複雑・ファジー小説

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逢魔時の聲【オリキャラ・イラスト感謝!】
日時: 2019/04/03 16:38
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

どうも、いつもお世話になっております。マルキ・ド・サドです。
前々から創作を練っていたどうしても書きたかった新たな小説を書こうと思っています。
ローファンタジー小説『ジャンヌ・ダルクの晩餐』をご覧になって下さりありがとうございます!
皆様のご愛読により私の小説はとても大きな作品となりました。
この感謝を忘れずこれからも努力に励もうと思います(*^_^*)

コメントやアドバイスは大いに感謝です。

悪口、荒らし、嫌み、誹謗中傷、不正な工作などは絶対にやめて下さい。

今回のテーマは妖怪が蔓延る暗黒時代を舞台として描かれる戦国ダークファンタジーであり残酷でグロテスクな表現が含まれています。この小説を読んで気分を害した場合はすぐにページを閉じる事をお勧めします。



【ストーリー】

 天正10年(1582年)。謀反を起こした明智光秀の軍が織田信長を襲撃、3万の兵が本能寺に攻めかかる。しかし、突如現れた妖怪の群れが明智軍に襲い掛かり兵達を惨殺、優勢だった軍勢は瞬く間に総崩れとなる。決死の抵抗も虚しく光秀は戦死、本能寺の変は失敗に終わるのだった・・・・・・

 その後、信長は妖怪を操り数々の戦を勝利を収めついに天下を統一、戦乱の世に終止符が打たれ人々は太平の訪れを期待する。しかし、冷酷な魔王の手により治められた大和ノ国は第二の暗黒時代が幕を開ける。そして、とある日の逢魔時の空に響き始めた謎の聲、人々はこの異変を妖怪の巣の叫び、地獄の唸り、神々の呪いであるという噂が流布されるのであった・・・・・・

 天正12年(1584年)。徳川家康の家臣にして『不知火』の一員である若武者『本多忠勝』は奈良の支部にて『柳生石舟斎』と共に武術の修行に明け暮れていた。ある日、そんな彼らの元に真田氏の武将『真田昌幸』が訪れる。妖怪が溢れた天下の事態を重く見た昌幸は不知火の復旧を訴え信長打倒を依頼する。要望を聞き入れ忠勝は日本各地へ出向き織田政権を陰から崩そうとするがその時は誰も知る由もなかった。妖怪に溢れた天下の闇の奥に更なる魔の手が潜んでいる事を・・・・・・


【主な登場人物】

 本多忠勝

 物語の主人公である若き武将。猛将に似合わず白い長髪でおっとりとした面持ちのため一見すると少女にも見えなくない。不知火の復旧、そして太平の世を取り戻すため妖怪を操る信長や七天狗を倒す旅に出る。桶狭間の合戦を戦い抜いた若き日に闇鵺の宝刀である『殉聖の太刀』に触れ呪縛の呪いにかかり手にした時点で当時の年齢が固定され成長が止まっている。髪が白く容姿が幼いのはそのため。


 柳生宗厳(石舟斎)

 柳生一族の長にして剣術『新陰流』の継承者。号は石舟斎。柳生家厳の子。新陰流第2世。妖の討伐の際に踏み入った妖魔の森で忠勝と出会い以後、弟子として彼を育て上げた。彼も不知火に所属する精鋭であり、真田昌幸の訴えにより勢力の復旧を決意、忠勝を日本各地に派遣する。


 織田信長

 第六天魔王と恐れられる尾張国の戦国大名。本能寺の包囲網を際には妖怪を使い明智光秀の軍勢を返り討ちにし、その後も幾度もの戦に勝利を収めついには天下人となる。妖怪による統治を始め人々を恐怖で支配、高等な妖の一族である七天狗を従え多くの配下を大和ノ国各地に配置させている。人ならざる者の力に魅了された彼は自身も魔の血を取り込み半人半魔と化した。


紅葉

信長の側近である妖。武器は妖刀。
両親が第六天魔王に祈った結果で生まれた絶世の美女の鬼女。
源経基に寵愛され一子を宿していたが戸隠山に流された挙句、最後に降魔の剣を手にした平維茂に首を斬られ掛けるなどと痛い仕打ちを受けた為に人間が苦手になった。
信長が第六天魔王と名乗った事で信長の行く末を見届けようと信長の側にいる。息子の経若丸には結構甘いところがある。


 七天狗

 信長に忠を尽くす高等な妖の一族。妖怪である自分達を迫害した人間達を憎悪している。日本各地で暗躍しているがその存在を知る者はなく目的すらも不明。全員が天狗の仮面を身に着けており烏、狼、山猫、猿、狐、狸、熊の計7人で構成されいる。


【不知火の一員】

鈴音

不知火の一員である楽器の付喪神。武器は笛。
300年以上も大切に扱われた笛が付喪神として実体化した姿で名前は元々の持ち主につけてもらった。
人当たりの良い性格から小さい子供達からは慕われている。
争い事を激しく嫌悪するため自ら前線に赴くよりどちらかと言うとサポートに徹する為、戦闘能力はあまり高くない。


