複雑・ファジー小説

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たか☆たか★パニック(松浦鷹史くん・武藤なみこちゃんCV)
日時: 2013/04/11 17:11
名前: ゆかむらさき (ID: E/MH/oGD)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

 ※たか☆たか★パニック〜ひと塾の経験〜を読んでくださる読者様へ
 この物語はコメディーよりの恋愛物語なのですが 性的に刺激的な文章が処々含まれております。
 12歳以下、または苦手な方はご遠慮頂く事をお勧めいたします。


 ☆あらすじ★
 冴えない女子中学生が体験するラブ・パラダイス。舞台はなんとお母さんに無理やり通わせられる事となってしまった“塾”である。 
『あの子が欲しい!』彼女を巡り、2人の男“たか”が火花を散らす!


 視点変更、裏ストーリー、凝ったキャラクター紹介などを織り交ぜた、そして“塾”を舞台にしてしまったニュータイプな恋愛ストーリーです!
 読者の方を飽きさせない自信はあります。
 楽しんで頂けると嬉しいです。


 ☆ドキドキ塾日記(目次)★
  >>1 宣伝文(秋原かざや様・作)
  >>2 はじめに『情けなさすぎる主人公』
  >>3 イメージソング
 塾1日目(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>4-5 『塾になんかに行きたくない!』
  >>6-7 『いざ!出陣!』
  >>8 『夢にオチそう』
 塾1日目(主人公・松浦鷹史くん)
  >>9-10 『忍び寄る疫病神』
  >>11-12 『もの好き男の宣戦布告!?』
 塾2日目(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>14-15 『初めての恋、そして初めての……』
  >>16-17 『王子様の暴走』
  >>18-19 『狙われちゃったくちびる』
  >>20-21 『なんてったって……バージン』
 塾3日目(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>22-23 『キライ同士』
  >>24 『怪し過ぎ! 塾3階の部屋の謎』
  >>25-26 『一線越えのエスケープ』
  >>28 『美し過ぎるライバル』
 塾3日目(主人公・高樹純平くん)
  >>29 『女泣かせの色男』
  >>30-31 『恋に障害はつきもの!?』
  >>32-34 『歪んだ正義』
 塾3日目(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>35-37 『ピンチ! IN THE BUS』
  >>41 『日曜日のあたしは誰のもの?』
  >>42-44 キャラクター紹介
  >>45-47 >>48 キャラクターイラスト(ゆかむらさき・作)
  >>49 >>50 キャラクターイラスト(ステ虎さん・作)
  >>102 キャラクターイラスト(秋原かざや様・作)
 日曜日(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>51 『祝・ドキドキ初デート』
  >>52 『遅刻した罰は……みんなの見てる前で……』
  >>53 『少女漫画風ロマンチック』
  >>54-55 『ギャグ漫画風(?)ロマンチック』
  >>56 『ポケットの中に隠された愛情と……欲望』
  >>59 >>61-65 >>68-69 たか☆たか★“裏ストーリー”第1章(主人公・松浦鷹史くん)
 日曜日(主人公・松浦鷹史くん)
  >>70 『残され者の足掻き(あがき)』
 日曜日(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>74-78 『王子様のお宅訪問レポート』
 日曜日(主人公・松浦鷹史くん)
  >>79-80 『拳銃(胸)に込めたままの弾(想い)』
  >>81 『本当はずっと……』
 日曜日(主人公・武藤なみこちゃん)
  >>82-83 『闇の中の侍』
  >>84-85 『こんな娘でごめんなさい』
  >>86 『バスタオルで守り抜け!!』
  >>87-89 『裸の一本勝負』
  >>90-91 『繋がった真実』
  >>92-96 インタビュー(松浦鷹史くん・高樹純平くん・武藤なみこちゃん・蒲池五郎先生・黒岩大作先輩)
  >>97 宣伝文(日向様・作)
  >>98 キャラクター紹介(モンブラン様・作)
  >>99 たか☆たか★“裏ストーリー”(主人公・高樹純平くん)
 日曜日(主人公・高樹純平くん)
  >>106 『もう誰にも渡さない』
  >>114 たか☆たか★(松浦鷹史くんCV・トレモロ様)
  >>115 たか☆たか★(武藤なみこちゃんCV・月読愛様)

