社会問題小説・評論板

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大好きで大嫌い
日時: 2023/05/10 23:57
名前: たなか (ID: 3Mpht8EV)
プロフ: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12904

平和に生きているつもりでも、過去は変わらない。


あの夜の恐怖と不快感は、簡単に思い出すことができる。


少しずつ僕の身を蝕んでいった障害も、今では手をつけられないほどに膨らんでいる。




こいつがそんなことしない。




あいつもその気は無い。




そんなこと思ったって無駄。


何も変わらない。


きっと変えられない。


記憶なんか無くならない。


無くなったらそれは僕じゃない。


でも、こんな記憶を抱えてまともに生きていけるはずがない。


どうしたらいいのか、自分にも分からない。


ただ僕にできるのは、誰にも触れられないようにするだけ。


なるべく相手の印象に残らないように、地味に生きるだけ。


大好きな人も、大切な人も、傷付けないように関係を消滅させていく。


傷付けないように、記憶に残さないように。


僕なんかいない方がましだ。


僕に優しくしてくれる人の期待に応えられないなんて。


いない方がましだよ。


さっさと消えろよ、とっくに穢れた命だ。


得意だろ、人の記憶に残らないことなんて。


大得意だろ、いつもそうやって生きてんだろ。







誰かのせいで、縮こまって生きてんだろ。

Re: 大好きで大嫌い ( No.33 )
日時: 2020/06/27 12:21
名前: たなか (ID: qMtgmwWz)

今日、雫月が学校で頭痛になった。

新学期が始まって少ししてから発症した、片頭痛とかいうものらしい。

音や匂い、光に敏感になるから、保健室ではなく空き教室で休んでいる。

3時間目が終わり、休み時間に雫月がいる教室に向かう。

なるべく音を立てないようにドアを開けて、中に入った。

カーテンは閉まっている。

雫月は、教室の真ん中の机に伏せていた。

腕を軽くつつくと、「んん……」と雫月が唸る。

「大和……」

少し顔を上げて腕から目を覗かせた雫月が、俺を見た。

目が合うのを確認したかのように、もう一度さっきの姿勢に戻る雫月。

「……頭、大丈夫か」

声量はどれくらいが良いのか悩みつつ声を出したからか、少し語弊のある言い方になった。

「んー……そこそこ」

そっか、と声にならない声で呟く。

話すことないなぁ、と思いながら、椅子の軋む音を恐れて床に座った。

廊下から女子生徒の笑い声が聞こえる。

雫月が息を吐き出した。

「……俺の声は大丈夫か?」

ふと心配になって、潜めた声で問う。

雫月は何故か少し笑って答えた。

「……大和の声は静かだから、なんか大丈夫っぽい」

良かった。

安心した。

声が静かなんて、初めて言われた気がする。

低いねー、とはよく言われるけど。

低いと静かって、似たような物なのだろうか。

「僕は好きだよ……大和の声」

寝る直前のようにぼんやりとした、澄んだ声で雫月が呟く。

ちゃんと聞こえているのにどこか透明で、透明なのにどこか存在感のある声だ。

……俺の好きな声だ。

嬉しくてどこか辛くて、思わず笑う。

雫月に気付かれないように無音で。

雫月が気付いてくれるように無音で。

Re: 大好きで大嫌い ( No.34 )
日時: 2020/06/25 17:23
名前: たなか (ID: SR0aabee)