海李

不知火の一員である楽器の付喪神。武器は太鼓。
300歳以上も大切に扱われた太鼓が付喪神として実体化した姿で名前は元々の持ち主につけてもらった。
面倒見の良い性格から子供達からは慕われている。
また、鈴音とは元の持ち主が同じで同時期に実体化した為、鈴音とは幼馴染でお互いに好意を寄せている


杉谷 千夜

不知火の一員である人間の忍び。武器は銃器、短刀、焙烙玉。
甲賀で織田信長の支配に異を唱える勢力の所属であり魔王信長を討ち取るべく日々、命懸けの戦いを繰り広げている。
実は甲賀出身ではなく戦で村を追われ生き倒れていた所を甲賀の忍者に保護され杉谷家に養子になる形でくノ一になった。
杉谷善住坊とは兄の様に慕っていたが信長の暗殺未遂で酷い方法で処刑された事により信長に対して恨みを持っている。


滓雅 美智子(おりが みちこ)

不知火の一員である人間の忍び。武器は妖刀。
信長に反旗を翻す反乱軍の一員で甲賀の勢力と同盟を結んでいる。
その為、千夜とは面識があり彼女の事を『千夜ちゃん』と呼んでいるが本人からはあまり受け入れられていない。
忍者ではあるが無用な争いは好まない平和主義者であらゆる物事をスマートに済ませたがる。


ファゼラル・マーシャ

不知火の一員である西洋の魔術師。武器は属性を宿したタロットカード。
西洋から来た魔術師の青年で、常に敬語で話す。敬語を使わないのはカード達くらい。
自分のパートナーであり家族のような存在のカード達の事を非常に大切にしている。
鈴音達と仲が良くメロディのカードで伴奏を流して上げる事も。


ライゼル・マーシャ

不知火の一員である西洋の魔術師。武器は属性を宿したタロットカード。
西洋から来た魔術師の少女でファゼラルの双子の妹。常に敬語で話すファゼラルに対しライゼルはタメ口で話す。
自分のパートナーであり家族のような存在のカード達の事を大切に思っている。兄ぐるみで鈴音達とも仲が良い。


ゼイル・フリード

不知火の一員である人間の騎士。武器は剣と斧。
よく女の子と間違われやすく女と間違われたり子供だと馬鹿にされるのが極度に嫌う。
英雄のジーク・フリードの子孫にあたり体格に合わずかなりの食欲の持ち主。


蒼月 蒼真(そうつき そうま)

不知火の一員である半人半獣。武器は刀。
父親は人間、母親は妖狐の間に生まれた青年。
不正や悪を嫌う為、信長の政権に嫌悪感を抱いている。
人間妖怪関係なく平等に接しているため子供達からも慕われている。


箕六 夕日(みろく ゆうひ)

不知火の一員である人間。武器は大鎌。
物語を書く事が大好きな文系の青年。端麗な容姿から女性に間違えられる事が悩み。
幼い頃に霧隠の山奥に迷い込み狼の守護霊を拾い家族のように親しくなった。
以後、頼れるパートナーとして常に行動を共にしている。


【用語】

 殉聖の太刀

 忠勝が使用する聖の力が秘められた太刀。かつて室町時代の大和ノ国に訪れた異国の聖女の剣を刀へと打ち直した物。斬った人間や妖怪の霊気を吸収する事で刃の強化、『神力覚醒』が可能。異国の聖女だけが完璧に扱うことができそれ以外の者が触れると呪縛の呪いを受ける。不知火の秘宝でもあり神器の1つとして崇められている。


 不知火

 忠勝が所属している義の名のもとに戦う兵団。日本各地に支部を持ち人々の太平を尊重し民の平穏、調和の安定を目的とする。室町時代に『異国の聖女』、『陸奥重盛(むつ しげもり)』により結成され足利将軍家の影の軍隊として活躍していた。主に妖怪討伐や国の平穏と調和の安定を保たせる事を生業としており1世紀以上も前から大和ノ国の民を守ってきた。室町幕府が滅んだ本作では主君を失い衰退の一途を辿っている。


 夜鴉

 不知火同様、表では知られない秘密の組織。太古から存在しており人と妖怪の調和を目的とする。人が立ち入らない群馬の山奥に拠点を構え結界で身を固めている。戦いを好まず社交的な存在だが妖怪を不当に扱う不知火や織田政権の事はよく思っていない。


 妖怪

 日本の民を恐怖に陥れている人ならざぬ者。原住する者と魔瘴石で生まれた者の2つのタイプが存在する。また、下等、中等、高等の階級があり骸武者や鰐河童、妖蟷螂などの下等妖怪は知能が低く本能のまま人を襲う。鬼や大百足の中等妖怪は強力な力を持ち言葉を話す事も可能。高等妖怪は姿形は人間に酷似しており超人的な頭脳と戦闘能力を備えている。


 大和ノ国

 物語の舞台である妖怪に支配された列島大陸。日本、妖都島、ジパングとも呼ばれる。戦が絶えない戦国の世だったが信長の天下を手中に納めた事によりかつての面影を失い、政は一層に腐敗した。八百万の神々が住む神秘的な国でもあり、不思議な魔力を持つ霊石や宝玉が大量に眠っている。


