複雑・ファジー小説

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傘をさせない僕たちは
日時: 2019/10/30 13:29
名前: えびてん (ID: mkDNkcIb)

はじめまして!
えびてんと申します!
私の身近な人と身近な人は実は知り合いで、世間は狭いなあと感じることが多くてこのお話を書こうと思いました(*゜-゜)
主にそれぞれの恋のお話です( ´ ` )
ちょっとわかりづらいお話だと思うのですが、是非読んで頂けたら嬉しいです!

【 登場人物 】

@浅倉航平(あさくら こうへい) 25
→化学教師。
@水原茉里(みずはら まり) 24
→国語教師。
@武田夏樹(たけだ なつき) 17
→高校2年生。
@佐伯まな(さえき まな) 16
→高校2年生。
@瀬乃健人(せの けんと) 16
→高校2年生。
@西原恵(にしはら めぐみ) 17
→高校2年生。

@武田紗綾(たけだ さや) 24
→建築会社社員。
@井岡 瞬(いおか しゅん) 23
→建築会社社員。
@小宮山 剛(こみやま つよし) 42
→建築会社社員。
@小宮山綾子(こみやま あやこ) 39
→小宮山の妻。

@柳木 蓮(やなぎ れん) 22
→大学生。
@宇野美琴(うの みこと)25
→ピアノ科教師。

@浅倉結以(あさくら ゆい) 18
→航平の妹。
@相原直登(あいはら なおと) 19
→結以の友達(?)
@日向希穂(ひなた きほ) 19
→直登の大学のクラスメイト。

@藤井心春(ふじい こはる) 22
→カフェ店員。
@坂口椋(さかぐち りょう) 26
→画家。

Re: 傘をさせない僕たちは ( No.47 )
日時: 2019/11/25 09:24
名前: えびてん (ID: BcUtmJZZ)




