複雑・ファジー小説

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傘をさせない僕たちは
日時: 2019/10/30 13:29
名前: えびてん (ID: mkDNkcIb)

はじめまして!
えびてんと申します!
私の身近な人と身近な人は実は知り合いで、世間は狭いなあと感じることが多くてこのお話を書こうと思いました(*゜-゜)
主にそれぞれの恋のお話です( ´ ` )
ちょっとわかりづらいお話だと思うのですが、是非読んで頂けたら嬉しいです!

【 登場人物 】

@浅倉航平(あさくら こうへい) 25
→化学教師。
@水原茉里(みずはら まり) 24
→国語教師。
@武田夏樹(たけだ なつき) 17
→高校2年生。
@佐伯まな(さえき まな) 16
→高校2年生。
@瀬乃健人(せの けんと) 16
→高校2年生。
@西原恵(にしはら めぐみ) 17
→高校2年生。

@武田紗綾(たけだ さや) 24
→建築会社社員。
@井岡 瞬(いおか しゅん) 23
→建築会社社員。
@小宮山 剛(こみやま つよし) 42
→建築会社社員。
@小宮山綾子(こみやま あやこ) 39
→小宮山の妻。

@柳木 蓮(やなぎ れん) 22
→大学生。
@宇野美琴(うの みこと)25
→ピアノ科教師。

@浅倉結以(あさくら ゆい) 18
→航平の妹。
@相原直登(あいはら なおと) 19
→結以の友達(?)
@日向希穂(ひなた きほ) 19
→直登の大学のクラスメイト。

@藤井心春(ふじい こはる) 22
→カフェ店員。
@坂口椋(さかぐち りょう) 26
→画家。

Re: 傘をさせない僕たちは ( No.52 )
日時: 2019/12/18 23:08
名前: えびてん (ID: 9ffIlNB/)




#50 【 直接対決? 】


『先日はありがとうございました!とっても楽しかったですっ!井岡さんとまたお食事行けたら嬉しいです(ϋ)/』

メッセージを見て、瞬はため息をついた。
差出人は《秋山咲良》。
彼女は総務の職員で、先日総務にいる同期に無理矢理連れて行かれたのが彼女との食事だった。

連絡先を聞かれて断るわけにもいかず教えたが、度々メッセージが来るのは正直面倒だった。

『こちらこそありがとうございました。また機会があれば是非。』

返したメッセージはこうだ。




「お前さ、秋山のことどう思ってるわけ?」

会社が終わったあと、エレベーターで総務の同期である宮本に会ってしまった。
宮本はニヤニヤしながら聞いてくる。

「別に、いい人なんじゃない」

瞬が答えると、宮本は不思議そうに首を傾げた。

「何だよ、お前秋山に興味ないの?」

「ないね、まったく」

瞬は即答してエレベーターを下り会社を出る。
宮本は「えー」と言いながら瞬に続く。

「なんでだよ〜、秋山顔は結構可愛くね?秋山のやつ、井岡のことすげー気に入ってるんだよ〜」

「だからって俺のこと騙して食事行かせるのもどうなんだよ」

瞬は少し呆れ気味に言った。

「それはごめんってー。秋山がどうしても井岡と話したいって言うもんだからつい」

「そんなに推されても俺、秋山さんとどうこうなる気はないからな」

「えー、なんで?好きな人でもいんの?」

「いる」

「えっ誰だれ?!」

「教えないよ。大体あの食事のせいでその人に誤解されたんだよ俺。勘弁してくれよ〜」

「えーなになに、その人もお前に気あんの?」

「・・・いや、無いと思うけど」

「なんだよー、じゃあ秋山いいじゃねえか〜」

「良くねえよ!とにかく!俺は好きな人いるから!じゃお疲れ!」

瞬はそう言うと宮本に手を振りスタスタと歩いて行った。

先輩に誤解されたのはかなりの痛手ではあったが、そもそも紗綾先輩は部長のことが好きなんだ。
俺に勝ち目はなかったんだ。
にしても宮本のやつ、むかつく!