・・・・・・オリキャラの提供者・・・・・・

桜木 霊歌様
妖様
siyaruden様
シャドー様
挿し絵(少し修正しました)は道化ウサギ様からの提供です。皆様のご協力に心から感謝いたします。



以上です。それでは物語の幕を開けようと思います。

Re: 逢魔時の聲【募集は締め切りました】 ( No.24 )
日時: 2018/12/26 19:26
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 紅葉は燃えた柱が転がる階段を降り立ち止まると2人と対峙した。妖刀を構えず無防備な格好を取り襲い掛かる気配を表さない。相変わらずのにやけた顔でこれから斬ろうとする相手をどうでもよさそうに眺めた。秀満と千夜も闇雲に襲い掛かろうとはしなかった。何故なら先の読めない行動に恐れを不安を募らせていたからだ。しかも相手は妖、人を斬るのとは訳が違うのに加えどのような手段を取るのか想像すらできない。手負いの獣を観察するようにただ、攻め入る隙を窺っていた。

 そんな重苦しい緊迫した状態がしばらく続いた。こうしてる間にも本能寺は燃える。火の勢いは止まる事を知らず気がつけば烈火は本堂全体を包み込んでいた。熱の暑さと死の予感が過る緊張に汗が流れ落ち吐息が荒くなる。外で繰り広げられる合戦の音だけが朦朧とする意識の中で騒がしく響く。

「あたしはね・・・・・・人間が嫌いなの」

 やがて紅葉は妖刀の先端を向けニヤリとした口を開け尖った八重歯を剥き出しにする。冷静に振る舞っているように見えるが呼吸のリズムが速く興奮している事が窺える。

「かつて平安と呼ばれた世であたしはとある武将に恋をし息子を身ごもった。だけど、その幸福な日々は偽りの日々でしかなかった。夫に裏切られ追放されたあたし達はその後も大勢の人間達から邪悪な存在だと忌み嫌われ何度も殺されかけたの。あたしは息子だけは死なせまいと必死に追っ手から逃げ続け誰も立ち入らない谷に隠り気がつけば数百年の時が流れていた」

「・・・・・・」 「・・・・・・」

「妖の素性を隠しあたしは息子を連れて久々に時代も街並みも変わった人の里へと降り立った。そこである男と出会った。それが今、貴方達が殺そうとしている信長よ。この方はすぐにあたし達の正体を見破り・・・・・・虐げる事はなかった。彼は人ではないあたし達を気に入り側近の身分を与えてくれた。だからあたしは誓ったの。未来永劫、信長に忠を尽くしこの男が描く理想の世界を見届けると」

「いい話ね。でも、共感はできないわ」

 重苦しい雰囲気を和ませる話をされても気を許す事なく千夜はきっぱりと言い放った。いつでも撃てる短筒の狙いを紅葉の額に定める。

「誰に恩を感じようがそれはあんたの勝手、だけどこれだけは忠告しておくわ。あんたの後ろにいる男は女子供も容赦なく粛清する人の心を捨てた鬼畜の類よ。そいつが作ろうとしているのは平穏な政ではなく虐殺が絶えない暗黒時代。あんただって本当は利用されているだけで用済みになったらご子息諸共消されるわよ」

 秀満も早く戦いたい一心で刀身の先にいる妖怪を睨み

「お喋りはもういい。俺達の信長を討つという決意は変わる事はない。その邪魔をするなら例え女だろうが妖だろうが斬る!」

 紅葉は思いが通じない事にため息を吐くと表情を変えず2回ほどこくりと頷く。相変わらず口角は上がっているが猫目は笑っていなかった。

「貴方達とは殺し合う事でしか通じ合えないみたいだね。別に文句とかは言わないよ。この気持ちを分かってほしい願望なんて最初からなかったんだから」

 紅葉はそれだけ言うと封印していた力を解放し凄まじい闘気を身に纏った。影のような黒いオーラが輪郭をぼかして広がり焼け焦げた建物の残骸が宙を舞う。それに共鳴するかのように手にしていた妖刀が更に輝きを増す。

「あたしは第六天魔王の祈りにて生まれし鬼女紅葉・・・・・・無様に朽ち果てなさい、愚かな人間共!!」

 吠え立てた怒りと共に振り下ろされる妖刀。大太刀と同等の長さのある刀身は相手には届かず地面を深く抉る。しかしその直後、斬撃の形に沿って巨大な衝撃波が放たれた。

 奇術を用いた先手を千夜と秀満は二手に転がり回避する。すぐに体勢を戻した秀満が素早く斬りかかるが紅葉は片手だけで軽々と刀身を手前に運び攻めを防いだ。その力は細腕の女とは思えないほど強く全身の力を込めいくら押し通そうとしてもびくともしなかった。

「あらあら?本気を出してるつもりなの?」

 紅葉は丸っきり小馬鹿にした口調で妖刀をぐるりと円を描くように回した。秀満は縦に突き出した刀の向きを強制的にずらされ両腕を捻じ曲げられる。構えを崩され立て直す猶予も与えられないまま腹部に魔弾を撃ち込まれる。

「・・・・・・ぐわぁ!」

 見事に直撃を喰らった秀満は奥の端に吹き飛ばされ本堂の扉にめり込んだ。計り知れない衝撃に胴体を圧迫され血を吐くと床に叩きつけられる。激痛に耐え再び起き上がろうとするが意識が途切れ地面に伏せた。

