複雑・ファジー小説
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入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- アビスの流れ星
- 日時: 2013/05/22 20:35
- 名前: 黒田奏 ◆vcRbhehpKE (ID: 76WtbC5A)
- 参照: http://ameblo.jp/gureryu/
名前変えました。「緑川遺(ミドリカワユイ)」といいます。
これからもよろしくお願いします。
ちゃんと丁寧に最後まで完結させたいなと思います。
(登場人物)>>3
序章「記憶喪失の少女の追憶」
>>1
第一章「生きるという責任の在り処」
>>2 >>6 >>9 >>12 >>14 >>15 >>16 >>17
行間
>>22 >>25
第二章「生きる理由」
>>29 >>32 >>33 >>34 >>35 >>38 >>39 >>40
行間二
>>41
第三章「人は自分を騙し通すことは出来るか?」
>>44 >>47 >>48 >>49 >>51 >>52 >>53 >>56 >>57
最終章「シューティングスター・オブ・アビス」
>>58 >>59 >>60 >>61 >>63 >>64 >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>70 >>71(New!!)
行間三
>>72
登場人物 2
>>73(New!!)
- Re: アビスの流れ星 ( No.59 )
- 日時: 2013/01/29 21:26
- 名前: 緑川遺 ◆vcRbhehpKE (ID: u83gKCXU)
1
「——ん……」
ここはどこだろうか。
辺りは真っ暗……というか真っ黒で、割かし広い空間だった。一面が、蠢く黒い何かで覆われているけど。立ち上がると、足場はあまり平らとは呼べず、荒地のように凹凸があるのがわかった。
どこかで見たような気がするのは気のせいだろうか。
「あー、フミヤ、やっと起きたぁー?」
いきなり名前を呼ばれて、肩が跳ね上がる。
男か女かはわからない。高めで甘ったるい、子供の声のようだった。
「だ……誰っ!?」
「ここだよ、ここだよ」
素早く辺りを見渡して、声が聞こえた方向へ振り返る。そちらには、一際高い黒いもので積み上げられた高台があって、その一番上に、真っ黒の中で目立つ真っ白い姿の少年が居た。いや、少女だろうか。見た目から判別するのは難しかった。
彼、あるいは彼女は真っ白なパジャマのような服装をしており、髪も、肌さえも生気が感じられないほどに白い。顔立ちも端整で、まるで陶器でつくられた人形のようだった。だけどその瞳は、まるで向こう側まで穴が空いているかのように真っ黒で、得体の知れない気味悪さを感じさせた。
彼あるいは彼女は私の顔を見ると、嬉しそうに口角を上げた。
「ヒサシブリ……うにゃ、フミヤにとってはハジメマシテ、かなぁー?」
にこっと、私に笑いかける。作り笑いには見えないけれど、その笑みに居心地の悪さを覚える。
「……君は誰?」
「僕は、君の親さ」
親。
全く聞き慣れない単語と、それを駆使して彼あるいは彼女が告げた内容に、皮膚が粟立つ。
親? この、どこから見ても私と同じくらいの年齢にしか見えない、この子が?
というか、私に親がちゃんと生きていたのか?
記憶を失っていた私に?
「そしてね」
それから少年或いは少女は私に、更に告げたのである。
「僕の名前はアビス」
「………………思いっ、出したっ…………っ!!」
正確には思い出させられたのか? そんな予感がする。
全身に地の底まで落ちていくような感覚が襲い掛かった。
確かに作られた!
私はあの少年に、作られた!
気のせいなんかじゃない。この場所で!
「そうだ、私は——私は……私は」
私は、記憶喪失だったのではない。
もとより私に、作られる以前の過去など存在しなかったのだ!
このアビスという場所で、アビスに作られて、地球と言う場所に送られて、そこに隠れていた人間をいっぱい食べて、いっぱい観察して、人間に化けて、スギサキに会って、ライブラに入って、レイダーを倒し続けて、アイカワさん達と出会って、シドウさんと出会って、彼らとたくさんの日々を過ごして、その日々を忘れないようにしようと日記を綴り続けて、私の右腕はシドウさんを貫いて!
「シドウさんっ!」
アビスが一変して怪訝な表情を浮かべる。
「シドウさんはどこ!? 無事なの!? ねえ!」
「知らなぁーい」
アビスは適当に空中を眺めながら、曖昧に返事する。
「ライブラの中の様子までは、フミヤ無しだとさすがに覗けないからなぁー」
私無しでは、覗けない?
