社会問題小説・評論板

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大好きで大嫌い
日時: 2023/05/10 23:57
名前: たなか (ID: 3Mpht8EV)
プロフ: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12904

平和に生きているつもりでも、過去は変わらない。


あの夜の恐怖と不快感は、簡単に思い出すことができる。


少しずつ僕の身を蝕んでいった障害も、今では手をつけられないほどに膨らんでいる。




こいつがそんなことしない。




あいつもその気は無い。




そんなこと思ったって無駄。


何も変わらない。


きっと変えられない。


記憶なんか無くならない。


無くなったらそれは僕じゃない。


でも、こんな記憶を抱えてまともに生きていけるはずがない。


どうしたらいいのか、自分にも分からない。


ただ僕にできるのは、誰にも触れられないようにするだけ。


なるべく相手の印象に残らないように、地味に生きるだけ。


大好きな人も、大切な人も、傷付けないように関係を消滅させていく。


傷付けないように、記憶に残さないように。


僕なんかいない方がましだ。


僕に優しくしてくれる人の期待に応えられないなんて。


いない方がましだよ。


さっさと消えろよ、とっくに穢れた命だ。


得意だろ、人の記憶に残らないことなんて。


大得意だろ、いつもそうやって生きてんだろ。







誰かのせいで、縮こまって生きてんだろ。

Re: 大好きで大嫌い ( No.3 )
日時: 2023/05/11 19:36
名前: たなか (ID: 3Mpht8EV)

雫月もクラスに上手く溶け込んできた頃、体育祭の練習が始まった。

男女別クラス対抗リレーは、予想通り雫月もメンバーのひとり。

俺のクラスは雫月以外にぱっと目立って足が速い人がいなくて、アンカーの雫月にバトンが渡るまでは毎回最下位だった。

もちろん、雫月が必ず1位に引き上げて終わる。

学年全体で見ても、雫月の足の速さは秀でていた。

でも、一回目の100メートル走測定時の雫月のタイムでは、学年1位には少し追いつかない。

というのも、雫月がその時足を痛めていたからだった。

最終的な雫月の100メートル走のタイムは、10秒3。

身長は男子平均を大幅に下回っているのに、足は恐ろしく速い。

顔も可愛らしく頭もいいから、学校ではもうそこそこ有名になってしまっていた。

雫月と廊下を歩くと、「こんな人いるんだ」というレベルで知らない先輩とかが雫月に声をかけたり、全く異性と話さないような女子が雫月に手を振ったりする。

......俺の地味さが際立つな。




体育祭当日。

午前の競技が全て終了し、雫月と2人で昼飯を食べていた。

「あ、雫月じゃん」

背後から先輩に声をかけられた雫月が、くるっと後ろを向いて返事をする。

「こんにちは。3年4組の綱引き、凄かったですね!」

「まぁ俺がいるからな! お前も午後、リレー頑張れよ」

「はい、ありがとうございます」

ガシッと雫月の肩に手を置いて、先輩は違う方向へ歩いていった。

すげぇな、あんな先輩と話したことねぇよ。

太陽みたいで暑そうだ。

ふと雫月を見ると、口を抑えて俯いていた。

「おい雫月、どうした?」

反射的に背中に手を置くと、雫月はそれを振り払った。

「......ごめん......触らないで」

そう言って雫月が顔を上げる。

夏とはいえこの日陰の中では流れないであろう量の汗が、雫月の綺麗な頬を伝っていた。

思わず息を飲む。

「大丈夫か? どっか変だったり......」

「大丈夫だよ......ちょっと、トイレ行ってくる」

俺の声を遮って雫月が言う。

少しふらつく足で雫月は立ち上がり、靴を履いた。

「ちょ、ちょっと待てよ、そんな足で歩けると......」

「触らないでって言ったじゃん」

俺も急いで立ち上がり肩に手を置くと、今までにないほど冷たい声で雫月は言い、手を振り払った。

ぱしん、と乾いた音を立てて、俺の右手が雫月から離れる。

体育祭特有のテンションで話す他の人の声が、少し小さく感じた。

「......ごめん」

雫月が、俺の方を見ないで言う。

小さく震えた声で。

聞こえるか聞こえないかくらいの細い声で。

雫月は結局、一度も俺に目を向けないまま歩き出した。

Re: 大好きで大嫌い【BL】【虐待】 ( No.4 )
日時: 2023/05/11 19:43
名前: たなか (ID: 3Mpht8EV)

