複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

新世界のアリス【完結】
日時: 2021/09/10 20:32
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)

はじめまして、転生モノがやりたいのでスレ立てしました。
気まぐれに更新する予定です。
ギャグ寄りのシリアスなストーリーを目指します。


2021.09.01 「小説カキコ 小説大会2021・夏」にて銅賞を受賞いたしました!



>>1>>37 登場人物
>>2 地名と用語


・本編

プロローグ>>3-6

Act.1 新世界の歩き方
1章 >>7-9
2章 >>10-13
3章 >>14-21
4章 >>22-25
5章 >>26-29

Act.2 美しき海には毒藻がある
6章 >>30-36
7章 >>38-42
8章 >>43-47
9章 >>48-53
10章 >>54-57 
11章 >>58-63
12章 >>64-68

Act.3 妖精達の演舞ロンド
13章 >>69

お知らせ >>70

Re: 新世界のアリス ( No.21 )
日時: 2021/07/14 00:04
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)


 アリスが目を開けると、木製の天井が広がっていた。体が痛い。頭も寝ていたからか、ぼんやりしている。額には濡れている何かがある。……それを手に取ろうとすると、腕ではなく身体が悲鳴を上げて激痛が走った。

「うっ……」

 アリスはそんな声が漏れる。その声に反応したのか、腹に覆いかぶさって寝ていた誰かがゆっくりと起き上がった。
 目が合う。目元が真っ赤に腫れており、涙の跡が頬にびっしりついていたギンが、こちらを見ていた。

「……りゅ……」

 ギンはアリスの顔を見るや否や彼に飛びついて抱きしめる。

「龍志いぃぃぃぃぃ~~~~っっ!!!!」

 ギンは、大粒の涙を流しながら泣き叫ぶ。近所迷惑だとか、アリスの事を構わず涙を流しながら大声を上げていた。

「すまんかった、わしが、わしが不甲斐ないばっかりにぃぃぃぃ~~~~っっ!!!!!」
「わ、わかった、わかったから離れてくれ。身体が痛い」
「や~だ~の~! もうちょっとこうしてたいもん~~~っ!!」
「だから、体が痛いって――」

 そんな二人は、部屋に入ってくる存在に気が付かず、ギンはおいおいと泣き叫び、アリスは彼女を引きはがそうと必死に抵抗する。

「お邪魔だったかしら?」

 部屋に入ってきたのは、イレーナだった。お盆の上に冷水の入ったグラスと温かいスープがある。どうやら、ギンが騒いでいるのを聞きつけて、食事を持ってきたらしい。

「いや、すまん。ギンはちょっと寂しがり屋なんだ」
「ちょっと、ね。まあいいわ」

 イレーナはそういうと、室内へと入り、アリスのベッドの隣にある机にお盆を置くと、その傍に置いてあった椅子に座り、アリスを見る。

「どう、体は?」

 イレーナがそう聞くと、アリスは首を振る。

「激痛が走ってまともに起き上がれんな……」
「ま、前も後ろもパックリやられたしね」
「初めての経験だ……」
「でしょうね」
「そうだ、俺が倒れてどれくらい経った?」
「ざっと2日程度。1日くらい熱が引かなかったから心配してたのよ。お医者様も呼んできて大変だったんだから」
「……すまない」
「構わないわよ、竜殺しに出会って生き残ったんだから、儲けものだわ。どう撃退させたかは知らないけど、よくやったもんだわ」

 そんな会話が続くと、ギンがスープの椀とスプーンを手に取って、スープを掬い、アリスの口元に近づける。

「ほぉれ、龍志ぃ。あ~んっ♪」
「屈辱だ……」
「ほれほれぇ、体が動かんのじゃろ~?」
「ふぅ……」

 ギンの言う通り、体が動かせないので、とりあえずされるがままに口を開けて、スープを口に運ぶ。味は野菜が溶け込んだ、とても美味しいコンソメスープだ。アクセントに細かく刻んだベーコンも入っている。

「このスープは一体誰が?」
「ララよ。あの子、料理の腕は王都の主婦並だから」
「それは褒めているのか……?」

 アリスがため息をつくと、今度は水を差しだされ、口にする。
 冷水のおかげか、少し頭が冴えてきて、気になったことをイレーナに尋ねた。

「ジャンとカーラは? ヘンゼルとグレーテルも無事か?」
「ヘンゼルさんとグレーテルさんは軽傷よ。あなた達を運んできてくれたわ。ジャンとカーラは――」
「無事なのか?」