「どう……いう、こと、それ……」
「あれぇー? それはもう、フミヤも聞いてたよね?」
ああ、思い出した。
私はこいつのカメラとして送り込まれたんだって、タカノさんも言っていたっけ。そして、それは大当たりだったってことなのか。
「僕が直接覗いてる間はフミヤもしばらくぼうっとしたみたいになっちゃうみたいだから、少し不便だったけどねー」
つまり、本当に、私のせいで、死んだ、のだ。
「い、や」
アイカワさんもマツヤマさんもアルベルトさんもミズハラさんもナナミさんもフジサトさんもハイバラさんもヤマモトさんもイナバさんもツカモトさんもみんなみんなみんなみんなみんな!!
「いやぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁぁぁぁッ!!」
結局私のせいだったんだ! 私の私の私の私の私の私の私の私のののののののののの。
「大丈夫、フミヤはぜーんぜん、悪くないよ」
不意に、ふわりと柔らかく、温かい感触に包まれた。鼻の先に、真っ白な髪の毛が揺れて触れる。
れる。
「!”#$%&’())(’&%$#”!”#$%&’!!……」
「大丈夫、だよ」
暗くなっていく視界に染み入って消えるように、そんな優しげな言葉が聞こえた気もしたけれど、それどころ、じゃあ、なかった。
私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。私は。
本当に、悪魔だったのだ。
「大丈夫だよ。僕が生きるためだったもの、仕方が無いんだ」
- Re: アビスの流れ星 ( No.60 )
- 日時: 2013/02/11 14:41
- 名前: 緑川遺 ◆vcRbhehpKE (ID: u83gKCXU)
2
両親はレイダーに殺された。
私の目の前で戦死した仲間は、何十人に及ぶだろうか。
良い奴も山ほど居たし、反りの合わない奴も山ほど居た。まあ、その中で、出会わないほうが良かったと思う奴は一人も居なかったが。人は全ての出会いと経験によって構築されており、そのいずれかでも欠ければ現在の自分は存在しない、というのが持論だ。
悉く殺されていった。
あるときは、死ぬまで私を助けよう、と約束してくれた戦友が居た。このピアスは彼女が発注して、私の誕生日にプレゼント、と渡してくれたものだ。彼女もまた、私の目の前で血の雨を撒き散らして死んだ。
レイダーを憎めばいいのだろうか。それとも、非力な自分を恨めばいいのだろうか。
気が狂いそうになるまで自分と向き合って、それでも答えは一向に見つからない。
考えれば考えるほど闇の沼に囚われて、その先で更に黒い闇が大口を開けて私を呑み込もうと待ち構えているから、何も考えずただレイダーどもを屠り続けて。死んでも構わないと考えていた。
狂ったように走り続けて、両手に掴んだ剣を振るい続けて、叫ぶ代わりに切り裂いて、涙を流す代わりに返り血に塗れて、ただ自分に考える時間を与えさせないために戦い続けて、いつしか揶揄なのか皮肉なのか、真紅の流星などという呼び名がついた。
赤い髪に赤い瞳で、流れ星のように敵へ向かって突っ走ってゆくから、真紅の流星。まるで人を鉄砲玉か何かのように呼んでくれる。
いっそ鉄砲玉になれば、本当の意味で何も考えず済むだろうに。
フミヤに会って、彼女がまるで自らと同じだと思うこともなかったろう。私は、本当ならばフミヤのこともスギサキのことも、とやかく言えはしない。他ならぬ私がそうだからだ。
フミヤがレイダーだと知ったとき、平常を装うのが精一杯だった。おそらく、どの道私に彼女を殺すことなど出来はしなかったろう。彼女をライブラから逃がすための方法を、どこかで考えていた。
同時に、フミヤを討伐することで、一人でも多くの人間が助かるのならば、とも。
それは私以外の人間に負わせてはいけない。私以外の誰かがフミヤを殺したとあれば、私はそいつを殺しかねないのだ。それほど、フミヤは私の前で死んだ彼女に似ていた。
いや、似ていたとも違うだろうか。
彼女よりもフミヤのほうが物覚えは悪い。それから、少しのトレーニングで音をあげる。会議室が散らかっているときの原因は、だいたいフミヤだ。
笑った顔は、何を見ているときよりも安らぐ。興味を持ったことへの集中力は目覚しい物がある。
どこかひねくれていて、それでいて根は素直で、元気に溢れていて、落ち込むときはこの世の終わりなのかというくらい落ち込んで、色々なことを一人で背負い込みがちで、どこまでも優しくて、笑顔は何よりも私に安らぎを与える。
