複雑・ファジー小説

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君は地雷。【短編集】
日時: 2020/07/09 22:50
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)

 短編集をきちんと最後まで書ききったことがありません。計画性がない脳内クレイジーガールです。
 好きな時に好きなお話を書きます。そんな感じです。よろしくお願いします。


 


 目次みたいなもの

 ひとつめ >>006
 ふたつめ >>010
 みっつめ >>014
 よっつめ >>028
 いつつめ >>032
 むっつめ >>037
 ななつめ >>042
 やっつめ >>051
 ここのつめ >>055

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.38 )
日時: 2020/05/04 23:04
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)

【 君を食べたい。 】


 それにしても、その気持ちの悪い口説き方どうにかならないの。あたしが溜息まじりにそう言うと、彼は少し照れたように笑って「僕は正直者なんだ」と嘘をつく。
 今日で彼が私のもとに通って六十三日目。二か月が過ぎたとある春の日のことだった。

「どうしても、君は僕のお願いを聞いてくれない?」
「そうね。嫌だわ、だってあなたは馬鹿な人間どもと一緒だもの」
「君の言う「馬鹿な人間」と僕が同じかどうかはそれは君の主観でしかないよ」
「そうね。客観的に見たとしてもきっとあたしと同じ意見を持つ人がほとんどだと思うわ。そんな迷信を信じちゃって馬鹿みたい」

 こんなに毎日毎日馬鹿みたいに通いつめるこの男に、あたしは少しだけ感心していた。みんな彼と同じようにあたしのもとに通っては、諦めて帰ってしまうから。そこからもう二度と足を運ばない。でも彼だけは気持ち悪いくらいに、ずっとあたしに会いに来ていた。

 地元では有名な、人魚のいる場所と噂されるこの場所には、彼みたいに毎年数人とある願い事をしにやってくる。もちろんこの人魚伝説はあくまで噂であって、地元の人間は他所では絶対に口にしない。口にしてしまうと何か良くない厄災があるとかないとか、もちろん噂だからほとんどの人間は信じていない。だけど、たまにやってくる。たまたま噂を聞いてしまった若者が。みんな揃って同じことを言う。


「 人魚の肉を食べると不死身になるって聞いたんだけど 」



 むかしむかし、人魚の肉を食べた人間が何百年も生きたらしい。それももちろん噂。そんなことあるわけない。
 でも、その噂が人間界で流れたかと思うと、人魚狩りが始まった。見つかった人魚たちはみんな殺され、人間たちの食い物になった。
 だけど、人魚の肉は人間には毒である。そんなこと知る由もない人間たちは、人魚の肉を食べてバタバタと死んでいった。そこから、人魚の話は絶対禁句。言ったら人魚に殺されるとでもまた噂を流したのだろう。
 そして噂はすべてぐちゃぐちゃになって、人魚の肉を食すと不死身になれる、という迷信は一部の人間だけ知ったまま、それもまた噂として消えていった。


「不死身になってどうしたいの?」
「僕にはどうしてもやりたいことがあるんだ」
「でもあたしの肉を食べても不死身にはなれないかもしれない」
「そうかもね」

 人間の気配には敏感だったはずだった。彼に背後をとられたとき、あたしは恐怖を隠せなかった。どうしよう、逃げられない。殺される。
 人間がこの場所にくるとき、必ず姿を現してはいけない。何故なら、ここに来るってことは望みはたった一つだけだから。
 彼に初めて見つかってしまった日、その日のことを鮮明に覚えている。

「君はもしかして人魚?」


 彼の嬉しそうに少し上ずった声が耳にこびりついて離れない。
 初めて会った日も、今日と同じように彼はあたしに背筋も凍る気持ちの悪い告白をしてきたのだ。「君を食べたい。」くだらない、最悪な、愛の告白。

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.39 )
日時: 2020/05/06 22:57
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)