日曜日。

同じクラスのやつをひとり連れて雫月の家に行った。

雫月が一人暮らし用のアパートに住み、まだ片付けが終わっていないと言ったのが始まり。

少し古そうに見えるアパートの2階、1番奥の部屋が雫月の家だった。

玄関を上がると右に台所、左に風呂場とトイレがあって、突き当たりのドアを開けると部屋がある。

確かにダンボールはまだ残っていたが、そのダンボールの置き場所すらどこか規則的だ。

今のところダンボールから出ているのは絨毯とカーテンとテレビ、ベッド位だろうか。

少し部屋の中を見渡すと、ふと目についたものがあった。

扉の閉じた仏壇。

全体的にグレーや青で統一された部屋の中で、それは少し目立っている。

一緒に連れてきたやつも仏壇が気になったらしい。

「大島、なにあれ」

仏壇を指さして聞く。

扉を閉じるとわからない人もいるのか。

「あぁ、仏壇だよ。人が来る時には扉を閉じるようにしてるんだ」

柔らかい声と笑顔で雫月が答えた。

「へぇー……誰か死んだの?」

あまりにも直接的な聞き方に思わず雫月を横目で見る。

少し動揺したのか、手が止まっていた。

注意しようと思い口を開きかけると、雫月が声を出した。

「僕のお兄ちゃん」

「なんで?」

間髪入れずに聞き返す。

そろそろやばいんじゃないのか、雫月。

もう一度横目で見ると、目が合った。

理由は交通事故。

答えることは簡単だけど、思い出してしまうのが怖かった。

泰輝さんが亡くなったあの日について、雫月が思い出すのが怖かった。

「……交通事故」

「へぇー、何、お前の兄ちゃんが轢かれたの、轢いて一緒に死んだの?」

興味の無さそうな顔で過激な質問を雫月に投げかける。

雫月の動きが止まっていた。

無表情で、俺を見つめ返す。

「答えるの遅せぇよ」

笑いながら、一緒に連れてきたやつが言った。

雫月を見ることもしないで。

あぁ、もう駄目だ。

「お前そんなに雫月の兄ちゃんのことが知りたいのか」

知らず知らずのうちに相手を睨んでそう呟く。

「いや、正直どうでもいいわ」

スマホを弄って笑いながら、そう返した。

「出てけ」

ただただ雫月が可哀想で、無意識のうちにそう言った。

理解出来ていないような顔で未だどっかりと座ってスマホを弄っているそいつを無理やり立たせ、玄関まで連れて行く。

ドアを開けて投げるように外に出した。

「じゃあな」

慌てて戻ってこようとするのを見て、ドアの鍵を閉める。

どんどん、どんどんと、ドアを叩く音がした。

数分間放っておくとその音は消えた。

雫月がいる部屋に戻る。

雫月は心配そうに俺を見た。

「……ごめん」

何故かそう言って謝る。

やめろよ、謝ってんじゃねぇよ。

「なんでお前が謝んだよ」

まだ残る怒りで少し口調が強くなる。

「僕のせいでしょ」

「は?」

「僕がちゃんと注意してればやめてくれたはずじゃん。あんなことさせちゃってごめん」

こいつもこいつで腹が立つ。

「あんなことさせちゃってごめん」?

ふざけてんのか。

俺が勝手にしたことだろ。

雫月がちゃんと注意しなかったからとか、そんなんじゃない。

注意してもやめなそうだったから。

……あぁもう、イラつく。

イラつく。

人の辛い思い出に土足で踏み込んだあいつにも、やたらと自分で罪を被りに行く雫月にも、こんな方法でしか解決できなかった俺にも。

「お前は嫌じゃなかったのかよ、自分が思い出したくないようなことを無遠慮に聞かれて」

怒りの籠った声で、雫月を見ることもせずそう言った。

口に出してしまってからハッとする。

嫌じゃない訳が無い。

俺よりも泰輝さんの近くにいて、俺よりも早く泰輝さんの死を知った。

嫌じゃない訳が無いんだ。

慌てて謝ろうとすると、雫月の声と被った。

雫月の言葉が聞き取れなかった俺は、雫月に聞き返す。

仕方ないなぁ、と笑った後、ふっと笑みを消した雫月が言った。








「確かに嫌だったけど……先生が亡くなったのは僕のせいだから」

Re: 大好きで大嫌い ( No.35 )
日時: 2020/06/30 00:04
名前: たなか (ID: W/M2HNwF)

