複雑・ファジー小説

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アビスの流れ星
日時: 2013/05/22 20:35
名前: 黒田奏 ◆vcRbhehpKE (ID: 76WtbC5A)
参照: http://ameblo.jp/gureryu/




名前変えました。「緑川遺(ミドリカワユイ)」といいます。
これからもよろしくお願いします。

ちゃんと丁寧に最後まで完結させたいなと思います。

(登場人物)>>3

序章「記憶喪失の少女の追憶」
>>1

第一章「生きるという責任の在り処」
>>2 >>6 >>9 >>12 >>14 >>15 >>16 >>17

行間
>>22 >>25

第二章「生きる理由」
>>29 >>32 >>33 >>34 >>35 >>38 >>39 >>40

行間二
>>41

第三章「人は自分を騙し通すことは出来るか?」
>>44 >>47 >>48 >>49 >>51 >>52 >>53 >>56 >>57

最終章「シューティングスター・オブ・アビス」
>>58 >>59 >>60 >>61 >>63 >>64 >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>70 >>71(New!!)

行間三
>>72

登場人物 2
>>73(New!!)

Re: アビスの流れ星 ( No.64 )
日時: 2013/02/13 23:01
名前: 緑川遺 ◆vcRbhehpKE (ID: u83gKCXU)




   4



 次に意識を取り戻すと、アビスが私の顔を覗き込んでいた。どうやら私は彼或いは彼女に膝枕されているらしい。アビスは目を細めて柔らかく微笑んだ。
 どうやら、今まで気を失っていたようだ。

「アビス、私はどのくらいの間気を失っていたの?」
「そんなに長くはないよ」

 アビスは穏やかな声で答えた。どういうわけだか、とても落ち着く声だった。

「アビス」

 彼、或いは彼女の名前を呼ぶ。私の声も、自分でも驚くほど落ち着いた声だった。
 彼、或いは彼女が私の生みの親だからだろうか。

「なぁに?」
「アビスは、これから何をするの?」
「地球を食べる」
「……地球を、食べる……」

 ゆっくりと反芻して口に出す。ニュアンスは伝わった。彼或いは彼女にとって、惑星は食べ物であり、エネルギー源なのだ。

「ニンゲンのみんなが、ずっとレイダー……僕の分身を殺し続けたお陰で食べるのに手間取っちゃって」

 そっと、アビスは私の頬に優しく手を添えた。

「そろそろ何か食べないと、本当にもう、死んじゃいそう」

 アビスは焦っているらしかった。彼は、多くの星を食べて宇宙を放浪してきた。だけどこのままでは彼は、他の惑星に飛び移ることも出来ないのだそうだ。
 だから、食べようとしている。彼或いは彼女の話では、今外では、見る見るうちにアビスの黒い星が広がって空を覆っていっているらしい。黒い雲が完璧に地球を覆ったとき、地球はアビスに取り込まれてしまうのだそうだ。
 当然、みんな死ぬ。死んでアビスの一部になる。

「大丈夫、フミヤは生かしておいてあげる。ずっと一緒だよ」
「……アビス」
「なぁに、フミヤ?」



 アビスを押し倒して、その細い首を思い切り絞める。



 だけどアビスは涼しい顔をして、だけど無表情で、静かに私に問いかけた。

「……フミヤ、何のつもり?」
「ごめんねアビス、私、今から裏切る」

 ぽん、とアビスが軽く床をはたいた。嫌な予感がしたので考えるより先に全力で飛び退く。案の定、先程まで私が居た場所貫くように白い槍が床から生えた。
 アビスはゆっくり立ち上がった。それから真っ黒な瞳で私を見据える。彼或いは彼女はそのまま私から目を逸らさずに指を鳴らした。
 鉄が鉄を打つような音が幾つも重なって響くと同時に、周りの景色が一変した。白い槍が縦横無尽に足元も、壁も上の方も走り回って辺りを覆って、アビスが立っていた場所が大きく隆起する。
 アビスは静かに私を見下ろして、私もまたその視線に応じる。

