合いだよ……ぜ」

 チナン(蓮)は唇の端を持ち上げ、挑発するような顔付きでチャンスゥを見る。不敵に笑うチャンスゥと挑発するように笑うチナン(蓮)。二人は互いに一歩も引かず、にらみ合ったまま長いこと見つめ合っていた。長いこと均衡が保たれていたが、それを破るようにチャンスゥがふうっと長い息を吐く。

「今にわかりますよ」

 今までは違い口元に柔らかい笑みを浮かべるチャンスゥ。今までとは態度が打って変わり、何を考えているのかわからない。チナン(蓮)は警戒するように身構える。その動きを見たチャンスゥは――何も言わずにチナン(蓮)に背を向け、チナン(蓮)から遠ざかっていった。

 こうして――日がたつのは早く、夜。暗くなっても、まだ雪は降り続いていた。
 結局のところ、この日、蓮がチナンに扮していることを見破った人間は誰もいなかった。蓮に化けたチナンは、本当にジンソン監督とどこかに外出していたし、他のファイアードラゴンメンバーも今日はみんな蓮のことを“チナン”として扱った。
 あまりにもみんなが“チナン”として扱うため、蓮は一日中高いノリで生きなければならなかった。チナンは元々明るい性格でかなりノリもいい。彼になりきった蓮は、無理にハイテンションで一日を過ごし――夕食後にはすっかり気疲れしていた。夕食をさっさと切り上げ、チナンの部屋のベッドに仰向けで寝転んでいた。邪魔なので、ニット帽は外して、枕の脇に置いてある。
 蓮がベットで何をするわけでもなく天井とにらみ合いをしていると、突如扉が壊さんばかりの勢いで開けられ、どたどたと大きな足音がする。
 何事かと、蓮はだるそうに頭だけを動かして、扉の方を見ると、南雲が部屋に入ってきていた。片手を背中の後ろに隠し、焦っているのか動作がいつもより慌しい。
 
「おい、チナン。い……」

 南雲はチナンを呼びながら部屋に一歩足を踏み入れて、ぼんやりとした黒い瞳をこちらに向ける蓮と目が合う。そのまま言葉を続けられなくなった。大きく目を見開くと一歩後退する。

「れ、れれ……れれれ」

 驚愕の表情で固まり、ろれつが回らなくなっている南雲に、蓮は呆れた視線を送る。

「何、そんな幽霊でも見たような顔して」

 蓮が冷静な声音で言うと、南雲は我に帰ったように数回瞬きをした。それからかなり大またで蓮に近づくと、蓮から視線をそらしながら、背中に隠していた手を突き出した。見ると、手には小さな紙袋が提げられていた。
 腹筋を使って上半身を起こすと、蓮は静かに紙袋を受け取る。途端、南雲は逃げるようにドアへと向かい、ドアノブに手をかける。その時、一度だけ振り返り、

「明日までに食わなかったら、<カオスブレイク>喰らわせるからな!」

 何やら目つきを厳しくしながら吐き捨てるように言い残し、ドアを乱暴に開け、そして閉めた。一人残された蓮は紙袋の中に手を突っ込む。紙袋がかさりと乾いた音を立てた。
 手探りで紙袋の中を探ると、ビニールのようなざらざらした手ごたえがあった。それを掴んで持ち上げると、針金で雑に口が閉められたビニールの子袋が一つ。改めて袋の中を覗くと、輪ゴムで口が止められた子袋が後2つ入っていた。
 子袋の中には、いい色合いに焼けたたまごボーロが、袋いっぱいに収められている。焼けた色合いはいいのだが、大きさはまちまちで、大きいものから小さいものまで鎮座している。雑な性格の晴矢らしいたまごボーロである。
 蓮は、大きさがばらばらの卵ボーロたちを見つめると、袋を開き、そのうちのいくつかを口に放り込んだ。見た目はバラバラでも、味は一律。ほどよい甘さが口に広がった。



「あれ、風介?」

 しばらくしてチナンが戻ってきたので、自分の部屋に戻ろうとした蓮は、自分の部屋へと続くドアの前に涼野がいるのを発見した。腕組みをしながら、ドアに寄りかかり、瞑想でもするように目を閉じている。
 蓮の声に気づいたのか、涼野は目を開けて、身体を蓮の方に向ける。