それが私『シドウ エイスケ』にとっての『フミヤ ユイ』であった。
それから、いつもその隣で、何事も興味ないという顔をして、こちらもまたひねくれていて、何よりもフミヤの身を案じていて、実際は優しく、彼女が落ち込んでいたりすればあの手この手で笑わせようとしたり、励ます。
それが私にとっての『スギサキ ツルギ』であった。
私は彼らと、どうしたいのか。
私は、あの真っ黒な沼の真ん中に立っていた。黒い水は流れ込み続けて、私の両脚を根深く掴んで離さない。尚も重く、引きずり込もうとしてくる。ついには私の両腕までも呑み込んで、心根までも喰らい尽くしてしまおうと、足元の下のほうで、闇が牙を並べて大口を開いて待ち構えている。
私はきっと、誰もが幸せになれればと望んでいる。
それはきっと、誰もが望んでいる。
しかし、それは極めて至難な道であり、その道には想像を絶する苦痛と、困難と、恐怖と、絶望が待っている。だから人は諦めて、たとえ自分を犠牲にしてでも、或いはたとえ他人を犠牲にしてでも幸せになろうとする。あるいは、他人と自分を完全に切り離して、自分だけが幸せになろうとする。
私もまた、その一人なのだろうか。
フミヤを殺して、他の誰かを助けるのか。
他の誰かを見殺しにして、フミヤを生かして、誰かが死んだ悲しみを彼女に背負わせるのか。
——くだらない。
絡みついた闇を引き剥がして、力任せに一歩を踏み出す。割れそうなほど歯を食いしばって、砕けそうなほど拳を握り締めて、前をしっかと見据える。
なぜ、この私の選択肢が、そんなくだらない二つに絞られなければならないのだ。笑わせるな。
ここで折れれば、私にとっては死んだも同じだ。
フミヤに生きろと命じたのは、他ならぬ私だ。上官が、部下に与えた命令に背いてなんとするか。
私は、一度フミヤを殺そうとした。如何なる理由があったとて、結果はどうあれ、それは事実。ならば、私は一度死んだ人間。
ならば、今、生き返れ!
諦めるな、あるはずだ、フミヤも、スギサキも、誰もかも助ける方法が!
自分を恨んだっていい、化け物を憎んだっていい。悔やめ。気が済むまで悔やめ。ただ、それを自分の原動力に代えろ!
立ち上がれ。私は、真紅の流星だろう!
闇を切り裂いてゆけ。先人曰く、流れ星は願いを叶える為に流れるのだから!
- Re: アビスの流れ星 ( No.61 )
- 日時: 2013/01/31 20:23
- 名前: 緑川遺 ◆vcRbhehpKE (ID: u83gKCXU)
3
今の俺に何が出来る。
答えは解らない。
では俺は何がしたいのか。
フミヤを助けたい。連れ戻したい。
あの後、俺はライブラ日本支部から抜け出した。あのまま居座っていても、投獄されるであろう事は目に見えていたからだ。俺に限って、レイダーに襲われて死ぬ恐れは無い。危惧すべきとすればむしろ餓死する心配だろうな。
そんなことを思いながら、銃を乱射してサーベルを振るい乱舞する。
今までに無い大群との対峙だった。どうやらアビスが空を覆って以降、レイダー共の活動が活発になっているようだ。日本支部の周囲に、大量のレイダーが迫り、包囲していた。
俺はライブラを抜け出し、単独で交戦している。
俺でも埒が明かない物量だ。益してや第二部隊を失った今の日本支部に、太刀打ちする術があるとはとても思えない。
せめて他の支部からの増援が到着するまで、ライブラ日本支部を、フミヤが帰ってくる場所を守り抜く。
それが、今俺が出来る唯一のことのように思えた。
だから。斬って。撃って。斬って斬って。撃って。
ああ、俺は何やってんだろう。
レイダーに加担して、そのくせレイダーを殺しまくって。俺は何がしたいんだっけ。そうだ、フミヤを守りたいんだ。
フミヤは今、あの真っ黒な空の只中に居るのだろうか。
どうやったらあの空まで辿り着けるのだろうか。アビスをぶっ飛ばせるのだろうか。
考えれば考えるほど、思考はめぐるばかり。
だけど、確かに判っていることは、レイダーを大量に殺されればアビスは困る。
だから斬って撃って斬って斬って撃って斬って撃って撃って撃って斬って撃って斬って斬って斬って。
「ぅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
一瞬でも、気を抜けば死ぬ。
全身全霊で、力尽きるまで戦い抜く覚悟で。敵は数百数千のレイダー。嘘。実際は何体居るのかすら全く見当がつかない。