#45 【 失恋と成就 】



もうすぐで待ち合わせ時間になる。
行きたくない。
何も見たくない。
傷つきたくない。

そんなことを思いながら、夏樹は賑わう街を歩く。

楽しそうな人の声、屋台の食べ物の匂い、カラッと晴れた空がすごく嫌だ。



『もうすぐ着くよ!』

恵からだった。

『俺も今着いたー』

夏樹が返信をしたところで、後ろから声をかけられた。

「夏樹くん!」

振り返るなり、夏樹は一瞬目を見開いた。

そこには、浴衣姿の恵が笑顔で手を振っていた。

正直、見とれるほど綺麗だった。
いつもと違う髪型、少し化粧をした顔、可愛らしい髪飾りと浴衣は恵によく似合っていた。

「へ、変かな・・・?」

夏樹の反応を見て、恵は少し不安そうな表情で言った。
夏樹はすぐに焦ったように「全然そんなことない!」と口を走らせた。

「ほんと!良かった〜」

恵はそう言って微笑んだ。
夏樹も微笑み、恵を見る。

「・・・すっげえ可愛い」

言われ、恵は照れた表情で「そんな!」と言って両手を頬に当てながら言う。

「な、夏樹くんにそんなこと言ってもらえるなんて!花火に一緒に来れただけでも嬉しいのにっ!もう幸せ!」

「なんだよそれ」と夏樹も微笑んだ。

「だってー!」



なんだ、俺意外と大丈夫じゃん。
案外、西原に気持ち揺れてるじゃん。
まなのことなんか忘れられてるじゃん。
・・・たぶん。

しかし、隣で微笑む恵を見ると本当にそんな気がした。
大丈夫、大丈夫だ。


その時、「夏樹〜西原さん」と声が聞こえ、2人は振り返る。
そこには健人と、まながいた。

夏樹は胸がザワっとした。

まなもまた、浴衣姿で。
こんなの分かっていた展開だ。

落ち着け、西原を見ろ、俺。



「じゃあ行こっか!」とまな。


まなはどこか緊張した様子だった。




やっぱ俺今日、失恋するんだな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


空も暗くなってきた頃。
そろそろまなと健人とはぐれる予定時間だった。

夏樹が時計をチラチラ見ていると、まなと目が合った。
まなは不安そうな表情で夏樹を見ている。




『がんばれ』



夏樹はまなにそれだけメッセージを送ると携帯をしまい話し出した。

「なんか腹減ったなー」

夏樹が言うと、健人が反応した。

「確かになー。じゃあ俺らで何か買いに行くか」

バカかよ。
お前と俺が2人になってどうすんだよ空気読めよ。

「この人混みだし、女の子にだけにするのもな・・・」

夏樹が言うと、意外なことに恵が言った。

「じゃあ夏樹くん私と買いに行こうよ!私今日誘ってもらったしそれくらいさせて欲しい!」

ナイス西原。

「じゃあ俺と西原で買い出し行くから、お前らはこの辺にいろよ〜」

夏樹がそういうと、健人は「え、いいの?」と恵を見る。

「うん!私は全然だよ!」

「なんか悪いね。あ、それとも、夏樹と2人になりたいだけだったりして?」

健人はそう言って微笑んだ。
めぐは恥ずかしそうにするも、「そんなことないよ!でも確かに考えてみたらそれって嬉しいかも!」とハッとした表情を浮かべた。

「素直すぎかよ」と夏樹は微笑む。

「はは、めぐみん可愛いね」とまな。

「素直が1番じゃん?ま、じゃあ2人にお願いしようかな。俺とまなは場所取りでもしてるからあと連絡して」

健人に言われ、夏樹は「了解!」と2人に手を振った。

「行こうぜ西原」

夏樹はそう言って歩き出した。





ああ、きつい。
泣きそうかも、俺。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「場所どうする?まだ時間じゃないのに結構人いっぱいいるね」

歩きながら健人が言った。
まなは「・・・そうだね」と答える。

「てか花火大会さ、去年も来たけど去年は雨だったよなー」

健人は空を見上げる。

「そうだったよね」とまな。
健人は1度まなを見てから続ける。

「今年は降らなそうで良かったー。俺実は楽しみにしてたんだよね」

「・・・うん」

まなの反応を見ると、健人は足を止めた。
まなはそれにきづかず、健人にぶつかる。

「あ痛ぁっ。ごめん」

まなはそう言って健人を見上げた。
健人はまなの方を見て言う。

「お前さ、今日どうした?」

「へっ!べ、別に何もないけど?!」

まなは明らかに動揺した表情で答える。
健人はまなの顔を睨むように見つめる。

「怪しい」

健人に言われ、まなは「な、なんで!」と焦った表情。
健人はため息をつくと振り返り、また歩き出した。

「・・・あのさ、まな」

歩きながら、健人はまなに背を向けたまま言った。
まなは「んー?」と健人の背中を見る。

「・・・俺、話したいことがあるんだよね」

言われ、まなは「えっな、なに?!」と健人の顔を覗き込んだ。
健人は再び足を止め、振り返って言った。











「俺、まなのこと好き。俺と付き合ってください」









タイミングを図ったかのように、健人の言葉の後に続いて花火の音が鳴り響いた。





Re: 傘をさせない僕たちは ( No.48 )
日時: 2019/12/02 08:51
名前: えびてん (ID: BcUtmJZZ)





