複雑・ファジー小説
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- 傘をさせない僕たちは
- 日時: 2019/10/30 13:29
- 名前: えびてん (ID: mkDNkcIb)
はじめまして!
えびてんと申します!
私の身近な人と身近な人は実は知り合いで、世間は狭いなあと感じることが多くてこのお話を書こうと思いました(*゜-゜)
主にそれぞれの恋のお話です( ´ ` )
ちょっとわかりづらいお話だと思うのですが、是非読んで頂けたら嬉しいです!
【 登場人物 】
@浅倉航平(あさくら こうへい) 25
→化学教師。
@水原茉里(みずはら まり) 24
→国語教師。
@武田夏樹(たけだ なつき) 17
→高校2年生。
@佐伯まな(さえき まな) 16
→高校2年生。
@瀬乃健人(せの けんと) 16
→高校2年生。
@西原恵(にしはら めぐみ) 17
→高校2年生。
@武田紗綾(たけだ さや) 24
→建築会社社員。
@井岡 瞬(いおか しゅん) 23
→建築会社社員。
@小宮山 剛(こみやま つよし) 42
→建築会社社員。
@小宮山綾子(こみやま あやこ) 39
→小宮山の妻。
@柳木 蓮(やなぎ れん) 22
→大学生。
@宇野美琴(うの みこと)25
→ピアノ科教師。
@浅倉結以(あさくら ゆい) 18
→航平の妹。
@相原直登(あいはら なおと) 19
→結以の友達(?)
@日向希穂(ひなた きほ) 19
→直登の大学のクラスメイト。
@藤井心春(ふじい こはる) 22
→カフェ店員。
@坂口椋(さかぐち りょう) 26
→画家。
- Re: 傘をさせない僕たちは ( No.22 )
- 日時: 2019/01/13 16:01
- 名前: えびてん (ID: f3ScG69M)
#21 【 関係ない 】
『おはよー。今日はフルコマでつらい。』
直登からのメッセージ。
あれから1ヶ月、結以は毎日直登と連絡を取り合っていた。
でも会ったのはまだあの1度きり。
直登があたしのこと、どう思っているかは分からない。
どういうつもりであたしと連絡を取り合っているのか、あれが最初で最後になるのか、何も分からない。
「あっごめんね〜また落としちゃった」
廊下から声が聞こえた。
結以が声の方へ目を向けると、そこには3人の男子生徒と1人の女教師。
ああでた、あの女またやってる。
ああいうあざとい女、本当きらい。
結以はそう思いながら彼女を見る。
「みこっちゃん本当ドジだな〜かーわいっ!」
男子生徒はそういって微笑む。
「もう〜先生をからかわないの〜」
はあ、なにあいつら。
ばかばかし。
結以はそう思いながらため息をつき、再び歩き出す。
あの女、わざと転ぶしわざと肌露出するし。
ああいうのがバカな男は好きなんだろうな。
ほら、この男も。
廊下ですれ違った金髪の男は、少し恥ずかしそうにしながら彼女、美術教師の宇野美琴に話しかけに行った。
こんなチャラついた男もああいう女が好きなんだ。
いや、こういうやつこそああいうのが好きなんだろうな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「...ごめん、遅れた」
その夜、陽介が待っていた。
結以は少し微笑みながら、ベンチに座る彼に言った。
「おせーよ!てめえ何分待たせてんだよ!」
陽介は怒鳴り散らすように言った。
「ご、ごめん!で、でもまだ3分しか...」
結以がそこまで言ったところで、陽介は結以の胸ぐらを掴んだ。
「まだ3分だ?なめてんのかおまえ」
ああ、あたしはどうしてこんな男を1度でも好きになってしまったんだろう。
直登、これが理由だよ。
陽介が拳を振り上げた。
結以は歯を食いしばり、目を瞑った。
その時。
「んだよ!離せよ!」
陽介の腕は掴まれていた。
今日、宇野美琴に鼻の下を伸ばしていたあの男に。
「お前みたいな男、胸くそ悪いんだよね」
男は無表情でそう言いながら陽介の腕を掴む手を強くする。
「離せよっ!てめ、結以!こいつ知り合いか?!」
陽介は言いながら結以に怒鳴る。
結以は首を横に振りながら「知らない」と答える。
「離せよっ!」
陽介が言ったとき、男が陽介の腕を離した。
陽介は「...覚えてろよ!」と明らかに弱い男が吐きそうな台詞をは吐き、走り去って行った。
すると男は無表情のまま立ち去ろうと歩き出した。
「あ、あの!まって」
結以はそう言って男に近づく。
「あ、ありがとう...ございます」
結以が言うと、男は「あんたさ」と口を開いた。
「あ、はい!」
結以はなぜだか背筋を伸ばす。
「ばかじゃね?」
ーーーーーーーーーは?
