複雑・ファジー小説

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CHAIN
日時: 2015/08/28 22:30
名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)

この世で最も恐ろしいもの

それは獣の牙ではなく

不治の病でもなく

生ける人間の「憎悪」



* * *



はじめまして、えみりあです。
よし、頑張って書きます。

  【はじめに】

・この小説は、暴力描写を含みます。
・死ネタも含みます。
・軽く性描写も含みます。
・更新速度は不規則です。

戦争がテーマの、近未来ファンタジー的なものを書けたらな……と思ってます。
テーマは重いですが、バトルに恋愛、笑いと涙も交えた小説にしたいです。



* * *

  

【目次】

第一話:WHY FIGHT     >>01 >>02 >>03 >>04 >>05 >>06 >>07 >>08

第二話:STRENGTH      >>10 >>11 >>12 >>13 >>14 >>15 >>16 >>17

第三話:TRAUMA        >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26

第四話:COMPATIBILITY >>28 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34

第五話:THE NAME      >>36 >>37 >>38 >>39 >>40 >>41 >>42 >>43 >>44 >>45

第六話:FOREVER       >>47 >>48 >>49 >>50 >>51 >>52 >>53 >>54

第七話:PROMISE       >>57 >>58 >>59 >>60 >>61 >>62 >>63 >>64 >>65

キャラクタープロフィール      >>09 >>18 >>27 >>35 >>46 >>55



* * *



 【登場キャラ・国家】

①アルビオン連合王国
……WFU最強の海軍を持つ国家。王族、貴族がいまだに残っていて、貧富の差が激しい。イギリスを主体とした国。イメージカラーは青。

 〈登場キャラ〉
リチャード・ローパー
マーガレット・チェンバレン
アマデウス
シドニー・マクドウォール
ジュリアン・モリス
クィンシー
パトリシア・トムソン



②ノルトマルク連邦共和国
……WFU最大の人口を抱える国。経済の中心地。ドイツを主体とした国。イメージカラーは緑。

 〈登場キャラ〉
ユリアン・オストワルト
ジェラルド・バルマー
クリスティーネ・ヴィッリ
ヴィトルト・フォン・マイノーグ
ビアンカ・オストワルト
テレジア・オストワルト
バルド・グロスハイム
イザベル・ディートリッヒ
デニス・クルシュマン



③ルテティア民主共和国
……WFU最強の空軍を持つ国家。他地域との連携があるため、WFU内での結び付きは疎遠。フランスを主体とした国。イメージカラーは黄色。

 〈登場キャラ〉
マクシム・ブラディ
グェンダル・ドゥパイエ



④神聖アウソニア法国
……宗教国家。北部に観光都市を数多く持ち、南部は軍事都市として栄えた。イタリアを主体とした国。イメージカラーは白。

 〈登場キャラ〉
ルーカス・ドラゴ
エリカ・パツィエンツァ
ドロテア・ジョルダーノ



⑤ヒスパニア帝国
……WFU最強の陸軍を持つ国家。皇帝はいるが、政治的権限はない。スペインを主体とした国。イメージカラーは赤。

 〈登場キャラ〉
シルビア・アントニオ・モリエンス
ラウル・アントニオ・モリエンス
セレドニオ・ドローレス



⑥アテナイ=ポリス同盟
……元は都市間同盟により政治を行っていたが、150年ほど前に一国家として統一された。国名はその名残。また『アダーラ』との最前線に置かれていて、WFU最貧国。ギリシャを主体とした国。イメージカラーは紫。

 〈登場キャラ〉
ソティル・メルクーリ
リディア・ティトレスク
ゼノン・デュカキス



⑦ユトランド連邦
……豊富な資源に恵まれ、WFUで№1の生活水準を誇る。難民に対して非常に寛容。デンマークを主体とした国。イメージカラーは黒。

 〈登場キャラ〉
リスト・ハグマン
アーノルド・フォルクアーツ
ティノ・イングヴァル
サク・バーナ
ヴィルヘルム・ファゲルート



⑧アダーラ
……世界最大級の犯罪組織。北アフリカ、中東、一部の東南アジアにかけてを、支配している。領土内諸国の政府は、ほぼ壊滅状態。

 〈登場キャラ〉
ハサン・ムシャラフ
エセン・キヴァンジュ
ドルキ・レヴェント




新キャラ・国家が登場したら、その都度まとめます(*^^*)