 イレーナが少し悩んだ後、頷く。

「一応、無事よ。肉体的にはね」
「……どういう意味だ?」
「ジャンは精神的に参ってるわ」

 イレーナがそういうと、アリスの包帯だらけの体をとんっとつつく。少しつつかれただけなのに激痛が走り、アリスは「ぐっ」と声を思わず出してしまった。

「あなたにこんな深い傷を負わせてしまった……って悔やんでいるのよ。普段は平静を装ってあんなキザっぽいこと言ってるけど、本当の彼はね、誰かが傷つくのを極端に嫌がる熱血漢なのよね。意外でしょ」
「……イレーナは、ジャンの事をどこまで知っているんだ?」
「私より、ララの方がよく知ってる。ジャンとカーラの育ての親の親友だったし、代わって二人を育ててたから」
「そうか、わかった」

 アリスはそういうと頭を下げる。

「で、あとね」
「ん?」
「あなた達は全治2週間で、私の店で安静にしてもらうことにしたわ。あなたの傷は「魔剣」の傷だから、なかなか簡単には治らないのよ」
「……そんなにか?」

 2週間も足止めを食らうのかという落胆と、ドタバタしていたからやっと休めるという安堵がまじりあい、アリスは複雑な気分になる。

「歩けるようになったら、王都を散歩してみるのもいいんじゃない? 運動がてらにね」
「いつ歩けるようになる?」
「それはアリス君の努力次第でしょ」

 イレーナにそういわれると、アリスは俯いた。

「じゃ、ごめんなさいねギンさん、お邪魔しちゃって」
「かまへんかまへん、わしゃ空気の読める雪女さんじゃからの!」

 イレーナが部屋から出ると、ギンがアリスに向き直る。

「龍志、あの男をどうやって退いた? 我らを逃がさんとする奴が、理由もなく撤退するはずもない。どんな手品を使った?」

 ギンがそう尋ねてくるので、アリスはギンに顔を向ける。

「誰かの声が聞こえたんだ」
「誰か?」
「ああ。腹部に隙間があるから、持っている剣を彼の腹部に突き刺せ……ってな」
「どこのどいつじゃ、そいつぁ」
「わからない。だが、そいつのおかげで命拾いした事実は変わらんな」

 アリスがそうつぶやくと、外を見る。日が高く、外から車のエンジン音や機関車が走る音、人々の靴の音が混じって耳に入ってくる。不思議と安心できる音だった。

「ギン……俺はまだ半人前だな。痛感したよ」
「当たり前じゃ……まあ、わしもかもしれん。お主がおらんと、なんもできんよ」

 ギンがそう言いながら肩をすくめた。

Re: 新世界のアリス ( No.22 )
日時: 2021/07/25 09:05
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: .tpzY.mD)

4章 閑話


 アリスが動けるようになったのは、その2日後。その間はギンに「あ~んっ♪」されながら体力を取り戻しつつ、「ララ特製万能軟膏(仮称)」を傷口に塗り込み、痛みに耐えながら過ごしていたら、なんとか歩けるまでにはなってきた。なので、その日は街を歩くことにした。
 ララは、アリスやギン、ジャン、カーラの服が修繕不可のボロ雑巾になってしまったので、全く同じ服を知り合いの仕立て屋に依頼したらしく、アリス達で引き取りに行ってほしい。とアリス達に頼んだ。リハビリも兼ねての外出の為、ギンの他にジャンとカーラもついてきていた。
 ジャンはイレーナが言っていたほど、そこまで落ち込んでいるわけでもなく、ケロっとした顔である。流石に、アリスの痛ましい姿を見た瞬間は、表情に陰りがあったが。それでも、アリスが「気にするな」と言い、ギンも「むしろジャンのおかげで龍志の手取り足取りお世話ができるようになった」などと意味ありげな発言もあり、ジャンはいつもの彼に戻っていった。
 さて、ララの知り合いの仕立て屋へと向かう途中、アリスはジャンとカーラに王都について尋ねた。