「アビス、私は君を殺すよ」

 軽く念じると私の右腕は、銀色の刃が生えた、化け物の腕に変わった。
 確かに私は、レイダー……化け物で、悪魔なのだろう。私のせいでたくさんのヒトが死んでしまったのも事実なのだろう。私は沢山の不幸を振り撒いてきたのだろう。
 だけど。

「地球を守りたいの?」

 眉一つ動かさずに繰り出されたアビスの問いに、私は黙って頷いた。

「どうして? フミヤはレイダーなのに。何でニンゲンの味方をするの?」
「違うっ!」

 アビスは、目を丸くした。
 確かに私はアイツから生まれたレイダーだ。化け物だ。
 でも。
 アイカワさん達と過ごしたあの日の私は。シドウさんとスギサキと空を眺めたあの日の私は。
 シドウさんとスギサキのじゃれ合いを苦笑いしながら見守っていたあの日の私は。一緒にご飯を食べて、シドウさんの食べる量に呆然としていた私は。スギサキと一緒にシドウさんにイタズラしてやろうと企んでいたあの日の私は。実行直前にバレて結局スギサキと一緒にこってりしぼられたあの日の私は。シドウさんのハードすぎるトレーニングに音を上げていたあの日の私は。三人で空を見上げて、ずっと一緒に居られますようにと流れ星に祈ったあの日の私は。数え切れない、沢山の思い出の数々を日記に記した私は。あの二人を、あの居場所をこんなにも愛おしく思っている私は。あの二人から、たくさんの大切なものを貰った私は。
 沢山の思い出をくれたあの場所を守りたいと思っている私は、誰に何と呼ばれたって!



「——私は『人間』だ! フミヤっていう、一人の人間なんだ!」



 白い槍が埋め尽くす空間の中で、私は叩きつけるように思いを吐き出した。
 アビスは、笑いも驚きもしなかった。ただ私の叫びを静かに聞いた。少し寂しそうな表情を浮かべて。ただ一言。

「そう」

 白い槍の海が蠢く。

「——でも、僕も死にたくないから」

 それから、足元が爆発した。
 正確には違う。大量の槍が足元から飛び出したのだ。幸い、咄嗟に飛び退いて直撃は免れた。しかし衝撃で吹っ飛ぶ。宙に浮いた私の体を、もう一本の槍が勢い良くしなって鞭のように叩く。壁まで吹っ飛ばされて叩きつけられる。
 呼吸が、一瞬止まった。内臓が喉元までせりあがってきたような感覚。
 見開かれた視界に、槍が鋭く迫る。私を仕留めようと。
 おそらく槍が私を貫くのは一瞬。
 身体は動かない。
 しまった、と思ったとき。



 視界の端の壁が砕けて穴が空く。横合いから、回転を加えた漆黒と真紅の何かが飛び出して槍の束を弾いた。



 真紅の何かは頭髪。漆黒の何かはコート。そして、大きな翼が生えている。
 その顔は見覚えがある。その顔を見ただけで、胸の奥に熱いものが走った。

「おや、足場があるのか。これは好都合だ」

 シドウさんは、にやりと口の端を歪めて言った。



Re: アビスの流れ星 ( No.65 )
日時: 2013/02/16 17:59
名前: 緑川遺(別pc) (ID: sU8QSIc2)




「シドウさん——!」

 彼がぶち割ってポッカリと空いた穴からは、真っ黒な闇が覗いている。白い欠片が散る中、白い空間に彼は降り立った。その背には、黒く大きな翼。つい最近似たようなものを見た気がする。確かスギサキが仕留めたバハムートの翼だ。確か、使い物にならなくまでボロボロになっていたはずだけど。

