複雑・ファジー小説
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- 傘をさせない僕たちは
- 日時: 2019/10/30 13:29
- 名前: えびてん (ID: mkDNkcIb)
はじめまして!
えびてんと申します!
私の身近な人と身近な人は実は知り合いで、世間は狭いなあと感じることが多くてこのお話を書こうと思いました(*゜-゜)
主にそれぞれの恋のお話です( ´ ` )
ちょっとわかりづらいお話だと思うのですが、是非読んで頂けたら嬉しいです!
【 登場人物 】
@浅倉航平(あさくら こうへい) 25
→化学教師。
@水原茉里(みずはら まり) 24
→国語教師。
@武田夏樹(たけだ なつき) 17
→高校2年生。
@佐伯まな(さえき まな) 16
→高校2年生。
@瀬乃健人(せの けんと) 16
→高校2年生。
@西原恵(にしはら めぐみ) 17
→高校2年生。
@武田紗綾(たけだ さや) 24
→建築会社社員。
@井岡 瞬(いおか しゅん) 23
→建築会社社員。
@小宮山 剛(こみやま つよし) 42
→建築会社社員。
@小宮山綾子(こみやま あやこ) 39
→小宮山の妻。
@柳木 蓮(やなぎ れん) 22
→大学生。
@宇野美琴(うの みこと)25
→ピアノ科教師。
@浅倉結以(あさくら ゆい) 18
→航平の妹。
@相原直登(あいはら なおと) 19
→結以の友達(?)
@日向希穂(ひなた きほ) 19
→直登の大学のクラスメイト。
@藤井心春(ふじい こはる) 22
→カフェ店員。
@坂口椋(さかぐち りょう) 26
→画家。
- Re: 傘をさせない僕たちは ( No.32 )
- 日時: 2019/08/17 08:00
- 名前: えびてん (ID: i8PH9kfP)
#31 【 原因 】
それから2年、今に至るまで俺はりなをずっと避けてきた。
りなが帰ってくるとなれば、まなや夏樹と遊んでいても何かと理由を作っては1人で帰った。
まなはきっと今でも気づいていない。
夏樹は気を遣ってくれていたが、ここ最近はもう好きではないと、気にしていないと言っているせいか、何も言ってこなくなった。
が、あの日夏樹にバレてしまった。
まなが赤点をとり追試になり、夏樹と2人で帰ったあの日。
たい焼きを食べたあの日。
まなが俺に気があることくらい、まながあれ程分かりやすければいくら鈍感な俺でも気づいていた。
そして夏樹がまなのことを好きなのも気づいていた。
だが自分のことを言いたくなくて、何も気づかないふりをしていた。
今、りなはきっとあの祐介とか言う男と結婚をして2年になる。
きっと、幸せなはずだ。
2人でどんな話をするのかな。
どんな家に住んでるのかな。
新婚旅行は行ったかな。
もう子供とか、できたのかな。
なんて、考えてしまう俺って本当女々しい。
そして現在ーーー。
夏休み中のことだった。
いつものように夏樹とまなと遊んでいた日。
まなの家で、まなのお母さんの焼いたケーキを食べていた、そんな普通の日だった。
「ただいま!」
そんな声がした。
ギョッとした。
それは、紛れもなくりなの声だった。
「え、お姉ちゃん?!」
まなが不思議そうに呟き、立ち上がる。
夏樹も「えっ急だな」とまなに続く。
どうしよう。
俺は、まなたちに続くべきなのか?
りなの声を聞くのは2年ぶりだった。
何かと理由をつけて会わなかったのがまた気まずい。
遅れてリビングに行くと、りなが椅子に座り、その周りにまなや夏樹、直子がいた。
「・・・あっ!健人ーー!」
健人に気づくと、りなは立ち上がり健人に抱きついてきた。
「えっ」
健人は驚いた表情で固まる。
心臓の音がうるさい。
黙れ、黙れ。
りなは健人から離れると、「久しぶりじゃん!」と嬉しそうに健人を見上げた。
「ああ、うん・・・久しぶり」
健人が言うと、りなは元いた椅子に戻り話し始めた。
「健人、去年も一昨年も会えてなかったからさ〜」
りなが言うと、まなは「確かにね」と頷く。
夏樹を見ると、どこか気まずそうにハハハと微笑んでいた。
きっと俺が会いに来なかった理由を知っているからだ。
「で?お姉ちゃん急にどうしたの?」
まなが言うと、りなはムッとした表情で言う。
「祐介と喧嘩したのよ」
「祐介さんと?なんでまた」と直子。
直子がそこまで言うと、りなはムスッとしたまま何も答えなかった。
「・・・祐介が悪いの」
しばらくの沈黙のあと、りなは一言答えた。
「悪いって?なにかされたの?」とまな。
健人と夏樹はただ座って聞いている。
「祐介が・・・浮気したのよ」
は?
