複雑・ファジー小説
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- 新世界のアリス【完結】
- 日時: 2021/09/10 20:32
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
はじめまして、転生モノがやりたいのでスレ立てしました。
気まぐれに更新する予定です。
ギャグ寄りのシリアスなストーリーを目指します。
2021.09.01 「小説カキコ 小説大会2021・夏」にて銅賞を受賞いたしました!
>>1>>37 登場人物
>>2 地名と用語
・本編
プロローグ>>3-6
Act.1 新世界の歩き方
1章 >>7-9
2章 >>10-13
3章 >>14-21
4章 >>22-25
5章 >>26-29
Act.2 美しき海には毒藻がある
6章 >>30-36
7章 >>38-42
8章 >>43-47
9章 >>48-53
10章 >>54-57
11章 >>58-63
12章 >>64-68
Act.3 妖精達の演舞
13章 >>69
お知らせ >>70
- Re: 新世界のアリス ( No.51 )
- 日時: 2021/08/18 22:25
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: zla8knmg)
フロンタルは構えた銃を素早くアリス達に向け、足元に向かって威嚇射撃を行う。足元に数発銃弾が撃ち込まれ、アリスとギンは慌てて後退した。その隙を狙い、ノースがアリスに飛び掛かり、ハンマーを力任せに振り上げる。ブゥンという風を切る音が鳴り、アリスは慌ててその攻撃を刀剣を両手に持ち、頭上で振り下ろされたハンマーを受け止める。ガキィンという鋭い音と、風圧……いや、風が刃となってアリスの腕、体を切り裂いた。どうやら星霊術を応用した武器らしい。風の刃でできた傷からは血が滲み、白いシャツが赤く染まっていく。
さらに、彼女の力任せによる叩き込みで、床にひびが入り、アリスは割れた床の中に足が埋まり、それでもなお踏ん張って体を支える。
「くっ……なんて重さだ……!」
アリスがそう一言口にすると、ノースが口元を釣り上げている。
「これに耐えるなんて、噂通りで安心した。これで退屈せずに済むよ」
「少し前に、あなたみたいな人と戦った経験があるからな……あまり退屈させはしない。期待してもいいぞ」
「そいつはいい、期待ダイマックスって感じ」
「ああ、お前もネバーランドの住人か」
ノースの表情は硬いものの、嬉しそうな声音だ。
二回戦でまさかの強敵登場に、気の抜けない戦いになりそうだ。アリスはそう直感する。
一方、フロンタルの方は、ギンが食い止めていた。
「お嬢さん、危ない真似はやめてお帰りになったらどうです?」
「たわけ、わしゃこれでもお主の何十倍は生きとるわい!」
「そうですか……ま、私は仕事は早く終わらせるのが信条です。そうですね……3分であなたを仕留める事にしましょう」
「おぉっと、いいのかえ、3分間舞ってやっても?」
「ええ、3分であなたは確実に地に伏すでしょう」
フロンタルが眼鏡を指で整え、にやりと笑う。ギンはというと、そんな表情に目もくれず、「よっしゃ」と太腿に装備していた白い銃を構える。
「わしはこれでも龍志の師匠じゃ。龍志はわしが育てた」
「別に聞いてませんけど」
「別に聞いてほしいとは言ってないんじゃが?」
ギンはそう言うと、問答無用で銃を足元に向けて打ち込む。バババッという音と共に、フロンタルの足元に銃弾が命中する。フロンタルは冷静にそれを避けた。
「何をなさるんですか?」
「お・返・し♪」
ギンがニヤニヤと小馬鹿にするような表情でフロンタルを見ていた。
「馬鹿にしているんですか?」
「馬鹿にはしとらん……小馬鹿にしとるんじゃあ」
「なるほど、これは手強い」
フロンタルが口元に笑みを浮かべてギンを見る。
「ここまで40秒……あと2分20秒」
「こまかっ! カップ麺でも作っとるつもりか!」
