複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

傘をさせない僕たちは
日時: 2019/10/30 13:29
名前: えびてん (ID: mkDNkcIb)

はじめまして!
えびてんと申します!
私の身近な人と身近な人は実は知り合いで、世間は狭いなあと感じることが多くてこのお話を書こうと思いました(*゜-゜)
主にそれぞれの恋のお話です( ´ ` )
ちょっとわかりづらいお話だと思うのですが、是非読んで頂けたら嬉しいです!

【 登場人物 】

@浅倉航平(あさくら こうへい) 25
→化学教師。
@水原茉里(みずはら まり) 24
→国語教師。
@武田夏樹(たけだ なつき) 17
→高校2年生。
@佐伯まな(さえき まな) 16
→高校2年生。
@瀬乃健人(せの けんと) 16
→高校2年生。
@西原恵(にしはら めぐみ) 17
→高校2年生。

@武田紗綾(たけだ さや) 24
→建築会社社員。
@井岡 瞬(いおか しゅん) 23
→建築会社社員。
@小宮山 剛(こみやま つよし) 42
→建築会社社員。
@小宮山綾子(こみやま あやこ) 39
→小宮山の妻。

@柳木 蓮(やなぎ れん) 22
→大学生。
@宇野美琴(うの みこと)25
→ピアノ科教師。

@浅倉結以(あさくら ゆい) 18
→航平の妹。
@相原直登(あいはら なおと) 19
→結以の友達(?)
@日向希穂(ひなた きほ) 19
→直登の大学のクラスメイト。

@藤井心春(ふじい こはる) 22
→カフェ店員。
@坂口椋(さかぐち りょう) 26
→画家。

Re: 傘をさせない僕たちは ( No.42 )
日時: 2019/10/20 07:22
名前: えびてん (ID: BcUtmJZZ)




#41 【 オンナ同士の・・・ 】



「せーんぱいっ」

この甘ったるい声は・・・。

思いながら、紗綾は笑顔を作り振り返る。
そこには予想通りの女が。

「探したんですよぉ〜、センパイに頼まれた資料ちゃんと届けよっかなぁ〜って思って!」

出た、唐沢萌。

萌はそう言いながら紗綾にファイルを差し出した。
紗綾はファイルを受け取りながら「ありがとう萌ちゃん!」と微笑む。

「いいえっ!センパイのお役に立てたならそれで十分ですぅ〜それじゃ!」

そう言って手を振ってスタスタと歩いて行く彼女は、紗綾的にかなり苦手だ。

いつも遅刻して来ては、デスクにつくなり鏡を見て前髪やメイクばかり直しているし、仕事を頼んでも3回は言わないとやってくれない。
性格が悪い訳ではないんだろうけども・・・。

