複雑・ファジー小説

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君は地雷。【短編集】
日時: 2020/07/09 22:50
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)

 短編集をきちんと最後まで書ききったことがありません。計画性がない脳内クレイジーガールです。
 好きな時に好きなお話を書きます。そんな感じです。よろしくお願いします。


 


 目次みたいなもの

 ひとつめ >>006
 ふたつめ >>010
 みっつめ >>014
 よっつめ >>028
 いつつめ >>032
 むっつめ >>037
 ななつめ >>042
 やっつめ >>051
 ここのつめ >>055

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.43 )
日時: 2020/05/12 22:21
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)





 □ つぶやき。



 コロナの影響で自粛、自宅待機が続いている状況です。これを機に、久しぶりに筆をとることに致しました。
 前までは1話完結の短いほぼショート・ショートみたいなお話ばかり書いてきましたが、これからは少し長めの続き物にもチャレンジしたいなと思っております。昔書いていた作品も、時間があったらこちらに移したいと思っております。またいつのまにか消える可能性もありますが、しばらくは二日に一回くらいのペースでは更新できますので、お時間がありました読んでいただけると嬉しいです。
 参照が2000を突破しておりました。読んでくださる皆様ありがとうございます。


 脳内クレイジーガール
 

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.44 )
日時: 2020/05/23 11:53
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: lh1rIb.b)

【 もうひとりの彼女 4 】



「……お姉ちゃんが自殺をはかった日、あなたはお姉ちゃんと会ってたんでしょ」
「……君は、宮川有栖の妹さん、で間違いないのかな」
「そうよ。双子で、しかも一卵性。そっくりでしょう、誰も私を「有栖」だと思って疑いもしなかった。友達なんて所詮そんなものよ」

 吐き捨てるようにドッペルゲンガー、もとい彼女の妹は俺の隣に座った。
 深い眠りについている宮川有栖をじいっと見て、「ほんと馬鹿」とぼそりと呟く。

「お姉ちゃんはどうして死のうとしたの?」
「……知らない」
「どうしてお姉ちゃんがこんなふうにならなきゃいけないの」
「……俺は」

 宮川有栖の妹は譫言のようにぶつぶつと呟いて、瞳に涙を浮かべていた。

「あの日、お姉ちゃんが私にお使いを頼んだの。一緒に行こうって言ったら、予定があるって断られた。予定って何だったの、あなたに会う予定じゃなかったの」

 病室はとても静かだった。妹の震える肩を見て、俺はどう答えればいいのかわからなくなってしまった。彼女にとって宮川有栖は誰よりも大切な、たった一人の姉だったのだ。勝手に死のうとしたことに裏切りを感じても仕方がない。それを、赤の他人が知ってたなんてそれはもっと屈辱なのだろう。

「俺は何も知らないよ」

 嘘つけ。妹は立ち上がって叫ぶように吐き捨てた。勢いよく立ち上がったせいか、パイプ椅子がガシャンと音を立てて倒れる。じいっと地面を見て、彼女はこちらを見ようともしなかった。

「君のお姉さんが死のうとしたとき、確かに俺は彼女のそばにいたよ」
「なんで止めなかったの」
「止めたよ。彼女が死にたくないって言ったから、だから止めた」
「そんなの、じゃあお姉ちゃんが「死にたい」って言ったらあなたは止めなかったってことでしょう」

 最低だ。最低な男。クズ、と言わんばかりに俺のことを責め立てる妹。瞬間、俺の頬にひりっと痛みが走った。彼女が怒りに任せて平手打ちしたことに気づいたのは、彼女が嗚咽をもらして泣き始めたときだった。

「どうして、どうして、あんたなんか、お姉ちゃんの何にも知らない」

 馬鹿。あほ。間抜け。子供がいうような罵詈雑言を浴びせて、彼女はわんわん泣きわめく。
 俺は彼女に何もできなかった。ごめんね、と謝ることしか。

 地団駄を踏みながら、わんわん泣きじゃくる。こどものようだった。



 宮川有栖の妹は、姉の眠るベッドで何度も繰り返し「ごめんね」と謝って、泣いていた。




 □



 守りたいものは、プライドですか。


 宮川有栖に聞くと、彼女は笑って「そうかもね」と言った。群青色の空を見ながら、彼女はずっと花に水をあげていた。綺麗に咲いてくれてありがとう。言葉の分かりっこない花に話しかけて、答えも返してくれない花と会話をしているかのように微笑んで相槌をうつ。
 あの日、見たものをどうか「忘れてくれ」と彼女は言った。
 忘れられるわけないのに。君だって忘れることなんてできないのに。