フロンタルは両手に持つピースメーカーをギンに向けた。ギンは出方を伺うため、腰を低くし錫杖を構える。
彼はギンが錫杖を構えた事を確認すると、銃弾を数発撃ち込む。ギンはフロンタルが銃弾を撃ち込んだと同時に、錫杖の刀を抜き、素早く銃弾を切り落とす。真っ二つになった銃弾が床にバラバラと落ちると、その瞬間を待っていたかのように、フロンタルが素早くギンとの距離を詰めた。ギンは驚きもせず、冷静に彼に対応する。至近距離での銃撃。ギンは体を反らして銃撃を回避し、宙返り。腕を床に伸ばして体を支え、サマーソルトキックを彼に食らわせる。
「ちょいなあぁーっ!」
ギンのサマーソルトキックがフロンタルに命中し、ギンは体制を整える。フロンタルは胸を押さえ、「なかなかやる……」と一言。彼はマントに手を伸ばし、手りゅう弾をギンになげつける。ギンの錫杖にそれは当たり、爆発した。彼女は爆発による傷を受けるが、まだ余裕げに笑みを浮かべている。
フロンタルは休憩の間を与えず、両手の銃を素早く構えて連射した。ギンは数発受けるも、ほとんどを刀で切り落とし、両手で刀を構えてフロンタルに向かって振り下ろす。彼には命中せず、マントを切り裂いただけで終わった。しかし、ギンはフッと笑い、彼を見据えた。
「まだまだこんなもんちゃうじゃろ、ガンナー。銃弾をリロードする時間をくれてやってもよいぞ?」
「……概ね想定内ですよ。あなたの身体能力は、称賛に価します。できれば、うちにほしいところですがね」
「褒めても何も出んぞ」
ギンがカカカッと笑うと、フロンタルがこちらを向いたまま、後方の方へ両手の銃を投げ捨てる。その後、素早く新しい銃を手に取った。
「ラウンド2と行きましょう」
「面白いのう……まだ隠しとるんじゃろ? お姉さんにすべて見せてみい」
「……後悔しない事ですよ」
フロンタルは、ギンの言葉に対し口元を歪ませる。
ギンは周囲に目配りし始めた。後ろでは、アリスが苦戦しているのか、重い一撃を受け止めつつ受け流す度に、苦悶の表情でノースを見ていた。
「そういや、あと何秒くらいじゃ?」
「あと1分20秒ですね」
「じゃ、わしも急ぎで全力を出してやろう。特別じゃぞ?」
ギンが錫杖をガンッと床に叩きつける。その瞬間、その周囲の空気が一変した。フロンタルは「これは想定外」と一言言うと、マントに手を伸ばす。
「銀雪魔術、第二弾キャンペーン。これより、周囲空間はわしの支配下となる。覚悟せいよ!」
- Re: 新世界のアリス ( No.52 )
- 日時: 2021/08/20 21:39
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
「一体、何が始まるんです?」
フロンタルは自分に言い聞かせるようにつぶやく。周囲の空気が急激に冷え込み、吐く息が白く変わる。その変化に、アリスとノースも気づいたようだ。
「ギン……何をするつもりだ!?」
そう誰かに聞くというよりは、ただ脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口にするアリス。ノースも周囲の温度の変化に気づき、武器を持つ手が止まる。
「見て見なよ、上」
ノースは空を指さす。アリスもフロンタルもその言葉を聞いて上空を見上げた。空気中の水分が凍り付き、会場を氷が覆っていく。ドーム状に氷が広がっていき、やがて空は見えなくなった。今日も熱い日差しが差し込んでいるというのに、氷が覆っているだけでまるで冷蔵庫のように冷たい空気が包んでいる。
「驚いたかえ? わしはこれでも幾百年を生きた雪女。調子がいい時と目安で湿度80%以上ありゃ、この通り。この人工島を凍らせるなんざわけないわ!」
「正直驚いたね。なんかのジョークだと思ってたけど、本当に妖怪だったのか」
ノースは「面白い」とにんまり笑う。
「はあ、こんな報告は受けてないですね。だが、面白くもなってきた。延長戦と行きましょう、3分でなくそれ以上で」
「ほっほう、よいぞ」
フロンタルとギンは互いに顔を見合わせて笑みを浮かべていた。