*


夢をみた。




肌に直接伝わる他人の手の感触と、突き抜けるような快感。




どんどん高まっていく不快感。




気持ち悪いのに快感を感じている自分に気付き、怖気が走る。




やめて、そう言っても上手く声にはならなくて。




背後の人間がにやりと笑う気配がした。




目が覚める。

僕は夢の中とは違い、ベッドの上にいた。

あたりまえか。

クーラーがかかっていてある程度は涼しいはずなのに、汗が垂れる。

......こんな夢、みたくなかった。

あの夜のあの人のあの笑顔と同時に、大和の顔を思い出した。

僕が顔を上げた時に見えた、心配そうな顔。




僕を助けようとしていた。




手を伸ばそうとしていた。




なのに僕は、何も言わず突き放した。




傷付けた。




ごめん、なんてそんな言葉で償おうなんて、考えちゃいない。

そんな言葉で償えるわけがない。

それなら全て打ち明けた方がいいかもしれないけど、僕にその勇気は無い。

まだ、まだ逃げていたい。

あの夜に触れたくない。

触れさせたくない。



思い出したくないことは、ずっと蓋をしていればいいのだろうか。

蓋をして、耳を塞いで、目を瞑って、墓場まで。



そんなの、僕自身が穢れてるみたいじゃないか。

間違いではないけど、と自嘲気味に笑う。

ベットから身を乗り出して、机の上の写真立てに目を向ける。

中に入っている写真には、まだ幼い頃の僕と、両親が写っていた。

幸せそうに笑う僕達は、もう再現できない。

この頃の家族に戻ることは出来ない。

もう居ないお母さんも、もう居ないお父さんも、他の「お母さん」と「お父さん」で代用できるものじゃない。

もう居ないものは、もう無いものは、二度と戻ってこない。

......そんなの、僕が1番わかってたのに。

傷つけないように、触れないように、必死で。

必死で自分自身を保っていたのに。



元に戻せないならもう一度、作り直せばいいのだろうか。



作り直す度に丈夫になっていくそれを、いつかの僕は見れているのだろうか。

Re: 大好きで大嫌い【BL】【虐待】 ( No.5 )
日時: 2023/05/12 19:40
名前: たなか (ID: 3Mpht8EV)