「ふふ、まずは1人」

 魔力の砲弾を放った左手をかざし紅葉が仕留めた人間の数を数える。

「秀満殿!」

 千夜は呆気なく返り討ちにされ横たわる秀満に叫んだ。厄介な事態に歯を噛みしめ素早く視線を戻すと妖刀を突き立て徐々に距離を縮めて来る紅葉の姿が視界に映る。とにかく焦りを押し殺し向けた短筒の先を相手の額から逸らさず照準を固定する。狙いを一転に集中し妖が一歩、足を踏み込んだ瞬間、引き金を引く。短筒は耳に残る破裂音を響かせ弾丸を発射する。目にも止まらぬ一線の光が狙った部位を目掛けて飛んだ。しかし・・・・・・

「!?」

 紅葉は瞬時に刀身を縦に銃弾の道筋に合わせた。鋭利な切れ味を誇るであろう刃が小さな鉄球と重なる。硬い金属がぶつかり合い甲高い音と火花を散らした。弾丸は弾かれいい加減な個所へ当たり小さな穴を作った。

Re: 逢魔時の聲【募集は締め切りました】 ( No.25 )
日時: 2019/01/19 20:48
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

「銃弾を弾いた・・・・・・!?」

 千夜は予想だにしなかった武芸に驚愕を抱き装弾数が空になった短筒を手放す。口寄せの術で次の銃を召喚し今度は2丁に持ち替える。

「火遁と風遁、これなら!」

 2つの銃口を構え同時に発射する。鮮やかな霊弾が色とりどりに並んだ直線を描く。千夜は複数の弾丸を防ぐなど不可能と戦略を読んでいた。そして、その霊弾をは放った理由に本当の狙いが隠されていた。

 紅葉はどんな手を使おうが無駄だと言わんばかりに再び霊弾を弾くが・・・・・・

「なっ・・・・・・!?」

 その時、何かを察した紅葉が珍しく絶やさない相好を崩した。着弾した2つの霊弾は粉々に砕け爆発し中身に込められていた属性の霊気が広がる。霊気は瞬く間に勢いの激しい火柱と竜巻と化し紅葉を包み込んだ。

「・・・・・・母上!」

 火と風に飲み込まれた肉親に経若丸が真っ青になって叫んだ。いても立ってもいられなくなり母の元へ駆けつけようとするも信長に腕を掴まれ止められる。残忍な魔王は顎に手を当て戦いの最中を楽しそうに見物していた。

「その程度?」

 激しく燃え上がる火柱の中から声がした。その声は弱者を嘲笑う敬遠に満ちていた。火柱の渦が晴れ防御の構えを取る紅葉がそこにいた。着ている美しい金の刺繍を入れた着物は派手に破れ至る部位から皮膚が剥き出しになっていた。だが、その素肌は白く美しく火傷はおろか傷一つ負っていない。

「強力な属性を込めた霊弾すらも効いていなんて・・・・・・こいつ、不死身だとでも言うの!?」

「あ〜あ、こんなにもボロボロに焦がして・・・・・・せっかく信長から貰った高価な着物なのによくも。貴方だけは嬲り殺しにしてやる・・・・・・と言いたいとこだけどその必要はないわね」

急にどうしたのか紅葉は妖刀を妖気に分解し武装を解くと泣きそうな顔で駆け寄って来た息子の経若丸を抱き上げる。

「くだらないお遊びはこれでお終い、死にたくなったら貴方もその軟弱な侍を連れて逃げた方がいいわよ。まあでも、手遅れだろうけどね」

「・・・・・・どういう意味?」

 紅葉は呆れた面持ちを浮かべため息をつくと

「あんたねえ、信長がこうも大人しく命を明け渡すとでも本気で思ってるの?実に愚かね、明智光秀の裏切りは既に承知の上。それなのに何故、わざわざ本能寺の襲撃を許したのか?頭のいい忍びならこんな問題、簡単に解けるはずよね?」

「・・・・・・っ!やはりそうか・・・・・・!」

 千夜はその意味をすぐさま悟りはっとした顔を上げる。我が子に頬を摺り寄せる紅葉を背に急いで倒れている秀満の元へ駆け寄った。意識のない男の肩を担ぎ鎧で重みのある体を起き上がらせる。

「下等な人間風情があたしに歯向かうなんて1000年早いのよ。貴方達には頭に来たけど今日だけは特別に見逃してあげるわ。でも、覚えておきなさい。次に会ったら今度こそ殺してあげるから」

 信長も紅葉も戦いを投げ出した千夜達の後は追わず尻尾を撒いて逃げる様を蔑んだ目で眺めていた。

(織田信長、次こそは必ずお前を殺す!)

