社会問題小説・評論板

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大好きで大嫌い
日時: 2023/05/10 23:57
名前: たなか (ID: 3Mpht8EV)
プロフ: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12904

平和に生きているつもりでも、過去は変わらない。


あの夜の恐怖と不快感は、簡単に思い出すことができる。


少しずつ僕の身を蝕んでいった障害も、今では手をつけられないほどに膨らんでいる。




こいつがそんなことしない。




あいつもその気は無い。




そんなこと思ったって無駄。


何も変わらない。


きっと変えられない。


記憶なんか無くならない。


無くなったらそれは僕じゃない。


でも、こんな記憶を抱えてまともに生きていけるはずがない。


どうしたらいいのか、自分にも分からない。


ただ僕にできるのは、誰にも触れられないようにするだけ。


なるべく相手の印象に残らないように、地味に生きるだけ。


大好きな人も、大切な人も、傷付けないように関係を消滅させていく。


傷付けないように、記憶に残さないように。


僕なんかいない方がましだ。


僕に優しくしてくれる人の期待に応えられないなんて。


いない方がましだよ。


さっさと消えろよ、とっくに穢れた命だ。


得意だろ、人の記憶に残らないことなんて。


大得意だろ、いつもそうやって生きてんだろ。







誰かのせいで、縮こまって生きてんだろ。

Re: 大好きで大嫌い ( No.23 )
日時: 2020/06/01 23:12
名前: たなか (ID: rjNBQ1VC)


*



次の日の昼休み、大和と山崎くんが2人で教室を出た。

まぁもう何も無いだろうとは思うけど、一応着いて行く。

2人が入ったのは、閲覧室だった。

入口から少しだけ進んだ所で立ち止まり、沈黙が続いた。

僕は閲覧室の外で床に座る。

「……今までごめん」

沈黙を破ったのは、山崎くんだった。

「俺、雫月が好きでさ、その……友達として、とかじゃなくて」

「知ってる」

少し話しにくそうにする山崎くんの言葉を、大和が遮る。

……え?

「お前が雫月に告白してるとこ、俺見てたよ。あぁ、最後までは見てないけど」

かなり衝撃的なことをサラッと暴露する。

……大和、見てたんだね。

気付かなかったな。

「知ってたのか……」

「うん、知ってた」

「それで、その……雫月ともっと話したいのに、あいつ自分から話してこなくなって、他の奴らへの対応もちょっと適当な感じになってたじゃん?」

「まぁ、そうだね」

「それが嫌で……どうしたら雫月と話せるのかなって思った時、お前だけは雫月と普通に話せてるのに気付いて、羨ましくて……邪魔だった。ごめん」

「……雫月、良い奴だよな。いっつも他人のこと考えて考えて、自分のことはほったらかしにしてさ……確かに好きになるよな、分かるよ」

ふっと息が止まる。




……「分かるよ」?




……どういうこと……?




「お前も、雫月が……」

驚いたように山崎くんが言う。




「まぁ……そうなるな」




心に、冷たい何かが触れた。

ひんやりと硬い、何か。

駄目だよ、大和。

普通に幸せになってよ。

……嫌いになってよ、馬鹿。




そこから先の山崎くんと大和の会話は、全く頭に入ってこなかった。

Re: 大好きで大嫌い ( No.24 )
日時: 2020/12/03 23:45
名前: たなか (ID: dRBRhykh)

