複雑・ファジー小説
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- 怠惰の爪先。【完結】
- 日時: 2012/04/15 17:37
- 名前: 朝倉疾風 (ID: 2WH8DHxb)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
朝倉疾風です。
以前のようにふがふが言いながら執筆していきます。
小説を書くのは久しぶりなので、文章力皆無です。
朝倉の趣味で書いているので、少々悪趣味な表現があると思います。
ご理解くださいますよう、お願いします。
まだまだ未熟者ではありますが、よろしくです。
執筆開始 2月2日〜
【登場人物】
松原朝春 (マツバラ トモハル)
無口ではないが、人との関わりをあまりしたくない性格。
絵が異常に上手い。 後ろ向きな考えが多い。
客観的で妙に冷静。小夜子を気に入っている。
臣小夜子 (オミ サヨコ)
大人しく面倒見が良いが、実は感情の起伏が激しく、ヒステリック。
目立つことを嫌っているが、綺麗な印象を周りに与える。
臣明里 (オミ アカリ)
小夜子の双子の妹。快活で明るいく口調は少し独特。
小夜子と同じ顔だが、明らかに何かが違う。
朝春に好意を抱いていて、彼を「ダーリン」と呼ぶ。
子どもじみているが、非常に観察力が良く、人の心理を読み取れる。
七瀬周(ナナセ アマネ)
朝春の家の近所に住む中学生。
成績優秀眉目秀麗で注目を集めているが、本人は興味が無い。
クォーターで髪が明るい。
「自分を愛してくれる人間は自分だけのもの」だと思っている。
2章からの登場人物>>26
ネタバレ有 登場人物 >>66
- Re: 怠惰の爪先。 ( No.67 )
- 日時: 2012/04/14 20:22
- 名前: 朝倉疾風 (ID: 2WH8DHxb)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
やっと臣明里として出会ったのに、ダーリンはやっぱり怖がっていた。
まあ、あんなことをしてしまったから、気持ちはよくわかるだろうけれど。
でも、臣明里を殺してまでもわたしは生きてきた。
だけど、どうせ芹澤が七瀬家の隠し部屋にいる本物の小夜子ちゃんを見つけているだろうから、もう隠す必要もないか。
「わたしを見て驚いているのかしら。 それとも、驚きすぎて震えているのかしら。 どちらにしても、ダーリン、すごく可哀想に見えるよ」
「い、いつから……」
「最初からよ、ダーリン。 貴方が1年間、あの隠し部屋で一緒にいた小夜子ちゃんは本物の小夜子ちゃんだよ」
「じゃあ……俺がいつも高校で会ってたり……家で、絵のモデルになったのも……明里?」
「そうよ。 ぜーんぶわたし。 本物の小夜子ちゃんはね、きっといまにわたしを殺しにくるだろうな」
殺される気はないけれど。
その前にわたしはダーリンにありったけの愛を伝えないと。 ボロボロになるまで。
ぜったいに1ミリも伝わってないから。
「わたしがどうして明里を捨てて、小夜子ちゃんとして生きてきたかわかる? ダーリン、ずっとこう呼びたかった。 松原くんって呼ぶの辛かった。 わたしの好きなダーリンは、わたしじゃなくて小夜子ちゃんばかり見てて……、えっ」
痛い。
痛い。 痛い。 痛い。 痛い。 痛い。
これ、痛みっていうの? 痛みってこういうことをいうの?
胸に手をやる。 手のひらに血がついてた。
これ、わたしの?