【設定】
あーちゃんさんのアイディアで、階級紹介を追加いたしました( ´ ▽ ` )

〈階級〉

・将軍

・将官
→大将
→中将
→少将
→准将

・佐官
→大佐
→中佐
→少佐
→准佐

・尉官
→大尉
→中尉
→少尉
→准尉

・准士官

・一般兵士

上に行くほど高官です。どこの国も、将軍がトップ。たまに変な設定があり、この中に当てはまらない役職もありますが…まあ、それは後ほど…
尚、この階級は、この小説内におけるものです。実際の軍隊とは関係ありません。



 【お知らせ】

3/24 各話、段落開けを入れました。
   内容に変化はありませんが、第一話・第二話の文章を大きく修正しました。
4/3 【設定】欄を追加いたしました。

8/28 今まで気がつかなかった……アルティメットって、ultimateなんですね。AS→USに変更します。いやはやお恥ずかしい。すみません。


 【用語】

〈WFU〉
……ウェスタン・フロント・ユニオン。『アダーラ』に対抗して造られた軍事同盟。所属国家は、アルビオン、ノルトマルク、ルテティア、アウソニア、ヒスパニア、アテナイ、ユトランドの7つ。

〈円卓会議〉
……7将軍による、代表軍事議会。最初のシーンで、みんながやってたあれです。 

Re: CHAIN ( No.11 )
日時: 2015/05/24 16:49
名前: えみりあ (ID: DMJX5uWW)



+ + +



「…………アン……リアン……」

 誰かが呼んでいる。おぼろげな意識の中、ユリアンは声を絞り出して答える。

「だから……俺は……ジュリアンじゃない」

「何、寝ぼけてるの?」

 目を覚ますと、白い天井。そして心配そうにのぞきこむ、女の顔。

 まだユリアンの頭は、正常な思考を開始していなかった。焦点もあっていない。だんだん周りをはっきりと認識し始め、傍らにいるのが自分の思っていた人物ではないと気付く。

「クリス……」

 ユリアンの同僚、ノルトマルク軍中佐 クリスティーネ・ヴィッリは、ユリアンの意識が戻ってきたことを確認し、安堵の表情を浮かべる。内側にゆるく巻かれた短い髪が揺れた。前髪の隙間から、彼女の相貌がこちらを見つめている。彼女は釣り目なのだが、今、ユリアンを見つめるその目は、柔らかく、優しそうな印象だった。

「アンタったら、丸二日も寝てたのよ?心配したんだから……」

「そ……そうなのか?」

 ユリアンが寝ていたのは、傷病人用ベッドだった。ビザンティンタイルのような模様のシーツがかけてある。

 腕には点滴がつながっていた。注射嫌いのユリアンは、いつもなら驚いてパニックを起こすところだが、今日はなぜか落ち着いている。

 理由は恐らく、あの少女の……

『必ず、護るから』

 またあの言葉が蘇る。同時に思い出す、あの優しい笑顔……

「……情けねぇな」

「え?」

 ユリアンはシーツをはぎ取り、右足を見る。包帯が巻かれていて、傷口は見えなかった。しかし、マーガレットがあの時、必死にユリアンを落ち着かせ、縫合してくれたところまでは覚えている。そして心労がたたって、ユリアンはそのまま意識を失ってしまったようだ。

———あんな、年下の、しかも女に……

 苦笑いを浮かべる。

———護られた。

 ユリアンはクリスティーネに顔が見られないよう、窓側を向いた。そして、見慣れぬ景色に気がつく。

「クリス……ここは?」

「アウソニアのタラント基地よ。アンタの意識がなかったから、カルタゴから一番近い基地に、とりあえず落ち着こうってことで連れてこられたの」

 タラント……大昔、アウソニアが南部の経済復興を図り、振興させた工業都市だ。地中海に面し、交通の便がいいため、軍港としても使用されている。

「そうか……」

 新鮮味のある景色に、ユリアンは思わず見入った。ここは、WFU本部のあるストラスブールからも遠く離れた地……

———うん?ストラスブール……?