ここに部隊が到着するまでの辛抱だ。そうすればもう少し先の相手まで効率よく殲滅できる。
「上等だッ! 俺はッ、てめぇら化け物を殺すことに関しちゃ……誰よりも得意なんだッ!!」
実際のところ、レイダーと戦うのは嫌いじゃない。
奴等はいわば本当の化け物だ。俺たち人間よりもよっぽど強大で、俺たちは、奴らの死骸から作られた装備が無ければ立ち向かうことも出来ない。
体の半分がその装備で出来ているからと、ただ独りだけ戦闘能力が高いからと、周りから化け物扱いされている俺でさえ、それは例外ではない。むしろ俺はそれが無ければ、一人では立つことすらままならないのだ。
だから、こいつらと戦っているとき、俺は人間であることを実感できる。
フミヤと一緒に居るとき、一人ではないと実感できる。
シドウと一緒に居るとき、こんな人間も居るのだと思える。
世界なんて規模がデカ過ぎるもの、最早俺の想像には負えないし、そんなもの背負うつもりも無い。
ただ、流れ流れてようやく手に入れたこの場所。ようやく一人ではないことを実感させてくれた仲間達。背中を預けても良いと信頼できる相棒達。
それをこんな理不尽なカタチで、奪わせはしない。
だから斬って斬って撃って斬って斬って撃って斬って撃って撃って撃って斬って斬って撃って斬って斬って撃って斬って撃って撃って撃って撃って斬って撃って斬って撃って斬って斬って撃って斬って撃って斬って斬って撃って撃って撃って斬って斬って撃って撃って斬って斬って撃って斬って斬って撃って撃って撃って撃って斬って撃って斬って斬って撃って斬って斬って斬って斬って斬って撃って撃って斬って撃って斬って斬って斬って撃って撃って斬って撃って撃って斬って撃って斬って撃って撃って斬って斬って撃って撃って撃って撃って斬って撃って斬って斬って斬って斬って撃って斬って撃って撃って撃って撃って斬って撃って斬って斬って撃って斬って斬って斬って撃って斬って撃って斬って撃って撃って斬って斬って撃って斬って斬って撃って斬って斬って撃って撃って斬って斬って斬って撃って撃って斬って斬って撃って撃って撃って斬って撃って撃って斬って斬って撃って斬って斬って撃って斬って斬って斬って斬って撃って斬って撃って斬って斬って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って斬って斬って斬って撃って斬って斬って撃って撃って斬って斬って撃って撃って撃って斬って撃って斬って斬って撃って斬って撃って撃って撃って斬って撃って斬って撃って斬って斬って斬って斬って撃って斬って撃って撃って斬って斬って撃って斬って撃って撃って斬って斬って撃って斬って斬って撃って撃って撃って撃って斬って撃って斬って斬って撃って。
気の遠くなるような剣戟と銃撃の連鎖の果てに、何かの一撃が頭を掠めた。
「クッ……、!」
身体中がが大きく揺らぐ。それは戦場に於いて致命的である。
マズった、と呟く暇もなかった。挙句血が視界を一瞬、ほんの一瞬遮る。
最悪だった。目の前には四足歩行のレイダーが、おそらく俺が反応できない位置まで踏み込んで、前脚を振り上げて。
目に映る全てがスローモーション。俺はそれを呆然と眺めて、
大きな翼の生えた何かが横から真紅の一閃。四足歩行のレイダーは前脚ごと千切れてぶっ飛んだ。
絶句する。そして、その翼は見覚えがあった。
バハムートのものである。
しかし翼を背負い俺に背を向けて立つその人影は、明らかにバハムートのものではない。
もっと見慣れた、赤い髪と黒コート。
「——シドウ」
- Re: アビスの流れ星 ( No.62 )
- 日時: 2013/02/04 13:04
- 名前: 緑川遺 ◆vcRbhehpKE (ID: u83gKCXU)
黒田奏あらため緑川遺です。
諸々の用事のため、少しの間更新をお休みします。
ごめんなさい。
少し経てば、また戻ってくると思います。
- Re: アビスの流れ星 ( No.63 )
- 日時: 2025/09/25 14:29
- 名前: 緑川遺 ◆vcRbhehpKE (ID: flo5Q4NM)
「苦戦しているようだな、スギサキ」
肩越しに俺を見ながら、シドウはそう言った。背中からバハムートの巨大な翼を生やして。翼の根元には、酸素を供給するための装置もついているらしかった。
「お前っ……シドウ、何だその背中のは?」
「うん、これか?」