拳銃(胸)に込めたままの弾(想い) ( No.80 )
日時: 2012/12/24 16:21
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

 ————その日以来、彼女の家には行かなくなった。……っつーか、行きたくなかった。
 会えば毎度の様に聞かされる太の話。そんなに好きなのなら潔く自分で気持ちを伝えりゃあいいのに(まぁ“あいつ”になんてできやしないとは思うが)、遠回しに“俺になんとかしてくれ”みたいな事を言ってきやがって……。いちいちそんな事なんかしなくたって、あいつは……太は……。
 俺は今までずっと見るのが苦痛なために、“あの時”から一度も開ける事の無かった机の引き出しをゆっくりと開けた。
 引き出しの中から出てきた黒いモノ————それは本物そっくりに作られたのおもちゃの拳銃。
 太のやつも、あいつ……高樹のような金持ちのボンボンだった。
 この拳銃は海外を渡り仕事をしている彼の父親からのお土産だそうで、本当なのかどうだか分からないが、ハリウッド俳優が映画の撮影で使っていたステージ・ガンらしく、とても希少価値なモノだと言って自慢していた。彼はそれを宝物のように大切にしていて、家からこっそり持ち出してきてはクドいくらいに何度も見せびらかされていた。
 武藤の隣の家に住んでいる、ということで、どうやら彼に嫉妬をされていたらしく、しょっちゅう俺はつっかかれていては、バカにされていた。


 こんな太のことを好きだなんて……。
 こんなやつと、あんなに“かわいい”なみちゃんが好き同士、だなんて————!


 “太なんか、いなくなっちゃえば、いいのに”。
 幼稚園で彼のことを見かける度にそう思っていた。……100回は思った。
 すると本当に彼は俺達の前から姿を消す事になった。
 何という名だったのかはもう忘れてしまったが、海外の島に突然引っ越す事になったのだ。
「今までいじわるばっかりして、ごめんな……」
 別れ際に俺に謝り、太は拳銃を出した。
「これ、あの子に……なみこちゃんに、渡して……」
 小さな声で俺に耳打ちをした。あの太が、気色悪くも顔を真っ赤にして。
 あんな図体をしていながらも、自分で手渡す勇気がなかったのだ。
 自分の一番大切にしているものを贈る……それほど武藤の事を大切に想い、恋焦がれていたのだろうか。
 コレを言っては自慢になってしまうが、容姿、(表向きの)性格から、明らかに彼よりも俺の方が上回っていた。きっと太は、“武藤が俺の事を好いている”とでも勘違いしていたのだろう。
 しかし、よりにもよってそんな大切な伝言を俺に頼むだなんて……バカな奴だ。
「わかった。元気でね……」
 笑顔を見せて彼の手から拳銃を受け取り、俺は心の中で返した。


『おまえなんかに、なみちゃんは————“あげない”』


 今まで散々彼にムカつく事をされた復讐として最後に一発カマしてやった。
「ふーん……。もしかして太くん、なみちゃんのこと、すきなの?」
 ————と。
「好きじゃない!!」太の奴はさっきよりもさらに顔を沸騰させてヘンな走りかたで去っていった。 
 海外まで引き離されれば、おそらくそう簡単にはひっつく事はできない。そのうちに段々と武藤の心から太の存在が消えていくに決まっている。 
 この拳銃を武藤に渡さなければ————“ぼくの勝ち”だ。
 しかし、どうして好きなのに“きらい”だなんて逆のことを言うのだろう。あの頃は太を見てそう思っていた。
 自分が今、彼と同じ事をしているのに……。
 きっと相手が“武藤”だから認めたくないんだ。もっと美人で頭が良くてグラマーならともかく、あの武藤なんだもんな。
「ふっ」
 今になって太の気持ちが身にしみてよく解る。
 俺は走らせていたペンを止めて、大きく深呼吸した。
(これで最後、だな……)


 ・和訳しなさい。
 I want to spend the rest of my life with you.
(                                      )。
 ※分からない単語は辞書で調べろ。