雫月が話した内容は、こうだった。




泰輝さんが亡くなった日、雫月と泰輝さんは喧嘩をした。

内容は、雫月の進路について。

泰輝さんは雫月が大学に行きたいと思っている事を知っていて、自分が通った大学に雫月も行って欲しいと言った。

でも、雫月は泰輝さんに反発した。

自分はそんないい大学に入れない、と。

先生と自分は違うんだ、と。

その日返されたテストの点数が悪くて、雫月は少し不機嫌だったらしい。

丁度泰輝さんも機嫌が悪く、普段はそんなことないのに、2人は言い合いになった。

雫月ならきっと行けると信じる泰輝さんと、自分にはできないと思う雫月の言い合いには終わりが見えなかった。

喧嘩が一段落付いた頃、泰輝さんは買い物に出た。

そしてその帰りに事故にあい、亡くなった。

泰輝さんを轢いた車を運転していたのが、雫月の実の父親。

再婚して出来た子供の誕生日で、出掛けていたらしい。

雫月が病院に着いた時にはもう泰輝さんは生きていなくて、久しぶりに会った実の父親と、眠る小さな子供を抱えた若い女性が病室にいた。



雫月は、泣けなかった。



自分と喧嘩をしたから、先生は家を出ていったんだ、と。

自分の父親が先生を殺したんだ、と。

ただただ自分を責めた。

今も自分が悪いと思っている。

だから、泣いちゃいけないと。

泣くのは被害者だけで十分だ、と。




話し終わっても、雫月の表情に変化はなかった。

俺を見ないまま、無表情で絨毯を見つめている。



……お前が悪いわけないだろ。



雫月が悪いわけが無い。

喧嘩をしただけ。

テストの点数が良くなかっただけ。

お互いに珍しく不機嫌だっただけ。

ちょっとぶつかっただけ。

なんで雫月が自分を責めないといけないんだよ。

そう言おうと思って口を開きかけて、やめた。

雫月がそれを理解していないとは思えない。

分かってるはずなんだ、分かってるけど何らかの理由があって分からない振りをしてるんだ。

……何でなんだよ。

なんでそんな必要以上に自分の首を締めるんだよ。

分かんねぇよ。

雫月を見ていると、ふと目が合った。

光の無い目のままで微笑み、口を開く。

「大和も、先生に勉強教えてもらうの好きだったよね……ごめん」


雫月と初めて会った時、感情が表に出ていて分かりやすそうな奴だと思った。


単純で、どっか能天気で。


そんなことないんだな。


その笑顔を剥がしたら、どれだけの涙が溢れてくるんだろう。


どれだけの闇が溢れてくるんだろう。


……いつか見せてくれるなら、どんなに嬉しいか。

Re: 大好きで大嫌い ( No.36 )
日時: 2020/06/30 23:50
名前: たなか (ID: W/M2HNwF)

