複雑・ファジー小説

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Requiem†Apocalypse【完結】
日時: 2023/11/23 17:54
名前: 匿名 (ID: BOCX.xn2)

◆あらすじ
18XX年ヨーロッパ、某所。世間では産業革命だとか、三角貿易だとか、あるいは啓蒙主義が謳われている。そんな目まぐるしく動き回る時代でも、光あるところに闇は必ず存在するものだ。悪意の跳梁跋扈、魑魅魍魎は全てを隠し、奪おうと暗闇から手を伸ばす。「ルカ・フィリッポス」。彼はそんな魑魅魍魎共の手により、無実の罪に問われた。そんな彼に声をかけたのは、教会の閑職、あるいは掃き溜めなどと呼ばれる部署「鎮魂歌レクイエム」の総長の「ガブリエル」だ。彼女は罪に問われ、判決が下されそうなところに意義を唱え、ルカを鎮魂歌レクイエムへ誘い込み、罪を有耶無耶にしたのだ。
そこにいたのは、不倫中の頼りない係長「ヨハンソン・レッド」、そして、無銭飲食を疑われていた奇妙な少年「レク」であった。

「はじめまして、「レク」です。お会いできて、だいぶ感動です」



◆カクヨムでも同時収録。19世紀のヨーロッパを舞台に主人公達が犯罪に立ち向かう、そんなミステリーシュールコメディサスペンスな推理的読み物です。一部暴力表現があります。


◆登場人物
◇レク(レクトゥイン・パース)
13歳。ガブリエルに拾われた頃からずっと感情が無く、生きた人形と称されていた少年。が、仲間達と一緒に過ごすうちに、無表情なりに性格が前面に出てくるようになっている。鎮魂歌レクイエム達の中では飛びぬけた能力と頭脳を持ち、常に考え事をしている様子。飛びぬけた頭脳を持つが故に、食いしん坊で味覚音痴になってしまっている。常にニンニク臭がしている。東洋被れ。

◇ルカ(ルカ・フィリッポス)
16歳。「フィリッポス家惨殺事件」の容疑者だが、真犯人を目撃し、目の前で両親の死を目の当たりにしている少年。現実的で、超能力や霊能力等の不可思議なモノを信じていない。控えめな性格ではあるが、こうだと思ったらはっきりと物申す癖がある。

◇ヨハンソン(ヨハンソン・レッド)
32歳。レクとルカの先輩で、面倒見のいい先輩。ガブリエルとは傍から見るとお似合いカップルに見えるが、上司と部下の関係で、それ以上でもそれ以下でもないそうな。大人の余裕があり、ダジャレや冗談を連呼して場を和ませようとしている。鎮魂歌レクイエムでの受け皿的存在。

◇ガブリエル(ガブリエル=ラ・ピュセル・サ・ザカリヤ)
35歳。鎮魂歌レクイエムの総長であり、レクとルカ、ヨハンソンの上司。なのだが、上司としては頼りにならない。常に欠伸をしていて眠そうな目をしている。教会からもかなり嫌われており、不仲。すぐ舌打ちしたり、態度に出る為である。レクの性格は、彼女の普段の行動に影響されている。鎮魂歌レクイエムのかつての仲間「マリア・シエルフィールド」が銃撃に遭い、今も意識不明の重体。フラッといなくなっているのは、彼女の見舞いに行っているかららしい。

◇マリア(マリア・シエルフィールド)
29歳。鎮魂歌レクイエムの一員。性格はおっとりしていてマイペースで常識外れ。髪はいつもぼさぼさ、ファッションセンスは皆無。何日も同じ服を着ていたり風呂に入らなくても平気というものぐさ。時間にルーズで方向音痴……という残念な女の人。ある事件を追って調べていたところ、意識不明の重体を負う。現在は病院で治療を受けている。

◇マルクス(マルクス・セントラ)
21歳。イーヴン・アカデミーの大学生。マリアが意識不明となった事件に深く関わるが、詳細は迷宮入り事件となり、数年が経っている。現在は塾講師をしており、レクとはたまに会う関係。レクとはマリアの事件をきっかけに恨まれているが、彼的には和解したいらしい。ちなみに左利き。なのでレクからは「左利き」と呼ばれる。

◇マトゥー(マトゥー・カラヴァジオ)
「スクレ・ドゥ・ロワ」の構成員を名乗る謎の男性。

◇シオン(シオン=フェーカ)
22歳。ヨハンソンの浮気相手。鎮魂歌レクイエムにお客様を案内してくる、新人教会騎士。

黙示録
・序ノ廻>>1-19
・甲ノ廻>>20-32
・乙ノ廻>>33-50
・丙ノ廻>>51-61
・次回以降はカクヨムで更新中

Re: Requiem†Apocalypse ( No.57 )
日時: 2023/11/19 23:16
名前: 匿名 (ID: ODIW5iE0)

「な~んて言っちゃったけど、手掛かりないんだよねぇ~……シオンちゃん、どうちまちょうかねぇ~?」

 とりあえずこの場は解散となり、ヨハンソンさんは椅子に座って脱力したように天井に顔を向けてニヤニヤ笑っていた。正直キモい。そんなため息ばかりつくヨハンソンさんを横目に、僕は事務作業。そしてレク君はどこかへ電話をしていた。

「……つーことで、まあ確証はありませんが、何卒ご協力を」

 メモを取りながらそう話している。

「――はい。では、後ほど」

 レク君がそう言い終えると、がちゃりと受話器を閉じた。そして立ち上がり、ヨハンソンさんの方へと向かう。

「ヨハンソンさん、ご協力願いたい事が」
「ん~?」
「シオンさんに思いを馳せるのは後にして、思い立ったが吉日、即行動あるのみですよ」
「え~?」
「さっさと動け不倫野郎!」

