複雑・ファジー小説
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- CHAIN
- 日時: 2015/08/28 22:30
- 名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)
この世で最も恐ろしいもの
それは獣の牙ではなく
不治の病でもなく
生ける人間の「憎悪」
* * *
はじめまして、えみりあです。
よし、頑張って書きます。
【はじめに】
・この小説は、暴力描写を含みます。
・死ネタも含みます。
・軽く性描写も含みます。
・更新速度は不規則です。
戦争がテーマの、近未来ファンタジー的なものを書けたらな……と思ってます。
テーマは重いですが、バトルに恋愛、笑いと涙も交えた小説にしたいです。
* * *
【目次】
第一話:WHY FIGHT >>01 >>02 >>03 >>04 >>05 >>06 >>07 >>08
第二話:STRENGTH >>10 >>11 >>12 >>13 >>14 >>15 >>16 >>17
第三話:TRAUMA >>19 >>20 >>21 >>22 >>23 >>24 >>25 >>26
第四話:COMPATIBILITY >>28 >>29 >>30 >>31 >>32 >>33 >>34
第五話:THE NAME >>36 >>37 >>38 >>39 >>40 >>41 >>42 >>43 >>44 >>45
第六話:FOREVER >>47 >>48 >>49 >>50 >>51 >>52 >>53 >>54
第七話:PROMISE >>57 >>58 >>59 >>60 >>61 >>62 >>63 >>64 >>65
キャラクタープロフィール >>09 >>18 >>27 >>35 >>46 >>55
* * *
【登場キャラ・国家】
①アルビオン連合王国
……WFU最強の海軍を持つ国家。王族、貴族がいまだに残っていて、貧富の差が激しい。イギリスを主体とした国。イメージカラーは青。
〈登場キャラ〉
リチャード・ローパー
マーガレット・チェンバレン
アマデウス
シドニー・マクドウォール
ジュリアン・モリス
クィンシー
パトリシア・トムソン
②ノルトマルク連邦共和国
……WFU最大の人口を抱える国。経済の中心地。ドイツを主体とした国。イメージカラーは緑。
〈登場キャラ〉
ユリアン・オストワルト
ジェラルド・バルマー
クリスティーネ・ヴィッリ
ヴィトルト・フォン・マイノーグ
ビアンカ・オストワルト
テレジア・オストワルト
バルド・グロスハイム
イザベル・ディートリッヒ
デニス・クルシュマン
③ルテティア民主共和国
……WFU最強の空軍を持つ国家。他地域との連携があるため、WFU内での結び付きは疎遠。フランスを主体とした国。イメージカラーは黄色。
〈登場キャラ〉
マクシム・ブラディ
グェンダル・ドゥパイエ
④神聖アウソニア法国
……宗教国家。北部に観光都市を数多く持ち、南部は軍事都市として栄えた。イタリアを主体とした国。イメージカラーは白。
〈登場キャラ〉
ルーカス・ドラゴ
エリカ・パツィエンツァ
ドロテア・ジョルダーノ
⑤ヒスパニア帝国
……WFU最強の陸軍を持つ国家。皇帝はいるが、政治的権限はない。スペインを主体とした国。イメージカラーは赤。
〈登場キャラ〉
シルビア・アントニオ・モリエンス
ラウル・アントニオ・モリエンス
セレドニオ・ドローレス
⑥アテナイ=ポリス同盟
……元は都市間同盟により政治を行っていたが、150年ほど前に一国家として統一された。国名はその名残。また『アダーラ』との最前線に置かれていて、WFU最貧国。ギリシャを主体とした国。イメージカラーは紫。
〈登場キャラ〉
ソティル・メルクーリ
リディア・ティトレスク