彼女がいなくなった後、渡されたファイルを見た。

うっわ・・・。
見れば、ずさんなデータばかり。
コピーは曲がっているし、適当にネットで調べたの・・・?
まあ、この程度のことは予想の範中だ。

紗綾がため息をついた時、「どうしたんですかっ」と後ろから肩を叩かれた。

「うわっ!」

紗綾は驚いて振り返る。
そこには笑顔の瞬がいた。

「井岡くん・・・!もう、驚かさないでよ!」

紗綾は目を見開いたまま言う。
瞬は「すいません」と悪戯に微笑んだ。

「ため息なんかついて、何かあったんですか?あ、もしかして俺のこと考えてました?」

「そんな訳ないでしょ」

「あちゃー、そりゃ残念」

「あー、井岡くんは落ち着くな〜」

紗綾はそう言いながらファイルを胸に抱え、歩き出す。

「何ですか急に。照れちゃいます」

瞬はそう言ってわざとらしく頭をかいた。

「いや井岡くんしっかりしてるからあたしが何か教えてあげなくても期待以上のことしてくれるんだもん」

「本当に、何かあったんですか?」

「ううん、なんでもないの。病んでるのかも」

「わあ、それは大変だ。今夜どうです?飲みにでも」

「アリだね」

「よっしゃ。じゃあさっさと仕事終わらせて定時で帰りましょ」

「そうだね。残り頑張ろっか」

「はい、それじゃまた。俺寄るところあるんで。あと戻ります」

「はーい、じゃあね」

そう言って瞬と別れると、紗綾は自分のデスクへ。
見れば、萌は呑気にお茶を飲んでいる。

仕方ない、あんまり言いたくないけど言うか・・・。



「萌ちゃん」

紗綾は先程の資料を手に萌に話しかける。
萌は「はぁい?」と振り返り、紗綾を見上げた。

「・・・あのさ、ちょっといいかな。さっきの資料のことで」

紗綾が言うと、萌は途端に嫌な表情を浮かべた。

「なんですか?ちゃんと作りましたよね」

「うん、そうなんだけど、それはありがたいんだけどさ・・・。その、資料もうちょっと丁寧に作ってくれないかな。あと期日はちゃんと守って欲しいの」

「丁寧って、それあたし丁寧に作ったんですけど?期日って言いますけど、センパイが頼んできたの昨日ですよね?」

萌は紗綾を睨むように言った。

「うん、萌ちゃんが丁寧って言えばそうかも知れないんだけど、これ会議で配る資料だからさ、もう少し分かりやすくして欲しいんだよね。それにあたしが資料頼んだのは一昨日だよ、萌ちゃんはネイルしてたけど」

「は?分かりやすくしたつもりなんですけど。てかセンパイの指示通りに資料作ったんですけど?一昨日とか、もう1回言ってくれないと忘れるに決まってるじゃないですか!」

萌は立ち上がり、強気な口調で言った。
その場にいた全員が紗綾と萌を見る。

紗綾は周りに軽く頭を下げると「萌ちゃんちょっといい?」と言いながらオフィスの出口へ。
萌は不服そうな表情のまま紗綾に続いた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ごめんね、今の時間会議室空いてなかったからここでちょっと話そっか」

紗綾は同じ階にある資料室へ。
萌は「別にいいですけど」と不機嫌な表情。

何でお前が不機嫌なんだよ〜〜〜!

紗綾はそう思いながらも少し微笑んで続けた。

「・・・さっきも言ったけど、マニュアル通りに資料を作ることと期日を守ることはずっと言ってるよね。萌ちゃんちゃんと聞いてる?」

「だから、あたしはちゃんとマニュアル通り作ってますってば!期日は早く言ってくださいよ!」

萌は完全にキレ気味だ。

「うん、なら分からないところがあったらいちいち聞いて欲しいの。あたしがいない時は井岡くんとか他の人でもいいから」

紗綾が言うと、萌は紗綾を見てさっきまでの怒っていた表情が嘘かのように少し微笑んだ。

「・・・センパイって井岡さんのことめっちゃ好きですよね」

言われ、紗綾は「え?」と顔をしかめる。

「井岡さんっていうか・・・男?」

「まって、なんの話してるの?」

「だから、センパイって男好きですよね」

「その話今関係ある?」

「ないですよ?ただ、思ったんで」

「関係の無い話は後にしてもらっていいかな。ちゃんと仕事の話も聞いて」

「あ、じゃあ関係あります」

「は?どういうこと?」

紗綾が聞き返すと、萌はクスッと笑ってから言った。








「そんな男好きだから部長に愛想尽かされてるんじゃないんですか?セ〜ンパイ」







ーーーーーーーーーえ?




Re: 傘をさせない僕たちは ( No.43 )
日時: 2019/10/27 12:31
名前: えびてん (ID: 9ffIlNB/)



#42 【 加害者は一体 】



「・・・ちょ、ちょっと待ってよ、どういうこと?」

紗綾は少し動揺してしまった。
萌は微笑んで続ける。

「そのままの意味ですぅ。そんなカリカリして、井岡さんにも色目使ってるから剛さん・・・あ、小宮山部長に飽きられるんです」

まって、この女まさか・・・。

「萌ちゃん、まさか・・・」

紗綾が言うと、萌は微笑む。

「気付いてたんじゃないんですか?部長と私のこと」

「・・・知らないよ」

「あ、そうなんですかぁ?てっきり知ってるのかと」

「萌ちゃんはどうして・・・」

「どうしてセンパイと部長のこと知ってるのかって?簡単です。部長本人から聞いたので。あ、エッチした後ベッドでっ」

萌は嬉しそうに言った。
紗綾は目を瞑り、少し冷静さを取り戻す。

どういうこと・・・?
てことはこの間一緒にいた若い子は萌ちゃん?
最近冷たかったのは、関係を終わらせようとしていたのは萌ちゃんができたから?