「——ふむ」

 彼は辺りを一瞥すると、ひとつ鼻を鳴らした。

「ここまで到達するのに十数分か。……この装備の性能は上々のようだ」
「な、なんで……ここに……」

 確かにあの時、彼は重傷を負ったはずだ。アビスの話だと、あれからまだ三日も経っていない。

「まるで来て欲しくなかったような言い草だな」
「そういうワケでは……!」

 むしろ、どれだけ心配したかったか。どれだけその声を聴きたかったか。どれだけその姿を見たかったか。どれだけ会いたかったか。
 その頼もしい背中を、その落ち着いた声を、どれだけ待ち侘びたか。

「フン、あの程度でこの私がくたばるかと思ったか。真紅の流星をなめるな」

 彼が傲岸不遜に放った言葉に、思わず涙が溢れそうになって、呑み込む。
 ——また、助けに来てくれた。

「大体、あの程度の槍の束で苦戦を強いられるとは情けない」
「えっ」
「あれだけ訓練をつけてやったのに相変わらず実戦で活かせていないな。あの程度いなして距離を詰めるくらいは……」
「あっ……あれでも必死だったんですよ!? 大体あなたを基準にするのが間違いですから!」

 ちょっとだけかっこいいって思ったのに台無しだ。ちょっとだけ。

「……さて、と」

 シドウさんが、視線で前方を促す。白い槍で敷き詰められた空間の向こう側で、高台に座ってこちらを見下ろしているそいつを見据える。
 アビスはにこりと笑いかけていた。

「まさかここまでたどり着くなんてね、シドウ」
「予想外だったか?」
「いや。何らかの手段を講じて、結局は僕の許へ来るだろうなとは思っていたよ。だからこそ君を殺そうと仕向けた」
「だが現に私はここに居る」
「そうだね。でも立っているのもやっとなんでしょ?」
「……どうだか」

 シドウさんは強がっては見せるけど、辛そうなのは私の目から見ても明らかだ。顔色が悪く、息切れしているようにも見える。

「余計な心配はするなよ、フミヤ」

 彼は言った。

「早く終わらせて帰れば問題ない」
「……そうですね」

 私は右腕の銀色の刃を、シドウさんは両方の手に持ったサーベルを構える。

「言ってくれるね」

 でも、と言いながらアビスは手刀で空を切る。白銀の槍の海から一本、槍が鋭く突き出してシドウさんめがけて迫る。
 一閃。相変わらずの目にも留まらぬ速さで、彼は一撃を弾いて砕いた。

「でも、僕も死ぬ気は無いから……」

 槍の海が蠢く。アビスがまた無表情になって、その目つきが変わった。

「さてと、フミヤ」
「はい、シドウさん」

 私と彼は背中合わせで、にじり寄る無数の槍と対峙する。

「今地上もひどい有様でな。スギサキが頑張ってくれている」
「では、急がないといけませんね」
「その通りだ」

 槍の海がはじけた。
 一斉に襲い掛かった槍の束を、刃を振るって迎え撃つ。

「死ぬなよ」
「お互い様です!」

 アビスが腰をかけている高台に向かって駆け出す。
 何本も襲い来る槍の雨。一つでも喰らえば終わり。隙間を掻い潜って。弾いて。いなして。コンマ一秒毎にぐるぐる切り替わる視界。夢幻の中にいるような感覚。恐怖はきっと麻痺している。
 しかし巨大な白銀が突如目の前を遮った。一際大きな槍が先ほど私を吹っ飛ばしたようにしなりをつけて迫ってきたのである。
 咄嗟に跳んで避ける。その先に何本もの槍が待ち構えていた。目を見開く。
 横合いから飛び出した黒い影に抱きかかえられて事なきを得る。シドウさんだった。
 槍をよけて、再度空間の一角に降り立つ。
 まだアビスは遠い。

「ごめんなさい、シドウさん」
「構わん」

 言いながらも、視線はアビスを見据えたまま。
 アビスは依然として余裕の態度を崩さない。
 でも、シドウさんと二人ならたどり着けなくはない。
 早くアビスを倒して、私は帰るんだ。そうしてまた、今度はアビスの黒い星が消え失せた星空をみんなで見上げよう。今度こそずっと一緒に。
 ずっと、私はレイダーと戦い続けていくのかと思っていた。
 だけどいま、目の前の奴を倒せば全て終わる。
 そう思うと、強い希望が持てた。

