社会問題小説・評論板

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大好きで大嫌い
日時: 2023/05/10 23:57
名前: たなか (ID: 3Mpht8EV)
プロフ: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12904

平和に生きているつもりでも、過去は変わらない。


あの夜の恐怖と不快感は、簡単に思い出すことができる。


少しずつ僕の身を蝕んでいった障害も、今では手をつけられないほどに膨らんでいる。




こいつがそんなことしない。




あいつもその気は無い。




そんなこと思ったって無駄。


何も変わらない。


きっと変えられない。


記憶なんか無くならない。


無くなったらそれは僕じゃない。


でも、こんな記憶を抱えてまともに生きていけるはずがない。


どうしたらいいのか、自分にも分からない。


ただ僕にできるのは、誰にも触れられないようにするだけ。


なるべく相手の印象に残らないように、地味に生きるだけ。


大好きな人も、大切な人も、傷付けないように関係を消滅させていく。


傷付けないように、記憶に残さないように。


僕なんかいない方がましだ。


僕に優しくしてくれる人の期待に応えられないなんて。


いない方がましだよ。


さっさと消えろよ、とっくに穢れた命だ。


得意だろ、人の記憶に残らないことなんて。


大得意だろ、いつもそうやって生きてんだろ。







誰かのせいで、縮こまって生きてんだろ。

Re: 大好きで大嫌い ( No.28 )
日時: 2020/06/11 20:40
名前: たなか (ID: SR0aabee)

*





ねぇ





ねぇ待ってよ





待って、待って





まだ行かないで






そんなつもりじゃなかった





こんなはずじゃなかった





ねぇ、違うんだよ、こうなって欲しいなんて思ってなかったんだよ






待って、お願いだからどこにも行かないで





まだここにいて






離れないで






消えないで






まだだよ、まだ早いよ





……ごめんなさい、僕のせいだよね






ごめんなさい






手に触れる。


暖かくない、動かない手。


初めてだなぁ、触ったの。


……初めてだなぁ……。


握り返してくれないのかな。


僕がして欲しかったように。


貴方がしたかったように。


……そうできなかったように。


もう遅いよね、ごめんなさいなんて。


ありがとうなんて。


……分かってるよ

Re: 大好きで大嫌い ( No.29 )
日時: 2020/06/14 00:31
名前: たなか (ID: SR0aabee)

数日前、泰輝さんが亡くなった。

赤信号を無視して突っ込んできた乗用車との衝突事故らしい。

雫月がしばらく部活に参加して来なくて不安になった頃、バスケ部の顧問にそう言われた。

正直あまり理解できなくて、どこかぼんやりとした頭で顧問の話を何度も何度も反芻して、やっと理解した頃には通夜の日になっていた。

制服を着て通夜に行くと、遺影の中で泰輝さんは明るく笑っていた。

本当にイケメン。

こんなときですらそんなことを考えてしまう自分の脳を呪う。

来ていた人はそんなに多くなかったけど、みんな泣いてた。

大学の同級生らしき人も、泰輝さんより歳上に見える人も、みんな。

やっぱりいい人だったんだなぁ、と再認識する。

会えばいつも笑って、優しく話しかけてくれた。

全然分からない数学の問題を、おかしな考え方で簡単に教えてくれた。

……思い出せば思い出すほど、遺影の中の泰輝さんの笑顔が深くなる。

多分、雫月の憧れでもあったんだろうな。

部屋の隅の方で立って並んでいる泰輝さんの親戚の中に、雫月もいた。

不思議と雫月だけは泣いていなくて。

何も考えていないかのような目でぼんやりと宙を見つめて、俺が声をかけると驚いたようにこっちを見た。

「あ、大和」

「……久しぶり」

「うん……久しぶり」

何を話せばいいのか分からず、沈黙が続く。

どうすればいいんだろう。

なにか気の利いた言葉を言った方がいいのは分かるけど……何も言葉が出てこない。

「課題終わった?」

普通のトーンで雫月がそう尋ねてきた。

「まぁ、そこそこ」

「そっかぁ、僕も早く終わらせないとなぁ」

恐ろしいくらいにいつも通りの声で呟く。

泣きもせず笑いもせず、目の中の輝きはないのに声はいつも通り。

何を考えているんだろう。

雫月と別れて建物の外に出た時、何故かその理由を理解してしまった。





……信じてないからだ。




何故理解出来たのかも分からないまま唐突に理由だけが頭に浮かぶ。

でも、これが正解な気がする。

そう思った瞬間、虚しくなった。

雫月が空っぽになってしまった。

そう感じる。

泰輝さんがいなくなってしまった。

雫月が信頼する数少ない大人が減ってしまった。

雫月の家族が、「また」いなくなってしまった。

そんな事実が胸に迫ってくる。




俺は誰もいない暗がりまで行って、蹲って泣いた。

雫月の光を失った目だけが、ずっと脳内にあった。

Re: 大好きで大嫌い ( No.30 )
日時: 2020/06/15 23:56
名前: たなか (ID: SR0aabee)