 湧き上がる悔しさを堪え千夜は睨んだ視線を奥にいる信長に浴びせ本能寺を去った。魔王を仕留め損なった敗者の潜る扉が弱い力具合に閉ざされる。外に出ると本能寺の敷地は完全に制圧されていた。多勢に無勢だった織田軍は全滅、抗い果てた死体が明智勢の足元に転がる。武士の大隊は敵の総大将を討ち取らずとも勝利の確信に勝どきを上げていた。

「ふん、小童が図に乗りおって。この正孝を怒らせた事、黄泉の国で反省するのだな」

 討ち死にしたばかりの蘭丸の死体を前に正孝は決まり文句を吐き捨てる。彼は本堂から戻って来た千夜と秀満の姿を見てぱあっと険しかった表情を崩した。

「おお!何じゃうぬら、もう信長を討ち取って来たのか!?こっちもちょうど片が付い・・・・・・待て・・・・・・秀満殿に何があった!?」

「正孝殿!早く兵を下がらせ本能寺から撤退して下さい!これは罠です!」

「なっ・・・・・・!?罠じゃと!?一体どういう事か説明せい!」

 大声で聞き返されても千夜は返事を返さず秀満を担いで門を抜ける。正孝は2人について行かずそそくさと去って行く姿をただ、呆然と凝視していた。


 一方、明智勢の第二陣は峠の上を1万の兵団で埋め尽くしていた。槍や桔梗紋の軍旗を空に突き立て突撃は今か今かと闘争心を燃やし待機している。その先頭に馬に跨った4人の武将達が壊滅寸前の本能寺を見下ろしていた。

「少しは手こずらせるんじゃないかと期待したが信長にとって最後の戦がこんなにも呆気ないもので終わるとはな。あの男もこれだけの兵力には流石に手も足も出なかったらしい」

 蒼真が退屈そうに欠伸を零し妖刀を持った腕を幾度か回した。

「どうやら僕らの出る幕はなかったみたいですね。この戦い、我々の圧倒的勝利です」

「あ〜あ、魔王討伐戦だと聞いてせっかく参戦したのにあたし達は出番なしってわけぇ?」

 ライゼルの面白みがない台詞に兄のファゼラルは黙って頷く。

「別にいいじゃないですか。こちらの損害は皆無に等しいのですし。この奇襲作戦で信長の命運は尽きる事でしょう。泰平の世の訪れはそう遠くないかも知れませんよ」

 夕日は隣にいる蒼真に対しほころばせた眼差しを浮かべ本能寺が崩壊していく様子を上機嫌に眺める。

「だといいがな・・・・・・ん?」

Re: 逢魔時の聲 ( No.26 )
日時: 2019/01/27 18:12
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 ふと、蒼真が何かに気づいた。平らに傾けた左手を額に当て遥か遠くに目を凝らした。夜山の闇の中でもぞもぞと何かが蠢いている。それは風で木々が揺れざわめいているような気のせいではなかった。不気味に光る赤い光が点々と蛍のように群れ水が流れ込む速さで本能寺方面へ向かって来ていた。

「何なんだ・・・・・・あれは?」

「蒼真、どうかしたの?」

「山の暗闇から何かがこっちに向かって来てるんだよ。ほら・・・・・・」

 4人は指を指された方向を見る。

「あれは何かの群れのようですね。夜の山に紛れて静かに近づいてくる。あの赤い光は松明じゃない・・・・・・まさか・・・・・・!」

 ファゼラルは怪訝の面持ちで何かを言おうとした時

「蒼真様!」

 そこへ1人の焦り切った伝令が兵に列を掻き分けやって来た。ガシャガシャと鎧の音を響かせ地面に手を置き跪くと深く頭を下げる。

「戦場の真逆から報告が来るとは珍しいな。どうした?何かあったのか?」

 蒼真が冷静に訳を尋ねると

「申し上げます!光秀様率いる部隊が得体の知れない何者かの襲撃を受けています!敵の正体は不明!第三陣は総崩れに!至急援軍をよこせとの事!」

「何だって!?」

 衝撃の知らせに4人は驚倒した。再び山々を眺めると何かの群れは既にふもとの里を埋め尽くしていた。

「信長が孤立した所を狙ったんじゃなかったの!?敵側に援軍が来るなんて聞いてないよ!?」

「この奇襲作戦は明智氏の関係者と僕達『不知火』だけの機密で情報は外部には漏れていないはず・・・・・・!どうして!?」

 ファゼラルとライゼルはあり得ないと言わんばかりに誰にでもなく問いかけた時、この世のものとは思えない怪奇な聲が響き始める。聲は全て地を包み込むように夜の京に木霊した。それはまるで地獄に引きずり込まれそうな断末魔の叫びのようだ。

「あれ・・・・・・!何なの?本当に人・・・・・・?」

 不気味な光景に怖気づいたライゼルが言った。蒼真も恐怖に戦いた目で頭を横に振り

「違う・・・・・・あれは妖怪だ・・・・・・!」

 妖の群れは本能寺を取り囲む第一陣の軍勢に襲い掛かる。恐怖に抗えない武士達を貪り肉を裂き骨を砕き喰らい尽す。戦場はまた違う地獄と化した。

「恐らく、後方にいる光秀様の部隊を襲っているのも奴らだ!前から後ろからも!非情にまずい、俺達は囲まれている・・・・・・!」

「信長はこのような切り札を用意していたからあえてわざと追い込まれるような手段を・・・・・・うかつでした。僕達は最初から魔王の手の平の上で踊らされていたんですね・・・・・・」

 単純な罠に気づけなかった夕日が悔しそうに馬の手綱を強く握りしめる。

「悔しがってる場合じゃないでしょ!本能寺にはまだ千夜がいるんだよ!?助けに行かなきゃ!」

1人で馬を走らせようとするライゼルを兄のファゼラルが引き止める。

「早まってはいけません!本能寺はもう妖怪の巣、行ったら生きて戻っては来れない!第三陣にだって鈴音さんや海李さんがいるんです!それに光秀様が死んだらこの戦は負けです!彼の敗死だけは絶対に避けないと!」