なんて思っていた時だ。
目の前に部長の姿が。
なんてタイムリーなんだ。

「お疲れ様です」

瞬は小宮山に声をかけるとスタスタと歩く。
が、後ろから声をかけられた。

「井岡」

言われ、瞬は「・・・はい」と作り笑顔を浮かべた。

「明日の会議のことなんだけど」

小宮山はそう言って瞬に近づいてきた。

おいおい、ここは会社じゃないんだけどな。
俺もうタイムカード切ったんだけどな。
いつもなら別に何も思わないことも、先輩のことがあって部長に腹が立つ。

「はい」

瞬はそう言って小宮山が手にしている資料に目を落とす。

「ここなんだけど、明日までに訂正しておいてくれないか」

「分かりました」

「頼んだぞ。それじゃ、お疲れ」

小宮山はそう言うと資料をカバンにしまい、瞬に背を向けた。

「・・・部長」

去っていく小宮山を見ていると、気づけば声が出ていた。
瞬の声で、小宮山は振り向く。

「どうした?」

"紗綾先輩のこと離してください"
そう言いたかった。

「・・・いえ、明日また頑張りましょうね。お疲れ様でした」

瞬はそう言うと微笑み、小宮山に頭を下げた。
小宮山は「あ、ああ・・・お疲れ」と言って振り返ると歩きだし、瞬から遠ざかっていった。
瞬は去っていく小宮山の背中を見て唇を噛み締める。