体育祭が終わって、2週間。

俺はまだ、一度も雫月と話せていない。

話しかけようとしても、雫月はどこかへ行ってしまう。

目はよく合うけど、すぐにそらされる。

......俺が、触ったからなのかな。

他人に触られるのが嫌いなのかもしれない。




「触らないでって言ったじゃん」




いつもより低いトーンで吐き出された言葉は、今でも鮮明に思い出せる。

いつもの柔らかな雰囲気が全て消え、何かを必死で抑えているような声と顔。

......とりあえず、どうにかして話しかけないと。

謝らないと。

心配なことがもう一つ。

笑わなくなったこと。

他の奴らと話している時はあのふわっとした笑顔で応えるけど、ひとりになると途端に目を伏せる。

少し悲しそうな、辛そうな、疲れたような顔でぼんやりとしている。




昼休み。

5時間目が始まる直前に、先生が俺に声をかけた。

「大島腹痛いからって保健室行ったんだけど、ちょっと様子見てきてくれん?」

少し教室を見回すと、たしかに雫月の姿がなかった。

......必要なことなら雫月は話してくれるだろう。

俺が聞きたいことは聞けないと思うけど、少しでも雫月と言葉を交わしたかった。

保健室のドアを開ける。

髪が短い養護教諭の先生が出てきて、「どうした?」と聞いてきた。

「大島雫月の様子見に来たんですけど......」

「あぁ、大島くんならそこのベッドで寝てるよ」

先生が示したベッドのカーテンを少しだけ開けて、静かに中に入る。

雫月は、薄い布団をかけて蹲っていた。

寝息が聞こえる。

「雫月?」

そっと声をかけても、雫月は目を覚まさない。

......そりゃそうか。

雫月の顔が見える方へ移動してしゃがみ、ベッドに手を置いた。

「......うぅ......ん」

小さく雫月が唸る。

目を覚ますかと思ったけど、起きなかった。

やっぱ可愛い顔してんな、と思いながらそれを見ていると、授業が始まるチャイムが鳴った。

あ、もう戻らないと。

立ち上がってカーテンを少し開けようとすると、雫月が小さく呟いた。




「......や、まと......」




思わず振り返る。

やっぱり雫月は寝息を立てていた。

雫月はもう、何も言わない。

「なんか言いたいなら直接伝えろ......」

俺も呟き返してカーテンを開ける。



ずっと待ってるから。



いつでもいいから伝えてくれ。

Re: 大好きで大嫌い ( No.6 )
日時: 2023/05/12 20:41
名前: たなか (ID: 3Mpht8EV)

*


大和と話せなくなってから、3週間。

いや、「話せなく」なったんじゃない。

「話さなく」なった。

僕が大和を避けるようになった。

......最低だ。

傷付けて、放ったらかして無視するなんて。

最低だ。

分かってる、分かってるけど......怖い。

普通に謝るんじゃきっと、前と同じような関係に戻ることはできない。

僕がしたことは「間違い」や「勘違い」じゃないから。

ちゃんと全部話してから謝りたい。

......できそうにないけど。

「全部話す」ってことは僕が僕自身の嫌な思い出に触れながら話すってことで。

そんなことしたくないし、大和にも知られたくない。




怖い。




あの夜の事を思い出すだけで、吐き気が僕を襲う。

絶対に思い出したくない、僕の人生の大きな分岐点。

あの出来事がなければ、僕が大和と出会うことも、誰かをこんなふうに傷つけることもなかっただろう。

......もっと幸せに過ごせただろう。




みんなと同じように。



普通の、ごく普通の高校生として、学校に通いたかった。

二度と触れられない理想郷。

二度と。

......もし僕が何もしなかったら、もう二度と話せなくなるのだろうか。

そう思うと少しぞっとした。

勝手に傷付けて、いなくなって、大和がその記憶を抱えたまま大人になってしまったら。

もしそんな事になったら、僕は酷く無責任な人間だ。

嫌だ嫌だと駄々をこねて、人を傷付けては人から逃げて。

そこまで考えてから、ほぼ衝動的にスマホを手に取る。

無料通話アプリを起動させ、大和と僕の個人チャットを開いた。

トーク履歴は1か月前のまま。

数学の授業変更について、というくだらない話題で盛り上がっている画面を見つめる。

指が震えている。

受け入れてくれなかったらどうしよう。

気持ち悪いと笑われたら。

そうでなかったとしても、もう関わりを絶たれたら。

未だ弱々しい指先で画面をスクロールすると、体育祭のときの写真が表示される。

体育祭終了後にクラス全体で撮った集合写真と、クラスの女の子が半ば強引に撮ってくれたツーショット。

2枚目の写真の中で器用に笑う僕の横には、居心地が悪そうに視線をさまよわせて下手な笑みを浮かべる大和がいた。

不器用そうな表情には、僕のお父さんに似たものを感じる。

深く息を吸って、ゆっくり吐く。

恐怖を、不安を、なるべく全て吐き出せるように。

どうにか指を動かして、大和へのメッセージを打つ。

『久しぶり。ちょっと話したいことあるんだけど、家行っていい?』

10分ほどかけて打ったメッセージは、どこかよそよそしい文面になってしまった。

数分後、大和から返事がきた。

『おぉ、久しぶり』

『俺ん家ならOKだよ』

どくん、と心臓が鳴る。

返事を貰えたという安心感と、もう戻れないという不安。

......怖い。

でも、ちゃんと話さなきゃ。





...........大丈夫。





大丈夫。





大和ならきっと、受け入れてくれる。





......受け入れてほしい。

Re: 大好きで大嫌い【BL】【虐待】 ( No.7 )
日時: 2021/08/21 11:47
名前: たなか (ID: eVCTiC43)