*




三学期が始まって最初の部活。

終わった瞬間に、僕は顧問の元へ向かった。

体育館の隅にいたから周りに生徒もいないし、大丈夫だろう。

「すみません」

声をかけると、顧問が振り向く。

まだ25歳くらいの若い教師だ。

「おぉ、どうした?」

普通の声でそう問いかけてくれる顧問に、おずおずと封筒を差し出した。

退部届。

「……辞めるのか」

封筒を受け取った顧問が、目を落としてぼそっと呟いた。

「はい」

なにか問われるまで答えないでいようと思い、ただそれだけ言う。

「やっぱり、部費払えなそうか」

「はい、無理そうです……ごめんなさい」

頭を下げる。

やめろよ、と顧問が慌てたように言う。

頭を上げると、顧問は僕と目を合わせて口を開いた。

「なんかあったら言えよ。聞くだけならできるから」

「ありがとうございます」

そう言って、顧問に背を向ける。



これでいい。



これがいい。



これ以外に無い。



こうするしかなかった。





……僕がこうしたかったわけじゃない。





駄目、駄目駄目、そんなこと思ったら終わり。

今までもずっとそうだった。

諦めてばっかだった。

今回も同じじゃないか。

これからも同じかもしれない。

……仕方ない、捨てないと生きていけない。

好きなものを沢山捨てて、嫌いなものを沢山ひきうけて。

そうでもしなきゃ今の僕は生きていけない。

一人暮らしでバイトも沢山入れるってのに、部活なんてできるわけが無い。

先生の両親にそんな多額の仕送りをして貰おうなんて思わないし。




顔を上げるとバスケットゴールが目に入ってしまいそうで、俯いて歩く。





何回も何回も、手をひょいと伸ばしただけでネットに触れられるようになりたいと願った。





何回も何回も、どこかの漫画の主人公のようにボールを持ったまま走りたいと願った。





何回も何回も、もう一度まともなバスケをしたいと願った。





もう、二度と叶わない。

……ばいばい、僕の夢。

Re: 大好きで大嫌い ( No.31 )
日時: 2020/08/10 23:14
名前: たなか (ID: 5ROqhRB3)

三学期が始まってから1ヶ月経った。

雫月はやっぱり普通に学校に来ているけど、前とは明らかに違った。

昼休みや休み時間、授業中まで眠っている。

ふとした瞬間にはっと目を覚まし、慌ててシャーペンを握り直す。

そんなことが授業中に何度か繰り返されていた。

女子はその動作を見て癒されているらしいが、俺は正直心配だった。

いや、授業中に寝るなんてこと誰でもやるだろう。

特に暇な授業では多くの人が眠りにつく。

でも、授業への関心が他の人の数倍ある雫月が授業中に寝ているのは、本当に雫月が疲れているからだと思う。

三学期が始まってすぐに雫月はバスケ部を辞め、バイトを始めた。

泰輝さんの両親や事故を起こした車の運転手の家族からの仕送りはあるが、あまり多くは貰わないようにしているらしい。

俺だったら思いっきり甘えて沢山貰うけどな。

思わず雫月に本音を漏らすと、あいつは笑った。






「僕も本当ならそうしたいよ」





そう言って。

甘えられない理由があるんだろう。

きっと俺なんかが首を突っ込んでいい事じゃない。


ともかく、何らかの理由があって雫月はバイトを22時ギリギリまで入れている。


何らかの理由があって、本来多少は甘えてもいいはずの人間に甘えないでいる。


何らかの理由があって起床時刻の1、2時間前まで眠れないでいる。


その「何らかの理由」が、雫月を傷付けるものじゃなければいい。




……きっと、そんなことないだろうけど。

Re: 大好きで大嫌い ( No.32 )
日時: 2020/12/10 19:14
名前: たなか (ID: dRBRhykh)

*

*

*




お兄ちゃんが亡くなってから49日たった。

法要が終わり、お寺からレストランに移動して食事をすることになった。

隣の席に座った男子高校生を眺める。

黒目がちで大きな目を、少し反り返った長い睫毛が縁どっている。

友達がこぞって羨ましがりそうなほど綺麗な白い肌だった。

……女みたいで、かっこよくない。

弱そう。

お兄ちゃんのお通夜でもお葬式でもこの人は全く泣いていなかった。

優しくないんだろうな、お兄ちゃんと生活してたはずなのに。




……あんなに頑張ってたのにな、お兄ちゃん。




この人の為に引っ越して、この人の為に色々な配慮をして。

あんたが見えないところで頑張ってたんだよ?と心の中でつぶやく。

酷いかもしれないけど、お兄ちゃんが亡くなった後にお父さんがこの人のことを殴ったのはすっきりした。

なんで殴ったのかは分からない。

確か土下座して謝ったこの人を無理やり立たせて、お父さんが殴ってた。

この人は殴り返すことも言い返すこともせず、ただされるがまま。

……思い出すだけでイライラしてきた。

こんな弱そうな人とお兄ちゃんは生活してたのか。




可哀想だ。




……哀れだ。




こんな人の為に。




こんな弱そうな人の為に引っ越して、その先でお兄ちゃんは……。




気付くと私は立ち上がって、隣のその人の胸ぐらを掴んでいた。

抑えようと思ったけど、抑えられなかった。

衝動のままに右拳で殴る。

何してるの、とお母さんが怒鳴る。

……うるさい。

うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。

全部うるさい。

黙って殴られているこの人も、周りの人のざわめきも、全部うるさい。

あんたのせいで、あんたのせいで、あんたのせいで……!!!!