「何であんなのと付き合ってんの?ああ、付き合ってんのか知らないけどさ。いい年こいて何してんの?ああ、いくつかも知らないけどさ」
何、この男...?
いや、正しいよ、正しいよこの男は。
あたし、いい年こいてなにしてんの?
「あ、いや、そそ、そうですよね〜。わかってるんですけどね、ははは...」
「じゃあ別れればじゃん?」
男は、無表情で面倒臭そうに言った。
なにそれ。なに、それ?
何でこんな、あたしのこと何も知らない男にこんなこと言われなきゃなんないの。
「そんな...そんな簡単に言わないでよ!あんたにあたしの何がわかるの?」
ああ、完全に逆ギレだ、あたし。
こいつは助けてくれたのに。
「別に、分かりたくもないけど」
淡々と続けるこの男を見たら、余計に腹が立った。
「あんただって、叶わない恋してるくせに」
うわ、あたし最低。
ブーメランすぎるよ。
すると男は1度、少し目を大きくしたがすぐに元に戻し、無表情で「...何の話?」と首を傾げた。
「宇野先生のこと好きなんでしょ」
「...あんたに関係ある?」
ああ、否定はしないんだ。意外だな。
「ない。ごめんなさい、余計なことでした。助けてくれたのに...」
結以はそう言って気まずそうに俯いた。
金髪は「まあいいけど」と言うと振り返り、1人歩いて行った。
『ごめんね結以ちゃん。私こーちゃんと別れたからもう家には行かないんだ。』
携帯を見ると、心春さんからメッセージが来てた。
- Re: 傘をさせない僕たちは ( No.23 )
- 日時: 2019/07/01 23:34
- 名前: えびてん (ID: /g38w/zu)
#22【 お節介? 】
「ですから、合宿は夏樹くんの希望通り不参加でいいんじゃないでしょうか」
帰り道、航平は水原茉里に言われた話を思い出した。
確かに、立て替えるのはこれで3度目だ。
お節介と言われればお節介だけども。
夏樹はかなりバスケが上手だし、磨けばもっと光るのにお金云々でできないのはあまりにも酷だと俺が勝手に決めつけて、お節介している訳だ。
とはいえ、夏樹の家庭事情が複雑なのは確かだ。
現に夏樹の姉からも夏樹をよろしく頼むと言われている。
って、それとこれとは関係ないか。
そんなことを考えていた帰り道、着信が鳴った。
画面を見ると、『浅倉結以』だった。
なんの用だろうか。
「もしもし?」
航平が言うと、結以は少し怒ったような口調で言った。
『お兄、心春さんと別れたってどういうこと?なんで?』
やっべ、ばれたか。
「...色々あったんだわ。てか、何でお前が怒ってんの。関係ないだろ」
『そうだけど!ショックだったの!』
「って言われてもなあ...俺からじゃないし」
『...心春さんから聞いた。いいの?これで』
「大きなお世話だよ。ガキは大人しく寝ろ。お前こそ彼氏に振られないようにな。じゃ」
航平はそう言って強引に電話を切った。
結以が悪いわけじゃないけど、俺だって心春と別れたくなかったんだ。
妹にとやかく言われるし筋合いはない。
もう色々考えること多すぎ。
キャパオーバー。
って、ここでまた帰れない事態発生。
視線の先にはベンチ。
そこに1人座っている女性。
それは他でもない、水原茉里じゃないか。
それも、泣いているじゃないか。
一体なにが?
