複雑・ファジー小説

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新世界のアリス【完結】
日時: 2021/09/10 20:32
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)

はじめまして、転生モノがやりたいのでスレ立てしました。
気まぐれに更新する予定です。
ギャグ寄りのシリアスなストーリーを目指します。


2021.09.01 「小説カキコ 小説大会2021・夏」にて銅賞を受賞いたしました!



>>1>>37 登場人物
>>2 地名と用語


・本編

プロローグ>>3-6

Act.1 新世界の歩き方
1章 >>7-9
2章 >>10-13
3章 >>14-21
4章 >>22-25
5章 >>26-29

Act.2 美しき海には毒藻がある
6章 >>30-36
7章 >>38-42
8章 >>43-47
9章 >>48-53
10章 >>54-57 
11章 >>58-63
12章 >>64-68

Act.3 妖精達の演舞ロンド
13章 >>69

お知らせ >>70

Re: 新世界のアリス ( No.26 )
日時: 2021/07/21 23:43
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)

5章 思惑が交差する中で


 ゲルダは闇の中をもがくように走っている。進めど進めど景色は変わりなどしない。しかし、ゲルダの目の前には誰かがいた。白銀色の髪の少年……幼馴染であり、ゲルダの思い人の「カイ」の後ろ姿。彼に追いつこうと走り続けるが、やがて自分自身の足取りが重くなってくる。ゲルダの足元から無数の影が伸び、ゲルダを引き込もうと彼女の足を飲み込んでいるのだ。

「カイ、待って!」

 ゲルダは叫ぶ。だが、カイは振り返ろうともせず進み続けていた。

「待って! 待ってってば――」

 ゲルダの下半身は影に呑まれ、もうすでに立ち上がれず、闇の中に倒れこんでしまう。だが、ゲルダは尚もカイに向かって手を伸ばしていた。

「待って、カイ……」

 そこで視界すらも闇に染まる。











 ゲルダが瞼を開けると、キリガンが不安げな顔で彼女を見下ろしていた。ゲルダは汗でシーツを濡らし、脈拍もドッドッとかなり早く音を立てて動いている。夢でよかった……その安堵と、カイに手が届かないかもしれないという不安が複雑に交じり合い、俯いたまま胸に手を当てた。

「大丈夫かい、ゲルダさん」
「あ、ご、ごめんなさい。大丈夫です、嫌な夢を見ただけです」

 ゲルダはそういうと、すぐに起き上がり、ベッドから立ち上がって外に出ようとするが、急に視界がぐるっと回り始める。

「ゲルダさん!?」

 キリガンがその場に倒れこんでしまうところを受け止め、彼女を介抱した。

「ご、ごめんなさい!」

 ゲルダはキリガンに対して頬を赤らめ、すぐに離れようと立ち上がった。

「大丈夫なのかい? 何なら、今日の外出はやめた方が……」
「いえ、私、行かなきゃいけないんです。カイが……彼がいるなら、私も」

 ゲルダがそういうと、キリガンは腰に手を当ててため息をついた。

「なんというか、ゲルダさんは熱くなると周りが見えなくなるタイプだね。とりあえず落ち着いてよ。突っ走るだけじゃいざこけた時、立ち上がれなくなっちゃうからね」
「……すみません」

 彼女がしゅんっと落ち込んでいる様子を見せ、キリガンは慌てふためく。

「責めてるわけじゃないんだよ! ただ、前だけ見ても景色が変わらないこともあるし、たまには周りを見回す事も大事だと思うな」
「周りを……」

 そういわれてゲルダは沈黙し、深呼吸を繰り返した後、両頬を両手でぱんっという音を立てて叩く。

「ありがとうございます、キリガンさん」
「まあ、すぐには無理だと思うけど、周りには頼れる人がいるし、手を借りればいいさ」
「そうですね」

 ゲルダが笑うと、それにつられてキリガンも顔を綻ばせる。

「体調は大丈夫なの?」
「もちろんです、キリガンさんが喝を入れてくれましたから!」
「ははっ、なら大丈夫か」

 キリガンがそう笑うと、外に出ようと部屋のドアノブに触れ、ひねった。

















「というわけで、俺は残念だがここでお別れとさせてもらうよ」

 キリガンがそう言ったのは、アリス達が出かける、まさにその瞬間であった。

 シグルズとの戦いから2週間が経ち、アリス達が王都から旅立とうと相談していると、ヘンゼルとグレーテルが再び彼らに対し、依頼を申し出た。今度はなんだとジャンが顔をしかめていると、王都から王都から1日出た場所に、山賊が占拠する村があり、それの殲滅をしたいとのことだ。アリスは「いいんじゃないか」と、特に何も追求せず安請け合いをし、ギンは呆れつつもアリスに同意。カーラも「運動にはちょうどいい」とアリスに賛成し、結局ジャンは多数決でいやいや参加することとなった。武器を作ってもらったゲルダも、「カイがいるかもしれない」と言い、ついてくることにした。例えいなくても、山賊に占拠されているのならば、放ってはおけないと考えている。そんな彼女の思いを察したのか、アリスもジャンにどうするか尋ねた後、同意のうえで同行を許可した。
 その翌日の朝……つまり現在、キリガンは武器もバイクも修理が終わったし、アリスも元気になったという事で、再び放浪の旅……基、冒険の日々に戻るという。冒険家として、各地の遺跡を回ることが彼の生きがいであり、現在の仕事である為だ。
 カーラは残念そうにキリガンを見る。