「いーおーかーさんっ」

後ろから声が聞こえた。

「何してるんですかぁ?」

振り返ると、そこにはニコニコした唐沢萌がいた。

「・・・唐沢。おつかれ。別に何も。今から帰るとこだよ」

瞬はそう言って微笑んだ。

「じゃー駅まで一緒に帰りましょっ!」

萌はそう言って瞬の隣に来て一緒に歩き出す。

「・・・唐沢、仕事どう?慣れた?」

瞬が言った。

「うーん、難しいことばっかで正直つらいですぅ。センパイこわいしぃ〜」

早速その話題か。

「センパイって?紗綾先輩?」

「そうですよぉ。井岡さんってすごいですよね、紗綾センパイと2年一緒で嫌にならないの」

「俺は紗綾先輩につけて毎日楽しいけど」

「えーほんとですかぁ?なんでー?」

「なんでって・・・。仕事もできるし、話してて楽しいし」

「ふーん。やっぱ男ウケはいいですよね紗綾センパイって」

「別に堀田さんも紗綾先輩と仲良いし、唐沢が合わないだけなんじゃない?」

やべ、結構キツいこと言ったかも。

瞬がそう思いながら萌の表情を伺うと、萌はまったく表情を変えずに言った。




「井岡さんって紗綾センパイのこと好きなんですかぁ?」



ばれた。





「はっ、いやっ、なんでそうなるんだよ」

瞬は明らかに動揺した様子で答えた。
萌は微笑んで言う。

「ははっ、井岡さん分かりやすぅ〜い!うける〜可愛いですね」

萌はキャハハと笑う。
瞬は諦めたように答えた。

「・・・否定はしないよ。でも俺が紗綾先輩の肩を持ってるのは好きだからじゃない」

「えー違うんですか?井岡さん、さっき部長と直接対決でもしてたんだと思ってましたけど?」

「見てたのかよ・・・。てかお前それ!」

瞬は少し怒った表情で萌を見た。
萌は楽しそうに笑いながら答える。

「あ、その様子だともしかしてもう知ってました?部長とセンパイのこと」

「お前それ、俺はいいけど他の人に言ってないよな?」

「さあ〜?どうですかねー。悪いのは部長とセンパイなんですし言うも言わないも、あたしが決めることですよね?」

痛いこと言うな、こいつ。
って俺はどの立場なんだか分かんないけども。

「・・・唐沢は、それをばらしてどうしたいの?それで唐沢に何か得があるの?」

「だったら言われて井岡さんに損はあるんですか?」

「あるよ」

「は?なにがですか?」

「好きな人が悲しむところ見たくないだろ」

「ふーん・・・井岡さんって、バカですね」

「かもな。唐沢も部長のこと好きならそれくらい考えろよな」

瞬が言った時、萌はクスッと笑った。

「は?井岡さん何言ってるんですか?」

「え?」

瞬が不思議そうに彼女を見ると、萌は微笑み、「それじゃ、また明日!」と言って手を振ってスタスタと歩いていった。



え?



Re: 傘をさせない僕たちは ( No.53 )
日時: 2019/12/23 13:05
名前: えびてん (ID: l2ywbLxw)





#51 【 本当の気持ち 】


分かっていた。
私たちの関係に、始まりもなければ終わりもないのだと。

分かっていた。
いつかは忘れなければいけないということ。

分かっていた。
彼が私の事を好きな訳では無いということ。

全部、分かっていた。
最初から。

証拠を残さないように、1度も写真は撮らなかった。
迷惑をかけないように、無駄なメッセージのやりとりはしなかった。
見つからないように、昼間にデートはしなかった。

だけど、全部したかった。

彼の都合に合わせて行動した。
会いたい時に会えなくても、傍にいるだけで幸せだった。
愛してくれなくても、隣にいれるならそれだけで良かった。

だけど、本当は良くなかった。

何かを貰ったことも、何かをあげたこともなかった。
誕生日やクリスマスを過ごしたことはなかった。
会う時はいつもホテルだった。
"離婚して"とか、本心は言わなかった。
奥さんや息子さんの話題を避けてきた。
大事なことは何も教えてくれなかった。




本当は、全部全部嫌だった。



だけど、終わらせるが怖かった。
終わらせたくない自分がいた。

まだ嘘でもいいから"好きだ"と言って欲しかった。
まだ優しく抱きしめてほしかった。
まだ温もりが欲しかった。
まだあたしを必要として欲しかった。

そんな関係も、今日で終わる。

未だに怖くて、未だに終わらせなくていいと思っている自分がいる。



紗綾が携帯の画面を見ると、時刻は18時。
小宮山との待ち合わせは18時だった。




『折り入ってお話があります。』



昨日、唐突に送ったそんなメッセージに返ってきた内容は意外なものだった。

『了解。明日にでも話そう』

と、あまりにも理解の早い返信だった。
もしかしたら既に小宮山は何かを感じ取っていたのかも知れない。

『がんばれ、姉ちゃん。』

夏樹からメッセージが来た。
今日話す、と夏樹に宣言してきたのだった。
紗綾は深呼吸をすると携帯をカバンにしまった。

その時、「紗綾」と声をかけられた。

この心地の良い低い声。
あたしの名前を呼ぶ優しい声。
この声好きなんだよなぁ。

振り返るとそこには、仕事終わりの小宮山がいた。

「ごめんなさい、呼び出したりして」

紗綾は立ち上がって言った。
小宮山は微笑んで椅子に座る。

「久々だな、なんかこのカフェ」

小宮山はそう言って辺りを見渡した。

そこは会社の近くにある、こじんまりとした静かなカフェだった。

「いらっしゃいませ、ご注文はいかがなさいますか?」

いつもいる若い女性の店員が近づいてきて言った。

「珈琲で」と小宮山。

「はい、かしこまりました」

彼女はそう言ってその場を去っていった。

「・・・よく来ましたよね、このカフェ」

紗綾はそう言って軽く微笑んだ。

「だな。紗綾がまだ新人の頃だな」

「うん、あたしがまた剛さんのこと恐れてた時もね」

「そんな時もあったな。失礼なやつだ」

「見た目怖いからね、剛さん。仏頂面だし、口調怖いし」

「新人にはよく言われる」

「やっぱり。あたしの同期もよく言ってた。何考えてるか分かんないし、怖いし、怒鳴るし、なのに意外と優しくて、部下想いで、口下手で、不器用で、励ますの下手くそで、感情が読めなくて・・・」

