複雑・ファジー小説
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- 新世界のアリス【完結】
- 日時: 2021/09/10 20:32
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
はじめまして、転生モノがやりたいのでスレ立てしました。
気まぐれに更新する予定です。
ギャグ寄りのシリアスなストーリーを目指します。
2021.09.01 「小説カキコ 小説大会2021・夏」にて銅賞を受賞いたしました!
>>1>>37 登場人物
>>2 地名と用語
・本編
プロローグ>>3-6
Act.1 新世界の歩き方
1章 >>7-9
2章 >>10-13
3章 >>14-21
4章 >>22-25
5章 >>26-29
Act.2 美しき海には毒藻がある
6章 >>30-36
7章 >>38-42
8章 >>43-47
9章 >>48-53
10章 >>54-57
11章 >>58-63
12章 >>64-68
Act.3 妖精達の演舞
13章 >>69
お知らせ >>70
- Re: 新世界のアリス ( No.61 )
- 日時: 2021/08/30 23:13
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
数分前……。
ギンはアリステラを追い、彼女に向かって突進する。彼女の武器は狙撃銃……アリスに攻撃をさせないために、先手を打つ必要があった。
だが、彼女はそれを呼んでか、突進するギンに向かって銃口を向けた。
「あなたの考えは読めています」
アリステラの一言と共に、銃口から氷の弾を発射する。氷の弾はギンの腕に命中した。腕に食い込んでいるが、痛みはない。
「……!? わしの腕に何――」
ギンが弾を引き抜こうと手を伸ばした瞬間……
氷がジャキンという音を発しながら空気中の水分を凍らせ、質量が大きくなる。やがて、氷がギンの腕を貫き、赤い氷の花が咲き誇った。
「ぐあぁ……ぐっ……な、んじゃ!?」
苦悶の表情を浮かべ、ギンは声を上げながらその場に座り込む。
(なんじゃこれは……わしの血液を……凍らせとるのか!?)
ギンは痛みを取り除こうと氷を砕くが、氷が腕の中まで浸食するような感覚が襲う。今までに味わったことのない苦痛。血液が固まり、急激に腕の温度……いや、感覚までもが死んでいくような。早急に対処しなければ、腕を失うだけでなく……心臓まで凍り付いてしまう。
そう考えると、片手で原因となっている氷の弾をつかんで投げ飛ばした。
肩で息をするギンはアリステラを見上げると同時に、アリス達が戦う方から爆音と空気を焼き焦がすような熱気、そして周囲すら巻き込む衝撃が走る。
ギンがそちらへ顔を向けると、会場の床に大型のクレーターができあがり、周囲には炎が残っている。どうやら、ギンが負傷している間の一瞬で、アリスとディクシアの戦いがあのような結果になったのだろう。まさに一瞬の出来事だった。
「な、なにが……!?」
「あら、もうこれを出しちゃうんですね。まあ、並大抵の人間ならこれで燃え尽きるでしょうが……」
アリステラは銃を構えたままディクシアの方を見やる。大方予想通りと言わんばかりの澄ました表情だった。
「どう思いますか、あなたは」
彼女はギンをまるでゴミを見るような冷めた目で見つめていた。
ギンはその場で蹲りながら、アリステラを見上げる。その顔は驚愕の色で染まっていた。
……だが。
「くっ、ククク」
ギンはくつくつと笑い、アリステラを不敵な表情で見つめていた。
「ハハハッ、あの程度ではうちの龍志は止まらん。龍志は強い男じゃ。策もなくあんなチンケな攻撃なんぞ受けるかい」
「ほお……」
アリステラは一言だけそう発すると、狙撃銃の銃口をギンの額に当てた。
「では、この「チンケな攻撃」とやらもまた受けて見ますか? 今度はあなたの頭に」
