ダーク・ファンタジー小説

【完結】2006年8月16日
日時: 2018/09/07 04:09
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

>>3-37 >>40-55 >>58-72

2015冬大会 管理人賞
2018夏大会 金賞

感想などもお待ちしてます
Twitter:@STsousaku

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Re: 2006年8月16日 ( No.22 )
日時: 2016/08/17 18:38
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

 窓の外では、雪がちらほら積もっていた。
 岡山では実に二十年ぶりの大雪らしい。
 だが、大雪といいながら、大した雪ではない。何しろ十センチすら積もっていないのだ。
 こんなことでいちいち大騒ぎするなんて、県外の人が見たら驚くだろうなー、と、ぼけーと思いながら窓の外の雪を眺める。その、こんなに近くで見たこともないような白い景色に、現実味というものが一つも沸いてこなかった。

 会うことになったのだ、雄輔と。
 彼が僕と会って謝りたいと言ってきたらしい。彼女のあの提案を、僕は飲んだ。
「同時に、またヨリ戻さないかって私に言ってきたんだけど、断っちゃった」と、彼女は言った。

「……早紀って、雄輔のことどう思ってんの」
 彼女は笑い顔を浮かべながら、腕を組んで考える仕草を見せる。「どうって……、もちろん」
 嫌いじゃないよ、と幸せそうに言った。
 僕は彼女のその綺麗な頬を殴りたくなった。

「もちろん香征のことを悪く言ったから別れたけど、悪く言わないようになったらまたヨリ戻してもいいと思う。だけどまだ、なんとなく早いかなぁ」
 彼女の言葉を聞き流しながら、ふと思う。
 早紀は、雄輔が僕のことを悪く言ったから二年ぶりに僕と会ったのだ。
 もし雄輔が悪く言わなかったとしたら、早紀は永遠に僕と会わなかったのだろうと、なんとなく感じた。

 今思うと、雄輔が、僕と早紀を繋げたのだ。もちろん感謝などしない。むしろ軽蔑している。
 早紀は優しい。とても優しいのだけれど、こんなに複雑な気持ちになるぐらいなら僕は彼女と会うべきではなかったのかもしれない。

 突然、スマホが鳴る。
 最近よく聞くようになった効果音で、鳴るとすぐに、メールが来た音だ、と気づく。
 数日前から、僕はメールが届くとスマホにも通知するよう設定してあった。

「今日の夜10時からメンバー全員でSkype会議するんだけど、君も来るかい?」
 こうやって企画が再興するのも君のおかげだから、僕は君に来てほしいって思ってるんだけど、と続いている。
 行きます、とすぐさま僕は返信した。
 もちろん、部外者の僕がそんなところに行くのは気が引ける。だが、行かないほうがメンバーの皆さんに失礼だと思ったのだ。

Re: 2006年8月16日 ( No.23 )
日時: 2016/08/27 14:54
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「なんか懐かしいね、この感じ」

 そう笑う女性の声が聞こえる。
 その声の主は、メンバー表を見るからに、水音さんか莉乃さんだろう。
 年齢なんて僕より十は上だ。その女性はメンバーとの再会を喜んで興奮していたが、どこか落ち着いていて頭の良さそうな雰囲気があった。

「もしもし、水音か?」
 次に喋ったのは男の人だった。発音的に関西の人だろうか。
「そうだよ。もしかしてゆーた?」
 どうやら二人は水音さんとゆーたさんらしく、仲よさげに笑いあっている。
 七、八年ぶりの再会だというのに、意外と自然に話せるもんだと、僕は少し感心した。
 感動するに決まっていた。
 この場では僕など部外者でしかないが、こんな状況に居合わせると流石に涙が出そうになる。

「結婚するんだ。俺と水音。」
 初めて喋るその声は高らかにそう言いあげた。
「……えっ? 樹雨、久しぶりでいきなり凄いこと言い出すなー」
「えんから聞いてなかった? 今樹雨と二人で私の実家にいるんだけど……」
 水音さんはそう言った。
 通話画面では、僕含む四つのプロフィール画像が表示されていて、誰かが喋った際に、誰が喋ったのかが分かるようになっている。
 見ると、水音さんと樹雨さんのどちらが喋っても、水音さんのプロフィール画像である猫の画像が青く光っていた。つまり彼らは今同じ部屋にいて、一つのアカウントでこの会話に参加しているということになる。