紗綾はだんだん声が小さくなる。






「だけどとても温かい人で・・・。そんなあなたが好きだった」




紗綾が言うと、小宮山も真剣な表情で紗綾を見る。

「奥さんは綺麗で優しくて、勝てる所なんか1つもなくて、何も始まってないし、これからも何も始まらない。終わりもない。だけど気持ちが止められなかった。だから伝えた。ずっと・・・ずっと隠すつもりだったのに」

「・・・紗綾」

「隠せなかった。あなたを好きになりすぎた。どこにいても、何をしててもあなたのことを考えてた。仕事してる時も目で追ってた。何でこんなに、何がそんなに好きなのか・・・自分でもよく分からない。終わりに近づく度に避けた。あなたと離れたくなかった。好きじゃないことなんて分かってたけど嘘でも愛されたくて・・・逃げてたの」

紗綾の目がどんどん赤くなる。
涙が止まらなかった。

「・・・ごめんなさい・・・」

紗綾はそう言って指で涙を拭う。
小宮山はカバンからティッシュを差し出した。

「・・・俺は」

小宮山は話し出した。
紗綾は顔を上げる。








「紗綾のこと愛してるよ」






ああ、どうしてこういうこと言うのかな。
いつもは愛情表現なんかしてくれないのに突然こういうことを言う。




そんなとこもまた好きなんだよな。





「・・・ってこんな言い方じゃだめだよな。俺は既婚者なのに」

小宮山はそう言って俯いた。

そしてあたしはこうやっていつも落とされる。
それも分かってる。

「駄目だって分かってた。最初から。それなのに紗綾のこと・・・いつの間にか意識してた。そしたらいい歳こいて自分の感情もコントロールできなくなって・・・。本当に申し訳なかった」

小宮山はそう言って頭を下げた。

「・・・今日、急にこんな話されて驚かなかったの?」

紗綾が言う。

「驚かなかった。なんとなくそんな気がしてたんだ、最近」

「どうして?」

「紗綾の表情や態度・・・と、後は井岡かな」

「井岡くん?」

「ああ。井岡、知ってるんじゃないのか、このこと」

「・・・話、聞かれてたみたいで。ごめんなさい」

「いやいいんだ。俺が悪いんだし」

「そんな!・・・あたしこそ、ごめんなさい」

「紗綾は悪くない」

「あたしが悪いの。駄目だって分かってたのは、あたしも同じ。分かってて受け入れたの。だから嘘でもーーーーー」

紗綾の話を遮り、小宮山が話し出した。






「嘘なんかじゃない」






「え?嘘じゃないって・・・なにが・・・」

紗綾は不思議そうな表情を浮かべた。



「紗綾を好きな気持ちは、嘘じゃない。本当に紗綾のこと、好きだったんだ」



Re: 傘をさせない僕たちは ( No.54 )
日時: 2019/12/31 12:51
名前: えびてん (ID: v5g8uTVS)




