社会問題小説・評論板

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大好きで大嫌い
日時: 2023/05/10 23:57
名前: たなか (ID: 3Mpht8EV)
プロフ: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12904

平和に生きているつもりでも、過去は変わらない。


あの夜の恐怖と不快感は、簡単に思い出すことができる。


少しずつ僕の身を蝕んでいった障害も、今では手をつけられないほどに膨らんでいる。




こいつがそんなことしない。




あいつもその気は無い。




そんなこと思ったって無駄。


何も変わらない。


きっと変えられない。


記憶なんか無くならない。


無くなったらそれは僕じゃない。


でも、こんな記憶を抱えてまともに生きていけるはずがない。


どうしたらいいのか、自分にも分からない。


ただ僕にできるのは、誰にも触れられないようにするだけ。


なるべく相手の印象に残らないように、地味に生きるだけ。


大好きな人も、大切な人も、傷付けないように関係を消滅させていく。


傷付けないように、記憶に残さないように。


僕なんかいない方がましだ。


僕に優しくしてくれる人の期待に応えられないなんて。


いない方がましだよ。


さっさと消えろよ、とっくに穢れた命だ。


得意だろ、人の記憶に残らないことなんて。


大得意だろ、いつもそうやって生きてんだろ。







誰かのせいで、縮こまって生きてんだろ。

Re: 大好きで大嫌い ( No.58 )
日時: 2020/12/31 13:43
名前: たなか (ID: onOgwpiJ)


*




アクリル板越しに見るお父さんの顔は、想像していたものよりも健康的だった。

刑務所の面会室で、元弁護士のお父さんと面会する。

なんて皮肉。

「それで、急にどうしたんだ」

最後に会った時と変わらない、無愛想な話し方でお父さんは聞く。

お母さんとも僕とも似ない、温度の低い人だ。

似ないけど、そこが好きだった。

僕も、お母さんも。

「ちょっと近況報告。時間沢山あるし、沢山話せるよ」

「そうか……高校は休んだのか?平日の昼間に面会なんてできるもんじゃないだろう」

「高校はやめた。中卒だね」

自嘲気味に笑って言う。

「学費が払えそうになかったからもう辞めようと思って。家の近くにある飲食店で働くことになった」

「大学はどうするんだ、行かないのか」

「一応行く気はあるよ。T大学とか」

具体的な大学名を出すと、お父さんは少し黙った。

驚いているのかもしれない。

「お前に行けるのか?勉強しながら泣いてたくせに」

怪しむような目で聞いてくる。

思わず苦笑した。

懐かしい。

「今だってあんまり変わらないけど、一応お父さんの子供だから大丈夫」

部屋の中で開きっぱなしになっている問題集は、メモ書きやら計算の跡やらでぐちゃぐちゃになっている。

消しゴムで消すくせは相変わらず無いけど、赤ペンでつける丸の数は昔よりも多い。

お父さんはふっと笑って目をそらす。

「こんな男の血なんて大したものじゃない」

そんな事言わないでよ、と声にならない声で呟いた。

僕は知っている。

お父さんの手首の内側に残る傷痕のことを。

お父さんの部屋に残った数々の医学書のことを。

お父さんが何より自分を嫌っているということを。

そして、何より僕を大切に思っていたということを。

罪を犯した男の幸せを願うのは、罪だろうか。

だとしたら僕も犯罪者だ。

2人で話し込んでいると、40分が経った。

そろそろ仕事の昼休みが終わるから、と手を振る。

「……次に会う時は、いい報告するから」

そう言って部屋を出た。

目標なんて呪いとおなじだよ、と言う呟きを無視して。

Re: 大好きで大嫌い ( No.59 )
日時: 2021/04/13 16:15
名前: たなか (ID: Z3U646dh)