「王都は広いな。どれくらいの人間がいるんだ?」
「ん~。大体900万人くらいかな。都市部だけでもね」
「わお、すっごいのう!」

 ギンは驚いて声を上げる。確かに王都はかなり広く、様々な人種が周辺を歩いている。大体は人の姿をしているが、獣の耳やしっぽ、中には顔つきが獣のようで毛深い人間もいる。そして羽の生えた人、角や竜の鱗に覆われている人、小人のように小さい人、妖精のような蝶の羽を生やした人……人種のバーゲンセールのように数多の種族が目に入る。

「だが、「魚人種」だけはいないみたいだな」

 と、ジャンがこぼす。

「「魚人種」とは?」
「うーん……簡単に言えば、男を踏み台にする8割がヤベェ女の種族ってとこだな」
「そ、そんな言い方……」
「いや、その通りなんだな、これが。奴らは力がすべてで、女尊男卑の傾向がある。弱肉強食の世界で、常に闘争を求めるバイオレンス・レディなのさ」

 ジャンが遠い目をしながらそう語ると、カーラが補足してくれる。

「私達ね、「マーレミンド海賊団」っていう、マリンフォール透海自由国の防衛隊に目を付けられて、襲われたことがあるんだよ」
「海賊……お宝でも持ってたんかや?」
「違うよ、血の気の多い人たちだから、なりふり構わず目が合っただけで襲い掛かってくるヤバイ人たちなんだよ」

 カーラが「おそろしや、おそろしや」と体を震わせながらそういう。

「魚人というからには、なんか魚っぽくエラ呼吸とかできるんじゃろうか?」
「できるよ。だってマリンフォール透海自由国自体、大陸の南東に位置する超巨大ブルーホールが領地なんだもん。それに、魚人種は他の種族と違って、肌が乾燥していると弱っちゃうんだよ。だから海や川みたいな水辺にいないと元気がないんだよね」

 なるほど、とアリスが頷くと、ギンは肩をすくめた。

「ま、今はそのマリンフォールなんぞに行く予定はないからの、どうでもよいわい」
「そうだね~。まあ、行くとしたら、今の私たちの実力じゃ指先一つでダウンだね」

 カーラが笑いながらそういうと、ギンは驚いて反射的にカーラに顔を向ける。

「そ、そこまでなのかえ!?」
「うん、水中や水辺にいる魚人種一人で、街一個滅ぼせるくらいの戦闘力はあるんじゃないかな。一人につき戦闘力53万」
「歩く核兵器じゃな……油断してると後ろからバッサリじゃ」

 ギンがそういうと、カーラは「どっちもどっちも」とつぶやく。

「それより、ララの知り合いの仕立て屋というのは、どっちに行けばいいんだ?」
「ん~、こっちだと思うんだけど……」

 カーラがそういうと、路地裏に入る。ジャンが「絶対違うだろう」と呆れて肩をすくめる。

「うーん、久しぶりに会う人だし……」
「王都には詳しくないのか?」

 アリスがカーラに尋ねると、カーラは首を振る。

「一応都市部は把握してるけど、全部は覚えてるわけじゃないんだよ。アリス君だって、自分の住んでる街のすべてを知ってるわけじゃないでしょ?」
「む……言われてみれば」
「しかし、どうするんじゃ? 路地裏に入ってしまうなんぞ――」
「ねえ、そこの人」

 突然声を掛けられる。
 アリス達が声のする方を見やると、そこには深緑の大きなシルクハットを被った少女がこちらをニヤニヤと笑いながら見ていた。

「なんじゃ、このジャリガールは?」
「私はフェイザ・ポールマン。しがない帽子売りだけど、ジャリガールはひどいな。そんな君にこんなプレゼンツ」

 フェイザがそういうと、ギンに何かをかぶせた。「わっぷ」と悲鳴を上げてギンがそれを見ると、黒いキャップであった。

「ど、どういう意味なんじゃこれは……」
「キャップが似合うガキが、私をガキ扱いするなってことで」
「お前はなかなか見どころがあるな」

 フェイザのギンへの対応にアリスが感心しながら言うと、またもやフェイザはアリスに向かって何かをかぶせる。アリスはそれを見てみると、黒いうさぎの耳のようなリボンであった。