「あれ?お前、俺が任務に出向くとき、ストラスブールで見送ってなかったか?なんでここに?」

 ユリアンが振り返ると、今度はクリスティーネに目を逸らされた。

「わ……私はあれよっ!そう、ジェラルド将軍に言われたから、仕方なく来たのっ!」

 明らかに動揺し、頬を赤らめ、必死に言い訳をするクリスティーナに対し

「そうか……ご苦労さま」

 ユリアンは何も気がつかず、ただねぎらっただけだった。クリスティーナは、内心がっかりしたように嘆息し、視線を元に戻す。

「そうだ、アルビオンのチェンバレン少佐はいるか?お礼が言いたいんだが……」

「マーガレットさん?彼女ならアルビオン政府に呼ばれて、一足先に帰ったわよ?」



+ + +



 ロンドン アルビオン軍本部。

 マーガレットが立っていたのは、アルビオンの上流階級の内装の部屋。絨毯にせよ、棚にせよ、この部屋だけでどれだけの税金が使われているのだと、頭の痛くなる部屋だった。壁に飾られた、王族たちの肖像画がマーガレットを睨みつけている。

「よくもまあ、アルビオンに大恥をかかせてくれたものだな……」

 重々しく口を開いたのは、マーガレットの正面に腰をかけている男、アルビオン軍大将 アマデウス。ブロンドの髪はクセがあり、今日もところどころはねている。座高が低いことから、背が高くないことがうかがえ、輪郭は丸顔で、目が大きく、年の割に若く……というか幼く見られてしまう。それが嫌なのか、顎には髭を生やしている。

「……すみません、アマデウス教官」

「まぁまぁ、結果的にあのハサンを倒した上、ノルトマルク兵まで助けたんすよ?アマデウス殿下だって『総合的に見れば、快挙だ』って言ってたじゃないすか……ごふっ!」

 横槍を入れた上、アマデウスのひじ打ちを食らったのは、アルビオン軍中将 シドニー・マクドウォール。アマデウス大将の補佐官だった。亜麻色の髪はワックスで簡単に後ろに送り、前髪は自然な形で額から浮かしている。顔立ちはリチャードに負けず劣らず整っており、笑った顔は年上の貴婦人に受けがよさそうだ。そして、シドニーの身長は、アマデウスのコンプレックスを逆なでするほどに高い。

 アマデウスもシドニーも、地位の割に若い。これがアルビオン貴族の恐ろしさだ。と、マーガレットは思った。

「……まあいい。それから、お前に言っておくことがある。円卓会議の結果、今回の精鋭部隊の働きが高く評価され、6週間後に、今度はアルジェで敵軍キャンプの殲滅任務が発令された……が」

 アマデウスは再度、マーガレットを鋭く睨みつける。

「我々は、今度の任務において、お前は力量不足と判断した。次のアルビオン代表はシドニーだ」

 マーガレットは、口答えすることなく、うなずくこともなく、ただ立っていた。すると、懲りもせずシドニーが口を開く。

「殿下も照れなくていいのにさ。マーガレットに殲滅任務はつらかろうって、将軍に進言したのは殿下なのに……げほっ!」

 今度はアマデウスの拳が、シドニーのみぞおちに叩きこまれる。

「話は終わりだ、さっさと退出しろ」

「……失礼します」

 退出しようと、マーガレットは回れ右をする。するとマーガレットは、アマデウスの顔が見えなくなった途端、先ほどのアマデウスとシドニーのどつき漫才を思い出してしまった。我慢しきれず、盛大に吹き出す。アマデウスの説教は長引いた。