放っておくわけにもいかず、航平は茉里の隣に腰を下ろした。
「何してるんですか、こんな時間に」
航平が言うと、茉里は驚いた表情で航平を見るとすぐに袖で涙を拭いた。
「...別に何もしてません」
「...そうなんですか。いくら6月でも、夜になると寒くなりますよ〜」
「...浅倉先生はここでなにを?」
「ああいや、俺はただブラブラしてただけですよ」
「...そう、ですか」
気まずい雰囲気が流れる。
だが、さっきまで泣いていた女性を一人残して、しかもこんな時間に帰るわけにはいかない。
すると、茉里が話し始めた。
「わたしって、つまんないですよね」
「...え?」と航平。
そういえばこの会話、こないだパスタを食べに行った時もしたような。
その時も何か、悩んでいたような。
「私ずっとこうなんです。いつもお節介ばっかり焼くし、それって男の人からしたら可愛げないですよね」
水原茉里はそう言って苦笑した。
「俺はそんなことないと思いますけど」
「...え」
「俺はしっかりしてる女性の方が魅力的だと思いますよ?水原先生みたいに」
「...浅倉先生だけです。そんなこと言ってくれるの」
「そうかな、俺以外にもたくさんいると思いますよ。水原先生美人だし、つまんないなんてことないと思いますよ」
あ、やべ、口説いてるみたいになっちゃったかな。
言ってから少し後悔した。
だが水原茉里は少し微笑んで続ける。
「ふふ、そんなべた褒めしても何も出ませんよ」
言われ、航平も微笑む。
「そんなつもりじゃないですよ。まあ、なにがあったのかは分からないけど、水原先生は十分楽しい人ですよ」
航平が言うと、水原茉里は少し明るくなった表情で言う。
「浅倉先生の彼女さんは幸せでしょうね。明るくて、誰からも好かれる性格で、しかも褒め上手でな彼氏さんで」
水原茉里はそう言って微笑んだ。
航平は苦笑する。
「…どう、だったですかね」
「え?」
航平は立ち上がり、「さ、寒くなりますし散歩がてら一緒に帰りましょうよ」と言って水原茉里を見た。
水原茉里は「…そうですね」と言って立ち上がり、「ありがとうございます」と微笑んだ。
2人は歩きながら他愛もない会話で帰り道を過ごした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「それじゃ、ここで」
駅前で、航平が言った。
水原茉里はすっかり明るい笑顔で「本当に、今日浅倉先生に会えて良かったです」と航平を見た。
航平は「俺は何も」と微笑む。
「十分元気を頂きました。ありがとうございます。また来週からも頑張りましょうね。おやすみなさい」
水原茉里はそう言うと航平に会釈し、振り返ると歩いって行った。
彼女の姿が見えなくなったのを確認すると、航平も振り返り歩き出す。
『今度、荷物取りに行くね。』
心春からのメッセージが届いていた。
荷物、か。
なんだか本当に終わったのだと実感させられているみたいな言葉で嫌なもんだ。
心春はもう俺と一緒にいる気はなさそうだ。
"当たり前過ぎる"ことの何がそんなにいけないことなのか、俺には分からない。
当たり前になりすぎて大切さがわからないと心春は言ったが、逆にそれは大切さ故にある日常であって、大切だからこそ当たり前に過ごせるのではないか、と俺は思う。
好きだという気持ちだけでは上手くいかないんだな、なんて高校生みたいなことを思う。
もうあの頃みたいに若くないのに、恋愛をすると年齢なんて関係なくなってくる。
いつまでもあの頃と、10代頃と同じで、くだらないことで喧嘩たり、不安になったり、悲しくなったり、そんなことを繰り返す。
いつになったら俺は大人になれるのかな。
- Re: 傘をさせない僕たちは ( No.24 )
- 日時: 2019/07/05 23:55
- 名前: えびてん (ID: /g38w/zu)
#23 【 いけないこと 】
『今日、空いてるか?』
そんなメッセージが届いたことに、喜んでしまった。
この間が最後だと思っていたから余計に。
「もう終わりにしよう」と言われた時にはこの世の終わりのような気持ちになった。
それなのに、こんな一言のメッセージであの時の辛かった気持ちなんかどうでも良くなった。