「ウェルカム トゥ ワンダーランド。ミスターアリス」
「なぜ俺の名を……」
「知り合いのパピーに聞いたんだな、これが」

 フェイザの独特の言い回しに、アリスは頭を抱え始めた。
 そこに、カーラが「うーん」と頬を人差し指で当てながら唸り、そして、その人差し指でフェイザを指さす。

「帽子、全然似合わない」

 カーラの一言に、フェイザは思わず「えっ」とこぼす。予想外の指摘のようだ。

「だって、なんか似合わない帽子を被って、わざとわかりにくい言い回しして自分を偽ってる感じする。やめた方がいいよ、"うさぎさん"」

 フェイザはしばらく黙り、突如拍手をカーラに贈った。

「なるほど、君は面白い子だね」
「え、へへ。それほどでも」

 突然褒められてカーラは笑みを浮かべながら照れている。

「カーラの前では嘘も偽りも意味をなさない。しかも嘘をつけない性格なんだ。せっかく隠していたみたいだが、すまないな、ミス・ハッター」
「いーや、構わないよ。嘘も偽りも重ねても真実は必ず浮いてくるもんさ」
「油みたいだね」

 フェイザの言い回しにカーラはけらけら笑っていた。

「で、お主は何しに来たんじゃ? がっかり担当?」
「いや、猫ではないけど迷子のアリスを案内してあげようと思ってね」
「普通にしゃべれんのか」

 彼の独特の言い回しにギンは半目でそう返す。

「ジャン、キャラが若干被ってるね」
「よせよせ、俺のとは違うだろう」

Re: 新世界のアリス ( No.23 )
日時: 2021/08/18 15:29
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)

 フェイザは今まで座っていた、汚れた木箱から降りると、皆の前まで歩み寄ってくる。

「で、どこに行きたいんだっけ?」

 彼がそう尋ねてくるので、カーラはララに渡された地図が書かれたメモを見せた。フェイザは「ふぅん」と一言言うと、街の大通りを指さして笑みを浮かべる。

「こっちは違うね。君らの目的地は人々が集う光ある場所さ」
「普通にしゃべってくれ」

 フェイザの奇妙な言い回しにいい加減うんざりしてきたアリスがそういうと、「おお、すまないね」と悪びれる気もなく謝罪した。

「ねえフェイザ君。お店の場所がわかるなら案内してくれると嬉しいなぁ」

 カーラはそう笑みを浮かべながらフェイザにそう頼むと、フェイザは頷く。

「構わないよ、どうせいつも茶会は終わりも始まりもなく続く」
「こいつ厨二病なのかえ?」

 ギンもそろそろうんざりしてきたのか、半目でそう言った。ジャンは咳払いをした後、「早く向かおう」と皆を大通りの方へと押し出した。












―――――













 フェイザの案内についていくと、彼はふとアリスを見る。歩けるようにはなっているものの、痛みが走るため、苦虫を噛み潰したような表情で一歩、また一歩と歩いている。

「君のその傷は……"魔剣"のものだね?」
「……"魔剣"か。そういえばイレーナさんも言っていたな。なんだそれは?」

 アリスがフェイザに尋ねると、彼の代わりにカーラが答える。

「前に話した、術式の開発者「ゴーテル」って覚えてる?」
「もちろん。魔法の使い手で、術式の開発で社会に大きく貢献したんだったな」
「うんうん、アリス君はいろいろ覚えてくれるから、教え甲斐があるね」

 カーラはアリスの返答に満足げに頷く。

「ゴーテルは当時、「魔女ゴーテル」って呼ばれてたらしくてね、魔王直属の魔法使いでもあったんだ。魔王に忠誠を誓い、魔王の為になんだってやった。殺戮、せん滅、拷問、人体実験、エトセトラ。彼女にとって、魔王は命を捧げる程の存在だったんじゃないかな」
「それも文献に載ってたのか?」
「うん。ゴーテルの手記と思われる記録に書いてあったんだって。まあそれはそうと、ね」

 水を差されたようにため息をつき、カーラは続ける。

「竜殺し君が持ってた「魔剣グラム」。あれは魔女ゴーテルが反乱軍を鎮圧するために作った「七刃兵器セブンスコード」っていう、星霊術や魔法を凌駕する「理から外れた力」を持つ殺戮兵器なんだよ」
「せぶんすこーど?」