ゼノン・デュカキス
⑦ユトランド連邦
……豊富な資源に恵まれ、WFUで№1の生活水準を誇る。難民に対して非常に寛容。デンマークを主体とした国。イメージカラーは黒。
〈登場キャラ〉
リスト・ハグマン
アーノルド・フォルクアーツ
ティノ・イングヴァル
サク・バーナ
ヴィルヘルム・ファゲルート
⑧アダーラ
……世界最大級の犯罪組織。北アフリカ、中東、一部の東南アジアにかけてを、支配している。領土内諸国の政府は、ほぼ壊滅状態。
〈登場キャラ〉
ハサン・ムシャラフ
エセン・キヴァンジュ
ドルキ・レヴェント
新キャラ・国家が登場したら、その都度まとめます(*^^*)
【設定】
あーちゃんさんのアイディアで、階級紹介を追加いたしました( ´ ▽ ` )
〈階級〉
・将軍
・将官
→大将
→中将
→少将
→准将
・佐官
→大佐
→中佐
→少佐
→准佐
・尉官
→大尉
→中尉
→少尉
→准尉
・准士官
・一般兵士
上に行くほど高官です。どこの国も、将軍がトップ。たまに変な設定があり、この中に当てはまらない役職もありますが…まあ、それは後ほど…
尚、この階級は、この小説内におけるものです。実際の軍隊とは関係ありません。
【お知らせ】
3/24 各話、段落開けを入れました。
内容に変化はありませんが、第一話・第二話の文章を大きく修正しました。
4/3 【設定】欄を追加いたしました。
8/28 今まで気がつかなかった……アルティメットって、ultimateなんですね。AS→USに変更します。いやはやお恥ずかしい。すみません。
【用語】
〈WFU〉
……ウェスタン・フロント・ユニオン。『アダーラ』に対抗して造られた軍事同盟。所属国家は、アルビオン、ノルトマルク、ルテティア、アウソニア、ヒスパニア、アテナイ、ユトランドの7つ。
〈円卓会議〉
……7将軍による、代表軍事議会。最初のシーンで、みんながやってたあれです。
- Re: CHAIN ( No.21 )
- 日時: 2015/03/24 00:19
- 名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)
+ + +
キッチンから、爆音……とまではいかないが、とにかく大きな音がした。瞬間、ユリアンの表情が重くなる。
「ムッティ、シナモンがないよ〜」
「あら、カリーヴルストを作るんじゃないの?」
どうにも、恐ろしい会話が聞こえる。シナモンは、アップルパイなどのお菓子に、香り付けのために入れるのだが……
「だって、シナモンは『スパイスの王様』なんだよ?」
ビアンカは、肩書きだけで判断し、適性という観点で食材を見ていないようだ。
「しょうがないな……じゃあ、ちょっと買ってくる」
———買ってこんでいい!入れんでいい!……というか、そもそも作らんでいい!!
ユリアンは心の中で叫ぶ。
バタンッ……と音がして、ビアンカは出て行ったようだ。
窓の外を見ると、日は傾きかけている。ユリアンは、落ち着きなくソファから立ったり座ったり、そわそわと部屋中を歩き回ったりして、しまいには
「母さん。俺、散歩してくる」
と、外套を取りに行った。
「頼んだわね」
やはり母だ。本心は見透かされているようである。
ユリアンはいつまでたっても成長のない自分を省みて、ため息をついた。それから
「行ってきます」
と、足早に玄関から出て、妹の姿を追いかけた。
+ + +
研究所内に警報ブザーが鳴り響く。泥棒が入ったときに作動するものだが、今回は様子が違った。しばらくして、複数の足音が近づいてくる。
「チョット、様子ヲ見テキマス」
教官はまた片言のノルトマルク語を言い残し、訓練室を出て行った。ややあって
バァンッ
銃声が鳴り響いた。
少女たちは悲鳴を上げる。少年たちも凍りついた。これはただ事ではない。そして足音はどんどん近付いてきて、とうとう訓練室の扉が開かれた。