そんなのってないよ。

「あーでも、こうも言ってました。『紗綾とヤるより萌の方が気持ちいい』って!本当可愛いですよね〜」

聞きたくない。

「『紗綾は重い』とか『一緒にいて疲れる』とか〜、『いっそ井岡と付き合えばいいのに』とか」

聞きたくない。

「あたし、部長のこと本気で好きなんです。叶わないことくらい分かってます。ただ、せめて2番でありたいんですよねぇ〜。だからセンパイ、不倫やめてくれませんか?」

何言ってるの?この子。

紗綾は黙り込んでしまった。
萌は不機嫌な表情で「ねえ、何とか言ったらどうなんです?」と紗綾を睨みつけた。

紗綾は少しの沈黙の後、笑顔で顔を上げた。
萌は少し動揺した表情を見せた。

「その件に関して、萌ちゃんは悪くないし、私は何も言うことないよ」

紗綾が言うと、萌は「は?!」と言ってから紗綾に近づきながら言った。

「あたしが!あんたから部長をとったのよ?悔しいくせに、強がらないでくださいよ」

「とった?そもそも部長は私のものじゃないから。話はそれだけ?」

不穏な空気が流れる。
紗綾も、精一杯の強がりだった。
ただ、悔しかった。

「・・・もういいです」

萌はそう言うとため息をつき、出口へ向かう。
紗綾は振り返り、萌の背中に言った。




「資料、きちんと直して明日提出してね」




言われ、萌は舌打ちをして出て行った。








萌が出ていき、資料室の扉が閉まったのを確認した紗綾は一気に机にもたれかかり、大きなため息をついた。

いやいやいやいやいやいや!
理解が追いつかないから!
部長、どういうこと・・・?

萌ちゃんとも関係を持ったからあたしに飽きて関係を終わらせようとしてるってこと?
いやわかんない!
あたしのこと好きとか言ってるのは嘘だって分かってるけどさ!
にしてもじゃん!
あたし2番でもなくなったらただの遊び相手じゃん!

いや、不倫なんかしてるあたしが悪いよ。
どう考えたってあたしが加害者。
被害者は奥さん。
じゃあ部長は・・・?
部長は、被害者じゃないよね。
かと言ってあたしから手を出してしまった手前加害者とは言えないけど。
もう、なんでよ・・・・・・。

紗綾は再び大きなため息をつくと、資料室を後にした。






紗綾がいなくなった後の資料室には、目を見開いた瞬がいた。


Re: 傘をさせない僕たちは ( No.44 )
日時: 2019/11/01 20:18
名前: えびてん (ID: BcUtmJZZ)




#43 【 知りたくなかった② 】


紗綾がオフィスに戻ると、そこには萌もいた。
萌は不機嫌そうにパソコン画面を睨んでいる。
紗綾がデスクに戻ると、すぐに枝莉が来た。

「ちょっと紗綾、あんた唐沢さんに何言ったのよ?」

枝莉は小声でそう言いながら萌を見た。
紗綾は「・・・いや、特には」と枝莉から目を逸らす。

「唐沢さん、戻ってくるなりキレ気味だけど。あんたそんなキツく言ったの?」

本当、態度に出やすい子だな。
これじゃまるであたしが悪者じゃんか。
・・・まあ、確かに不倫してるけどさ!
それは萌ちゃんも一緒だよね。
って、こんなの責任転嫁か。
なんか、疲れたな・・・。

「言ってない言ってない。まあ、注意がしつこかったのかも」

紗綾はそう言うと少しガックリと肩を落とした。
枝莉は「まあ、唐沢さん元からあんな感じだけどさ・・・」と紗綾を見る。

「1回きつく言わなきゃ分かんないんだよ。良かったと思う」

枝莉に言われ、紗綾は罪悪感が湧いた。

はあ、枝莉ごめん。
あたし萌ちゃんのこと言えない立場なのに。

すると、オフィスのドアが開いた。



「戻りました〜!」


その声は瞬だった。

「井岡くん。遅かったね」

紗綾は瞬を見て言った。
瞬は「すいませんちょっと探し物を」と微笑んだ。

「とか言って〜、総務に顔出してたんじゃないのー?」

枝莉が言った。

「ん?何で総務?」

紗綾が不思議そうに言うと、瞬は焦ったように言った。

「ちょ、ちょっと堀田さん!そんなんじゃないですって」

言われ、枝莉は「あら〜?」と怪しむように微笑んで続ける。

「井岡、こないだ総務の秋山ちゃんとごはん行ってたのよ?どう思う?」

枝莉はそう言って紗綾を見た。
紗綾は「そうなの?」と微笑んだ。

「紗綾がいるのにね〜」と枝莉。

「いやいや、あたしは関係ないって〜」と紗綾。

井岡くんにもとうとうカノジョ?
だとしたら今日とか、飲みに行くの悪いかな。

紗綾はそう思いながら彼を見た。
瞬間、紗綾は微笑みを消した。






「違います。秋山さんとは何もないですから」





瞬はそう言うと軽く会釈をして自分のデスクに戻って行った。

井岡くんのあんな顔、初めて見た。
井岡くん、怒ってるみたいだった。
いつも笑顔なのに、何だか怖かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「井岡」

