社会問題小説・評論板
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- 大好きで大嫌い
- 日時: 2023/05/10 23:57
- 名前: たなか (ID: 3Mpht8EV)
- プロフ: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12904
平和に生きているつもりでも、過去は変わらない。
あの夜の恐怖と不快感は、簡単に思い出すことができる。
少しずつ僕の身を蝕んでいった障害も、今では手をつけられないほどに膨らんでいる。
こいつがそんなことしない。
あいつもその気は無い。
そんなこと思ったって無駄。
何も変わらない。
きっと変えられない。
記憶なんか無くならない。
無くなったらそれは僕じゃない。
でも、こんな記憶を抱えてまともに生きていけるはずがない。
どうしたらいいのか、自分にも分からない。
ただ僕にできるのは、誰にも触れられないようにするだけ。
なるべく相手の印象に残らないように、地味に生きるだけ。
大好きな人も、大切な人も、傷付けないように関係を消滅させていく。
傷付けないように、記憶に残さないように。
僕なんかいない方がましだ。
僕に優しくしてくれる人の期待に応えられないなんて。
いない方がましだよ。
さっさと消えろよ、とっくに穢れた命だ。
得意だろ、人の記憶に残らないことなんて。
大得意だろ、いつもそうやって生きてんだろ。
誰かのせいで、縮こまって生きてんだろ。
- Re: 大好きで大嫌い【BL】【虐待】 ( No.8 )
- 日時: 2020/12/03 23:30
- 名前: たなか (ID: dRBRhykh)
*
「ごめんね、こんな気持ち悪い話しちゃって」
無理矢理微笑んで、大和に言う。
溢れそうな涙に気付かれないよう、少し俯く。
「謝るだけじゃ大和も納得しないかなって思って......ごめんね」
言葉が震えないように、消えないように、ぼやけないように注意しながら話す。
本当は泣きたかった。
ずっと泣きたかった。
大和に話を始めた瞬間から。
こんなこと知られたくない。
知られないままで前の関係に戻したい。
無理なのは分かってるよ。
......怖いんだよ。
受け止めてくれなかったら
受け入れてくれなかったら
気持ち悪いって言われたら、どうしようって。
もう嫌だよ。
全部無かったことにしたい。
お父さんの不倫もお母さんの自殺も、全部全部、無かったことにしたいよ。
......まぁ、無理だよね。
分かってるよ。
「お前......血、出てる」
不意にそう言われ、思わず顔を上げた。
「唇......」
大和の声を聞いて唇に触れると、人差し指に血がつく。
知らない内に強く噛み締めた唇から、血が出ていた。
「大丈夫?」
大丈夫だよ、そう答えようと思い口を開きかけると、涙が溢れた。
あ、やっちゃった。
ずっと我慢してたんだけどな。
「あ......」
少し困ったように大和が声を出す。
「......ごめ......大丈夫、だから......」
ぼたぼたとうざいほどに溢れる涙を無理矢理拭う。
泣かないように我慢してたのに。
大和を困らせるだけだってわかってたのに。
馬鹿だな、僕。
- Re: 大好きで大嫌い【BL】【虐待】 ( No.9 )
- 日時: 2020/04/13 10:02
- 名前: たなか (ID: DNPUSbcq)
結局俺は、雫月が泣き止むまで何も出来なかった。
ハンカチ渡すぐらいのことならできただろって、雫月が帰った今になって思い出す。
......馬鹿だな、俺。
でも、本音を言ってしまえば泣き止んで欲しくなかった。
あの感じだと、あいつあんまり泣いてこなかったんだろうなって。
いや、勘だけどさ。
もし今まであんまり泣いてなかったんだとしたら、今無理矢理泣き止んだらもう泣けなくなるんじゃないかって思ったんだけど......。
「泣いていいよ」みたいなこと言いながら雫月に触れないで見てるだけっていうのもなんか突き放した感じがするかなって思って、言うのは辞めた。
「気持ち悪い話してごめん」
って、あいつは何回も言ってたっけな。
......気持ち悪いなんて言うなよ。
雫月自身が気持ち悪いみたいじゃないか。
思い出はその人自身だ。
誰かの思い出を貶すことは、その誰かを貶すことになる。
だから、雫月の話は気持ち悪くなんか無い。
いや、話自体は気持ち悪いっちゃ気持ち悪いけど。