黒い装束。目だし帽をかぶった戦闘員。全員銃を構えていた。
「いたぞ、目標の子供たちだ」
リーダー格と思われる男が、後方に指示を出した。すると、次から次へと戦闘員が入り込んでくる。
少年少女たちは、身構える。中には、震えて動けないものもいた。
それは、あまりに早すぎる実戦。
「うわぁぁぁぁっ!」
真っ先に動いたのは、バルドだった。正面から、目にもとまらぬ速さで突撃する。一瞬遅れて、ユリアンたちも走り出す。イザベルは、恐怖のあまり、一歩も動けていなかった。
———訓練通りだ。まずは、敵の足元を……
ユリアンが、敵にたどり着いた時だった。
「がっ…………!」
強化手術被験者とはいえ、まだ訓練をあまり積んでいない、子供の脚力である。敵の足をからめ取ることもできず、逆に銃で頭を殴られてしまった。
「ユーレッ!」
遠のく意識の中、イザベルの悲痛な叫びが聞こえた。
+ + +
「あ……」
ストラスブール WFU本部 ノルトマルク軍駐在官邸。その情報整理室で、クリスティーネはある報告書を見つけた。
「ヴィトルト先輩、コレ見てください!」
「いや、あのね、クリスちゃん……俺、目が見えないんだよ?」
本来は管轄外……というかお呼びでないのだが、ヴィトルトはたまたまそこに居合わせていた。ヴィトルトの身のこなしは普段からあまりに自然だったので、すっかり失念していたクリスティーネは、恥ずかしそうに顔を伏せた。周囲から、くすくすと笑い声が上がる。
「あの……えっと……じゃ、読みますね?」
クリスティーネの見つけた報告書は、和やかな整理室を一変させて、その空気を凍りつかせた。
- Re: CHAIN ( No.22 )
- 日時: 2015/03/24 00:20
- 名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)
+ + +
ユリアンが目を覚ました時、そこは見慣れぬ部屋だった。
四方をコンクリート製の壁に囲まれ、そのところどころには、黒い染みが見られた。窓はなく、出口は扉が一つだけ。そのほかにあるのは、空調機器、何も置かれていない台、そして床に固定された椅子。
いわゆる、拷問用の椅子らしかった。ユリアンは、それに座らされ、両手足を革製のかたいベルトに拘束され、ほとんど身動きが取れない。
今から、何が起こるのか。前に、真夜中に父が見ていたマフィアの映画を思い出し、身震いをする。
ギィィ……
耳障りな音を立てて、重たい扉が開いた。
入ってきたのは、トルコ系の男。年齢は30代半ばだろう。ぎょろっとした眼をしていて、顔色はあまり良くない。いかにも研究員らしい格好で、白衣を着用している。舌なめずりをして、にやりと笑い、持っていた大きな革製のバッグを台の上に置いた。
「ここはね、あの研究所の地下室なんですよ」
聞かれてもいないのに、男はバッグの口を開きながら話し始めた。バッグの中から怪しげな薬品を次々取り出し、台上に並べる。
ユリアンは3年間も研究所に出入りしていたが、地下室があることは聞かされていなかった。疑り深く、その男を見つめる。
「この施設は昔、特別刑務所だったのを、10年前に改装して建てたんです。だから、こうしてその名残が残っている」
特別刑務所は、捕虜となった『アダーラ』の戦闘員を収容する施設だ。拷問部屋があっても何ら不思議ではない。ユリアンは、そんな施設がドレスデンにあること自体初耳だった。しかし考えてみれば、納得のいく話だ。要塞都市ならば、閉じ込めることに向いているからだ。
「何人もの同志がね、この部屋で殺されたんですよ。それはそれは、悲惨な死に方で」
うすうす気が付いてはいたが、この男は『アダーラ』の構成員のようである。
男は注射器を取り出し、薬品を吸い上げる。
「いったい……何を……」
全身の血液が逆流するような恐怖を感じた。ユリアンは目に涙を浮かべ、手足を必死に動かし、精いっぱいの抵抗をする。アルコールの匂いが、鼻をツンと刺激した。