「キリガンさん、もうちょっと一緒に入れたらよかったのに」
「残念ながら、俺は大陸の風。まだ見ぬロマンを求めて彷徨う、言わば「緑風」なのさ!」
「今晩夏なんだけど」
「野暮な事言いなさんな」
「なさんな!?」

 そんな会話をしていると、イレーナがキリガンにある物を渡した。

「キリガンさん、またうちを利用して頂戴ね。これ、スタンプカード」
「ラジオ体操みたいじゃな」
「ありがとう、またバイクが壊れた時にでも来るとするよ」

 キリガンはそういうと、バイクにまたがってアリス達を見る。

「アディオス、"機械の街のアリス"。君が良き救世主たらんことを!」

 キリガンはアクセルを捻り、バイクが大きな音を立てて稼働する。そして、キリガンは発進して街の中へと走り去っていた。

「いい人だったな」

 アリスがそうこぼすと、カーラはうんうんと頷く。

「若干ジャンとキャラが被ってたけどね」
「そ、そんなことはないだろう!?」

 ジャンは慌てて訂正し、カーラが笑い飛ばす。

「大丈夫だよ、ジャンはそのままでいいから」


Re: 新世界のアリス ( No.27 )
日時: 2021/07/22 00:35
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)


 ヘンゼルとグレーテルの案内の下、山賊に占拠されたという村……「星降りの村ダスタル」へと赴いていた。なんでも「星降り」なんて名前が付くほど、夜空が美しいのだという。
 ホロウハーツ蒸機王国は、名前の通り蒸気機関が稼働する国で、空はうっすら蒸気に包まれて夜空なんてものは見えない。しかし、この村では蒸気機関はほとんど使っておらず、いまだに満天の星空が美しく瞬いている。規模も小さく、老人が6割を占める小さな田舎の村だが、村の人々の絆は確かにそこにあり、諍い事はほぼ皆無だった。
 だが――

「そこに山賊が現れ、占拠した模様です」

 ヘンゼルが静かにそういうと、ジャンはため息をついた。

「山賊ぐらいなら、お前たちでも倒せるんじゃないか、嫌味ツインズ?」
「そうもいかないんですよ。戦いとは物量。どんなに質が良くったって、たった二人じゃ無理です」

 グレーテルが「はあ困った困った」とわざとらしく声を出しながらそういうと――

「えぇ、でもヘンゼル君もグレーテルちゃんも強いよね。こっちの顔色伺ってご機嫌取りしてるかもしれないけど、私達じゃ多分君たちには勝てないと思う」

 カーラの一言に、ヘンゼルとグレーテルは一瞬殺気めいた威圧感のようなものを放つ。だが、気のせいだったのか、グレーテルが満面の笑みで「やぁだなもう」と手をひらひらと動かした。

「か弱い乙女にそんなことができるとでも?」
「いや、お前さん……ミニガンを使ってなかったか? あれ一応、50㎏くらいあるんだがな」
「嫌ですねアリスさん。あれは弾を使い切ると私ってば何もできなくなるんですよぉ」

 グレーテルは満面の笑みを崩さず、ねっとりとそう言いながら前を歩く。

「なんちゅーか、油断ならん奴じゃ。後ろから来るぞ、気を付けいっとな」
「ふざけてないで、早く行くぞ」
「この銀雪インシュエ、容赦せんせんせんせんっとな」
「わかったからちょっと黙ってろ」

 ギンのおふざけに呆れながら鋭いツッコミで捌くアリス。そんな漫才にジャンは呆れて肩をすくめた。

「これから山賊退治なのに、お気楽コンビネーションだな」
「いいんじゃないかな」

 カーラが笑っていると、ふと、ゲルダが先ほどから黙って俯いているのに気が付く。

「どうしたの、ゲルダちゃん」
「……あっ、えと、その、ですね!」

 顔を赤らめながら慌てるゲルダ。

「顔が赤いよ、熱でもあるの?」
「いえ、これは違うんです。そ、それより……早く行きましょう。村の皆さんはきっと、救援を待っているかもしれません!」
「……? うん、そうだね」

 ゲルダが慌てて前進するので、カーラは目を点にしながら首を傾げ、そう答える。



「なあ、アリス。気づかないか?」
「……ジャンも流石に気づくか」

 ジャンがこっそりアリスに耳打ちをする。背後からこちらを尾行する存在に気が付き、アリスとジャンは気づかないふりをしながら前進を続けた。

「気配を隠しているつもりか、それともわざと気づかれるようにしているのか」
「どちらにせよ、関わらない方がいいな。どうする?」
「……いや、気づかないふりを続けよう。何人いるかもわからん」

