コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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気まぐれ短編集〜ブレイクタイム〜
日時: 2017/02/18 17:23
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Mt7fI4u2)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode=view&no=34896

 
 初めまして、ゴマ猫です。

 以前からやってみたいと思っていたのと、文章力を上げるためにも短編集を今回やってみる事にしました。
 気まぐれに書こうと思ってるので、更新は基本的に不定期です。シェフの気まぐれサラダ的なやつです。はい。
 ライトな話から、少々シリアスな話まで、色々な物語を書けたらなと思っています。読んで頂いて、少しでも面白かったと思ってもらえたら嬉しいです。


 参照が8000を超えました!
 読んでくださった皆様ありがとうございます!


 以下は、自分が書いた作品です。短編集を見て「この人の違う作品も見てみたい」と思ってくださった、心優しい読者様は是非どうぞ。リンクをTOPページと1ページ目に貼りつけておきます。

 【日々の小さな幸せの見つけ方】
 こちらで初めて書いた小説です。騒がしくも穏やかな、日々を描いた作品です。文章が結構拙いかもしれません。完結作品です。

 【俺と羊と彼女の3ヶ月】
 2作目です。可愛いけど怖い羊が出てきて、記憶を消されないため、主人公が奔走します。完結作品です。
 この作品は、2013年夏の小説大会で銀賞を頂きました。投票して下さった皆様、ありがとうございます!

 【ユキノココロ】
 3作目です。高校2年生の冬、清川準一はひとりの不思議な少女と出会う。主人公達の過去と現在の想いを描いた作品です。完結作品です。



 【お客様】

 スルメイカ様 

 記念すべき一人目のお客様。続きが気になると言ってくださった優しいお客様です。

 朔良様

 綺麗で繊細な描写をされる作者様です。とくに乙女の『萌え』のツボを知ってらっしゃるので、朔良様の作品を好きな読者様も多いです。かくいうゴマ猫もその一人ですね。

 はるた様

 爽やかな青春ラブコメを書かれる作者様です。甘酸っぱい成分が不足しがちな読者様は、はるた様の作品へどうぞ。言葉遣いなど、とても丁寧な作者様です。

 八田きいち。様

 さまざまな小説を書かれる多才な作者様です。いつも着眼点が面白く、続きが楽しみになるような作品を書かれています。

 峰川紗悠様

 長編ラブストーリーが得意な作者様。
 更新も早く、一話一話が短めなので長編と言っても読みやすいですよ。

  覇蘢様

 ゴマ猫の中では甘いラブストーリーを書く作者様で定着しております。いつも読んでいる人を惹きつけるようなお話を書く作者様です。

 コーラマスター様

 コメディが得意な作者様。ゴマ猫の個人的な意見ですが、コメライでコメディ色を全面に出している作品、またそれを書く作者様は少ないです。おもわず笑ってしまうような物語を書かれています。

 澪様

 丁寧な描写で読みやすく、物語の引きが上手で続きが気になるような作品を書かれてる作者様。その文章のセンスに注目です。

 せいや様

 ストーリー構成が上手い作者様。
 ゴマ猫の個人的な感想ですが、どこかノスタルジックな印象を受けます。物語のテンポも良いので、一気に読み進める事が出来ますよ。

 佐渡 林檎様

 複雑・ファジー板の方で活動されている作者様です。
 短篇集を書かれているのですが、読み手を一気に惹き込むような、秀逸な作品が多いです。気になるお客様は是非どうぞ。

 橘ゆづ様

 独特な世界観を持つ作者様です。
 普段はふわふわとした印象の作者様なのですが、小説ではダークな作品が多く、思わず考えさせられるような作品を書かれています。

 狐様

 ファンタジーがお好きな作者様。
 複雑ファジー板の方でご活躍されているのですが、ストーリー、設定、伏線、描写、全てにおいて作りこまれており、気付いた時には、いつの間にか惹き込まれている。そんな作品を書かれています。

