複雑・ファジー小説

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君は地雷。【短編集】
日時: 2020/07/09 22:50
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)

 短編集をきちんと最後まで書ききったことがありません。計画性がない脳内クレイジーガールです。
 好きな時に好きなお話を書きます。そんな感じです。よろしくお願いします。


 


 目次みたいなもの

 ひとつめ >>006
 ふたつめ >>010
 みっつめ >>014
 よっつめ >>028
 いつつめ >>032
 むっつめ >>037
 ななつめ >>042
 やっつめ >>051
 ここのつめ >>055

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.8 )
日時: 2018/06/06 22:47
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: STnlKppN)

【 彼氏の結婚 】

 あっちゃんが結婚するらしい。と、お母さんがキッチンで買い物してきた食材を冷蔵庫に片しながら思い出したようにあたしに言ってきた。あたしは結構びっくりしたけれど、それを悟られないように心を押し殺して「へえ」と相槌を打つ。それから寝転んでいたソファから起き上がって、階段を上って部屋の扉を勢いよく開けた。充電器に刺したままにしてあったスマートフォンのロックを解除するけれど、何の通知もなかった。当たり前か。

 あっちゃん、結婚するのか。あたし、何も聞いてなかった。
 思ったよりショックが大きくて、いまだに心臓がどくんどくんと脈打つ速さが異常だ。

 「知らなかったよ、あっちゃん」

 スマートフォンの壁紙は、あたしとあっちゃんの一緒に映った写真。京都であたしが着付けをして、あっちゃんと一緒に写真をとってもらったやつ。この時に可愛いね、って言ってもらったのはもう一生忘れられないと思って、プレゼントしてもらった簪は宝物になって。それなのに、あっちゃんはあたしを捨てて、他の人のものになるんだ。

 あっちゃんはあたしの幼馴染で、あたしの彼氏だった。付き合いだしてもう三年になるのに、あたしはあっちゃんのこと何も知らなかった。
 あっちゃんが浮気してたんだろうか。そんな器用なことができたんだ。あたし、知らなかったよ。

 スマートフォンが振動しない。あっちゃんからの連絡がない。早く何か言い訳をしてよ、と心の中で弱いあたしが喚き散らして、自然と目頭が熱くなって視界がぼやけた。目の縁にたまった雫が零れ落ちたと同時に、あたしのスマートフォンが振動した。あっちゃんの名前のアイコンがぴこんとあたしの視界を埋め尽くして、次のデートはどこ行く、みたいなそんなノリのラインが届いた。
 なにそれ。って、あたしはちょっとだけ笑った。あっちゃんは知らないんだろうな、あたしの気持ちを。



 「知ってたよ。あたしが浮気相手だったの」

 あっちゃんがあたしの彼氏。あっちゃんがいつかいなくなるまでは、彼はあたしの彼氏。不釣り合いなこんな地味女があっちゃんの彼女だ。
 あっちゃんが結婚したら、この関係は破綻するだろうか。あっちゃんはいつあたしに本当のことを告白するのだろうか。いつ、結婚しちゃうんだろうか。
 ベッドに寝転んで、あたしは布団をかぶって大きな声で泣き叫んだ。気づいてた。気づかないふりをしてた。あっちゃんが好きだ。だから、あたしは、あたしの感情に嘘をつき続ける。

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.9 )
日時: 2018/06/29 22:25
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: STnlKppN)

【 振り返れば青 】

 信号機の青が点滅している。チカチカ、チカチカ。
 さっきまで隣で喋っていた二人の少年が足早に駆けていく。モノクロの横断歩道に残されたあたしは、ビービーとクラクションを鳴らす車に睨まれながらゆっくりと前に歩いていく。