Re: CHAIN ( No.12 )
日時: 2015/03/23 23:54
名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)




+ + +



「おい、こら、ヴィトルト!てめえ、ふざけてんのかっ!」

 勇敢にも、その青年は、自軍のトップである将軍の部屋に、ノックもなくドカドカと踏み込んできた。

「ちょちょちょ、ユリアン。俺は一応、君の先輩で、上官なんだからね?」

「んなこと知るかっ!」

 ユリアンと言い争っているのは、ノルトマルク軍大佐 ヴィトルト・フォン・マイノーグ。顔の上半分が、分厚いアイベルトで覆われた青年だ。ユリアンを落ち着かせようと、胸の前で手を広げる動作をする。その両手は鈍色で、人形のようなつぎはぎだらけ。そして手のひらには、穴が開いており、奥まで空洞になっていた。明らかに義手である。さらに、左手の薬指には指輪がはめられている。

「……故郷で療養中に呼び出してすまなかったな、ユリアン。先に伝えたとおり、次の殲滅任務には、当初ヴィトルトを出すつもりだった」

 すっかり熱くなったユリアンとヴィトルトを見守っていた、ノルトマルク軍将軍 ジェラルド・バルマーが口を開いた。おそらく180は軽く超えているであろう、背の高い壮年だ。彼の顔で、真っ先に目がいくのは、右目の眼帯。若いころの戦傷なのだそうだ。そしてその次が、残る隻眼。肉食獣のような鋭さがある。前髪は7:3にきっちり分けられていて、ユリアンと同じ生真面目さがうかがえる。

 ジェラルドは部屋の奥側に、机の上で手を組み、座っていた。

 ジェラルドが話しだしたことにより、二人はすっかりおとなしくなった。ジェラルドは厳しい表情のうらに、ほほえましく思う気持ちを隠しながら続けた。

「しかし、ヴィトルトの義母が一昨日亡くなってな。任務まであと3日ではあるが、ノルトマルクの代表は、急きょお前になった」

「俺、喪主やんないといけないしさ……」

 バンッ

 耐えきれなくなったユリアンは、ジェラルドの机を叩く。

「だから、納得がいかないと言っているでしょうっ!第一、円卓会議はそれを受諾したんですか!?」

「お前の怪我が完治していて、任務に支障がないなら構わないとのことだ。……どうせもう、トレーニングを再開しておるのだろう?」

 言い返す言葉がなく、押し黙る。確かに、怪我はすでに完治しており、療養中でありながら、対人トレーニングを再開していた。ここまで来たら、断るのは無粋というものだ。

「……ったく、すごいタイミングで死ぬ婆さんだな。爺さんの方には、空気読めって釘さしとけよ?」

「亡くなった方を愚弄するものではない。安心しろ。めったにこのような偶然は起こらない。今回だけだ」

 ユリアンが毒舌を吐くときは、あきらめた時だ。しぶしぶながら、納得したようである。

「……けどさぁ、ユリアン。今回はえらい渋ったよな。ひょっとして、愛しのナイチンゲールが来ないから、行きたくない……とか?」

「え……」

 沈黙。微妙な空気が流れる。

「え……うそ、図星?」

 ユリアンは、いわゆる、初心だった。この年になって未だに、女性と関係を持ったことがない。ヴィトルトの言葉に、頬を赤らめ……

「……んな訳、あるかぁっ!」

 ヴィトルトの眉間に一発、お見舞いした。

Re: CHAIN ( No.13 )
日時: 2015/05/25 22:08
名前: えみりあ (ID: fTO0suYI)


+ + +



 7人の精鋭を乗せた船は、ヒスパニアの軍港ロタを出発した。

 波の音と、潮の匂いが船の甲板を包む。

 7人が乗っているのは、アルビオン王立海兵隊の小船。アルビオン軍艦の特徴は、形状と、スピードと、静かさだ。従来のスクリュープロペラでなく、マシナリーフィンという、ひれの形をした後尾をくねらせて進む。また、水の抵抗を避けるため、横幅が小さい。これにより、静かに速く進める。