 村雨様

 コメライで活躍されている作者様。
 バランスの良い描写と、テンポの良さでどんどんと読み進められます。今書いていらっしゃる長編小説は思わずクスッと笑ってしまうような、そんな面白いコメディを書かれています。

 ハタリ様

 遅筆気味なゴマ猫の小説を読んで頂いて、また書いてほしいと言って下さったお優しいお客様です。

 こん様

 多彩に短編を書き分ける作者様。
 読みやすい文章と、心理描写が上手です。

 亜咲りん様

 複雑ファジー板の方でご活躍されている作者様。
 高いレベルの文章力とダークな世界観をお持ちで、読みごたえのある小説を書かれています。読めば物語に惹き込まれる事は必至です。


 【リクエスト作品】

 応募用紙>>80(現在募集中)

 【朔良さんからのリクエスト】
 彼女と彼の恋人事情
 >>87-91 >>96 >>99-104

 【佐渡 林檎さんからのリクエスト】
 無題〜あの日の想い〜
 >>127-129 >>132-140 >>143 >>146-147 >>154




 【短編集目次】

 聖なる夜の偶然
 >>1

 とある男子高生の日常
 >>2-3 >>6 >>9 >>14-15

 私と猫の入れ替わり
 >>18-19 >>22-28

 魔法のパン
 >>29-30 >>34 >>37-38 >>41
 >>44 >>47 >>50-51

 時計台の夢
 >>54-66 >>69-71
 (この物語はシリアスな展開を含みますので、読む際はご注意下さい。読みやすくするためリメイク予定です)

 とある男子高校生の日常NEXT
 >>72-75 >>78-79
 (この物語は前作の番外編となっております。前作の、とある男子高校生の日常を見ないと話が繋がりません)

 雪解けトリュフ
 >>162-163

 クローゼットに魔物は居ない
 >>167-169 >>174-178 >>179
 (この物語はシリアス展開を含みます。苦手な方はご注意下さい)

 【SS小説】

 想いの終わり
 >>166

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私と猫の入れ替わり【7】 ( No.26 )
日時: 2014/08/29 20:08
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: /uGlMfie)

 ——ここは何処だ。
 あらためて周りを見渡してみるが、やはり見た事のない景色が広がっていた。目の前には工場地帯なのか、同じような建物がいくつもあり、さらに視点が低いせいか先を見通す事ができない。この辺りの地理に明るくない私とはいえ、迷うような場所ではないはずだ。
 落ち着け、冷静に考えよう。このまま先がわからない場所へ闇雲に進むより、引き返した方が賢明だ。私は真っ直ぐ進んできた訳だし、このまま方向転換して戻れば元の場所に戻れるはずだ。
 そう考えた私は、その場でくるりと身体の向きを変えて歩き出した。


 ***


 ——おかしい。進めど進めど、見えてくるのは相変わらず同じような景色ばかり。来た時は無我夢中だったため、こんな道を通ったのか記憶にないが複雑に入り組んだ地形を見るに、どうやら道を間違えてしまったのかもしれない。
 そんな事を考えていると、鼻の頭にポツリと水滴が落ちてくる。何事かと思い見上げると、空は厚い雲に覆われていて今にも泣きだしそうなくらいの空模様になっていた。
 雨が降ると思った時には既に遅く、雷鳴の音とともに叩きつけるような土砂降りの雨が降り出した。

「……ニャッ!」

私は急いで屋根のある近くの工場に逃げ込んだ。
 扉が開いていた、だだっ広い空間の隅に見つからないように静かに座る。天井は三階建の家のように高く、このフロアの奥が見えないくらいに広い。フロアには部屋の端から端まであるような長い作業台の上に平積みされたレトルト食品が無造作に置かれていた。どうやら休憩時間なのか、人が誰も居ない。
ここの工場はどうやら食品倉庫のようだ。生産工場でよくみられるラインや大掛かりな機械などが無いため多分間違いないだろう。つまりここで生産している訳ではなく、一時的に保管場所として利用されているという事だ。
 それにしても……少々疲れてしまったな。ここならばそうそう見つからないだろうし、少しだけ休むとしよう。私は身体を丸め、そのまま意識を暗闇へと落していった。