胸が熱くなった。
もうやめてほしかった。
これ以上、もう傷つきたくない。
気になりたくない。
何より、りなの悲しい顔なんか見たくない。
そんなの、高校生の時のりなだけで十分なんだ。
怒りが込み上げた。
「なんだよそれーーーーーー」
夏樹が言ったところで、健人が怒鳴るように言葉を被せた。
「なんだよそれ!」
健人が言うと、その場にいた全員が驚いた表情で健人を見た。
「健人・・・」りなは健人を見上げた。
健人の表情は怒りに満ちている。
その時、ガチャ、とドアが開く音と同時にリビングに「りな!」と声が響いた。
祐介だった。
「祐介・・・!」
りなはそう言って立ち上がり、祐介を見る。
祐介は「勝手に上がってすみません」と言ってからすぐにりなに駆け寄ってきた。
「誤解なんだって!」
「は、は?何が誤解よ?」
「あれは会社の同僚で、仕事でホテルの看板を撮りに行ってただけだって何度言えば分かるんだよ」
何があったのやら、ただの痴話喧嘩のようだった。
夏樹はすぐにそれを察し、顔をしかめると目を細めてにりなと祐介を見ていた。
その隣でまなは未だに状況が分からずにオドオドしているようだった。
健人は唇を噛み締め、ただ2人を見ている。
「だってそんな仕事聞いてないし!」
りなは怒って言い返す。
「わざわざこんな仕事があるとか言わないだろ」
「は?でもっそんな仕事なら!誤解されても仕方ないじゃない!」
「それはごめん。俺ももっとりなのこと考えて事前に言えば良かったんだ。ごめん」
「・・・そんなこと言ってっ浮気してたんじゃないの?」
「してないってば!証拠だってある」
祐介はそう言ってポケットから携帯を出し、何やらいじり始めた。
りなは「証拠・・・?」と言いながら祐介を見る。
祐介はりなに携帯の画面を見せる。
「これが証拠だ」
それは、その女性とのトークだった。
『今から向かいます』と祐介が言い、相手の女性が『分かりました。わたしは機材を持って行きますので、少し遅れます』と返ってきている。
その後にも仕事であろう会話がずっとあった。
りなはそれを見て、少し苦しいことを言い出す。
「で、でも・・・偽装したんじゃ・・・」
「そんなに俺のことが信用できないか?」
「そんなんじゃないけどっ!」
こんな調子で2人の喧嘩は続き、それが終わったのは2時間後の19時のことだった。
「ってことで・・・誤解でした。その、お騒がせしました・・・」
仲直りをしたあと、りなが4人に言う。
「もう、本当に人騒がせなんだから」
直子はそう言いながら晩御飯の仕度をしている。
「本当、申し訳ないです」と祐介。
「いいのよ、りなが勝手に誤解してただけなんだから」
言われ、りなはシュンとしている。
「ったく何が浮気だよ〜ガキじゃねんだから」
夏樹が言うと、りなは「うう〜だって〜・・・!」と夏樹を見た。
「もう一時はどうなることかと思ったよ〜」とまな。
健人は何も言わず、ただ座っている。
「ごめんなさい・・・。あたし、みんなにアイスでも買ってくる・・・」
りながそう言って立ち上がると、祐介は「俺も行くよ」とりなを見た。
「ああいいの、近くのコンビニだし、ちょっと1人で反省してくる」
と苦笑。
祐介は微笑み、「そっか、行ってらっしゃい」と手を振った。
「じゃあ行ってくるね」
りなはそう言って家を後にした。
「ったくよ〜・・・」
夏樹はそう呟き、ふと健人を見た。
なんだろうか、この気持ちは。
仲直りして良かったのに。
りなが幸せで良かったのに。
健人の中で、複雑な気持ちがうるさかった。
「てかこれ、りなの財布じゃね?」
夏樹が言った。
手に持っていたのはピンクの長財布。
「あ、そうだね。お姉ちゃんお金も持たずに行っちゃったんだ〜」
とまな。
夏樹は立ち上がり、財布を健人に差し出した。