 アリスは背後を視線だけで追い、後ろの様子を確認しようとしている。あちらはというと、アリスとジャンの歩幅を合わせて、ある程度の距離を取って尾行を続けているようだ。

「……奴の目的はわからん。だが、要注意だな」
「OK、把握したぜ」

 アリスとジャンの耳打ちが終わると、ギンはアリスに近づいて、右腕をつかんで抱きしめる。

「何のお話なんじゃ~?」

 とニコニコしながらアリスの顔に近づくと、ギンは「情報を共有」と小さな声で囁く。

「かくかくしかじか」
「まるまるくまぐまっとな、理解できたわい」
「マジか、すごいなお前」
「……龍志はわしをなんじゃと思っておる。一応戦闘部に入る前は諜報部だったんじゃぞぉ?」
「う、嘘だ! お前にできるはずがない!」

 アリスの一言一言にギンはイラっとするが、年上の手前……とりあえずぐっと飲み込むことにした。



「何をお話しされているんですか?」

 ヘンゼルがアリスとギンにそう尋ねると、「なんでもない」とアリスは答える。



 しばらく平原を歩いていると、丘の上の村が見え始めた。あれがおそらくダスタルだろう。周辺は畑などの整備された広大な土地があり、カラス避けの反射板がくるくると風にあおられていた。

「なるほど、素朴な村って感じじゃのう」
「作物は……麦か?」

 アリスがそう尋ねると、カーラは答える。

「ビンゴ。この辺は小麦の産地でもあるよん」
「いやしかし、素朴ヴィレッジを占拠とは……あの山賊といい。何かの陰謀を感じるな」

 ジャンが腕を組み、ヘンゼルとグレーテルを睨む。

「……なら、陰謀に巻き込まれないように、サクッと終わらせちゃいましょうか、ジャンさん」

 睨まれているにもかかわらず、グレーテルは涼しい顔で答えた。

Re: 新世界のアリス ( No.28 )
日時: 2021/07/27 22:37
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)

 ダスタルへとたどり着くと、ヘンゼルは家の陰に隠れて潜伏する。彼は狙撃が得意だが、近距離の攻撃が苦手らしい。なので、陰から支援してくれるようだ。
 村の中へ入り込むと、男たちが酒や料理を貪るように食い散らかしていた。彼らはこちらに気が付くと、アリス達に歩み寄る。+ゲームや漫画などでよく見る典型的なワルそうな男たちがこちらへとやってきた。いかにもワルそうで、典型的な悪人面の、体格がよく、斧を持っている男たち。服はボロボロで、風呂にも入っていないのか腐った卵のような臭いと汗や垢を放置した臭いが交じり合って漂っている。カーラは「あぁん、もう!」と言いつつかなり渋い顔で臭いに耐えているようだ。

「なんだよ、兄ちゃんらはよぉ?」

 アリスはその問いに答えようとすると、臭いに耐えかねたカーラは「うぅ!」と声を出し、泣きそうな顔で叫んだ。

「もう、臭すぎるよあなた達! 私がお風呂につれてってあげるから、投降してよ面倒くさい!」
「……姉ちゃんは命知らずな奴だなァ」

 山賊が感心と呆れを交じり合わさった声でそう答えると、グレーテルが礼儀正しく手を前で交差させ、アリス達の一歩前に出る。


「これで全員ですか?」
「あん?」

 グレーテルがそういうと、スカートから黒光りするミニガンを取り出し、ダンッという音を立てながら目の前に設置する。

「天使を呼んで差し上げます。あなた方をハイリュエルへと送って差し上げましょう」

 アリスは慌ててグレーテルの前へと出た。

「やめろ、まだ話の途中だ」
「何を話すのです? 汚らわしい悪人たちと」
「会話の余地はある、説得すれば投降するやもしれん」
「……本気ですか?」

 グレーテルの機嫌は悪くなる。声も低くなり、憎悪の瞳をアリスに向けた。

「アリスさんは甘いですね、どこで育てばそのような甘い人間になるのか」
「どんな理由があろうと、話し合いの前に武器を持ち出すのは良くない。それじゃあまるで、相手を始末しようとしているじゃないか」
「見ての通りですよ。悪人は死を以て償わなければなりません」
「死は無だ、贖罪じゃない」
「だからなんだというのです?」
「生かして償わせるんだ。どんな人間も必ず――」
「性根が腐った人間は死んでも治りはしない!」
「だからと言って、安易に殺すのか!?」
「そうよ! どんな人間だって悪に手を染めてしまえば総じて屑なのよ! 屑はこの世に生を受けた事を詫びながら死んでしまえばいいのだわ!!」
「だが、お前たちもやってる事は同じじゃないか! 「屑」とやらと同じになりたいのか!?」
「これは大義の為よ、屑共の死を以て正義が成り立つの!」
「そんなのは正義じゃない、独善だ!」