ギンは先手を打とうと、床にしゃがみ込み、手を当てる。その瞬間、霜柱がシャキンと床の氷から勢いよく射出し、フロンタルを狙う。彼はその霜柱に反応し、銃で打ち落とした。
「よそ見はいかんのう」
ギンはフロンタルに接近し、錫杖を構えて鞘を抜く。一振り目はフロンタルのマントを斬り、二振り目はフロンタルの上腕を狙った。閃く白い刃。だが、フロンタルは両手の銃を重ねてギンの斬撃をやり過ごす。ギンは隙を与える暇もなく、三振り目を天に向かって振り上げた。フロンタルの両手で重ねていた銃が真っ二つに斬られ、ギンはその瞬間を狙ったかのように、刀を刺突させる。
「くっ……!」
「地獄に、落ちろォ!」
ギンの突きはフロンタルの体を突き抜ける。……かと思いきや、体を直撃する前に、ギンの刀の軌道が飛んできたナイフによって逸れる。
ノースが投げたナイフのようだった。
「2対2だってことを忘れてない?」
ノースがそう言うと、ギンは「忘れとった」と一言。すぐさま後退する。
そこへアリスが近づき、ギンに耳打ちする。
「ギン、あのフロンタルという男の銃だがな……注意した方がいい」
「ああ、何か細工しとる。戦っている、わずかな間にのう」
「おそらく……」
「龍志。そういうのはお主の役割じゃ」
「……わかった、あまり期待するなよ」
二人の相談が終わったようで、フロンタルは「もう終わったかな?」と涼し気な顔で尋ねる。
「今やっと3分経ちました。ここからは少々本気を出させていただきましょう」
「ん、まだ本気じゃなかったのね」
ノースが目を点にしながら言うと、フロンタルは無言で頷いた。まだ策があるのだろうか。余裕の笑みを崩さない。それは、アリスとギンも同じである。互いに傷だらけではあるものの、弱みを見せた時点で、負けが確定してしまう。だからこそ、上辺だけでも笑っている。ギンはまだ余裕綽々と言った感じだが。
「じゃ、こっちはこっちでやらせてもらう」
アリスがそう言った後、床を蹴り上げ、フロンタルとノースのいる場所まで真っ直ぐ駆け出した。その様子にフロンタルは驚く。
「な、なにを!?」
フロンタルは彼の様子に驚くが、冷静に指を鳴らす。
その瞬間アリスの足元が爆発し、アリスが巻き込まれた。……だが、彼は止まらず、爆風を剣で真っ二つに斬る。アリスは彼らに向かって走り続け、ノースの方へ直進する。
「フロンタルさんや、わしと踊ってくれぬかえ?」
ギンはフロンタルとの距離を詰め、彼の目の前へと迫っている。周囲が凍り付いている為か、凍った床を滑るように……いや、滑っていた。それは、目にもとまらぬ速さというべき速度だ。
「わしゃ、周りの環境が地元に近づけば近づくほど、強くなれんのじゃ。ま、その分リスクもあるんじゃがな」
ギンはそう言うと、フロンタルが「そうなのですね」とつぶやく。そして、彼はタイミングを見計らって指を鳴らし、ギンが滑る床を爆破する。だが、彼女のスピードに爆破が追い付かず、ギンは余裕の笑みで地面を力の限り踏んだ。その足踏みはたった一回だというのに、床を割り、衝撃で床の破片が空へと舞いあがる。
空中に舞う二人。ギンはフロンタルの目の前で彼の顔を見据えた。
「雪鬼妖術……」
フロンタルに向かってギンは両手に力を込め、素早く腰付近に構え、白い気を集める。
「龍虎乱砲!」
彼に両手を突き出し、気弾を連射し放つ。数発どころか、十数発の気弾が瞬間的にフロンタルの体へ命中する。フロンタルは苦悶の表情を見せ、反撃しようとマントに手を伸ばすが……マントはボロボロになり、重みが消えていた。先ほどまでギンが切り落としていたのは、マントに常備していた銃達であったのだ。
「……はあ、あっけないものですね」
「いくぞ、これでトドメじゃ!」
ギンはフロンタルの頭を自身の両足で正面から挟み、相手の胴体を両腕で抱えて持ち上げながら、空中から真っ直ぐ落下する。これはパイルドライバーだ。地上へ勢いそのままに脳天杭打ち。
「落ちちゃいなちゃーい!」
