複雑・ファジー小説

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逢魔時の聲【オリキャラ・イラスト感謝!】
日時: 2019/04/03 16:38
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

どうも、いつもお世話になっております。マルキ・ド・サドです。
前々から創作を練っていたどうしても書きたかった新たな小説を書こうと思っています。
ローファンタジー小説『ジャンヌ・ダルクの晩餐』をご覧になって下さりありがとうございます!
皆様のご愛読により私の小説はとても大きな作品となりました。
この感謝を忘れずこれからも努力に励もうと思います(*^_^*)

コメントやアドバイスは大いに感謝です。

悪口、荒らし、嫌み、誹謗中傷、不正な工作などは絶対にやめて下さい。

今回のテーマは妖怪が蔓延る暗黒時代を舞台として描かれる戦国ダークファンタジーであり残酷でグロテスクな表現が含まれています。この小説を読んで気分を害した場合はすぐにページを閉じる事をお勧めします。



【ストーリー】

 天正10年(1582年)。謀反を起こした明智光秀の軍が織田信長を襲撃、3万の兵が本能寺に攻めかかる。しかし、突如現れた妖怪の群れが明智軍に襲い掛かり兵達を惨殺、優勢だった軍勢は瞬く間に総崩れとなる。決死の抵抗も虚しく光秀は戦死、本能寺の変は失敗に終わるのだった・・・・・・

 その後、信長は妖怪を操り数々の戦を勝利を収めついに天下を統一、戦乱の世に終止符が打たれ人々は太平の訪れを期待する。しかし、冷酷な魔王の手により治められた大和ノ国は第二の暗黒時代が幕を開ける。そして、とある日の逢魔時の空に響き始めた謎の聲、人々はこの異変を妖怪の巣の叫び、地獄の唸り、神々の呪いであるという噂が流布されるのであった・・・・・・

 天正12年(1584年)。徳川家康の家臣にして『不知火』の一員である若武者『本多忠勝』は奈良の支部にて『柳生石舟斎』と共に武術の修行に明け暮れていた。ある日、そんな彼らの元に真田氏の武将『真田昌幸』が訪れる。妖怪が溢れた天下の事態を重く見た昌幸は不知火の復旧を訴え信長打倒を依頼する。要望を聞き入れ忠勝は日本各地へ出向き織田政権を陰から崩そうとするがその時は誰も知る由もなかった。妖怪に溢れた天下の闇の奥に更なる魔の手が潜んでいる事を・・・・・・


【主な登場人物】

 本多忠勝

 物語の主人公である若き武将。猛将に似合わず白い長髪でおっとりとした面持ちのため一見すると少女にも見えなくない。不知火の復旧、そして太平の世を取り戻すため妖怪を操る信長や七天狗を倒す旅に出る。桶狭間の合戦を戦い抜いた若き日に闇鵺の宝刀である『殉聖の太刀』に触れ呪縛の呪いにかかり手にした時点で当時の年齢が固定され成長が止まっている。髪が白く容姿が幼いのはそのため。


 柳生宗厳(石舟斎)

 柳生一族の長にして剣術『新陰流』の継承者。号は石舟斎。柳生家厳の子。新陰流第2世。妖の討伐の際に踏み入った妖魔の森で忠勝と出会い以後、弟子として彼を育て上げた。彼も不知火に所属する精鋭であり、真田昌幸の訴えにより勢力の復旧を決意、忠勝を日本各地に派遣する。


 織田信長

 第六天魔王と恐れられる尾張国の戦国大名。本能寺の包囲網を際には妖怪を使い明智光秀の軍勢を返り討ちにし、その後も幾度もの戦に勝利を収めついには天下人となる。妖怪による統治を始め人々を恐怖で支配、高等な妖の一族である七天狗を従え多くの配下を大和ノ国各地に配置させている。人ならざる者の力に魅了された彼は自身も魔の血を取り込み半人半魔と化した。


紅葉

信長の側近である妖。武器は妖刀。
両親が第六天魔王に祈った結果で生まれた絶世の美女の鬼女。
源経基に寵愛され一子を宿していたが戸隠山に流された挙句、最後に降魔の剣を手にした平維茂に首を斬られ掛けるなどと痛い仕打ちを受けた為に人間が苦手になった。
信長が第六天魔王と名乗った事で信長の行く末を見届けようと信長の側にいる。息子の経若丸には結構甘いところがある。


 七天狗

 信長に忠を尽くす高等な妖の一族。妖怪である自分達を迫害した人間達を憎悪している。日本各地で暗躍しているがその存在を知る者はなく目的すらも不明。全員が天狗の仮面を身に着けており烏、狼、山猫、猿、狐、狸、熊の計7人で構成されいる。


【不知火の一員】

鈴音

不知火の一員である楽器の付喪神。武器は笛。
300年以上も大切に扱われた笛が付喪神として実体化した姿で名前は元々の持ち主につけてもらった。
人当たりの良い性格から小さい子供達からは慕われている。
争い事を激しく嫌悪するため自ら前線に赴くよりどちらかと言うとサポートに徹する為、戦闘能力はあまり高くない。


海李

不知火の一員である楽器の付喪神。武器は太鼓。
300歳以上も大切に扱われた太鼓が付喪神として実体化した姿で名前は元々の持ち主につけてもらった。
面倒見の良い性格から子供達からは慕われている。
また、鈴音とは元の持ち主が同じで同時期に実体化した為、鈴音とは幼馴染でお互いに好意を寄せている