 レク君がヨハンソンさんを引っ張ってどこかに行こうとする。

「ちょっと、レク君! どこに行くんだよ?」
「……あ、ルカさんも協力願いますね。《《犯人を捕まえるだけのカンタンなお仕事》》です」
「だから――」
「ごちゃごちゃうっせーにゃ、おみゃーはよぉぉン!?」
「逆ギレ!?」

 レク君がまた何か思いついたようだ。僕らはその詳細を聞かされることはなく、レク君の指示に従い、ある準備を進めた。それは、ジェイコブさんにも課長にも知らせずに秘密裏に行うと、レク君は言う。

「決行は明後日です」
「そりゃ結構!」

 ヨハンソンさんのボケをレク君はスルーして、事務所を後にした。僕らもそれについて行く。




―――




 翌日、普段通り事務所に出勤すると、シオンさんが昇降機から姿を現した。

「入りまーす」
「シオンちゃん……!」

 ヨハンソンさんが早速シオンさんを出迎えに彼女の所へ行くと、ここからでは聞こえない会話をしていた。……が、ヨハンソンさんは顔を青くし、仰天している。な、何を話してんだろう? そんなヨハンソンさんを尻目に、シオンさんが前に出て、にこやかな笑顔を見せた。

「再び鎮魂歌レクイエムにお客様をお連れしました。イーヴン・アカデミー在籍ジェイコブ・コスミンスキー様と、犯罪対策班第二課長アスラン・デネトレィオン様。では張り切ってどうぞ!」

 と、シオンさんはそれだけ言うと、昇降機にさっさと乗り込んで降りていった。……何やらヨハンソンさんに向かって、目を瞑って唇を寄せている。ヨハンソンさんはニコニコ笑顔だ。

「おお、来ましたねお待ちしとりやしたよ」

 レク君がそう手元にあるチキンカツ弁当を食べながら、ジェイコブさんと課長の前に小走りで近づく。

「レク君、一体何を始めようっていうんですか? 「囮作戦」だなんて。患者さんを危険な目に合わせるのは、些か――」
「おや、患者さんを囮になんて一言も言ってねえッスよ」

 レク君がチキンカツを美味しそうに頬張り、口を動かしながら解説をする。

「……食べるか喋るかどっちかにしなよ」
「それもそッスね」

 「あとで食べよ」と、レク君は近くのデスクに弁当を置き、ホワイトボードを引いてきて、ペンで書きつつ皆に作戦内容のプレゼンを始めた。

「ま。簡単な話、教会直下の病院の一室を使って犯人をおびき寄せるんです。次のターゲットを絞りやすくするべく、こっちから偽情報を提供し、犯人を釣るって話ですな」

 ……確かに、それが一番簡単なんだけど……。

「それで本当に犯人が来るのですか?」
「ええ。まあ確証はないですが、やらないよりはマシ。いえ、やらなければ、この事件は永遠に迷宮入りになりますよ」

 レク君はそう言い、腕を組む。

「それに、今進まねば、いつ進むというのですか。課長、いつまでも燻ってる余裕など、我々にはないんですよ」

 課長は、レク君に肩を叩かれ唸る。

「……課長、ここまで来たらもう、やるしかないのでは?」

 思わぬ援護に僕は顔を上げる。ジェイコブさんが言い放ったのだ。

「僕もレク君に同意します。ご遺族の皆さんやご家族の皆さんの不安や痛み、悲しみを一刻も早く取り除いてあげたい……そう思います」
「むむ……」
「まあ、カンタンな事です。とりあえず決行は明後日です。それまで、準備を怠らず、余った時間は英気を養うためにお休みしてください」
「……という事だから、今日はこれから――」

 ヨハンソンさんがそう言い、ホワイトボードに詳しく書き始め、皆に説明をした。


 ……この作戦、本当にうまくいくんだろうか? と、僕は少々不安だけど、レク君の言う通り、やるしかないよな。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.58 )
日時: 2023/11/19 23:19
名前: 匿名 (ID: ODIW5iE0)

 なんやかんやてんやわんやと色々ありましたが、準備は進んでいき……とりあえずエサをばらまいて後は釣れるのをじっと待つのみ。という段階まで来ました。

「ん~、ばかうま」

 ぼくは寧幸むしろしあわせで、いつものようにラメーン定食、茹でギョーザ、焼きギョーザ、ニンニクはみ出ギョーザを堪能しながら、その時を待っていました。……まあ、この後は家に帰ってから師匠とぼくの洗濯物をまとめて洗って、部屋に干す作業が待ってるんですが。

「何かでかい事をやりそうな感じだね」

 ぼくの目の前には、左利きが座っていました。……別に許可したわけじゃないのに、なぜぼくの目の前に座っているのやら。

「……わかりますか」
「わかるよ。いつも以上に食べてるし」
「観察してんのかキモッ」
「ひ、ひどい……」

 彼は、がっくり肩を落としていますね。まあ、どうでもいいんですが。

「レク君」

 がっくり肩を落としたまま、左利きがぼくの名前を呼んできました。

「なんスか」
「君もまだ子供なんだから、教会騎士なんて危険な事はやめて、普通に生きなよ」
「……そんなん言われる筋合いないッス」

 またその話か。
 確かにぼくは師匠のおかげで今、教会騎士の職務を全うできています。教会騎士になるには最低16歳からの年齢制限があり、ぼくは飛び飛び級で所属する事が出来ていますね。あの事件をきっかけに、師匠とヨハンソンさん、それにアスラン課長やらがいろいろと尽力してくれたおかげで、今の鎮魂歌レクイエムがある。