二人が落下すると、地面が割れ、クレーターが出来上がるほどの衝撃が辺りを襲う。そして、土埃と氷のかけらが舞いあがった。勢いよく落ちたので、ギンはフロンタルをちゃんと生きているか確認する。一応、命に別状はなさそうだ。
「まだやるなら、とっておきのプロレス技をお見舞いしちゃるぞ?」
「い……や、もういいかな。ノースさん、いいですよね?」
フロンタルはノースを見る。彼の眼鏡はひびが入っていた。
「いいよ」
「軽いな……」
ノースが突然武器を下ろしたので、アリスは勢いでずっこけそうになった。
「てことで、サレンダーです」
会場はわけのわからぬままアリスとギンが勝ったようなので、歓声と喚声が交じり合った微妙な反応であった。
フロンタルはノースに肩を借り、その場から離れる。表情は何とも言えないものだが、とても嬉しそうな表情で会った。その後、フロンタルはアリスとギンを見る。
「いいデータが取れました。……なかなかの成果。これならば、いい報告ができそうです。感謝いたしますよ」
「誰に話しかけてる?」
「独り言です」
「ん、まあソル君が無事でよかったよ」
「……そうですね、ギンさんの暴れっぷりには驚きましたが」
そんな会話をしながら、二人は会場を後にした。
- Re: 新世界のアリス ( No.53 )
- 日時: 2021/08/21 21:09
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
見事フロンタルとノースを撃破し、第二回戦は勝利に終わったアリスとギン。会場の氷はギンが気を抜いてしまうと、すぐに溶けだしてしまった。会場は水浸しだが、とくに問題はなかった。
それはそれとして、一日目の試合が終わり、出場者は控室で宿泊が可能らしく、アリスとギンはこのまま控室で寝泊まりすることにした。明日は第三回戦。相手は誰であろうと、勝ち続けるのみ……。
アリスとギンが控室へ戻ると、マオーシャとウィチア、そしてキリガンが待っていた。
「おつかれさん、二人とも」
「見事な試合でしたよ」
「おかえり、無事で何よりだよ」
アリスはなんとなく3人がいることを察した。……が、やはり聞かざるを得なかった。
「なぜここにいるのか、聞いても?」
「ああ、アリスとギン、ウィチアの治療を受けなさい。怪我してるだろう?」
アリスは「ま、まあ」と頷く。
「で、キリガン。主はなぜここに?」
「そんな理由を聞く間柄でもないでしょ。いいじゃない、応援に来たんだよ。ほら、お土産も持ってきたしさ」
キリガンがそう言うと、肩から下げていたバッグからクッキーやらマドレーヌを取り出す。かわいらしい袋に包まれているそれから、甘い香りが漂ってきた。
「これね、蒸機王国で結構有名なパティスリー「ポップンホイップ」ってお店の一日50個限定のクッキーとマドレーヌなんだよ。あとついでに定番のチーズケーキとかもね。これでも食べながら話でも聞かせてよ」
「ありがとう、キリガン」
「ほっほう、そりゃ楽しみじゃのう~♪ 感謝するのじゃ」
「男のくせに気が利くじゃない」
「あ、ああ、ううん……」
マオーシャが「男のくせに」と強調するので、複雑な気分になっているキリガン。ため息もついていた。
「まずは治療が先です、お二人」
そこにウィチアが割って入り、二人を引っ張ってベッドに放り投げる。少々乱暴なので、キリガンが「ちょ、危ない!」と思わず声を出した。アリスとギンもベッドに着地すると「ぐえっ」とカエル潰れたような声を上げる。
「ウィチア、いつも言ってるが、患者の扱いがひどいぞ」
「いいえ、どうせ全部治って傷が消えるんですから、今増えたところでどうという事はありませんよ」
マオーシャに注意されるが、ウィチアは涼しい顔でアリスとギンの方 に顔を向け、手に持っていた箱から治療道具を取り出した。二人は、ウィチアの強引さに言葉を失い、黙って治療を受けている。
「ああ、こんな美人の人でも魚人種だなぁ……」
キリガンは半目でウィチアを見ていた。
ウィチアの治療が終わり、ウィチアは道具を箱に戻していた。アリスとギンも治療が終わり、衣服を着ている。アリスのジャケットと、ギンのジャージは傷がついていたので、キリガンが治療中に修繕しており、今はそれを二人が待っているところだ。そんなキリガンは、布に針を通しながら、アリスとギンに話しかける。