「……やれるもんならな」
ギンは銃身を負傷していない右手でつかみ、不敵な表情を崩さない。
「アリステラとやら。お主らは自分たちの勝利に一片の疑いもないようじゃが、老婆心で教えてやろう。勝利を確信した時こそ、足元すくわれるぞ。……下を見てみるといい」
彼女の言葉通り、アリステラは足元を見ると、足元が凍り付いていた。
「……この程度――」
「お主も氷の使い手のようじゃが、わしとて同じこと。どちらが氷の使い手にふさわしいか、この際じゃし勝負と行こうではないか」
「……面白いですね」
ギンの挑発にアリステラは乗り、頷く。ギンはそれを確認すると、刀を片手で鞘から抜き、くるりと回してアリステラの肩に一突き。だが、アリステラはそれをスカートから取り出したコンバットナイフで防ぎ、狙いを逸らした。
二人は互いに息がかかるような距離で、互いの瞳を見合う。
「ムカつくほど淀んだ瞳じゃ。今まで何人殺した?」
「答える義理はありませんね。それに、あなたも同じでしょう。幾度、誰かの死を見送ったのでしょう? 目の奥に寂しさと悲しみが映っていますね」
「余計なお世話じゃ」
ギンが吐き捨てるように言う。
そして、苛立ってきたのか、互いに相手の頬を狙って拳をぶつけ合った。クロスカウンターにより、二人は一時距離ができるが、アリステラはそれを逃さない。
狙撃銃の薬室側面のバルブを回し、銃口をギンに向けた。
「さようなら」
アリステラがそう一言だけ口にすると、ギンに向かって凍結弾を6発打ち込んだ。
だが、ギンには命中しなかった。
なぜなら、ギンはその6発の銃弾を刀剣で切り落としたからだ。カランと真っ二つに割れた弾が地面へと落ち、ギンはため息をつく。
「何がさようならじゃ。ちと調子に乗りすぎじゃないかのう?」
ギンはそう言った後、にぃっと笑う。
「もっと見せてみい。お主はこんなもんじゃないじゃろ。いっとくが、わしはそんじょそこらの一般ピーポーよりは強い自信ある。まだ楽しもうぞ」
「……そのようですね」
アリステラは銃のバルブを回し、構える。
「まだ私は本気どころか、戦意すら見せていません」
「戦意すら? なんじゃ、手加減どころかわしみたいなサボりだったのかえ。なんて奴じゃ……龍志に後で尻を叩いてもらわんとな」
「……まだまだこれからですよ。銀雪さん」
「ギンでよいぞ、アリステラ」
アリステラは無表情で、銃の引き金を引く。ギンは完全に油断しきって、次の攻撃は受け止められないだろう……そんな慢心の下だ。
銃から射出したのは、氷の竜だった。一直線にギンに向かって迸るそれは、まるで漫画のようなその光景だ。ギンは思わず驚嘆の声を上げ、その竜を素早く切り落とす。
だが、ギンが竜を真っ二つに切り落とす事はアリステラも想定済みのようで、その隙をついてコンバットナイフを片手にギンに迫った。
ナイフと刀が互いの刀身をぶつけ合い、金属のようなこすれた音が鳴り響く。
「まだまだじゃろ?」
「当然、です!」
アリステラが叫ぶと、空いた手で拳銃を取り出してギンに向ける。ギンも拳銃を取り出し、アリステラに向けた。
同時に銃から弾が射出され、銃がぶつかり合って相殺する。その欠片が二人の頬をかすめ、赤い筋をつくる。
互いに一歩も譲らない戦いに、二人の緊張感は高まっていった。
- Re: 新世界のアリス ( No.62 )
- 日時: 2021/08/31 23:39
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
一方……
ディクシアはアリスの姿が見えないので、宣言通り消し炭にできた事を喜んで高笑いを上げていた。
「アハハハッ! えらそうな口をきいてた割には、一瞬で灰になっちゃったじゃない。やっぱり男はダメね、役に立たないし何よりも弱い!」
ディクシアはここぞとばかりに彼を罵り、嘲笑する。勝利を確信し、油断しきっていた。
