幻想終着点 [ inzm11/BSR ]
作者/ 桃李 ◆J2083ZfAr.

初夏夜空
蒸し暑い夜空の下、乏しく途絶えていた涼風がようやく吹いた。優しく撫でるように辺りを滑っていったその風は、私の真っ白な帽子をふんわりとさらっていく。飛びかけた帽子を慌てて反射的に掴み、ぎゅっと頭に乗せる。と思えば途端に止んだ風。もっと定期的に吹いてくれないかしら、と願うのは我儘な事?
「ナツミ!」
静寂に包まれた真夜中、聞こえないはずの声が私を呼ぶ。有り得ない、と心内で密かに否定すれば見事に裏切られた。彼は、ここにいてはいけないのに。むっと眉を潜めれば――彼はへにゃりと笑って見せた。
途端、あの人の笑顔が、フラッシュバックして。
泣きそうに、なって。
「ナツミ、こんな時間に何してるの?」
「……それは私の台詞よ。明日も練習早いんだから、早く寝ないと」
「へーきへーき! ボク、丈夫だから!」
無茶を無茶だと思わない、誰に似たのだか。呆れの含まれた溜息が自然とこぼれ、遣る瀬無い気分に襲われる。これも大介さんのせい? もしそうならば、仕方がない。だってあの人の存在が――彼の運命を大きく変えたんですもの。しかも、より複雑で、入り組んだ世界へと。大介さんの影響力は、あまりにも多大すぎるのだ。
「ねえねえ、あの星は、何て言うの?」
頭上に浮かんだ星空は美しく、そして気高い。
思わず綻ぶ口元を見てロココは何を思ったのか――あどけなく、笑った。
「ナツミ、やっと笑ったね」
嗚呼、またあの人と同じ顔して笑うんだから。だから私は、泣くしかなくなっちゃうのよ。

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