 ***


若干の肌寒さを感じながら重たい瞼を開けると、辺りは暗闇に包まれていた。
昨日の夜から眠れなかったせいか、深い眠りに落ちていたみたいで高かった陽はとっぷりと暮れており、既に今日の業務は終了したのか倉庫内は静まり返っている。
 ふぅ、やっとの事で抜け出してようやく人間に戻れると思っていたのにまた足踏みか。しかも、閉じ込められるというオマケ付きとはつくづく私も運がないな。
 私は頑丈なシャッターが下りている扉の前で肩をすくめる。といっても実際には出来ず、そういう気分というだけだが。
 起きている時に降っていた強い雨は嘘のように止んでいた。その証拠に、喚起の為の天窓から綺麗な真円の月が顔を覗かせている。月光が照らす倉庫内は昼とは違い、少し神秘的にも思えた。

「…………」

 少し埃っぽい倉庫内で私は考える。
 青年はどうしているだろう、と。母親と春花とのわだかまりは解けただろうか。青年はどうしてあんなにも優しいのだろうか。もし私がこの姿じゃなかったとしても、優しくしてくれたのだろうか。そして、青年はいなくなった私を心配しているのだろうか。
 元の姿に戻るために逃げ出してきたのに、考えるのは青年の事ばかりだ。本当にどうしてしまったんだ、私は。

「猫ーーっ!!」

 その時、静寂を切り裂くような声が遠くから聞こえてきた。
 その声は今の私が求めていたもので、嬉しさのあまり全身に鳥肌が立つような感覚に陥る。そして声が耳に響いた瞬間、無意識のうちに私は今出せるであろう精一杯の鳴き声を出していた。

 (続く)

私と猫の入れ替わり【8】 ( No.27 )
日時: 2014/09/02 21:21
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Qx4JmDlZ)

「どこだ? 中にいるのか?」

「ニャウ! ニャウ!」

 私は必死に叫ぶような鳴き声で青年の問いかけに答える。
 青年は私の鳴き声に気付いたのか、倉庫の入り口であるシャッターの前まで来たようだ。ガタガタと音を立てて、外から開けようとしているのだが開かない。それもそのはず、素人が簡単に開けられるような代物ならば、ここのセキュリティには問題がありすぎるという事になる。

「くそっ! 開けよ!」

 青年の憤る声がシャッター越しに聞こえてくる。
 なんとかしてここから出たいが、猫の姿になった私は無力だと痛感する。力も声も、元の姿に比べれば比較にならない程に非力だ。

「ぎぎぎっ! 開けぇ!」

 それでも諦めずに青年はなんとかしようと頑張っている。
 ……どうしてそんなに一生懸命なんだ。

 ——ビーッビーッビーッ

 あまりに無理矢理シャッターを開けようとしたためか、警報装置が作動してしまったらしい。けたたましい音が静かな倉庫内に響き渡る。これはマズイな。このまま青年がここに居ると、不法侵入の容疑をかけられてしまう。私に構わずに戻った方がいいと言いたいが、それを伝えるすべがない。何とも、もどかしい。


 ***


 それからまもなくして、警備会社と近くを巡回していた警察がやってきて青年は事情聴取をされた。青年の必死の訴えのおかげもあって罪には問われる事はなかったのだが、やはり未成年という事で母親と春花が呼び出される事になった。

「あんたは……まったく」

「……健くん」

そして今、自宅に戻り、リビングのテーブルで青年と向かい合うようにして青年の母と春花が座っている。母親はため息混じりに青年を見つめ、春花は二人の様子を窺いながら心配と緊張が入り混じった表情をしていた。私はリビングの隅の方でその様子をジッと見つめている。