 「おい、赤だぞ! 見えねーのか、ガキっ」

 そんなのあたしが一番わかってるよ、心の中で少しだけ悔しがりながらあたしはゆっくりと歩いていく。右折してきた車があたしの前で止まる。運転手がイライラしているのは見てすぐにわかった。さっさと行け、と今にも声になりそうなその表情。
 ギブスでもつけていたらこんな風にならないのだろうか。松葉づえでもついていれば、こんな風に怒られないのだろうか。いっそ、車いすに乗っていたらこんな……
 考えても結論は出ない。足に伝う激痛は、あたしの奥深くまで侵食していって、死にたいと漏れそうになった言葉は喉につっかえて出てこなかった。助けてなんて死んでも言えない。苦しくて吐きそうで、目の縁がじんわり熱くなる。

 「大丈夫? 歩ける?」

 ふいに横から声がかかった。あたしはびっくりしてその人を凝視する。見たことのある顔、それはさっきの右折車の運転手だった。

 「……えっと、ごめんなさい」

 さっきまでイライラした顔してたくせに、どうして、とあたしは思わず顔を伏せてしまう。

 「あ、足が……悪くて、ちょっと、歩くのに時間が……」
 「そう。じゃ、ゆっくりでいいから、あとちょっとだし渡り切ろうか、俺支えるから」

 運転手があたしの体を支えてゆっくりと歩き始める。あたしはそれに体を委ねて前に進んでいく。渡り切ったころにはもう信号は青に変わっていた。長い横断歩道だったから、最初からあきらめればよかったんだ。あたしは申し訳なくなって顔が真っ赤に染まる。

 「なあ、あんた」

 この人はわざわざ路肩に車を止めてあたしのところに来てくれたんだ。周りからしたらきっと偽善者に見えるんだろうな、とあたしは少しだけ思った。電車で席を譲った人を馬鹿にする風潮はいつになっても消えないから。王子様気取りの善人ぶってる人間だと、周りはその人を辱める。

 「こういうのはしゃーねーんだから、そんな泣きそうな顔すんなって」

 男の人はそう言ってあたしの頭をくしゃくしゃと乱雑に撫でた。あたしはこの行為で何かつっかえが外れたのかぼろぼろと滝のように涙が零れ落ちてしまった。「うわ、泣くなよ」と男の人が困った顔をしながら、それでも笑ってあたしの頭を優しく撫で続けてくれる。



 声を上げていいんだって思った。形がなくても「助けて」って。
 

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.10 )
日時: 2018/07/02 23:46
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: STnlKppN)

 2018年 6月


 >>007 あたしと少年A
 (あたしは君のことが死ぬほど嫌いなんだって、)

 >>008 彼氏の結婚
 (知ってた、知らなかった。あたしはきっと、二番目の女)

 >>009 振り返れば青
 (助けてって言えるのは、そんな簡単なことじゃない)

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.11 )
日時: 2018/07/19 21:00
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: BBxFBYlz)

【 君のいない夏に溺れる 】

 夏は嫌いだ。日照りが強くなっていくたびに、日傘をさすおば様が増えていくたびに、蝉の鳴き声が煩くなるたびに、あたしは思う。首筋を伝う汗が地面に落ちて蒸発していく。吸い込んだ空気も熱くて、じわじわとゆがみ始めた視界が、あたしの気持ちをゆっくりと握りつぶしていく。

 ほら、今日も。

 いないじゃん、と浜辺を見渡しながらあたしは大きくため息をついた。待ってる、なんてあいつの言った言葉は嘘ばっかり。ペテン師だ。あたしの恋心を弄んだ詐欺師。糞野郎と大きな声で叫んでサンダルをはいた右足で白砂を思いっきり蹴り上げた。あたしの暴言は波音で消されちゃって、きっと誰にも聞こえてない。きっとあいつにも聞こえてはいないのだろう。

 俺、待ってるから。お前のこと、いつまでも、いつまでも、



 待ってるから。って、あいつがあの夏の日、今にも泣きそうな顔で無理やり笑ったくしゃくしゃの顔で、言ったから。だから信じた。あいつも信じてくれてたのかな、あたしが帰ってくるって。