#46 【 この恋の結末は 】




「へ?」

まなは素っ頓狂な声をあげてしまった。
健人は真剣な表情でまなを見ている。

「だめ?」

健人に言われ、まなは「・・・え、あ、あの」と言葉を詰まらせる。

「・・・けんちゃんが・・・私を・・・好き?!」

まなはそう言うと目を見開き、大声をあげた。

「うん。好きだよ」

健人は即答する。

「まなは?」

健人は逆に問いかける。
まなは「わ、私も・・・」と言ってから顔をあげ、健人を見上げて言った。



「私も、けんちゃんのことが好き!」




まなが言うと、健人は少し微笑み少し耳を傾けた。

「え?なに?花火で聞こえない」

言われ、まなは「う、嘘だ!今花火鳴ってなかったし! 」と恥ずかしそうに言った。

健人は微笑み、ゆっくりとまなに歩み寄り、そのまままなを抱きしめた。
まなは目を見開き、ビクッとなるも、しばらくして自分も健人に腕を回した。

健人はまなの肩を優しく掴み少し離れる。

「まな、好きだよ」

言われ、まなも恥ずかしそうになりながら答えた。

「私も好き」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


たこ焼きを片手に、夏樹は「何か疲れたな〜ちょっと休もうぜ」と恵を見た。

恵は「うん。一応まなちゃんたちに言っておくね」と携帯を出す。
夏樹は「おっけー」と言いながら近くの石段に腰を下ろした。

そろそろまなの奴、告白したかな。
健人はどう答えたかな。
どんな口調で、どんな表情で。
そしてその後、どうなったかな。

頭の中はそればかりだった。

ああ、長かったなあ俺の初恋。
同時に呆気なかったなあ、俺の初恋。
まあ、初恋は実らないで綺麗なままの方がいいって言うし。
てか俺初恋遅すぎだよね。
まなは健人が初恋だったのかな〜。

なんて女々しいことを考えてしまう。



「夏樹くん・・・?」


恵の声が聞こえた。
恵の方を向くと、恵は不思議そうな表情で夏樹を見ていた。
夏樹はハッとした表情で「ごめんなに?!」と恵を見る。

「今日、なんだかずっとぼーっとしてるから。どうしたのかなって」

恵は少し微笑んで言った。

「そ、そうかな?ごめん心配かけて」

夏樹も急いで笑みを浮かべた。

「ううん、それなら良いんだけど。何かあったの?」

「全然!人混みに酔っちゃったのかも。俺人混み苦手でさ」

「・・・そっか。確かに人混み疲れちゃうよね〜」

恵はそう言って当たりを見渡した。
その時、恵は「あ」と声を漏らす。

「え?」

夏樹が恵を見ると、恵は立ち上がった。
恵の視線の先を見ると、見知らぬ女が歩み寄ってきた。

「恵じゃん!久しぶり!」

女が恵に手を振った。
恵も「久しぶり!」と笑顔で彼女に手を振った。

「あ、彼氏?」

女は夏樹を見て微笑みながら言った。
夏樹も立ち上がり、「あ、いやいや」と顔の前で手を振る。

「あ、夏樹くん!」

恵が言うと、女は「あ〜あ」とニヤニヤしながら夏樹を見た。

「あ、ごめんなさい。私、恵の中学の友達で、夏目莉子って言います。夏樹くんのお話聞いてたので今日見れてなんか嬉しい」

莉子はそう言って微笑んだ。

「え、俺の話?」

夏樹は不思議そうに恵を見た。
恵は平然と答えた。

「あ、私の好きな人めちゃくちゃカッコ良いよって」

言われ、夏樹は紅潮する。

「なんだよそれ・・・!」

「あはは、でも本当イメージ通りの人だ。なんか良い人そうで安心しちゃった」

莉子がそう言うと、奥から男が「莉子ー?」と呼びかけた。
莉子は「あ、ごめんそろそろ行くね!」と2人を見た。

「うん!また今度ね!」と恵。

夏樹は会釈する。

「頑張ってね、恵!夏樹くんもまた!」

莉子はそう言って男の元へ小走りで行った。
手を振る恵はとても嬉しそうな表情を浮かべていた。

「莉子ちゃんは本当に友達なんだな」

夏樹はそう言って再び石段に腰を下ろした。
恵は「うん!」と言いながら夏樹の隣に座る。

「むしろ、莉子ちゃん以外はちゃんとした友達じゃないのかも?なんて思うくらい」

「そっか。良い子そうだったしな〜可愛いし」

「あー夏樹くん可愛いって言った」

恵は少しぷくっと頬を膨らませた。

「はは、冗談だって」

「まあ、莉子ちゃんは本当に可愛いから。中学の時もね、莉子ちゃんすっごいモテモテだったの。明るくて素直で可愛くて。私の憧れなの」

「はは、西原もじゃん、それ」

「全然全然!私なんて」

「西原も明るくて素直で可愛いじゃん」

「ちょっや、やめてよ!私夏樹くんに褒められたら・・・!もう目合わせられないよ」

恵はそう言いながら両手を頬に当てた。

ああ、西原を好きになれたらな。
こんなに明るくて、素直で、可愛くて、こんな風に思ってることをストレートに伝えてくれるのに。
どうして俺は西原のこと、好きじゃないんだろう。
少しずつ西原に気持ちが揺れてるのは確かなのに。