 “応用問題”と見せかけて、最後に俺が作ったオリジナル問題を紛れ込ませた。
 絶対に俺の方から気持ちを打ち明ける、なんてことはしたくなかったのだけども、もう我慢できない。
 どうなるか……。彼女にこの問題を解かれたら……俺の負けだ。
 俺の“告白”問題の下に“頑張れよ”のメッセージ、その脇にあまり俺は見た事のない武藤の笑顔を想像しながら、俺なりに精いっぱい可愛く描いたつもりのスマイル・マークのイラストを添えたノートを閉じ、ベランダに立って大きく伸びをした。


 武藤はまだ帰ってきていない。
(もう四時過ぎだぞ……)
 この時期は日が落ちるのが早い。
 空は暗くなり、街灯が点いた。
 明日は学校があるし、まさか高樹と一夜を明かす……なんてコトはしないとは思うが、こんな時間になっても帰ってこないで一体何をしているんだ、あいつは————
 黒い雲が空を覆う。
 俺は部屋を出て、階段を駆け降りた。


『あたしのこと、高樹くんの自由にしても……いいよ』
『ちゃんと“いく”から、優しくしてね、“高樹くん”』


 俺好みのフリッフリのピンク色のベビードールを身に着けた武藤の姿が頭の中に浮かんだ。……っつーか、最初のヤツは、この前、徳永さんに酷い事を言ってしまった罰なのか……。
 やっぱり、童話“北風と太陽”と同じ結末を迎える運命なのだろうか————


     ☆     ★     ☆


 慌てて家を飛び出したはいいが、武藤の行き先が分からない。
(何やってんだ、俺……)
 そばにある電信柱を思いっきり蹴りつけ、歯を食いしばって祈る。
(武藤……。高樹のところになんか行くんじゃねぇよ……)

本当はずっと…… ( No.81 )
日時: 2012/12/24 15:56
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

「鷹史兄ちゃん!!」
 遊んでいた公園から帰ってきたのだろう。左手の脇にサッカーボールを抱えて手を振りながら俺に向かって走ってきた男の子。彼は向かいの家に住んでいる小学生の“貴志”。
 漢字は違うけれども読みかたは俺と同じ“たかし”。今は確か3年生……だった、かな?
「ぼくのリフティング、見て見てっ」
 俺の前で得意気にリフティングをやってみせ始めた貴志。 
 小学校に入学した頃は泣き虫で、家の中に引きこもりがちだったのに……。
 彼の母曰く、俺が『サッカー教えてやる』と外に出るように誘い出した時から熱中し始めたらしく、その後自らの意志で少年サッカークラブに入部し、今はもう、こんなにも上手に。
「へへんっ。この前ぼく、100回クリアしたんだっ、100回だよ!」
「おっ、ほんとかー! ずいぶんと上手くなったもんなあ、貴志」
 『そろそろ帰らなくちゃお母さんに叱られる』と、始めてから一度もボールを落とさずに続けていたリフティングを止めた貴志は、俺に礼を込めた笑顔を見せて家へ向かって走って帰っていった……かと思ったら、再び俺の元に戻ってきた。


「そういえばさぁ、友達から聞ーたんだけど、鷹史兄ちゃんと、鷹史兄ちゃんの隣の家に住んでいる“ヘンなお姉ちゃん”が恋人同士……って話ってホントなの!?」
「——プッ!」
 真剣な顔で突拍子もないことを聞いてきた彼に思わず吹き出してしまった。
 貴志の後ろから来た車に気付いた俺は、彼の肩に手を置き内側に寄せた。
 “ヘンなお姉ちゃん”……それに“恋人”って————ヤバい。笑いが止まらない。マジで。
 貴志は隣で『鷹史兄ちゃんってこんなに笑うんだ』という様な表情をして俺の顔を見上げている。確かに人前でこんなに笑ったのは久しぶりなのかもしれない。


「あはははは…………!
            違うよ、違う……クックック……。
                               ————“片想い”だよ」


「そ、そうだよね!? 鷹史兄ちゃんがあんなお姉ちゃんと恋人だなんてありえないよね。
 ごめん、へんな事聞いちゃって。じゃあね!」
 俺の事をまるで兄の様に慕っている様に輝かせた目をして手を振り、彼は家へと戻っていった。