 ギンは聞きなれない言葉を繰り返して、首をかしげる。

「この大陸に七つ存在する、七つの罪源の性質を持つ人間の前に現れる、意志を持った武器なんだって。「傲慢」、「強欲」、「嫉妬」、「憤怒」、「色欲」、「暴食」、「怠惰」。七つの強い意志に反応して、力を与える代わりに、その意志の隙間に入り込んで精神を食らうんだってさ。「精神汚染」なんて言われてるみたい」
「精神汚染……まるでエヴァみたいじゃな」
「コラ」

 ギンはこめかみに指をあてて「ん~?」という声を上げる。

「その精神汚染なんちゅーものを受けたら、人間なんかすぐおかしくなりそうなもんじゃが」
「うん、モノによっちゃ姿かたちすら変えちゃうんだ。最終的には精神は食いつくされて理性を失う。そしてやがて、人間ではなく魔物と化してしまう。魔女ゴーテルの負の遺産ってやつだね」
「なんちゅーか、説明不要のスケールのデカァァイ武器なんじゃな」
「ただし例外はあるよ。相応の精神力……つまり、逆に支配できるくらいの精神の強ささえあれば、七刃兵器セブンスコードの精神汚染は一切きかなくなるんだってさ」
「ほえ~」

 ギンは納得しながら腕を組む。

「で、グラムの他には何があるんだ?」
「確か、「ジュニパー」、「マジェ・フェンリル」、「ニディ・ヴェノン」「ヘッドイーター」「セフィ・スキア」「ジェド・マロース」だったかな。全部行方不明なんだけどね」

 カーラがそういうと、ジャンも会話に入ってくる。

「ま、あまり縁がない話だと思ってくれ。所持者は明らかに異常だからな。見ればアンダースタン。見たらエスケープ。そういう事さ」
「だが、ジャン……お前はあの男の話を聞いた瞬間、探しに行ったよな。なぜだ?」

 ジャンはアリスの質問に言葉を詰まらせる。マフラーで口元を隠してそっぽを向いた。

「それはアリス達には関係のない話だろう」
「……すまん、また余計な詮索をしてしまったな」

 二人の神妙な雰囲気の中、カーラがそれをぶち壊すように二人の肩を叩く。

「もう、ジャンのアホンダラ。さっさと吐いちゃえば楽になれるのに。それにアリス君も、質問ばっかでつまんないよ。……そうだ。アリス君達の世界の事も聞いてみたいな。どうなの!?」

 カーラが目を爛々と輝かせてアリスに顔を近づけ、息がかかる目の前まで迫った。

「い、いや……すまない、今はちょっとな」
「ん、あ、そっか」

 アリスがフェイザの方を見ながらそういうと、カーラも納得したように頷く。フェイザはというと、周りを見渡していた。こちらの事は知らぬ存ぜぬといった感じである。
 しばらく大通りの人だかりをかき分けて歩いていると、フェイザがある店を指さしてこちらを見た。

「あれだよ」

 その先には洒落た街並みにふさわしい、白い大理石の壁と磨き上げられたショウウィンドウのある店だった。赤いドアの前に看板が立ててある。ここがララの言っていた「知り合いの店」だろう。

「やっとついたようだな」

 ジャンはそういいながら、びしっと店を指さす。

Re: 新世界のアリス ( No.24 )
日時: 2021/07/19 00:47
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)


 小ぢんまりした店のドアを開けると、カランカランとベルの音が鳴り、奥から「はぁい」という声が聞こえてくる。
 すぐにどたどたという慌てたような足音と共に奥の部屋から、黒い服を着た女性が姿を現した。一行はその姿を見て戸惑いの表情を見せた。その女性は小さな店の雰囲気に似合わず、なんというか結婚式場から逃げ出したのかと見紛う程の、美しいウェディングドレスを纏っていたからだ。髪と瞳は黒く、黒い薔薇のカチューシャ、そこから伸びる薄く生地のよさそうなベール、左肩には黒い翼を着用している。
 ギンは「フェイザを超える厨二、現る!」と思わず叫んでしまった。

「……私ってそんなにひどいの?」
「ちょ、いきなり何なのかしら!? 他人をまるで痛い人みたいに!」
「えーっと、ここは結婚相談所ですか?」

 カーラが頭に手をやりながら、苦笑いしつつそう言うと、彼女は怒り心頭のようだ。

「違うわよ、ちゃんと仕立て屋! 看板見たでしょ?」
「だってお主、ウェディングドレス着てるし、もしかして奥は結婚式場でリハでもしておったんか?」
「してないわよ!」