「大丈夫。よい夢が見れる、おまじないさ……」
そして悪夢が始まる……
+ + +
ユリアンは、スーパーマーケットから出てきたところのビアンカを見つけた。すでに、食材調達は終わった模様。
———やっぱり入れるのか……シナモン……
ちょっと泣きそうな顔で、その姿を見守る。
不意にビアンカは、近くにいた老婆に話しかけた。腰をかがめていて、荷物を持ちにくそうにしている。
ユリアンは、老婆の姿に妙な違和感を感じた。やけに背が高いのだ。
しかし、ビアンカに対し、丁寧にお礼を言って笑顔を向ける姿を見て、すぐに思い過ごしだと自分に言い聞かせた。
———それにしても、ずいぶん、大人になったな……
妹の成長を感じ、思わず顔がほころぶ。そしてあわてて表情を戻す。はたから見れば、明らかに変質者だろう。
「あら……ユリアン君……?」
唐突に後ろから声をかけられた。どこかで聞いた声だ。振り向き、その顔を見て
「あ……」
ユリアンは、申し訳なさそうに顔を伏せた。イザベルの母親だった。12年前の記憶が蘇る。
「その……」
言葉が出てこない。とりとめのない普通の会話がしたいのだが、記憶に邪魔されて、何も言えない。
「……すみません、俺、帰ります」
一言そう言って、ユリアンは踵を返した。この人に、合わせる顔がない。ただ、そう思って。
イザベルの母親は、一瞬、悲しそうな表情を浮かべ、そしてユリアンの気持ちを察したように、優しく微笑みかける。そして、ユリアンの背中に向かって、言った。
「ユリアン君……お帰りなさい」
そんな言葉を、かけられると思っていなかった。
イザベルの母親の言葉は、ユリアンの心の奥にまで沁み渡り、そして悲しくも、その心を深くえぐった。
たまらなくなって振り返ると、彼女の姿は逆光を受けて、顔が暗くて見えなかった。そしてそれは、いつかのイザベルの姿と重なって、ユリアンの中に、あの日の記憶を呼び起こした。
- Re: CHAIN ( No.23 )
- 日時: 2015/03/24 00:22
- 名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)
+ + +
「やめろぉぉぉぉぉぉっ!」
投与されたのは、幻覚剤だった。
注射をされた当初は、快楽さえ感じるほどゆったりした気分だった。しかし時間がたつと、目の前に恐ろしい幻覚が現れる。その影におびえ、できる限りの抵抗をする。
十分に泣き疲れると、またあの白衣の男が現れる。
「よしよし、よく我慢しましたね。ほら、ご褒美です」
そしてまた、快楽と幻覚の繰り返し。
食事は与えられてどうにか息はしていたが、それだけだった。生きているとは、到底言えなかった。だんだん、精神を削られてゆく。
その状態で、幾晩過ぎただろうか……
また、白衣の男が入ってきた。すでにユリアンは、その姿を認識するのもままならなかった。
「すみませんね。もうすぐここに軍隊が突入します。だから、君に夢を見せてあげられるのは、ここまで……」
そう言って、男が取り出したのは、幻覚剤とは別の瓶。
「だからね、さいごは、本当の夢を見てお別れしましょう」
その『さいご』は、『最後』なのか、『最期』なのか。
とにかく思った。これで、解放される……
+ + +
いつのまにか、眠っていたようだ。気がつくと、手足のベルトは外されていた。出口も解放されている。
生きているのか、死んでいるのか、その判断はまだついていない。しかし、希望に満ちた表情で出口に向かう。
……と、その時。
「グルルルルル……」
出口を、黒い影が塞いだ。ユリアンの体と同じくらいの大きさの、狼。
それは、ユリアンを見つけるなり、口を大きく開いた。こちらに突進し、その牙でユリアンの腕にかみつく。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