「……健、あたしが何言いたいかわかる?」

「どうせ、お説教だろ? 聞きたくないけど早く言いなよ。だけど、俺は間違った事なんてしてない」

 母親の射抜くような鋭い視線と言葉を、青年はふてくされたように返す。
 二人のやり取りの横で、春花がどうしたらいいのかわからないといった感じでオロオロしていた。この光景を見ていると罪悪感を感じてしまう。私のせいで青年が責められると思うと胸が痛む。

「はぁ……あたしは間違ってるなんて一言も言ってないよ。そりゃ、やり方はまずかったかもしれないけどね。健がそこまでして助けたいって思ったんだ。別にお説教なんてする必要ないだろ」

「お、お母さん……。良かったね、健くん」

「……別に」

 母親の一言が意外だったのか、春花も青年も反応が遅れてしまったようだ。
 正直なところ、私もこの反応は意外だった。青年や春花が思っているほど怖い人ではないように思える。しかし次の瞬間、母親はたしなめるような口調で青年に付け加えた。

「ただね、人様に迷惑をかけるような事はするんじゃないよ。そこさえ守れば、あたしは何も言わない」

「……やっぱり説教するんじゃないか」

 そう言って、ぼやくような口調で呟く青年だったが、言葉とは裏腹に晴れやかな表情を浮かべていた。家族というものは良いものだな。私の母や父は——いや、よそう。環境が違えば、考え方も違う。他の誰かと比べるなど無意味だ。


 ***


 部屋に戻った青年と私は、雑音のように流れでるテレビの音を聞きながら思い思いに過ごしていた。青年はベットに寝転がりながら雑誌を読んでいて、私は青年にもらったあんぱんを食べている。うむ、やはり甘いものはいい。私があんぱんに舌鼓を打っていると、テレビから見覚えのある顔が映像として写し出されていた。

『——深山さんは、病院を抜け出し行方がわからなくなっているとの事です』

「ニャッ!」

 またしてもノーラがやらかしたか。
 テレビに写し出されているのは、さながら幽霊のように青白い顔をした私の写真。何年か前だったか、証明写真がいるってなった時に仕方なく撮ったものだ。こうしてあらためて見るのは気持ちの良いものではないな。しかも全国ネットとは……。
 だが、気落ちしている場合ではない。ノーラが病院を抜け出してくれたのなら好都合だ。動物、つまり犬や猫には帰巣本能というものがある。どれだけ遠く離れても帰ってくるというあれだな。この事から考えるに、ノーラは私の家の近くに帰る可能性がある。
 私が家まで帰り、ノーラを待ち伏せして入れ替わり端末を奪い、元に戻るという作戦だ。

「またこの人か。人騒がせな人だな」

「…………」

 読んでいた雑誌から少しだけ視線をはずして、青年がそんな事をポツリと呟く。なぜだかわからないが、それを聞いた私の胸がチクリと痛んだ。

 (続く)

私と猫の入れ替わり【完】 ( No.28 )
日時: 2014/09/15 21:46
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: FX8aUA2f)

 ——翌日の朝、青年と春花の目を盗んで私は家から脱出した。
 というのも、新しい技をあみ出したおかげで引き戸なら私の力でも開ける事が出来るのを発見したのだ。その方法とは、まず身体を左におもいきり傾けて対象の扉(引き戸)に両手を添える。そのまま爪を引っかけて、体重をかけながら勢いおいよくずらしていく事で開ける事が出来る。もちろん、鍵などがかかっている場合は不可能だが。それと何故だかわからないが、右から開ける事は出来ない。
 記憶を辿り、前回のような失敗をおかさないよう慎重に歩いた結果、私は無事に自分の家に辿り着く事ができたのだ。たった二日しか家を空けていないのに、まるでもう何年も帰ってきてないように感じるのは、ここ数日がいかに大変だったのかという事だろう。