(————片想いだよ。“俺の”な……)
 俺の言葉を聞いて貴志は100パーセントの確率で“武藤が”俺に想いを寄せつけていると思っていただろう。
 彼女が愛しているのは高樹なんだ。
 今の俺に幼かった頃の俺の影が重なる。あの頃も、今も……彼女はこんなにも近くにいる俺を飛び越して別のものを見ている。
 そんなに欲しいのならば手を伸ばして掴もうとすればいいのに、彼女への想いを認める事ができなくて、逆に辛くあたっていた。
 誰かに取られない様に見えない鎖でいつまでも縛って繋いでなんかいないで、“あいつ”のように正々堂々と示せば良かったじゃないか。
 俺の上の街灯のあかりに蛾(ガ)が羽音をたてながらむらがっている。
 俺の場合、そんな事したら絶対気持ち悪がられると思うが————


“I want to……spend the rest of my life with you.”
 ————君とずっと……一緒にいたいんだ。

闇の中の侍 ( No.82 )
日時: 2012/12/31 07:35
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

《ここから武藤なみこちゃんが主人公になります》


「——ふうっ」
 まさかこんな時間になっちゃってるなんて……。
 ちょっぴり気の早いクリスマスモードのレストランの電飾や、居酒屋ののれんを灯す赤ちょうちんをバスの窓から眺めながら、ため息をついた。
 もう5時はとっくに回っている。
 普段おつかいなんて頼まれることはないし、お友達もいなかったから遊びになんても行かなくて、いつも家でゴロゴロしてばっかりなあたしが、こんな時間に外に出る、という事が何カ月ぶりか分からないくらい久しぶりだ。
 もうカラスもおうちに帰っていってしまったみたい。5時なんてまだ明るいから大丈夫だ、って思っていたけれど、一人だと塾に行く時とは違ってやっぱりちょっと怖いかもしれない。


 アノ後は二人、ちゃんと服を着て、ホント……本当に何も無かった。うっかり口を滑らせて松浦くんの話をしてしまわないように気をつけながらお互いの学校のことを話したり、実は想像以上にたくさんいた高樹くんのお友達のお話を聞いたりして平和なひとときを過ごした。
 ただ……前に高樹くんが話していた“あたしの出てきた夢の話”が急に気になりだして、さりげなく聞いてみたはいいけれど————
「ん? でも なみこちゃん、さっき“もうムリ”って言ってたよね。
 ホントにイイの……? そんなに知りたいなら教えてあげてもいいけど……」
 彼は再び着ていたシャツを脱ごうとした。その時点であたしは夢の内容を即座に理解した。目の前にある、結局恥ずかしくって聞けなかった“メロン以外は名称不明なセレブご用達(?)フルーツ”を あたしは心臓をバクバクさせながら食事中のリスのようにバクバクとほおばってごまかし、なんとか上手く(?)回避した。
 こんなに何回も求めてこられるなんて……。
 やっぱり高樹くん男の子なんだ。
 あたしもちゃんと……女の子なんだ。


「家まで送る」
 高樹くんはそう言ってくれたけれど、お昼ゴハンをごちそうになっちゃった上に、わざわざ遠くまで往復してもらうなんて悪いし、それに……あたしは今日経験した甘酸っぱい夢の様な出来事に一人でどっぷりと浸りながら帰りたかった。『心配だ』なんてこんなあたしなんかに本気で思ってくれている高樹くん。本当に大丈夫、って言っているのに……彼は彼の家の傍のバス停まで送ってくれた。
 ちょうど周りには人がいなかった。バス停のベンチに腰を掛けて手を繋いでいただけで何も話さなかったのに二人の“同じ”気持ちが重なった。
 その時にしたキスは『さよなら』じゃなくて……『もっと一緒にいたかった』のちょっぴり名残惜しいキスだった。