「それにしても、確か爆風を真っ二つに斬ってたよね。それにしては、服はそれほどボロボロでもないし。異世界っていうのは、こんな丈夫な戦闘服も作ってるの?」
「いや、それはホロウハーツで作ってもらったものだ。ほら、俺達が怪我をして服を作り直してもらってたろ?」
「ああ、あれか。確かに裏地の刺繍はノートさんのとこの奴だね。いやぁ、いい仕事してるよホント」
「キリガンはなんでも知っておるのう」
「なんでもじゃないよ、ただ職業柄、いろんなものを見て回ったりできる機会があるだけさ。……まあ、冒険者として当然の事なんだけど」
キリガンは笑いながら、器用にチクチクと布に針を通す。
「あ、今日の二回戦目だけどさ、観戦してたけどすごい迫力だったよ。会場が急に氷に包まれて寒かったぁ~。ギンってばあんなすごい技があるなら、白い影の時とか使えばよかったのに」
「すまんが、あれは条件が揃わないと発動できんのじゃ」
「条件?」
「ああ、まずは湿度。湿度が80%以上でないと空気中の水分を凍らせることはできん。そして次はわしの「体内妖力」。あとは勇気で補う。ついでに気分。それらが揃って初めて使えるから、気軽には使えんのじゃよ」
「「体内妖力」って何さ」
キリガンは顔を上げてギンの方を見る。
「妖怪は基本的に人間とは違い、「妖力」を持ってるんじゃ。その力を使うと、あらゆる超常現象を引き起こすことができる。首を長くのばしたり、巨大化したり、化け物から人間の姿に変わったり、テンション上がってワッショイしたり……わしの場合、空気中の水分を凍らせたり、凍らせた氷を操作したり。それらを妖力と呼び、我ら妖怪の精神力……いわばMP(マジックポイント)じゃよ。それがなければ、長生きもできんし動けなくもなる。すごいじゃろ?」
「へえ、妖怪ってすごいね」
ギンの説明にキリガンは感心していた。アリスも腕を組んで頷く。
「そのおかげで何度助けられたことか。とくに、冬の日本海側に出張した時のギンは絶頂だったな」
「あったりまえよぉ! わしゃヒラヤマ山脈育ちの幾百年を生きる雪女さんじゃぞ! 雪ん子は雪に囲まれた場所でこそのびのびと生きていけるんじゃあ!」
「ヒマラヤ山脈な」
アリスにおだてられてか、ギンは立ち上がって腰に手を当てて胸を張った。
「だからこそ、なんじゃ。奴らが妙に煽り、手加減していたのが解せん」
ギンはその場に座り込み、突然顔を険しくさせる。
「……奴らは恐らくシナヴリア・オルデンツの一員だ。あのフロンタルという男、ノースと知り合いというよりは同僚という感じだったし、恐らくは……俺とギンの力を試す為に大会に参加したんじゃないか?」
アリスは顎に手をやり、自身の考えている事を口にした。
「ばんなそかな。何のために?」
「それはわからん」
「じゃが、職業の違う全くの赤の他人という可能性もなくなくなくない?」
「突っ込まんぞ。それも奴ら自身が答えを見せていたさ。ノースが親し気に話しかけていただろ」
「普通に傭兵同士のペアかもしれないじゃろ?」
「それでも、シナヴリア・オルデンツの一員であるノースと共に行動している以上、フロンタルも組織の人間だ。戦闘も傭兵たちと違って、かなり洗練されているしな。俺達みたいな、日々訓練している人間の動きだぞ、あれは」
「うぅむ、言われて見りゃそうじゃなぁ。本気出すとか言っといて全然手応え無かったし。絶対ありゃ爪を隠しとるじゃろうな。しかし、そんな規模のでかそうな組織が、なぜわしら二人を――」
アリスとギンの会話を、キリガンもマオーシャもウィチルも黙って聞いていた。
「あんた達」
マオーシャが声を出し、二人を呼ぶ。
「お腹空いてきたろ。難しい話は食事の後のティータイムにでもしようじゃない。何より、あたしが腹ペコなんだよね」
彼女は腹のあたりを手で押さえ、空腹をアピールしている。
その様子を見て、アリスとギンは同時に、「キリガン、上着早く」と急かした。
「ちょ、待って。もうちょっとで終わるからさ!」