健人は「・・・え?」と夏樹を見上げる。
「届けに行ってやれよ」
「でも・・・」
健人はそう言ってキッチンで直子の手伝いをしている祐介を見た。
「祐介さん、気づいてないし。俺もまなも面倒だし、お前さっきから湿気た面してるし、気分転換に外の空気でも吸って、りなにパシられてこいよ」
「夏樹・・・」
「行ってくる」
健人はそう言ってまなの家を出た。
- Re: 傘をさせない僕たちは ( No.33 )
- 日時: 2019/08/21 19:52
- 名前: えびてん (ID: Id9gihKa)
#32 【 あの頃の熱は 】
勢いで家を出たも、歩きながら少し考えた。
本当に俺がりなを追いかけて良かったのか。
祐介さんに気を遣うべきではなかったのか。
いや、そんなのどうでもいい。
今じゃなかったら、もう何も変われない気がした。
角を曲がった時、りなの姿が見えた。
りなは、公園のベンチで1人座っていた。
「りな!」
健人が声をあげると、りなはビクッとなり健人を見た。
「健人?どうしたの?」
りなは不思議そうに、歩み寄ってくる健人に言った。
健人は「忘れ物」と、財布を差し出す。
りなは財布を見て、「あ・・・」と苦笑し、財布を受け取った。
健人は微笑み、「バカかよ」とりなの隣に腰を下ろした。
りなは「あたし本当バカだ」と苦笑。
「うん、めっちゃバカ。ただの誤解であんな大騒ぎするとか。それでこんな所で1人で落ち込んでるとか。どんだけ面倒臭せえ性格してんだ」
健人は笑いながら言う。
りなは「だよね・・・ごめんなさい・・・」と俯いた。
りなはバカで、面倒臭くて、うざくて、落ち込みやすくて、メンタル弱くて、起伏が激しくて。
傍から見たら正直ダルいやつだ。
だけど素直で、真っ直ぐで、優しくて、正義感が強くて、いつも笑ってて、どんなときも笑わせてくれる。
だから俺はーーーーーーー。
「あのさ」
健人が言った。
りなは「ん?」と俯きながら答える。
「俺、ずっとりなのこと好きだった」
言うと、りなは「へっ?」と顔をあげ、健人を見た。
健人は表情を変えることなく続ける。
「小さい頃からずっと、ずっと好きだった。姉ちゃんとしてじゃなくて、女として」
「健人・・・」
「だから結婚するって知った時ショックだった。だからそれからはりなを避けてきた。今日も、本当は会いたくなかった」
言うと、りなは少し落ち込んだ表情を浮かべた。
健人は続ける。
「でも、会って良かった」
りなの表情が明るくなる。
「このままずっと会わなかったら俺、りなのこといつまでも忘れられずにいたと思う。でも今日会って、祐介さんとの喧嘩を見て、夫婦なんだなって思った。だから諦めがついた」
健人はそう言って微笑み、りなを見た。
「俺、りなのこと好きになって辛かった。でも、楽しかった。だから、ありがとう」
健人が言うと、りなは少し口を結んでから話し出した。
「・・・健人。あたしなんか、好きになってくれてありがとう」
「うん」
健人はそう言って微笑んだ。
「はーあ、俺の初恋は実らなかったかー。しかも痴話喧嘩見せられるとか」
健人が笑いながら言うと、りなは「ご、ごめんって!」とムッとした表情で言った。
「はは、いいって」
健人が言うと、りなは「あたしね」と話し出す。
「ん?」健人はりなは見る。
「あたし、あたしね、祐介のこと、すっごい好き」
「なんだよ、嫌味か?」
「でも、でもね」
「うん」
「さっきあたしが祐介が浮気したって言った時、健人怒ってくれたでしょ?」
「ああ、うん」
「あたし、本当に嬉しかったよ!」
りなは必死に、健人に問いかけるかのように言った。
健人はそれを聞き、1度止まったがすぐに微笑んだ。
「そっか。りなが幸せで良かった」
俺は2年間、りなを避けてきた。
まなの気持ちからも逃げてきた。