 いびつな形だが、これが最も効率的な形。そしてこの効率的な形は、人間より先に、魚類が開発していたものなのだ。

「おーい、ユリアン。こっちに来てくれるか?」

 甲板に立ち、海を眺めていたユリアンは、声のした方を振り向いた。一人はマクシム・ブラディ部隊長。そしてもう一人は初対面の男だった。

「飛んだ災難だったな、ユリアン」

 マクシムは笑いながら語りかける。

「当人は笑い事じゃねぇんだよ、マクシム。……ところで、そちらは?」

 ユリアンはヴィトルトの顔を思い出し、あからさまに不機嫌そうな顔をしていた。そして、冷めた目で、男の顔を見上げる。

———ジェラルド将軍並みにでかいな……

 ユリアンは、成人男性にしてはかなり小柄だ。マクシムの連れてきた優男と並べられると、大人と子供のように錯覚させられる。

「彼がマーガレットの代わりに入った、アルビオン代表だよ。会うのは初めてだろう?」

 マクシムはそんな二人を仲介し、それぞれの自己紹介を促す。

———そうか、この男が……

 ユリアンは少し、マーガレットの顔を思い浮かべた。マーガレットと言い、この男と言い、アルビオン人はゆるい印象を持った者ばかりだ。

「ノルトマルク軍中佐 ユリアン・オストワルトだ。よろしく」

 ユリアンはとりあえず身分を明かし、握手を求めた。男は人懐っこい笑顔を浮かべ、その手をとる。そして

「はじめまして……」

と挨拶をかわし

「アルビオン第二王子ヨーク公アマデウス大将補佐官、オールバニ公子ウォリック伯爵シドニー・マクドウォール、中将だよ」

 一息で名乗った。肩書きも含め、あまりに長すぎるその名を。

「……すまん、どの部分が名前だ?」

「あ、気軽にシドニーって呼んでよ」

 シドニーは、ふにゃりと笑顔を浮かべる。真面目なユリアンは、名前を覚えられないなどという失礼な行為を許せるタイプではない。先ほどの長ったらしい名前を、しっかりと思い起そうとしているようだ。予想通りのユリアンの反応に、マクシムは笑いを隠せなかった。

「ははは、貴族ってのは肩書きが長いな。ところでユリアン、聞いてると思うが、今回の任務は3・2・2の三班に分かれて行う。リスト・ソティル・ルーカスの三人と、俺とシルビアの二人、そしてお前たち二人だ」