雫月が被害者として話してるなら、気持ち悪くなんか無い。
多分、今の雫月に辿り着くまでに必要だった物だ。
嫌な思い出、辛い思い出、暗い思い出、全部経験してきたからこその雫月だから。
気持ち悪いなんて思わないよ。
......これもまぁ、伝えられなかったんだけど。
あいつ今まで、無理して笑ってたんだろうな。
「全部無くなればいいのに」って泣きながら何回も言ってた。
......そりゃそうだよな。
そう思っちゃうよな。
父親の不倫も母親の自殺も気持ち悪い引き取り手も、全部忘れたいよな。
無かったことにしたいよな。
こんなの、あんまりだよ。
雫月が何したんだろうな。
滅茶苦茶に頭良い高校に頑張って入ったかと思えば血も繋がらない奴のせいで転校する羽目になって。
こいつなんか悪いことしたのかな。
振り回されてばっかじゃんか。
ただ、家庭教師が引き取ってくれたことは雫月も喜んでそうだった。
20代の男で、いつも明るく笑ってる感じのいい人だって。
家族がいない雫月からしたら、その家庭教師は「父親」じゃなくて「兄弟」みたいな存在なんだろうな。
歳も近そうだし。
......その人がいるから、雫月はこんなに明るいのかもしれない。
- Re: 大好きで大嫌い【BL】【虐待】 ( No.10 )
- 日時: 2020/04/13 23:13
- 名前: たなか (ID: DNPUSbcq)
*
「んあぁぁぁ......なつきぃぃぃぃぃぃぃ......」
夜の10時半。
先生が高校時代の同級生との飲み会から帰ってきた。
酔っているのにちゃんとインターホンを鳴らしてから鍵を開けるところは本当に尊敬している。
「ど、どうしたんですか......」
玄関に倒れ込んだ先生に声をかける。
「ずっと好きだった子がさぁ......年上のおっさんと......結婚してたぁぁぁぁ......」
あぁぁぁぁもう俺駄目だぁぁぁぁぁ......と頭を抱える先生に、思わず苦笑いする。
「せんせ......?」
「なんだその目はぁぁぁぁ......」
僕を見上げた先生が、更に情けない声で言った。
......この人、お酒飲むと泣きがちなんだよな。
毎回ちょっと笑っちゃう。
「......僕がいるでしょ?」
冗談っぽく笑って先生のそばにしゃがむ。
一瞬動きを止めた先生が、また頭を抱えた。
「うああああ......雫月の存在忘れてたぁぁぁぁぁぁ」
......そこでまた落ち込むんだね。
「まぁまぁ......ずっといると暑いですよ、リビング行きましょ?」
「あぁぁぁぁぁぁぁ......なんか色々ごめんよぉ、なつきぃぃぃぃぃぃぃ......」
へなへなと立ち上がり、グラグラと不安定な足取りでリビングへ向かう。
......やっぱ、酔ってても僕には手伝わせようとしないんだね。
なんで彼女出来ないんだろ、こんないい人なのに。
......余計なお世話か。
先生は、家庭教師やってるだけあってかなり頭がいい。
でも、一流の国立大学を出ているとは思えない程、なんというか語彙力が乏しい。
本気を出せば小説家並みだろうが、日々の会話の中では全くそんなところは見えてこない。
僕は、先生のそんな所が好きだった。
頭がいいのにちょっと足りない。
顔も性格もいいのに何故か彼女がいない。
異性の友達はそんなにいないけど、同性の友達は沢山いる。
洗濯物干したり食器洗ったりは余裕だけど、料理は正直美味しくない。
正円では無いけどそれでいて幸せそうな先生を、僕は兄弟や友達のように見ていた。
......僕がちゃんと笑っていられるのは、先生のおかげって言うのもあるんだろうな。
- Re: 大好きで大嫌い【BL】【虐待】 ( No.11 )
- 日時: 2020/04/14 16:12
- 名前: たなか (ID: DNPUSbcq)
休み時間。
机に突っ伏して寝ている雫月を遠巻きに眺める。
雫月と普通に話せるようになった。
それはいいことだと思う。
雫月の事もちゃんと知れたし、一石二鳥だ。
俺はそんなにスキンシップはしない方だから、強く意識することも無い。
ただ......最近少し、雫月が他人に素っ気ない気がしていた。
他の人より劣っている、とかじゃなくて、他の人より対応がしっかりしていたのが他の人と同じになった、っていう感じ。
そのせいか、雫月に手を振る人も少しずつ減っていた。
まぁ、教室でゆっくり寝られるのは今そういう状況だからなんだけど。
でも、俺への対応は変わらないし。
......なんで?