杉谷 千夜

不知火の一員である人間の忍び。武器は銃器、短刀、焙烙玉。
甲賀で織田信長の支配に異を唱える勢力の所属であり魔王信長を討ち取るべく日々、命懸けの戦いを繰り広げている。
実は甲賀出身ではなく戦で村を追われ生き倒れていた所を甲賀の忍者に保護され杉谷家に養子になる形でくノ一になった。
杉谷善住坊とは兄の様に慕っていたが信長の暗殺未遂で酷い方法で処刑された事により信長に対して恨みを持っている。


滓雅 美智子(おりが みちこ)

不知火の一員である人間の忍び。武器は妖刀。
信長に反旗を翻す反乱軍の一員で甲賀の勢力と同盟を結んでいる。
その為、千夜とは面識があり彼女の事を『千夜ちゃん』と呼んでいるが本人からはあまり受け入れられていない。
忍者ではあるが無用な争いは好まない平和主義者であらゆる物事をスマートに済ませたがる。


ファゼラル・マーシャ

不知火の一員である西洋の魔術師。武器は属性を宿したタロットカード。
西洋から来た魔術師の青年で、常に敬語で話す。敬語を使わないのはカード達くらい。
自分のパートナーであり家族のような存在のカード達の事を非常に大切にしている。
鈴音達と仲が良くメロディのカードで伴奏を流して上げる事も。


ライゼル・マーシャ

不知火の一員である西洋の魔術師。武器は属性を宿したタロットカード。
西洋から来た魔術師の少女でファゼラルの双子の妹。常に敬語で話すファゼラルに対しライゼルはタメ口で話す。
自分のパートナーであり家族のような存在のカード達の事を大切に思っている。兄ぐるみで鈴音達とも仲が良い。


ゼイル・フリード

不知火の一員である人間の騎士。武器は剣と斧。
よく女の子と間違われやすく女と間違われたり子供だと馬鹿にされるのが極度に嫌う。
英雄のジーク・フリードの子孫にあたり体格に合わずかなりの食欲の持ち主。


蒼月 蒼真(そうつき そうま)

不知火の一員である半人半獣。武器は刀。
父親は人間、母親は妖狐の間に生まれた青年。
不正や悪を嫌う為、信長の政権に嫌悪感を抱いている。
人間妖怪関係なく平等に接しているため子供達からも慕われている。


箕六 夕日(みろく ゆうひ)

不知火の一員である人間。武器は大鎌。
物語を書く事が大好きな文系の青年。端麗な容姿から女性に間違えられる事が悩み。
幼い頃に霧隠の山奥に迷い込み狼の守護霊を拾い家族のように親しくなった。
以後、頼れるパートナーとして常に行動を共にしている。


【用語】

 殉聖の太刀

 忠勝が使用する聖の力が秘められた太刀。かつて室町時代の大和ノ国に訪れた異国の聖女の剣を刀へと打ち直した物。斬った人間や妖怪の霊気を吸収する事で刃の強化、『神力覚醒』が可能。異国の聖女だけが完璧に扱うことができそれ以外の者が触れると呪縛の呪いを受ける。不知火の秘宝でもあり神器の1つとして崇められている。


 不知火

 忠勝が所属している義の名のもとに戦う兵団。日本各地に支部を持ち人々の太平を尊重し民の平穏、調和の安定を目的とする。室町時代に『異国の聖女』、『陸奥重盛(むつ しげもり)』により結成され足利将軍家の影の軍隊として活躍していた。主に妖怪討伐や国の平穏と調和の安定を保たせる事を生業としており1世紀以上も前から大和ノ国の民を守ってきた。室町幕府が滅んだ本作では主君を失い衰退の一途を辿っている。


 夜鴉

 不知火同様、表では知られない秘密の組織。太古から存在しており人と妖怪の調和を目的とする。人が立ち入らない群馬の山奥に拠点を構え結界で身を固めている。戦いを好まず社交的な存在だが妖怪を不当に扱う不知火や織田政権の事はよく思っていない。


 妖怪

 日本の民を恐怖に陥れている人ならざぬ者。原住する者と魔瘴石で生まれた者の2つのタイプが存在する。また、下等、中等、高等の階級があり骸武者や鰐河童、妖蟷螂などの下等妖怪は知能が低く本能のまま人を襲う。鬼や大百足の中等妖怪は強力な力を持ち言葉を話す事も可能。高等妖怪は姿形は人間に酷似しており超人的な頭脳と戦闘能力を備えている。


 大和ノ国

 物語の舞台である妖怪に支配された列島大陸。日本、妖都島、ジパングとも呼ばれる。戦が絶えない戦国の世だったが信長の天下を手中に納めた事によりかつての面影を失い、政は一層に腐敗した。八百万の神々が住む神秘的な国でもあり、不思議な魔力を持つ霊石や宝玉が大量に眠っている。


・・・・・・オリキャラの提供者・・・・・・

桜木 霊歌様
妖様
siyaruden様
シャドー様
挿し絵(少し修正しました)は道化ウサギ様からの提供です。皆様のご協力に心から感謝いたします。



以上です。それでは物語の幕を開けようと思います。

Re: 逢魔時の聲【オリキャラ・イラスト感謝!】 ( No.89 )
日時: 2024/02/04 10:18
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 地下は座敷牢となっており、一直線の通路の両脇に区切られた牢獄がいくつも並ぶ。中にいる牢人達は喰い殺されるか。飢え死にするか。その二択の末路を辿った亡骸と成り果てていた。奥へ進むほど、女の啜り泣きがより鮮明になっていく。

「大丈夫。僕が守ってあげるから」

 もう1人。別の誰かがいた。声は幼子みたい高く性別を把握できない。

(囚われてる人が他にもいる。彼らは何者なんだ?)