「千夜が死んでもいいって言うの!?」

「そうは言ってません!僕は優先すべき事を優先すべきだと言ってるだけです!」


「黙れっ!!」


 その時、蒼真が鬼のような迫力で怒鳴りつけた。雷鳴の如く言い放った一言に兄妹の言い争いは一瞬で沈黙する。ガヤガヤと騒いでいた武士達もビクッと震え一斉に静まり返った。

「争ってはいけない。こういう時こそ力を合わせ団結しなければいけないんだ。苦境の際にばらばらになれば俺達は敗北し全員生きては帰れない」

「・・・・・・」

「・・・・・・じゃあどうすれば?」

 有力な策が浮かばないライゼルの問いに対し蒼真は蹂躙の場となった本能寺を眺め

「第一陣の部隊は諦めるしかないな。あのように囲まれてしまっては最早救いようがない。あれだけの妖怪の群れ、自軍を襲っている数を推測すれば少なくとも10万は超える。このまま戦えば確実に全滅だ。ここは退くのが1番の得策だろう。だが、俺達が行けばまだ間に合うかも知れない」

 蒼真は仲間を交互に見て最後に後ろに控える部隊へと視線をやり

「お前達は本能寺を退き光秀様の援護を優先せよ!いいか!俺達が戦っているのは人ならざる物の怪だ!
決して散り散りにならず集団の陣形を崩さないよう守りを固めるんだ!」

 と命令を下した。

「俺と夕日は本能寺に急行し千夜を助けに行く。お前ら2人は兵を連れて第三陣の加勢に向かえ。鈴音と海李は任せた」

「一刻の猶予もない今、その意見に従うしかないようですね。鈴音さんも海李さんも絶対に救ってみせます!」

「そっちも気をつけてね?千夜の事、頼んだよ?必ず生きて帰ると約束して」

 ファゼラルとライゼルは適切な判断に従い別れを告げると早速馬を走らせる。その後を大勢の武士達が駆け足で追っていく。第二陣の軍勢が去り峠には蒼真と夕日の2人だけが残された。

「さて、俺達も行くか。今まで幾度もの修羅場を潜り抜けてきたが今回ばかりはやばいかもな」

「策もなしにあそこへ突っ込むのは単純に言えば自殺行為、守護霊の力を操る僕でさえも恐れを抱かずにはいられません・・・・・・ですがこの地獄絵図はほんの序章に過ぎない。本当の地獄はこれからです」

「ん?何だって?それはどういう・・・・・・っておい!待て!」

 聞き捨てならない台詞を言い残し夕日は馬を走らせた。不意に先行された蒼真も慌てて峠を下る。

Re: 逢魔時の聲 ( No.27 )
日時: 2019/04/03 16:35
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

「物の怪じゃああ!!」

 妖怪の大群は本能寺内部まで流れ込んでいた。為す術もなく魔物に狩られる武士達の苦痛の悲鳴が絶えず響く。妖怪達は人間の腕を引き千切り脳を抉り内臓を貪る。肉汁が溢れる生臭い血肉の味を堪能していた。

「ひぎゃああ!!」

「ああああ!痛い!やめろぉ!!」

「お、俺の脚がっ・・・・・・!助けてくれぇ!!」

 唯一の逃げ場である門さえ立ち塞がれ隠れる場所もない。最早そこは弱肉強食を絵に描いた餌場だった。

「怯むなぁ!援軍が来るまで戦い抜けぇ!」

 凶暴な妖怪をものともせず正孝ただ1人が勇猛に抗う。襲ってきた骸武者の首をはね大蜘蛛を踏み潰した。妖百足が体に巻きついても力づくで硬い甲皮を胴体ごと引き千切り地面に叩きつける。

「くっ・・・・・・!流石のわしでも長くはもたん!第二陣の連中は何をしておる!?まだ来ぬのかっ!?」

 正孝が峠の方を振り向いた途端、今までの猛威を振るった動きは止まり顔は青ざめる。彼の目の前には巨大な妖怪が聳えていた。口では表現できない醜悪な顔に頭部に生えた2本の角、背丈は大人の3倍もの高さがあり全身の赤い肉体が筋肉で盛り上がっている。冷え固まった正孝を瞳孔や虹彩のない光る眼光で見下ろし唾液を垂れ流す。

「なっ・・・・・・鬼・・・・・・」

 そう呟いた直後、正孝は剛力の腕に捕まり全身を軽々と持ち上げられる。尖った歯を剥き出しにした大口が迫ろうとも抵抗はしなかった。恐怖に飲まれた武将は最期の運命に身を任せ頭を喰われた。


「はあはあ・・・・・・!」

 惨劇の間をすり抜け千夜は秀満を支えながら走る。どこまでも広がる血の祭り、その無限獄に囚われた感覚が正気をかき消し絶望を芽生えさせる。2人を追う妖怪達もすぐ後ろまで迫っていた。