エレベーターの前で声をかけられた。

この声はーーーーー。

瞬が振り返ると、そこには予想通りの男。
小宮山剛がいた。

瞬は「・・・はい」と言って小宮山の方を向き直った。

「この資料よく出来てるなーと思ってたら作ったの井岡だったんだな。すごいな、お前」

小宮山はそう言って手に持っていたファイルを瞬に見せた。
瞬は1度ファイルに視線を落とすとすぐに小宮山の顔を見た。

「・・・いえ、大したことないです。これ、教えてくれたのは先輩ですから」

言うと、小宮山は難しい表情を浮かべた。

「先輩?」

「はい。紗綾先輩です」

瞬はそう言って小宮山を見た。
小宮山は「武田か」と平然とした態度で言った。

「はい。紗綾先輩、優秀ですよね」

「・・・何だよ、急に?」

小宮山は少し困惑したように言った。
瞬は「いえ、別に!それじゃ、失礼しますね!」と言って会釈すると階段の方へ。

瞬は1人になると笑顔を崩し、すぐに唇を噛んだ。



紗綾先輩と小宮山部長が不倫・・・?
今でも信じられない。
というより、信じたくない。

先輩は、部長のことが好きーーーーー。

なんだよ、元々俺に勝ち目なんか・・・。
いやいや、やめよこういう卑屈な考え。
女々しすぎだよ、俺。

それに、唐沢も小宮山部長とーーー。
部長は一体何がしたいんだ?
口ぶりからして、先に不倫が始まっていたのは紗綾先輩の方だ。
いつからかは分からない。
通りで、誰からの誘いも受けないわけだ。
俺の誘いに乗ってくれて、飲みに行ったりできていることにどこかて期待していた。
だけど初めから無理な話だったんだ。

前に紗綾先輩が言っていたことを思い出した。
《シンデレラはなぜ王子に選ばれたのか》。
そんな質問だった。
俺は"運命"だと答えた。
彼女はそれを、違うと言った。
おとぎ話のヒロインがなぜ王子に選ばたのか、彼女はヒロインが美しいからだと言った。
美しさに惹かれ、王子はヒロインを選んだのだと。

部長と関係を持つことで、自信をなくしているのではないだろうか。
選ばれない自分に、美しさがないと思ったのではないか。
そんなはずないのに。

部長に腹が立つ。
だけど俺がどうこう言えることではない。
分かっている。
だけど、どうにかしたい。

もちろん紗綾先輩の為にとは思うけど結局そんなの建前だ。
俺は、俺のために不倫をやめさせたいんだ。
けど、先輩が自ら望むのなら関係ない俺が邪魔するのは・・・。





あーあ、知りたくなかったなあ・・・。






階段を登ると、3階で話しかけられた。

「あの」

言われ、瞬が振り返るとそこには1人の女性が立っていた。

「はい、どうしました?」

瞬はそう言って女性に微笑みかける。
女性も微笑みながら続けた。

「営業課は何階でしょうか?ちょっと迷っちゃって」

「営業課は僕の所属している課ですが・・・。あの、失礼ですが・・・」

瞬がそう言って女性を見ると、女性は「あ、申し遅れました」と言ってから瞬を見た。








「私、小宮山剛の妻です。小宮山綾子と申します。忘れ物を届けに来たついで挨拶でもをと思いまして」







これはーーーーーーーーー。
俺もキツイな。
さて、どうしようか。




Re: 傘をさせない僕たちは ( No.45 )
日時: 2019/11/12 09:10
名前: えびてん (ID: eK41k92p)




#44 【 トリプルブッキング? 】



これ、かなりまずいよね。
いま課に戻れば、紗綾先輩も唐沢もいる。

さっきの空気を見る限り、紗綾先輩は分からないけど唐沢は顔に出さずには居られなさそうだし・・・。
ここに奥さん登場って、ダブルブッキングどころかトリプルブッキングしちゃうよねこれ?!
部長、どんな顔して奥さんと話すんだか・・・。