 彼女は腕を組み、顔を真っ赤にさせる。

「すまない、こいつらの戯言はスルーしてくれないか」
「……まあ、色男に免じて、許してあげるわ」

 彼女はため息をつきながら、目を閉じてそういうと、腰に手を当てつつ、右手でアリス達を指さした。

「で、何の御用? あまり暇じゃないのよ」
「ああ、「ララ」って人から服の仕立てを頼まれたろ? それの引き取りにな」
「ああ、骨董屋さんの知り合いだったのね」

 彼女が頷いて奥の方へと歩いていく。そして、奥の部屋で何か会話をしていると、一人の老女と共に戻ってきた。

「おや、あんたらがララちゃんのお使いかいね?」

 老女は赤髪と白髪が交じり合った、老女というには若々しい見た目の女性で、眼鏡をかけ、シンプルなシャツとスカート、その上にエプロンを着ている、まさに素朴な見た目の人だった。狼の耳と尻尾があり、獣人種だということがわかる。

「ご部沙汰だな、「ノート」さん」
「ん……ああ、ジャン坊にカーラ嬢ちゃんじゃないか。5年ぶりくらいかね」

 ノートはそういうと、歯を見せて笑い、ジャンとカーラに近づく。

「知らない顔もいるようだね」
「そっちこそ、そのビューティフル・レディは誰なんだい?」
「ビュ……!?」

 黒い女性はジャンの軽口に驚いて、顔を赤らめる。ノートは「ははっ」と笑いながら腰に手を当て、奥の方へと案内しようとする。

「ま、話が長くなりそうだしね、奥でお茶でもしながら話そうじゃないのさ。いいだろう「クウ」?」
「ええ、構いませんよ」

 クウと呼ばれた女性が頷くと、突如フェイザが両手を上げて自分をアピールし始める。

「そいじゃ私はこの辺で失礼させてもらうよ。帽子屋はお役御免って感じでね」
「なんだい、フェイ。あんたの好きなビスケットとアールグレイを用意してんのに。帰っちまうのかい?」
「う……心は揺れ動きそうだが、私は紅茶は「紅茶華殿こうちゃかでん」と決めているので。あと、それに合う茶菓子は「クリームコロッケパフェ」以外認めないことにしている。0.5ミリメートル前にそう決まりました。というわけで、失礼するよ。サラダバー!」

 フェイザが早口でそういうと、外へ走り去っていった。

「うぅん、あまり相性が良くないみたいだねぇ」
「以外によくしゃべるな……まあいいか」

 ジャンがそういうと、肩をすくめた。












 奥の部屋で、ノートはクウ……「クウ・ヴィクション」を紹介した。詳しい事情は話せないが、とりあえず匿っているらしい。

「ふぅん、まあ、そういった曰くつきは珍しくもないか」
「ふふん、秘密多き女……惚れたかしら?」
「すまんが俺は黒より白派なんだ。純白レディに悪い人はいない。それ絶対信条」
「……ごめんね、悪気があるわけじゃないんだ」

 カーラがそういうと、クウのドレスを足元から頭のてっぺんまで舐めるように見回す。

「な、なにかしら?」
「ん、なんだか男に逃げられた感あるね」
「!?」

 クウはカーラの指摘に目を見開き、驚いて慌てふためく。

「ど、どういう意味よそれ!」
「すまない、カーラはちょっとアレなんだ」

 ジャンがそういい、「まあまあ」とアリスが割って入る。

「あまり怒るのは良くない。美人は怒りで顔を歪ませるより、笑顔で輝かせるほうがいいと思うぞ」
「……あなたはお上手なのね」

 アリスのフォローに、クウは顔を赤らめて照れている。

「龍志、女性経験皆無のくせになんじゃその天然タラシっぽい発言は。わしには言ってくれんのに!?」
「ああ、歳を考えろ」
「ホアアアアァァァァイ!?」

 ギンがダンッとテーブルを叩いて立ち上がりながら叫ぶ。テーブルは衝撃でひっくり返りそうになり、カップの紅茶がガタンと揺れ、ノートが「ああ、もったいない」とテーブルを抑えている。