「…………」

 二日ぶりに帰ってきた我が家は、出発した時と変わらずいたる所の扉が開け放されていて、いつ泥棒が入ってもおかしくない状態だった。いや、これだけあからさまだと逆に警戒して入れないかもしれないな。そんな事を考えながら玄関を抜けて研究室に入っていくと、探し求めていたノーラ(私の体)が机の上の資料を全て床に落とし、自分のスペースを作り丸まるような体勢で静かに寝息を立てていた。
 私はノーラを起こさないように静かに机の上にあがり、ノーラの着ている白衣のポケットを探る。どういう道を通ってきたのか、白衣は泥だらけで薄汚れており髪もボサボサ、ノーラも必死だった事がうかがえる。
 入れ替わり端末機を発見して、それを口でくわえるようにして引っ張り出す。デリケートな機械なので、落とさないように慎重にくわえたまま机の上に置く。一応、故障などしていないかチェックしてみたが問題はないみたいだ。……しかしこの手は使いにくいな。知恵の輪でもやっているかのような難解な操作をすること数十分、ようやくセッティングが完了し、肉球で押しにくい手で元に戻るスイッチを押した。
 最初に入れ替わりをした時同様、全身に強い電流が走るかのような衝撃がきて、そのショックで視界が暗闇に包まれ意識が落ちていった。


 ***


 気が付くと、窓から射し込んでいた陽光はなくなっていて藍色の空模様に変わっていた。
 慌てて自身の身体を確認すると、確かに自分の手がある。毛むくじゃらの肉球付きではない。

「や、やったぞ! 元に、元に戻れた!」

 その場でガッツポーズをして、戻れた喜びをひとり噛みしめる。
 やはり言葉を話せるとは良いものだ。ここ数日は「ニャッ」しか喋ってなかったから少し変な感じだが、じきに気にならなくなるだろう。
 元の姿に戻ったノーラも自分の身体が気になるのか、私の足下で全身を確認するように毛づくろいをしている。

「……色々すまなかったな、ノーラ。お前が普段どれだけ大変な思いをしているか、私もこの数日でよくわかった」

 猫に人の言葉なんて通じないが、私はノーラにそう語りかけた。
 今回の報酬として、捕獲用に用意しておいた猫缶(高級)をノーラにあげ、入れ替わり端末機に視線を向ける。
 ——この入れ替わり端末機を発表すれば、私を見下してきた連中を認めさせる事ができる。そう、これで私の夢は叶う。だが、本当にそれでいいのか。私が望んでいたものは、本当にそんなものだったんだろうか。それにこれは一歩間違えれば危険な物だ。今回は運よく元に戻れたが、入れ替わり端末機が壊れていたら私はあのまま一生を猫として過ごさなければいけなかった。

「…………」

 壁掛け時計の時を刻む音だけが室内に響いている。その時、不意に脳裏に浮かんできたのは青年の姿だった。
——どうして、また。私は無意識のうちに青年の優しい笑顔を思い出していた。そして、それと同時に瞳から涙が零れ落ちて頬を伝う。

「……泣いている? 私、どうして」

 青年と会えなくなって寂しいのか。やはり入れ替わりのせいで私はおかしくなってしまったのか。どれだけ自問自答しても答えは出ない。
 元の姿に戻れた事の安堵感が落ち着いたあと、私の心を支配していたのは胸の奥をギュッと掴まれたような、言いようのない寂しさと悲しさと不安だった。


 ***


 もろもろの用事を片付けるのに丸一日を要した。
 それは病院を抜け出した説明だったり、たまたま日本に帰ってきていた両親が放送を見て何事かと心配した件の対応だったりと。身から出た錆とでもいうのだろうか、それでも上手くごまかせたから良かった。
 そして今、私は青年と出会った公園へと来ていた。日曜日だからか家族連れで賑わっていて、子供達のはしゃぐ姿と笑い声が聞こえてくる。私は何をする訳でもなくベンチに座り、ただぼんやりとその光景を見つめていた。