……だからこそ、アリスが背後に現れ、近づいていたことに全く気付かなかったようだ。彼はディクシアの背後に忍び寄り、不意打ちとばかりに彼女の足を払うように蹴る。ディクシアは驚いて床に転んで倒れてしまう。そして、アリスの顔を見据えた。
「……あなた、どうして!?」
「俺は一応「有栖川家」の陰陽術を会得している。森羅万象の力を借り、炎から身を守る事も容易い。お前さんの技を水の力を借りて防ぐことだって簡単だ。……ギンにはまだ未熟だと言われているがな」
アリスは苦笑しつつ、彼女を見下ろす。
「お前さんは強い。だが、慢心と傲慢さ、そしてすぐに感情的になる性格が仇となって、今こうして床に倒れて俺を見上げているわけだ」
「……説教でもしたいわけ?」
「そんなつもりはないが、力押しだけでは戦いに勝つことはできない。それは覚えた方がいい」
彼の言葉に、ディクシアは舌打ちをし、ハルバードをより強く握りしめる。
「ハアァ。ウザいのだわ、そうやって見下しながらイキってるヤツ。ホンットムカつく」
「気に入らないなら力で捻じ伏せるといい。それがこの大会の趣旨だろう」
「後悔させてあげるのだわ」
ディクシアはそう言い放つと、瞬時に立ち上がってアリスの方へ距離を詰める。一瞬で目の前にディクシアが現れたというのに、アリスは驚きもせず、彼女の振り下ろしたハルバードを容易く避ける。
さらに彼は、彼女の次の攻撃を読み、刀剣でハルバードを受け止めた。
ディクシアは舌打ちをして、レバーを引く。すると、ハルバードは熱を帯び、炎を纏った。
「剣ごと燃え尽きるといいわ!」
彼女の叫びが炎と共にアリスへと降り、熱気と炎が彼を襲う。先ほど右手を負傷していたのだが、アリスは構わず右手でディクシアの左腕をつかむ。
そのまま、ディクシアを取り押さえ、床へと叩きつけて捻じ伏せた。体格の差だろう、いとも容易く体の自由を奪われるディクシア。
「ふん、男のくせになかなかやるじゃないのよ……!」
彼女がそう笑うと、突然靴でトントンと二回床を叩く。なんと、靴の厚底から仕込みブレードが姿を現し、アリスの腕を切り裂こうと足を振り上げた。
アリスは突如現れた隠し玉に驚きつつも、冷静にディクシアから手を放し、瞬時に後退する。避けきれず左腕を裂かれ、傷口から少量だが赤い雫が舞った。
痛みはあるが、声を出すほどでもないとアリスは考え、ディクシアを睨む。
「あら、両腕に傷ができてしまったというのに、悲鳴もあげないのね?」
「騒ぐほどのものじゃないしな」
「つまらない。悲鳴の一つくらい聞かせてくれたらいいのに……あとは歪んだ顔一つでもね」
「あいにく、顔芸も腹芸も苦手でな。しかも、アドリブも気もきかないときたひねくれ者なんでね」
「つまらない男だわ」
ディクシアがつまらなさそうにため息をつくと、再びハルバードを振り回して、アリスに攻撃を仕掛ける。振り回す最中にレバーを引き、炎を纏わせた。炎を纏ったハルバードは、まるで火が舞い踊ってるかのような動きだ。
アリスは慌てる事もなく、剣の刀身を左手でなぞる。
「水よ……我に力を与えたまえ!」
その叫びに呼応するかのように、剣が水を纏っていく。炎と水がぶつかり合い、互いを打ち消し合う。互いに武器をぶつけ合って、傷を受けようとも、服が燃やされ切り裂かれても、二人のぶつかり合いは止まらない。
そして、周りでは打ち消し合った水と炎のおかげか霧が生まれ、視界が悪くなってきていた。それにも気づかないのか、アリスとディクシアは血を流しながらも戦い続けた。
だが、アリスが先に疲れを見せ、眩暈がしたのか足元が覚束ずにバランスを崩す。その瞬間を待っていたのか、ディクシアは嬉々としてハルバードの切っ先をアリスの心臓に向かって刺突した。
「死ぬといいわ、アリスガワリュウジ!」
勝利を確信し、目を見開いて一瞬を突くディクシア。彼の生んだ隙こそ好機。彼女の目にはスローモーションのようにゆっくりとした動きにも見え、確実に彼の心臓に向かって直進する。