「へ、へえ……」
 ため息のように出たその声は、ゆーたさんのものだった。
「えんもそうか? 俺が今まで絡みを完全に切ってた間、まさか二人がそんなことになってたとはね〜」
「そうだろ。俺も初めて聞いたとき驚いたよ」

 どうやらえんさんの声らしい。
 彼が喋った瞬間、全員が五秒間ほど黙り込んだ。
「お前声老けすぎだろ」
「俺らと同い年だったよな」
 など、もれなくえんさんの声だけに対する批判が延々と続いた。
 それを聞いてえらく憔悴しきったえんさんの声は、さらに老けたようだった。

「さて、そろそろ本題に入るか」と切り出したえんさんに、僕はついに喋ることができた。
「まだ莉乃さんが来てませんけど……」と、まるで先生に発するように。
 その瞬間、僕は後悔した。まだはっきりとは分からないが、彼らの反応だけでその発言がどんな罪を持つか何となく解ってしまった。

「あぁ……、まだ、コウセイくんには言ってなかったっけ」
 ここから抜け出してしまいたかった。今すぐ通話を切ると怒られるのかな。
「莉乃はさ、亡くなったんだ」
 あまりに静かに、振り絞るようにえんさんは語っていった。
 少しして、水音さんの嗚咽らしきものが聞こえる。どこの誰かも分からない大人の女性を、僕はたった一言で泣かした。
 そりゃそうだ。今まで毎日活動していたゲーム製作企画が、何の前触れもなくある日突然壊滅する訳がない。
 僕はなんて子供なのだろう。そんな簡単なことにすら気づかず、ここにいる人たちを無条件で傷つけてしまうなんて。

Re: 2006年8月16日 ( No.24 )
日時: 2016/09/22 22:00
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「でも、希望はある」
 うん、そうだ、と残る二人もえんさんに続く。
 よく分からないが、まるでえんさんが助け船を出してくれたようだった。
 意味の分からない僕に、えんさんが説明する。「莉乃が脚本担当だってことは知ってるよね? でも、彼女はSignの脚本を書いた上で亡くなったんだ。だから、莉乃がいないからって別の脚本担当を連れてくる必要はまるでない!」

 僕は、脚本の完成と莉乃さんの死がとても意味深な出来事に思えて仕方なかった。
 彼女はまだ生きている。

「今考えると、Signの製作をやめるなんて、結構罪深いことしたな俺達……」
「そうだな、だけどあのときはそんなこと考えられなかった。莉乃が死んでから、本当モチベーション保てなくて」
 僕はこの通話に参加してていいのかと改めて思った。
「コウセイくん、大丈夫」
 水音さんが言う。小さな声だった。
 今、僕が付けている千円もしないようなヘッドセットからは、彼らの悲鳴が嫌というほど聞き取れる。

「なんか……すみません、僕があんなことを言ったばっかりに」
「大丈夫。莉乃が亡くなったのを言わなかった俺の責任だ。みんなゴメン」
 えんさんはすぐにフォローしてくれたが、僕は腑に落ちなかった。
 僕と彼との間に語弊が生じていると分かった。あんなこと、というのは、莉乃さんのことではなくて、このゲーム製作企画を復活させようという僕の提案のことだ。
 元を辿れば全てあれに行き着くのだ。これほど人を悲しませるのなら、えんさんにメールなんて送らず、闇の中に葬り去られたままのほうがよかっただろうと。
 初めてあの掲示板を見たとき、僕はまるで、まだ高校生だった彼らの息づかいが真空パックされているようだと感じた。そしてそれは正しかった。真空パックから解き放ったのは、他でもない僕自身だと今やっと気がついたのだ。