「……確かに強いね」

 アビスは言う。

「特に、シドウ。君なんてスギサキともフミヤとも違って、正真正銘ただの人間のはずなのに」

 だけど、と一息おいて。
 アビスは手を、シドウさんに向かってかざした。
 シドウさんは目を細めて、構え直す。
 アビスの、かざした手のひらが返され、握り締められて。



 ガラスが割れるような音が響いて、シドウさんの装備が砕け散った。



 彼の目が見開かれ、アビスは口元を歪める。
 装備が無い状態の人間は、レイダーに対して無力に等しい。

Re: アビスの流れ星 ( No.66 )
日時: 2013/02/24 13:46
名前: 緑川遺 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)




   5



 目を疑った。
 攻撃を受けたわけでもなく、手入れを怠っていたなど、この私に限ってありえない。どこかに不備があった覚えも無い。
 それでも、私の装備はアビスの簡単な挙動ひとつだけで粉砕された。
 アビスは口の両端を吊り上げて、嗤った。瞳は吸い込まれそうなほどに深い闇を湛えていた。
 突き刺さるほどの悪寒を全身に浴びた。

「フミヤ、避けろ!」

 私の声に、フミヤは咄嗟に反応したようであった。私自身も全力でその場から飛び退く。
 一瞬前まで自らが立ち尽くしていた場所に、白い槍の雨が殺到する。
 右脚に激痛が走った。
 避け切れなかった。右脚の裾が避け、肉が深く抉られる。激痛に、思わず少し表情が歪む。

「シドウさんッ!」
「私は良い! 敵から目を逸らすな!」

 フミヤの声に応える。

「大丈夫、フミヤを殺すつもりは無いよ」

 アビスの声が聞こえた。

「尤も、シドウ。君はあまりに危険だから、死んで貰うけど」

 そう言い放って、白い少年は両手を広げた。
 凄まじい音が連続して響いて、辺りを埋め尽くす。しかしその音が止んで、辺りが冷え切ったような静けさに包まれるまでは数十秒もかからなかった。
 その静寂は、仲間も死に、レイダーも殺し終えた後にやってくるそれに似ていた。
 私は、無数の槍に四方八方を囲まれていた。数え切れないほどの穂先が、すべて私に向いている。
 避ける事の出来るビジョンが浮かばない。
 私はこのとき、きっと『死』というものを漠然と理解した。
 フミヤが私の名を呼んだ。絶叫じみたその声が、やけに耳に焼きつく。
 アビスが手を振り下ろすと、全ての槍は私に向かって延びた。
 目で追うのがやっとなほどの高速であるはずなのに、目に映る光景の隅から隅までがスローモーションに見えた。
 数多の鉄骨が重なって落ちるような音と共に、私の感覚は消えていた。

























 ゆっくりと目を開くと、私はまだ、幾本もの白い槍が辺りを覆う空間に居た。どうやらその中でも、槍の影になっている一角に居るらしい。
 どういうコトだ、確かに逃げ場は無かったはず。

「無事みたいですね、よかった……」

 掠れた、弱々しい声が聞こえた。声が聞こえたほうに振り向いて、私は心臓を掴まれたような思いを味わった。言葉が出なかった。
 横たわるフミヤに、幾本もの槍が突き刺さり、貫通していた。
 彼女の口からも、傷口からも、赤い血液が溢れ、流れ出していた。