「子供がなんだとか、平和な世の中でなんだかんだと言われる時代になってきましたけどぉ。教会騎士になった瞬間から、ぼくは常に命がけですし、これが普通なんス。子供の遊びなんかで、犯罪起きたら犯人おっかけて死にかけながら捕まえてなんて、できないです。立派な職務なんです。……それが、ぼくの選んだ「教会騎士」って仕事なんですよ」
「……でも、君は13歳。学ぶ権利がある」
「それはあなたの理屈。教皇様が許可をくださった以上、ぼくは「教会騎士」であり、それを全うする義務と使命があります。左利き(あなた)がどう思おうと、ぼくはぼく。ぼくの勝手です」

 そこまで言うと、左利きは納得できないという渋い顔のまま、ぼくのギョーザを一つ攫って行きます。

「あ、コラ! 食うなよお前!」
「そういや今日、親父さんいないね」

 ぼくを無視しギョーザを口にしながら、そうつぶやく彼。……確かに、今日は奥さんのナンシーさんしかいらっしゃらない。どうしたんスかねぇ。

「ナゴヤあたりでバイトでもしてんじゃね」
「ナゴヤってどこだよ……」

 ふと、ぼくは壁に掛けられたジグソーパズルの完成品に注目しました。というか、昨日来た時にはなかったので、ずっと気になってたんですよ。確か前に親父さんがやっていた、「牛乳を注ぐ女」のパズルが完成……いえ、1ピース足りてない未完成品ですね。

「やっぱ1ピース足りてなかったか……」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.59 )
日時: 2023/11/19 23:21
名前: 匿名 (ID: ODIW5iE0)

 作戦決行の数時間前。僕らは教会直下の病院――「聖サントラ病院」へと赴き、再度作戦の確認のための会議を始めた。
 囮役はレク君。彼が女装し、患者に扮して待ち伏せる。誘導できるよう、情報は今日と前日にばらまいておいて、後はレク君の言うように、釣れるのを待つのみ。できるだけの事はやった。協力を頼める人たちにも話はした。……とはいえ、流石教会の閑職の「鎮魂歌レクイエム」。頼んでも聞いてくれる人はやっぱり少ない。今回も病院にご迷惑がかかるって事で、素直に頷いて協力してくれる人は本当にいなかった。ここまで来ると、嫌われてるんじゃないかってくらい悲しくなってきて、僕は思わず頭を抱えながらため息をついた。

「ルカさん、ため息なんかついちゃやーよ。リラーックス」

 レク君が何かを食べながら僕の肩を叩く。……手に持ってるの、なんだろう。

「レク君、なにそれ」
「ひょーざぱん(ギョーザパン)」
「何それ不味そう」
「なにおう!?」

 レク君は僕が顔をしかめているのにも関わらず、ギョーザパンを口に含みながら何か文句を言ってくる。……でも口を開くたびにギョーザパンの破片が僕の顔に飛んできた。あー、汚い。口に物を含みながらしゃべんな! 

「やあやあ諸君共~。うーん、レクぅ。似合ってるじゃないのさ」

 そこにガブリエルさんが近づいてきた。で、レク君の格好を見ながらニヤニヤ笑っている。
 今のレク君は病弱に見えるように顔を白く化粧し、髪も特注のウィッグでボサボサ感のある長い髪を被せて、服装は病院指定の患者衣を着ている。どっからどう見ても――

「立派な病人だな。笑って送り出せるぞ!」

 ガブリエルさんは大笑いしながらレク君の頭をぽんぽん叩いていた。

「ならぼくは草葉の陰から師匠を見守ってます」
「ありが大成仏マイフレンド」

 レク君の返しに、ガブリエルさんは手を合わせて拝むように頭を下げる。アホな師弟がわけのわからんやり取りをしているうちに、時間が来たようだ。レク君は時計を見て、持ち場に行くことにした。僕も行こうとすると、ガブリエルさんが僕の胸に何かを押し付けた。紙袋のようだけど……。

「まあ大丈夫だとは思うけど、レクになんかあったら助けてやってくれ」
「……はい」

 中身は見るまでもない。僕は紙袋を受け取り、ぎゅっと握りしめた。




―――




 そして、零時の鐘が鳴った。リンゴーンという音が響き渡り、僕はごくりとつばを飲み込んだ。切り裂きジャックは零時の鐘と共に姿を現す。隙間から部屋の様子を覗き込み、今か今かと犯人を待ち構える。その待っている瞬間の体感時間はかなり長く感じた。自分の心臓の音すら、外に漏れ出ていないかと不安で仕方ない。
 ――やがて、カツカツと音が聞こえる。……まあ、窓からパリーンって派手に現れるとか、どこの探偵小説とかミステリー小説だよ! って感じだから、普通に来てくれた方がむしろ安心だよ。……あ、扉が開いた! 僕は紙袋から、ガブリエルさんから受け取ったモノを手に取る。
 黒い影。それが姿を現し、レク君に近づいた。手にはダガーナイフ。今回も資料通りに来てくれたみたいだ。それが月夜に照らされてギラリと閃く。

「――」

 黒い影が躊躇なくダガーナイフを振り上げた。――今だ!


 ナイフは振り下ろされる。だが、ボフッという音と共にナイフが食い込むが、シーツの中身は反応なし。僕は素早く影に近づき、後頭部に手に持っていた銃を突きつけた。同時に、ベッドの下に隠れていたレク君も姿を現して、影の喉元に銃を突きつける。

「動くな!」

 ダガーナイフを失い、手ぶらになった影は、驚く様子もなく、微動だにしない。

「手を上げなさい」

 僕がそう指示するも、奴は全く動こうともしない。……なぜ動かない? 僕はそう思い、影の首根っこを掴んだ。


 ――その瞬間、影の首が床に落ちた。と、同時に、それがビシャアという音と共に、何か液体をまき散らしたのだ。なんだ!?