 アリスとグレーテルが突然言い争いを始め、山賊も味方であるカーラとギン、ゲルダが困惑するが……

「よくわからんが、今がチャンスか?」
「おぉっとアウトロー。すまんがそうもいかないぜ?」

 山賊の頭らしき人物が武器を構え、アリスとグレーテルに襲い掛かろうとすると、右手に持つ拳銃の引き金に指をかけて止まるように促す。
 アリスとグレーテルはジャンの言葉に「ハッ」と我に返り、武器を構えた。

「すまんが一応聞いておく。投降する気はないか?」
「するわけねえだろ、兄ちゃん。それに……数は俺たちの方が上だぜ?」

 アリスもジャンも周りを見る。確かに、アリス達は囲まれていた。

「女はあとのお楽しみに置いておくとして、男は皆殺しだな。いくぞ、野郎共!」

 頭の言葉に、山賊の下っ端たちは喚声を上げ、一気に襲い掛かる。だが――




 バンッという音が鳴り響き、山賊の一人の頭部が赤く四散した。その光景を見た者、返り血を浴びた者は一瞬何が起きたか理解できず、その場で硬直する。

「やれやれ、やはり屑は何人集まっても屑ばかり」

 グレーテルが呆れた口調でそう独り言のようにこぼすと、目の前にあったミニガンに弾を入れ、山賊たちが硬直している隙を狙ってミニガンを発砲した。
 一度発砲したミニガンは止まることを知らず、山賊達を撃ち抜いていく。

「ど、どうなって――」
「やっぱこうなるわけ、か!」

 ジャンは呆れたように目の前の山賊の右太腿を目掛けて発砲すると、それと同時に頭が何かを喚いて、山賊達は一斉に襲い掛かった。数で押し込めば必ず勝てると踏んだのだろう。

 だが、数で押し切ろうにもアリス達には敵わなかった。まるで訓練されたかのように俊敏に動き、次々と数を減らしていく。

「動くな!」

 山賊の一人が、ゲルダの隙をついて彼女を捕まえ、アリス達に見せびらかすように、ゲルダの喉に鋭利なナイフを突きつける。
 ジャンは銃口を彼に向けるが、「動くなつってんだろ!」と、ナイフをさらに近づけた。ジャンは舌打ちをし、銃を下ろす。

「さっさと武器を下ろせ、さもないと――」

 そう言い切る前に、バンッという音共に山賊の頭が吹き飛び、赤い液体が落ちてその場を濡らした。



 結果はというと、アリス達の勝利であり、山賊達は頭を残して全滅した。村の家々にはほぼ傷はなく、村人たちの安全も確認できた。村人たちは山賊の言いなりになり、見せしめとして村の男たち数人は、既に死亡していたようだが……。
 グレーテルは仰向けに倒れている頭の胸を思いっきり踏みつけ、頭は悲鳴を上げた。

「さて、何か命乞いがあれば、聞きますよ」

 グレーテルは満面の笑みで、右手に頭や山賊達から奪ったナイフ数本を握り締め、彼にそう囁く。

「た、助けて……命だけは……」
「そうですね」

 グレーテルは頭の命乞いにそう答えると、彼の手の甲にナイフを突き刺す。手は貫かれ、頭が一層悲鳴を上げた。

「いい声で鳴きますね、このブタは」

 彼女がそう言うと、「他に何か?」と彼に問う。

「ゆ、ゆるして……」
「いいえ」

 再び、グレーテルはナイフを、今度は反対側の手の甲にナイフを突き刺し、貫かれた手は地面に縫い付けられた。再び悲鳴を上げ、グレーテルは満足げに笑みを浮かべる。

「次はあなたの命乞いを聞くかもしれませんよ?」

 悪魔のような笑みと、甘ったるく脳を包むような囁きで、彼を追い詰めていくグレーテル。



 だが、そこにジャンが彼女の胸ぐらをつかみ、怒声を浴びせた。
 
「てめえ……てめえは何をやってやがる!?」

 ジャンの今まで見せた事のない鬼の形相に、その場にいるグレーテルを除き、全員が困惑する。グレーテルは苛立っているのか、ジャンを睨むように見据えている。

「何を、とは?」

 グレーテルがそう尋ねると、ジャンが歯ぎしりをし、叩きつけるように言い放った。

「これだよ、この惨状! こいつはもう戦えねえ。ならばこれ以上傷つける必要はない。だがお前はどうだ? まるで動けない子犬にナイフを差し込む悪魔じゃねえか! 手前が悪人を恨んで憎んでる癖に、その手前が悪人になっちまってどうするんだ!?」

 グレーテルの肩をゆさゆさと揺らし、彼女の真意を問い詰める。だが、彼女はその言葉を鼻で笑い、にいっと笑った。

「悪人という癌は取り除いてもすぐに再発する。ならば、もう根絶やしにしなければならないと、そう思うのですが?」
「てめ――」
「そこまでにしてください」

 怒り狂ったジャンに対し、そう制止するのは……今まで遠く離れた場所で山賊達を狙撃していたヘンゼルであった。

「グレーテルはただ悪を制裁していただけです。そこに何の罪もないと思うのですが?」
「本気で言ってやがるのか?」
「ええ、悪は悪」
「悪人だって人だ。人が人を嬲って良い訳がねえだろうが」
「……何を仰るかと思えば」