曰く、少し前に俺が倒したバハムートの翼をそのまま加工したものであるらしい。完全な、空中戦闘用の装備だという。全く新しいタイプの装備であるために、今日ようやく完成したのだという話だ。
本当にバハムートの翼をそのまま切り出した形状であり、一人の人間が背負うには些か大きすぎる気もした。
「こんなカタチで役に立つとは思いもしなかったがな」
相も変わらず抜け目が無いというか。
「……それで、平気なのか?」
「何がだ?」
「バカが、怪我だよ」
何しろコイツは昨日腹に風穴を開けられたのだ。内臓をかなり痛めているため、戦役復帰は困難だという話も聞いていた。聞くまでも無く、平気じゃないことはわかってる。
しかし、シドウは平然とした様子で、思い出したように相槌を打った。
「ああ。何、フミヤ如きに付けられた傷で、私がくたばる訳無かろう?」
苦笑がこぼれる。そういやこいつは、そういう奴だったっけ。
シドウは真っ黒な空を見上げた。フミヤは、あの一面を覆う黒い雲の中に居るらしい。——アビスと一緒に。
シドウ曰く、バハムート程の飛行能力と、酸素と体温を確保するための手段があればあの高度まで到達するのは容易い。
となれば、やるべきことは一つだけだ。
「俺も行くよ、シドウ」
「……ダメだ」
なぜ、と問う前に、シドウは俺の言葉を遮った。
「急ごしらえだからな。生憎と、この翼は一人分しか無い」
「でも、俺を連れて行くことぐらいは……!」
「成層圏とはいえ、かなり上空だ」
幾ら装備があるとはいえ、両脚と左腕に左眼以外は生身の俺が、果たして呼吸も怪しい状況で戦えるのかという話だ。
足を引っ張れば、それこそ最悪だ。
歯を食いしばっていた。武器を握った両手を握り締めた。
けど、だったら。
「……シドウ」
「何だ」
シドウに背を向けて、遠くから迫るレイダーの軍勢を見据える。
「——ここは、俺が引き受けた。アンタらが戻ってくる場所は、俺が守っておいてやる」
今自分に出来ることを、やるしかないじゃないか。
「良いか、アンタが居なくなったらフミヤが悲しむんだ。絶対に二人で戻って来いよ!」
振り向くことはしなかった。ふん、と鼻で笑って、シドウもまた黒い空を見上げたのが伝わった。
「——言われなくても」
大きな旗を振り上げたような音が聞こえた。きっと翼を広げた音だ。そして羽ばたく音。突風が俺の背後から吹き荒れて、髪を揺らす。
シドウは、真っ黒な空に向かって一直線に飛び立っていった。
自分でも何を言って、何をやってんだと思う。沢山ヒトが死ぬ原因を作っておきながら、偉そうなことを言って。軽率な考えでしでかしたことの後始末まで、こうしてシドウに頼ろうとしている。自分は自分で思っていたよりも、ずっと無力で、無知で、弱い奴だ。
それでも、今から償うことは出来るだろうか。
きっとあのクラヴィスには、俺と同じように、たとえみっともなく足掻いたって仲間を失いたくない、そんな奴が他にも沢山居るはずだ。
今までさんざ迷惑をかけっぱなしだった代償、というワケじゃないけど。
仲間の大切さを知ってしまってからというもの、どうにも非情になりきれないらしい。
仲間なんてしがらみは、鬱陶しくて、邪魔臭くて、うるさくて、ばかばかしくて。
そのくせ何よりも、心の支えになりやがる。
お陰で、守りたいなんて思ってしまうのだから厄介この上ない。
「……全く、これじゃ死ねないよなぁ」
死んだら守れないから。死んだらきっとフミヤは泣くから。
そして、同じような繋がりが、この世界中に散らばっている。きっと人間である以上は誰もが、——本人が気付いていようといなかろうと——誰もが持っている。
そう考えるだけで、守りたいと思えた。
守りたいと思えるだけで、死にたくないと思えた。
死にたくないと思えるから、今ここで戦える。
「ありがとう、二人とも」
一人呟いて、左眼を覆う包帯をほどいた。風に流されて、包帯は遠くへ飛んでいく。本来白目であるべき部分が黒で、瞳が蒼いこの瞳。見ただけで異常だとわかってしまうから、隠し続けてきたコンプレックス。けど、もうきっと包帯は必要無い。
サーベル二本と銃を二挺、高く放る。それが回る速度も、迫るレイダー達も、全部が全部遅れて見えた。
銃を一瞬だけキャッチ。引き金を引いてまた放る。次いでサーベルをキャッチ。レイダーの急所を深く切り裂いてまた放る。繰り返す。繰り返す。繰り返す。
ここは、何があっても俺が守り抜く。だから。
「絶対、戻って来い」
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