「あの……」

「うん?」

 ボーっとしていたせいか、人が近くに来ている事に直前まで気付かなかった。
 声の主へと顔を向けると、そこには私が一番会いたい人物の姿があった。

「……せ、青年」

「はい?」

 私が思わず発した言葉に、青年は訝しむような表情になる。
 いけない、いけない。この姿で青年と会うのは初めてだ。私はそのまま何事もなかったように会話を促す。

「それで、私に何か用か?」

「あ、あぁ。この辺りで猫を見かけませんでした? 白くて、毛が長い種類なんですけど」

 青年の言葉に、私は思わずその場で「その猫は私なんだ」と答えたくなってしまったが、そんな事を言っても信じてもらえる訳はない。頭のおかしい人と思われるのがオチだろう。

「……いや、そんな猫は見た事がないな。すまない」

「……そうですか。いえ、ありがとうございます」

 一瞬、落ち込んだように影を落とす青年の表情を見て、私の心は痛んだ。
 私はここにいるのだと、今すぐにでも伝えたい。青年が踵を返しこの場所から離れようとした時、無意識の内に私は声が出ていた。

「な、なぁ! その猫は君にとって大事な存在だったのか?」

 私の声を聞いて、青年は足を止めてこちらに振り返る。

「えぇ。ちょっと変わった猫だけど、俺にとって大事な存在です」

 青年は少し照れくさそうにそう言って、公園から出て行った。
 ——そうか、私は青年にとって大事な存在だったのだな。その言葉が私ではなく、猫の姿の私に言っているとわかっていても、私は嬉しい。たとえその言葉が、私に今後向けられなくとも充分だ。いつか、本当にいつになるかわからないが、青年の前にまた立てるように私は頑張ろう。そしてその時は、本当の私を見てほしい。
 私は考える。——今度は別の夢を叶えるために。

 〜END〜

魔法のパン【1】 ( No.29 )
日時: 2014/09/27 00:48
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: kcj49vWg)

 ——いつもより少しだけ早く起きた朝。我が家のダイニングテーブルに並べられた、きつね色に焼きあがったパン。人の拳くらいのサイズの丸い焼きたてのパンからは白い蒸気があがっていて、見ているだけでも食欲をそそる。そして、なんと言ってもこの香り。パン特有の良い匂いが部屋中を包んでいた。……パンって、自分の家でも作れるものなんだ。

「お、お母さん。パンって自分の家で作れるの?」

「えぇ、もちろんよ。私は使わないけど、最近はホームベーカリーを使う人が多いわね。だけど、どうにも味気ないのよね。やっぱり手ごねだと、手間はかかるけど味は全然違うから」

 私が尋ねると、お母さんは嬉しそうな顔で答えてくれた。
 ホームベーカリーって、何? 聞いた事がない単語が出てきて、頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。直訳すると、ホームは家、ベーカリーはパンを売る店とか、確かそんな意味だったよね。
 家でパンを売る店を使う? 全然意味が分からない。私が難しい顔をしているのを見て、お母さんは小さく笑いながら説明をしてくれた。

「ホームベーカリーっていうのは、家でも簡単にパンを焼ける機械の事ね。材料をセットしてスイッチを押すと、後はこねから焼き上げまで自動的にやってくれるの。まぁ、炊飯器のパンバージョンってとこかしら」

「おぉっ!」

 何、その秘密道具的な物は。それなら私にもできそう!