- Re: 新世界のアリス ( No.54 )
- 日時: 2021/08/22 21:48
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
10章 悪ノリヒーローショー
翌日、修繕してもらった上着を羽織って、アリスとギンは会場へと足を踏み入れる。今日も闘技大会は賑わっている。……いや、それどころか上空には飛空艇らしき機体が飛んでいる。そこに乗っている人物が、カメラを向け、リポーターらしき人物はマイクを片手に何かを叫んでいるようだ。……まあ、遠くから見ているのでもしかしたら違うのかもしれないが。
「しっかし、昨日より人増えておらんか? ほら、あそこ……イレーナがおるぞ。ありゃノートじゃないかえ?」
「見間違いだろう……他国の闘技大会に何の用で――」
「いや、だって手を振っておるし」
ギンが指さす方向には金髪の長い髪が見える。確かにあれはイレーナだ。しかも隣にはノートの姿も。ついでにその隣にフェイザの姿もあった。
「ホロウハーツの商人がなぜここに……?」
「龍志」
ギンがアリスの名を呼び、目の前を指さす。イレーナ達が観客席にいる理由がやっと理解できた。
「や、お二人さん。久しぶり」
「ララさんにクウ。久しぶりだな」
「相変わらず色気を醸し出してるわね、悪くないわ」
「くっ、ピュアな龍志に色目を使うでないわ」
第三回戦の相手は、以前世話になった「ララ・ペルボラ」と「クウ・ヴィクション」であった。ララは相変わらずゴスロリ姿だし、クウも黒いウエディングドレスを纏っている。
「どう見ても非力な女性なんだが、なぜ二人がここに?」
「商会連盟の毎年の恒例行事でね。宣伝の為に私と……昨年まではノートだったが毎年出てるんだよ。まあ、あいつはあの通り老いぼれだしな。今年からはクウに出てもらうことにしたわけだ」
「そうよ。リハも何十回もして、入念に準備したんだから。覚悟しなさいよね!」
「そいつは重畳」
アリスは腕を組んで頷く。
その後、ララはにやりと歯を見せて笑い、観客に向かって手を仰ぎ、大声で叫んだ。
「さーてお立合い! 今年も今年とてやって参りました、「うさびっとヒーローショー」! チビッコからおじいちゃん、おばあちゃんまでお楽しみいただける、楽しい楽しいヒーローショーの始まりだよォ! さあ皆々様方、大声でヒーローのお名前を呼んで、その後は拍手でお迎えください!」
まるで司会が観客を煽るように、早口かつ迫力のある台詞回し。ララの声が響き渡り、観客は大いに盛り上がる。
「提供は、ホロウハーツ商会連盟がお送りいたします!」
ララがまるで八百屋が大声で客寄せする時のような口調で、手に持っていた黒いうさぎのぬいぐるみを天に掲げる。
「さ、名前を呼んで! せーのっ!」
『ゴー! うさびっと初号機!』
観客の揃った声が会場を包む。ララはぬいぐるみを床に叩きつけた。べしっと音がしたかと思うと、ぬいぐるみはララの掌でぐんぐんと大きくなっていく。ある程度の大きさになると、ララはぬいぐるみの頭部にしがみつき、耳をつかむ。まだまだ大きくなり、クウが手を伸ばす。すると、ウェディングドレスから糸が伸び、ぬいぐるみに絡みついた。
アリス達が見上げる程まで天高く巨大化したぬいぐるみは、腕を床に立て、体を支えていた。……観客が声を上げる。応援の声、口笛を吹いたりと、彼女たちに期待している声が会場を包んでいく。
「アリス、お前らの実力は知ってる。白い影とやり合うくらいに超つええんだろ? だが、このビッグヒーローである「うさびっと初号機」を倒せるかなぁ? クウ、期待してるぜ」
「任せなさい、戦うのは苦手でも、こういうサポートは私の得意分野なんだから!」
「覚悟とは本能を凌駕する魂のことなり! 正義とは邪悪に挑戦する肉体のことなり! 当方に迎撃の用意あり、覚 悟 完 了! いくぜアリス、ぶっ潰れなァ!!」
アリスの言葉の後、ゴングの音が鳴り響き、それと同時にぬいぐるみが腕を振り下ろした。
「かぁーっ! めちゃくちゃじゃのう!」