しかし、アリスはそのハルバードの動きを止めたのだ。右手でハルバードの刃をつかみ、刃が赤く滴る。
「言ったろ、その傲慢さが良くない。油断大敵だ」
「なっ……!?」
ディクシアは確実にふらついていた彼の隙を狙ったはずなのに、アリスはハルバードを受け止めていた。
……ありえない。この距離で、この速度のハルバードの突きを見切るのは至難の業……。
「あなた、一体何者なの!?」
「ただのエージェント。魔物討伐が仕事のしがない男だよ」
ディクシアの問いにアリスは苦悶の表情を浮かべながらもそう答えた。
その二人の間に、何かが飛んでくる。ヒュルルルという音を立てながら、それは風を切ってディクシアを狙っていた。
アリスはそれに気づくと、ハルバードから手を放し、瞬時に後退する。もちろん、ディクシアも飛んでくる何かを避ける為にバク転してそれを回避した。
ズドンと衝撃と低音を響かせながら地上にぶつかったそれは、ギンが乗っていた、大人二人分の高さと大きさの氷塊であった。
「龍志、どう、やってる~?」
気の抜けたギンの声が龍志に向かって放たれ、氷塊から飛び降りた。彼女もまた、戦いで受けた傷が深い。だが、彼女は笑顔を絶やさず、ディクシアの方へと踵を返した。
「ギン……」
「苦戦しとるようじゃの、手伝ってやってもよいぞ。特別にな」
「ああ、手伝ってくれ」
ギンのニヤニヤした笑みでの問いに、アリスは素直にそう答える。彼女は一瞬驚いて振り向くが、歯を見せた満面の笑みで「応!」と大声で答えた。
一方、ディクシアの方にもアリステラが近づく。彼女もまた切り傷や擦り傷、凍傷などでボロボロであるが、余裕の表情でこちらを見る。
「手伝って差し上げましょうか、お姉様?」
「あんたも傷だらけじゃない……」
「やる気がないなら先に帰ってもいいですよ?」
「……手伝いなさい。目の前の田舎者共に格の違いを教えてやるわ!」
「了解です、お姉様。足を引っ張らないようにお願いしますね」
目の前の二人もまた、こちらと同じくまだまだやる気に満ちていた。
- Re: 新世界のアリス ( No.63 )
- 日時: 2021/09/02 08:18
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: 8comKgvU)
ギンは氷塊へ近づき、くるりと回って氷塊を蹴り飛ばした。氷塊にはひびが入り、砕け散る。その破片が反対側にいるディクシアとアリステラの方へ飛び散る。
二人ともそんな事は些細であると言わんばかりに、こちらへ落ちてくる氷の破片に飛び乗って、反対側にいるアリスとギンに襲い掛かろうと飛び掛かった。
だが、反対側にはアリスとギンは既に姿が見えない。二人の背後に回っていたからだ。
「想定内です!」
アリステラがそう言い放ち、拳銃を二人の足元へ向けて数発撃った。だが、二人はそれを読み、アリスはディクシアを、ギンはアリステラへ距離を詰める。
驚く暇すら与えず、アリスはディクシアの持つハルバードを持っている剣で力の限り斬る。そしてギンも、アリステラの狙撃銃の銃身を斬り落とした。真っ二つとなった二人の武器は、床へ落ちる。
「あぁ、私の……私の、「ヘスティアー」が!」
「……なるほど、これはやられました」
二人が戦意喪失させ、ディクシアに至っては涙を流してハルバード……ヘスティア―を抱いてがっくりと肩を落としていた。
「チェックメイトだ、お二人さんの武器を無効化した今、これ以上戦う事は大会のルールに反する」
アリスは剣を鞘に納め、二人に言い放った。
アリステラがアリスを見上げ、口元を緩ませる。諦めたような笑みだった。
「そのようですね。まあ、今回は退きましょう」
「くっ……そ、覚えておきなさいよアンタ! 「いつかボコる」帳の表紙に名前を書いて、いつかギッタンギッタンのバッコンバッコンにしてやるんだから!」
「はいはい、お姉様。敗者は素直に帰りますよ~」
「覚えておきなさいよ! クソッタレ、アホンダラ、悪趣味男、チビ、まな板、デカ〇〇~~ッッ!!」