「……やっぱり、私は人間だ。だって同じですもん、私の血の色も、大佐の血の色も……」

 ちょっと嬉しいな、と言って彼女ははにかんだ。
 それから一つ咳き込んで、血の塊を吐き出した。

「フミヤ……ッ!」

 彼女に駆け寄って、抱きかかえた。
 幾ら彼女の身体が頑丈といえど、重傷であるのは明白だった。

「クソッ……待ってろ、何とかすぐに帰還する手段を講ずる」
「……ダメです」

 浅い呼吸で、彼女は声を振り絞る。

「大佐なら……解るでしょ? それまで、私の身体は保たない……」

 それに、アビスがみすみす逃がすとも思えない、と付け加えた。

「だが、このままでは……!」
「一つだけ、地球も……貴方も、助かる方法が……アビスを倒せるかもしれない方法があります」

 彼女は、苦痛に顔をゆがめながらも、なんとか微笑もうとした。逆に、見ていて痛ましかった。

「私は、化けることに特化したレイダーです。だからずっと、ライブラの面々を欺いて人間でいることが出来ました……」

 だから、と一息置いて。



「                     」



 それは、私ですら考えもしなかった、最悪の決断だった。

「……バカか! そんなこと、出来るわけないだろ!」
「私は、っゲホ……」

 フミヤは咳き込みながらも、なんとか言葉を絞り出そうとする。その瞳はあまりに真剣で、思わず口を挟むのを躊躇った。
 彼女は、ただ語った。
 この世界で生きることの苦痛を。仲間達と何度も死に別れた悪夢の日々を。呵責に囚われ続けた牢獄のような毎日を。
 その中で、私たちと出会い、そして過ごした日々を。
 彼女は途切れ途切れになりながらも語る。それがどれだけ満たされた日々だったか。どれだけ救われたか。どれだけ愛しい時間だったか。

「……私は、充分救われましたから」

 彼女の目は、どこかずっと遠くを見据えていた。
 そして、その瞳を私に向けた。どこまでも透き通った青空のように、綺麗な、蒼い瞳だった。なんと言う皮肉か、黒目の深い闇は、まるで青空に浮かぶアビスの黒い星に見えた。

「大佐、大好きです。愛しています。だから、貴方が生きるこの世界を、今度は私に救わせてください」

 気付けば私の頬を、一筋の雫が伝っていた。

「……やっと、泣かせることが出来た……」
「……五月蝿い」

 フミヤは目を細めて、また微笑んだ。
 胸が擦り切れて千切れそうなほど、愛しい笑みだった。



Re: アビスの流れ星 ( No.67 )
日時: 2013/02/25 16:18
名前: 緑川遺 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)




   6



 予想に反して、槍の影に姿を隠したであろうシドウは、あまり時間の経たないうちに僕の前に姿を現した。
 見つからなければこの空間ごとひっくり返して、無理にでも見つけ出すつもりだったけど。
 手間が省けてよかった、と素直に思う。彼らを圧倒するには充分すぎるとはいえ、今の僕には殆ど余力も時間も残されていないから。

「逃げないんだね、シドウ」

 少し遠くに立っている彼は、どこから取り出したのか、黒地に赤いラインが入った装備を身に纏っていた。
 馬鹿だなぁ。僕は全てのレイダーの生みの親であり、全てのレイダーを統べる『アビス』そのもの。
 その僕の前では、僕らから切り出された装備など無意味だって、さっき直に体験させてあげたばかりなのに。
 彼に向かって、手をかざす。開いた手の平を強く握る。それで彼が纏う装備は粉砕される、はずだった。
 彼の動きが強張る。その辺りで、僕は異変に気付いた。
 なぜ、すぐに壊れない。
 火花が散るような音が響いて、ついぞ僕が加えた力は逆に弾かれた。
 どういうことだと、面を喰らった僕は、遅れてもう一つの異変に気付く。



「——シドウ……フミヤはどこへ行った?」



 僕を真正面から見据えた彼は、泣いていた。
 口を真横一文字に結んで、凛々しく、気高い面持ちで、鋭く光をたたえた赤い眼光で真っ直ぐに僕を見据えながらも、その頬に涙を伝わせていた。