 忠勝がそっと声をかけようとした矢先

「・・・・・・っ!誰だ!?」

 こちらの気配を察した向こうが大声を張り上げ、女の泣きじゃくる声により絶望感が滲む。一喝に震え上がった忠勝達だが、囚われた者達が敵じゃない事を確信した。最早、忍び寄る必要はなくなり、檻の前に姿を堂々と曝す。

 子供が女を庇おうと忠勝達の前に立ちはだかり、彼らを睨んだ。白い装束を着た山伏の格好で黒い頭襟を白髪の頭上に乗せていた。小柄で非力そうな見た目だが、面構えは大人の武士にも引けを取らぬ勇ましさが宿る。だが、予想だにしていなかった意外な侵入者に感情の昂ぶりを多少は緩め

「君達は・・・・・・」

 鎌の刃を逸らし、敵意の皆無を示した後で夕日が自分達の素性を明かす。

「僕達は足利将軍家の影の兵団。不知火の生き残りです。ある御方に遣わされ、この鬼の魔窟へと馳せ参じました」

「不知火・・・・・・って事は椿殿がっ!?そうなんでしょ!?だよね!?室町の兵団が息を吹き返してるって噂は本当だったんだ・・・・・・!」

 それを聞いた忠勝達はこの子供こそが椿が探していた人物であると確信する。

「あなたが七五側近衆の1人ですね?」

 ファゼラルの質問に子供は肯定も否定もせず、冷静さを欠いて逆に聞き返した。

「アダムは!?アダムは無事なの!?」

「御心配には及びません。貴殿がお連れしていた西洋の医師は先ほど救出され、仲間の1人が保護しております。今頃は麓の集落に辿り着いてる頃合いかと」

「・・・・・・よかったぁ!」

「おい。まだ、こっちの質問に答えてねえぞ?お前が椿が言ってた古参の1人なのか?」

 ゼイルが側近衆に対して作法を弁えない態度でしつこく確認を取った。すると、檻の内側にいる方もムッとしたのか

「今までの話の内容で察しが付くでしょ!?バカなの!?」

「あ?んだとこのチビ助が!もう一度い・・・・・・うぉっ!?」

 ゼイルを強引に横に退かし、ライゼルが問いかける。

「失礼ですが?あなたの名は?」

「僕は"鞍馬山僧正坊"。"鞍馬天狗"って言えば、分かりやすいかな?」

「鞍馬天狗って・・・・・・牛若丸(源 義経)と共に修行していた!?あの!?」

「ふふん。そう!僕がその鞍馬天狗さ!」

 周囲から驚愕の反応を示された鞍馬天狗は自慢げに再度、主張する。

(実際は小さな女の子だったんだ)

 心の奥底で囁いた鈴音の視線は着ている装束に留まっていた。分かりづらいが、胸の辺りが微妙に膨らんでいる。無駄話はさて置き、蒼真が重点だけを率直に告げた。 

「僧正坊殿。我々、不知火は貴殿を救う事だけが本来の目的ではなく、この平家落人の館を根城とした忌まわしい悪鬼を討ち滅ぼすためでもございます。何卒、我々一介の武人にお力をお貸して頂けませぬか?」

「う~ん。そうしたいのは山々なんだけど・・・・・・」

「ぬ?・・・・・・何か問題でも?」

「実は僕とした事が。大事な刀を奪われちゃって。"薄緑(膝丸)"。義経の・・・・・・僕の弟子の形見なんだ。あれがないと、本来の腕を発揮できなくて・・・・・・」

「その刀は何処に?」

 忠勝の問いかけに鞍馬天狗は情けないと言わんばかりに溜め息をつく。

「祥の手元さ。あの幼稚な鬼の事だ。今頃、玩具みたいに扱ってるよ絶対」

「まんまと妖に武器を奪われてやんの。こいつ、マジで鞍馬天狗なのか?」

「ふんだ!と言うか、何その無駄に分厚い鎧?かっこわるぅ~」

「ああん!?んだとこらぁ!頭襟の代わりにタンコブ乗っけん・・・・・・!」

 相変わらずなゼイルに海李が突進を喰らわされ、彼は"ぐふっ・・・・・・"と白目を剥き大人しくなった。千夜は特殊な忍具を使い、檻に入る牢人達を解放する。倉庫錠には妖術がかかっていたが、彼女の手にかかれば難なく施錠できた。

「義経公の刀も義尋様も必ずや取り返して見せます。さっ!今の内に早く!」

「借りができたね。武器がなくたって、この人を避難させることくらい簡単さ。ところで・・・・・・」

 一緒に囚われていた女の肩を抱き、鞍馬天狗が千夜達に謝意を伝える。その刹那、途端に語尾を憂鬱な口調に変え、聞きづらそうに尋ねた。

「ねえ?その・・・・・・君達がここに来れたって事は・・・・・・"鬼十郎"殿は・・・・・・」

 忠勝達にとって初めて聞く名だったが、誰を指すかは秒も経たずに理解した。

「栢盛様は立派に逝かれました」

「そっか・・・・・・」

 鞍馬天狗は一言だけ口にすると、拳を強く握り2回ほど頷く。

Re: 逢魔時の聲【オリキャラ・イラスト感謝!】 ( No.90 )
日時: 2024/04/26 21:00
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 神地羅殿 本丸御殿 玉座の間