考えただけで何故だか関係ない俺が変な汗かいてきた。

「あの・・・」

綾子は不思議そうに瞬を見ながら言った。
瞬は「あ、小宮山部長の奥様でしたか!」とテンション高めで話し出す。

「部長にはいつもお世話になっております!僕、井岡と申します!」

「あ、ああ!主人の・・・!こちらこそ、主人がいつもお世話になっております」

綾子はそう言いながら頭を下げた。

「いえいえいえ!とんでないです!」

瞬は胸の前で両手を横に振る。

現在時刻は14時15分。14時20分から紗綾先輩も唐沢も会議が入っている。
とにかく話を広げて時間を稼がなくては。
好きな人の奥さんに会うなんて辛すぎる。
あと5分だ、5分くらい何とかなるんじゃね?

「・・・主人は、会社でどういう感じですか?あ、なんか変な質問で申し訳ないです」

綾子はそう言って苦笑した。
まさかの彼女から話を振ってくるとは。

「部長はとても頼れる方ですよ。僕もしょっちゅうフォローして頂いて助かってます」

瞬がそう言って微笑むと、綾子はどこか安心するように微笑んだ。

「まあ、本当ですか。何だか私が嬉しいです。家ではあまり仕事の話をしないものですからちょっと気になって」

「そうなんですね。まあ、わざわざ仕事の話を聞いたりもしないですもんね、きっと」

「そうなんです。聞いたところで私には理解のできないお話なので」

この奥さん、何も知らないんだろうなあ。
不倫、なんて知ったらどう思うんだろう。
お弁当をわざわざ届けに来たりしてくれる素敵な奥さんがいるのに、部長はどうして・・・。

紗綾先輩が素敵なのは分かる。
もちろん俺も好きな訳だし。
だからといって、自分の立場をわきまえないと傷つくのは部長の奥さんなのに。

「まあ、それもそうですよね、はは」

やばい、もう話のネタがない。
あと3分なのに。
あと3分くらいならもう会議室にいるか。

「あ、エレベーター、こっちですか?」

綾子が動き出した。
瞬は「あ、はい!僕が押しますね」と言って2人はエレベーターへ。

頼む、2人とももう会議室であってくれ。

ピンポン、と音と同時にエレベーターの扉が開いた。
瞬は開のボタンを押しながら綾子に「どうぞ」と微笑む。
綾子は「どうも」と会釈をしてエレベーターを降り、瞬もすぐに降りる。