「シドウッ!!」

 なんというコトだ。この男は……違う。

『対レイダー用の兵装は、レイダーの死骸を用いて生成される』。



 フミヤは、自身を、彼が纏う為の装備へと変えたのだ。 



『人間の強い意思は、それらの兵装に影響を及ぼすことがある』。

 いつぞや、フミヤを通して聴いた仮説を思い出す。
 きっと僕の支配を弾き返したのは、彼の——もとい、彼らの強い意思によるものだと理解する。
 思えば、そうだった。喩え何人喰い散らかしても、喩えどんなレイダーを送り込んでも、ずっとずっと、彼ら人間の意志だけは、僕の思い通りにはならなかった。
 それどころか、僕に影響を与えつつある。

「アビス」

 シドウが、静かに僕の名前を呼んだ。悠久の時、大宇宙を彷徨って、ようやく僕がこの星で得た、僕に対する呼び名を。
 静かで良く通る、落ち着いた声だった。

「貴様は、本当は人間に惹かれていたのだろう」

 彼は真っ直ぐに僕を見て、真っ直ぐに問いかけた。きっと彼は、薄々気付いていたのだろう。

「だから今の今まで、地球を捕食することを躊躇っていたのではないか? 本当は、止めて欲しかったのではないか?」

 本当に、どこまでも真っ直ぐに問いかけてくる。
 ずっとずっと昔から彷徨い続け、初めてこの惑星に辿り着いて、数十年もの間、君達人間の意志を、君達人間の想いを、笑顔を、観察し続けてきた僕に、それは残酷すぎる問いだ、と。そう思った。

「聞いたところで、どうにもならないのはわかってるくせに」

 僕は今、上手く笑顔を作ることが出来ただろうか。
 どうにもならないのは事実だ。この惑星を食べなければ、僕はここで死ぬ。
 だけど、僕の目的はずっと変わらない。変わっていない。生きることだ。
 シドウは目を伏せて、そうだな、と短く答えただけだった。それから、手の平で、彼は自分の涙を拭った。
 もう一度顔を上げた彼は、とても強い眼差しで僕と向き合った。
 その顔だ。
 その意思だ。
 仲間のためなら、仲間の遺志を継ぐためなら、何度折れようが立ち上がる。
 憧れた。
 だから、僕はフミヤを作った。
 君をこの惑星に放ったのは、僕は感情というものをよく知らないから、彼らに育ててもらうつもりだったからなのだけど。
 君は、そちらを選ぶんだね。フミヤ。

「だけど、僕も死ぬつもりはないよ」

 背から、白い槍をありったけ生やす。いつぞやフミヤを介して覗いた文献で見たあれのように。
 こんな翼を生やした人型の類を、君たち人間は『天使』や『神』と呼ぶのだろう?
 大きな翼の威圧にも、鳴り響いて折り重なる槍の音にも怖じることなく、シドウは黒い一対の刃を構えた。

「生憎、私『達』もだ」

 彼はそれだけ言った。
 皮肉なものだと思う。
 僕が喋って、君が応える。人の言う幸せがどんなものかは解らないけど、確かに僕は、それだけのことで、今、確かに満たされていた。
 白銀の空間の隅まで行き渡った静寂の中で、僕と彼は対峙する。



 さあ、生存競争を始めようか、人間。



 

Re: アビスの流れ星 ( No.68 )
日時: 2013/03/04 16:30
名前: 緑川遺 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)