「お母さん、私にも教えて!」

「いいわよ。ただし、ホームベーカリーは使っちゃダメ」

 そんなに簡単にできるならと思い、軽い気持ちでお願いしてみたが、お母さんにやんわりと釘を刺されてしまった。頬を膨らませて軽い抗議をしてみるが、お母さんは意に介さない。

「初めから楽して作ったパンに喜びはないわ。一から自分で作るからこそ、できた時の感動も大きいし、大事に食べるものなのよ」

「そ、そりゃ、そうだとは思うけど」

「まぁ、騙されたと思ってチャレンジしてみなさいな。どうしてもダメって時は使っていいから」

「……はーい」

 窘めるような口調でお母さんに促され、しぶしぶ私は頷いた。
 ——私、青葉 香織(あおば かおり)は、この日をさかいにパン作りにハマっていった。


 ***


 雲一つない青空はどこまでも広く、そして高い。
 朝の太陽の勢いも大分落ち着いてきて、夏が終わり秋の気配がそこまで来ているように感じる。そしてこの青空の下、私は全力疾走していた。
 理由は単純、寝坊したから。昨日の夜に新作のパン作りに夢中になり過ぎて、気が付けば朝日が昇っていた。つまり、一睡もしていない訳で……。
 さらに、ついウトウトしていたら、ありえない時間になっていた訳で。うん、完全に自業自得だよね。言い訳の余地もない。

「もうっ! 時間を止める機械とかあればいいのにっ!」

 そう叫びながらもスピードは緩めない。
 私が住んでいる稲穂町は豊かな自然にかこまれていて、すぐ目の前には雄大な山々、自家栽培のための広大な畑、都心ではありえないくらい遮るものがない開放感に溢れた素敵な場所だ。身も蓋もない言い方をすると、田舎って事になる。
 それでも私はこの場所が好きだ。空気は良いし、周りの人達も親切で温かい。
 一つ難点を言うなら、どこへ行くにも遠い。たとえば、一番近いコンビニに行くにしても歩いて20分はかかる。全然コンビニエンス(便利)じゃないよ。
 バスも一時間に一本、乗り遅れれば遅刻は確定。かくいう私も乗り遅れたんだけど。

「……はぁ、はぁ。つ、疲れた」

 走り続けてさすがに息が上がり、足を止めると膝に手をついて呼吸を整える。
 やっぱり、遅刻覚悟でバスを待ってれば良かったかな。走れば間に合うかもなんて考えたのは間違えだったのかもしれない。後悔先に立たずってのいうのはまさにこの事だね。

 ——チリーン、チリーン

 そんな事を考えていると、背後からベル音が聞こえてきた。

「青葉さんも遅刻?」

「……い、五十嵐くん?」

 自分の名前を呼ばれて誰かと思いながら振り返ると、そこにはクラスメイトの五十嵐くんが自転車に乗りながら爽やかな笑みを浮かべていた。

 (続く)

魔法のパン【2】 ( No.30 )
日時: 2014/09/27 00:46
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: kcj49vWg)

 五十嵐 圭(いがらし けい)くんは、私と同級生でクラスも一緒。長身で短髪、運動神経が良くて、しかも優しい。なんていうか、こう、ナチュラルにカッコいい感じ。
 困っている人が居ると放っておけない性格で、そのせいか苦労を背負い込んでしまうタイプだったりもする。なんでこんなに五十嵐くんの事に詳しいかと言うと、最近少し気になる人だったりする訳で。

「そのまま歩いてると遅刻しちゃうよ? 良かったら後ろ乗りなよ」

 そう言って、五十嵐くんは爽やかな笑みを浮かべながら自転車の荷台を指差す。

「で、でも、悪いよ」

「遠慮しないで。それに、急げばギリギリ間に合う予定だから」

 五十嵐くんの笑顔に押される形で、私は自転車の荷台の前に移動する。
 いいのかな? 厚意に甘えちゃって。

「あ、そのままじゃ乗ると痛いよね。これ使って」

 自転車の前で戸惑う私をよそに、五十嵐くんは制服の上着を脱いで私に差し出す。

「わ、悪いよ。しわになっちゃうし」

「平気だよ。もちろん、青葉さんが嫌じゃなければだけど」

 そう言いながら五十嵐くんは、照れくさそうに頬をかく。

「……じ、じゃあ、使わせてもらうね」

 私は若干の申し訳なさを感じつつ、五十嵐くんの上着を荷台の上に丁寧に畳んで敷かせてもらう。さらに、なるべくしわにならないように細心の注意を払いながら静かに荷台の上に乗った。