その時、夏樹の携帯が鳴った。

「あ、ごめん俺だ」

夏樹はそう言って携帯を出した。
まなからのメッセージだった。





『なっちゃん!私けんちゃんと付き合うことになったよ!!!!!!!』






分かってたよ、そんなこと。




Re: 傘をさせない僕たちは ( No.49 )
日時: 2019/12/05 12:52
名前: えびてん (ID: cdCu00PP)





#47 【 喧嘩 】


家に帰ると、まだ紗綾の姿はなかった。
良かった、今は一人でいたい。

夏樹はポケットから財布と携帯を出し、テーブルに置いた。

なんだか今日は疲れた。
それ以上に、苦しい。
まなのことがまだ頭から離れない。
まなからのメッセージに返信する気が起きない。

溜息をつき、ソファに横になった。
その時、玄関が開く音と共に「ただいまー」と紗綾の声が聞こえた。

「あれ夏樹、今日はてっきり健人くんちにお泊まりかと思ったけど」

リビングに来るなり、紗綾は少し驚いた表情で言った。

「・・・ああ、今年は普通に帰ってきた」

毎年、夏祭りの日俺は健人の家に泊まっていた。
今年はそんな気になれない。

「ふーん、そうなの。夜ごはんは?」

紗綾はそう言いながら荷物を起き、アクセサリーをとり始めた。

「食べてきた」

「了解〜。あ、ごめんあたし明日もちょっと遅くなるから」

紗綾はそう言ってイヤリングをテーブルに置き、もう片方のイヤリングを外している。

今日もだ。
鎖骨に赤い跡。カールがとれかかった髪。色がとれた唇。ところどころとれているファンデーション。
今日も姉ちゃんは家庭のある男に抱かれてきた。
きっと明日も・・・。

「・・・ねえ、姉ちゃんは今彼氏いんの?」

聞いてみた。
紗綾の動きがピタッと止まった。

「・・・いないけど。なんで?」

紗綾はすぐにいつも通り、ヘラヘラしながら答えた。

「なんとなく」

夏樹が言うと、紗綾が振り返って言った。

「・・・あたしのことよりあんたはどうなのよ。まなちゃんとは?まだ付き合ってないの?ねえどうなのよ」

うわー、地雷。

「・・・別に付き合ってねーよってか・・・まな彼氏できたし」

夏樹が言うと、紗綾は「え?!」と驚いた表情で言う。

「ええ、なにそれ?!同じ学校の人?!もう〜うかうかしてるから!」

紗綾は残念そうに言った。

うるさい。うるさいうるさいうるさい。
苛立ちがピークだった。












「っるせえな・・・不倫してるくせに」









言うつもりなんてなかった。
言って後悔した。
分かってる、姉ちゃんは好きで不倫なんかしてる訳じゃないってことぐらい。
好きになった人がたまたま既婚者だっただけだよな。
何もしなかった俺とは違うこと、分かってるんだよ。




紗綾は驚いた表情でしばらく何も言わず夏樹を見ていた。

「・・・な、んで・・・」

紗綾が発したのはそれだけだった。

「・・・不倫してるやつにとやかく言われたくねえんだよ」

止まれ、俺の口。

「大体俺がどうしようが姉ちゃんには関係ねえだろ。いちいちうぜえんだよ」

そんなこと、思ってない。

「どうせ今日だってその不倫男に抱かれてきたんだろ?明日も明後日もどうせそうなんだろ?」

そう言った時、紗綾は何も言わずにただ夏樹を見ていた。
その目は今にも泣きそうな目をしていた。

夏樹は立ち上がり、携帯をポケットに入れるとそのまま家を後にした。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