#52 【 別れ 】


「好きになっちゃいけないのに止められなかった。家庭があることを忘れてしまうくらい、紗綾のことを好きになっていた」

小宮山は続けた。
紗綾はボソボソと話す。

「・・・本当に?」

「ああ。でもいつかはこんな日が来ること、分かってて好きになったんだ、俺たちはきっと」

そうだ。
分かっていた。何もかも。
終わりがくることを分かっていて始めた。
この人は、あたしを幸せにはしてくれない。

「俺がどんなに紗綾を好きでも、俺は紗綾を幸せにしてあげられない。けど、紗綾に幸せになって欲しいと、心から願ってる。これも本当だ」

「あたしも、剛さんのこれ以上幸せを壊したくない。あたしも前に進みたい・・・ごめんなさい」

紗綾は俯いたまま言った。
小宮山は「いや紗綾は悪くなーーーー」と言った時、遮るように紗綾は顔を上げて言った。




「でも、ありがとうございました」




そんな紗綾の笑顔を見て、小宮山も少し笑みを浮かべた。







「ありがとな、武田」

「ありがとうございます、部長」






2人はそう言うとお互い見合い微笑んだ。

「はー、緊張した」

紗綾は笑顔で言うと、背もたれにもたれかかった。

「はは、俺も」と小宮山。

「あーてか部長〜!この際だから言いますけど、萌ちゃんにも手出したんですか?」

「えっ?!」

小宮山は驚いた表情を浮かべた。
紗綾は微笑む。

「いや、別に全然責めてるわけじゃなくて。どうなんですか?」

「唐沢が言ったのか?」

「ええ」

小宮山はため息をついた。
紗綾は首を傾げる。

「え、え、なんですか?」

「唐沢には確かに告白された・・・し、キスもされた」

「えええええ?!やっぱり本当だったんですか?なんか、ショックだな〜」

「いや違う!俺は断った」

「断った?でも萌ちゃんあたしに・・・」

たしかに彼女は自分も小宮山と不倫をしていると言っていた。
どういうこと?

「唐沢がなんて言ってたんだ?」

「その・・・部長が、あたしとヤるより萌ちゃんの方が気持ちいいって言ってた、とか」

紗綾は少し言いづらそうに言った。
小宮山は驚いた表情を浮かべた。

「そんなこと言った覚えはないし唐沢とはそんなことしてない!」

「はは、そうだったんだ。なんか嬉しい、嘘で良かった」

紗綾は笑い飛ばすように言った。

でもなんで萌ちゃんはあんな嘘を?
そこだけが謎だ。

「嘘に決まってるだろ。お前それ信じたのか?」

「ま、まあ・・・疑心暗鬼になるでしょ不倫なんて」

「・・・すまなかったな」

「あ、違う!もうその話は済んだじゃないですか!もういいですって!」

紗綾は必死に弁解した。

「いやなんか・・・申し訳なくて・・・」

小宮山は俯く。

「もういいですよ。逆に気まずくされる方が嫌なんで!会社では普通にしてくださいね」

「もちろん。武田も、これからもよろしくな。仕事仲間として」

「はい!もちろんです!」







『ありがと、夏樹のおかげで精算できたよ』






夏樹にそんなメッセージを送ると、紗綾は携帯をカバンにしまい、家へと歩き出した。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



家に帰ると、玄関と廊下の電気は消えていた。

おかしいな、いつもは綾子がつけていてくれるのに。
まだ20時なのに、もう寝たのかな。

剛は首を傾げながらゆっくりとリビングのドアを開けた。

「あや・・・こ・・・?」

剛は目の前の妻の姿に言葉を失った。

電気をつけたとき、綾子はリビングにあるダイニングテーブルにうつ伏せて寝てしまっていた。

だが剛の目に飛び込んできたのは、綾子がカッターナイフを手にしていたこと。
そして、テーブルには剛の会社の社員旅行の時の写真。






写真を見ると、武田紗綾の顔がカッターナイフでズタズタに切り刻まれていた。




Re: 傘をさせない僕たちは ( No.55 )
日時: 2020/01/07 12:42
名前: えびてん (ID: CKHygVZC)