痛みのあまり、叫び声を上げた。すぐさま、狼の腹部に蹴りを入れる。何度も、何度も。
「離せっ……離せよっ!」
とうとうその蹴りが、狼の首に入り、ようやく腕が解放された。倒れてゆく狼の姿に、一瞬だけその正体が重なって見えた気がした。
「バルド……」
入り口から声がした。見ると、白衣の男が立っていた。信じられないものを見たような顔をしている。
「お前……っ!」
考えるより先に、体が動いていた。向こうも応戦し、目にもとまらぬ速さで突っ込んでくる。
———訓練通りだ。まずは、敵の足元を……
渾身の力で蹴りを叩きこむ。今度は上手く決まった。そして、バランスを崩した相手の首元に、蹴りを叩きこむ。
「……よくも……バルドを……」
男が、その言葉だけをどうにか絞り出した。
「え……っ!」
倒れ行く、男の姿に、その正体が重なった。まさかと思って、後ろを振り返る。そして、また手元に視線を戻す。
そこに倒れていたのは、変わり果てた親友二人の姿。バルドとイザベルだった。
「そん……な……っ!」
ユリアンの中で、何かが沸き起こる。怒りとも、悲しみとも言い難い感情。それは、彼が初めて抱いた、憎しみ。
そこで、ユリアンの記憶は途切れた。
次にユリアンが正気に戻ったのは、病院のベッドの上だった。
+ + +
イザベルの母親と別れたすぐ後、ユリアンの携帯電話が鳴った。面倒くさそうな顔で、発信者を確認する。
「休暇中まで、お前の声なんて聞きたくなかったんだがな。ヴィトルト」
「まあ、そう言うなって」
いつも通りの応答。離れていても、不思議とそばにいるような感覚に襲われる。こいつとは切っても切れないな……と、ユリアンは苦笑する。
「それで何のようだ。これで『特に用はないんだけど』とか言ったら、後でぶちのめすぞ」
「おお、怖い。残念ながら用はありますよーだ……」
瞬間、空気が変わった。これは、マジなやつだ。
「……変装の天才、エセン・キヴァンジュがドレスデンに侵入した。狙いは99%……分かるよな?」
「っ!」
ユリアンの脳裏に、先ほどの老婆の姿がよぎる。妙に背の高い老婆。
「情報が遅ぇよ、クソ野郎っ!」
すぐさま通話を切り、走り出す。たびたび止まっては、道行く人に聞き込みをする。
———無事でいてくれ……ビアンカ!
- Re: CHAIN ( No.24 )
- 日時: 2015/03/24 00:24
- 名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)
+ + +
18歳の時、久しぶりにユリアンは里帰りをしていた。……といっても、任務のためにだが。
「これがドレスデンか……ワルシャワとは違って、静かな街だな」
「ああ。俗なそっちと違って、高尚な文化都市だからな」
到着早々、ユリアンはヴィトルトに対し、お決まりの毒舌を吐いた。毎回のことなので、そろそろヴィトルトも反応が薄くなっていた。
今回の任務は『アダーラ』の分派が行っている、密輸の取り締まり。扱っているものは、薬から奴隷まで、違法なものばかり。構成員は拘束、抵抗された場合はその場で切り捨てるよう命令が下っている。
「まあいいや。じゃあ、ちょっと案内してくれるか?」
「ああ。迷われたら、お前看板読めねぇし、こっちが困るからな」
一言多いよな……と、ヴィトルトはため息をついた。
+ + +
とある宿屋、その地下のパブ。そこは、他のパブとは明らかに雰囲気が違う。内装の高級感がなく、裏社会に向けた場所であることがありありと分かる。
ドレスデンは、風俗の制限が比較的厳しい。ここに来る客の目的は、表社会で手に入らないものだった。それは麻薬であったり、女を買いに来るものもいる。
そこに、二人組の客が訪れる。スーツを着ているが、明らかに堅気ではない。二人ともサングラスをかけていて、背の低い方の客は、アタッシュケースを携えていた。