     ☆     ★     ☆


「きゃっ、やだっ、うふっ」
 バスの中で自分のくちびるに手を触れながら何度もあたしはだらしのない顔でニヤけてはキリッとした顔に戻していた。
(舞ちゃんはどうだったのかな……)
 こんなに遅い時間だし、もうおうちに帰っている事だろう。バス停で会った時は初めてのデートでピリピリしていたけれど、大好きな人に可愛い笑顔をいっぱい見せていたんだろうな……。
 今、おうちでおいしくゴハン食べてるかな————
 グルルルル……。
「ぎゃっ、やだっ もうっ!」
 日曜の夕方で平日よりも人の少ない静かなバスの中(まさか、こんな時に限って! なタイミングで)、あたしのお腹が女の子らしくない音で鳴り響いた。
 通路を挟んであたしの反対側のシートに座っている、白と黒のストライプ柄のスーツを着た、ガラの悪……コワモテ系のおじさんが携帯電話をいじりながら背中を震わせている。濃い茶色のサングラスに目が隠されていて、彼がどんな顔をしているのか分からない。
(あ、あたしのせいじゃ、ないもん……)
 きっとおもしろいサイトでも見ていたんだ! と、勝手にそう思い込みながらも、いち早くこの場から逃げ出したい気持ちになったあたしは、まだ降りるには早い1つ前のバス停にもかかわらず、“とまります”のボタンを押した。


     ☆     ★     ☆


 バスから降りて辺りを見渡すと、すでに目の前は真っ暗になっていた。
 せっかく慌てて降りたのに、さっき“おもしろいサイトを見て笑っていたあのおじさん”も、困った事にあたしと一緒に降りてきてしまった。
 “チカンに注意!!”と歩道の脇に立っている町内掲示板に貼られた赤いポスターがあたしに警告をしてくる。
『はい、コレ。僕の携帯の番号。家に着いたら電話してね』
『う、うん。わかった』
(本当、高樹くんってば、心配性なんだから……)
『ああ、でも女の子だし、なみこちゃん可愛いから心配だな……』
 バスに乗る前に彼がつぶやいた言葉が頭をよぎる。


 コツ、コツ、コツ、コツ……。
 あのおじさんの足音が近付いてくる。 
 彼のくわえているタバコの煙のにおいもだんだんと強くなる。
 怖くて振り向く事ができない。サングラスをかけていたから顔がよく分からないけれど、歳は大体50〜60歳。女であれば誰でもいいから獲物を狙っていたのかもしれない。
 こんな暗い夜道を一人で歩く女子中学生———— 


 あたし……絶好の獲物だ!! 


 さっきバスの中で笑っていたのは、お腹の鳴る音を聞いたからではなくて、おもしろいサイトを見ていたからでもなくて……。
 ————この人、チカンなんだ!!


 怖い!! どうしよう!!
 ちょうど街灯もなく車通りも少ない、脇に竹やぶ林が続く道にさし掛かった。
 そういえば日が落ちるのが早いこの時期は、特に不審者に気を付けてなるべく一人で出歩かない様にと学校で先生に言われていた事に今頃気付いた。
 1つ前のバス停で降りたりなんかしないで、きちんと家の傍のバス停で降りれば良かった————


 コツコツコツコツ……。
 ————チカンが来るっ!!
 (何で!! どうしてこのおじさんあたしなんかを狙うの!? 胸のサイズなんてAカップも満たしてないんだよ!! 
 だってそれに……さっきヘンな音でお腹鳴らしてた女の子だよ!! 
 誰か助けて……。この前みたいに……。松浦くんでもいいから!! お願い!!)
 ——って、こんなに遠く離れているバス停のそばを、こんな時間に彼が歩いているワケがない。
 一応学校でカタチだけ陸上部に所属しているあたしは、歯をくいしばって早歩きの足を全力疾走に変えて走った。


     ☆     ★     ☆


「 !! 」
 がむしゃらになって走り、ようやくあたしの家の前のバス停まで辿り着いた時、背格好が松浦くんによく似た人が立っているのが見えた。
(幻覚……?)
 ————違う。幻覚なんかじゃない。
「武藤」
 “本物”の松浦くんはあたしに気が付くと、こっちに向かってゆっくりと歩み寄ってきた。
 あたしは————彼の胸の中に思いっ切り飛び込んだ。

闇の中の侍 ( No.83 )
日時: 2013/01/04 12:01
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