#53 【 大人になると 】



「不倫ですよね?これ」

缶コーヒーを片手に、心春は目を見開きながら言った。
坂口はハハと笑ってから答える。

「その話からするとそうかもね」

「やっぱり!今日聞いててびっくりしましたよ〜。でも2人とも落ち着いた様子だったなあ」

「きっぱりやめるつもりで話してたんだろうね、その人たちは」

「かもです!でも女性の方はよく来るお客さんで、若いイケメンとよく来るんですその人。てっきり彼氏なのかと思ってたけど、違かったんだ〜」

心春は夕方来た逆のことを思い出していた。
話から察するに、きっと2人は不倫関係にあった。

「不倫かあ。心春ちゃんはどう思う?不倫」

坂口は穏やかな表情のまま訊いた。
心春は「ありえません!」ときっぱり。

「はは、まあそうだよね」

「だってお互い好き同士で結婚したのにどうして他の人と・・・。意味分かんないしっ」

「まあ大人になると色々あるんだよ、きっと」

「え?」

「大人は嘘つくからね。好きだけじゃやっていけない」

言われ、心春は自分のことを思い出した。
航平に言った別れの言葉に、嘘はなかっただろうか。

「・・・坂口さんは?嘘、つくんですか?」

「うん、きっとたくさんついてる」

坂口はそう言って微笑んだ。

「さ、そろそろ帰ろうか」と坂口。

「ですね」

心春はそう言って立ち上がり、2人は歩き出した。




ほら、この人は嘘だらけだ。
いつも何かを隠すように話している。
私には何も教えてくれない。







『もう一度話したい』

航平からのメッセージだった。
心春は携帯をカバンにしまい、1人で歩く。

今はもうこーちゃんと戻る気はない。
もう前に進むんだ。
こーちゃんが嫌いな訳じゃない。
けど、会いたくない。

こーちゃんとまだ付き合っていた時、坂口さんに出会った。
仲良くなったから、とかそんなんじゃない。
ただいつも窓際の席にいる坂口さんのことが段々気になってたまらなかった。
そんなのただの好奇心、そう思った。
だけどあの日、海で会った日、話してみてただの好奇心じゃなかったことが分かった。

やっぱり私は彼に恋をしていたのだ、と。

最近、こーちゃんとの間に距離が生まれていたのも原因だった。
会う頻度も減って、連絡も少なくなっていた頃に坂口さんを見つけた。
もちろんこーちゃんが悪い訳じゃない。
気持ちが移り変わってしまった私が悪いんだ。
だから手放した。

こーちゃんは優しい。
かっこいいし、頭が良くて、オシャレで、私の事を1番に考えてくれて、料理ができて、先生としても素敵な人。
何も嫌なところなんてない。
それなのに私はこーちゃんを好きではなくなってしまった。
なぜだかは分からない。
自分なりに、こーちゃんに劣等感を感じていたのかも知れない。
なんても思った。
こーちゃんは、私に持っていないものを持ちすぎていた。