だけど今日、りなと話してみて自分の気持ちが分かった。
俺はもうとっくに忘れられていたんだ。
りなに幸せになって欲しい、素直にそう思った。
さて、明日からどう生きようかな。
- Re: 傘をさせない僕たちは ( No.34 )
- 日時: 2019/09/03 18:36
- 名前: えびてん (ID: 1UTcnBcC)
#33 【 立場 】
「おかえりなさい」
家に帰ると、玄関に綾子が出てきた。
剛は「ただいま」と言って綾子にカバンを渡した。
綾子は微笑み、「お風呂、沸いてるから先入ってきたら?」と言いながらリビングへ。
「ああ。康太は?」
見渡しても、息子の康太の姿はなかった。
綾子は剛のカバンを置き、鍋に火をかけながら答える。
「合宿だって言ってたじゃない。聞いてなかったの?」
ああ、そうか。
今日は小学校の行事で合宿があると言っていたな。
「ああ、言ってた言ってた」
剛はそう言いながらソファに腰を下ろした。
「息子の話くらい、ちゃんと聞いててよね〜」
綾子に言われ、「ごめんごめん」と言いながら携帯を開いた。
『お疲れさまでしたっ!明日はもっと小宮山さんと一緒にいたいな〜!』
と、メッセージが来ていた。
差出人は【唐沢萌】。
彼女は新卒で入ってきた事務の社員。
まだ20歳だ。
「ねえ」
綾子の声がした。
剛は焦って携帯をしまい、綾子を見る。
綾子は目の前に焼き魚と味噌汁を置きながら言う。
「来週、私康太連れて実家に帰るから。2.3日家空けるけど大丈夫?」
2.3日、妻は留守か。
「ああ、大丈夫。適当にどうにか過ごすよ」
「1人で帰ってきて寂しがらないでよ〜?」
「はいはい。寂しくなんかないから、康太と楽しんで来いよ」
「うん、ありがとう」
俺たち夫婦は、上手くいっている。
俺たち家族は、上手くいっている。
ーーーはずだ。
こんなことを不安に思うようになったのは、部下と関係を持ってからだった。
部下ーーー紗綾とは、ここ2年ほどずっと不倫関係にある。
元々は彼女のことが好きだったわけではない。
部下として、目をかけてはいた。
もちろん、部下として、だ。
ただいつからだろうか。
彼女と飲みに行ったりするようになってから、放っておけなくなった。
自分のものにしたくなった。
今では、いくら紗綾が井岡の教育係とは言え、井岡とプライベートでまで飲みに行ったりしているのが気に食わなくなった。
だがここ最近、変わったことがあった。
新入社員の唐沢萌に関係を迫られたことだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼女が入社してきたのは4月。
部署は違うが、話す機会がよくあった。
可愛らしく、スタイルのいい彼女は男性社員からの人気が高かった。
そんなある日、5月になった頃だった。
彼女と資料室に行った時のこと。
「すみません小宮山部長、わざわざついてきてもらっちゃって・・・」
唐沢萌は廊下を歩きながら申し訳なさそうに言った。
「いやいいんだ。この会社の資料室、地下にあるし暗くて怖いってみんな言ってるしな」
時刻は21時。
残業をしていて、あまり人が残っていなかった時、萌が資料室に一緒に来てくれないかと頼んできたのだった。
資料室に入るなり、萌は不安気に言う。
「うわー、本当真っ暗で怖いですね〜」
萌はそう言いながら電気をつけた。
電気をつけるも、資料室は薄暗く気味の悪い所だった。
「本当、蛍光灯も所々切れてるしな」
小宮山もそう言いながら萌に続く。
「この会社に入って、唯一嫌なのがこの資料室なんですよね」
「はは、他に嫌な所はないのか?」
「はい、特には。先輩も同期もいい人ばかりですし・・・部長も」
萌は資料を棚に戻しながら、小宮山の方を見た。