【 もうひとりの彼女 】






 人殺し、と強く俺を睨む彼女の瞳が、鮮明に脳にこびりつく。
 

 「寛太くんはさ、死にたいって思ったことある?」

 忘れることができないくらいに、その映像は何度も何度も繰り返しリピート再生される。
 校舎裏にある花壇に水やりをしながら彼女はあの日、俺に聞いてきた。

 「あたしはさ、どうしても守りたいものがあるんだ」

 息をするのが苦しかったあの日、彼女が俺に救済をくれた。幾度となく思いだす。あの日、君が悲しそうに笑いながら言った言葉を。

 「だからさ、あたしのこと、」

 殺してよ。
 短く呟かれたその言葉は音にはならなかった。だけど、彼女のさくらんぼ色の唇はそう動いたし、俺の唖然として顔を見て彼女がけらけら笑ったのも事実だった。

 「寛太くんにしか、できないことなんだ」

 あの日のことをまた、思い出す。何度も何度も夢に見る。こびりついて離れない。
 




*****


 夏休みが終わった九月一日。彼女は唐突にやってきた。
 容姿も声も何一つ変わらない。彼女とそっくりなそいつはいとも簡単に教室に馴染んだ。

 前の席だったそいつが朝のホームルームが終わった後に、くるりと体をこちらに向けて微笑む。

「久しぶり」

 笑ったそいつの顔は、彼女の顔と瓜二つだった。


「どうしたの寛太くん。そんな怖い顔しちゃって」
「……え、なんでも」
「いやだなあ。そんな、死人を見てるみたいに。あはは」

 一人で勝手に笑ったそいつは、上手く彼女になり切っていた。教師も生徒も、彼女の友達ですらそいつが彼女ではないことに気づかなかった。俺だけ。俺だけが違和感を隠せなかった。
 どこからどう見ても彼女なのに、俺だけにはそいつが彼女には全く見えなかった。

 放課後、カバンを持つとすぐに俺は教室を出た。靴箱に上履きを投げ入れて、靴を履きながら走る。息が切れながらも俺は必死に走って彼女のもとに向かった。蝉の鳴き声がうるさくて、太陽の強い光を浴びて汗がだらだらと滝のように背中を流れた。そこに辿り着くと、俺は受付ですぐに彼女の名前を言った。受付の女性が入館許可証を渡すと俺はいちもくさんに走りだす。廊下は走ってはいけません、まるで学校で言われるような声が聞こえた気がした。そんなのどうでもいい。俺は必死に階段を駆け上がって彼女のもとに向かう。
 彼女のネームプレートのあるその部屋の前に立つ。息はとっくの昔に切れていた。ぜーぜーと荒くなった息を整えて俺はその部屋に入る。


「ほら、」


 彼女はやっぱり眠っていた。ここにいた。
 安心したのか、俺の足は長距離を必死で走った疲労感で動かなくなっていた。へなへなとその場にしゃがみこんで、意識が少しだけ朦朧とした。そんな時に、そいつは現れた。


 やっぱりそいつは彼女と瓜二つの、そっくりな顔をして。


「寛太くん、何してるの」

 おんなじ声をして。学校の制服を着た彼女にそっくりなそいつは俺の後ろに立っていた。笑わずに、俺をじいと見下ろしていた。

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.40 )
日時: 2020/05/07 22:21
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)

【 もうひとりの彼女 2 】




 彼女が深い眠りにつく前に、泣きそうな声で言った。ごめんなさい、震える唇で必死に言葉を紡ぐ彼女の瞳には、涙が浮かんでいた。だけど、その日、彼女は泣かなかった。

 「許してほしいの」
 
 彼女がそっと裸足で椅子の上に立った。上から吊るされたロープに軽く触れて、少し躊躇ってこっちを見た。

 「全部全部なかったことに、なればいいなって」

 それはもう、無理なんだけどね。へらっと困ったように笑って、彼女は部屋を見渡した。彼女の部屋は花柄の淡い桃色の壁紙で、家具もピンクで統一された女の子らしいものだった。本棚の上に飾ってある年季の入ったテディベア。机の上に乱雑に積み重ねられた教科書。床に脱ぎ捨てられた制服。すべてが彼女の生きていた証拠だった。呼吸を整えて、彼女はまたロープを握る。
 ごめんね。彼女がまた泣きそうな声で言った。