ギンはそれを回避しながら叫び、アリスも避けて振り下ろされたぬいぐるみの腕を剣で斬る。だが、ぬいぐるみの腕は傷一つつかないどころか、手ごたえがない。アリスは驚いて目を見開く。
「言っておきますが、私のドレスの糸を斬れると思わぬ事ね」
「どういうことだ?」
「このドレスは私の意志そのもの。story never ends(物語は決して終わらせない)。意志の強さが糸の強さとなり、術式や火炎ですらはねのける、私の最高傑作なのよ!」
「説明ありがとうございます」
ギンはにっこり笑みを浮かべながらそう言って、ぬいぐるみを見上げる。
「龍志、どうするんじゃ? 真っ向勝負じゃ勝ち目ないぞ。一つの正義は百万パワーじゃぞ!」
「しかも、ぬいぐるみだからか床を一切傷つけてないのは感心するな。ヤヨイ先輩に見せたら涎を垂らしてほしがりそうだ」
「そんなん言ってる場合ちゃうぞ!」
「まあ、慌てるな。こういう時にこそ冷静に。ギンが俺に教えてくれた言葉だ」
アリスの言葉にギンはため息をついて彼の顔を半目で見た。
「ぶっちゃけ龍志ってなんでそんな小っ恥ずかしい事をさらりと口にできるか、理解できぬよ」
「えっ、なんでだ? 恥ずかしいことじゃあないだろうに」
アリスは訳がわからないと首をかしげながら、ギンを見る。
(なんじゃ……このわしだけ損した気分は……)
しかし、そこにララからの第二攻撃が割って入ってきた。二人を踏みつぶそうと足を上げて振り下ろすつもりなのだろう。
「やべえ、あんなんに踏まれたら一巻の終わりじゃぞ!」
「避けろ!」
- Re: 新世界のアリス ( No.55 )
- 日時: 2021/08/22 23:24
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
ぬいぐるみの踏みつけ攻撃を避けるアリスとギン。ギンは「あ!」と声を上げ、クウとララを指さす。
「操者を叩いたらこの悪ノリヒーローショーも終わるんじゃないかえ?」
「いや、俺もそれは考えたが……どう考えても何か対策はしてるだろう」
アリスがそう言うと、ララの声が降ってくる。
「正解だぜ、アリス。当然、物理攻撃を防ぐアクセサリーを身に着けてる。防御してる間にお前らをボンってできるから、俺達自身を倒そうなんざ考えない方がいいぜ」
「うへえ、ぬいぐるみを倒さないと本体に近づけねえのか。無理ゲーじゃろ!」
ギンは「面倒じゃなぁ」と頬に手を当てて面倒くさそうにため息をつく。何か突破法はないかと、アリスはぬいぐるみからの猛攻を回避しながら体全体を見回すが、綻びのありそうな部分はクウの糸によって隠されている。一片の隙もなさそうだ。
「ラプンツェルの砲撃塔より難解な巨大ヒーロー現るって感じだな」
アリスはお手上げという風にため息をついてぼやく。そして、考え事をしているのか顎に手をやりながら、ぬいぐるみの踏みつけ攻撃を避けていた。
「くぉら、何しとるんじゃ龍志!」
「いや、ティラ殿に対する謝罪の言葉を考えていた」
「律儀すぎるぞ! それより、どう打破するんじゃ? 鉄壁の守り……破れる気がせんぞい!」
「状況を整理するか……」
アリスは冷静に頷き、ギンを見た。
「白い影のあの猛攻はどうやって打破したっけ?」
「え? ああ、確かお主が撃った弾が奴の星霊術のタネを破壊したんじゃったか」
「竜殺しは?」
「確か、お主が綻びに剣を突き刺したおかげで、生き残ることができた」
「エイヴリーは――」
「知らん」
「機械人形は?」
「膝のコードを掻っ切ったおかげでバランスを崩して海に沈んだんじゃったな」
「結論的に言うとだな……綻びは必ずある。どこかに」
「綻び……」
ギンは改めてぬいぐるみを見上げる。黒いふわふわとしたかわいらしい、赤い目のうさぎのぬいぐるみ……縫い目はクウが糸で補強し、縫い目が完全に黒く隠れている。そして、腹には布を継ぎ接いだのか、黒色の布の上に灰色の布が縫い付けられている。
ギンはその腹を見て指を鳴らし、何かを閃いたという感じで目を見開いた。
「龍志、突破法が見つかったかもしれん」