小宮山は「それはありがたい話だな」と少し微笑んだ。
「・・・部長って、最初怖い人なのかと思ってました。でも結構笑う方ですよね」
資料を戻し終え、萌は剛に近づきながら言う。
笑う、か。
昔はそんなこと言われたことがなかった。
今考えてみれば、こうして部下に頼られることもあまりなかったかも知れない。
自分でも言うのもなんだが、俺は愛想が良い方では無い。
むしろその逆で、部下には嫌われていたタチかも知れない。
俺がなぜ変わったのか、それは明白だった。
それは、紗綾の存在ができたからだ。
「だから私・・・部長のこといいなあって」
萌は少し恥ずかしそうに言いながら剛の前まで歩み寄って来た。
距離が大分近い。
剛は驚いた表情で言う。
「・・・え、いや、俺は結婚してるしその・・・唐沢?」
うまい言い訳が見つからなかった。
そもそも、言い訳というのがおかしな話だ。
"結婚している"、ただそれだけなのに、それ以外の紗綾という理由の言い訳が見つからなかったのだ。
萌は微笑んで続ける。
「結婚?どうでもいいです、そんなの。もちろん家庭を壊す気なんてありませんよ?けど私、今彼氏もいないし、まだ若いので不毛な恋愛でもいいです」
こんなことを堂々と言う子がいるとは思わなかった。
萌は剛にゆっくりと近づいてくる。
剛は後ずさりしながら萌から遠ざかる。
「・・・だめですか?」
萌は足を止め、そう言って剛の顔を見上げた。
つい、剛も足を止めてしまう。
顔が・・・近い。
「だめだろ」と剛。
言うと、萌はクスッと微笑んだ。
「そんなこと言って、逃げないんですね」
萌はそう言い、「いやっ」と剛が言った時だった。
萌は微笑み、剛にキスをした。
剛はビクッとするとすぐに萌の肩を掴み離す。
萌は「・・・嫌でしたか」と少し俯いた。
そんな言い方。
「い、嫌とか・・・そういうことじゃなくて」
「じゃあ何ですか?だめ?嫌ですか?」
萌は顔を上げて、必死に問いかけてきた。
「だからっ嫌とかそう言うことじゃないんだ。俺は結婚してるし、君が良くても・・・俺は妻を裏切れない」
どの口が言ってるんだ、と自分で思った。
萌は悲しそうに俯いている。
「・・・とにかく、今日は帰ろう。送っていくから」
「・・・分かりました」
帰り道は無言だった。
彼女も何も言わず、ただ俯いている。
そして道路を挟んで反対側の歩道をふと見た時だった。
紗綾と、見知らぬ男がいた。
なんだ、そういうことか。
あいつも男がいるんじゃないか。
そんなことを思った。
文句を言える立場なんかじゃないこと、分かっていたのに。
この日からだった。
時々、唐沢萌と2人で会うようになったのは。
ここから俺は、更におかしくなってしまったのかも知れない。
- Re: 傘をさせない僕たちは ( No.35 )
- 日時: 2019/09/09 11:35
- 名前: えびてん (ID: DXOeJDi3)
#34 【 隣で見てると 】
「井岡くん」
午後の休憩を終え、会社に戻るとすぐに名前を呼ばれた。
透き通った声の先には寝癖のついた女性。
「はい」
瞬はすぐに彼女に駆け寄った。
「今日この後、テナントの下見に行くから準備してね」
彼女に言われ、瞬は「はいっ」と言いながら少し微笑み、彼女を見つめた。
彼女は不思議そうに「なっなによ」と瞬を見る。
瞬は笑いながら彼女の飛び跳ねた髪の毛を触った。
「紗綾先輩、休憩中寝てたでしょ」
瞬が言うと、紗綾は恥ずかしそうに髪の毛を直す。
「え?!なんかおかしい?!」
言われ、瞬は微笑みながら答える。
「はい、おかしいです」
「失礼なっ」
「すいません」
「もう〜ちょっと直してくるから井岡くんは準備しててよね〜」
紗綾はそう言うとその場を後にした。
瞬はクスッと微笑むと自分のデスクに戻り、椅子に腰掛ける。