*



夢を見ていた。




僕は中学校の教室に1人で座っていて、教室の入口から声が聞こえる。

「あいつあいつ、ほら、なんだっけ??」

「同性愛者、だろ」

やたらとひそひそと話し、最後にはギャハハ、とうるさく笑って廊下を走っていった。


唐突に場面は切り替わり、体育館。


僕の手で投げたバスケットボールが、ぱすん、と音を立ててネットを通る。

「ははっ、流石大島」

後ろの声に振り向くと友達がいて、僕に笑いかけていた。

それを見て僕も笑う。

「ありがと」と呟く。


明るかった体育館は一変し、僕が前住んでいた家のリビングになった。


おじさんが、僕を殴りながら、踏みながら何度も叫ぶ。

「めんどくせぇ事に巻き込んでんじゃねぇよっ!!」

「血の繋がんねぇ餓鬼なんぞいらなかったんだよ糞がっ!!!!」

それが一段落して「ごめんなさい」と呟くと、おじさんは僕の髪を掴んで無理矢理顔をあげた。

「殴られた顔も可愛いなぁ……ソファ座れよ、俺の相手になれ」

あぁまたか、と絶望してソファに座ったところで、また場所が変わった。


次は、やわらかい光に包まれる図書室。


本棚の本を一人で見ていると、誰かに肩をつつかれた。

「よっ」

片手をあげて、その友達が言った。

友達の背後に何か黒いものが見えて、そっと手を伸ばす。


それに触れると彼は消え、僕は闇の中にいた。


色々な人の嘲笑が聞こえる。

色々な場所から、色々な距離から。

「同性愛者」

「同性愛者……!!」

「同性愛者!!!!」

耳が割れるほどの叫び声に耳を塞ぐけど、声は一向に小さくならなかった。

「……うるさい」

小さく呟くと音は一気に消え、数秒開けて自分の声が頭の中に響く。





「……うん、全部嘘だよ」





そこで目が覚めた。

冬だと言うのに汗をかいている。

……いや、涙もあるのか。

なんなんだ、なんでこんな夢を見たんだ。

忘れたと思ってた。

いや……忘れたかった。

もう二度と触れたくなかった。

嫌な思い出。




僕は中学生の時、同じクラスの男の子が好きだった。

もちろん僕も男だから、彼に気持ちを伝えようなんて思っていなかった。

そんな中、違うクラスの女の子に告白された。

断ったら理由を聞かれて、僕は馬鹿だったから素直に「好きな人がいるから」と答えた。



思えば、それがこの出来事の元凶なのかもしれない。



女の子はそれが誰なのかを聞いてきて、本当に頭が弱かった僕は、後先考えず彼の名を口にした。

次の日からは、地獄だった。

クラスメイトの何人かからは同性愛者、同性愛者と罵られ、僕だけならまだしも彼にも同じ事をした。

1ヶ月たった頃から内容はもっと過激になっていく。

そして中学3年生になる少し前、彼が転校することになった。

理由は、何度話し合っても変わらない現状が嫌だったから。

僕もどうにかして逃げたかったけどおじさんが許してくれなかった。

彼が転校する日の昼休み、僕が図書室で本を探していると、彼が話しかけてきた。

「……あれ、嘘だろ?」

誘導するような、優しい笑みで。

あぁ、もう逃げ場なんてどこにも無いじゃないか。

他に答えなんてないじゃないか……。




「……うん、全部嘘だよ」




僕がそう返事をすると、彼はほっとしたように笑った。

「だよなぁ。全部あいつらのでっち上げた嘘なんだろ? 俺もお前もわかってるのにあいつら認めねぇから嫌になっちゃってさぁ」

いつもの調子で優しく明るく話しかけてくれるのに、これが最後だって僕も彼も分かってたのに、会話の内容は頭に入ってこなかった。

……これが最後だって、分かってたからなのかもな。

そして彼は九州に転校し、僕がそれについて何も感じていないような振りをしていたら、あの真実は本当に嘘になって消えてしまった。

僕も彼もあんなに苦しんだいじめは、僕の手で行われ僕の手で終わらせたようなもの。



……全部僕のせいだった。



馬鹿な僕のせいだった。



普通じゃないから駄目だった。



普通じゃないから変な扱いをされた。



普通じゃないから嘘をついた。



普通じゃないから自分を殺した。



普通じゃないから傷付いた。



普通じゃないから……。



山崎くんにも大和にも、普通の幸せを手に入れて欲しい。

嘘でもいいから、周りから見て普通に見える幸せを手に入れて欲しい……。

Re: 大好きで大嫌い ( No.25 )
日時: 2020/06/03 23:17
名前: たなか (ID: SR0aabee)