 不知火一行は神地羅殿の終着点に足を置く。彼らが目にした光景は在り来たりな和室とは異なる明(当時の中国)の宮殿の如く広々とした本丸御殿。これまでよりも遥かに大きい屍人の壁画が両脇に派手に飾られ、床の至る所に女の者と思われる肉塊が。その非道を極めた残忍性は妖の本質を見事なまでに映し出していた。

「義尋様!」

 忠勝が玉座へと繋がる広間を駆け、天井に叫んだ。無数の宙吊りにされた鳥籠に幽閉された直垂(ひたたれ)姿の若き青年。虚ろな目を細く開いているものの、既に死したかのように首を垂れている。

「くくく・・・・・・自分達の方から喰われに来るなんて珍しい獲物もいたもんだ。まあ、僕が自ら出向いて血の宴に誘ってあげてもよかったんだけど?」

 侵入者をからかう台詞が淡々と御殿一帯に木霊する。奥にある玉座を凝視すれば、高貴な衣裳で身を包んだ少年がいた。少年はシャブリ尽くした赤黒い頭蓋骨を放り捨て、玉座から降り立つと穏やかな笑みで階段を下って来る。

「あいつが祥・・・・・・七天狗の次男にて修羅の孕子・・・・・・」

 忠勝が太刀を中段に構え、鋭利な刃先を悪巣の城主へを睨む。集団に敵意を抱かれても、祥は友好的な振る舞いを怠らず、歓迎の意を示した。

「僕の城へようこそ。不知火御一行。茶も出せないけど、ゆっくりしていきなよ?それはそうと、この御殿の屏風はどう?なかなか見事な出来栄えでしょ?僕が惨殺した家畜の死肉と骨で描いたんだ」

「うん。彼らは美しい。人は命を失くそうとも、築いた美徳を屍に遺すものだ。改めて、命の尊さを学べたよ。これで下劣な妖を心置きなく斬り捨てられる」

 忠勝は敵に謝意を示した刹那に威圧を与える形で太刀を抜く。容赦を忘れた形相が更に台詞を付け足した。

「修羅の孕み子・・・・・・今度はお前が絶痛を贖罪代わりに味わう番だ」

「・・・・・・高等妖怪である僕の首を刎ねる気?下郎が図に乗るな・・・・・・お前らのした事を一度たりとも忘れた事はないっ!!お前らは弟や妹を惨たらしく殺した!!あいつらは・・・・・・かけがえのない家族だった!!そんな無垢な命を情けすらかけずに奪いやがったんだ!!よくもっ・・・・・・よくもよくもよくもぉ!!」

 祥は忍耐の枷を外し、積もりに積もった恨みを憤怒にしてぶちまけた。奴の存在そのものが逆鱗と化した瞬間だった。

「無垢な命?殺戮三昧を繰り返していた物の怪風情がよくほざけたものね。あんたの弟達は揃いも揃ってやわな子ばかりだったわ。少し厳しく叱っただけなのに、すぐ泣き喚いてぽっくり逝っちゃうんだもの」

 千夜がわざと相手を挑発し、夕日も意地悪な表情を傾げて皮肉を言い放った。

「何故、そんなに憤慨する必要が?黄泉にいる妹達との再会を叶えようと、こんな汚らしい場所まで足を運んであげたんです。むしろ、感謝してほしいくらいですね?」

「・・・・・・許さねえ!!腸を搔っ捌くだけじゃ物足りん!!いたぶっていたぶっていたぶって!!苦しめた挙句に骨まで喰い尽くしてやる!!生皮を剥いだ上でなぁ!!」

 飢えた獣の鋭い目が一層、獰猛なものへと変わり、太い赤黒い血管が全身に浮かび上がる。理性の衣を完全に脱ぎ捨ると、人面の裏に潜む獣心を剥き出しにした。

「やれやれ。だったら、こう言えば伝わるか?バカはとっととくたばれって事だよぉぉ!!」

 ゼイルも鬼神とも張り合える程の闘気を振るい立たせ、戦斧で斬りかかった。圧倒的な猛突進が祥の目に飛び込み、ぶつかった衝撃の弾みで両者は煙に包まれる。鋼刃を打ちつけた感触を柄を通じて感じ取る・・・・・・が、ゼイルの闘志は燃え尽きていた。分厚い刀身は胴体を前にしてその先に進まず、斧は片手1つで難なく受け止められていたのだ。

 我を忘れる相手に、にやける祥の顔が飢えた獣の物へと変貌する。祥は斧を払い除け、ゼイルもその勢いに釣られてしまう。彼は小石のように軽々と投げ飛ばされ、屏風に頭からめり込んだ。

「裁きの蜜糸よ!罪だけを知り得る毒蛾を網にかけよ!」

 ライゼルがタロットの魔力を複合させ、特殊な魔術を発動した。触れた物全てを切り裂く鉄線の壁が敵と味方の間に張り巡らされる。しかし、祥は残像を残す程の神速で網目を容易く掻い潜り、術士に掴みかかった。