「そ、それよりもだ。ララからの依頼の品。あんたたちのだね? とりあえずさっき全部終わらせたところだから、着てみなよ」

 ノートがそういうと、クローゼットの中から4着の衣装を取り出し、テーブルに並べた。アリスには赤いジャケットと灰色のベスト。ギンにはジャージとブラウス。ジャンには黒いコート。カーラには白いジャケットと灰色のコート。それぞれのいつもの普段着であった。





 早速着替え終わり、4人はいつもの服に安心感を覚え、自然と口元に笑みをこぼす。

「ふぅん、よく似合ってるねぇ」
「そうね、ま、なかなか似合ってるんじゃないかしら?」

 ノートとクウがそういい、カーラは「やったぁ」と歓喜の声を上げた。

「ありがとうございます、ノートさん」
「いんやあ、仕事はきっちりしただけさ。とりあえず、術式を施してあるから、滅多なことじゃ裂けないと思うよ」

 ノートがそういうと、アリスのジャケットを引っ張り、裏地を見せる。裏地にはアリスにはよくわからない紋の刺繍が施されていた。これがおそらく術式なのだろう。

「今度は長持ちするはずだからね」
「服に術式を施すのは、よくあることなんですか?」

 アリスがふとそう聞くと、ノートは首を振る。

「いや、うちだけさ。うちは戦闘服やら軍服を作る仕立て屋でね、王都はもちろん、他国のお偉いさん方が依頼に来ることも珍しくないね」
「ふふっ、聞いて驚きなさい。蒸機王国の軍人の制服はすべて師匠作なんだから!」

 クウがまるで自分の事を話すようにそういうと、腰に手を当てて鼻を高くしている。

「クウのウェディングドレスもノートさんが?」
「これは私の自作! 美しく、でも時に激しく。蝶のように舞い、蜂のように刺す。武器にも使える、まさしく逸品なのよ」
「どうやって戦うの?」

 カーラの質問に、クウは「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに腕を組んだ。

「服から無数の糸を射出するのよ。優雅にね」
「……糸。まさか、白い影と関係が?」

 クウの話を聞いて、アリスが顔をしかめる。

「落ち着けお怒りエージェント。そもそも白い影は子供だ。彼女は子供という程小さくもないだろう?」
「……すまない、神経質になっていたようだ」
「……白い影とは関係ないさ。それはあたしが保証するよ」

 ノートが紅茶を啜りながらそういうと、クウも頷く。

「むしろ、白い影は敵よ。あいつは小さい村を襲っては、誰かを連れ去る悪い奴なんだから」
「それには同意じゃ」

 ギンは頷く。

「ま、ブラックレディはノートさんの弟子みたいだし、そこは安心してくれてもいいんじゃないか、アリス。俺たちも保証するよ、ノートさんは悪人じゃないってな」
「ああ、そうだな。失礼しました」

 アリスは深々と頭を下げると、クウは「わかってくれればそれでいいのよ」と言い、ノートも「そうそう」と同意した。



「おや、ちょっと話し込んじゃったね。もう夕方だよ」

 ノートが窓の外を見ながらそういい、アリス達もつられて窓の外を見る。窓の外から夕陽色の陽光が差し込み、部屋の中を照らしている。

「長居しすぎたみたいだな。そろそろ帰るぜ、ノートさん」
「ああ、ジャン坊。またいつでも遊びに来な」
「ま、私も待ってなくはないわよ?」

 クウがそう腕を組みながらふふんと笑った。

Re: 新世界のアリス ( No.25 )
日時: 2021/07/20 00:42
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)

 仕立て屋から出ると、夕日が街を照らしており、人々がせわしなくそれぞれの目的の為に動いている。遠くから鐘の音が鳴り響き、時間を知らせていた。アリスはふと、路面を走る汽車が走っているのを見る。

「路面汽車といった感じか」
「ちん――」
「それ以上言ったら百叩きだぞ、ギン」

 ギンはそれを聞いて震えあがり、「堪忍して!」と叫ぶ。

「この蒸機王国じゃ珍しくないよ。大き目の街にならほとんどの場所にあるし、自動車が高価だから利用客もかなり多いんだ」
「イレーナさんのは――」
「あれは自作だって。イレーナは仕事で使う物は自分で作るって言ってたし。……いや、この大陸のほとんどが道具や武器は自分で作るよ。昔、魔王の圧政が敷かれていた「暗黒時代」には、物価が高くて、物資なんかはほぼほぼなかったらしいし。その時の名残で、自分で作るって発想が生まれたのかも!」