 マクシムは、笑い半分に今作戦について説明した。

———つまり、今回はこいつがバディということか……

 ユリアンが再度、シドニーを見上げると、彼はまた、表情をふにゃりと緩ませる。

———まったく、アルビオン人は、どいつもこいつも……



+ + +



「小娘のお守りから外れられて、よかったな」

 唐突にリストは切り出した。

 船内の談話室。この部屋にあるのは、質素なソファと、丈の低い机。チェスなどの娯楽品と、あとはティーセットぐらいだ。

 そこに机を取り囲んで座る、ユリアンとリストとソティル。

 卓上には3客のティーカップと、一つのティーポット。ダージリンティーを淹れてある。

 ユリアンの向かいに座るリストの表情は、黒い布に阻まれて読めなかった。しかし口調から察するに、嘲笑っているようだ。

「まったく、理解できない女だ。やつらを生かしておいて、何になる。ただ、次の罪を犯すだけだ。そんなぐらいなら、殺してしまったほうが世のためだ。そう思うだろ?」

 ユリアンは、黙っていた。

 ソティルはティーカップに手を伸ばしながら、静かな声で答える。

「自分は、マーガレットさんの言い分にも一理あると思います。ただ『誰も殺さない』なんて、自分には到底無理な芸当ですが」

 ソティルは紅茶を一口含み、また机に戻した。そして物悲しい眼で、包帯で巻かれた手を見つめる。

「ふん。お前はどう思うんだ?」

 ユリアンは話を振られ、一瞬考えた。

「……俺も、リストと同じ考えだった……」

 包帯の下で、リストがほくそ笑んだのが分かった。そんな目をしている。

「けど俺は、アイツと出会って、だんだん考えが変わってきた。最初はそんなの理想論だと思って馬鹿にしていたが……許す強さも大切だと、今は思う」

 それはリストの望んだ答えではなかった。それを分かっていて、ユリアンは答えた。すると

「ちっ」

 予想通りの反応。

「お前もガキくさい考えだな。『許す強さ』だと?はきちがえるな。力がないから、耐えて、許そうと考えなければならないんだ。あの女が綺麗事を吐くのは、力も幸福も持っていて、奪われた悲しみを知らないからだ。そうだろ……」

「その辺にしとかないと、俺、怒るよ?」

 突如談話室に入ってきたシドニーが、リストの言葉を遮った。シドニーはいつもの緩んだ表情でなく、真剣にリストを睨みつけている。

「ちっ」

 再度、悪態をつき、リストは大きな足音を立てて出ていく。ソティルも気まずくなり、後を追うように出て行った。

 部屋にはユリアンとシドニーが二人きり。

 シドニーはもとのように緩んだ表情で、ユリアンの向かいに腰かけた。

「聞いてたのか?」

「うん、途中からね。まったく、男が陰で、レディーの悪口を言うもんじゃないよね?」

 そう言ってシドニーは、手をつけられていなかったリストのティーカップに、紅茶を注ぎ、その香りを楽しむ。

 向かいに座るシドニーに対し、ユリアンは先ほどの言葉に付け加えるように話した。

「……マーガレットの信念は理解できるが、俺は、アイツの考えは甘いと思う。これから先、大切な人を失ったりしていったら……きっとそんなことは言えなくなるだろうな」

 ユリアンはふっと幼いころのことを思い出す。無邪気に笑う、少年少女の姿。

「……それはないんじゃないかな?」

 ユリアンの言葉に対し、シドニーは柄にもなく、重々しく口を開いた。

「どういうことだ?」

 シドニーは紅茶を一口飲み、嘆息する。その表情は『しまった』の顔だ。

「……マーガレットのことを理解してくれた、君には話しておこうか……」

 そして、静かにティーカップを戻し、まっすぐにユリアンの顔を見た。

「あの子にはね……もうこれ以上、奪われるものがないんだよ」

Re: CHAIN ( No.14 )
日時: 2015/03/24 00:00
名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)




+ + +



「カーッ」と、烏が一声鳴いた。

 刻は夕暮れ。軍務を終えたマーガレットが来たのは、ロンドン郊外にある墓地だった。

 囲いにはツタがからみつき、地には雑草が生い茂り、太陽の光を遮らんばかりに枝を伸ばした木々が立ち並ぶ。立ちこめる空気は、生臭く、重苦しい。

 マーガレットは、軍服ではなく、チェックのシャツの上にカーディガンを羽織り、下にはジーンズという、比較的ラフな格好だった。そして、手には50本の花が入れられたバスケット。

 奥へ奥へ足を踏み入れ、立ち止まったのは、他の墓よりひときわ大きな墓標。それには、ずらりと人の名前が刻まれていた。

 マーガレットは、バスケットの花を、一本一本丁寧に並べる。残り一本になると、手を止め、静かに手を合わせた。

「また、ここに来ていたのかい?」

 背後から声がした。振り返り、その姿を確認すると

「しょ……将軍様っ!」

 マーガレットはあわてて立ち上がり、姿勢を正す。リチャード・ローパーは、慌てふためく彼女を見て、優しそうにほほ笑んだ。その笑顔は、オレンジ色の光に包まれ、温かみを帯びていた。気品に満ち、美しい笑顔だ。