 「弱いあたしを許してほしい。現実から逃げちゃうあたしを、どうか」



 許してほしい。彼女はそう言って、ロープのわっかを首にかけた。ぎゅっと彼女の首が締まる。勢いよく蹴り上げられた椅子が俺のもとに転がって、彼女の泣き叫ぶ声が聞こえた。助けて、その声は俺と彼女しかいないこの家に大きく響いた。苦しむ彼女の声に俺はじいっと耐えた。


 彼女の「死にたくない」という声が聞こえるまで。

 彼女を助けてしまったとき、俺は罪悪感で死にたくなった。ロープを急いで刃物で切り落した。彼女の体が地面に勢いよく打ち付けた。ガン、と大きな音が部屋中に響いた。
 彼女は死にたかったのに、そのために俺を呼んだのに。ひとりじゃ怖くて足がすくむかもしれない、だから側で躊躇わないように見ててほしい。そのために彼女は俺を呼んだのに。俺は彼女の望みと正反対のことをしてしまった。意識のなくなった真っ青な顔をした彼女をベッドに寝かせて、俺は部屋を飛び出した。触れた彼女はまだあたたかく、脈はあった。まだ彼女は生きている。

 怖くなって必死で走る。彼女はまだ生きている。もしかしたら助けたせいで俺は彼女に嫌われてしまうかもしれない。地面を蹴りながら、無我夢中で目的もなく走り続けた。近くにあったコンビニに入ると、店内の静かな音楽に俺は少しだけ冷静になって、歩き回った。奥にあったトイレに入って俺は呼吸を整える。気持ちが悪くて吐きそうだった。俺は夏休みが終わったあと、きっと彼女に嫌われる。許されない。

 *****



「やめてよ、そんな顔するの」
「だ、だって、ちょっと、待ってよ。だって君は、ほら、これ、君は昏睡状態の」

 言いよどむ俺をよそに、ドッペルゲンガーは笑わずに俺を責め立てる。

「どうしてさ、寛太くんは知ってるの。昏睡状態って。みんな知らないはずだよ」
「いや、だって」
「だって、今日も宮川有栖は学校に来てたもの。普通に登校してたでしょ、知るはずがないのよ有栖が入院してることは」

 俺を見下ろす女の瞳は憎悪で黒く染まっていた。
 病室のドアをそいつは閉めて、つかつかと中に入っていく。彼女は見舞い用のパイプ椅子に座ると、俺にもこちらに来いと手招きした。
 眠る彼女と、椅子に座った彼女の顔を見比べる。瓜二つのその顔に、俺はやっぱり声が出なかった。


「お姉ちゃんを殺したのは、寛太くんで間違いないんだよね」


 ドッペルゲンガーは人殺し、と強く俺を睨みつけた。
 その瞳が、俺の脳に深くこびりついて離れない。

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.41 )
日時: 2020/05/09 20:40
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)

【 もうひとりの彼女 3 】


 あの日はたまたま、お姉ちゃんに頼まれて母の誕生日プレゼントを買いに出かけた。いつもはお姉ちゃんと一緒に行くけれど、その日は何か用事があるみたいで、なら別の日にするよと言ったけれど、彼女はそれを断った。久しぶりの太陽の日差しに目がちかちかして、私はアスファルトの上を歩く。
 お母さんもお父さんもお姉ちゃんも、みんな私が学校に行けなくなったことを責めなかった。お母さんは他に勉強の仕方を考えてくれたし、お父さんは私の趣味になりそうなものをたくさん教えてくれた。お姉ちゃんは毎日学校であった楽しい出来事を私に聞かせてくれる。私はそんな、優しい家族みんなが大好きだった。ただ、それだけだった。