すると、後ろから話しかけられた。
「ちょっと井岡〜、あんたらいつ付き合うのよ〜」
言われ、振り返ると堀田枝莉がいた。
彼女は最近、紗綾とのことを茶化してくるのがマイブームらしい。
「さあ、俺は付き合いたいんですけどね〜」
なんて、ヘラヘラ返してしまう。
「紗綾にはあんたみたいにさ、しっかりしてる男がいいと思うのよね。あんた年下のくせに紗綾よりしっかりしてるし」
「はは、紗綾先輩仕事はできるのにちょっと抜けてますよね」
「本当よね。それでいて男っ気ないしさ〜」
「確かに。でもモテますよね、先輩」
「そうなの。なのに紗綾にはお呼びじゃないみたい」
紗綾先輩は誰かと付き合うとかは聞いたことはないが、他の部署の男性社員から飲みに誘われている頻度は結構多いようで、現に見掛けたことも何度かあった。
だけど先輩は毎回断っている。
なぜかは分からない。
理想が高いのか、奥手なのか。
聞いてみたいけど、聞くのもなんかあれだし。
「でも井岡って結構な頻度で紗綾と飲みに行ったりするわよね」
「ああ、まあ。でも何もありませんよ。ただの後輩としか思われてないんで」
瞬はそう言って微笑んだ。
「まあ弟くんのことも大変そうだし、恋愛なんてしてる暇ないのかもね」
「でも弟さん、もう高校生ですよね。むしろ紗綾先輩が構ってもらえない〜って嘆いてましたよ」
「ははは、夏樹くんも大人だからね意外と。紗綾のお節介もうざい年頃なのかも?」
「ですね。まあ仲は良いみたいですけどね」
「紗綾と夏樹くんはカップルってくらい仲良しよね。何年か前、夏樹くんの彼女に浮気って誤解されてビンタされたって言ってたし」
「本当ですか?そんなことあるんですね」
そんなことを2人で笑って話していると、寝癖を直した紗綾が帰ってきた。
「井岡くん準備できた?」
言われ、瞬は「はい、行きますか」と言って微笑んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時刻は16時30分。
紗綾の話では、下見を済ませ、18時には現地解散とのことだった。
着いたのは山奥にある小さなテナント。
「ここ、カフェになるんだってさ。何か雰囲気素敵だよね」
まだブルーシートが貼られていて、庭も緑1つない質素なテナントだったが、紗綾は嬉しそうに言った。
「ですね。このテナントのクライアント、こないだ打ち合わせした時イメージ通りだって、武田さんに任せて良かったって喜んでましたよ」
瞬に言われ、紗綾は「ほんと?!」と微笑んだ。
「はいっ。さすが先輩ですね」
瞬もそう言って微笑んだ。
「嬉しいな〜、あたしも昨日打ち合わせ参加したかった」
昨日、紗綾は別の案件で時間が空かず、瞬のみが対応したのだった。
「でも井岡くんしっかりしてるし、任せても大丈夫かーとか思っちゃうんだよね」
紗綾はそう言うと資料を近くのカウンターに置いた。
「はは、またまた。俺は紗綾先輩のサポートしかしてませんから。先輩がしっかり仕事してくれるから俺もできてるんです」
「ふあ〜、あたし井岡くんの教育係で良かった〜」
「俺も、紗綾先輩が教育係で良かったですよ。なんだか面白いです毎日」
「面白いかなー?あたし」
「面白いです。隣で見てると飽きないって言うか」
「なにそれ、嬉しいけどさ」
その後、下見を終え2人は車へ。
「ねえ、どうせこのまま直帰だしちょっと寄り道して帰ろうよ」
紗綾が言った。
瞬はハンドルに手を置きながら紗綾を見る。
「いいですけど、どこに行くんですか?」
「夏だし、花火でもしようよ」
「花火ですか?」
瞬は少しクスッと微笑んだ。
紗綾は「えーだめ?」と少し眉をひそめる。
「いや、なんか学生の時みたいだなって」
「確かに・・・いい大人なのにねあたし・・・」
紗綾は少しシュンとした。