「ぃっ・・・・・・!?」

 かと思えば、奴は術士を通り越し、後ろにいた海李の頭部を鷲掴んだ。軽々と体を浮かした刹那、付喪神を地面に叩きつける。

「がっ・・・・・・あぐぁ・・・・・・」

「あ・・・・・・ひああああ!!」

 無惨に蹂躙されていく仲間の姿に鈴音は悲鳴を上げた。殺戮に飢えた獣の眼光が彼女にも向く。

「下がれっ!こいつは僕がっ・・・・・・!」

 忠勝が鈴音を守ろうと太刀で素早く斬りかかり、祥も張り手をかました。小さな花火と例えられる大量の火の粉が散り、太刀の仰け反りが大きく上回る。直に拳が腹部に食い込んだ忠勝は唾液を嘔吐し、地面を派手に転がった。

 蒼真と夕日が前後からの挟み撃ちで強襲を図るが、簡単に避けられ大鎌は後頭部の髪を短く剃った。妖刀も取り押さえられ、とっさに狐火を放とうとした手と腕の付け根を握り潰す。蒼真は甲高い悲鳴と唾を飛ばし、忠勝同様に殴り倒された。

「な、何なのこいつ!?今までの天狗とは力の桁が違う!」

 美智子は足を前に出す思考さえも衰え、震えた声を漏らす。たった1人で敵の半数を返り討ちにした祥は蔑んだ口調で言い聞かせた。

「僕が修羅の孕み子と呼ばれる訳をようやく理解したか?僕にとって、お前らはただの"餌"に過ぎないんだよ。どんなに足掻こうが、最後は無様に喰われて終わるんだ。今までの家畜同様にな?お前らはどんな断末魔を響かせてくれるんだい?早く、僕のために聞かせておくれよ?」

Re: 逢魔時の聲【オリキャラ・イラスト感謝!】 ( No.91 )
日時: 2024/05/05 20:15
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 忠勝が苦痛に抗い、立てた太刀を杖代わりに何とか立ち上がった。祥がそれを見て関心してるのか見下してるのか、判断に迷う感想を述べる。

「へえ?僕の拳を受けて無傷でいられるなんて驚きだ。人間にも妖怪みたいな奴がいたんだな?」

 忠勝は太刀を中段に構えると、キッと睨んで声を鋭くして言った。

「戦の要はこれからだ・・・・・・!」

 殉聖の太刀の柄を強く握りしめ、気を一点に集中させる。白銀の刀身が眩く輝き出し、周囲の至る場所から寄せられた霊魂が太刀に取り込まれた。忠勝の足元に広い魔法陣が浮かび、破魔の刃は巨大な聖刀と化す。

 神力覚醒に祥は多少は驚愕を示すも、好戦的な苦笑を口が形作った。忠勝は立ち位置から姿を消し、先ほどとは比にならない神速の勢いで斬りかかる。祥は軽い身のこなしで聖刀の直撃を免れるも、斬撃の形に添った衝撃波が背後の玉座を破壊した。巨大な建造物が倒壊する様を目の当たりにし、流石の祥も狩られる恐怖を始めて芽生えさせられた。

「ちぃっ!ただの人間風情が小癪な!」

 祥は得意の俊敏性を活かして接近しようとするが、相手の猛攻が激しく容易に近づけない。その時、破魔の白炎が衣服に燃え移り、全身が烈火に包まれた。

「ぐぬっ!?ひ、ひぃっ・・・・・・!ひぎゃああああああああ!!」

 祥は悲鳴を上げながら慌てふためき、燃える衣装をただれた皮膚ごと強引に脱ぎ捨てた。健全な面影は消え失せ、その姿は火に焼かれた男児にしか見えない。火傷で焦げた血肉が露出し、醜い姿となった祥は怨讐の眼光を忠勝に向ける・・・・・・が、彼は何故か聖刀を振るうのをやめ、勝ち誇った顔を繕っていた。その訳を背後から押し寄せた気配で悟った。振り返ると頭上から大鎌を掲げる夕日の姿が。

「忌龍丸っ!!」

 主人の命令に狼の守護霊は大鎌に憑依し、禍々しい妖鎌と化す。まともな身動きができず、三日月の刃が背中をザックリと裂いた。更に悲鳴を上げようとした直後、太い両刃の剣が心臓に突き刺さり、腹部から腰元を貫通した。自身の体に刺さった刀身を辿って顔を上げると、ゼイルがうんと強気な顔を近づけ

「さっきのお返しだ!フリードの剣は胸(心臓)に響いたか!?」

「が!げぼっ!・・・・・・げっ!」

 致命傷の連鎖に咳き込む度、黒い体液を大量に垂れ流す。色が濃かった目が虚ろになり、ゼイルの上に覆い被さった。

「やった!」

 勝利を確信し、歓喜した鈴音はぴょんと飛び上がった。床に粗暴に捨てられた妖の亡骸の元へ忠勝達が集う。
海李もあぐらをかくと悔しそうに鼻血を腕で拭う。

「ててて!ったく!俺の活躍なしに幕引きなんてつまんねえな!・・・・・・まあ、でもよ!いっか!また1人、天狗を倒せたんだからよ!」

「またもや、多大な武功を立てましたね。修羅の孕み子と言えども、力を解放した宝刀には歯が立たなかったようです」

 忠勝が太刀を鞘に収め、後ろから称賛を送る夕日と穏やかな笑みを重ね合わせた。

「祥を亡き者にしたわね。脅威は排除した。早く義尋様をお救いすべきだわ」

「ええ。これで麓の村も救われるはず。ジェルメーヌさん達を迎えに参りましょう」

 千夜の後にファゼラルが言葉を付け足し、隣にいた石舟斎も真剣に頷いた。夕日は吊された牢獄を切り落とそうと大鎌を担ぎ、義尋の元へ向かう。

(妙にすっきりしないな。修羅の孕み子。これ程悍ましい異名を持つ高等妖怪がこんな簡単にやられるものなのか・・・・・・?)