 誰にも知られたくないんだ。あたしには守らなきゃいけないものがある。





 あの日、体育倉庫で見たものを、俺は今も、忘れることができない。

Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.45 )
日時: 2020/05/17 02:03
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)

【 もうひとりの彼女 5 】


 世界は汚いもので、溢れている。



***


 テスト期間中で、生徒がほぼ帰ったあとの放課後。
 教室で勉強をしていたはずなのに、いつの間にか寝入ってしまっていて、気が付いたら窓の外の景色は少し暗くなってきていた。教室の施錠をして学校を出る。自転車を取りに行く途中の道で、何人かの男子とすれ違った。見たことのある。運動部のカースト上位のチャラそうなやつら。関わりなんてないから俺は何も気にせずすれ違った。
 ガタンと小さな音が聞こえたのは、その時だった。本当に小さな遠くから聞こえたような音だったから、最初は無視していたけれど、何でか無性に気になって向かった。

 いつも鍵がかかっているはずの体育倉庫が、簡単に開いたとき、俺の違和感はちゃんと仕事した。
 嫌なにおいが鼻を刺激する。吐き気がするような、嫌なにおい。
 声が聞こえた。小さな、絞り出すような小さな声。女の子の泣き声だった。
 ひく、ひっく、しゃくりをあげながら、掌で必死に口元を抑えて声が漏れないように、彼女はずっと泣いていた。



 「み、やかわさん?」




 クラスメイトの、宮川有栖がそこにいた。体育座りで小さくなって、彼女は泣いてた。
 ブラウスが引きちぎられたように破れていて、青白い肌が露わになっている。

 痣が、彼女の体中に、まとわりついていた。

「見ないで」

 彼女が俺の顔をみる。まるで怪物でも見てるかのように、怯えた瞳だった。
 涙でぐちゃぐちゃの顔で彼女は言った。こっちにこないで、叫ぶように、でも消え入りそうな声で彼女は言った。髪の毛は誰かにひっぱられたのか乱れていて、彼女は何度も咳き込んで咽ていた。
 俺は彼女の前にしゃがみ込んで、制服のポケットからハンカチを取り出して渡した。

「気持ちわるい」

 彼女はずっと泣いていた。俺のハンカチを受け取ることなく、ずっと小さくまるまったまま、声を漏らすことなく泣いていた。
 腕にはロープか何かで縛られたような痕がついていて、足には暴行を受けた痣がひろがっていた。
 

「汚い」


 彼女は譫言のようにぽつぽつと言葉を漏らしていく。


「汚い。汚い。汚い。汚い。」




 壊れたロボットのように、何度も同じ言葉を繰り返す。目は虚ろで、どこを見ているのか、視点は安定していなかった。


「汚いよ。汚い。いやだ、あたしは、汚い」


 彼女がゆっくり立ち上がった。切り傷が酷い足を引きずりながら、出口に向かう。だけど、彼女の足はそこで止まる。外に出れずに彼女はまたしゃがみ込んで泣いてしまう。


「宮川さんは汚くないよ」
「……汚いよ。だって、あたしは、あいつらに」
「汚くないよ。その先は言わなくていいから」
「でも、あたしは、あたしはっ」


 誰にやられた、何をされた、彼女の口から言わせることは死んでもできない。


 うずくまるように、酷く小さな声で泣き叫ぶ。

 助けて、と彼女は最後まで言わなかった。




 たぶん、そのときも、彼女は言えなかったんだろう。




 彼女は何度も自分のことを汚い、という。汚くなってしまった、と。
 俺がもう少し早くここにきていたら何か変わっていたのだろうか。のうのうと通り過ぎていったあの男たちの笑った顔を思い出すと腸が煮えくり返りそうだった。彼女の人生をめちゃくちゃにしたのに、あいつらは今ものうのうと笑っている。きっと彼女は永遠に許せないだろう。でも、このことは絶対に口にはできないのに。あいつらも、きっとそれをわかっていてやったのだ。