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部活が終わり、校門へ向かう。

「蒼真先輩! おつかれさまです〜」

道中で駆け寄ってきたのは、1年の女子だった。

部活も違えば委員会も違う、接点のない人間。

よく知りもしない年上の男を追いかけるのがそんなに楽しいことなのか。

俺もやってみようか。

体育教官でも追いかけてみようかな。

疲れきった脳みそでそんなことを考える。

「お疲れ様。女バレも練習終わったの?」

思考とは裏腹に張り付く笑顔。

それに目を輝かせる相手。

あぁ、後ろめたくもなんともない。

いつもの事だ。

「はいっ! 先輩今日も道着似合ってますね!」

そりゃ元から似合ってるもんは毎日似合うだろうよ。

心の中で苦笑する。

この前は確か手のひらの竹刀ダコを触られた。

今日の方がましだな。

「本当? ありがと」

ほっとしたような笑みを浮かべてみせる。

いつまでこんな会話を繰り広げなければならないんだろう。

大和が校門で待っているのが目に入った。

あいつってあんなに背高かったんだなぁ、と何故か今更気付く。

遠くから見ないと分からないものだ。

「佳苗、そろそろ帰ろ〜」

俺の後方から声がして、女子はその声に返事をしながら去っていった。

「じゃあね、気を付けて」

そっと声をかける。

慣れたものだ。

十何年もこれで生きてるのだから。

校門に到着すると、大和のぼんやりとした目が俺を捉えた。

「あれ、今日も道着似合ってんじゃん」

からかうような口調で言われる。

「うっせ」

拳を軽く大和の胸板にぶつけ、笑う。

最近大和にも見透かされている気がする。

まぁよく一緒にいるから仕方ないのか。

でも、それだけじゃない。

こいつの前だとふっと気が抜ける瞬間がある。

柊太や他の奴らと一緒にいても訪れないような瞬間が。

大和がほんの少し雫月と似ているからかもしれない。

何も考えていなさそうで、じっと目を凝らすと優しさが見えてくる。

雫月は普段から優しいから、逆に気づけない優しさがある。

大和は普段から控え目だから、気付かれないよう優しくする。

双極的なようで似ている。

俺は、それに少し安心するのかもしれない。

「この前さ」

不意に大和が話を始めた。

「1年の女子から聞かれたんだよ、『大島先輩どうしたんですか』って」

へぇ、そんな質問するんだな。

知ったところでどうするんだか知らないけど。

「素直に『知らない』って答えたら『そんなことってあります?』って言われた」

苦々しい笑みを浮かべる。

年下の女子に睨まれたじたじする大和が目に見えるようだ。

「んなこと俺に聞かれたって知らねぇよ」

そうぼやく大和の声が、少しだけ震えている気がした。

俺らが今1番知りたいのは雫月がどこにいるのか、何をしているのかじゃない。

雫月が今何を思っているのかだ。

そんなことはトーク画面を見たって分からない。

でも電話は緊張してかけられない。

もっとちゃんとした覚悟が出来たら電話をしよう。

何度も考えたことを、また考えた。

Re: 大好きで大嫌い ( No.60 )
日時: 2021/02/22 23:49
名前: たなか (ID: EFzw/I/i)

*




仕事が終わり、家に帰る。

仕事中に接客相手の女性客から貰ったメモを数秒間見つめ、破って捨てた。

申し訳ないけど相手にはできない。

小さな冷蔵庫から出したタッパーの中身とレンジで温めたご飯を食べ、脱衣所へ向かう。

服を脱いで、鏡を見ないように気を付けながらシャワーを浴びる。

この間に見るのは天井か壁だけ。

自分の体は見ない。

それが、つい最近自分の中で軽く決めたルールだった。

絶対では無いけど守った方がいいだろうから。

痣は未だに消えきっていない。

こんなんじゃ彼女が出来たとしても怖がられるかな。

……多分、出来ないけど。

適当なパジャマを着て部屋に戻り、机に向かう。

仕事の昼休み中に少し進めた問題集とノートを開いた。

ノートには、まだ丸つけできていない問題が沢山ある。

問題を読むよりも解くよりも大変なのは、ここからだ。

模範解答とノートを見比べながら、慎重に丸つけをする。

一問、二問、三問、四問……。

調子良く円を描いていたペン先が止まった。

模範解答をもう一度見る。

このページの中では1番難しくて、1番答えが長い。

数学が苦手な僕が初見で解けるようなものでは無いことは分かっていた。

分かっていたのに、また息ができなくなる。

頭の中に先生の声が響いた。



「数学も苦手意識があるだけで、他の人よりできてるよ」



「雫月なら俺よりも上行けると思う」



「諦める必要は無いんじゃねぇの?」





「……ごめん」





僕の手がまた、先生の冷たい手に触れる。

完璧だ。

完璧だ、分かってる。

僕はきっと他の人よりはできてる。

きっと他の人達を超えられる。

きっと諦めなければ上手くいく。

分かってる。

分かってるよ、前よりずっと。

……減点が怖い時は、どうしたらいい?

満点じゃなければいけない時は、どうしたらいい?

自分自身に殺されそうな時は、どうしたらいい?

100点病患者はどう生きればいい?

僕はどうすればいい?

どうすれば自分を好きになれる?

どうすれば綺麗に歪むことができる?

どうすれば歪みも欠けも愛せる?

分からない。

分からないことが怖い。

欠けることが怖い。

僕はできている。

僕は限りなく正円に近い。

限りなく正円に"近い"。

……どうして正円じゃない?

一度頭に入れたことがどうしてできない?

同じ法則の繰り返しをどうして理解できない?

いつからそんなに出来損ないになったんだ?

……みんな同じ?