*

*



寒くて寒くて、目が覚める。

時刻は3時過ぎだった。

肩まで被っていた厚い布団が、なぜか足元にある。

……俺寝相悪いな。

雫月は……まぁあいつ寝相めっちゃいいけど、一応確認しとくか。

俺と同じ感じだったらちょっと嬉しい。

あとは普通に寒そうにしてたら可哀想だし。

そんなことを思いながら雫月の部屋のドアを静かに開ける。

結論から言うと、雫月はちゃんと布団をかけていた。

でも……泣いて、る?

小さく蹲って俺がいる方に背を向けているから顔は見えないけど、もぞもぞ動いているのは分かる。

ずず、と鼻をすする音がたまに聞こえてくる。

どうしたんだろう。

雫月はいっつも何かしらで悩んでるから、予想なんてできないなぁ。

「……どうした?」

そっと声をかけると、驚いたように雫月が肩を動かした。

恐る恐る、というふうに俺の方を向く。

「せんせ……」

涙を流す大きな目と濡れた頬が、少ない明かりを反射して静かに輝いた。

ベッドの傍まで行ってしゃがみ、布団の上から雫月の背中に手を置く。

このくらいなら大丈夫なはず。

布団も厚いし、体温は伝わらないだろう。

「嫌な夢でも見たか?」

背中をさすりながらそう聞くと、雫月はこくり、と小さく頷いた。

泣くほど嫌な夢って、どんな感じなんだろう。

汗もかいてるし、きっと本当に恐ろしい夢だ。

あの男のことだろうか、それとも中学生の時にあったいじめのことだろうか。

両方だったら……なんて、考えたくない。

いじめの内容については詳しく聞いていないけど、あの男が大して力になってくれなかったことは知ってる。

担任やら加害者の親やらと話し合った時も、自分は血の繋がらない子供のくだらない遊びに巻き込まれただけ、というようなことを何度も言って抜けようとしていた、と雫月から聞いた。

確かに雫月の父親に押し付けられたのかもしれないし、苗字も違っただろうけど、正式に引き取ったならそれは家族だ。

血の繋がりなんて知ったことじゃない。

雫月が真面目な話で嘘をつくとは思えないし、これは本当の話だろう。

……嫌だなぁ、夢の中でも過去に追いかけ回されるなんて。



ゆっくり寝させてやれよ。



寝る時くらい安心させてやれよ。



……まぁ、思ったところで変わりはしないだろうけど。

「お前が寝るまでここにいてやるよ」

わざと威張ったようにそう言うと、雫月は泣きながら笑った。

「……ありがとうございます」

でもちょっと上から目線ですね、と付け足される。

その言葉に俺も思わず笑った。

……うん、これでいい。



雫月が泣いてたら、俺が笑わせる。



それでいい。



雫月はもう苦しみすぎた。

Re: 大好きで大嫌い ( No.26 )
日時: 2020/06/04 23:54
名前: たなか (ID: SR0aabee)