「ここは、会員制だよ」
客が入ってくるなり、店主が言った。二人はまず、その店主の方に向かう。
「急ぎの用事でね……」
片方がアタッシュケースを置き、それを開いて中身を確認させる。中には、WFU圏内では使われていない紙幣が敷き詰めてあった。
「100万ディナールだ。これで話はつくか?」
大柄な方が交渉する。店主は口角を上げ、引っ張り出してきたのは裏のメニュー。その内容を見て、小柄な方が顔をしかめる。
「この薬、在庫はあるかい?」
「ああ。今持ってくるよ」
店主は奥に入っていき、戻ってくると、今度はいくつかの袋を持っていた。そして、それをカウンターの上に並べる。
その時……
「はい、危険ドラッグ取締法違反ね?」
大柄な方の客は、満足そうな笑みを浮かべ、店主の手に手錠をかけた。もう片方は、軍の身分証明証を見せる。
「な……っ!」
外国の通貨を出してきたので、すっかり信用してしまった。店主は悔しそうに顔を歪める。騒ぎを聞きつけ、奥から仲間と思しき者らが次々現れた。
「ユリアン、奥は頼んだぞ?」
「ああ」
ユリアンはサングラスを外し、通路を塞ぐ構成員を蹴り倒して行く。銃を構えている者もいるが、ユリアンのスピードの前には太刀打ちできなかった。速攻でユリアンを上回るものは、いない。
銃を構えるまでには相手のもとにたどり着き、引き金を引くまでに銃を蹴落とす。そして体に回転をかけ、もう一方の足で壁に叩きつける。
あっという間にユリアンは、最奥の部屋に到達した。そこにいたのは……
「お前……っ!」
ぎょろっとした眼、白磁の肌。歳をかさみ、顔にはしわが増えたが、忘れもしない、あの男だった。
なるほどそうか。密輸グループのボスだったら、あれだけの量の幻覚剤も使えるわけだ。
ユリアンはそんなことを考える間もなく
「うあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
気がついたときには、男の首に一撃をかましていた。
おそらく即死であっただろう。しかし、10年ぶりに呼び起こされた、ユリアンの衝動は止まらない。
ユリアンを突き動かしていたのは、まぎれもなく憎悪。
男の上に馬乗りになり、何度も殴る。手も、顔も、服も、返り血で染め上げられるまで殴る。
「やめろ、ユリアン」
不意に制止が加わった。ようやく追いついたヴィトルトが、ユリアンの手をつかむ。向こうで闘っていた後だからか、その手はやけに熱く感じられた。
「その人……もう死んでるよ」
ヴィトルトに抑えつけられ、だんだんと自分が戻って来る。
すると、ユリアンの頬に涙が伝った。そして気付く。この男を殺しても、彼らの命が還ってくるわけではないことに。
冷静になると、焦げ臭いにおいがした。近くで火の手が上がっているらしい。
「とりあえず、離れよう。ここは危険だ」
ヴィトルトに促されるまま立ち上がり、彼に従ってその場を後にした。
- Re: CHAIN ( No.25 )
- 日時: 2015/03/24 00:26
- 名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)
+ + +
街中を走り回り、ユリアンはようやく妹の目撃情報を得た。老婆とビアンカが裏通りに入っていくのを、果物屋の店主がたまたま見ていたそうだ。
路地を曲がり、ビアンカが姿を消した問題の路地に入る。その道を突き進むと行き止まりになる。そこで待ち構えていたのは……
「やっと会えたわね、ユリアン君」
背の高い、トルコ系の女。少し歳はいっているが、鍛えられた体は引き締まっていて、線の崩れがない。
先ほどの老婆の顔は、やはりマスクだったようだ。足元に脱ぎ棄てられている。
その女 エセン・キヴァンジュは、片手でビアンカの体を押さえつけ、もう片方の手には鋭利なナイフを持ち、ビアンカの首元に押し付けていた。