 相手が松浦くんだとかは関係ない。
 あたしは怖かった。ただ……とにかく今は、誰でもいいから助けて欲しかった。
 面倒事を嫌い、いじめる目的だけでしかあたしに話し掛けてくるとかして関わってこない彼の事だから、あたしなんかに対してこれっぽっちも関心なんか持っていない彼の事だから、“どうしてこんな時間に1人で夜道を歩いているのか”だとか、“何が起きたのか”とか、やっぱり何も聞かれなかったけれど、彼はいきなり飛びついてきたあたしの背中にそっと両手を回した。
 怖かった気持ちが涙に変わり、ボロボロとはがれ落ちてゆく。
 まるで迷子になっていた小さな子供の様にあたしは松浦くんの胸の中に顔をうずめて声まで出して泣いてしまった。
『もう大丈夫だ。俺がいるから』
 彼にそう慰められていると勝手に思い込みながら目を閉じたあたしは松浦くんの心臓の音を聞きながら呼吸を整えた。
 背中にある彼の手がとても冷たい。 
 松浦くんこそ、どうして1人でこんなところにいたんだろう。
 一体何時からいたんだろう。
「ねぇ、松浦くん……」
 聞こうと思ったけれど、それを聞くのはやめておく事にした。
「チカンに追いかけられてね……コワかったんだ……」
 あたしの頭の上に置かれた松浦くんの手が、ふわふわと撫でる。
 冷たい手から伝わってくる優しい温もり。
 信じられない。なんだか今夜の松浦くんは松浦くんじゃないみたい。
 ————ごめんね、松浦くん。今までいじわるばっかりしてくるひどい人だと思ってて……ごめんね。


「ああ、そういえばおまえ、これでも“一応”女、だったもんな……」
(……え?)


 彼の吐く白い息と共に、耳元から伝わる冷たい毒。
 松浦くんは、わざわざアクセントまで付けて囁いてきた。
「フン! たとえおまえがその辺で全裸で踊っていたとしても俺は“1秒だって”見たくない。
 単なる自意識過剰だ、バーカ」


 なんて、そう言いながらもあたしの気持ちが落ち着くまでずっと抱き締めていてくれた松浦くん。不思議な事に今の彼の言葉のおかげであたしの気持ちがスーッと安らいでいく。
 もうひとつ不思議な事に、今だに激しい音で刻んでいる心臓の音が、松浦くんの方から聞こえてくる様な気がした。


 チリン、チリーン……。
 風もなく静まりかえったバス停にベルの音を鳴り響かせ、自転車に乗ったおまわりさんがあたし達のいる横の車道を通り過ぎた。
 松浦くんはあたしの体から腕を離し、背を向けた。
『もう大丈夫だろ』
 彼の背中がそう言っている。あんな風に抱き締められた後だから、もしかしたら手を繋いで家まで送ってくれるのかと思って図々しくも出してしまっていた自分の右手をサッと引っ込めた。
 出演・松浦鷹史・武藤なみこ
 ドラマ『バス“停”で愛し合う2人』
 以前、塾のバスの中で大失敗したにも懲りず、こっちの方も、やはりとても違和感のあるキャストだが、少女マンガやトレンディードラマの見せ場の様なあたし達のこの“やりとり”を誰かに見られたくなかったのかもしれない。
 だって……そこから近所や学校でヘンな噂がたっちゃったら迷惑、だもんね。
 “チカンに追いかけられた”って言ったのに、一人で勝手に家に向かって歩いていってしまう松浦くん。
 後ろを振り向くと曲がり角や路肩に停めてある車や電信柱……あの陰からまた変なものが“出てくる”かもしれない。
(ひいっ! ま、待って!!)
 あたしは松浦くんを追い掛け、彼の横について歩いた。
「プッ。そういえばおまえ昔、幽霊とか妖怪だとか怖がってたなぁ。
 幽霊が呆れちまうくらい鈍いくせに……」
 さっきあんなに怖い思いをしたのに。
 抱き締めて頭を撫でてくれたのに。
 実はまだ怖いこっちの気持ちも知らないで笑いながらスタスタと歩いてしまう松浦くん。あたしの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれればいいのに……。
「どうせ見た事なんか、ねぇだろ」
「やめて……。こんな時におばけの話しないでよ……」
「あ。軍服着た血だらけの兵士が、あの曲がり角に————」
「 !! 」
 まんまと思惑通り(?)腕にしがみついたあたしの顔を見て彼は鼻で笑い————あたしの腰に手を回した。