「そういえば、コウセイくんってLINEやってる?」
 不意打ちのように訊かれ、僕は若干言葉に詰まる。「……やってます、一応」
「じゃあさ、教えてくれない? メールよりはLINEのほうが便利じゃん、グループとかもできるし。そっちのほうが都合いい」
 別に、断る理由もなかった。

「っていうか、コウセイくんっていくつ? なんか声若くね?」
 関西弁で喋るゆーたさん。独特のイントネーションからか、どうしてもガラが悪い。「15歳です」
 その瞬間、場が静まりかえった。
「ええっと……、ってことは中学生?」
 中三です、と答える。

「俺の12コ下……」
「受験生じゃん! こんなどこの馬の骨か分からない人達と話してて大丈夫?」
「馬の骨言うな!」
 彼らは盛り上がりながら、僕のLINEを登録していく。
 今まで一人だったLINEの友達が、五人になった。

 四人で盛り上がる彼らを見て、楽しい人達だな、と思った。
 僕の勝手な想像では、大人はもっと暗いイメージだったのだが、意外と喜怒哀楽が激しい。
 それとも、普段こんなに感情を表に出すことがないからこそなのかもしれない。

「んじゃ、皆それぞれ日々の合間を縫ってちょっとずつ作っていくって感じで! 作業の進捗報告はあの掲示板でやるように!」
 えんさんが締める。あの夏からすでに八年以上が経ったが、この企画のリーダーなのは変わらない。
「あの掲示板?」樹雨さんが訊く。それにえんさんはいかにも予想通りといった感じで答える。
「もう忘れたか……、まあ仕方ないか、俺もコウセイに教えられるまで忘れてたし」
 えんさんはそう言って、Skypeのメッセージ欄にURLを貼り付けた。
 あのサイトを見て、三人は何を思うのだろう。どうしてか、逆にこちらが恥ずかしくなる。

Re: 2006年8月16日 ( No.25 )
日時: 2016/12/11 15:07
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「うっわー、懐かしすぎだって!」
 水音さんか樹雨さんが発するたび、通話画面ではトイプードルの画像が青く光る。
「っていうかこんな掲示板に何を感じたんだろうかねー、マニアックだねコウセイは」
 えんさんがバカにしたように言う。
 確かに、僕はここに何を感じたのだろう。正当な理由は何かと訊かれても、僕は恐らく一つも答えられない。

「これはちょっと恥ずかしすぎ。こんなの見せられたら悶え死ぬわ……」
 苦しそうな声を樹雨さんがあげた。夜も深い。通話時間は三十分を超えている。
「書き込んだ! 高校生のときと同じ端末だから名前とかパスワードまだ残ってた」そう笑う水音さんの声は明るかった。
「お前……フツー白い背景なのに白い字で書くか?」
「アホだなぁ」と聞こえたのはえんさんのため息だった。

「じゃあ今日はこのぐらいで。コウセイくんの受験のこともあるし」
 どうやら、終わるらしい。
「受験頑張ってね。受験が終わったら、オフ会とかもあるかもしれない」水音さんは笑う。
「志望校に受かったら、えんがUSJ連れてってくれるよ!」
「無理! でもオフ会はあるかもね、できあがった後にちょっと会いたい」

 それから、四人はひとしきりにこれまでの話をした。きっと、それぞれがそれぞれに話したいことが山ほどあるに違いなかった。
 その間、流石に僕は黙って聞いていた。
 彼ら四人が楽しそうに騒いでいるのを、僕はいつまででも聞けそうだと思うくらい、心地がよかった。




「あ、香征……」

 帰り道に早紀とバッタリ会ったのは、河川敷でだった。
 そのとき僕は上の道を歩いていて、先に気づいた彼女が僕を呼んだ。そのときはいつもより静かだったから、小さな声でも僕に聞こえた。

 石階段を何段か降りると、早紀の「公立落ちたかもしれない」という声が、不意打ち気味に僕に届く。
「……あんまりできなかった?」
 僕は昨日行われた入試のことを思い出した。とてつもなく緊張して迎えた本番だったが、意外とアッサリ終わって少し拍子抜けしたのを覚えている。やはり私立が既に受かっているので心の余裕があったのだろう。
 そして今日、つい数時間前、面接が行われたばかりだった。
 僕のほうは、それほど悪い出来ではなかったと思っている。自己採点では入試は八割を超えるか超えないか辺りだった。