「すまない。お祈りの邪魔をして、悪かったね。どうぞ続けて……」

「い……いえ、しかし……」

 リチャードに背を向けることを遠慮するマーガレットに、彼は困ったような笑みを浮かべた。そして、マーガレットのすぐ隣まで進み、しゃがみ込む。

「将軍様!お召し物が汚れます!」

「そんなこと、気にしなくていいんだよ。私も、君と一緒に祈りを捧げたいだけだ」

 マーガレットは「いや……でも……」とうろたえたが、リチャードより高い視線で話していることが申し訳なくなり、とりあえず身をかがめる。そして、リチャードに促されるがままに、手を合わせた。

 時間はゆったりと流れ、二人は静かに、今は亡き彼らに祈りを捧げる。

 やがて、マーガレットは顔を上げた。

「将軍様はいつも、私たちのことを気にかけて下さいましたね……みんなも、光栄に感じていると思います」

 リチャードも、手をおろし、そっと顔を上げた。その顔は、どことなく悲哀に満ちていた。

「……結局私は、この子たちを護ってやれなかった。その、罪滅ぼしなのかもしれないね」

「そんなことはありません!あなたのかけて下さった言葉は、あの頃の私にとって、暗がりの中の一条の光でした」

 マーガレットは、リチャードに向き合い、その目を見て語る。思わぬマーガレットの言葉に、一瞬リチャードは戸惑い、そして、また優しく微笑んだ。

「そうか……ありがとう」

 そして立ち上がり、紳士らしくマーガレットの手をとる。

———あ……昔もこんなことがあったな……

 マーガレットは、手をひかれるままにその場に立つ。リチャードはマーガレットの柔らかい髪をなで、泣いている子供をあやすように、胸に抱き寄せる。

「強く、おなりなさい。大切な誰かを、守れるように」

 彼女の脳裏に蘇ったのは、幼き日の出来事……



+ + +



「……見慣れない武器だな」

 ユリアンは、シドニーを見上げてつぶやいた。

 精鋭部隊は上陸完了し、各班に分かれて敵軍キャンプを目指していた。ユリアンはまた、この男と二人きりになり、アルジェ郊外の廃墟を突き進んでいた。

「ああ、これ?極東の武器だから、そりゃ珍しいよね」

 シドニーの背に担がれているのは、身の丈ほど長い柄のある武器。刃先は片側に反れていた。見るからに、槍のような突撃武器ではないし、処刑鎌にしては刃渡りが短い。

「もうコレってば、俺のお気に入りでさ。いっぱい秘話があって……と語りたいとこだけど、残念。仕事だね」

 ユリアンは忘れていた。こいつも海兵だ。優れた索敵能力を持っている。

 気付けばすっかり囲まれていたようだ。敵兵は物陰に隠れ、こちらの様子をうかがっている。

———おどけているが、使えるやつだ。

 そう思って、ユリアンはシドニーに背を向ける。無言のメッセージを受け取ったシドニーは

「おっけ。『友に頼られるは、騎士の名誉』」

 ユリアンと背中合わせに武器を構える。この男に背中を預ける。そして自分はこの背中を護るのだ。

———まったく、アルビオン人は、どいつもこいつも……

「……って『レジェンディア 20』の主人公、アーサーも言ってたぜ」

———カスばかりだな。

 別の言葉を考えていたはずだったのだが、ユリアンはシドニーに対して落胆していた。

 先ほどのシドニーのセリフは、テレビゲームの受け売りだったようだ。ユリアンの妹も、同じシリーズをやっていた。確か、世界中の歴史上の英雄を主人公にした、大ヒットゲームだ。20作目の舞台は、アルビオンだったようだが……

———大丈夫か、こいつ……

 先ほどの信頼とは裏腹に、ユリアンは不安になっていた。

Re: CHAIN ( No.15 )
日時: 2015/03/24 00:07
名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)




+ + +



「たいそうな出迎えだよ。まったく……」

 マクシムとシルビアの前に群がるのは『アダーラ』近接戦部隊。軽く50人近くはいる。全員が、タルワールと呼ばれる、刀身の大きく曲がった剣を持っていた。タルワール一刀流は、ムガル流と呼ばれ『アダーラ』の中で最も名の通った流派の一つだ。