どういう風の吹き回しかは分からない。
それでもいい。
それでも、またあたしを求めてくれるだけでいい。
『空いてますよ。18時に終わらせます』
紗綾はメッセージを返すと、デスクに携帯を置いた。
「随分とご機嫌ですねっ!」
後ろから声をかけられた。
紗綾は驚いて「へっ!」と声をあげて振り返る。
そこには井岡瞬がいた。
「ちょっ井岡くん!驚かせないでよ!」
紗綾が言うと、瞬は紗綾の隣のデスクの椅子を引き、腰を下ろすと悪戯に微笑んだ。
「先輩、すっげーニヤニヤしてたからつい」
言われ、紗綾はドキッとした。
「そ、そんなことないよ!」
言いながら、奥のスペースにいる小宮山をチラリと見た。
良かった、聞かれてないみたい。
確認すると、紗綾はすぐに視線を戻す。
「そんなことありましたよー、何かいい事でもあったんですか?」
瞬はそう言いながら資料をまとめる。
「べ、別に何もないけどっ?」
紗綾も言いながら、書類をまとめる。
瞬は「先輩隠すの下手すぎ。反対ですよ」と微笑みながら、紗綾の手元を指さした。
見ると、書類が上下逆さになっている。
紗綾はすぐに上下を直し、「うるさいなあ〜」と恥ずかしそうに呟いた。
「ふーん、何か楽しそうですね」と瞬。
「別に、楽しくなんかないよ」
「なーに恥ずかしがってるんですかっ」
「恥ずかしがってないよっ!ほら、はやく仕事して!」
「俺はさっきからやってますよ〜」
2人がそんな会話をしていると、奥から「井岡、ちょっといいか」と声がした。
言われ、瞬は立ち上がり「はい!」と言って部長の方へ。
「井岡、さすがだよね〜」
隣から声がした。
声の主は同僚の堀田枝莉だ。
紗綾は枝莉を方を向き、「何?井岡くん何かあったの?」と尋ねる。
「次のプロジェクト、井岡のプレゼンが通って、新人のくせにプロジェクトリーダー任されて、もう他の営業たちは文句言ってたよ〜」
「へええ、井岡くんって意外とすごいんだね。確かにあたしも手伝ってもらっていつも助かってるし」
紗綾はそう言って部長と話す瞬を見た。
いつもヘラヘラ冗談ばかり言っているのに真剣な顔で話してるのが違和感でしかない。
「ほんと凄いよね〜入社2年目でリーダーなんてさ。それにあの爽やかな顔でしょ?女子社員の人気の的よ」と枝莉。
確かに、井岡くんって綺麗な顔してるよな〜…。
普段近くにいるとあんまり感じないけど、THE王子様!って感じ。
「そうなんだ。もしかして枝莉も?」
紗綾が言うと、枝莉は「あたしはイケメンでも年下は興味ないから。紗綾はどうなのよ?」と微笑みながら言う。
「あたしはただの後輩としか…」
「紗綾は恋愛疎いしね…。でも、紗綾と井岡がデキてんじゃないかって、女子社員の間じゃ有名よ?」
「えっそうなの?なんだってまた…」
そんな噂、あの人に回ったら…。
なんてことを考えた。
「でも不思議よね、井岡ってあんな若くてイケメンで仕事ができるのに何で彼女作らないのかな?」
枝莉は不思議そうに言った。
「さあ…」紗綾も不思議そうに彼を見た。
そんな話をしていると、瞬が戻ってきた。
「何ですか2人して俺の事見て」
瞬はそう言って微笑む。
すると枝莉が口開く。
「ねえ、あんた何で彼女作んないの?…って話したの」
「えっ彼女、ですか」と瞬。
「紗綾なんてどう?!この子恋愛疎いからもらってあげなよ」
枝莉はそう言って紗綾の肩を押す。
紗綾は「ちょ、やめてよ〜」と微笑む。
すると瞬は、至って真面目な表情で答えた。
「俺はもらいたいですけど」
瞬が言うと、枝莉も紗綾も「…へ?」と瞬を見上げた。
瞬はすぐに微笑み、「なーんてね」と言うとすぐに腰を下ろした。
「とかいって〜堀田さん、彼氏できたでしょー」
「えっ?!なんであんたが知ってんの?!」
「こないだ見ちゃいました〜」
紗綾は瞬を見た。
確かに、彼は仕事ができて顔立ちも良く、背も高くて頼りがいがある。
それにこうやってからかってきたり、コミュニケーション能力にも長けている。
こういう人を好きになれたらなあ。
なーんて、思っちゃう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…お前、井岡といい感じなのか?」
「え?」
この人までそんなことを?