「なにこれ!?」
「油だ……ルカさん、離れて!」

 レク君が叫んだのも一歩遅く、僕らは頭から油を被る。一歩遅れて気が付いた。人形だ。それに、チチチって音がする。焦げ臭いし……そうか、すぐ離れなきゃ! 僕はレク君の腹に手を回し、肩に担いでその部屋を出る。
 僕らが部屋を出た瞬間に、背後から熱風が吹き込んだ。爆発したんだ! 僕は咄嗟にレク君に覆いかぶさり、爆発の破片が彼に当たらないように庇った。背中に激痛が走る。

「ルカさん!」
「……っ!!」

 ガラガラと音を立てながら、天井が崩れる音がする。耳を劈くような爆音が突き抜けていく。
 その音が止んで、パラパラと破片や小石が落ちる音の後、静寂が流れた。レク君は何かに気が付き、僕から離れ、外に向かって走り去る。僕も背中の痛みに耐え、レク君を追った。

「レク君、どこに行くの!?」
「何者かが、外に!」

 レク君は裸足にもかかわらず、風のように走り抜け、その何者かを追うべく病院の外へと飛び出した。すると、霧が立ち込めている。だけど、霧の向こう側でヨハンソンさんらしき人やジェイコブさんや教会騎士の人が誰かが揉み合い、倒れ、争っている光景を目の当たりにする。

「止まれ!」

 僕がそう叫んで奴を追うが、倒れ込んだヨハンソンさんに躓いて僕は転ぶ。レク君が急いでそいつを追うと、影は走り、近くに置いてあったバイクにまたがってエンジンをかける。ブルルンと吹かし、発進。レク君は銃を両手に構え、バイクの足止めをしようと発砲した。だが止まらない。僕はやっとの事で起き上がり、持てる力を振り絞り、そのバイクを追いかけた。

 月明かりに照らされながら、バイクとの追いかけっこ。バイクの吹かし音が遠ざかっていき、僕とレク君が必死にバイクを追うも、バイクは走り去っていく。しかし――

 ドゴォォン
 そんな爆発音が一瞬の閃光と共に遠くの方から耳や目に入る。僕らは音の下方向へと急ぎ、音のした方へ近づくにつれ、明るくなっていく。ぼくはその光景を目の当たりにして、息をのんだ。

 ――カーブを曲がり切れず、バイクは川に落ちて炎上。もくもくと黒い煙を上げていた。月明かりと炎に照らされて、その傍らに倒れている人影が目に入る。恐らく、生きてはいないだろう。かなりの高さから落ちてるし。僕はその場に座り込み、肩で息をした。無我夢中だったからか、痛みは多少あったけど、脱力した瞬間、耐えがたい激痛へと変わっていく。

「……自殺、でしょうか」

 レク君がそうつぶやく。

「わかんない。けど、これで事件は解決した……のかな」
「いえ、それは不明です。が、とりあえず報告に行きましょう。すぐ現場検証をしてくださるでしょう。ルカさん、肩貸しますよ。まだ気をしっかり持って」

 レク君はそう言いながら、僕の肩を担ぎ、病院の方へと戻った。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.60 )
日時: 2023/11/19 23:23
名前: 匿名 (ID: ODIW5iE0)

 その後、現場検証の結果が僕らにも回ってきた。時刻は午前9時、遺体の身元も判明した。行方不明だった「イーサン・カレット」だったらしい。で、バイクの所有者はジェイコブさん。そこまでは特段おかしな話でもないけど……

「バイクのブレーキが壊されてますね」

 レク君がギョーザパンを食べながら、検証結果を読み、気になるところを口にする。

「ブレーキが壊れてる……って」
「あのバイクはジェイコブさんが所有者なのに、おかしいですよね」

 レク君はニヤッと笑う。

「ルカさん、この事件、やっと終わりますよ」
「……てことは」
「ええ、真実が見えてきた……カモ鍋」
「……」

 まあ、寒いダジャレは置いといて。僕は疑問に思っていたことを口にした。

「レク君、事件の犯人はイーサンさんじゃないの?」
「いえ、あの方は囮。昨日の作戦、犯人に筒抜けだったんですねぇ。だって、イーサンさんが犯人だったらそもそも病院にすら来ませんもん。いやあ、ふしぎふしぎ。クックック……」

 レク君は引き笑いをしながらメモを改めて読み直し、床に正座して、シュウジの道具を床に置き始めた。きっとキーワードの整理をするんだろう、僕は静かにそれを見守った。するとレク君はバッグからいつも使う本を探していたが、ため息をつく。ああ、なかったんだなと思っていると、あろうことか検証結果の書かれた紙を裏返して、それに書き込もうとしていた。
 まあ、いっか、僕も検証結果の複写、持ってるし。
 筆を黒い液体……墨汁で濡らし、紙に書いた文字を彼は口にする。


「死者からの手紙」

 ジェイコブさんから届いたという、亡くなったはずの妹さんの手紙。内容は、「この暗闇に閃く刃から、私を助けて」。確かに、切り裂きジャックの得物はダガーナイフ。昨夜もそのナイフが暗闇に閃いていた。

「切り裂きジャック事件」

 「切り裂きジャック」が最初に事件を引き起こしてから、1か月から1年の周期で難病患者の少女達が殺害されていく事件。臓器を摘出するように、内臓が全て取り除かれ、まるで乾物を作るかのように、被害者の皮を病院に吊るすという、非人道的行為。想像しただけで恐ろしい……。

「イーサン・カレット」

 教会へ連行した翌日に姿を消し、そして昨夜姿を現した人物。あの人形といい、姿を消していた人間が突如現れた事といい、謎だらけだ。

「霧」

 捜査資料によれば、犯行現場にはいつも霧がかかっていたらしい。そして、イーサンさんが姿を消した時も、現した時も、昨日の病院でも。霧が発生する条件なんて、限られているはずなのに、だ。

「倉庫の鍵」

僕がどんなに力任せに捩じろうとしたり壊そうとしたりしても、外れなかったあの錠前が、レク君が触れただけで壊れたのは、僕が力任せにやったせい……ではないはず。つまり……?