「よし、殲滅任務開始だ、シルビア!」

「ええ。……あっ!」

 シルビアは、自身の武器である長鞭を見つめ、重大なミスに気がついた。仕込んでおく毒薬を間違えたのだ。その様子を見てマクシムは、シルビアをかばうように前に出た。

「時間なら稼いでやる。心配すんな、マドモアゼル」

 大きな手のひらでシルビアの頭をポンポンとなで、親指を突きたてて、ニカッと笑って見せる。そして、拳を握り、敵めがけて突進した。

 まず、一人目。剣を持ち、マクシムの腹部を狙う。マクシムはぎりぎりまで敵を引きつけ、直前で切っ先を反らし、顎に拳を叩きこむ。戦闘員の体は、ひらりと宙を舞い、地面にたたきつけられた。血栓による、頭部の虚血、梗塞。戦闘不能。

 続いて二人目。今度はマクシムの頭部を狙う。すかさず足を回し、みぞおちに、かかとから叩きこむ。横隔膜損傷による呼吸停止。戦闘不能。

 マクシムの体術は、合気道の体運びと、空手道の打撃の合わせ技。どちらも、極東のヤマト皇国から会得したものである。

 そして、殺傷能力を増すための、マクシムの保有する武器は、手之内。Tの形をした金属製の武器。手に隠し持つと、一見素手にしか見えないこの武器は、はるか昔、シノビと呼ばれる戦士が使用していた暗殺具である。

 その間に、シルビアは戦闘準備を行っていた。長鞭の柄の上部、黒い指紋認証板に親指を押し当てる。ピーと音がして、指紋が確認された。次にシルビアは、それを口元まで持っていき……

「音声認証、シルビア」

 赤いランプがつき、柄の下部が開いた。中に入っていたボトルが落下する。シルビアはそれを拾う間もなく、ウェストポーチから新たなボトルを取り出し、それを柄に挿入する。

「Halte!」

 シルビアが叫ぶ。マクシムはその瞬間動きを止めた。それは、指示というよりは、二人だけに共通した合図。

『Halte』は、ルテティアの言語で『動くな』という意味だ。

 ヒュンッ ヒュンッ

 シルビアの鞭がしなる。敵はこの攻撃を受けるなり、地に倒れこみ、中には嘔吐してしまう者もいた。数分後、敵全体が沈黙する。

 シルビアの鞭は、中が空洞になっている。そして表面には、無数の小さな針がついている。この針で皮膚に穴をあけ、体内に毒物を流し込む。

 シアン化カリウム……通称青酸カリの経口致死量は、成人で150〜300mg。猛毒として知られる毒物だが、実はこれをさらに上回る毒物は数多く存在する。

 その一つが、ボツリヌストキシン。1gで百万人を死に至らしめるという、最強の生物兵器である。熱に弱く扱いづらいこの毒を、ヒスパニアは数十年前に実用化させていた。

「やるなあ、シルビア」

 マクシムが笑顔で戻ってくる。勝利の証に、拳を突き合わせた。

「しっかし、恐ろしい武器だな。よく実用化できたもんだ」

 マクシムはそう言いながら、落ちていた方のボトルを拾い上げようとする。

「触らない方がいいわよ」

 シルビアはそれを制止した。そして用心深くゴム製の手袋をはめ、それを拾い上げる。

「それも、毒薬なのか?」

「うーん……まあ、少量なら、命に別状はないんだけど……」

 そう言って、シルビアは目の高さで、軽くボトルを振った。そして、妖艶な笑みを浮かべ、マクシムにすり寄る。

 花のような、上品な香水の匂いが、マクシムの鼻をくすぐった。シルビアはマクシムの厚い胸板に手を添え、重心を彼に預け、上目づかいにその動揺する様を見物する。

「さっきのお礼に、良かったら使ってあげましょうか?ヨヒンビン……通称、惚れ薬」

「……いや、遠慮しておくよ」

 マクシムは苦笑いを浮かべ、そっとシルビアから離れた。


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