 カーラの話に、アリスは納得する。

「ジャンも武器やバイクは自作だったな」
「そうだぜ。ま、頼れる人が全くいなかったのもあるんだがな」
「いずれ、お前の過去も聞いてみたいもんだ」
「そりゃお互い様だぜ、ミスター・アリス」

 二人は顔を合わせると、にっと笑いあう。その様子にカーラはニコニコしながら「いや~友情だねぇ」と言った。

「男同士ムンムンしとらんで、さっさと帰るぞ~」
「なんだそれは」

 ギンの意味ありげな言葉に首をかしげていると、ギンがアリスの腰をスパンッと叩いて「早く帰るぞ!」と繰り返して急がせる。












――――――













 イレーナの店の前まで戻ると、イレーナとララが出迎えてくれた。

「おかえり、皆。ノートも相変わらずいい仕事してるわね。かなりの再現度じゃない」

 イレーナが4人の服装を見てうんうんと頷く。まるで再生させたかのように作り直された服を見て満足しているようだ。

「おかえり、お前ら。イイカンジだな、雑巾みたいなボロを渡した割に、完璧な仕事ぶりだ、流石ノート」
「あとはあなた達の武器ね。まあ、ただ直すのも面倒だし、今改造するための設計図のラフを描いてたところでね……」
「ん、改造?」

 イレーナの言葉にギンが首をかしげる。



 4人の武器はシグルズとの戦いでほぼほぼ壊れてしまっていたため、イレーナが修理してくれるとのことらしい。さらに、修理ついでにいろいろ機能を追加しようと考えているらしく、イレーナは4人に設計図のラフを見せていた。

「まずジャンのは銃にブレードを付けようと思ってるの。そして、二つの銃を合体させる複合タイプ。どうかしら?」
「ん、ナイスなアイデアじゃないか」

 ジャンは概ね満足げに頷く。

「次にカーラ。大剣に少し手を加えたいけど……」
「んん、イレーナ。私、すぐ物壊すからなるべくシンプルにしたいんだけど」

 カーラは唸った後、困惑したようにそういった。

「安心して、複雑な構造にはしないわ。ワンタッチで刃のブーメランが飛んで戻って大剣にくっつくよう設計するから」
「おお、なんかかっくいい!」

 イレーナの説明に、先ほどまでの不安が払拭され、目を輝かせるカーラ。

「ギンさんは、そうね。あの不思議な杖の再現は無理そうだけど……なんとか頑張ってみるわ。それと、サブ武器に二丁の拳銃もつけておくわね」
「ほっほう! そいつぁグレートじゃぜ!」

 ギンはそういうと、身を乗り出して机をたたき、イレーナに顔を近づけた。イレーナは「顔近い」とギンの顔を押しのける。

「で、アリスさんのは、昔存在してた「東郷」って場所の一般的な武器に似てたからそれに近づけたわ。あと、もう一本細身の剣もおまけにつけておいたし、ギンさんとおそろいの二丁拳銃も付けておいたわ」
「大盤振る舞いだな……」
「そりゃ、あなたが一番ひどい傷で帰ってきたんだもの。いろいろサービスしておかないと、ジャンの男友達だしね」

 イレーナがそういうと、にっと笑う。アリスはというと、「武器を増やしても使いこなせないとなぁ」とつぶやきながら頭を抱える。

「ま、どれもこれも1週間以内に完成させるから。その間は安静にお願いね。あ、近場なら王都を歩いても大丈夫よ。むしろ、歩かないと体力がつかないから」
「わかった。何から何までありがとう、イレーナ」

 アリスがそう言いながら頭を下げると、イレーナは手を振り、顔を赤らめた。

「別に、ただのお節介だから、礼なんて大丈夫よ。こっちは好きでやってる。だから、あなた達は受け取るか受け取らないかは好きにすればいいのよ。OK?」

 イレーナがそういった後、ララが「そろそろいいか?」という。話に入り込めなかったようだ。

「どうしたの、ララ?」
「いや、そろそろゲルダが晩御飯できたって言ってるよ~、俺たちもいかねーか? 腹減ったよ」
「あら、そうね……」

 イレーナはそう頷くと、店のドアを開けて皆を招き入れた。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14