何度も何度もそう呟いて殴る。

知らないうちに私は彼に馬乗りになっていた。

お父さんに右腕を掴まれ、はっとする。

「何してるんだ、綾香」

低く太い声で聞かれ、鼓動が大きくなる。

慌てて立ち上がり、彼の方を見た。

上半身を起こして、唇を触っている。

「あ」と呟いた。

唇を触った人差し指に、血がついていた。

「雫月くん、君には迷惑をかけてばかりで本当に申し訳ない」

お父さんがそう言って土下座しかけたのを、「雫月くん」が慌てて止める。

「やめてくださいよ、僕だって何回も迷惑かけてます」

うざいくらいに穏やかな表情でそう言った。

……なんでこんなにも腹が立つんだろう。



また無理やり席に座らされ、しばらく経った。

「雫月くん」が席を立つ。

「ちょっと外行ってきますね」とお父さんに言っていた。

……私も行こう。

衝動的にそう呟いて立ち上がる。

「綾香」

お父さんに呼び止められた。

「……わかってるよな」

意味深にそう言われる。

もう喧嘩するなってことか。

分かってるよ、そんなこと。

頷いて「雫月くん」について行った。


店の外に出て、「雫月くん」は階段の1段目に座った。

私も隣に座る。

謝らなきゃ、謝らなきゃ、と頭の中で何度も呟くけど、肝心の言葉は出てこない。

ごめんなさいって、ほら。

「……綾香ちゃん、だっけ」

熱くなった脳を冷ますような「雫月くん」の声がした。

うん、と返すと、彼は言葉を続けた。

「先生の妹だよね」

もう一度、うん、と返す。

「雫月くん」がお兄ちゃんのことを「先生」と呼んでいたのは知っている。

「綾香ちゃんは先生がなんで亡くなったか知ってる?」

当たり前に知っていることを聞かれて、少し腹が立つ。

「知ってるに決まってるでしょ、交通事故だよ」

強い口調で返すと、「雫月くん」は対照的に穏やかな声で呟いた。

「じゃあ、誰に轢かれたか、知ってる?」

「……大島さん」

少し思い出すのに時間がかかったけど、ちゃんと答えた。

知ってる。

あんたが知ってることを私も知ってる。

「その人さ」

声のトーンを変えないで彼は続けた。






「僕のお父さん」






道路を走る車の音が消える。

思わず「雫月くん」の方を見ると、彼は悲しそうに笑った。

苦しそうに、辛そうに、笑った。

「僕を育てたおじさんじゃなくて、ちゃんと血の繋がったお父さん。先生を……君のお兄ちゃんを轢いて殺したのは、僕のお父さん」

やっぱり伝えられてなかったんだね、と「雫月くん」が言う。

僕のお父さん……彼を捨てた、実の父親。

お兄ちゃんから、「雫月くん」の過去の話は聞いていた。

お母さんは早くに亡くなって、お父さんは不倫して「雫月くん」を捨てた……。

というふうに。

その話を頭の中で反芻すると同時に、彼が何故、お兄ちゃんが亡くなったあとに土下座をして謝っていたのか、理解した。

自分の家族であり家族じゃない父親の罪を、自分も背負った。

そして、黙って殴られたままでいた。

お父さんの気持ちを晴らすために。

「先生を轢いたのがお父さんじゃなければ、僕はもうちょっと上手に悲しめてたはずだったのになあ」

話の内容とは裏腹に柔らかい声で「雫月くん」が言う。

「……どういうこと?」

「上手く悲しめないよ、こんな立場じゃ」

そっと横目で彼を見ると、目が合った。

ふっと微笑んで「雫月くん」は続ける。

「まあ……どっちにしろ僕はあんまり泣かないと思うけど」

彼が冷たい人間じゃないことはもう分かった。

目の奥にある深い悲しみと苦しみが、彼の優しさを物語っているような気がした。

でも、なんで泣かないのかが分からない。

悲しいなら、苦しいなら、泣けばいいのに。

そう思っていると、「雫月くん」が不意に立ち上がった。

「寒くなってきたし、中に戻ろうか」

私も慌てて立ち上がり、彼の後に着いて行った。





「ごめんなさい」を言うのも忘れてしまうほど、そしてそれすらも忘れてしまうほど、私の頭の中は「雫月くん」の声でいっぱいだった。


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