夏樹は1人、公園のベンチに腰掛け頭を掻きむしった。

ああもうなんであんなこと言っちゃったんだよ。
俺が姉ちゃんを傷つけてどうすんだよ。

後悔しかなかった。

溜息をつき、俯いた時だった。
「夏樹くん?」と声が聞こえた。

見れば、そこにはビニール袋を持った恵がいた。
夏樹は目を見開き、恵を見る。

「・・・西原?」

すると、恵は笑顔で近づいてきた。

「どうしたの?こんな時間に」

「西原こそ、何してんだよ」

「ああ、ちょっと。コンビニ?」

時刻は23時。

「・・・危ねーだろ。1人で」

「大丈夫大丈夫!夏樹くんは?」

「ああ・・・散歩?」

「散歩かあ、いいね!私も混ぜて」

恵はそう言って夏樹の隣に腰を下ろした。

「・・・夏樹くん、なんかあった?」

「えっ」

「ああいや、なんとなく。何も無いなら良いんだけどね!でも好きな人が悩んでたら気になるでしょ?」

恵はそう言って微笑んだ。
夏樹はフッと笑う。

「・・・西原はさ、俺なんかのどこがいいの?」

「え、全部だよ!かっこいいし、優しいし、楽しいし、いつだって私のこと助けてくれる。王子様みたいな存在なの、夏樹くんは」

恵は目を輝かせて言った。

「王子様って・・・。俺は西原が思ってるほど良い奴じゃねえよ」

今日だって、姉ちゃんを傷つけた。

「それでもいいよ。私は夏樹くんの嫌なところもたくさん知りたい。何でも知りたいの」

「・・・西原のこと傷つけてるのに?」

「え?どうして?」

「そんなに好きって言ってくれてるのに俺、何もしてあげられてないから」

「私が好きって言いたいだけなんだし、そりゃ付き合ったりとか、そういう風になりたい!って思うけど、焦らなくてもいいかなって。私が夏樹くんを好きな気持ちはずっと変わらないし」

恵はそう言って微笑んでいた。







「・・・西原」





夏樹がそう言うと恵は「ん?」と夏樹をみた。

瞬間、夏樹は恵を抱き寄せた。



「へっ!」

恵は驚いた表情を浮かべ固まっている。

夏樹はより強く、恵をぎゅっと抱きしめる。

「夏樹くん・・・?」

恵は不思議そうに夏樹に言う。




「・・・俺、西原のこと好きになりたい」




そうすれば、こんなに辛くないのに。





夏樹はそう言って恵を抱き寄せる力を強める。
恵の鼓動の速さが伝わってきた。

すると、恵は夏樹の腕を掴みゆっくりと自分の体から離した。
夏樹が恵を見ると、恵は苦笑しながら言った。

「好きになりたい、じゃなくて、好きって言ってもらえるようになってから夏樹くんとぎゅってしたいな」

「・・・西原、ごめん」

夏樹は俯き、肩を落とした。
恵は慌てたように「ああ違う違う!」と両手を振った。

「夏樹くんは悪くないの!私がワガママなだけ・・・夏樹くん元気ないし、何か嫌なことでもあったんじゃない?」

恵に言われ、夏樹は顔を上げた。

「・・・姉ちゃんと喧嘩しちゃってさ。酷いこと言っちゃったんだ」

「お姉さんと?どうして?」

まなのことを言われてイライラして、とは言えなかった。

「・・・ちょっと、色々あってさ。西原に会ったら何か、安心しちゃって・・・ごめんね」

「ええ、どうして謝るの?私は全然」

「・・・西原はさ、兄妹と喧嘩したりしないの?」

「うーん、私は・・・そんな仲じゃないから」

「え?」

「思ってること言えたり、怒りをぶつけられたり、そんなことを言う関係じゃないの」

「それってどういう・・・」

夏樹が言いかけたとき、恵は遮って夏樹に言う。

「でも理由はどうあれ、夏樹くんがお姉さんに悪いことしたなって思うなら、ごめんねって一言、言って話し合えるんじゃない?」

「・・・だよなー。謝って許してくれればいいけど。姉ちゃん、怒ると怖いんだよね」

夏樹はそう言って微笑んだ。
恵も微笑み、「許してくれるよ、きっと」と夏樹を見た。

夏樹は恵の方を見つめ、恵の頬に右手を添えた。
恵は驚いた表情を浮べる。

「お前ってまじで可愛い顔してるよな。キスしたくなる」

夏樹はそう言うとハハハと微笑み、右手を離した。
恵は照れた表情から一気にムッとした表情を浮かべて言った。

「もう〜、私の気持ち知ってるくせに夏樹くんひどい」

「じゃあキスしていい?」

「やだ!ちゃんと好きって思ってもらいたいもん!」

「はは、分かってるって。ごめんごめん」






ああ、今日西原に会えてよかったな。


Re: 傘をさせない僕たちは ( No.50 )
日時: 2019/12/09 09:44
名前: えびてん (ID: BcUtmJZZ)