「キミは来るのがいつも遅い」
「え? あ、ご、ごめん」

 涼野の真正面に立った蓮は、心底不機嫌そうな涼野の声で怒られ、反射的に頭を下げた。
 すると涼野は、蓮の左腕にある紙袋に視線を移し、悔しそうな顔付きで、苛立ちを込めた舌打ちをする。

「……晴矢に先を越されたか」
「へ?」
「まあ、いい」

 涼野は真顔に戻ると、蓮の部屋と続く扉を開き、中に入った。数秒位して、片手に近くのコンビニの店名が入ったビニール袋を提げて戻ってきた。涼野はそれをおずおずと蓮に差し出す。

「……これをキミに渡したかったのだ」
「ありがとう風介」

 蓮はにっこりと笑って紙袋をもらうと、中に入っているものを出した。小さい袋の中には、形が歪(いびつ)なクッキーが数枚ある。形は歪だが、クッキー自体はこんがりと狐色に焼けていて、とてもおいしそうに見える。
 もらったはいいが、涼野は料理において、塩と砂糖を間違えて入れたり、米を洗剤で洗うような人間。蓮はせっかくの手作りでありながら喜べずにいた。クッキーと長い時間、にらみ合いを続けている。
 自分が料理下手であることを涼野は十分理解しているらしく、

「私としてはこれ以上になく上手くいったほうだ」

 小さな声で弱弱しく呟いた。それがさらに不安を煽り、蓮は引きつった笑みで風介を見る。そんな蓮の顔を見た涼野の瞳が、暗い陰を落とし始めた。

「は、晴矢を実験台にしたんだろ? 大丈夫だよ」

 蓮が思いついたことを言うと、涼野はむっとした面を上げる


「晴矢もアフロディも私に毒見をさせたからおあいこだ」

 涼野が愚痴をこぼす横で、蓮はもらった子袋を止めていたリボンを解き、クッキーを一枚思い切って口に入れていた。蓮の黒い瞳が驚きで揺れる。

「あっ」

 小さく声を漏らし、

「おいしい。おいしいよ、風介!」

 蓮は目を輝かせながら涼野を褒めた。二枚目も口に運ぶ。
 クッキーは口に入れるとボロボロと崩れたが、バターの風味が舌の上に広がった。甘さもほどよい甘さで、しつこくない。
 涼野にしては上手い味に蓮は、おいしいと連呼しながらあっという間に一袋食べ切った。その光景を涼野は、いつもの無表情――でも、口角はわずかにあげて、見つめていた。

「蓮、口の周りがクッキーだらけだぞ」

 珍しく涼野が小さく笑い声を立てながら、勝ち誇った顔で蓮に指摘する。蓮の口の周りには、クッキーのかすが唇や周りに張り付いている。蓮はジャージのポケットからハンカチを取り出すと、急いで口の周りを拭い始めた。

「しっかし、よく手作りしようなんて思ったな。買えばいいのに」

 ハンカチで口の汚れを取りながら思ったことをそのまま伝えると、涼野はふんっと鼻で笑う。口元に柔らかい笑みを浮かべた。

「なら聞こう。キミは私にチョコを渡すとしたらどうする?」
「手作りするかな。だって他ならぬ風介にあげるんだし」

 蓮はにっこりと笑いながら言った。涼野はドアを閉め、またもたれかかる。憂いに満ちた瞳を天井にさ迷わせ、長いため息を吐く。

「私は何故か……キミに手作りしようと思ってしまった。作り物を渡すだけでは、自分の気がすまなかった」
「そういえば僕も晴矢や風介に安っぽいチョコはやだなぁ」

 蓮も涼野の真似をして壁に寄りかかり、視線を天井に向ける。黒ずんだ天井に、木の木目が広がってる。
蓮は、やっぱり涼野の真似をして、長く息を吐く。冷たい空気が肺の奥へと流れていった。そして大きく深呼吸する。