 ヘンゼルがジャンの言葉に噴き出して笑う。

「悪人に人権などありません。悪は裁くべきです、常識でしょう?」

 ヘンゼルは笑顔でそう答えると、そこにゲルダが震えた声で「ま、待ってください」と叫ぶ。

「あの、人は皆理由なく悪者になるんじゃないとおもいます。……みんな、その、何か理由があって……理由があるんです」
「何を馬鹿なことを」

 ゲルダの言葉をヘンゼルはそう一蹴した。

「理由があれど、悪人は総じて屑です。グレーテルの言う通りですよ」

 そこへ、ゲルダを介抱していたギンが口をはさむ。

「じゃが、人が人を裁くのではない。秩序が人を裁くべき。それが理じゃぞ」
「秩序を作ったのは人ですよ」
「悪人を作るのも人じゃろうが」
「お話になりません」

 ヘンゼルはやれやれといった感じで肩をすくめ、ため息をつく。

「どうやら、我々とあなた方は相反する者同士という感じですね。では、この男はどうするのですか?」

 ヘンゼルはそう言いながら、頭の胸を思いっきり踏みつけ、足を左右に回す。左右に動くたびに、頭はうめき声をあげて「助けて」「許して」と声を上げるのみだった。

「その男は国の然るべき場所で裁いてもらうのが一番だ」

 アリスが腕を組みながらそういう。

「とりあえず、衛兵さんを呼ぼうよ」

 カーラがそう言いながら、リンクレットを手に取り、どこかへ連絡をしようとした。




 しかし、その隙にヘンゼルが素早くアリスの背後へと回った。

「いえ、その必要はありません」

 ヘンゼルがそういうと同時に、アリスの両腕を背後へ回し、左手で彼の両腕を抑え、馬乗りになる状態で押し倒した。アリスが抵抗しようとすると、うなじに何かの気配を感じた。後ろに目をやると、ヘンゼルが無表情できらりと光る、銀色の何かを突き立てていたのだ。
 ジャンが突然の出来事にも、冷静に右手に持っていた銃をヘンゼルに向けようとするが、彼は何かに足を奪われ、うつぶせに倒れる。起き上がろうとすると、何かが背中にまたがって、首元に銀色に光るナイフが突きつけられていた。

「抵抗しないでください。死にたくなければね」

 グレーテルがジャンの耳元で囁くと、周りからドタドタという多人数の足音が響き渡る。
 ギンは黒髪の女性に後頭部に何かを突き立てられ、ギンは観念したかのように両腕を上げる。ゲルダとカーラは、紫色に光る鎖のような拘束帯が体を縛り上げ、その場に座り込んでいた。

 アリスが周辺を見ると、多数の足が見える。皆、統一された青い軍服を着こんでいるようだった。統制の取れた動きと共に、誰かの足音がこちらに近づいてくるのがわかる。アリスがそれを見ようと顔を上げると、その人物がアリスの目の前でしゃがみ込み、彼の顔を覗き込んだ。


「赤き異邦の客人よ。我々と共に来ていただきたく思う。抵抗するのならば、あなたの仲間を全員ハイリュエルへと送る事となるだろう」

 脅しにも似たその言葉に、アリスは黙ってうなずいた。

「好きにしろ。急展開についていけんからな。だが、皆を傷つけるな。それだけは頼む」
「了承している。客人は丁重に迎えろと、閣下が仰せなのだから」
「……丁重、ねえ」

 アリスはそれだけ言うと、ため息をついて体の力を抜く。
 かくしてアリス達は、ローズライト神導王国へと連行されることとなったのであった。

Re: 新世界のアリス ( No.29 )
日時: 2021/07/26 21:17
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)

 ローズライト神導王国王城の会議室にて、アリス達は軟禁されていた。てっきり牢屋に入れられてしまうのだろうと思っていたのだが、本当に客人のような丁重な扱いに、アリスは少々驚いている。
 会議室内は石造りの床、壁、天井と、海外にある古い城の内装によく似ており、天井からは黄金色の装飾が散りばめられたシャンデリアがぶら下がっており、ギンはそのシャンデリアを見て、「落ちてきそうじゃな」とつぶやいていた。壁には天井まである巨大な窓ガラスがあり、そこから見える景色は、森と大きな街が望めた。
 中央には長いテーブルと、側面にいくつもの木製の椅子が配置され、壁側には外からの光を反射する、銀色の鎧が飾られていた。軍事施設にありがちといえばありがちな物だ。

 アリス達は五体満足でその会議室に閉じ込められているわけだが……ここまで連れてきた兵士が、「ここでお待ちください」と言い残してこの部屋を出てから約20分が経過していた。カーラは飽き始めてテーブルに乗っかり、テーブルの上で腕を交互に上げ下げして遊んでいた。ジャンはというと、ゲルダを椅子に座らせ、自身は壁に寄りかかって腕を組んでいる。そんなゲルダは椅子に座って縮こまっている。顔色が悪い。……何か悩んでいるのか、それとも具合が悪いのだろうか。そして、ギンの方を見やると、アリスの顔を見上げていた。