「そうやって乗るんだ」

「えっ、間違ってる?」

 私の乗り方は、椅子に座るような体勢、いわゆる横乗りだ。だってスカートだし。

「ううん。いや、いつも男友達としか乗らないから新鮮だなって思ってさ。さ、しっかりつかまってて! 急ぐよ!」

「へっ? ……わわわ、わぁ!」

 五十嵐くんは私が返事をする前にペダルを漕いで、自転車は勢いよく前に進む。
 咄嗟に五十嵐くんの腰に手を回して落ちるのを回避したが、その結果、五十嵐くんの背中に抱きつくように密着する形になってしまう。当の本人はというと、気にした様子もなく自転車をどんどん加速させている。私は何を話していいかわからず沈黙してしまう。

「…………」

 風を切る音だけが聞こえてきて、景色が流れていく。肌に当たる風が気持ちいい。今更離れるのも変だし、仕方ないよね。そう思いつつ、私の鼓動が早くなっていくのを感じていた。


 ***


「やっぱり、胃袋をつかむ事が大事だと思うんだよね」

「……いきなり何の話?」

 今日は五十嵐くんのおかげで遅刻を回避する事ができた。その後は普段と変わらず授業を受け、お昼休みになった途端、私の友達である吉田 咲(よしだ さき)通称、よっちゃんが難しい顔をしながら話しかけてきた。

「だから、男の子の心をつかむ方法だよ」

「最初にそれを言わないと意味がわからないよ」

 よっちゃんは話を端折る癖があり、結構な頻度で聞き返さないと会話が成立しない。中学の頃からの友達で、同じ高校に入ったからそれなりに付き合いは長く、私とも仲が良い。
 話を聞きつつ私は鞄から木製の小さなボックスを取り出し、ボックスを空けて中に入っている手製のサンドイッチを一つ手に取り頬張る。

「それだよ! 香織のその腕があれば、思いのままだよ!」

「ん? 何が?」

「だから、料理ができる女子はモテるって事」

「うーん、そういうのあんまり興味ないなぁ」

 大体、誰でもいいって訳じゃないしなぁ。それに、なんか違う気がするんだよね。
 私の反応が悪かったのを見て、よっちゃんはため息をつきながら外国人のようにオーバーリアクションで肩をすくめる。

「甘い、甘い。香織はわたがしより甘いよ。まだ大丈夫とか言ってるうちに、婚期逃して独身生活まっしぐらだよ! あむっ……うまい」

「……どれだけ先の話をしてるの? まだ高校生だよ。って、私の玉子サンド勝手に食べないでよ」

 楽しみに取っておいた玉子サンドを強奪して、よっちゃんは満足気だ。
私は抗議の視線をよっちゃんに送るが、よっちゃんは特に悪びれる様子はない。
 ちなみにパンはもちろん、玉子も私の手作り……と言っても、茹でた卵の殻をむいて細かく潰し、マヨネーズに塩こしょうしただけなんだけど。ここのポイントは細かくし過ぎない事、あえて少し粗めにする事で食感を残している。

「ふっふっふ、私は知っているのだよ。今日、五十嵐くんと仲良く二人乗りして登校した事を! そして——」

「ちょっ! よっちゃん声大きいよ!」

 慌ててよっちゃんの口塞ぐが時既に遅く、クラス中が興味津々といった表情で私を見ていた。……は、恥ずかしい。
 話題に出されてしまった五十嵐くんの席に視線をやると、座っていた五十嵐くんと目があって少し照れたような笑みで返されてしまう。その反応は色々と困る。
 なんか、誤解しそう。周りも……私も。

 (続く)


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