「争った形跡」

 そして気になったのが、ご実家に送られてきたという、証拠品。それ全てに争った形跡があった。……誰が何のためにアレックスさんに電話して、金の無心をして、これらを送り付けたのかは不明だけど……。証拠品全てに争った形跡が残っているのも、謎だよね。

「人形」

 油を吹き出したあの人形。機械で動いていたという。で、ご丁寧に爆発装置まで積んでいた。囮作戦に囮を寄越すなんて……巧妙な手口だなぁと素直に感心したよ。

「バイク事故」

 ブレーキが壊れていたというバイク。所有者はジェイコブさん。これはただの事故か、それとも意図的か。

 レク君はキーワードを書いた紙をその場に並べる。そして、それらを重ね合わせ、近くにあった分厚い本を開いて挟み、勢いよくそれを閉じる。バアンという本を閉じる音が事務所内に反響して、彼は一言。

「ごちそうさまでした」

 レク君の瞳は、ただ真っ直ぐを見据えていた。この様子を見て、僕は確信する。この目線の先は、真犯人を捉えているんだと。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.61 )
日時: 2023/11/19 23:28
名前: 匿名 (ID: ODIW5iE0)

 再び事務所スタート。ジェイコブさんは応接スペースで、シュメッター管理官とその他大勢(二人)、それとアスラン課長に事情説明中なう。とりあえずルカさんがその場にいる全員分の紅茶を出します。ぼくも受け取り、それを持って向き合ってる二人に近づきました。

「ハチミツ要ります?」
「……紅茶にハチミツですか」

 そこに金魚の糞……じゃなくて、サグリエさんがにこりと笑います。

「まあありえん組み合わせじゃなけんどね」
「いえ、結構です」
「私もだよ、やはりこの……アールグレイに砂糖やミルク、ましてやハチミツなどは不要だからねぇ」

 ジェイコブさんも管理官もその他大勢もハチミツをお断りしました。……味のわかんねえ有象無象はこれだから困る。と、ぼくは少し気分を害しつつも、給湯スペースに置いてある、ぼくの名前が書かれたハチミツ瓶を手に取り、思いっきり紅茶に入れました。

 ぶぢゅぢゅぢゅぢゅぶぶぶぶぅ
 独特の奇怪な音が鳴り響き、大量のハチミツが紅茶の中へと吸い込まれていきます。若干引きつった顔で、全員がこっちを見てくるのを気にせず、僕は紅茶を一息に飲み干しました。

「……げふっ」

 と、げっぷを気持ちよく口から出し、甘ったるい紅茶と、爽やかなベルガモットの香りと後味が最高に美味です。ルカさんの淹れる紅茶は、素晴らしい、世界一ィィですよ。うん!

「……で、川に落ちたという犯人は、どうなりました?」

 早速本題にと、ジェイコブさんが管理官に尋ねます。管理官は紅茶を口にしながら、彼に結果だけを伝えました。

「死んだよ」
「逃走中、カーブを曲がり切れず、川へ落ちたようだ。川とは言っても、河原にだがな」

 ビッシュさんが補足してくれました。すると、サグリエさんがニヤニヤ笑いながらビッシュさんの方を見ます。

「っていうより、自殺やろ。追い詰められて、事故って、落ちちゃった。みたいな」
「そんなんで自殺認定されたら、全世界の大多数が自殺認定じゃないッスか。冗談ねごとはその流行らないダサい髪型と、ぼくが寝ている間にしてください」
「~~~~ッ!!」

 何か言いたげなしかめ面で、サグリエさんが見てきます。クククッ、その顔傑作ですなぁ……。
 ジェイコブさんはため息をつき、管理官に再び尋ねます。

「で、あの人物は一体誰だったんですか?」
「「イーサン・カレット」。容疑者の一人ですよ」
「やはり……」

 ジェイコブさんは納得したように頷きました。

 ……ぼくは課長の方を見ます。

「課長、あとはぼくらでケアしますんで、お任せください」
「そう? まあ、私達もやる事があるしね。それに、レク君とルカ君なら任せても大丈夫かな」

 課長はにこやかにそう言うと、管理官もそれに頷きました。

「そうだね、では……あとはよろしく頼むよ、レク君」
「ちゃんとやれよ人形!」

 チッ、いちいちうっせーな、あのヤロー。と思いつつ、ぼくはビッシュさんにガンを飛ばしながら彼らが去るのを見守りました。

「いやはや、にぎやかでしょう、あの人たち。まあ、肝心な時に役に立たんですが」
「ははは……」
「あ、油臭くないッスか?」

 ぼくはジェイコブさんの前のソファに座りながら、そう聞いてみます。

「いえ……でも、とんでもない目に遭いましたね。まさか、イーサン・カレットが犯人だったとは。僕も残念でなりません。デコイを遣わして油を君達にぶっかけて、しかも爆発させて病院の一室を全壊させた。恐ろしい行為ですよ」
「そう思いますか?」
「ええ。牢獄に閉じ込めておきたかったですが、バイクで飛び降り自殺なんてしてしまうなんて」
「――ああ、イーサンさんは自殺でもないし犯人じゃないですよジェイコブさん」