「お姉様、仮にも私達は栄光なる「ディディモス家」の人間だというのに……なんと下品な言葉を……」
アリステラに引っ張られる形で、ディクシアとアリステラは素直に退場していく。……会場を出るまでは、ディクシアの罵声が耳に入ったが。
彼女たちの姿が見えなくなると、会場はより一層盛り上がり、悲鳴にも似た歓声が響き渡る。
「おい龍志、右腕が大変なことになっとるじゃろがい!」
「お前も腕が赤と氷で大変なことになってるぞ?」
「あ、う……さっさとウィチアの奴に治療してもらうんじゃ」
「お前もな」
アリスとギンがそう頷きあうと、会場を後にする。会場の歓声は、二人が姿を消した後もしばらく続いていた。
その会場の観客に紛れて、赤い髪の女が腕を組み、彼らの戦いを見て笑みを浮かべた。
「ふふっ……少しは成長したって事ねぇ、坊やにおチビちゃん。次に会う時、退屈せずに済みそうだわ」
その隣にいた儚げな白髪の少年と魔女のような姿の女が彼女に近づく。
「……あいつら、敵?」
「ええ、そうね。いずれ私たちの邪魔をするわ」
「はん、あんなガキ共を野放しにしておくつもりか、甘ェなァ?」
魔女がそう赤髪の女に顔を近づけて威圧する。だが、彼女は臆せずに魔女を見る。
「ま、まだ私たちの計画の邪魔ではないから、ねぇ。あの子たちの相手はシナヴリア・オルデンツに任せておけばいいじゃない?」
「ねえ、"ハーメルン"。僕、あの子達に食べてもらいたい」
赤髪は少年に笑みを浮かべた。
「今はその時じゃないわ。今はまだ……」
「貴様はそればっかか、付き合ってらんねえな。私は勝手にやらせてもらう」
肩をすくめた魔女はそう言い放ち、その場から瞬時に消えた。
「んもう、せっかちさんねえ……まあいいわ。……今はまだ、ね」
- Re: 新世界のアリス ( No.64 )
- 日時: 2021/09/02 23:50
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
12章 All Correct!!
ディクシア&アリステラのコンビとの試合が終わった後、会場は一旦解散となっていた。
まあ、それもそのはず。互いのペアが好き勝手に暴れたおかげで、会場はボロボロになっている他、アリスとギンのペアは治療を受けなければならない状態だ。その日はとりあえずは解散となり、準決勝2戦目のペア二組とアリスとギンは控室でしばしの休息をとるようにと命じられたわけであった。
「毎回魅せてくれるねえ、アリスにギン。期待以上だなぁ」
控室でウィチアの治療を受けていたアリスとギンの目の前には、マオーシャが椅子に腰かけている。足を組んで二人を眺めながら、キリガンの淹れた紅茶を楽しんでいた。そして、紅茶の香りを楽しみ、アリスとギンが寝ているベッドの脇で、二人の服を修繕しているキリガンに「茶の淹れ方がうまいね」と褒めていた。
「アリス、ギン。この大会が終わった暁には、うちで私の補佐官として働かないか? もちろん、3食お菓子付き、ボーナスも年3回出すよ」
「3食お菓子付き……!」
ギンは涎を口から溢れさせ、目をキラキラと輝かせる。だが、アリスは首を振った。
「魅力的な話ですが、俺には帰るべき場所がありますし……それに、今回は残念ですが、ティラ殿のお使いで来たわけですから」
「ん、そりゃ残念」
マオーシャはがっかりしつつ、肩をすくめる。その後すぐにキリガンの方へ顔を向けると、ニコォと笑みを浮かべた。
「じゃあキリガン。あんたはどうかな? あたしの補佐官としてさっき言った待遇で働かないかい?」
「え、俺!?」
キリガンが驚いて修繕していたジャケットを思わず落とす。
「ああ、一応補佐官にエイヴリーとラプンツェルを任命してるんだけど、あいつら他にも防衛隊長とかも兼任してるからさ……ぶっちゃけ人手不足なんだよね。東部のオトメの方は人材が有り余ってるっていうのに、こっちは人手がねくどくどくどくど……」