さっきは不倫している人のことを批判してしまったけど、私も大概なのかもしれないな。
婚約者がいるのに他の人を好きになってしまったのだから。



ああ、大人ってめんどくさい。





『どうして?』

航平に返信をした。
すぐに返事がきた。

『やっぱり心春のこと忘れられない』

『忘れてください』

『無理。話だけでも、だめかな』

『どうして私なんかがいいの?』

『心春が好きだから』

『もう話すことはないよ』

『しつこくてごめん。話してもいいって思ったら連絡ください』



私にしつこくする価値なんてないのにな。


『わかった。今日時間ある?』





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「心春」

言われ、心春は顔を上げた。
見上げるとそこには航平の姿があった。
航平は微笑んでいた。

「こーちゃん・・・座って」

心春はそう言って自分が座っているベンチの隣を見た。
航平は「久しぶりだね」と言って心春の隣に座る。

時刻は20時。
辺りはもう真っ暗で、公園にはもう2人の姿しかなかった。

「だね。元気だった?」

心春も少し微笑んだ。
航平はどこか嬉しそうな表情で答える。

「うん、心春は?元気だった?」

「うん、元気だよ」

「そっか、良かった。結以もさ、心春さん元気かなーってずっと言っててさ」

「結以ちゃんから結構メッセージ来てた。最近はしてなかったけどね」

「そっか。何か変わったことあった?」

「うーん、特にはないかな。こーちゃんは?」

「俺はー、バスケの合宿も終わって落ち着いた所でさ。最近は夏休みらしい夏休みだったよ」



こんなことが話したいんじゃない。
2人の間に気まずい空気が流れていた。


「・・・心春」

航平は真剣な表情で心春を見た。
心春は「・・・ん?」と航平に目を向ける。

「俺、やっぱりまだ心春のこと好きでさ。心春からの連絡ばっかりいつも待ってて・・・。また俺とやり直してくれないかな?」

航平に言われ、心春は唇をすぼめた。

自分の中で結論はもう出ていた。
だけど目の前にしちゃうとやっぱり言葉が出てこない。
この人の悲しむ顔なんか見たくない。
だから会いたくなかったんだ。

「・・・私ね、好きな人ができたの」

言った瞬間、航平は「えっ」と言葉を漏らし、驚いた表情で心春を見た。

「えっと・・・それはその・・・」

航平は動揺のあまり、言葉に詰まる。
察したように心春が答えた。

「お店の、常連さんなの。気づいたらその人のことばかり見てた。その人のことばかり気になってた。その人と、別に特別お話する訳じゃないのにいつの間にか、こーちゃんの隣にいる未来が見えなくなってた」

心春はだんだん声が小さくなっていた。

自分の気持ちに自信が持てない。
言ってて坂口さんのこと、どうしてこんなにも気になるのか分からない。

「・・・そっか。心春は優しいから、会えなくてもいつも我慢してくれて、俺心春に寂しい思いさせて・・・。そりゃ、好きな人できちゃうよな」

航平はそう言って微笑んだ。
心春は焦ったように言う。

「違う!それは違うのこーちゃんのせいじゃないの。私の問題なの・・・ごめんなさい」

「何で心春が謝るの。気持ちは永遠じゃないから。悔しいけど、仕方ないよ」

「・・・ごめんなさい」







「俺の方こそ、沢山辛い思いさせてごめんね。心春、大好きだったよ」






この人を手放す、こんな選択はきっと間違ってるんだろうな。



Re: 傘をさせない僕たちは ( No.56 )
日時: 2020/01/15 10:50
名前: えびてん (ID: BcUtmJZZ)





#54 【 順番 】



『今日泊まりに行っていい?』


結以からのメッセージだった。
大学が終わったら結以に会えるの、嬉しいな。

直登は携帯を閉じ、カバンに教科書をしまう。

「直登〜、なにニヤニヤしてんだよっ」

隣から肩を叩かれた。
直登は森田瑛二に「ちょっとね」と微笑みかけた。

「結以ちゃん?」

急に正解を言う瑛二。
「うん、まあ」と直登は苦笑した。

「お前そう言えばあのあと結以ちゃんとどうなったの?何も教えてくれねえし。でも連絡とってるってことはいい感じなの?」

瑛二は楽しそうな表情できいてきた。

「いい感じ・・・ね。うーん、どこから話せばいいのやら」

「え、なになに。そんな深刻なことになってんの?」

「・・・まあ、深刻かも」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ええええ!じゃなに、結以ちゃんとは今セフレってこと?」