「俺が今、何を考えているのか……教えてやろうか……」


 腰に回した手を寄せ、彼が呟く。
(どうせ、あたしが“バカ”だとか“単純”だとかでしょ……)
 ほっぺたを膨らませながらあたしは松浦くんの言葉の続きを待っていた。しかし彼は結局その後何も話さないままあたしの家の前まで送ってくれた。
『ありがとう』
 そうお礼を言いたかったのに、「はやく行け」と背中を押された。
 松浦くんは玄関のドアを閉めるまでずっとあたしを見て見送ってくれていた。
「ありがとう!」
 やっとお礼が言えた。
 ドアを閉めたらやっと……スッキリした。
 “ありがとう”
 なんだか彼に対してこんな気持ちになったのはものすごく久しぶりの様な気がする。
 最近お母さんが言っていた。


「鷹史くんね、なみこのためにいつもお花を摘んで遊びにきてたのよ」


 お母さん同士仲が良かったし、家も隣同士でさらに同い年同士だから小さかった頃はよく遊びにきてくれた事は覚えている。
 でも“あの松浦くん”がお花だなんて……。
 その話を聞いた瞬間、胸元の開いたシャツに黒いタキシードを着た、今の……“14歳の松浦くん”が、赤いバラの大きな花束を両手で差し出している姿が浮かんだ。
 絶対ウソだ。お母さんは冗談で言ったんだ。
 あたしはそう思った。笑いを通り越して寒気がしたんだ。その話を聞いた時は。


(松浦くん……。あの時、何を言おうとしてたんだろう……)
 玄関で靴を脱ぐ手を止めて、あたしは考えていた。


 そういえばさっき松浦くんに言われた。あたしは“自意識過剰”なんだって。
 抱き締められていたから見えなかったけれど、松浦くんに撫でられた頭を、あたしに花を渡す彼の顔を想像しながらもう一度自分で撫でてみた。
 自意識過剰なのかもしれないけれど、松浦くんはあたしの事をそれほど嫌っていないのかもしれない……って思った。

こんな娘でごめんなさい ( No.84 )
日時: 2013/01/04 12:36
名前: ゆかむらさき (ID: cLFhTSrh)

     ☆     ★     ☆ 


 行き先も告げずに、こんなに暗くなる時間まで遊び歩いていたのだから、絶対お母さんに叱られるに違いない。『ただいま』は心の中で言っておく事にして、そのまま自分の部屋へ行ってしまおうと忍び足で階段を昇りかけた。しかし、やっぱり黙って帰ってくる方が余計に叱られるんじゃないかと思い、引き返して、おそらく今、お母さんがいるだろう台所のドアを覚悟を決めて開けた。
 ————台所にはお母さんは居なかった。
 食卓の上にはいつでもすぐに食べられる様に、伏せてあるお茶碗とグラスにお箸、2枚重ねてあるスープ皿、そしてあたしの大好物のスライスされたパイナップルの乗っかったハンバーグに大豆入りのマカロニサラダが添えられて置かれていた。出来上がったばかりなのだろうか、おいしそうな香りと湯気をたたせている。
(お母さん?)
 台所のとなりの部屋のリビングからはテレビの音だけが空しく聞こえてくる。
 帰りの遅いあたしの事を心配して外へ探しに出て行ってしまったのかもしれない。もしかしたら誘拐されたかと思って警察に捜索願を出してしまったのかもしれない。どうしよう……。
 つばを飲み込み、リビングを覗くと————
 リモコンを片手に、ソファーの上でいびきをたてながら仰向けで熟睡している……お母さんが居た。

“この親にして、あたしあり”
 やっぱりこのひとはあたしの勉強のこと“だけ”しか心配していないのか。とにかく大変な事態にはなっていなかった様で、ホッと胸を撫で下ろしたあたしは、ぐっすりと夢の世界に沈んでいるお母さんをゆすって起こした。


「ああ、なみこ……帰ってたのね……」
 大きなあくびをしながらムクッと起き上がった彼女に、ここぞとばかり普段から小言を言われている仕返しに何か言ってやろうかと思ったけれど、ハンバーグに免じて許してあげた。
「おなかすいた。はやく食べようよ、お母さん」