ベッドの上で、紗綾は小宮山剛に抱きしめられながら言われた。
「最近そういう噂、よく聞くから気になって」
「…もし、そうだったら?」
紗綾が言うと、小宮山剛は「もう抱けないな」と呟く。
「…終わりってこと?」
「井岡に悪いだろ?」
この人は、平気でそんなことを言う。
あたしがそんなこと、望んでいないって分かってるくせに。
「…そんなことない。井岡くんはただの後輩です」
紗綾が言うと、剛は「そうか」と言って携帯を開いた。
「…奥さん?」
「…ああ。今同窓会があるとかで帰省しててさ。3日くらい帰ってこないんだ」
それで、暇だからあたしを抱くんだ。
本当はそんな嫌味を言いたかった。
「だから明日もお前が空いてるなら。どうする?」
どうする?じゃなくて、会いたいと言って欲しい。
それなのに、言えない。
「…もちろん空いてる。剛さんに会いたいし。3日も会えるなんて幸せ」
「じゃあ明日、紗綾の家に行ってもいいか」
「えっ」
「…だめか?」
「…だめ、って言うかその、あたし、弟と住んでて…って、前も言わなかったっけ…?」
「そうだったっけ。弟がいるならだめか」
ごめん、夏樹。
今だけ夏樹のことを邪魔だと思ってしまったよ。
ごめん。
「…うん。やっぱホテルしかないよね」
「そうだな」
あたしは、この人と2人きりでは夜しかあったことがない。
ホテルでしか会ったことがない。
昼間の街へ出掛けたこともない。
食事に行ったのは、まだ上司と部下の関係の時だけ。
水族館へ行ったり、遊園地へ行ったり、ファミレスに行ったり、映画を観たり、そういう普通のデートをしたことがない。
もう子供じゃないのは分かってるけど、幾つになってもそういう場所は楽しいものだ。
この人は、奥さんとはそういう所へ出かけてたくさん笑っているのだろうか。
- Re: 傘をさせない僕たちは ( No.25 )
- 日時: 2019/07/08 23:56
- 名前: えびてん (ID: /g38w/zu)
#24 【 始まりはあの日から 】
初めはただの上司。
少し厳しい人だな、と感じた。
口調は厳しいし、いつも怒っているかのような表情だし、無愛想で口数が少ない。
仕事の話しかしたことがないし、怖くてあまり頼りたいとも思えないかった。
その印象が変わるきっかけは、紗綾が入社して3年目に起きた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんてことをしてくれたんだ武田!」
発注ミスだった。
紗綾が発注した商品が、桁が1つズレていたのだ。
2年先輩だった菱川に怒鳴られ、紗綾は精一杯頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした!」
「お前な、もう3年目だよな?桁を見間違えるなんて、1年目のペーペーでもしないミスだぞ!分かってるのか!」
菱川は更にイラついた様子で怒鳴りつけた。
紗綾は「はい、申し訳ありません」と頭を下げる。
「…ったく。これだから高卒は…」
菱川がイライラした様子で紗綾を見ていた時、「菱川」と声がした。
声の方を見ると、小宮山剛がこちらに向かってきたいた。
「…小宮山部長」と菱川。
「この件はあと俺がなんとかする。菱川はもう仕事に戻れ」
小宮山に言われ、菱川は「…はい」と言って自分のデスクへ戻って行った。
「武田」
「…はい」
「これから先方に謝りに行くから準備しろ」
小宮山はそう言うと自分のデスクへ行き、コートを着た。
「はい」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
帰り道、紗綾は何も言わない小宮山に話しかけた。
「…あの部長…本当に、申し訳ありませんでした」
紗綾が立ち止まって言うと、小宮山も立ち止まる。
「武田、そば、好きか?」
言われ、紗綾は顔をあげる。
「…え?そば、ですか?…好きですけど」
紗綾が言うと、小宮山は「よし、ついてこい」と言って歩き出した。
「えっああ、はい!」
紗綾も小宮山の後を追った。
「ここのそば、うまいだろ」
そばを啜りながら、小宮山が言った。
紗綾はそばを飲み込み、「美味しいです」と答える。
小宮山が何を考えているのか、まったく分からなかった。
すると、小宮山はそばを飲み込むと話し出した。
「…俺もな、昔やっちゃったことあってな」
「…え」
紗綾は顔を上げる。
「発注ミス。お前を見てると、昔の俺見てるみたいでな」
「…小宮山さんが、ですか?」
「ああ。俺も武田みたいに、高卒で入社して、若い頃は何でも1人で突っ走って、ミスもよくした」
「…」
「でも今、こうして部長までのし上がった。学歴なんて関係ない。誰にだってミスはあるし、誰にだって平等に可能性はある」
慰めてくれている。
あの小宮山部長が…?