雫月に限って「めんどくさいから」とかいう理由で差別をしたりはしないだろう。
ちゃんと理由があるように思える。
......理由って何?
さっき授業が終わってから、俺はずっとそんなことを考えていた。
今聞きに行けばいいのかもしれないけど......あんなにぐっすり寝ている所をたたき起こせるか?
......無理、だよな。
めっちゃ熟睡してるし。
誰かが机にぶつかっても起きないし、なんなら動かないし。
生きてるのか?という恐ろしい疑問まで抱いてしまうほど。
まぁ......聞くのは後にしよう。
そんなに重大なことでもない気がするから。
- Re: 大好きで大嫌い【BL】【虐待】 ( No.12 )
- 日時: 2020/04/16 14:35
- 名前: たなか (ID: DNPUSbcq)
「んー、まぁ何も無いよ」
昼休み。
雫月に「最近あんまり先輩とかと話してないけど、なんかあった?」と聞くと、そう返ってきた。
何も無いってことは......喧嘩ではない。
こいつに限って先輩と喧嘩するなんてまぁ有り得ないだろう。
じゃあ、なんでなんだ。
なんで最近他の奴らに少し素っ気ないんだ。
「ほら、あんまり仲良くなると大変じゃん?」
なんでもないような顔で雫月が言う。
『大変』?
仲良くなると大変なことあったっけな......。
「僕の場合はさ、触られるとうああああってなっちゃうから」
にこにこしたまま雫月が話した。
......あぁ、そうか。
仲良くなるにつれスキンシップは増える。
雫月はそれが嫌なのか。
「避けるなら同性だけでいいじゃんってちょっと思ったんだけど、女の子とばっかつるんでるのも正直嫌だったし......ならみんな同じような対応しちゃえ!って思って」
「え......俺は?」
若干分かりきったことではあったけど一応尋ねる。
雫月から返ってきたのは、予想通りの言葉だった。
「だって大和、全部知ってるじゃん」
どこか嬉しそうに雫月は笑った。
......こいつ、本当は嫌なんだろうな。
俺以外の奴と話してる時も普通に楽しそうだったし、先輩たちの話もちょいちょいしてた。
先輩達のことは勿論大切に思ってて......それでなんでそんな嬉しそうに笑えるんだろう。
俺には分かんねぇな。
「僕が変な反応して、何も知らない人が傷付いたりしたら申し訳ないしね」
少し俯いて雫月は笑う。
......雫月のせいじゃないんだけどな。
全部。
血の繋がらない奴にぼろぼろにされて、同性に触られるのが嫌いになって。
それでなんで雫月が大切なものを切り捨てなきゃいけないんだろう。
いや、相手も雫月も後々嫌な思いをするかもしれないからってことは分かってる。
分かってるけど......分かりたくないな。
こんな理不尽な事。
笑顔で大切なものを切り捨てて、雫月はどんな気持ちでいるんだろう。
......言葉で表現できるようなチープな悲しみだとか辛さなんて、感じちゃいないんだろうな。
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