「許せないよ。こんなの、おかしいじゃん。こんなので泣き寝入りする必要なんてないじゃん。こんなの、宮川さんが辛いだけじゃん」
「……でも、もうどうしようもない。だって、もう終わったんだもん」
「でも」
「あたしは汚された。もう戻れない」


 体育倉庫にひろがる、独特な、嫌なにおいと、
 彼女の泣き声と、
 吐き気のするような悲惨なこの状況が、すべて教えてくれた。




「ごめんね。言えないよ、誰にも。だから寛太くんも言わないで。お願いだから」


 彼女は縋るように俺に土下座をして頼み込んだ。見たくない光景だった。


「あいつらにされたこと、誰にも言わないで」






Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.46 )
日時: 2020/05/18 22:32
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)

【 もうひとりの彼女 6 】


 その日、あたしは唐突に真っ暗闇に突き落とされた。



***


 普通の女の子のはずだった。家族に愛されて、友達もたくさんいて、ちょっと気になる男子がいる。そんな、どこにでもいる女の子だった。
 あの日はどうしてああなったのか、ちゃんと覚えていない。本当のことを言うと、思い出したくないだけなのかもしれない。テストが終わって放課後に図書室に本を返しに行ってたことは覚えている。そこで確か司書さんとつい話し込んでしまって、気が付いたら夕焼けが綺麗な時間になっていた。

 早く帰らなきゃ有紗が「遅い」って拗ねちゃう。電車の時間を調べながら校門に向かって歩いていた。その時に、それは、唐突に。
 ぐいっと後ろから。最初は男の人に腕を引っ張られた。振り返ったとき、私の目には数人の男たちの奇妙な笑みが映った。「誰ですか」と言葉を発する前に、男は私の腹に思いっきり蹴りを入れて、私を踏みつけた。げほげほと咳が止まらずに、この状況が何かすぐに理解することができなかった。意識がぼんやりとして、頭がぐわんぐわんと揺れるように痛かった。
 気が付いた時には私は体育倉庫の中で裸にされていた。いいように数人の男たちに体を弄ばれていて、怖くて声が出せなかった。逃げようとするとそいつらは私を殴ったり蹴ったり、それはもうおもちゃでも扱っているように。怖くて怖くて涙だけは滝のようにだばだばと流れ落ちた。声はどうしても出なかった。体中が悲鳴をあげている。逃げなきゃいけないという本能が、彼らの暴力によって薄れていく。すべて終わった時には、心はもうなかった。

 笑いながら男たちは去っていった。
 ごめんね、ちょっとした遊びなんだ。

 吐き気が止まらなくて、何度も地面を叩いて怒りをぶつけた。地面に擦れた手が切れて、赤い血液が滲んだ。気持ちの悪い液体の匂いが、また吐き気を呼び起こした。

 死にたい。死にたい。
 あいつらが面白半分で、ゲーム感覚でやったことが、どれだけあたしを苦しめたのか、そんなのあたしにかわからない。あたしだけが、この苦しみを知っている。
 高校生なんだから。まだ未来はあるでしょ。きっとこのことを誰かに吐露しても、言われることはそれだけだ。仕方ない。もう終わったことだから。どうしようもない。これからのことを考えなさい。


 あたしの気持ちがわかるのは、あたしだけだ。

 体育倉庫の扉が開いた時、あたしはあいつらの誰かが帰ってきたのかと思って怖くなった。
 彼があたしの名前を呼んだ時、あたしは酷い寒気に襲われた。


「宮川、さん?」


 クラスメイトの寛太くんの声だった。あたしが密かに思いを寄せていた男の子。ちょっと頼りなくて、頼み事は断れないイエスマンで、優しくて、いつもあたしに笑顔で挨拶してくれる男の子。
 見られたショックが、あたしの背筋を一気に凍らせた。

 こんなに汚いあたしを、見られてしまった。
 彼は優しいから、きっとあたしのことを助けてくれる。だけどあたしの望みはそうじゃないんだ。あたしは、本当は、ただ。

 寛太くんに好きって告白できる、そんな普通の女の子でありたかっただけだから。
 もう戻れない。もう、数時間前の綺麗なあたしには戻れない。あたしは汚い。


 死にたいんだ、と寛太くんに言うと、彼は「そっか」と短く相槌を打った。
 「俺は生きてほしいな」彼は困ったように笑って、あたしの頭を優しく撫でた。
 どうしようもなかった。なりふり構っていられなかった。
 これは、あたしの小さな小さなプライド。