マオーシャがキリガンに対して止まらない愚痴を吐き続け始めた。キリガンは何とも言えない表情でその話を聞きながら、助けを求める視線をアリスとギンに送る。……が、アリスとギンはそれを見て見ぬふりをしていた。
「それはそうと、毎度毎度こう怪我をされて……無傷だった一回戦が懐かしくも思えます」
ウィチアは叱りつけるようにアリスの腕に消毒液を塗っている。ギンの方は包帯を巻いて寝かせたようだ。ベッドに座る彼の前に座り込んで、彼の腕を見ながらため息をつく。
「私たちの仕事はない方がいいんですよ?」
「す、すみません……」
アリスは申し訳なさそうに項垂れると、ウィチアは微笑んだ。
「ま、いいです。次は決勝ですから、万全な状態で挑んでくださいね」
彼女はそう言ったあと、アリスの腕に包帯を巻く。
「――で、どうだいキリガン。うちで働く? 働かない? 男ならはっきりしなよ~」
「うえぇ、っとぉ……うぅーん、美味しい話ですけど、どうせ男には人権とかないでしょう?」
「あたしは有能な人材なら差別なんかしない主義だよ! 出身とか性別とか地位に優劣なんか存在しないのが信条でね。キリガン、どうせ冒険者やるなら補佐官やった方が稼げるし、毎食お菓子付きの何が不満なんだい!? もっと待遇が必要なら、社会保険だってつけちゃうよ!」
「うっ……それを聞くとなんだかいいかもしれないって思えてきた……でもブラックなんでしょう?」
「そう思うだろ? そうでもないんだよねぇ……ここは自由国だから……」
「……なるほど」
マオーシャとキリガンが雇用について相談している最中、アリスの治療が住んだのか、アリスはベッドに横になる。
「で、キリガン。補佐官になるのか?」
「なりましょう!」
「マジか……」
キリガンの瞳は爛々と輝いている。どうやら冒険者に変わる新たな就職先を見つけたらしく、マオーシャも満足げに頷いた。
「ところで、準決勝2回戦はいつ始まるんですか?」
アリスはふと気になり、マオーシャに尋ねると、空になったティーカップを指で躍らせながら彼女は答える。
「ん、明日だね。見るか?」
「いや、気になっただけですよ」
「まあ早けりゃ明日決勝になるが、できそうか?」
「俺は大丈夫だが、ギンの方が心配ですね」
ギンの方を見ると、疲れが溜まっていたのか「すーすー」と寝息を立てて眠り込んでいる。
「それは問題ありませんよ。特別にホロウハーツの「ローレンスラボ」から取り寄せた治療薬を打ちましたので、寝て起きたら完治しているはずです」
「「ローレンスラボ」?」
「あれ、ご存じありませんか?」
ウィチアはアリスにチラシを渡す。
チラシには、若い白衣を着た茶髪の人物が写っており、「ローレンスラボ」と書かれており、中身は医薬品などの大量購入の案内や、定期購買の案内など、いかにも法人向けといった感じの内容が書かれていた。
「「ローレンス」博士……ここ数年でかなり活躍してる期待の新星だね」
キリガンはジャケットの修繕の続きをやりつつ、アリスの方を見る。
「どんな人物だ?」
「3年前に「ナイチンゲール賞」を受賞……あ、ナイチンゲール賞っていうのはね、優秀な医者に贈られるんだけど……まあ、博士の賞を取るまでの経緯がすごいんだよね。全くの無名からのし上がってるんだもん」
「具体的にどんな活躍を?」
「人工細胞の研究、主に再生医療の研究をしてるらしいんだ。他にも、そのチラシに書いてある医薬品の開発。博士の登場前は「リライフ製薬」がほとんどの医薬品を製造を任されていたけど、博士が登場したことで、博士の所から買う病院や医者が増えてるんだってさ」
彼の話にアリスは「へえ」と声を漏らす。
「会ってみたいもんだな、その「ローレンス博士」とやらに」
「無理だと思うよ。ローレンスラボ自体、どこにあるかわかんないし」
キリガンは肩をすくめた。
「そうか、そりゃ残念だ」
「でも、まあ……活躍を重ねたらきっと、あっちから会いに来てくれるかもね」
「そいつは重畳の至り」