*






バイトが終わり家に着き、することも無くなった。

一応布団に入るけど、やっぱり眠れなそう。

少し手を伸ばして、ベッドの近くに置いてある本を取った。

体勢を整えて、小さな電気をつける。

本を開くことも無く、ただ表紙を見つめた。

雨が降っているのを窓の内側から眺めているような写真。

時間帯は夜なのか、外は暗く、都会の街並みを連想させるようなあかりがぼやけて見える。

何度も何度もそうしたように表紙を眺め、本を最後のページまでめくった。

開かなくたって思い出せるくらい、同じページだけを繰り返し読んだ。

でも、この本を開くのが好きだった。

最後の一行に目を通す。






「またいつか会えたら、あいつは俺を許すだろうか」





本を閉じて電気を消し、布団に戻った。

読みたくないのに、読まない方が楽なのは分かってるのに、読んでしまう。

もう思い出したくもないような記憶を、自分で掘り返す。

……あの本は、先生が買った本だった。

事故に遭ったあの時、先生はあの本が入った本屋の袋を持って歩いていた。

僕が、喧嘩をする数日前に欲しがっていた本。

本屋の袋には、本と一緒にメモが入っていた。

「強く当たっちゃってごめん。なんかあったら相談しろよ 追伸 大学は行きたくなかったら行かなくていいです。押し付けがましくて悪かった」

……馬鹿。

本当に馬鹿。

先生が謝らなくたってよかった。

僕が欲しがってた本なんてくれなくてよかった。

僕があの場で謝れば、ちゃんと落ち着いていれば、先生は本を買いに行くこともなかった。



……やっぱり僕のせいじゃないか。



そこまで考えて、虚しくて笑った。

なわけないじゃん。

僕のせいなわけないじゃん。

車を運転してたのは僕じゃないし、先生を轢けと命令した訳でもない。

何もしてない。

分かってるよ。

何もしてないよ、僕。

でも……そんな事考えたら壊れそうだ。

頭がおかしくなりそうだ。

何とかして泣けない理由を作って、自分を押し潰してるだけ。

壊れないように、おかしくならないように、押し潰す。

先生のお父さんに殴られた時、なんでだよって思った。

先生の妹に殴られた時、なんでだよって思った。

土下座も謝罪も、演技だった。

建前だった。

でも、黙って殴られたままでいた。

嘘をついている自分が気持ち悪くて、誰かが代わりに殴ってくれるのが嬉しかったから。




ねぇ、先生。




こんな僕を、先生は許しますか?




……許さないでください。

Re: 大好きで大嫌い ( No.37 )
日時: 2020/07/06 23:38
名前: たなか (ID: mNBn7X7Y)

やっぱり雫月が心配だ。

泰輝さんがいなくなって死ぬほど辛いはずなのに、死ぬほど悲しいはずなのに、それを顔に出さない。

前と同じように笑って、話す。

無理矢理笑ってるような感じもしないし……。

なんでだろう。

あんなに仲が良くて、あんなにお互いを思いあってたのに、なんでいつも通りなんだろう。

辛いだろう、悲しいだろう、そんなのは分かってる。

いつも通りなわけないのは分かってる。

でも、それがどうして顔に出ないのか分からない。

……いや、前と変わったところはある。

前よりも痩せたし、よく居眠りをするようになった。

元々痩せ気味だったのに更に痩せたから、少しだけ痛々しい。

でも表情にはあんまり関係していない。



俺の知らない雫月が、まだいる。



そう考えるだけでどこか恐ろしかった。

優しく笑ってる裏側で、あいつは何を考えてるんだろう。

一緒にいるだけじゃ分からない、考えたって分からない。

思えば、雫月が過ごしてきた時間はその見た目からは想像できないくらい暗かった。

重かった。

聞くだけで嫌になってしまうような、疲れてしまうような、そんな過去。

今まで普通の人生を普通に送ってきた俺には、雫月の事は上手く理解できないのかもしれない。



どこかで、こんな例え話を聞いた事がある。



仲のいい2人の人間が、海に浮いていたとする。

過去に辛い経験をしたものの足には重い鉛と鎖が絡みつき、幸せな人生を送ってきたものは浮き輪を使っている。

辛い経験をした方は沈む。

深く、深く。

幸せな人生を送ってきた方は、もちろんそれを助けようとする。

でも、浮き輪を使っていては助けられない。

浮いてしまうから。

沈めないから。




お互いが持つ過去があまりにも違うと、人間は上手く分かり合えないものなのかもしれない。

足に鎖と鉛が絡みついた雫月は、浮き輪で浮いた俺には助けられないかもしれない。

……浮き輪を捨てればいい。

怖くても飛び込めばいい。

想像なんかしないで、ちゃんと聞くんだ。

雫月が全部吐き出すまで。

ずっと溜めてきた涙を流しきるまで。


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