「わしら、これからどうなるんじゃろうな」
「まあ、客人として迎え入れてくれたみたいだし、最悪死にはしないだろう……多分な」
「うへえ、まだ年末のコミケがあるっちゅーのに。こんなとこで死にたくないんじゃが?」
「俺も同感だな。まだあの女に会えてない」

 アリスがそういうと、椅子を引いて座る。ギンは壁に寄りかかり、ふと思い出したようにアリスに尋ねた。

「そういや、お主があそこまで感情的になるとは、沙華に会って以来じゃな。やはりお主でもあの生意気ツインズにはイラっとしたかえ?」
「当たり前だろ。人が感情で人を裁いていいはずがない」
「ん、矛盾しとるな」

 ギンが肩をすくめて首を振りながら呆れていた。

「なぜだ?」
「お主、沙華を感情で殺そうとした。あれはどうなんじゃ?」
「……あれは、いや……言い訳はできん。俺にもそう言えるな」

 アリスはギンにそう言われて俯く。

「自覚できたなら重畳。だが、それは悪い事ではないとわしは思う」
「……それこそ矛盾しているじゃないか。人が人を裁いていいはずがない。それはお前の言った言葉だぞ」
「わしゃそんなこと言っとらん。「人が人を裁くのではない。秩序が人を裁くべき。それが理」とは言ったがな」
「……そういえばそうだったな」

 アリスは頷いて納得する。

「一つ言えることは、人は感情的になれば鬼にでも悪魔にでも、ましてや天使にでもなれる生き物じゃよ。怒りに身を任せれば殺人鬼に、それに快楽を覚えれば悪魔に、許せば天使へ。人とは面白い生き物じゃな」
「つまりはどういうことだ?」
「龍志、お前は感情に呑まれてはいかん。正しき道を選びたいのならな」

 ギンはまるで母親のように、柔らかい笑みを見せ、アリスの肩を右手でつかむ。

「正しき道……」
「残念じゃが、その道はお主自身で見つけねばならん。正直わしにもそんなもんわからんからな」
「……ああ」

 アリスが頷くのを見て、ギンは「よし」と一言口にした。







 しばらくした後、会議室の扉が開く。
 テーブルの上で寝ていたカーラは、ジャンに叩き起こされて半目で扉を見る。
 扉の向こうからこちらに歩み寄ってきたのは、深緑色の髪と赤い鋭い瞳を持った、勝気そうな女性。髪は三つ編みにして後ろでまとめ、銀色の鎧を着こんだ彼女は、不敵な表情を崩さずアリス達を見回す。彼女の後ろには、紫色の分厚いローブを着込んだ、紫色の髪と赤い右目、金色の左目を持つ青年。表情は硬く、なんというか若く見える。片手には分厚い書物を携えていた。

「君たちが異邦の者か」

 彼女がそう言うと、アリスの前へ歩み寄る。アリスが立ち上がり、彼女に頭を下げる。

「はじめまして。「有栖川龍志ありすがわりゅうじ」と申します」
「アリスか、話は聞いている。ヘンゼルとグレーテルが世話になったようだな。感謝するよ」

 威厳のある声と態度に、アリスは気圧される。上司に報告に行くときはもう少し気を緩めても問題はなかったが、彼女は違う。別格というべきか、一片の隙も無く、油断すれば食われてしまうのではないか。そう直感した。

「君から名乗らせてしまってすまないな。私は「ティラ・ローズライト」。このローズライト神導王国の指導者をさせてもらっているよ」
「ティ……!?」

 ティラの名乗りを聞いて、カーラは驚いて声を上げた。

「ま、まさかあなたが……」

 ジャンも驚きを隠せずにいた。

「……説明を求める」
「アリス君、前に元ワンダーレラッド不思戯王国の王城にいたでしょ? 「ティラ・ローズライト」は、名前を継承する前、「ティラ・ハウンゼン」って名前だったんだよ。王国女王を討ち取って神導王国の領地に吸収したっていう、若き将!」

 アリスはジャンが話してくれていた事を思い出していた。

 ――ローズライト神導王国の当時16歳だったヤング・ジェネラル「ティラ・ハウンゼン」が先導してクイーンを討ったのさ――。

「20年前の話だがね。だが、本当に長かったよ。君たちのおかげで、やっと計画が進みそうだからね」

 ティラの意味深な言葉にアリスは首をかしげる。

「どういう意味ですか?」
「その前に、皆かけてくれ。立ち話も何だろう」

 ティラは皆にそういうと、皆、素直に座り始めた。















 ―――――














 それぞれの自己紹介も終え、ティラは「早速本題に入ろう」と言って腕を組んだ。

「君たちをここへ呼んだのは他でもない。君たちの目的と、我々の目的が一致しているからなんだ」
「どういうことですか、クイーン・ローズライト?」

 ジャンが訝しげに尋ねると、ティラの後ろ隣りに立っていた青年……「グリスト・ビショップ」が口を開いた。

「我々の目的は、打倒ベルゼ・フィスタ聖皇帝国。魔王と呼ばれる彼の皇帝「オズワルド・ベルゼ・フィスタ」からこのアルタナ大陸を解放することなのです」
「……確かに、俺たちの目的は聖皇帝国に向かう事です」
「あなた達の目的も把握しております。「白い影」の打倒ですよね?」
「……お見通しか」