「…おい、何泣いてんだ。責めてる訳じゃないぞ?!」
小宮山は焦った表情で言った。
紗綾の目からは涙が零れていた。
「…ごめんなさい…つい…嬉しくて…」
紗綾が言うと、小宮山は微笑み、ティッシュを差し出した。
紗綾は「ありがとうございます…!」とティッシュを受け取り、涙を拭く。
その日はタクシーで家に帰った。
携帯を見ると、『ゆっくり休めよ』と小宮山からメッセージが届いていた。
これが小宮山との初めてのトークだった。
紗綾は微笑み、『本当に申し訳ありませんでした。本当に、ありがとうございました』と返信した。
小宮山部長っていい人だな。
なんて、思った。
いい上司だな、と。
それからは会社でも小宮山とよく話すようになり、仕事のモチベーションも上がった。
仕事終わりには飲みに行き、プライベートなことを話す仲にもなった。
あの日から半年が経ち、紗綾は小宮山に対する気持ちが上司を敬愛する気持ちではないことに気づいた。
小宮山からのメッセージに一喜一憂したり、会う度気持ちが増していく。
もっと話したい。
もっと会いたい。
もっと一緒にいたい。
そんなことを思うようになってしまった。
だが、小宮山は既婚者だ。
小宮山の奥さんはたまに会社をだし、差し入れをくれる。
美人で明るくて、とても人当たりのいい人だ。
小宮山を好きになってからは、彼女を見ると胸が痛む。
小宮山と話しているのを見ると羨ましくなり、どうしても彼女を妬んでしまう自分がいた。
何をしても自分はあの人には適わない。
と言うより、結婚しているという事実はどうしても覆せないのだ。
あの日も、小宮山と飲んでいた。
もしあの日、あたしがあんな事を言わなければ。
もしあの日、ちゃんと訊いていれば。
もしあの日、あたしがもっと大人だったら。
こんなに苦しまずに済んだかも知れないのに。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…部長は、奥さんといい感じなんですか?」
飲みながら、あたしは言った。
小宮山部長は、ビールを一口飲んでから答えた。
「まあ、普通にな」
普通?普通ってなに?
良い感じってこと?そうでもないってこと?
普通の基準って何?
「ふ〜ん…そうなんだ」
「…なんだよ、急に。嫁のことなんか興味ないだろ」
小宮山部長はそう言って小さく微笑んだ。
「…ない。興味なんかないですよ…」
あたしは、口を尖らせながら呟く。
「…お前、今日どうしたんだ?何か、テンション低くないか?何かあったのか?」
部長、原因はあなただよ。
他でもない、あなたがあたしを苦しめている。
「…別に何も無いですよ」
帰り道に、部長が言った。
「やっぱり何かあったろ?どうした?」
何だか腹が立った。
気づいて欲しい訳じゃないのに、気づいてくれないことに腹が立つ。
「…別に何もありませんよ」
少し、態度が悪かった。
「嘘をつくな。俺はな、お前のこと、よく分かってるつもりだ、大切に思ってるんだよ」
大切?
「…大切、ですか。ほんとに?」
「本当だ。お前のことは、部下として本当に大切にーーーーーーー」
「やだ」
「え?」
部下として?