 ぼくがそう言うと、ジェイコブさんは「え?」と声を出しました。うんうん、合格点ごうかくラインですね。

「自殺じゃない? ……それに、犯人でも?」
「ええ。ブレーキ痕がありましたし、間違いないッス」

 ジェイコブさんはぼくの瞳をまじまじと見つめてきました。

「ブレーキ痕?」

 ぼくはバッグから現場写真を取り出し、テーブルに置いて指をさしながら丁寧に説明をします。

「ブレーキをするとき、タイヤがスリップして、地面にタイヤの跡がつくんです。このように」

 地面に黒い跡が残っている現場写真。これが、バイクが止まろうとブレーキをかけた証拠です。ですが、バイクは止まらなかった。ジェイコブさんは苦笑します。

「そ、そうだったんですね」
「まあ、バイクの所有者であるジェイコブさんならお分かりと存じますがね」
「ええ。じゃあ、事故だったんですね。まあ、あんな奴死んだ方が良かったんですよ」

 ジェイコブさんはそう言いながら紅茶を飲み始めました。

「残念ながら、事故でもないんですよ。彼は殺されたんです」
「……」

 彼がぴたりと硬直します。

「……殺された?」
「誰かに、ブレーキを壊された……正しくは、レバーがポキリと折れていたんですよね」

 ジェイコブさんはふうっとため息をつきました。

「河原に落ちた時に折れたんじゃないの?」
「いえ」

 ぼくはにっと笑います。

「落ちる前に、既に折れていました。その証拠に――」

 ぼくは再びバッグからあるものを取り出して、ジェイコブさんに見せつけました。

「じゃーん。途中の道に落ちてたんで、拾っちゃいましたー☆」

 ぼくの取り出したものは、折れたクラッチレバー。

「誰が折ったんでしょうね」

 ジェイコブさんがそう言いながら、カップをテーブルに置きます。僕も、その隣にクラッチレバーを置いて、彼の背後にあるバイクに乗り込みました。

「つかぬことをお聞きしますが、ジェイコブさんはバイクはお好きですか?」
「……ええ。バイクは妹と乗る為に買ったんですが、それも叶わなかったんです」
「ちなみに。ブレーキをかける時二輪車って、エンジンブレーキをかけながら、前輪・後輪ブレーキを同時にかけるのが普通ですよね。右手と、右足を使って」
「そうですね」
「まあ、バイクを所有していらっしゃるジェイコブさんなら周知の事実である事は、百も承知なんですがね? 左の方はクラッチレバーと言って、ギアチェンジするときに、エンジンの力を車輪に伝えたり切り離したりする役割があります」
「……それがどうしたんですか?」

 ジェイコブさんはだんだん機嫌が悪くなってきているのか、声から苛立ちが伝わってきていますね。ぼくはふっと口角を上げました。

「いえ。バイクを昔から所有しているという割には、バイクも新しいし、さらに少々バイクについても疎いようですね」
「……だったらなんだよ」

 ぼくは小走りでジェイコブさんの隣に座り込み、彼に顔を近づけて瞳を見据えます。

「聞きたい? 聞きたい?」
「……」

 あら、黙っちゃいました。まあいいや。

「なら言いますね。ぼくはね、ジェイコブさん」

 ぼくは彼の瞳を放さず見据え続けました。


「あなたが、この「切り裂きジャック事件」の犯人だと思っています」
「……」

 彼の顔は表情が無く、まるでお面をしているようにも思えます。ふむ、じゃあ続けますか。ぼくは再びジェイコブさんの背後のバイクに移動しました。

「もし、バイクを乗っている人間が、ブレーキに細工をするとするならば、クラッチレバーに何かするような無駄な事など、絶対にしないですね~」
「なんだよ、君……勝ち誇ったように言うけどさ。僕がいつバイクに細工する時間があったって言うんだい? 僕は君達と……ましてやアスラン課長と一緒にいましたよね?」

 ぼくはバイクについていたバックミラーに向かって変顔をしていましたが、そう聞かれたので再び彼に歩み寄ります。

「ええ。課長もそうおっしゃってました。……が」

 ぼくは彼に近づきます。

「これは、あくまでも……仮説なんですが」
「なんだよ?」
「んっとぉ……」
「何?」

 おお、苛立ってる苛立ってる。

「いやん、恥ずかしい♥」

 ぼくは思わずカバンで顔を隠しながらそう言っちゃいました。ジェイコブさんの眉間に青筋が立ってますね。おお、こわいこわい。

「何が「いやん」だよ、さっさと言いなよ」

 そう言われたので、ぼくはカバンから顔を出しました。

「――ええ、じゃあ言いますね。バイクのレバーは、あなたの能力の「重力操作」によってポキリと折れやすくしたものと考えます。いやん」

 そこまで言うと、ジェイコブさんはぷっと吹き出し、大笑いします。

「ぷっ、ははは、あははははっ! 「重力操作」って……なんだよそれ。それに能力? ただの都市伝説じゃないか、馬鹿馬鹿しい」
「ええ、仰る通り。馬鹿みたいでしょう? でもね……そう考えるのが、この事件の一連の流れの辻褄が一番合うんですよねぇ」