 忠勝はどこかぎこちない胸騒ぎを覚えていた。精鋭達の視線が義尋へ注目する中、彼だけが真逆の方向へ顔の向きをずらす。刹那に瞳孔が狭まり、気軽な表情が一変した。

「蒼真っ!!」

 忠勝の一喝に海李達はビクッ!と身震いし、視線の先を一致させた。目に飛び込んだのは真後ろで祥の惨殺死体が無防備な妖狐に"獄斧"を振り下ろそうとする姿。

 石舟斎がとっさに味方の間を駆け抜け、両者の間に回り込む。手練れの一振りに阻まれ、蒼真の後頭部はかち割られずに済んだ。

「う・・・・・・うううぇぇ・・・・・・」

 人なら、とう落命する程の致命傷を負っても、祥はかろうじて命の糸を繋ぎ止めていたのだ。子供が拷問にかけられたような悲惨な姿は見るに堪えず、血の気が引いた鈴音もさっきとは異なる理由で恐怖を抱く。

「これだけの傷を負っても死ねないなんて・・・・・・自分が人である事に有り難みを感じてしまうわ」

 仇なす者に対しては常に非情でいられる千夜も睨んだ瞳に哀れみが宿る。石舟斎は次は祥の首を刎ねる目的で刀身を振り上げた。

「悪行三昧を尽くした化け物とは言え、苦痛を長引かせるのは可哀想だ。武士の情けとして死を早めてやろう」

「ぇ・・・・・・うぇぇぇ・・・・・・まだ・・・・・・だ・・・・・・獲物を喰らうのは・・・・・・はいつだ・・・・・・って僕の方・・・・・・だ・・・・・・」

 祥は激痛に抗い、薄気味悪く笑うと左の拳を開く。手には黒い妖気を帯びた金塊を握っていた。

「む?あの石は・・・・・・」

 蒼真は、その小石がかつての天狗達が手にしていた黄金の魔石だと気づく。

 祥は躊躇いなく魔石を胸部に埋め込むと、胸部に根付いて宿主と一体化した。途端に瀕死の妖は耳が裂けるくらいの雄叫びを響かせ、目は赤黒く全身の血管が太く浮かび上がる。どす黒い妖気が一気に放出され、常闇の霧が一帯を吞み込んだ。

「なっ!?こ、この力は・・・・・・!?」

「・・・・・・あっ!ぐうぅ・・・・・・!体が痛いよ・・・・・・!」

 忠勝達は満足に目蓋を開けられず、ジリジリと後退させられる。異質な力に千夜は自由意志が利かなくなり、美智子が痛感に蝕まれた体を押さえ蹲った。

Re: 逢魔時の聲【オリキャラ・イラスト感謝!】 ( No.92 )
日時: 2024/05/28 06:01
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 祥は死ぬ間際の妖怪ではなくなっていた。細身だった体格は筋肉で盛り上がり、皮膚一面に呪詛のような刺青が浮き彫りになる。健全を通り越し、遥かに強大な力を身に宿したのだ。

「この俺をいたぶったのはお前らが初めてだ・・・・・・殺し甲斐がある餌がようやく現れやがったかぁ!!」

 祥は美智子を標的に獄斧を振り上げた。千夜がとっさに彼女の忍装束の襟を掴んで跳び下がる。

「くっ・・・・・・!皆、離れて!分散しなさい!」 

 千夜の指示で忠勝達が散開した直後に刀身が地面に叩きつけられる。天変地異に等しい地響きが起きて一帯が全壊してしまいそうなほどに激しく揺れ動いた。宮殿の柱の一部は倒壊し、地面に空いた大穴が削れて広がっていく。圧倒的な破壊力を前に不知火達の表情が凍り付いた。

「あの魔石は体内に取り込んだ者を"邪鬼神"に変える呪石だったのか。もしや、これが修羅の孕み子の真の正体・・・・・・!」

 蒼真が知ったばかりの真相を口にした。忠勝は再び神力を覚醒させ、太刀と獄斧を存分にぶつけ合う。最初は互いの勝敗を譲らない互角の一騎打ちに見えた。しかし、邪の黒霧は聖の浄火を徐々に打ち消し、やがて忠勝は圧倒されていく。そして、より力がこもった一撃を体に直撃し、胴体を裂かれた。

「え。忠勝が斬られ・・・・・・?」

 眠気に苛まれた横たわる忠勝の姿に精鋭達は怪訝な顔を繕う。彼の体は血飛沫を吹き出しながら、背中から地面に叩きつけられる。石舟斎に名を叫ばれるが、その声は耳に響かず、痛みが消える感覚と共に視界が途絶えた。

「"火遁砲"」

 千夜は召喚した大筒を構え、ひと際大きい火遁の火弾を撃ち込む。祥は素早い身のこなしでかわすと思いきや、砲撃をその身で受け止めた。砲弾が炸裂しても擦り傷すら負わなかった。ライゼルは足止めを謀ろうと護身術を発動するが、祥の突進に結界の壁を打ち砕かれ、豪腕が彼女を捕らえようとした。