 あれから十年の月日が経ったよ。もうあいつが待ってるわけもないのに、わかってるよ。あたしだけがずっとずっとこの約束に囚われて、あいつのことを思い続けて、あいつの思いを殺したことを後悔し続けるって。

 大きな声を上げてあたしは泣いた。十年前はこんなんじゃなかった。いつもあいつの隣で太陽の下、ひたすら走って海に飛び込んで、びっちゃびちゃになってひたすらに笑った。大好きだった、あたしもあいつも。きっと夏が好きだったんだ。

 「好きだよ、好き、なんだよ……ばかあああああああああああ」

 あたしの気持ちはこの夏と一緒に、きっと消えていく。
 さよなら、あたしの初恋。と自分勝手に吹っ切って、きっと傷つけたあいつのこともあと数年で忘れちゃうんだろうな。じわじわと熱気が波風に運ばれてあたしを包み込んだ。サンダルを脱ぎ棄てて、裸足になって、あたしは熱の籠った砂の上を走る。青春は、あいつと一緒に過ごした夏とともに溺れて死んだ。

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.12 )
日時: 2018/07/24 23:46
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: BBxFBYlz)


【 夏の殺し屋 】


 聖くんが、死んだ日はとても暑い暑い日のことでした。

 「なんで、ひーくん死んじゃったの?」
 「知らねえ。世界に絶望したんじゃねえの。俺たちと一緒じゃん」

 聖くんは四十度を超えた室内で熱中症で亡くなっていたところを近所に住んでいる主婦に発見されたそうです。

 「ひーくんはどうしてお水を飲まなかったのかな?」

 脱水症状が酷かったらしい、何でそんなに苦しくなるまで聖くんはお水を飲まなかったのだろう。ちょっとでも体内に水分を摂り入れていたならばもっと違う結末だっただろうに。

 「ひーくんは、死にたかったからお水を飲まなかったの?」
 「じゃねえの。あいつはそんな奴だ」

 あたしたちは友達じゃない。あたしたちは仲間じゃない。あたしたちは運命共同体だ。生きるのも死ぬのも一緒に、って約束をしていた。もちろん聖くんも。死ぬなら言ってほしかった。そしたら彼を一人で逝かせなかったのに。

 「お前は聖のことが好きだったんだろ。だから勝手に旅立ったのが許せない」
 「ひーくんは、苦しんで死んだのかな」
 「夏の熱気と湿度の籠った電子レンジの中で、きっと泣きながら死んだんだよ」

 きっと、次は俺たちもだよ、とベンチの隣に座った山ちゃんはため息をつきながら首筋の汗をぬぐった。今日も気温は三十五度を超えている。あんまり外に出ないほうがいいと天気予報のお姉さんが注意を呼び掛けているのを思い出して、何でかちょっと笑ってしまった。あたしたちにとってはきっと室内でいるほうが苦痛だから。

 「ひーくんは殺されたんだよ」
 「俺たちも殺される」
 「今年の夏に殺される」
 「誰も救ってはくれない。俺たちは」

 エアコンも扇風機も何もない。窓を開けても熱で温められた温い風がやんわり入ってくるだけ。そんな部屋にあたしたちは閉じ込められる。暑いよ、熱いよ、泣いても誰も助けてくれない。なら、あたしたちはきっと外にいたほうが安全だ。

 「コンビニ、行く?」
 「お金ないよ」

 聖くんは死んだ、聖くんは殺された。
 あたしたちと同じ薬物中毒の親によって、見殺しにされた。あたしたちはお互い手を取って生きようって決めたばっかだったのに。今年の夏はどうにもできなかった。暑くて苦しくて、どうにもできなかった。
 お水が欲しい。体内が水分を欲する。でも、与えられない。飲めない水道水でもいい。あたしたちに生きる希望をください。


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