 ぼくは、彼の目の前に座りました。

「ところで、覚えてますか? アレックスさんの家に行った時の事」

 ぼくの問いに、再び表情を失くしてしまったジェイコブさんが、ただぼくの顔を離さずに見つめてきます。いいですね、その表情、嫌いじゃないですよ。

「あの時、倉庫の鍵を壊そうと躍起になってたじゃないですか、ルカさんが。だけど、錠前は外れなかった。だけど、ぼくが指先で触れた瞬間に錠前が壊れましたよね。あれって、ルカさんの馬鹿力で壊れちゃったかと思ったんですけど……その後のイーサンさんの証拠品を見て、引っかかってたんですよね。争った形跡が。だけど、あなたの「重力操作」によるものであるならば、あなたがイーサンさんが犯人だと思わせようとした事で、腑に落ちます」

 そうなると――

「アレックスさんに送った証拠品。あれもあなたが送った物ですよね。争った形跡は、それとなくつけておけば、嫌でもイーサンさんに疑いが向く。なぜなら、突如姿を消した人間を犯人に仕立て上げてれば、あなたは逃げきれる。そして、始末すれば死人に容疑をなすりつけられる。死人に口なし、解決。というシナリオだったんでしょうね」
「……じゃあ、彼はあの時どうやってバイクに乗り、逃走を図ろうとしたんですか?」
「ああ、その事ですか。簡単です、イーサンさんを操ったんです」

 ぼくがそう言うと、やはりジェイコブさんはケラケラ笑いました。

「アッハッハッハ! どうやって? 催眠術とでも――」
「話術ですよ。あなたお得意の」

 ぼくはふっと笑い、人差し指を立てます。

「イーサンさんが姿を消した理由、それはあなたに協力すれば容疑が晴れる。そう弁明してやる。とでも言われたので、従ったんでしょう。で、散々利用して今まであなた自身に疑いが向かわないように、あなたは動いていた。で、そろそろ潮時って事で今回、囮作戦にイーサンさんを使った。という流れでしょうね」

 ジェイコブさんはふうっとため息をつきました。

「……馬鹿げてる」
「ちなみに、さっきの錠前の話に戻りますけど、錠前って無理やり引っ張ると、ギザギザになるんですが、今回「重力操作」によって壊れたと思われる錠前は、このように」

 ぼくがバッグから錠前を取り出し、彼に見せつけます。先ほどのレバーも加えて。その二つの共通点は、捩じ切るようにぐにゃりと歪んでいますね。

「ぐんにゃりと、歪んでいます」
「知らないよ、そんな事……僕、何のことかさっぱりわかんない」
「とぼけるか……」

 ぼくはテーブルにその二つの証拠品を置くと、ため息をつきました。

「とぼけるよなぁ。能力の証明ってこっからが厄介なんですよ~まあいいや」

 ぼくはソファにもたれかかり、ジェイコブさんを見つめます。

「はっきりしている事だけ言いますね」

 ぼくはバッグからあるものを取り出しました。

「これ、あなたの自作自演ですよね」
「……っ!」

 表情が変わりましたね。
 ぼくが取り出したのは、妹さんからの手紙といわれているモノ。だけど、それは違う。

「これね、鑑識に調べてもらったら、あなたの筆跡と一致しましてね。何が目的なのかずっと考えてました」

 ぼくは、手紙をテーブルにそっと置きました。

「……まずは難病患者を狙う理由。それは、妹さんを蘇生させるため、ですよね」
「――!?」

 目を剥いてぼくを凝視してきましたな。

「オカルトやスピリチュアルなんて、ぼくは全く信じてないですし、信じる気もありませんが。数ある黒魔術の本には、蘇生させる者の代わりとなるはらわた、血肉、そして皮を使い、死者を呼び覚ますなんてモノもあります。……あなたも難病患者を狙うのは、妹さんを蘇らせるためでしょう。……あ、これは僕の推理ですから、間違ってたらごめんなさいですね。ですが――」

 彼はみるみる表情が強張っていく。

「今回、妹さんを扮して自作自演をした理由は、恐らく……妹さんを蘇生する一歩前まで来ていて、手紙を僕らに見せた後、蘇生した妹さんを認知してもらう。とかでしょうか」

 ぼくがそう言いますと、彼は俯きました。

「違うよ。あの、イーサンって男が犯人で、君達を殺そうとしたんだよ!」

 ふむ、余裕がなくなってきましたね。

「妹さんの死を受け入れられなかった。だから妹を蘇生する為に黒魔術なんてものに手を出し、連続殺人事件なんてものを引き起こしてしまったんでしょう? 届かぬ思いを胸に、妹さんと同じ年齢同じ性別の女の子達を狙って、なんとか蘇生しようとした。が……現実はそう甘くない。死んだ人間はもう二度と、生き返る事はありません」

 ぼくは彼に顔を近づけました。だけど、ジェイコブさんはキッとぼくを睨みます。

「さっきからいい加減にしろよ! なんなんだよ一体、何がしたいんだよ!」
「現実を見てください、ジェイコブさん!」

 すると、ルカさんがジェイコブさんの両肩を掴み、真正面から彼の目を見て、怒号を浴びせました。……こんなルカさんは、少しぶりですね。

「死んだ人間は生き返らない、魂なんて戻ってこない! でも、それを受け入れないと、あなたはずっと立ち止まったままなんですよ!?」

 彼がそう声を張り上げながら、ジェイコブさんの肩を揺らします。彼は俯いたままされるがままです。



「……違う。妹は今は眠ってるだけなんだ。だから、僕が代わりのカラダを用意して、魂を移し替える儀式を執り行う一歩手前まで来てるんだよ! 後は完璧な皮だけなんだ。だけど、あともう少しなんだ。あとは魂だけ……そうすれば、「イヴリン」は蘇るんだよ!」