#48 【 身の上話 】



「じゃあ、その方向で宜しくお願いします」

言われ、紗綾が「はい、こちらこそ」と言い瞬は彼女と同時に頭を下げた。

「はあ、今日も終わった〜」

クライアントが去るなり、紗綾は背筋を伸ばした。

「ですね」

瞬は微笑み、「じゃあ帰りますか」と車の方へ。
紗綾は「そうだね」と言い瞬に続いた。

「井岡くんなんか残ってる仕事ある?」

助手席の紗綾に言われ、瞬は「俺は特に」と答える。

「先輩は?」

瞬が言うと、紗綾は少し考えてから「私は・・・会社戻ろうかな」と苦笑した。

「何か残ってる仕事でも?俺手伝いましょうか」

「あ、ううん大丈夫!今日は会社に泊まろうかなって・・・」

「えっそんな繁忙期でもないのにどうして?」

「うーんと・・・」

紗綾は窓の外を見ている。

「先輩、何かあったんですか?」

瞬が言うと、紗綾は「え!まあ・・・」と苦笑を浮かべた。
言われ、瞬は少し微笑みかけ「どうしました?」と紗綾を見た。

紗綾は「うーん・・・いや・・・」と言葉を濁す。

「いや、そこまで言ったら言いましょうよ!」

「だ、だよね・・・いや、実はさ・・・弟と喧嘩しちゃって」

紗綾はそう言って肩を落とした。

「夏樹くんと?どうしてです?」

「あ、いや、それはその・・・私がちょっと余計なこと言っちゃって」

「余計なこと?」

「うん・・・なんて言うか、夏樹昔から好きな子がいて、その子とどう?的なこと聞いたら地雷だったみたいで・・・私が悪いんだけど昨日から夏樹と口きいてなくて。なんて言うか2人で居づらいし夏樹も私がいない方が気が楽だと思うし・・・」

「なるほど・・・それ、なんて言われたんですか?夏樹くんに」

瞬が言うと、紗綾は瞬を見てから小さく微笑んだ。






「『不倫してるくせにうるさい』ってさ」





紗綾の言葉に、瞬は目を見開いた。

「え・・・」

瞬が言葉を失っていると、紗綾は笑い飛ばすかのように話す。

「井岡くん、気づいてたんでしょ?あたしの不倫のこと」

「え・・・いや・・・それはその・・・」

「この間の態度でわかった。あたしと部長の奥さん会わせないようにしてくれてたんでしょ?」

「・・・はい。でも、今ここでその話ぶっこむのはリスキー過ぎません?」

瞬は伺うように言った。
紗綾は笑いながら答える。

「え、なんで?」

「だ、だって、もし俺が気づいてなかったとしたらわざわざ暴露するなんて・・・」

「いいの。気づいてなかったとしても井岡くんなら」

胸がチクッとなった。

「井岡くんになら話してもいいと思ったの」

言われ、瞬は少し考えてからボソボソと紗綾に言った。




「・・・どうして、部長と?」




不倫してるんですか?とは言えなかった。
なんだか、言いたくなかった。
事実なのは分かっていても、やはり認めたくない。

紗綾は「うーん」と考えるような仕草をしながら答える。

「・・・美味しいんだよね」

「はい?」

彼女が何を言ってるのか分からなかった。
瞬が言うと、紗綾はハハと笑ってから話し出した。

「あたしの身の上話、聞いてくれる?」

「もちろん、聞かせてくれるのなら」

瞬はそう言って微笑んだ。

「・・・あたし、10歳の時から夏樹と2人なんだけどさ。って言うのも、あたしが10歳の時に両親とも事故で亡くなっちゃって。それからは2人で親戚に引き取られたんだけど、その親戚がとにかく意地悪でさ〜。家事は全部やらされるし嫌味ばっかり言われてさ」