瞬は笑いながら「いやいいんじゃないですか?行きましょ」と言って車を出した。
胸が高鳴った。
彼女と2人きりになるのは初めてじゃないのに、なぜだかドキドキしてしまう。
よくよく考えみれば車で2人きりというのも、俺からしたらとんでもなく良い状況。
なんて、考えちゃう。
- Re: 傘をさせない僕たちは ( No.36 )
- 日時: 2019/09/13 23:58
- 名前: えびてん (ID: DXOeJDi3)
#35 【 好き 】
コンビニで花火を買って、海に来た。
夜の海はより気持ちを高揚させた。
隣を見れば、好きな人。
彼女は目を煌めかせ、花火の包装を開けている。
「わーっ、きれい!」
2人で花火をしながら紗綾は微笑んだ。
瞬も笑いながら「久しぶりにやりましたよ花火〜」と紗綾を見た。
「井岡くん若いから友達とかとしてるのかと思ってたよ〜」
「先輩と1個しか変わらないじゃないですか。ほぼ一緒ですよ」
「あー、そっか。でもなんか井岡くんは若さMAXって言うかー、毎日楽しそうって言うか」
「楽しいですよ、毎日」
ーーーー先輩に会えるから。
だから、毎日が楽しい。
「いいなあ〜毎日楽しいだなんてさ」
紗綾はそう言って線香花火を出すと、1本瞬に差し出した。
瞬は「ありがとうございます」と言って受け取り、ライターで紗綾の線香花火に火をつけ、自分の線香花火にも火をつけた。
パチパチと燃える線香花火を横に、紗綾を見た。
暗い海と、線香花火の音。
僅かな光に照らされる彼女を見て、触れたいと思わないはずがなかった。
「先輩は楽しくないんですか?」
瞬が言い、紗綾の「え?」と言う声と共に線香花火の火が落ちた。
「あ、終わっちゃった」
「ですね」
「帰ろっか」
紗綾がそう言って立ち上がる。
その時、紗綾の動きが止まった。
気づけば、紗綾の右手を掴んでいた。
「え?」
紗綾はそう言って不思議そうに振り返る。
瞬は紗綾の手を掴んだまま立ち上がり、紗綾も同時に立ち上がる。
紗綾は「・・・井岡くん?」と瞬を見上げた。
「・・・先輩、俺まだ・・・まだ先輩と一緒にいたいです」
瞬はそう言って、紗綾の右手を掴む手の力を強めた。
紗綾は自分の右手を見ると、もう一度瞬を見上げた。
その時だった。
紗綾の携帯が鳴った。
「あ、ごめん」
紗綾に言われ、瞬は「あ、すいません」と紗綾の手を離してしまった。
ああ、どうしてこんな時に。
「もしもし」
紗綾は電話に出て、何か話している。
「・・・うん・・・うん・・・は?!何してんのよもう〜・・・わかった、今から帰るね!ごめん茉里!」
紗綾はそう言って電話を切った。
「ごめん井岡くん、弟が怪我したみたいで」
「え、大丈夫ですか?すぐ帰りましょ」
そう言うと2人はすぐに車に戻り、紗綾の家に向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「夏樹!」
家に帰るなり、紗綾は叫ぶように言った。
「姉ちゃん・・・と、姉ちゃんの彼氏・・・?」
心配した紗綾と瞬を見て、夏樹は不思議そうに目をキョロキョロさせた。
紗綾は夏樹に駆け寄り、「あとで説明するから。そんなことよりあんたどうしたのよ?大丈夫?」と言って夏樹を見る。
「ちょっと足捻っただけだよ。茉里ちゃん大袈裟なんだよな」
夏樹はそう言って微笑んだ。
「捻ったって・・・バスケで?」
「ああ、うん、そう、バスケでさ」
言うと、紗綾は安心したようにため息ついた。
「もう〜〜心配させないでよ!ばか!」
紗綾がそう言うと、夏樹は「ごめんごめん」と言ってから部屋の入り口にいる瞬を見た。
「で?そこのイケメンは誰?」
夏樹が言うと、瞬は「あっ」と言ってから「俺はお姉さんの後輩だよ」と軽く会釈した。