 アリスはため息をついてグリストを見る。彼はなんとなく表情が硬い気がする。

「ですが、あなた達だけでは聖皇帝国に行くことは叶わないでしょう。なぜなら、聖皇帝国には精鋭部隊「シナヴリア・オルデンツ」がいる」
「「シナヴリア・オルデンツ」?」

 グリストの代わりにカーラが解説を始めた。

「皇帝直属の精鋭部隊だよ。「ピエトロ・アスティ・プレスタント」公爵筆頭、副長に「ヨーゼフ・ティラン」達が率いるたった数十名の部隊なんだけど、名前を聞いただけで皆震えあがるくらいの実力者ぞろいなんだよ!」
「なんだか、めっちゃ強そうじゃなぁ」

 ギンは話を聞いただけで唸る。

「皇帝直属だけあって、勅命は絶対遵守。数年前にクーデターを企てていた街を滅ぼしたって話だぜ? しかもその街には女だって子供だって、ましてや老人もいた」

 アリスは「なるほど」と言いながら頷いた後、ティラへ顔を向ける。

「……気になっていたが、ティラ殿は俺たちを試していたのですか? あの双子が仕事を見つけて俺たちに提案してきた、「竜殺し」に「山賊の占拠」……ご都合主義にもほどがあります。」
「無論、我々が用意した。君たちの力量を調べるべく、蒸機王国の国王陛下にも協力を仰いで、内密にな」
「……俺たちを試したわけか、胸糞わりぃ」

 ジャンはため息をつきながらそういうと、カーラは「まあまあ」と窘める。

「あの、それでは、白い影が私の村を襲ったのも……?」
「いや、すまない……あれは想定外の出来事だった。君は、あの雪村の生き残りかな?」
「はい……ですが、陛下。もう一人います。「カイ・リィズ」って名前の子なんですけど」
「白い影に連れ去られたという報告は受けている。我々も責任を持って捜索に当たっているから、あまり気負いしないでほしい」
「……ありがとうございます!」

 ゲルダはティラの言葉を聞いて、思わず頭を深々と下げて感謝を述べた。

「しかし、ティラ殿。あなたは先ほど俺たちを「異邦の者」と言っていましたね。いつから知っていたのですか?」
「ジャン、君の報告を受けてからだよ。君たちの行動をマークさせてもらっていた」
「……!? まさか、あの匿名の依頼って――」
「我々の依頼だ。赤霧の調査なんて、神隠しに遭うかもしれないというのに、わざわざ引き受ける変わり者を引き抜こうと計画していたからね」
「わっは、ジャン~、私達変わり者だって!」
「喜ぶんじゃありません、ちょっとは嫌がれよ」

 ジャンはなぜか喜ぶカーラの額にデコピンを入れてやると、カーラは「ぐえっ」という声を漏らし、額を押さえている。そして、ジャンはティラの方へと向き直り、少し苛立ちながら尋ねた。

「で、代理クイーンさんよ。俺たちは何をすればいい? シナヴリア・オルデンツと戦って死んでくればいいのか?」
「いえ、そのようなことは一切頼みません。あなた達にはまずやってもらいたいことがあります」

 ティラの代わりにグリストがそういうと、続けて口を開いた。

「あなた達には、「マリンフォール透海自由国」へ同盟の大使として向かってほしいのです」


 その言葉を聞いた瞬間、ジャンは青ざめて絶句した。

Re: 新世界のアリス ( No.30 )
日時: 2021/08/02 08:16
名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: Ze3yk/Ei)

6章 「はじめまして」から始まるせめぎ合い♪


 アリス達がローズライト神導王国へ連行されたその翌日早朝。
 アリス達は今、マリンフォール透海自由国へ向かっている。ティラからの頼みで、「同盟の大使」として、ティラから親書を預かり、マリンフォールの中部にある議事堂へと目指していた。なんでも、以前からマリンフォールへ大使を送っているのだが、誰一人としてその任務を遂行することができず、大使達はボロボロの状態で送り返されていたのである。
 そこで、匿名依頼で大使にふさわしい人物を探すべく、赤霧の調査を依頼したところ、都合のいい事に赤霧から異世界の人間が現れた上に、かなりの実力者である為、監視していたのだという。それに加え、ジャンとカーラも竜殺しを退けるなど、同じく実力者であることがわかり、ヘンゼルとグレーテルに時が来れば彼らを捕らえるよう指示を仰いでいたそうな。
 ちなみに、現在ヘンゼルとグレーテルは別の任務で出ている為、アリスとギン、ジャンとカーラで出ていた。ゲルダはというと、戦闘にはやはり向いていない村娘である為、「ピトス」という黒髪の女性が彼女を指南するとのことだ。
 とりあえず、今現在はマリンフォールへ向かうべく街道を歩いている。なんでも、車や馬車などでマリンフォールに不用意に近づくと……