「ああ、ギン。俺も多分同じことを考えてるかもしれん」
「気が合うな」
二人は顔を見合わせ、互いに頷く。
そこへ再びララの声が頭上から響き渡った。
「作戦会議は済んだか、お二人さん。そいじゃ、ヒーローショーを続けようか!」
ぬいぐるみが動き出し、二人を吹き飛ばそうと右腕を振り上げる。ギンとアリスは互いの腕を打ち付け合い、頷き合っていた。ぬいぐるみの右腕が勢いよく、アリスとギンを狙って円を描くように振り動く。風圧と共に、アリスとギンはその腕攻撃を避け、ぬいぐるみの足を伝ってぬいぐるみの体をよじ登る。
「なっ……! クソ、振り落とす!」
ララはぬいぐるみを激しく動かす。転がったり、体を揺らしたり、跳ね上がったりと、いろいろ試すが二人はぬいぐるみにしがみついたまま、それをやり過ごす。
「龍志!」
「よし!」
二人がポイントまで到達すると、武器を片手に取る。そして、アリスは右腕のつなぎ目に剣を差し込み、ギンは腹のつなぎ目に刀を差し込んだ。二人はそのまま武器を両手で持ち、ぶら下がる。すると、二人の体重のせいで糸がミチミチと音を鳴らしはじめ、布や糸が引っ張られ始めた。
「あの二人……自分の体重で糸を斬るつもり?」
「くそっ、離れろ!」
ララは二人を引きはがす為に、ぬいぐるみの腕を使って二人をつかもうとする。
だが、時すでに遅し。二人の体重に耐えきれなくなった糸が、プツンと音を立てて切れてしまった。細い糸が切れて、ぬいぐるみの右腕が落ち、腹の布から大量の綿が押し出され、ぬいぐるみはその場に崩れ落ちた。
「よっしゃ、龍志。ナイスじゃ」
「ああ!」
二人は互いの手のひらを叩きあい、親指を突き出す。
そして、ララとクウを見ると、ぬいぐるみは小さくしぼんでいた。観客もぬいぐるみが倒されたことにより、歓声を上げている。盛り上がっているようでなんだか安心だ。
「うーん、やっぱり小さいぬいぐるみを無理に巨大化させても、糸の強度は変わらねえから、すぐ切れるよなぁ」
「そうね。来年は糸を強化しましょうか」
「てことは作り直しか、面倒だなぁ」
「私も手伝いますよ」
「ありがとクウちゃあん」
ララとクウが反省会をし始めたので、アリスは恐る恐る「あの、すみません」と声をかける。それに気づいたララは「お、すまん」と笑い声をあげながら歯を見せて笑う。
「まさか、これで終わりと思ってんじゃねえだろうな?」
「思ってたんじゃが」
ギンはアリスの背後に隠れ、思ったことを口にする。ララはというと、その言葉を聞いてより一層大笑いした。
「なわけねーだろう。本番はここからだぜ。なんせ、商会連盟がスポンサーだしな、まだまだ盛り上げて、明日からの売り上げを爆上げ上々MAXにしてやんよ!」
ララが拳を握り締め、クウもララに同意しうんうんと頷く。
「まだあるんかい!」
「とりあえず、スポンサー様が満足するまででいいから、引き伸ばしてくれないか? 頼むよ~」
ララは困ったように笑いながら、両手を合掌し二人に頭を下げる。ペコペコと。
「はあ、まだ決着はついてないし、いいか」
「よっしゃ、じゃあ……こっからが本番だぜ、お二人さん!」
ララはスカートを一叩き、するとスカートから両手で抱けるサイズのぬいぐるみがぽとっと地面に落ちる。ララはそのぬいぐるみを手に取ると、ビリィという音を立てながら腹を裂く。
「何を!?」
アリスが驚いて声を上げると、「落ち着きなよ」とララはいい、ぬいぐるみの中から……黒いチェンソーを取り出して両手で構える。
「ま、最悪胴体が二つになって死んじまうかもしれんが、不可抗力ってことで我慢してくれな」
「……突っ込まんぞ」
「いや、マジだよ。な、クウ」
「うん」
「うんじゃないじゃろ!?」
ララはチェンソーのスターターハンドルを引き、ブルルンという音が鳴り響く。エンジンが回り、チェンソーが大きな音を立てながら動き始めた。
クウは両手を広げ、糸を伸ばせるように準備する。
「第二ラウンド、始めようか」
ララはそう、歯を見せて笑った。
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