「あーそうそう、あたしの会社の後輩。井岡くん。たまたま一緒にいて、心配して一緒に来てくれたのよ」
瞬と紗綾に言われ、夏樹は「あ、すいませんわざわざ」と頭を下げた。
「いやいや、無事で良かったよ」
瞬はそう言って微笑む。
「じゃあ俺はこれで。弟くん安静にね」
瞬がそう言うと、夏樹は「え、わざわざ来てくれたんですし、夜ごはんでも一緒にどうですか?」と言って瞬を見た。
「え、でも・・・」
瞬は困った様子で紗綾と夏樹を交互に見る。
夏樹は微笑み、紗綾に「な、姉ちゃん」と紗綾を見た。
紗綾は「え、ああ、うん。井岡くんがよければだけど」と言って瞬を見る。
「でも・・・じゃあ、すいません是非」
瞬はそう言って微笑んだ。
「じゃあ、あたし作るよ。すぐだから2人とも待ってて」
紗綾はそう言って立ち上がる。
夏樹は「え、いいの?」と紗綾を見た。
「うん〜今日元々作ろうと思ってちょっと作っといたんだ〜」
紗綾は言いながらキッチンへ。
「なんかすいません突然俺まで」
瞬は申し訳なさそうに二人を見た。
夏樹は「いやいや!元はと言えば俺のせいでここまで来てくれたんですし!」と瞬を見る。
紗綾がキッチンで調理している間、部屋を見渡した。
部屋にはたくさん、紗綾と夏樹の写真が飾られていた。
姉弟で仲が良いとは聞いていたが、ここまで仲が良かったのか。
そして何より、彼女が弟と2人で暮らしているという事を知らなかった。
夏樹くんが高校生ということは、働いていたとしてもアルバイトで、それも学校が終わってからの数時間。
ということは家計の殆ど、紗綾が支えているということになる。
それなのにいつも明るくて、本当に素敵な人だ。
そんなことを考えていると、夏樹が小声で話しかけてきた。
「井岡さんって、姉ちゃんと仲良いんですか?」
「え、うん、まあ仲は良いと思うけど」
「そっか〜」
夏樹はそう言って微笑んだ。
瞬は微笑み、不思議そうに夏樹を見る。
「どうして?」
瞬が聞くと、夏樹はニコニコしながら答えた。
「姉ちゃんの定時、6時ですよね。電話した時にまだ一緒にいたってことは残業ですか?」
鋭いところをついてくるな、この子。
「ああ、いや。海で花火してたんだ」
「花火?!俺より青春じゃないですか」
「はは、そうかな」
「良かったです、姉ちゃんにこんな良い後輩さんがいて。しかも井岡さんめっちゃイケメンだし」
「そんなことないよ。夏樹くんこそ、モテるでしょ〜」
「まあモテますけどね〜!で、姉ちゃんと付き合ってるんですか?あ、すいません失礼なことばっか言って」
夏樹はそう言ってヘラっと頭をかいた。
「はは、そうだな〜俺は付き合いたいんだけどね」
瞬が言うと、夏樹は「えっ」と言ってキッチンから鍋を持って来る紗綾を見た。
「できたよ〜」
紗綾はそう言って鍋をテーブルに置き、食器を配る。
「先輩すいません、ありがとうございます」
言って、瞬は微笑む。
「いいのいいの、むしろ大袈裟なバカ弟のせいで井岡くん付き合わせちゃったし遠慮しないで」
紗綾はそう言って夏樹の頭を叩いた。
夏樹は「痛って!」と頭を抑えた。
「仲が良いんですね」
言うと、紗綾が答える。
「まあ小さい頃に両親いなくなっちゃったし、あたしの家族はコイツしかいないからね」
「そうそう、仕方なく姉ちゃんと仲良くしてやってるんです」
と夏樹。
「夏樹」紗綾はそう言って夏樹を睨む。
夏樹は笑いながら言う。
「嘘だって!俺姉ちゃんがいなかったら生きれないし!だから井岡さん、早いとこ姉ちゃん貰ってあげて下さいよ!」
夏樹が言うと、紗綾は焦った表情で「何言ってんのよバカ!」と夏樹の額を叩いた。
先輩のこういうすぐ照れるところ、好きだな。
なんて思い、つい微笑んでしまった。
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