 前に立ち塞がった夕日が大鎌をぶつけ、魔の手の先を強引に逸らした。阻害で生じた僅かな隙を逃さず、蒼真とゼイルが両脇から祥の脇腹に刀剣を深々と突き刺した。体内を抉った刃先は貫通し、流血が溢れ出る・・・・・・しかし、祥は痛感に悲鳴を上げるどころか、愉快な面持ちを繕っていたのだ。

「痛がるとでも思ったか?くくっ・・・・・・くひゃひゃひゃひゃ!!」

 祥は致命的な傷を物ともせず、平然と嘲笑った。直後に肘でゼイルの顎を打ち、鎧を着込んだ狂戦士の体が宙に浮く。妖刀が突き立てられたまま、蒼真を片方の豪腕で取り押さえ、鋭利な爪で顔面を引っ掻いた。

「があああああああ!!・・・・・・ああああ!!」

 顔中が血に染まった蒼真が泣き叫んで暴れ狂う。祥は容赦など意に介さず、妖狐の赤い泣き顔をじっくりと眺める。

「くくくっ・・・・・・いい顔だ。苦痛で鳴き喚く餌が何より好きでたまらないんだ。眼球を突いたら、次はどんな風に鳴いて・・・・・・あ?」

 鬼の快楽に夢中になりかけた祥の台詞が途切れ、ある物に気がつく。

「"黒牡丹(こくぼうたん)"・・・・・・何故、お前が妹の刀を?紬を殺して奪ったわけか。このドブネズミがぁ!!」

 鬼畜に逆上を重ねた祥が獲物の胴体をよりきつく締め上げる。肉が潰れ、骨が折れる音に合わせて再び悲鳴を張り上げる蒼真。ふいに修羅の孕子の背中が折り鶴の群れに埋め尽くされる。

 それは美智子が繰り出した降神忍法奥義だった。折り鶴の先端は浅く食い込んだだけで皮膚すらも貫いていない。式神を使った大技を持ってしても修羅の孕子にとっては関心を引くだけの悪あがきに過ぎなかったのだ。

「そ、そんな・・・・・・千羽嵐穿舞でもびくともしないなんて!」

「誰だぁ!?俺の体に“紙“を貼り付けた虫ケラはぁ!!」

 瀕死に至った蒼真を地面に叩きつけ、祥の赤黒い眼光が美智子に向く。しかし、その最中にある光景を目撃する。祥の悪意が更に1つ芽生えた瞬間でもあった。

「忠勝くん!起きて!お願いだからぁ!!」

 鈴音が涙ぐんで横たわった忠勝の体を揺さぶっていた。しかし、どんなに必死になっても、彼の体は微動だにしない。爪で背中をなぞられ顔色が青ざめた刹那、鈴音は髪を乱暴に引っ張られた。

「捕まえたぁ♪」

 祥は意地悪な口調で言って、捕らえた付喪神を忠勝から強引に遠ざけた。

「ぎぃぃ!!い、痛い!痛いよ!やめて!やめてぇ!!」

「くっ!?て、てめっ・・・・・・!」

「うぐぅ・・・・・・っ!くそっ!鈴音に手を・・・・・・出すなぁ!!」

 ゼイルと海李が鈴音を助けようと飛び掛かるが、武器の先端すら届かずに拳が顔深くにめり込んだ。意識の大方が飛んだ2人は顔面から鼻血と歯を吹き出し、呆気なく返り討ちに遭う。

「あっ・・・・・・が・・・・・・ああ・・・・・・」

「海李くん!い、いやぁ!!」

「へへっ!随分、仲がいいんだな?この俺に楯突いた報いだ。お前の肉が裂かれるところをこいつに見せつけてやる」

「や・・・・・・めろぉ・・・・・・!」

 ゼイルが起き上がろうとするも、激痛に体が痺れ、本来の力が入らない。届くはずもない手を伸ばす事だけで精一杯だった。

「皆さん!ご無事でっ・・・・・・え?こ、これは!ひっ!ひぃああああ!?」

 そこへ城門へ残ったジェルメーヌが駆けつける。後ろには鞍馬天狗と彼女に支えられたアダムの姿も。3人が目の当たりにしたのは不知火の英雄達がことごとく蹂躙された惨劇の舞台。

「あ、あなた達!?来ちゃだめ!あいつはただの妖じゃ・・・・・・!」

 千夜が玉座の間から逃げるよう促すが、後頭部に衝撃が走って言葉が千切れた。"あ・・・・・・"と細い瞳孔が白目を剥いて熟練の忍びが崩れ落ちる。

Re: 逢魔時の聲【オリキャラ・イラスト感謝!】 ( No.93 )
日時: 2024/05/26 18:14
名前: マルキ・ド・サド (ID: FWNZhYRN)

 鞍馬天狗は疾風とも言える速さで玉座の足元にあった愛刀に触れ、抜刀する。鞘を捨てた刀身を手にで奴の真後ろに迫った。薄緑は狙った急所を両断しかけたが、裂け目はたちまち再生していく。素早い戦術も空しく、鞍馬天狗は鬼爪に体を深く削られ、海李の上に重なる。