「うん、沈められるね」
「……すまない、よくわからないんだが」
「いや、沈められるんだよ」

 カーラはその一点張りであった。

「そうか、まあ……おおむね理解できた。しかし、国境を越えるには旅券とか身分証明書なんかが必要じゃないか?」
「ううん、この大陸じゃ帝国が支配してからは国境は自由に越えられるんだよ。帝国が自由に出入りする為だって聞いたことある」
「なるほど、そうか」

 アリスは納得して頷く。

「しっかし、晩夏とはいえ、この辺はあっちぃのう……」
「この時期は残暑が厳しいからねぇ」

 ギンが手をうちわ代わりにヒラヒラと上下に動かしながら、舌を出してひぃひぃと言っている。
 マリンフォールからローズライト東部にかけての地域では、四季がはっきりしており、夏は日差しがまぶしく、冬は雪が降るらしい。春には桜が咲き乱れ、夏はヒマワリが顔を出し、秋は赤い紅葉が彩り、冬は雪の中で次の世代の為の芽が土の中で春を待つ。そういった土地だそうだ。

「この辺は東郷があった場所でね、いまだにその名残があるんだって」
「とうきょう?」
「うん、なんでも、ワビサビっていうか……ちょっと変わった文化があったみたい。今はマリンフォール東部の人が東郷の部族の末裔で、それっぽい建物とか文化を受け継いでいるんだよ」

 ギンは「ほぉ~」と感心した。

「わしらの住んでる場所みたいな文化があるんじゃな。興味深い」
「へぇ、ギンちゃん達の世界って東郷みたいなところなの?」
「そうじゃ。わしらの住む国には色とりどりの四季と景色、それに芸術があるんじゃ」
「すごぉい! 詳しく聞かせて!!」

 カーラはギンの話に興味津々に体を乗り出して質問攻めをして、ギンは腰に手を当て、その投げかけられる質問をすべて捌いていった。

「全く、マリンフォールが近いってのに、お気楽な奴らだな」
「ジャン、お前はなんだか元気がないみたいだな。どうした?」

 ジャンが不貞腐れるように嫌味を言うので、アリスは気になって聞いてみる。

「マリンフォールは前にも言ったが、イカれた連中が巣食う国だ。目が合っただけで喧嘩を売られる、クレイジーな奴が多いぜ」

 ジャンの言葉に、アリスは頷く。

「それは聞いた。だが、こうやって同盟の大使として国のお偉いさんに挨拶しに行くだけだ。何の問題もないだろう」
「マリンフォールに送られた大使は皆ボロボロになって送り返されていることを忘れてないか?」
「……不安になってきた」

 アリスがそうぼやく。

「それに、連中……男は下に見てるからな。舐められたらずっと舐められっぱなしだ」
「確か、女尊男卑と弱肉強食の傾向があるんだったな……いや、しかし。ここまで来たならもう引き返せんだろう」

 アリスが腕を組みながらそういうと、ジャンもため息をついて、マフラーで口元を隠す。

「全く、面倒なことになっちまったもんだ」















―――――
















 マリンフォールの国境付近についたころには、太陽はてっぺんまで昇っていた。ジリジリと照り付けるような暑さに、流石に皆は参っている。

「暑いな……」
「あぁ、早く海に入りたいぃ」

 カーラが舌を出しながらそうぼやき、皆は歩き続ける。
 歩き続けていると、やっと海が見えたのか、水平線が広がっているのが目に入った。

「ウェミダー!!」
「ウェーイ!!!」

 ギンとカーラが叫ぶと、海に向かってもう突進していった。ドパーンという大きな音とともに、空高くまで水柱がそり立つ。水しぶきが小雨となり、虹を作っていた。

「どんだけ深いんだ?」

 ジャンが額に手を当てて日光を遮りながら、カーラとギンを見ている。カーラとギンはというと、水を得た魚のように元気に水遊びをしていた。どうやら意外と浅いようだ。
 アリス達が近づくと、白い砂浜が広がり、美しいコバルトブルーの海が広がっていた。海の水は透き通り、中心へ向かうにつれて濃い青へと変わっていく。

「これが噂のブルーホールか」
「そだよ~、すごいっしょ!」
「ああ、深そうだな」

 アリスとカーラが噛み合ってるのか噛み合ってないのかわからない会話をしながら、広い海を眺める。

「で、どうやって議事堂へ向かえば――」
「アリスさ~ん、ジャンさ~ん!」

 アリスが本題に入ろうとすると、遠くからアリスとジャンの名を呼ぶ、聞き覚えがある声が響いた。アリスとジャンがその声の方へと振り向くと、こちらへ向かって走ってくるバイクが見えた。


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