アリスがそう言うと、二人は声を出して笑いあった。
- Re: 新世界のアリス ( No.65 )
- 日時: 2021/09/04 22:52
- 名前: r/L ◆5pOSsn24AA (ID: RAGGUceS)
翌日。
準決勝2回戦は滞りなく始まり、そしてすんなりと終わったそうだ。
そして、午後。決勝戦が始まる。アリスとギンは会場へと歩み進める。決勝戦だけあって、会場は大盛り上がりだった。……人数が昨日の倍以上はいるんじゃないかと思う程、人という人が観客席を埋め尽くしている。ギンはその様子を見て「ふっ」と鼻で笑った。
「龍志。大会の〆を飾るんじゃ。派手に暴れてやろうぞ」
「……昨日までも派手に暴れていた気がするがな」
「今日はもーっと暴れてやれい!」
「善処はする」
二人がそう会話していると、目の前に試合の相手が入場してきていた。黒い服とマフラーの青い髪の男と、銀髪のヤギの角が生えた女……見覚えがある。
「そういや、名前はちらっと見たような気がしたが……気のせいじゃなかったんだな」
「うへえ、マジか……」
目の前の人物に驚きを隠せないアリスとギン。
それもそのはず、目の前の二人は……ジャンとカーラだったからだ。
「やあ、ダブルエージェント。今日は派手にやろうじゃないか」
「わぁい、決勝で会えるなんて、こんな奇遇あるぅ!?」
ジャンはポーズを決めながら気さくに話しかけ、カーラは白々しい事を言いながらいつもの満面の笑みを浮かべていた。
「白々しいな、知っていたんだろ?」
「もちろんさぁ☆」
アリスの呆れた表情に、片眼をつむってウインクで答えるカーラ。なんだか楽しそうで羨ましい限りだ。
「ジャン太郎、お主はなぜ大会に出とるんじゃ?」
「そうだな、スノウおばあちゃん。東部の防衛隊に捕まって処刑されそうになったところを、オトヒメ・プリンセスが救ってくれたんだ」
「嘘だよ、処刑しない代わりに大会に出て優勝してこいって言われたんだ」
「……とにかく、優勝して海皇の権限を譲れって事だろ」
アリスがなんとなくすべてを察すると、ジャンはアリスに指さして「ザッツライト」と答えた。
「だが、アリス達も同じだろ? 西部のトップに優勝してこいって頼まれて、今ここにいる。そうだろう?」
「ああ、そうだ。暇なら参加しろってな」
アリスが頷くと、カーラは首をかしげる。
「あれ、てことは……お互い同じ目的って事じゃん」
「ありゃ、そうじゃのう……どうする?」
ギンが腕を組みながら皆の顔を見ていると、ジャンは肩をすくめた。
「はあ、おばあちゃん? 当たり前の事を言うんじゃねえよ」
「さっきからおばあちゃん言いすぎじゃぞ。今日はすこぶる調子いいから、お主を一瞬でフリーズドライにできるんじゃが?」
ギンとジャンが互いの目を見て睨み合う。が、アリスとカーラが間に入り、二人を窘めた。
「まあまあジャン。そんなカッカしないの」
「ギン、お前もだ。やる気なのはいいが、試合はまだ始まってないぞ」
二人にそう言われて一旦落ち着きを取り戻すギンとジャン。
「……しかし、いい機会だ。ジャンとカーラ。お前達とは一度手合わせしたいと考えていた」
アリスがそう言うと握っている紐から下がっていた刀剣を手に取る。彼の言葉を聞いたジャンとカーラは笑みを浮かべた。
「そりゃあこっちも同じさ、ミスター・アリス。この場を用意してくれたプリンセスには感謝しかないぜ」
「うんうん。乙姫様様だねぇ」
それに負けじと、アリスとギンも笑顔を見せていた。
「よっしゃ、龍志とこの銀雪の最強ツインダブル2倍なパワーを見せちゃる!」
「ツインダブルなんちゃらは意味わからんが、俺達も負けない。互いに手加減抜きでいこう」
アリスの言葉を皮切りに、ゴングの音が会場に鳴り響く。
それとほぼ同時に、互いに武器を構え、戦いの火蓋が切って落とされた。
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