 食卓でハンバーグをほおばるあたしの顔をお茶を飲みながらジッと見つめているお母さん。
「こんなによく食べる子なのに、どうしてなのかしら……。全然伸びないのよねぇ、あんたは」
 ため息をつきながら空っぽになったあたしのグラスにお茶を注ぐ彼女に、コンプレックスになっている背の事を言われて少しカチンときたあたしは、ハンバーグにフォークを突き刺して言い返した。
「食べても太んないもんね、だ。あたし“は”」
 ハンバーグを口に突っ込んでお茶を飲みほした。
 “誰かさん”の様に、あたしに対してだけトゲのある接し方をしてくるお母さんだけれど、このハンバーグだけではなくて、作ってくれる料理はいつも優しい心のこもった味がする。
 お父さんもきっとお母さんのこんなところが好きになって結婚したのかな……。


「お父さん……会いたいなぁ」
「あらっ、今日、電話あったわよ。今度の土曜日に帰ってくるんだって。
 “なみこに早く会いたい会いたい”って。
 プレゼントがあるから楽しみにしてろ、って言ってたわ。
 ああ、多分アレね、あんたが欲しがってた携帯電話よ。
 はぁ……。中学生にそんなもの必要かしら。しかもあんたにはねぇ……。
 防犯のために、だとか、もう年頃だし、彼氏ができた時に連絡を取り合うのに便利だからとか言って。まだ全然コドモなのにねぇ。彼氏なんかできたらあの人絶対淋しがるくせに。もう、ホントに甘いんだからお父さんは……」
「うふふっ」
 お母さんの話のなかのお父さんが高樹くんに似ている気がして思わず笑ってしまった。
 実はあたしのお父さんは今、長期出張中なのだ。働いている会社の親会社がある遠く離れた都市の方へ行っている。最近はとても忙しい様でせっかくこっちへ戻ってきてもすぐにまた向こうへ行ってしまうけれども、帰ってくる度にあたしをギュッと優しく抱き締めてくれるお父さん……。
(あたしも早く会いたいよ……)


「あらっ、ソレ今日買ってきたのね。
 ふぅん……。なみこにしてはなかなかセンスいいじゃない」


 お母さんはいきなりあたしの頭に手を伸ばし、今日高樹くんにプレゼントされたピンを勝手に外して手に取った。それを照明の光にかざしたり、角度を変えたりして、鑑定士の様に目を細めては大きく開いて険しい……というより、はたから見ればおもしろい顔で見ている。
「ヒスイ、かしら……?
 いやいや、そんなはずは無いわよねぇ。あんな高価なモノがあんたのお小遣いで簡単に買えるワケないものねぇ。
 ほーんと、最近のアクセサリーってよくできてるわよね。“まがい物”が出回るワケだわ。
 そうそう! 来月お母さん同窓会があるのよね。だからコレちょっと貸し……」
「————かえしてッ!」
 あたしは彼女からピンを取り返し、再び髪に留めた。
 冗談じゃない。コレは高樹くんにもらった大事な宝物なんだから貸せるワケがない。……っていうか、“まがい物”だなんて超失礼なんだから! ほんとにもう、このお母さんは……。
 それでも懲りずに彼女は今度はあたしの顔に自分の顔を近付け、クンクンとにおいを嗅いでいる。


「あら、いい香り。あんた香水なんて持ってたのね」
(……えっ?)


『……ごめん。勢いあまって“やりすぎちゃった”。こわかった、よね』
『ん……。こわいっていうより……恥ずかしい……』
『おいで』
『あ……高樹くん……いい香り、する……』
『なみこちゃんはせっけんの香りだね』


 いきなりお母さんに変な事を言われたせいで、あたしの頭の中に高樹くんの部屋の中で起こったコトが鮮明に蘇ってきた。
(確か……その後に あの“エックスタシーなんとか”が!!)


『安心して。今日“は”ちゃんと用意してあるから……』


「おおお、おふろ、はいってくるっ! ごちそうさまっ!!」
 残りのハンバーグを口の中に一気に押し込んで、あたしは後片付けもしないで台所を飛び出した。


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