「シャアアアア!!」

 毒霧が渦巻く瘴鬼が牙を突き立てて2人に飛び掛かる。獲物に選んだのは千夜だ。

「きゃあ!」

 千夜は死を覚悟し目蓋をぎゅっと閉ざした。しかし、何故か痛みは感じず血が飛び散る事もなかった。代わりに激しい烈火の音と共に誰かが断末魔を上げた。

「え・・・・・・?」

 千夜は何が起きたのかとおそるおそる目を開いた。瘴鬼は火に飲まれておりその身を燃やし尽くされ灰となる。

「狐火・・・・・・」

「千夜!大丈夫か!?」

 自分を呼ぶ叫びに振り返ると蒼真達が馬の足音を鳴らし駆けつけてきた。炎を帯びた左手に狐火を放ったのは彼だと知った。

「せいっ!」

 夕日も自分の身長よりも長い大鎌を振るう。大振りの斬撃は刀身は当たらずとも衝撃波を発し妖怪の群れを真っ二つに切り裂いた。

「間に合ったみたいですね。あなたが本能寺を抜け出していた事が幸運でした」

 と馬の上で彼は優しく微笑む。

「助かったけど礼は後よ!秀満殿が怪我を負ったの!運ぶのを手伝ってくれない!?」

「でしたら僕の馬に乗せて下さい。あなたは蒼真君と一緒に」

 千夜は夕日の手を借り秀満を馬の乗せ彼女自身も蒼真の後ろに跨った。死地から逃れるため彼らは直に全滅するであろう第一陣を残し峠の方へ後退する。

「助けに来たのはあんた達だけ?第二陣の部隊はどうしたの?」

 千夜の問いに蒼真は正面から目を逸らさず

「俺達の部隊は援軍として光秀様の元へ向かわせた。俺達も行くぞ?ファゼラルやライゼル、鈴音と海李が危ない」

「何だと!?妖は後ろからも来ていたの!?」

「明智軍は既に包囲されている。俺達はまんまと信長の罠にはまったんだ。腹の虫が収まらないがこの戦、奴の勝ちだ」

「悔しがるのは後よ!まずは皆と合流しましょう!」

「飛ばすぞ!しっかり掴まってろ!」


 光秀率いる第三陣も総崩れとなっていた。八方を塞がれ抵抗も満足にできず僅かな時間で数百の兵が犠牲になる。厚い鎧で身を固める親衛隊も歯が立たずいとも容易く命を奪われていく。

「皆の者!武士の意地を見せつけよ!」

 中心で光秀が刀を振るい奮戦していた。牛鬼を斬り捨て百目蛇を蹴散らし猛将の活躍ぶりを見せる。その近くで鈴音と海李は苦戦を強いられていた。1人は戦闘を得意としない彼らだがかろうじて持ちこたえている状態だ。

「喰らえ!!」

 海李が太鼓を鳴らして落雷を落とし敵を一掃するが妖怪は怯まずぞろぞろと湧いて出てくる。

「ひっ・・・・・・!わ、私はどうすれば・・・・・・きゃ!」

「鈴音!」

 鈴音に振り下ろされた血濡れの刃を太鼓鉢で受け止め押し倒す。倒れた骸武者に馬乗りになり何度も鉢で叩きつけ腐り切った頭蓋骨を砕いた。

「海李くん危ない!」

 警告の叫びにはっとした海李は顔を上げる。大型の妖怪が束になってこちらに突っ込んでくるのが見えた。一体の化け物を殺すのに夢中でうかつにも油断していた。

「しまっ・・・・・・!」


「大地を揺るがし彼者の止めとなれ!アース!」

「我の思う者を撃ち抜け!ショット!」


 どこからか男女が叫んだ。同時に地面が盛り上がり妖怪達は宙に打ち上げられ光弾の餌食となった。鈴音は声がした方へ視線を向け相好を崩し

「ファゼラルくん!ライゼルさん!」

 タロットカードを片手に安堵の面持ちをしたマーシャ兄妹がいた。更に後方からはちょうど千夜と蒼真、夕日の姿も確認できた。

Re: 逢魔時の聲 ( No.28 )
日時: 2019/02/12 21:34
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

「危機一髪でしたね?怪我はありませんか?」

「あたし達が来たからにはもう安心だからね」

「よかった・・・・・・!皆さんも無事だったんですね!」

「ありがとう、危ないとこだった。だけどさ?本能寺を攻めるはずのお前らがどうしてここにいるんだ?」

「こちらは信長を追い詰めたんですが惜しくも妖怪の襲撃に遭い第一陣は壊滅しました。そして、あなた達がいる第三陣も襲われているとという知らせを耳にし助けに来たという訳です」

 ファゼラルが説明を丁寧に述べる。

「妖怪達に苦しめられていたのはそっちも一緒だったのか!?」

 海李が驚いてライゼルも実に不機嫌な口調で

「ホント嫌になっちゃうよね。信長を討ち損ねただけじゃなくこうもあっさりと戦況を覆された。流石は第六天魔王、こんな奇術を隠していたなんて」

「おいお前ら、気楽に立ち話してる場合じゃないだろ。今はこの状態をどう抜け出すかに専念しろ」

 蒼真が冷静に皆をまとめ緊張感を保たせる。そこへ総大将である光秀が馬を走らせて来た。

「蒼真殿!無事であったか!」

「俺は大丈夫です。光秀様こそ怪我はありませんか?」

「某の心配は無用じゃ。して、信長様の首は取って参ったのか?」

 その質問には千夜が頭を横に振り

「いえ、残念ながら信長は死んでいません。奴には妖の護衛がついていていかなる手段を用いても傷一つ負わせられませんでした。そこへ妖怪が現れ第一陣は壊滅、秀満殿も負傷し逃げなかった正孝殿は・・・・・・恐らく・・・・・・」