気休めにもならない。

間違えたくない。

怖い。

正解だけが僕のもとにあればいい。

不正解なんていらない。

いらない。

いらない。

いらない。

いらない。

いらない。

欠けた僕なんて、

Re: 大好きで大嫌い ( No.61 )
日時: 2021/04/13 16:14
名前: たなか (ID: Z3U646dh)

夏休みに入った。

夏休みの一大イベントといえば夏祭り。

そう答える人も多いかもしれないけど、残念ながら俺には相手がいない。

体育館の外が少しずつ賑やかになってくるのを聞きながら、もう何年も前に食べたりんご飴の味を思い出していた。

今日6時にコンビニ集合な。

そう言ってくれる人がいたら、どんなにいいだろう。


今日一緒にお祭り行こうよ。

大和は何が好き?


そう聞いてくれる人がいたら。

なんて、いるはずもない。

部活が終わる。

外には浴衣を着たカップルが何組か歩いていて、遠くの方からお囃子の音が聞こた。

今年も家でテレビでも観よう。

そう覚悟を決めて帰り道を歩く。

すると、向かいから道着を着た2人組が歩いてきた。

片方は山崎で、片方は2年の女子。

少し離れた道場で部活を終えたところなんだろう。

山崎の家は俺と同じ方向なのに、なんでこっち側に向かって歩いているんだろう。

ちょっとした違和感を抱きながらすれ違う。

「えー、一緒に行こうよ、夏祭り」

女子の声が聞こえた。

山崎はなんて答えたのか聞こえなかったけど、微妙な返事をしたことだけは分かる。

……好きでもないのに、大変だな。

少し迷ってから振り向き、2人の近くまで歩いていく。

俺は雫月。

暗示をかけて息を吸った。

「山崎浮気か?祭りは俺と行くんだろ」

山崎の肩に手をかけて言うと、2人が驚いたようにこっちを見た。

「あ、あぁ、ごめん大和」

「えぇ……聞いてないってぇ……!」

女子がうんざりしたように言う。

まぁ嘘なんだけど。

「忘れんなよ? 6時にお前ん家行くから」

「おう、分かった」

さんきゅ、と小さく声がする。

俺はそれに頷き、2人に背を向けて歩き出した。



雫月なら、今の言葉をどう言っただろうか。

少しだけ頭の中で考える。


「ちょっと山崎くん、お祭りは僕と行くんでしょ?」


「忘れないでよー。6時に山崎くんの家行くから」


ちょっとじとっとした目で、眉間に皺を寄せて。

脳内の雫月はどこまでも鮮明で、こんな会話をしたこともないのに簡単に声が聞こえた。

次はいつ会えるんだろう。

いつ声を聞けるんだろう。

電話をかければ一発だけど、かけようとする度に恐怖に襲われる。

どんな会話をすればいいのか分からない。

雫月が辛そうだった時どう声をかければいいのか分からない。

俺に何が出来るのか分からない。

多分俺は、雫月が背負う荷物を見るのが嫌なんだ。

無責任。

自己防衛のために、俺は今日も山崎と過ごす。

Re: 大好きで大嫌い ( No.62 )
日時: 2021/03/31 13:46
名前: たなか (ID: Z3U646dh)


*




今日がお祭りの日だと知ったのは、ついさっきだ。

「今日祭りだから大島くん早めに帰っていいよ」

店長のその一言で初めて知った。

お祭りの空気も、出店も嫌いじゃない。

でも今年は誘える人がいないから、花火を見るだけにした。

近所の河川敷に行って腰を下ろすと、同じように座っている何組かのカップルがいた。

この場に僕がいていいのか分からないけど、まぁ暗いから大丈夫だろう。

花火が空に昇っていく情けない音が聞こえる。

顔を上げて、開いた花の色を見た。

赤。

綺麗だ。

ふと反対側の河川敷に目を向けると、土手に見覚えのある2人が立っていた。

……山崎くんと、大和。

後ろ姿だからよく分からないけど、なんとなく分かる。

左にいるのが山崎くんで、右にいるのが大和、かな。

懐かしくて、でもなんだか悲しくて、もう一度空を見る。

山崎くん、ちゃんと僕が言ったように大和と一緒にいてくれてるんだね。

よかった。

……よかった。

花火が打ち上がる。

黄色。

なんで黄色は黄って言わないんだろう。

どうでもいいか。

なんで僕はまだ大和の隣にいたいと思っているんだろう。

……どうでも、いいか。

よっぽど好きなんだなぁ。

自分から姿を消したくせに。

何も言わないで。

今更嫉妬なんて、どうかしてる。

大和をひとりにしないで欲しいって言ったのは僕で、大和の好意を受け取らなかったのも僕で、2人の前から消えたのも僕で。

全部自分の思い通りのはずなのに、後悔と未練が頭をもたげて僕を睨んだ。

いつもと同じように別れたかったんだよ。

前みたいに、「またね」って。

しんみりした空気なんていらなかった。

だから、何も告げなかった。

ごめんなさい。

お前なんて大嫌いだって電話をくれたら、全部捨てきれたのに。

傷付いたって言ってくれたら良かったのに。


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