「それはなんでだろ。風介はわかるか?」

 慈しむような笑みをつくり、涼野の答えを待つ。

「……そうだな」

 涼野は視線を少し下げ、前をまっすぐ見つめる。

「キミも私も似たような人間だということだろう」

 涼野が言って、

「”Birds of a feather flock together“、かな」

 蓮が英語で呟いた。


  ***


 それから、涼野はかなり上機嫌で自分の部屋へと戻っていった。蓮も二人にもらった袋を大事そうに抱えながら、嬉々として部屋に戻った。そしてもらった袋は机の上に置き、蓮はベッドに腰掛けて、サッカー雑誌を読み始める。
 サッカー雑誌を読み始めて一時間が経過した頃、不意に小さくだがコンコンと言う音がした。蓮はサッカー雑誌を傍らに置き、音がした方向――窓に目をやる。
 夜なうえ雪も降っているので、窓は締め切ってあり、カーテンも引かれている。だが、その向こうから、音が、はっきりと聞こえてくる。窓が何かで叩かれる音がし、半拍ほど遅れて窓枠がきしむ音がする。
 どうやら誰かが部屋の外から窓を叩いているらしい。でも、普通の人間ならそれは無理なはず――と蓮は考えた。なぜなら蓮の窓の向こうに足場はないからだ。窓の下は窓から垂直にコンクリートの壁が広がるだけで、足場にはできない。しかも落ちたら、アスファルトで舗装された道に激突する羽目になる。大怪我は免れない。
 つまり空でも飛べない限り、蓮の部屋の窓を外から叩くなど不可能なのだ。蓮は、窓の外にいる人物をおおまかに予想しながら、大急ぎで窓に駆け寄り、カーテンを右に引いた。水滴まみれの窓をジャージのポケットから出したハンドタオルで大急ぎで拭く。すると、

「あ、アフロディ!?」

 ガラス一枚を隔てた向こうに、ほたるのように、儚く光る金色の一対の翼を背に生やしたアフロディが浮いていた。ジャージ姿でスパイクは履いていない。
 背中の羽の輝きが<ゴッドブレイク>を撃つときよりも弱い気がするのは気のせいだろうか。今日に限っては蛍光灯程の目に優しい輝きだった。
 アフロディは雪が降っている中に長いこといたのか、頭や肩の辺りにはうっすらと雪が積もり、身体が小刻みに震えていた。俯いているため長い金色の髪が目元を隠し、表情を窺い知ることは出来ない。しかし、背中の羽の光が、震えながらも言葉を紡ぐ唇を浮かび上がらせていた。蓮はそのことに気づくと、アフロディの唇に全神経を集中させる。 『さ』・む』・『い』と唇が動いた辺りで、蓮は窓の鍵を開けた。ガラスを開け、網戸も開けると、夜風が肌を刺すような冷気と共に部屋に進入してきた。
 あまりの寒さに蓮は身震いしたが、すぐに部屋の真ん中まで下がると、手を振りながら、大声でアフロディに呼びかける。

「ほら、入って来い!」

 その声にアフロディの身体が自動操縦の機械の如く動く。立ち上がって浮いたままの体制で蓮へと近づく。それでも顔は俯いたままで意識があるのかすらも判別できない。
 途中、窓から部屋に入るときだけは、身体を地面と水平にしたものの、部屋の中に入ると、地面と垂直になる。暖かい室内に入り、アフロディの体中に積もっていた雪が解け始める。体中から水滴を垂らしながら、アフロディは蓮に近づいてくる。フローリングには、アフロディが通った後に一本の水の線ができていた。
 アフロディは蓮の目の前まで進み出ると、ゆっくりと下降し始める。つま先がフローリングに触れた途端、背中の羽が霧散し、同時にアフロディの身体が支えを失い、前に倒れこんでくる。蓮は反射的にアフロディの身体を抱きしめるように受け止めた。アフロディの頭が力なく垂れ、額が蓮の右肩に当たる。髪やジャージから垂れる水滴が蓮の肌やジャージを濡らした。

「いったいいつから外にいたんだろう?」

 アフロディの濡れたジャージの袖に触れながら、ポツリと蓮は呟いた。
 外で見たときとは気づかなかったが、アフロディの全身はびしょぬれだった。顔色は青白く、氷のように冷たい。
 長い金髪はすっかり湿っていて、目から鼻の上にかけて張り付いてしまっている。指先で髪を左右に払うと、長い睫に覆われた瞳が閉じられていた。どうやら気を失っているらしい。ジャージも水を吸い込んで重くなり、アフロディの肌にすっかりまとわりついている。寒いのか、身体はまだ震えている。