「ほんっとーにできなかった」
 そう言って彼女は笑顔を見せ、河に向かって清々しそうに伸びをする。……これは、諦めの笑みだろうか。
「受験、もう終わりだね」
 そうだね、と無意識に返事をした僕も、河の向こう岸を見つめる。昨日降った雪が白く積もっていた。

 あのクリスマスイブの日、早紀と二年ぶりに再会した日も、そういえばここで二人で並んで同じ方角を見ていた。
 そのときは、彼女が自らの第一志望だった遠野高校に行きたくないと言い出して、内心少し戸惑ったのを思い出す。
 あのときと違い、もう、微かに暖かい。

Re: 2006年8月16日 ( No.26 )
日時: 2017/02/12 08:33
名前: をうさま ◆qEUaErayeY

「雄輔は?」
 訊くと、彼女は既に草むらに腰を下ろしている僕の横にくっついて座った。
 僕はあえて彼女を見なかった。

「……珍しいね、香征が雄輔のことを気にするなんて」
 その言葉だけだと僕がただの冷たいヤツにしか聞こえなかったが、文句を言う気にはなれなかった。
「早紀が遠野落ちたら雄輔と学校離ればなれになるじゃん」
 彼女はしばらく言葉に詰まる。大方、それが? と訊こうとしてためらったのだろう。
「あぁ……、そのことなら大丈夫。心配させてごめんね」
 その、とっくの昔に終わった話のような感じをだしていた彼女が少し不気味だった。

「こっちは逆に紅葉受かったかも」
 その言葉が自然と出る。少し嫌みっぽかったかもしれない。

「おめでとう。……今日、この後時間ある?」
「雄輔?」
 即答した僕に、早紀は少し笑う。「よく分かったね」
 彼女はまだ気づいていない。いや、気づいてはいるが隠しているのかもしれない。
「今日、五時ぐらいから会えないかって雄輔が」
 あまりの急さに、一瞬何のアクションもとれなくなる。五時といえばもうあと数時間後だ。

 場所はあらかじめ早紀にLINEで聞かされていた。「喫茶店だったっけ? 二駅離れた」
「そう。大丈夫、すぐ終わらせるから」

 彼女は、ひとりでに石階段をゆっくり登っていった。
 付いていこうとしたとき、彼女はわざとらしく伸びをして、こちらを向いた。「結局、三人とも別の学校か」
「まだ雄輔が遠野受かったとは決まってないじゃん?」
 それに早紀が落ちたとも……、と言おうとしたが「決まってる!」と、突然強い口調で言われ、少し身が竦んだ。
「前ここで香征に話したよね、遠野行きたくないって。だけど最近はその気持ちも少しずつ変わってきてて、前よりは勉強に集中できてるかな。でも、雄輔ほど頑張って落ちるなら、……私なんて絶対落ちてるよ」
 そう言い切った彼女にかけられる言葉など僕には思いつかなかった。

「もう春だね」
 商店街を過ぎたとき、彼女は突然言った。
「いや、まだちょっと寒い……」と即答すると「それが春なんじゃん」と彼女は楽しそうに笑う。
 そうやって二人で歩いていく内に、僕は、早紀のことをもっと知りたいと思った。
 早紀が普段何を思っていて、誰が好きで、来たるべき未来をどう見据えているのか、僕に一つ一つ教えてほしいと思った。
 何故か、彼女がこの世界の秘密を全て知っていて、まるで道しるべ……もっとバカな言い方をすると、神様のように思えたし、或いは天才理論物理学者にも見えた。
 彼女はきっと、僕が今いる平凡とか怠惰とか堕落とかが無条件に存在する場所から一番遠くにいて、それが何なのかをはっきり僕に悟られないまま、どこにでもいる一般人を気取って普通に日々を過ごしている。

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