「げひゃひゃひゃ!俺の餌場からは誰一人逃げらんねぇんだよ!死ぬ以外にはなぁ!」

 祥がゲラゲラと自分以外を嘲笑う。美智子もファゼラルも戦う意思を忘れ、2人の人質が引きずられる様を目で追う事しか為す術がなかった。

「死にたくない・・・・・・お願い・・・・・・殺さないで・・・・・・」

 女々しい命乞いをして泣きじゃくる鈴音とジェルメーヌ。自然と溢れ出る涙液さえも氷のように冷たく頬の感覚を狂わせていく。

 祥はガバァッ!と大口を開け、鈴音を頭から喰らおうとした。妖の唾液が汚らしく髪を垂れて流れ落ちる・・・・・・ふいに笛の音が醜い修羅場を包み込んだ。どこからともなく聞こえてきた旋律は心を魅了し、彼らの負を和らげる。

「この笛の音色はどこから?」

 ファゼラルが玉座一帯を見渡し、海李が違和感を覚える。

「またかよ?鈴音が吹いてんじゃなきゃ、誰が吹いやがんだ?」

 流れ始めた音色に興味がない反応を示す祥。しかし、不死身の肉体に訛りを感じた途端、異変が起こった。怠さを感じ始めた体が突如として激痛へと変化し、大量の邪気が体外へ放出された。

「ああっ・・・・・・!ぐっ!・・・・・・がああああ・・・・・・!」

 祥が苦しそうに唸る。やがて、皮膚に深いひびが入り、魔石を埋め込んだ胸部に到達した。眩い輝きと共に力の核は砕けて盛り上がった筋肉がみるみるうちに衰えていく。修羅の孕子は元の小柄な鬼子へ退行してしまう。

「ち、力が!?くっ!くそが!どいつの仕業だ!?」

 晩餐を邪魔されて機嫌を損ねた祥が笛を吹く人物を血眼で探した。すると、宮殿高くの窓辺に立つ小さな人影が視界に映る。童子が奇妙な形をした金笛を吹いていた。しかし、栢盛の戦いに助力した童子とは全く別人の姿だ。

「あ、あの野郎・・・・・・!!」

 童子の正体を知った途端、祥の殺意が一層に深まった。ジェルメーヌは人質に関心が逸れた隙に忍ばせる。豆状の小さな粒を鷲掴んで振り返った祥の口に押し込んだ。大量に粒を飲み込んで喉が詰まった咳を吐き散らし、怒りに任せて修道女を突き離す。

「げほっ!おぇ・・・・・・!!人間の分際でなめた・・・・・・う、うぷっ!うっ!ぐぅぅぅ・・・・・・!」

 喰らおうと目論んだ矢先、祥は表情が豹変し、健全な素肌が病人のように青ざめていく。強い吐き気を及ぼした瞬間、ドロドロした液体を大量に嘔吐した。

「うげっ・・・・・・うぉえええぇぇ!!」

 見るに堪えない様に言葉を失う美智子とファゼラル。忠勝達も自身等を散々苦しめた妖にも関わらず、表情は正直に憐みを描く。

「げぼっ!げっ!ぎゅぶ・・・・・・ごぉぽぇ!お、女ぁ・・・・・・うぇぇ!がっ!ぼこぉ!お・・・・・・れに何、を喰わせ・・・・・・たぁ!」

 鈴音の手を引き、仲間の元へ逃げ戻ったジェルメーヌが大きく告げた。

「"妖殺丹"を呑ませました!あの悪魔の肉体は体内から壊死していくはず!」

 祥は止まる兆しがない吐しゃ物を吐き散らしながら、ジェルメーヌに対して強い怨恨を募らせる。この期に及んで2人を捕まえようとが、黒い影が行く手を阻んだ。祥の視界の大半が血飛沫で覆い尽くされ、足元で硬い音が鳴る。見下ろすと獄斧を握った自身の腕が生々しく痙攣してしていた。

「ぎいぃっ!?ひぎゃああああああ!!」

 先が短くなった右腕を押さえ、絶叫する祥。繕う表情はあまりにも痛々しく、同情さえをも誘ってしまう程に悲惨な有様だった。修羅の孕子と対峙する突如として現れた勇ましい若武者。顔は知らずとも、彼が握る太刀を見て衝撃と確信が同時に走った。誰もが一瞬の疑いの末、事実を悟る。


『"これ以上、悪鬼の好きにはさせん!我は平桃右衛門栢盛!一族を守れなかった無念を晴らさん!"』


 それは"人"として現世に再臨した栢盛の和魂(にきみたま)だった。彼は不知火達に加勢し、一族を滅した妖を斬る。生前に味わわされた屈辱を見事に晴らして見せたのだ。

「がっ・・・・・・おの・・・・・・れ・・・・・・くそ!ぐぶぅっ!?ぎゃあああ・・・・・・!!ぁぁぁ・・・・・・!」

 手を緩めず、忠勝と鞍馬天狗がそれぞれの太刀を腹部に捻り込ませた。刀身の先を背中から生やした祥は今や安楽死を求め、苦痛に悶えるだけの鬼子と成り果てる。

 そこへ素早い影が一筋の光線と共に過った。忠勝の頭上に鮮血が降り注ぎ、硬い感触が肩をなぞって地面に転げ落ちる。切断面から血飛沫を噴き上げる妖を背に黒牡丹の刀身を赤く濡らす蒼真の姿が。

「が・・・・・・げっ!い、いや・・・・・・だ・・・・・・さゆ・・・・・・りねえ・・・・・・」

 妹の形見で首を刎ねられた祥は姉の名を遺言に二度と微動だにしなくなった。それは修羅の孕子が、遂に奈落へと堕とされた瞬間だった。蒼真は黒牡丹を手放し、ふらふらと3歩進んだ先でどっ!と冷たい石床に横たわる。


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