 彼はようやく、自身に秘めていた心情をぶちまけてくださいました。

「お前達が悪いんだよ! お前達教会騎士が、孤児院のあいつらが、あの時助けてくれなかった父が! この島の人間ぞくぶつ共がッ!! ああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっ!!!」

 ジェイコブさんが絶叫を上げますと、爆発が起きたかのように僕らは吹き飛ばされます。その周辺にあった物が全て天井まで舞い上がり、ドカドカと床へ叩きつけられていきます。……これが重力操作。まるで玩具を投げ捨てるみたいに、簡単に吹き飛ばされちゃいましたね……。ガス灯も振り子のように、光源がゆらゆらと左右に揺れています。

「やめろ、そんなことしても――」
「黙れぇっ!!」

 ジェイコブさんの声に呼応するかのように、ガス灯が割れていき、わずかに残った光源が、僕らを照らしていました。

「ジェイコブさんの能力は、今ので証明されました。妹さんを失った悲しみや、そのお気持ちは察しますが……罪は償ってもらいます!」

 ぼくが倒れたソファから起き上がろうとしますが――

「罪を償うのはお前達だろッ!」

 ジェイコブさんがぼくの方を向いた瞬間、ぼくの身体は何かに押しつぶされるような感覚が全身を襲いました。なんだこれ!? こんなの、まるでクローゼットか何かがぼくにのしかかってきて、どんどん重くなっていってる感覚が……だめだ、喉から内臓が飛び出してきちゃいそうな圧迫感!

「お前達が暢気に茶を飲んでいる間に、あくどい人間達が調子に乗って、弱者を狙って這いまわって、絡みついて、甘い蜜を啜ってんだ。お前達が手をこまねいているせいで、どれだけの人間が悲しんでいると思っている!? 全部お前らのせいだ……お前らの怠慢が、鬼を育て、鬼が闇から這い出て無垢な魂を食らっていくんだッ!」
「――他人のせいに……するなッ!」

 すると、倒れたロッカーから這い出てきた、ボロボロのルカさんがジェイコブさんの頬に向かって、拳を入れ込みました。拳は彼の頬に食い込み、彼は盛大に床を滑って倒れます。そんな彼をルカさんは、憤怒の表情で見下ろしています。
 彼が倒れ込んだ瞬間、ぼくを襲っていた圧迫感は消え去りました。

「教会騎士が悪い、あれが悪いこれが悪い、世の中が悪い、挙句の果てには君達を拾った父が悪い! 他人のせいにしてばっかりいるから、他人の気持ちも分からず簡単な事にも気づけず、ずっと苦しいままなんだろうがっ!!」
「お前に……何が分かるんだよ……!」
「分からない。分かりたくもないよ。少なくとも、今のあんたは大勢の人間を殺したただの犯罪者だ。逮捕する」

 すると、ジェイコブさんは何かをぼそぼそとつぶやき始めました。

「――す。ころ――。殺す。殺す。殺す!」


 そう声が大きくなっていきます。

「――皆殺してやるッ!」





―――




 ――その瞬間、事務所に置いてあった棚の引き戸のガラスや、水槽がバリンと音を立て、盛大に爆発して水をぶちまけた。水だけじゃない。ガラスの破片が舞い散り、僕らを襲おうと破片をとがらせていた。レク君は顔を伏せ、顔に破片が刺さらないように防御する姿勢を取り、僕もしゃがんでガラスの破片が肌に刺さらないように伏せて、咄嗟に近くにあったガラスの破片を手に取る。

「――くっ!」

 僕はガラスの破片で、床に伸びていた電源コードを手に取り、コードを切る。そして、その先端を手にジェイコブさんの足元に素早く近づいて、彼の足に切れたコードの端を押し付けた。

「あ゛っ……かっ、かっ……がっ……!」

 刹那、ジェイコブさんは大きく痙攣し、目を見開いたまま後ろから倒れ、ビクビクと水から揚げられた魚のように痙攣したまま失神したようだ。その瞬間、僕らを狙うように舞い上がったガラスの破片はその場に落ちて、カシャンカシャンと音を立てながら割れる。
 とりあえず、安堵のため息をつく僕達。

 だが、それを待っていたかのように、昇降機の音がする。僕らはそれに注目すると、なだれ込むように白いローブを羽織った人物――教会騎士達が僕らに歩み寄ってきたのだ。キビキビと歩き、僕らの周りを固める。

「なんですかあな――ぐぼっ!」

 突然、教会騎士の一人が、レク君の腹部に拳を入れ、レク君は吐しゃ物を口から吐き出し、その場に倒れ込む。僕は起き上がろうとするが。

「レク君――ガッ!」

 僕も同じように腹部に衝撃が走り、意識が遠のく。……最後に視界に入ったのは、肩に担がれて、どこかに連れ去られるジェイコブさんの姿。そして、僕らを見下ろす教会騎士の姿。

「任務完了」





―――






 僕が起き上がると、レク君が水筒の水をぐびぐびと飲んでいる姿が目に入った。

「どうなってるの?」

 まだ状況を理解しきれず、からっぽの脳から導き出された言葉。それを口にするしかできなかった。まるで嵐が起きて事務所内で暴れて去っていったように、事務所内はぐちゃぐちゃだ。だけど、レク君は嫌に冷静だった。逆さに倒れたソファに座って、ため息をついている。

「わかりません」
「……ここ、教会でしょ? なんであいつらが――」
「知りません」
「なんでそんなに落ち着いていられるの!?」

 僕がそう声を張り上げると、レク君は肩をすくめながら答えた。

「ぼくだってなにがなんだか。だけど……」

 彼は僕の方に顔を向ける。


「――気を付けないと、僕ら。消されちゃうかもしれませんね」


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