   7



 天上天下に白銀の槍が敷き詰められた空間に、雪のように白い、無数の欠片が吹雪いている。
 化け物と一人の男が対峙していた。
 化け物の見た目は肌や頭髪から衣服まで真っ白の子供であり、しかしその瞳には一切の光を吸い込む真闇が広がっており、背からは白い槍で構成された巨翼が突き出している。
 子供は手品のように白い槍を虚空から幾本も繰り出した。上から右から左から、実に自在に男に打ち付けてかかる。
 対して男の衣服は黒、そして黒い甲冑を纏っていた。髪の色は燃える様に赤く、更に深い緋色の瞳は真っ直ぐ化け物を見据えていた。その頬には一筋の涙が伝っているが、男はそれを振り払うように闘い続ける。
 両手に携えた二刀の刀身は煌々と真紅に輝き、血よりも赤き軌道を中空に描いては幾百の槍を貫いて弾いて砕いてゆく。
 高い音が鳴り響く。薄い空気が震えた。黒靴が白槍を踏み締める。細腕が白槍を握り締めた。紅い刃が奔る。白い槍が砕かれた。槍の雨が降り注ぐ。黒い裾が翻った。白斧が振り抜かれる。赤髪が流れた。
 突如生み出された白い大きな斧を避けた先に、男を待ち構えていたものは白い大きな槌。男の瞳がごく少しだけ細められ、二刀を交差させて巨大な衝撃を受けきった。
 男の額に汗が滲み、彼は奥歯を食いしばる。しかし、強引に真紅の刃を正面に押し出し、逆に大槌を粉砕した。
 遮られていた視界の先から、再び槍の雨が降り注ぐ。
 右に薙ぎ払う。左にいなす。駆けながら跳ねて避ける。正面からの槍を両断する。尚も駆け抜ける。走り抜ける。打ち落とす。切り飛ばす。弾き飛ばす。踏み出す。
 白い化け物は、その身丈ほどの大剣を足元から生み出した。全て白銀でありながらも、見事な装飾の大剣であった。
 両者の距離は、ついぞ後一歩のところまで迫る。



 それは時間にして一秒にも満たぬ、実にほんの僅かな刹那だった。
 しかし確かに、一瞬が極限まで引き延ばされたように、その空間の目に映る限り全てがスローモーションで流れた。
 男の、ルビーを想起させる真紅の瞳は真っ直ぐに化け物を見据えていた。
 化け物の瞳もまた然り、深い闇は、確かに男を捉えていた。
 男は短く息を吸った。
 化け物は翼を大きく開いた。
 真っ白に光り輝く空間。
 幾千の白い欠片が舞い踊る。
 黒衣の男は真紅の二刀を携え踏み込んでいた。
 白い化け物は銀色の剣を振りかぶっていた。
 交錯する。



 化け物が大剣を大きく振りぬく。男は鎬で大剣を逸らす。男が突きを繰り出す。化け物は身を捻って避ける。更に化け物は巨翼で周囲を薙ぎ払う。男は高く跳ねて回避する。空中に躍り出た男は真上から化け物を狙う。回転を加えた剣戟を叩き込む。化け物は大剣でこれを受ける。男は反動を利用した。横合いに転がり込む。下から紅い刃を振り上げた。化け物は避けきれず右の翼を根元から失う。
 呻き声が上がる。しかしそれはすぐに咆哮に化けた。強い衝撃波が発生する。
 空圧に男は吹き飛ばされた。だが男はすぐに体勢を整える。
 化け物が大剣を床に突き立てると、辺りの白い槍が強烈な不協和音を発して、のた打ち回るように暴れだした。
 白い槍は入り乱れて男を囲い込み、そして男に向かって一斉に伸びた。
 壮絶な音が響く。一層白い欠片が舞う。



 白い闇の中。紅い閃光が煌いた。
 アビスは闇より深い漆黒の瞳を見開く。
 そして、真っ直ぐに自らへ向かうその姿を瞳に焼き付けた。








   8



 果てが無いとさえ思えてくる、無数のレイダーの軍勢との戦いの最中で、ふと一瞬だけ空を見上げた。
 そして俺はそれを見た。
 アビスの流れ星を。
 真っ黒に蠢く、一切の光がない闇の夜空の中に、確かに真っ赤な星が流れた。
 星が流れた辺りから真っ黒な空が割れて、白い光が溢れ出す。
 一面に広がる黒い空に、ガラスをぶん殴ったような亀裂が入った。
 そして、世界のどこへでも聴こえそうな音と共に、漆黒の空が割れて砕け散る。
 眩しさに目が眩んで、目の前の全てが真っ白になった気がした。降り注ぐ黒い雨までもが白く染まって、灰色のレイダーの軍勢を溶かしてゆく。
 突然のことに驚きながらも、再び空を見上げる。
 そこには、アビスの黒い星は跡形もない。
 ただどこまでも青い空だけが広がっていた。



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