俺がメールを返してから数十分後、家のインターホンが鳴った。

ドアを開けると、緊張した表情の雫月が立っている。

「あ、あの......体育祭の時は、ごめん」

雫月が頭を下げた。

「やめろよ......お前にもなんか事情とかあったんじゃねぇの?」

思わず苦笑いしながら雫月に言う。

頭を上げた雫月は、少し目を伏せて頷いた。

「ま、ここじゃなんだし......中入るか」

雫月を家の中に入れる。

リビングに行くと、雫月はソファじゃなく床に座った。

ソファの方がいい気がするんだけど......と思いながら、俺も床に腰を下ろす。

沈黙がしばらく続いた。

「テ、テレビ......つけていい?」

緊張感に耐え切れないように雫月が言う。

あぁ、いいよ、と俺は返事をした。

堅苦しいニュース番組のアナウンサーの声をBGMのようにして、雫月が口を開く。







「僕さ......その、性的、虐待?っていうの? を受けてたことがあって......」







そんな衝撃的な一言から、雫月の過去の話が始まった。





重く、暗い、過去の話。




雫月の話は、こうだった。

自分の母親は、父親の不倫に気付き自殺。

父親は「俺では雫月を育てられない」と言い独り身の同級生(男)に雫月を預け、自分は不倫相手と再婚。

それが、雫月が中学一年生の時の話。

そして雫月は、預けられた先で所謂性的虐待を受けた。

殴る蹴るは日常的で、「性的虐待」にあたる行為も毎日受けていた。

学校に行っている間以外は靴を隠され軟禁状態。

勉強は、塾には通わず家庭教師を呼んでいた。

そんな日々を続けて、高校一年生の春。

家庭教師が帰った後に、雫月はいつものように男に暴行を加えられていた。

でも、しばらくすると家のインターホンが鳴り、家庭教師が忘れ物を取りに来た。

その忘れ物は、録音機。

家庭教師は授業の様子をちゃんと記録できるよう、いつも録音機で録音していた。

雫月が机の上の録音機に目を向けると、まだスイッチは入っていた。

......録音が、続いていた。

雫月はスイッチを切り、家庭教師に録音機を渡した。

家庭教師が帰った後、雫月が録音機のスイッチを切った所を見ていた男は、雫月に今までより酷い暴行を加えた。



「お前、知ってたんだろ」



「知ってて俺に殴られてたんだろ、なぁ」



何度もそう怒鳴りながら。

勿論雫月は、家庭教師が録音機を忘れたことなんて知らなかった

それなのに男は、雫月の話を聞きもせず雫月を傷付けた。




穢した。




男は、警察に逮捕された。

録音機を再生した家庭教師が異常に気付き、警察に相談した結果だった。

そして家庭教師に引き取られた雫月は、話が広まってしまった地域では過ごせない、と引越し、転校してきた......。

男からは逃げきれたが、その夜の記憶がトラウマになり、雫月は同性に触れられることを極度に嫌うようになってしまった。




所々言葉を濁したり話しにくそうにしながらも、雫月はちゃんと話してくれた。

感情を荒らげることも、泣くことも無く。

話し終わってから、雫月は呟いた。

「そのおじさん......いつも僕に『可愛いね』『女の子みたいだね』って言ってて......色んな人にも名前とかそういう風に言われてたから嫌だったんだけどさ......」

伏せていた目を上げ、俺を見て微笑んでから、雫月は続けた。

「......名前、好きって言ってくれて嬉しかった」

触れたら溶けてしまいそうな、優しい笑顔だった。

......俺が好きな、雫月の笑顔だった。


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