 プレゼントはピンクのお花の詰まったハーバリウムにした。近所のケーキ屋さんで予約してあったバースデーケーキを受け取って家に帰る。玄関は何故か開いていた。お姉ちゃんが閉め忘れたのだろうか。ケーキを冷蔵庫の中に入れて私は階段をあがる。お姉ちゃん、部屋の前で名前を呼んでも返事はなかった。ドアノブを軽く回して中に入る。

 「お姉ちゃん?」

 ベッドで誰かが寝ていた。多分お姉ちゃんだと思って私は近づいた。

 「おねえ、ちゃん、」

 頭から血を流してベッドで眠っていたお姉ちゃんを見た私は大きな悲鳴をあげて、しりもちをついた。吐きそうになりながら、パニックになりながら、考えるより先に「救急車」とうわごとのように呟いてポケットからスマホを取り出した。

 生まれて初めて呼んだ救急車。ちゃんと状態の説明とかを上手くできなかったけれど、ただただ私は意識を失って倒れているお姉ちゃんの傍らで泣き続けた。



*****

 友達ができたの。とお姉ちゃんが珍しく私に話してくれた人のことを思い出した。
 病室でお姉ちゃんは眠っている。頭を強く打った衝撃で昏睡状態になってしまって、いつ目覚めるかはまだわからないみたいだった。でも首を絞めたあとのような、赤い線が首のまわりについていて、部屋に落ちていたロープから彼女が首吊り自殺をはかって死にそこなったのだろうと、医者に言われた。お姉ちゃんはそんな自殺を考えるほど病んでなかったし、きっと誰かに唆されてこんなことをしたんだ、こんな風にされたんだ、そう私は思っていた。

 お姉ちゃんが珍しく、あのとき男の子の名前を出したのを思い出す。
 確か名前は、「寛太くん」


 有紗に似てるんだ。お姉ちゃんは彼のことをそう話した。
 

 お姉ちゃんのスマホを勝手に調べた。きっと目が覚めたときにお姉ちゃんにたくさん怒られるだろうけど、そのときはちゃんと謝ればいい。お姉ちゃんは私とは正反対の性格で、明るくて社交的で誰にでも優しくあたたかい人間だった。友達とのやり取りがたくさん残っていたけれど、一番最新の部分には想像したとおり、その名前があった。

「寛太くん、って」

 病室で眠り続けるお姉ちゃんの横で、私は彼女と「寛太くん」のやり取りを眺めていた。一番最新のメッセージは「今日でいいの?」「今日がいいの」「何時に行けばいい?」「じゃあ十三時すぎぐらいに」
 このやり取りはお姉ちゃんが自殺未遂をはかった日のものだった。だから、その日、お姉ちゃんが死のうとした日、彼は間違いなくお姉ちゃんに会ってたんだ。
 私だけが何も知らずに、私だけが取り残される。何があって、どうしてお姉ちゃんはこんな風になってしまったのか、私だけがきっと何も知らない。
 鏡を見る。のびきった黒髪をぐっとうしろで結んだ。顔はやっぱり瓜二つ。だって一卵性双生児。私たちは双子だったから。
 長い髪に鋏を入れる。じょきじょきと、髪の束が地面に落ちていく。夏休みが終わる数日前のことだった。私ならできる、そう思った。
 お姉ちゃんになりきれる。ここに眠ってるのは私だ。私は今から有栖になる。無理やり脳みそに言い聞かせて、鏡の前で笑う練習をする。


 私は知りたかった。お姉ちゃんがどうして死のうとしたのかを。

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.42 )
日時: 2020/05/10 21:38
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)

 2020年 4月


 >>030 「 死神さんと 」
 >>031 「 死神さんと 2 」
 >>033 「 死神さんと 3 」
 >>034 「 死神さんと 4 」
 >>035 「 死神さんと 5 」
 >>036 「 死神さんと 6 」
 (優しくなりたい、その言葉が耳にこびりついて離れない)


 ※ 少し長い、続き物のお話です


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