「・・・そうだったんですね」

なぜ高校生の弟と2人で暮らしているのか。
それは正直、ずっと気になっていた。
だが聞けるはずもなく、それが今明かされて、そんなドラマのようなことが本当にあるのかと驚いた。

瞬は思いながら、真剣な表情で聞く。

「それであたしが就職したのを機に家を出て2人で暮らしてるんだけど、親戚の家にいる時はね、何を食べても美味しくなくてさ。あの頃はそのストレスで友達とかとも何食べても美味しくなくて、社会に出てもそれは同じでさ。誰と何を食べても美味しくなかったの」

「・・・でも部長と食べる物は美味しかったんですか?」

「うん。初めてだった。両親が死んでから他人と何かを食べて美味しいって感じたの。それからは誰と何を食べても美味しく感じられるようになった。部長のお陰なの。でもその時はまだ全然部長と仲良くなくて、あたしが仕事でミスして励ましてくれたことがあって、それから仲良くなって、好きになった。けど、きっと最初から分かってたの。部長と食べたカップラーメンが美味しいって感じた時から、"ああ、あたしこの人のことを好きになるんだ"って。ミスして励ましてくれたことは、ただのキッカケだったと思う」

「・・・そんなことがあったんですね。先輩、いつも明るいから、そんなこと分かってあげられなかったです・・・」

「え、いや!全然そんなの分からなくて当たり前だし!・・・井岡くんはいつも楽しませてくれて感謝してるよ」

紗綾はそう言って微笑んだ。
瞬は「先輩・・・」と紗綾を見る。

「・・・軽蔑したでしょ、不倫とかさ」

紗綾はハハと笑い飛ばすように言った。
瞬は首を横に振り、「軽蔑だなんて、そんな」と呟く。

「こんな身の上話して同情してくれなんて言わない。正直に言っていいからね」





「俺は、本当に軽蔑なんかしてません。確かに家庭のある人とそういう関係になることは悪いことかも知れない。けど、好きになった人がたまたま既婚者だったってだけの話じゃないですか。その気持ちは、好きって気持ちは他の人と同じじゃないですか」






瞬が言うと、紗綾は少し驚いたような表情を浮かべた。

「間違えたなら何度でもやり直せばいい。間違えない人間なんかいない。今からでも遅くないんじゃないですか?」

瞬は真剣な眼差しで紗綾に言った。

「井岡くん・・・」

紗綾は今にも泣きそうになりながら言う。

「部長とのことも、夏樹くんとのことも、きっと大丈夫です。何があっても俺は、軽蔑なんかしない。紗綾先輩の味方ですから」

瞬はそう言って優しく微笑んだ。

「ありがとう、井岡くん。井岡くんが居てくれて良かった」

「当たり前です。昔から、必死で先輩の所に来たんですから」

「ん?どういうこと?なんの話?」

紗綾は不思議そうに首を傾げた。
瞬は微笑み、「いいや」と首を横に降った。

「ただ俺は、先輩に誰と食べる高級料理より、俺と食べるカップラーメンが美味しいって思ってもらいたいだけです」

「ん?え?どういう意味?」

紗綾は眉をひそめた。








鈍感な先輩にこの意味は分からないみたいだけど今はまだ分からない方がいいのかな。
弱みにつけ込んでるみたいでしょ。








「さて、帰りましょっか。家に」




Re: 傘をさせない僕たちは ( No.51 )
日時: 2019/12/12 16:37
名前: えびてん (ID: BcUtmJZZ)