 汚いあたしはもう一生彼の隣にはいられないから。
 だけど、あたし以外の人間が彼と幸せになるのを見るのはつらい。

 寛太くんの記憶に残るように。寛太くんのことを思って死にたかった。
 あたしは夢の中にいる。寛太くんがあたしのことをずっと抱きしめてくれている、幸せな夢の中に。




Re: 君は地雷。【短編集】 ( No.47 )
日時: 2020/05/20 21:31
名前: 脳内クレイジーガール ◆0RbUzIT0To (ID: rtUefBQN)

【 もうひとりの彼女 7 】


 入れ替わりに唯一気づいたのは、寛太くんだけだった。あとのクラスメイトは私が双子の妹だなんて疑いもせずに私を「宮川有栖」だと思っている。
 親友だと言ってた女も結局は私とお姉ちゃんの違いが判らない。
 お姉ちゃんみたいに明るく優しくいい子にしていれば、疑いもしない。
 顔さえ同じならどっちでもいいんだ。私でも、お姉ちゃんでも。

「宮川さん」

 放課後の教室で、彼と二人きりになる。私は気まずい空気が嫌で帰ろうと席を立ったけれど、彼はすかさず声をかけてきた。


「ちょっと、無視しないでよ」
「無視してない。てか触んないで、きもい」

 帰るなら施錠手伝ってよ、と彼は私に鍵を思いっきり投げつけてきた。
 イラっとして彼を睨みつけるけれど、彼は黙々と窓の施錠を始める。手伝え、という無言の圧に耐えきれなくなって、私も隣の窓を閉めた。葉っぱの紅葉が始まっていて、地面に落ちた黄色い葉っぱが絨毯のように広がっていた。そこに何人かの生徒がたむろっていて、そのうちの一人がこっちを見た。
 じい、と私の顔を見て、そして口元を緩めた。気持ちの悪い、笑みだった。

「どうしたの、」

 何見てんの、と彼が声をかけてきて、私はびっくりして窓から目を逸らす。

「な、なんでもない」

 カバンを持って教室の電気を消す。早く出よう、と私が言うと彼もカバンを持ってついてきた。
 私が「宮川有栖」じゃないと気づいた唯一の人間だった寛太くんは、結局気づいた後も特に何事もなかったかのように私に接してくる。ただ、登下校のたびに私を迎えに来て、送っていく。まるで、何か危ないものから私を守っているかのように。

「ていうかさ、そろそろやめない?」
「何を?」
「え、こうやって送っていってくれるの、気持ちは本当に有難いけど、そうじゃないじゃん」
「そうじゃないって、何が」
「だって、私はお姉ちゃんじゃないもん」

 お姉ちゃんを見殺しにしようとした男だ、彼は。許せるはずがない。
 だけど、お姉ちゃんが死のうとした事実は変わらない。彼が止めても結局お姉ちゃんが「死にたい」と苦しんでいたことには変わりがない。
 彼を責め続けた。だけど、時間が経つたびに胸が酷く痛くなっていく。



 何も気づけなかった。私は。お姉ちゃんを助けられなかったのは私もなのに。



 秋はもうすぐ終わる。風が少し冷たくて、衣替えした制服は最初は暑くて嫌だったけれど、最近は少しくしゃみがでるようになった。私が小さくくしゃみをすると、彼は自分の着ていた上着を私に貸してくれた。いいよ、と言ったけれど彼は何も言わずに隣を歩き続けた。
 玄関で靴を履き替えて外に出る。さっきの紅葉した落ち葉の場所にはもう誰もいなかった。あの気持ちの悪い笑みの男はもういなかった。一体誰だったのか、どうして私を見て笑ったのか、気になったけれど言葉にはしなかった。
 きっと、この男はまた気にして余計に心配しそうだから。

 過去に何かしらお姉ちゃんとあったのだろう、とは予想できた。だけど、それを深く追求することはできなかった。というか、したくなかった。
 彼の隣を歩く。歩幅を合わせてくれているのか、少しゆっくり目に歩いてくれているのがわかる。途中でコンビニによってホットレモンを買ってくれた。ありがとう、と言うと彼は悲しそうな顔で「ごめんね」と答えた。
 


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