瑛二に洗いざらい話すと、瑛二は驚いた表情で言った。

「みたいなもんだよね・・・しかも浮気相手だよ俺」

直登は肩を落とした。

「でもなんで結以ちゃんは彼氏と別れないで直登とセフレ?」

「さあ。俺は遊びなんじゃない・・・」

「ええ、直登を遊び相手にするかね。お前めっちゃモテんじゃん」

「結以にもてなきゃ意味ないよ・・・」

「まあまあ!女なんてさ、星の数ほどいるって言うしな!結以ちゃんだけが全てじゃないって!」

「でも、結以が良い。いい子だし・・・可愛いし・・・」

落ち込む直登に瑛二はタジタジしながらも言葉を続ける。

「まあ、確かに結以ちゃんめっちゃ可愛かったよな。ってか童顔なのにスタイルめっちゃ良くね?え、そうじゃん、お前ヤッたなら見たんだろ、結以ちゃんエロかった?」

「エロかった」

「うわっ!ずりぃ〜・・・」

「そう言えば瑛二は?花苗ちゃん?とどうなってんの?いい感じじゃなかった?」

言うと瑛二は「ああ・・・」と呟いてから肩を落として話し出した。

「あの後2人になってさ、何とか今日中に手に入れてやろうと思ってあれこれ頑張ったけど、下心丸見えすぎって言われ、何とか頑張って好感度は取り戻して今たまにデートしてくれるけどセックスどころか、キスもまだだし何なら手も繋げてない・・・俺こんなピュアな恋愛したの久しぶりだよ・・・」

「お前も大変だな・・・」と直登。

「なんか高校生とか大学生になってからさ付き合ってなくてもキスしたりさ、セックスしたりさ、それで恋愛関係に発展する時はするししない時はしないけどさ、それが当たり前になってて、キスもしない恋愛なんて昔過ぎて忘れたよ・・・って俺猿みたいじゃん・・・」

瑛二はそう言って直登以上に肩を落とした。

「でも逆に、俺は順番間違えたな・・・」

直登が言うと、「なんでだよ、いいじゃん好きになってくれなくてもセックスはできるんだから」と泣き目。

「虚しさしかねえよ、気持ちは空っぽなんだから」

「お互いだめだな、こりゃ」

瑛二はそう言って苦笑した。

「そう言えば直登、あのー、あれ、あの幼馴染の女の子は?」

瑛二に言われ、直登は不思議そうに瑛二を見た。

「ああ希穂?希穂がどうしたの?」

「どうしたのって、あの子いつも直登についてきて、直登のこと好きなんじゃねえの?」

「希穂が?ないない。希穂は昔から妹みたいなもんだし。希穂も俺のこと、お兄ちゃん程度にしか思ってねえよ」

直登はそう言って微笑んだ。

「そうなんだ。幼馴染ってそういうもんなんだな」

「まあな。瑛二も花苗ちゃんと頑張れよ」

「頑張るよ〜〜。あ、そうだ。今度結以ちゃんに会ったら聞いてみてよ、花苗ちゃんのこと」

「ああ、わかった。聞いてみる」

2人がそんな会話をしていると、噂をすればと言わんばかりに希穂の声が聞こえた。

「なーおーとー!」

希穂はそう言って2人の元に走ってきた。

「噂をすればだな」

瑛二はそう言って微笑んだ。

「だれ」

希穂はそう言って瑛二を見た。
瑛二は驚いた表情で希穂を見る。

「いやっ!俺直登といつも一緒にいるんだけど」

「ねえ直登、今日一緒に駅前のケーキ屋さん行こうよ!」

「無視かよ!」と瑛二。

「ごめん、俺今日用事あるんだ」

直登が言うと、希穂はムッとした表情で言った。

「・・・あの女?あの女に会うの?」

希穂の言葉に、瑛二も心配そうに直登を見た。
直登は苦笑しながら「うん」と答えた。

「ねえなんでよ、何で希穂よりその女が優先なの!昔から希穂と遊んでくれてたじゃん!その女は直登のこと遊んでんだよ!?」

「希穂、その話は今・・・」

直登は困った表情で周りを見渡す。

「希穂ちゃん、直登にだって色々あるんだって」

瑛二はそう言って希穂の肩をポンポンと叩いた。
希穂は瑛二の手を振り払い、身を乗り出す。

「直登のバカ!」

希穂はそう言って2人の元を去って行った。

「嵐みたいな子だな・・・大丈夫か?」

瑛二はそう言って直登を見た。
直登は微笑みながら「大丈夫だよ、ありがと」と瑛二を見上げた。

「今日、会うんだ」

瑛二に言われ、直登は「うん。この後ね」と答えた。

「今日、ちゃんと話してみたら?」

「・・・うん、話してみようかなって」

「がんばれよ」

「ありがとう」


結以と向き合うのが、怖い。




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