#49 【 仲直り 】



紗綾は家に帰るなり、恐る恐る家のドアを開けた。
見れば、夏樹の靴がある。
紗綾は深呼吸をしてリビングのドアを開けた。

「ただいま・・・」

紗綾が言うと、夏樹はリビングのソファに寝そべりながら携帯をいじっていた。
紗綾に気づくと夏樹は携帯を閉じ、体勢を戻しソファに腰かけた。

「・・・おかえり」

夏樹は紗綾を見上げ、ぼそっと呟く。
紗綾は「夏樹も、おかえり」と言ってテーブルの脇に腰を下ろした。

2人の間に沈黙が流れる。
かなり気まずい。



「あのさ!」
「あのさ!」



2人は同時に顔を見合わせた。

「・・・あ、先にどうぞ」と夏樹。
「いや・・・お先にどうぞ・・・」と紗綾。

「・・・じゃあ、俺から」

夏樹はそう言うと紗綾の方を向き直り正座する。

「ごめん!俺、何も知らないのに勝手なこと言って姉ちゃんのことすっごい傷つけた・・・本当ごめん!」

夏樹はそう言って紗綾に頭を下げた。
紗綾も一歩下がり、正座した。

「あたしも、ごめんなさい!夏樹のこと何も知らなかった。勝手なこと言ってたのはあたしも同じ・・・本当ごめんなさい」

紗綾もそう言って夏樹に頭を下げた。
2人は顔を上げ、目を合わせるとふふっと微笑んだ。

「お互い、だめだね」

紗綾はそう言って苦笑した。
夏樹も苦笑しながら「だな」と紗綾を見た。

「姉は不倫女で弟は失恋した女々しい男とか、お互いバカなのに何喧嘩してんだよってな」

夏樹が笑い飛ばすと、紗綾は「まって」と言って夏樹の方を向き直った。

「失恋?もしかして、まなちゃん・・・?」

紗綾に言われ、夏樹は「そー!」と言ってソファにもたれかかった。

「ええっちょ、どういうこと?・・・あ、ごめんまたしつこくしちゃった」

「いやいいって。もうお互い洗いざらい話そーぜ・・・まな、健人と付き合ったんだよね」

「えっ」

紗綾は驚いた表情を浮かべた。
夏樹はふっと笑う。

「まなのやつ、ずっと健人のこと好きでさ。俺さんざん話聞かされてて、それで告白なんかできなくて逃げてた結果がこれ。バカだよな」

「そう・・・だったんだ・・・。大丈夫?」

「大丈夫大丈夫!たぶん。って!俺のことより姉ちゃんは?どういうこと?」

「夏樹の言う通り・・・あたし、上司と不倫してる。でもなんで夏樹が知ってるの?」

紗綾は不思議そうに首を傾げた。

「この間、たまたま見かけちゃって」

「そっか・・・だめな姉弟だね、あたしたち」

「2回目言うな」

2人はそう言って微笑んだ。

「で?これからどうする気なの?」と紗綾。

「どうって、付き合っちまったもんはどうにもできねえだろ」

夏樹はそう言って笑い飛ばす。

「そうだけど、いいの?気持ち伝えなくて」

「・・・いいよ」

「夏樹はこのままで後悔しないの?」

「すると思う。けど、伝えても後悔はすると思う。俺はまなのこと好きだから、変に心配かけたくないし、健人ともこのままでいたい」

「そっか」

「姉ちゃんは?どうする気なの?」

「・・・やめないとなって思ってる。けど、やめたくないって思ってる自分がいる。いけないことだって分かってるのに気持ちが止められない」

「けど、このままじゃ姉ちゃん幸せになれねえだろ。あの男は姉ちゃんのこと、幸せにはしてくれないんだぞ」

「分かってる。一時の幸せだよね、こんなの」

「まあでも、好きなのは仕方ねえよな。奥さんには?ばれてないの?」

「バレてないと思う・・・って、そういう問題じゃないよね・・・」

紗綾はそう言って肩を落とした。

「けど!夏樹との喧嘩を機に、精算しようと思う!だめだ!こんなの!」

紗綾は顔を上げて言った。

「できるのかよ」

夏樹はバカにするように笑いかける。
紗綾はムッとした表情を浮べた。

「できる!てかする!全部終わったら死ぬほど愚痴るから覚悟してなさいよ」

「おう、いくらでも聞いてやんよ。その代わり、毎日好きな人に親友とイチャつかれる俺の愚痴も聞けよな」

「もちろん、不倫して傷つきまくった女が聞いてやんよ」



2人はそう言ってお互い微笑んだ。


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