「おーい白鳥」

 そんな時、部屋のドアが開いた。チナンが蓮の部屋に入ろうとして――立ち止まる。

「おまえ、アフロディとそんな関係だったのか!」
「バカ! ちげーよ!」

 チナンが上擦った声でとんちんかんな事を言って、蓮は即否定する。しかし、『アフロディが外にいた』と言う事実を知らずに部屋に入ったのなら、勘違いを起こしても無理はないだろう。蓮が一方的にアフロディに抱きついているように見えなくもない。

「南雲と涼野と言う幼馴染がいながら、アフロディと言う新参者(しんざんもの)に手を出すとは。なかなかやるな」

 からかう調子のチナンの言動は無視し、蓮はアフロディの身体を一度床に横たえる。両わきの下から腕を滑り込ませ、少し上半身を持ち上げる。頭がまた下がる。引きづって、ベッドの側面に背中が当たるようたてかけた。ついでに両手をひざの上で重ねる。アフロディは、背中をベッドに預けながら、両足を伸ばし、ひざの上で手を重ねて眠っていた。
 蓮はそれからガラス戸を閉め、窓の鍵をかけ、カーテンを閉める。

「そ~いや雪の日にミッカイってよくやるな」
「どう勘違いしたら話がそっちに行くんだよ!」

 どこまでも話を脱線させるチナンに怒鳴った。それからチナンの誤解を解くまで15分ほど要した。


「……ありがとう。蓮」

 ベッドの上に体育座りで震えるアフロディに、蓮から湯気が立った紅茶入りのマグカップが差し出される。アフロディは礼を言った。
 
 自分を抱くように身体に回していた手を離し、マグカップを受け取ろうと手を伸ばした瞬間――アフロディの身体に巻かれていた毛布がはらりと落ちる。
 それをすかさず蓮は拾い上げると、両手で広げ、再度アフロディの背中に優しくかけなおしてやる。

「寒い?」

 蓮が心配するように聞いて、アフロディが静かに首を振る。長い金髪も静かに揺れた。

 今のアフロディは、彼自身のものである青い無地のパジャマを着て、蓮の部屋にある毛布を上着のように羽織っていた。顔色はすっかりよくなり、頬には赤みがさしている。
 部屋のタンスの前には、ハンガーにつるされたファイアードラゴンのジャージとハンガーに洗濯ばさみで止められたトレーニングパンツがつるされている。量が少なくなったとはいえ、まだ水滴が一定感覚で落ちてきていた。
 アフロディの髪は、さっきドライヤーで乾かしたためすっかり乾ききっているが、そのせいでいつもより髪が乱れている。

 アフロディが目を覚ます前に、蓮は大急ぎでアフロディの部屋に行ってパジャマ、続けて風呂場へ直行しドライヤーを拝借した。それから濡れているアフロディの濡れている衣服を全部脱がせ(下着はさほど濡れていないので放置)、パジャマに着替えさせ、髪をドライヤーで乾かしてやったと言うわけだ。
 幸い着替えさせた間は目を覚まさなかったので、特に問題はなかった。ただ蓮の一連行動を書くと相当やばいことになりそうなので割愛させていただく。

 アフロディは毛布を身体から落とさないよう注意しながら、両手を伸ばして蓮からマグカップを受け取る。マグカップの取っ手を掴み、反対の掌の裏を皿代わりにするようにカップの底をのせた。
 そのまま自分の口の近くまで運んでくると、ふーと紅茶に息を吹きかける。数回繰り返した後、マグカップを傾け、一口飲んだ。

「あつっ」

 くすぐったいような表情で苦笑しながら、アフロディは言葉をこぼした。

「アフロディって意外と猫舌なんだ」

 蓮はアフロディの足元に置かれた、足が折りたためる小さな机の上にあるティーカップに紅茶を注ぎながら意外そうに呟く。アフロディは、紅茶を少し飲んでから、表情を緩めた。

「いつもなら平気だよ。身体が冷えていたせいかな」

 紅茶を自分のマグカップ――羽を象ったレリーフが浮き上がるように彫られたものが側面にある、に紅茶を注ぎ終えると、取っ手を掴んで持ち、アフロディの横に腰掛ける。