「・・・ここです。部長も今ならいらっしゃると思います」

課の前で瞬が言った。
綾子は「井岡さんどうもありがとう」と微笑む。

「いいえ、どうぞ中へ」

瞬はそう言って扉を開けた。
綾子は会釈して中へ。

頼む、頼むよ。

瞬はハラハラしながら中に入った。
見渡せば、小宮山はいるものの紗綾と唐沢萌の姿はなかった。

瞬は胸を撫で下ろし、小宮山の元へ。

「部長、奥様がお見えです」

瞬が言うと、小宮山は顔を上げ綾子を見るなり「おお」と声をあげた。

「あなた、資料忘れて行ったでしょ」

綾子はそう言ってカバンからファイルを出し小宮山に渡した。
小宮山はファイルを受け取り「ああ、ありがとう」とファイルを確認する。

「あとこれ、皆様で召し上がって。井岡さんもね」

綾子はそう言ってクッキーの箱を出し、瞬を見た。

「うわあ、ありがとうございます」と瞬は微笑む。

その時だった。
課の扉が開く音がした。

振り返ると、そこには紗綾が立っていた。
瞬は目を見開き、急いで紗綾の元へ。

紗綾はもう、綾子のことを見てしまっていた。

「先輩・・・!お疲れ様です!あの、えっと会議は?」

瞬が言うと紗綾は少し驚いた様子で答える。

「え?ああ、前の会議が押してるみたいで私たちは待機中だけど・・・井岡くんどうしたの?」

「そうなんですか!あ、いや、その、てっきり会議だと思ってたもんですから」

「そ、そう」

紗綾はそう言うと瞬から目を離し、綾子を見ると足を進めた。

ああ、結局だ・・・。
トリプルブッキングは避けられたものの、ダブルブッキングはしてしまった。
しかも紗綾先輩。

「部長の奥様ですよね、お世話になっております、私部下の武田です」

紗綾の声色、表情に動揺の色はなかった。
さすがだ。

言われた綾子は微笑み、「ああ武田さん、お久しぶりです」と紗綾を見た。

「クッキー持ってきたから、皆さんで食べてくださいね」

綾子に言われ、紗綾は「ありがとうございます」と微笑んだ。

「じゃあ私はこれで」

綾子はそう言って会釈をする。
小宮山は「ありがとな」と綾子を見た。

なんだ、この空気・・・先輩は至って冷静だった。
不倫相手の奥さんを目の前にして、さすがだった。
俺が変に気を遣う必要もなかったのかも知れない。

Re: 傘をさせない僕たちは ( No.46 )
日時: 2019/11/19 11:52
名前: えびてん (ID: BcUtmJZZ)




#44 【 核心 】



クッキー、食べたくないな。

紗綾はデスクに置かれたクッキーを見て思った。
小宮山綾子が持ってきたものだ。

夏樹にでもあげよ。

紗綾はそう思いながらカバンにクッキーを詰め、「お疲れさまでした」と言ってオフィスを後にした。

久しぶりに剛さんの奥さんを見た。
不倫を始めてからは初めてだった。
相変わらず美人で、人当たりの良い人だった。
肌ツヤも良かった。
背が高くてスタイルが良い。
私とは大違い。

そんなことを思いながら、紗綾は1人溜息をつく。
その時、前から歩いてきた女性にぶつかった。

「あっすみません」

紗綾がそう言って女性を見ると、どこかで見た顔だった。

「大丈夫です、私こそすいません」

女性はそう言って微笑んだ。
紗綾が不思議そうに女性の顔を見ると、女性も不思議そうに紗綾を見た。

「・・・あの、何か?」

女性に言われ、紗綾はハッとする。

「あっいえ!すみません」

紗綾がそう言って微笑んだ時、後ろから明らかに見覚えのある顔の男が来た。

「どうした・・・あ」

男も紗綾に気づき、嫌な表情を浮かべた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「その説は・・・ご迷惑おかけしました」

公園に移動した紗綾は、彼に深く頭を下げた。

彼、柳木蓮は茉里の一件以来初めて顔を合わせた。
酔っ払ってさんざん文句を言った挙句倒れ、この男に茉里を呼んでもらった件だ。

「かなり迷惑かけられました」

蓮はそう言って紗綾を見る。
紗綾は「ああ、すみません・・・」と目を瞑った。
蓮はフッと鼻を鳴らしてから言う。

「別にいいけど。あんた、酔っ払って文句言ってくるくらいだからこんな律儀だと思わなかった」

「あの時はタイムリーで・・・」

「タイムリー?」

「丁度、あなたの話してたの。それでつい・・・。茉里を呼んでもらったことには感謝してる。でもあの時の文句は本当」

「なるほどね。まあ、否定も肯定もする気はないけど」

「・・・あんた、茉里のことどう思ってるのよ?どういうつもりで接してるの?あの女の人、誰なのよ」

「そんなのあんたに関係ある?」

「・・・ない。ないけど、教え欲しい。茉里は私の大事な友達なの。知ったところで私にどうすることもできないことは分かってるけど、でも知りたいの」

「じゃあ俺の質問に答えてくれる?」

蓮に言われ、紗綾は首を傾げた。

「質問?いいけど」

紗綾が答えると、蓮は一息置いてから表情を変えることなく言った。








「何で不倫なんかしてるの?」








胸がチクッとなった。
この男の表情が怖くなった。

そんなの、私にだって分からないよ。




「どうして知ってるの?って顔だね」

蓮は少し微笑んで言った。
紗綾は動揺しながらも答える。

「・・・どうして」

「別に。たまたま見かけただけ。俺もクズかも知れないけど、あんたも大概でしょ」

言われ、紗綾は何も言えなくなった。

「まあ別に俺には関係ないことだしどうでもいいけどさ・・・茉里のこと、ちゃんと考えるから」

「え、考えてるの?」

紗綾は顔を上げる。
蓮は頷き、「このままでいいとは思ってないよ、俺だって」と言うと振り返り、紗綾に背中を向け歩き出した。





あの男の言う通りだ。
私は人のことをどうこう言える立場じゃない。
私が1番傷つけているのに。
私だって、このままでいいわけがないのに。



Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。