冬休みに入って最初の部活。

今日は男バレと男バスで体育館を半分ずつ使っていた。

無事外周を終わらせて体育館内に戻り、男バスの方を見る。

どうやら雫月は男バスのマネージャーをやっているらしい。

……そこそこ仲良いのに今まで何も知らなかった。

ただ、バスケが好きだということは知っている。

中学の部活では1年から試合に参加し、その年に初めて全国大会へ出場したらしい。

やっぱり雫月はバスケもうまいんだろうな。

そう思って練習中、男バスをずっと見ていると、頭にバレーボールが飛んできた。

「田島ぁ、男バスになんか用でもあんのかぁ!!」

ボールを投げてきた顧問がにやけながらそう叫ぶ。

「すいません」

気が抜けたまま返事をした。

それからもちょいちょい男バスの方をチラ見していた。

雫月のバスケを見てみたい。

まぁ、マネージャーだしボール持つ機会はそうそう無いか……。

そう思って練習に集中しようとした時だった。

「全然関係無いけどさ、ダンク決めれる奴いる?」

男バスの顧問が、部員にそう言っていた。

ダンクってあれか、ボール持ってそのままリングにぶち込むやつか。

誰かいんのかな、あんなのできる奴。

そう思って何気なく男バスの方を見ていると、体育館の隅で雫月が手をあげた。

「一応僕できますよ」

「え、お前が?」

おいおい嘘だろ、と顧問が笑いながら言った。

他の部員も笑っている。

「お前身長いくつだよ」

「163くらいです」

また、顧問と雫月の声が耳に届く。

雫月……冗談だろ。

163でダンクってできるもんなのか?

「大島、じゃあ今ダンクかましてみろよ」

ボールを雫月に向かって投げながら、2年の先輩がそう言った。

分かりました、と柔らかい笑顔で雫月が答え、ボールを持ってゴールの前に行く。

少しボールをついたあと、ドリブルを始め、雫月は跳んだ。

ガコン、とゴールが鳴る。



……ネットを通ったバスケットボールが、床に落ちた。



そこまでの動きが軽すぎて、何が起こったのか理解できない。

あ、ダンク決めたんだ、あいつ、と理解した瞬間、また頭にバレーボールが飛んできた。

「田島ぁ……お前も男バス行くかぁ?」

「すいません」

そろそろやばい、と思い真面目に前を向く。

でも少し気になり男バスを横目で見ると、雫月はもう一度ダンクシュートを決めていた。

Re: 大好きで大嫌い ( No.27 )
日時: 2020/12/03 23:46
名前: たなか (ID: dRBRhykh)

午前の部活が終わって、雫月と一緒に弁当を食べる。

違う部活の人と食べていいのか分からなかったけど、雫月が先生に許可を取ったらしい。

さすが、用意周到。

「雫月ってバスケ部のマネージャーやってたんだな、今日初めて知った」

「え、そうなの? 体育館分けて使ったこと何回かあるから知ってると思ってた」

少し驚いた顔で雫月に言われる。

確かに、なんで今まで気付かなかったんだろう。

「マネージャーだから……? あんまり目立った動きしねぇじゃん」

とりあえずそう言うと、雫月は「まぁ雑用ばっかだしね」と呟いた。

雫月がバスケ部に選手として参加しない理由は、もちろん分かってる。

ただ、試合に参加できないのにバスケ部に入るのは、苦しくないのだろうか。

マネージャーとしてでもバスケに関わる事ができるなら、それで充分なのだろうか。

……他人のせいで自分のしたいことが出来なくなるって、どんな気持ちなんだろう。

「そういえば、なんでバスケやろうと思ったの?」

ふと気になって雫月に聞く。

雫月は笑いながら答えた。

「身長低いからやれってお父さんに言われたんだよ。結局そんなに伸びなかったけど」

お父さんか。

雫月が始めようとしてやったことでは無いのか……?

それなら、雫月は別にバスケ好きじゃなかったのかも。

「中2の途中でおじさんに運動部禁止令出されて退部したんだけどさ、高校で許可降りたんだよね。それでまたバスケ部入ったんだけど、前よりも楽しくって」

楽しい思い出を話すかのように、雫月が呟く。

そしてその声のトーンのまま、続けた。

「まぁ、数ヶ月で終わったんだけどね」

何か言おうと思ったけど、無理だった。

なんとも言えない脱力感と悲しみに襲われる。

雫月はもう試合に出られない。

高校の数ヶ月間で積み上げたほんの少しの楽しさは、一瞬で崩れた。

今だって試合に出られるような実力は充分にあるだろう。

選手生命に関わるような致命傷をどこかに負ったわけじゃない。

でも……そこから先はあまり考えたくなかった。

雫月は何もしてない。

何もしてないのに、何も出来なくなった。

したいことが出来なくなった。

……どれだけ悔しいのか、知りたくもない。


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