「さようか・・・・・・我が軍はそこまで甚大な被害を被っていたとは・・・・・・最早、勝ち目などないのであろう・・・・・・こうなっては仕方がない。此度は負けじゃ。されど、お主達の働きは大義であったぞ。かくなる上は・・・・・・!」

光秀は何かを決意し力強い声を周囲に張り上げた。

「者共聞けぃ!まだ戦える者は我に集い最後の抵抗を共にせん!どの道死ぬ定めなら大人しく犬死せず堂々と戦って死ね!」

「光秀様、何をなさるおつもりで!?」

「蒼真殿、某は残った部隊を率い包囲網に穴を空ける。お主は仲間を連れて逃げられよ。甥(秀満)の事、しかと頼みましたぞ」

「そ、そんな!危険過ぎます!光秀様もここで死ぬ必要はありません!一緒に逃げましょう!」

 鈴音が必死なって考えを改めるよう促すが

「某は主君を裏切り忠を捨てたただの反逆者、例え生き永らえても平穏な暮らしは送れますまい。ならいっそ、1人の武士として花のように散りゆくのみ」

「そんな事はありません!光秀様は泰平のために戦った誇り高き武将!こんな死に場所、あなたには相応しくない!」

千夜も同じ思いで訴えるが光秀は微笑んだだけで頷こうとはせず

「某は年老いた男、老兵は若き兵を守る義務がある。鈴音殿、千夜、お主ら不知火の精鋭こそこれから必要不可欠になる人材、この誤った世を正せるのはお主達だけじゃ」

「で、でも・・・・・・!」

「蒼真殿、最早一刻の猶予も残されておらぬ。手遅れになる前にこの頼みを聞いてもらえぬか?某からの最後の命令を・・・・・・!」

「・・・・・・承知しました。ファゼラル、ライゼル!鈴音と海李を馬に乗せろ!」

「分かった!さあ、あたしの後ろに乗って!早く!」

「嫌です!光秀様!どうか考え直して下さい!自分の命を大事にして!」

 嫌がる鈴音を海李が強引に引きずりライゼルが引っ張り上げる。

「よし、後はこの者達を逃がすだけじゃな・・・・・・全軍!突撃ぃ!!」

 明智勢は最後の猛攻に乗り出し妖怪の群れに打って出た。武士達は刀や槍を突き立て体当たりし前へ前へと押し返していく。戦闘の列が呆気なくやられてもその屍を踏み越え次の列が攻撃を仕掛ける。蒼真も夕日も加勢し共に奮戦する。

 1万を超す兵がたった数百の小勢に減った頃、包囲網に一瞬、隙間が空いた。その機を逃さず蒼真達は隙を突いて地獄の網から抜け出した。妖怪達は外に出た者達を追おうとはせずこれ以上獲物を逃がすまいと中に取り残された人間達を再び取り囲む。兵が次々と手にかけられる中、光秀が刀を掲げ叫んだ。

「お主らと共に戦えた事、黄泉に行っても決して忘れぬ!天下泰平の使命、お主達に託しましたぞ!」

 その言葉を最後に鬼に捕まり馬から引きずり降ろされた。鎧を剥がされ胸を抉られ臓器の1つ1つを千切られる。死ぬ間際まで彼は苦痛に音を上げる事はなかった。

「光秀様ああ!!」

「泣くな鈴音!早く行くぞ!光秀様の死を無駄にしてはいけない!」

 蒼真達は馬を走らせ振り返らずに戦場から離脱した。京の都の外れを行き夜の林道を走り抜ける。耳を塞いでも聞こえてしまう地獄の悲鳴もやがて聞こえなくなった。それは自分達を逃がし生かしてくれた人間達が全て息絶えたのだとその場にいた全員が悟っていた。

「これからどうします?ひとまず森に潜んで休息し朝が来るのを待ちますか?」

 夕日が隣を走る蒼真に問いかけた。

「だめだ。いくら危機を脱したとはいえここは危険だ。妖怪達が追って来ないとも限らないし総大将が狙われたとなれば信長の本隊だって血相を変えて集まって来るはずだ。まずは京を去り奈良へ向かおう。隠れ家に戻ってこの事を『石舟斎』様に報告するんだ。そして、『あいつ』にも・・・・・・」

「あいつ・・・・・・そうですね。『殉聖の太刀』を扱う彼は僕達にとって最後の切り札ですから。それはそうと、信長が死を免れた事でこの国は一層乱れ始めるでしょう。さっきも言いましたが本当の地獄はこれからです」

「そうだな。ここからが本当の戦いだ。そして俺達はその悪夢を終わらせられる唯一の希望なのだろう。かなりの重荷だが俺達がやるしかない・・・・・・」

「できますよ。例え死にかけても生きていれば好機は必ず巡って来ますから。僕はそれに賭けます」

 不知火の精鋭達は走る速さ緩めず森の中へと姿を消した。


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