「…そんなの、嫌です」
「…何が嫌なんだ?」
「あたし好きなんです!小宮山部長のこと!」
言ってしまった。
「…え、あ、おう」
部長は少し、戸惑った様子。
「上司としてじゃないですよ!人として!男として!好きなんです!あたし部長に恋してるんです!」
もうどうにでもなれ。
「…う、嘘だろ?」と小宮山部長。
「本当です。ずっと、ずっと好きだったんです。でも部長は結婚されていて、奥様も美人でいい人で…!あたしもう、どうしていいか…」
「…お前、全然そんな風には…」
「当たり前じゃないですか!好きって言ったら何か変わりますか?って、もう言っちゃったけど…」
「全然…分からなかった…で、でも!俺はお前より20も歳上だし…」
「歳なんて関係ありません。好きなんです」
「…おまっそんなストレートな…」
「もう言っちゃったんでもう、いいです。好きなんです。あたし部長のこと、好きなんです。好きで好きでどうしようないんです。本当に好きなんでーーーーー」
紗綾がそう言った時だった。
紗綾の口が塞がれ、一体何が起こったか分からなかった。
小宮山の唇が、自分とーーーーーーー。
「…え」
紗綾がポカンと小宮山を見上げると、小宮山はハッとしたような表情で言う。
「す、すまん!つい…その…年甲斐もなく…ドキドキして…その…」
小宮山の言葉を遮り、紗綾は小宮山にキスした。
「…あたしもう、諦めるのやめました」
それから、何回唇を重ねたのか覚えていない。
- Re: 傘をさせない僕たちは ( No.26 )
- 日時: 2019/07/13 21:48
- 名前: えびてん (ID: /g38w/zu)
#25 【 或る女性について 】
「いらっしゃいませ…あ、こんにちは!」
心春が入口を見ると、そこには笑顔の坂口椋が立っていた。
「こんにちは、心春ちゃん」
坂口は微笑むと、いつもの奥の席へ。
「いらっしゃいませ、ミルクティーですよね」
心春はそう言って微笑む。
坂口は「お願いします」と頭を下げる。
カウンターに入り、心春はミルクティーを淹れながら奥にいる坂口をチラリと見た。
坂口はいつものようにスケッチブックと鉛筆を出し、何かを描いている様子だった。
以前海で会ってから、あの海で坂口とよく話すようになった。
毎回、僅かな時間だがそれだけでも心春は嬉しかった。
色んなことを話した。
お互いの好きなこと、好きな食べ物、好きな色、趣味。
嫌いなこと、嫌いな食べ物、なんてお見合いみたいな話。
とても楽しかった。
最近の楽しみは坂口と話すことに尽きる。
「どうぞ」
心春はそう言いながら、坂口のテーブルにミルクティーを置いた。
「ありがとう」
「今日はなに描いてるんですか?」
心春が言うと、坂口は心春にスケッチブックを見せながら答える。
「うーん、僕の想像上の場所」
スケッチブックに描かれた絵は、幻想的な風景だった。
「きれい」と心春。
「ジブリみたいでしょ?」
「ほんとにっ。素敵ですね」
坂口はいつも、風景画しか描かない。
でも初めて話したあの日、確かに見た。
儚げにこちらを見つめる女性の肖像画を。
彼女が誰なのか、今でも気になる。
「…やっぱり、人は描かないんですね」
心春は微笑みながら言った。
坂口はスケッチブックを閉じ、ミルクティーを飲んだ。
「…ほら、はやく戻らないと怒られちゃうよ」
坂口は微笑み、心春を見上げた。
やっぱり話してくれないか。
「…ですね!じゃ、ごゆっくり」
心春はそう言って頭を下げるとカウンターに戻った。
「心春ちゃん、坂口くんと知り合いなの?」
その日、店を閉めてからカップを拭いていると、マスターである河野が訊いてきた。
「えっああ、たまたま海で会って話すようになったんです。河野さんはやっぱり常連さんと仲良いんですね」
「いや、僕は彼とは直接仲が良い訳じゃないんだけどね」
河野はそう言って苦笑した。
「…え、どういうことですか?」
「何年も前の話だよ。彼、初めて来た日にある女性のことを尋ねてきたんだ」
「えっそれって…」
もしかしてあの絵の…?
「その女性って…?」
心春が言うと、河野はテーブルを拭きながら答える。
「彼の婚約者だよ。その女性も、うちの常連でね」
婚約者?
「…それってその、綺麗な黒髪で、長い髪の?」
「え、どうして心春ちゃんが知ってるの?」
河野は驚いた表情で言った。
心春は「あ、いや、その…」と言葉を濁す。
「…彼女、病気でね。彼に別れを告げずにいなくなったそうなんだ」
「…え」
「それで坂口くんは彼女がよく来ていたこの店に。僕は病気だってことは知っていたけど、この店に来なくなってからはどうなったのか…」
そうだったんだ。
じゃあ彼女は今ーーーーー?
「彼、ここに来ていればいつか彼女にまた会えるんじゃないかってね。切ない話だよね」
「…はい。治っていたらいいですね、彼女の病気」
「…そうだね」
わたし、この話聞いてはいけなかったよね。
坂口さんは話したがらなかった話。
あの女性はやはり、坂口が言っていた通り彼の大切"だった"人。
病気は治ったのだろうか
って、わたしには関係のないことか。
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