ビアンカは、目に涙を浮かべていた。恐怖のあまり、少しも動けないようだった。ただ兄に向って、消え入りそうな声で「助けて……助けて……」と繰り返している。
「エセン……場所が悪かったな。もう逃げられないぞ」
ユリアンはエセンを睨みつけた。普段の生活では目にしたことのない、軍人としての兄の姿を見て、ビアンカは茫然とユリアンを見つめる。
「フフッ……アハハハハハハッ!」
エセンはユリアンの言葉に、高らかに笑い声を上げた。こんな状況で笑うなんて、異常者だ。ユリアンの顔に、警戒の色が濃くなる。この女は、何をしでかすか分からない。
「ユリアン君……私、逃げるつもりは毛頭にないのよ……」
予想外のエセンの言葉に、ユリアンは怪訝な表情を浮かべる。本当に考えの読めない女だ。
エセンは気分が高まったのか、ひとりでに物語り始めた。
「2年前……もちろん覚えているわよね。あなたが、私の夫を殴り殺した日……」
もちろん、忘れるはずもない。そしてユリアンは、任務の後で知った。ユリアンに悪夢を見せたあの男には、当時、妻がいた。
「……旦那の復讐に来たのか。だったら、俺がビアンカの身代わりになる。妹を離してやってくれ。その子は関係ないだろう?」
ユリアンは両手を上げた。抵抗の意思はないと示す。
するとエセンは、残忍そうににやりと笑った。
「残念ね……逆よ。この子だから意味があるの」
エセンの言葉に、ユリアンの片眉がピクリと動く。やはり、マッドサイエンティストの元妻だ。言っている意味が分からない。ただ分かるのは、ビアンカの身が、非常に危険な状況であるということ。
エセンは、グイッとビアンカの体を引き寄せる。ビアンカは「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。もう、兄の姿が確認できないほど、涙があふれている。
「私ね……あの時、あの店にいたわ。私は戦闘員ではなく、工作員。私が出て行ったところで、あなたたちを止められるはずもなかった」
もう、エセンの表情から、笑いは消えていた。
「ただ、見ていることしかできなかった……愛していたあの人が、あなたに殺される様子を!」
声を張り上げ、顔の血管は浮き出て、その表情はあの時のユリアンと同じものだった。
彼女を突き動かしているのもまた、まぎれもなく憎悪。
荒らげた声のまま、エセンは続けた。
「だから、あなたにも同じ思いを味あわせてやるっ!あなたの目の前で、あなたの大切な妹を殺してねっ!」
それは、死刑宣告。
ビアンカは、とうとう暴れだした。しかし、エセンの腕の力は強く、逃げることはできない。
感情の高まったエセンは、とうとうナイフを振り上げた。
……が、それが痛恨のミスだった。
カンッ……と音がして、はじかれたナイフが地面に落ちた。
ユリアンは一歩で距離を詰め、そのスピードのまま、ビアンカから引き離されたナイフを蹴り落としたのだ。
「悪いが……」
ユリアンは大きく開脚し、そのまま体に回転をかける。
「かわい妹に手を出されたら、こちらも黙ってはいられない」
そして、一撃目の蹴りのスピードをそのまま乗せて、エセンの脇腹に蹴りこむ。エセンの体はビアンカから引きはがされ、猛スピードで壁に叩きつけられた。その衝撃で、気を失っている。
「お兄ちゃん……」
あまりに一瞬の出来事だったので、ビアンカはまだ、何が起こったのかを理解していなかったようだ。体が自由になったのを見て、ようやく安心したように声を上げた。
「大丈夫だったか、ビアン……ゴフッ!」
「お兄ちゃぁぁぁぁぁんっ!」
ビアンカはユリアンの胸に飛びつき、彼の心臓を圧迫させた。ビアンカの強力なしがみつきの前に、妹の頭をなでる余力は、この時のユリアンには残っていなかった。
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