血、綺麗。
だけど、一体誰が、どうして。
「明里ちゃん、見ぃーっけ」
あ、この声。 何年ぶりに聞いたかな。
あの頃はこの子のすべてに嫉妬して、憧れて、嫌ってた。
今だって、わたしの告白を最後まで言わせてくれない。
ズルい。 本当にズルい。
振り返る。
白い髪。 気色悪いほどわたしと瓜二つの顔。 笑ってる。
小夜子ちゃんが、笑ってる。
「ボクの大嫌いな明里ちゃん、あひゃひゃー。 やぁっと会えた。 大嫌いよー明里ちゃん」
あの頃にはぜったいに無かった、小夜子ちゃんの笑顔。
笑うとやっぱりわたしに似てる。
「明里ちゃん、ねえ明里ちゃん。 ボクに会えてビックリした? ねえビックリした? ボクはさあ、明里ちゃん大嫌いであんまり会えても嬉しくないってゆーかー。 あり? 聞こえてるー? ねーねーねー」
あまり揺さぶらないで欲しい。 痛いし。
それに、なんかダーリンが、すごくビックリしてるし。
「臣明里!」
あ、なんか芹澤の声が聞こえる。 うわ、これわたし倒れてたんだ。 視界がぐるるーっと回転してる。
そういえば、芹澤、わたしの名前呼んでくれてる。
そう、わたしね、明里なんだよ。
明里、なの。
- Re: 怠惰の爪先。 ( No.68 )
- 日時: 2012/04/15 16:03
- 名前: 朝倉疾風 (ID: 2WH8DHxb)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
к
少女が求めていたものは、復讐だった。
ひどく曖昧で殺人の動機としてあまりにも馬鹿馬鹿しく、あまりにもありきたりな理由で、少女はすべてを壊してきた。
ひとりだけ閉じ込められた夜のなか、孤独と恐怖で泣くこともできなくなった自分の心を、無理やり補正させることにどれだけの時間を費やしたか。
少女にとっての“彼女”がどれほど憎らしい存在なのか、自身の負の感情に絶望していた。
だから少女は刃物を手にとった。
復讐をするために。
もうひとりの自分を、殺すために。
少女が求めていたものは、愛情だった。
あんなに人に嫉妬したことも無ければ、憧れたことも無ければ、嫌うこともなかった。
自身の人格も、存在も、その歩むべき将来や運命さえ、邪魔なものでしかなかった。
少女の前では既にどうでもいいこととなっており、ましてや他人の介入など一切許しはしなかった。
“彼”に愛を伝えるために、少女は“彼女”を演じ、扮し、なりきり、そして“彼女”になった。
けれど少女は血まみれになっている。
復讐をされたから。
もうひとりの自分が、笑っている。
辺りは既に暗くなっていた。
遊具の少ない公園の辺りはアパートが建っているものの、もともと住居人の少ないそこには、人通りが皆無に等しい。
電灯の明かりが物悲しくも映るその公園内で、ちょっとした惨劇がおこっていた。
悲鳴ひとつない、静かな“終わり”だった。
「どうしてこんなにもカミサマってのは残酷なんだろうねぇ。 明里ちゃんも同じ顔なのに、ボクにばーっかり意地悪するんだ。 毎日毎日、あの男たちは何がしたかったんだろうねぇ」
臣小夜子が、語る。 足元に倒れている臣明里の腹を、足で踏みつけながら。
時折呻きながら、明里は小夜子を睨みつける。
事態を徐々に飲み込みつつある朝春も腰を抜けしているのか、数メートル離れたところから動かない。
「明里ちゃんもさあ、理不尽だと思わない? 普通、性行為って好きな人とヤるもんでしょ? なのにさ、なんでわたしたちあんな奴らとしなきゃいけなかったんかなーって。 明里ちゃんはいいよね、1回だけだったし」
「それ以上喋るな、臣小夜子」
小夜子の言葉を制したのは、芹澤麻也だった。
七瀬の家から走って戻ってきたのか、いつもキッチリ着ているスーツは、ネクタイも取られ、シャツも前ボタンを開けられている。
腕は赤く腫れていたが、これは七瀬周を気絶させる際、彼から受けた打撲のせいだった。
「おじさん、ボクねぇきみのこと知らないんだわ」
「俺はお前を知っている、臣小夜子。 もっとも、俺がずっとお前だと思っていた奴は、臣明里だったわけだがな。 双子というのはほとほと手がかかる。 つくづく俺は、自分の娘が一人っ子でよかったと思うね」
「ねえ、おじさんの娘って何歳?」
無関係な質問に正直に答えてしまって良いのか一瞬迷ったが、警戒しながら口を開いた。
「──16歳だ。 お前たちよりは2つ年下だったか」
「ああ……そういえばアマネがケーキ、持ってきてくれてたなぁ」
年齢がもう既に18歳だということは自覚しているらしい。
小夜子はどこかくすぐったそうに微笑み、
「おじさんの子どもの処女、ボクがもらおっかなぁ」
「ふざけるな、外道」
「ひ、ひどいひどいひどーい! なんてこと言うのさぁ! ボク大丈夫だよ、ビョーキ持ってないし、それに、それに見せたでしょ? ボクねえ、ちっちゃい頃からそういうの得意でねぇ」
「黙れ、臣小夜子。 俺はお前の話に興味などない」
イカレてやがる。 そう芹澤は思った。
いや、前から思っていた。 思ってはいたが、それはすべてこの姉妹が幼い頃に植えつけられたトラウマなどによる影響だと、自分を納得させていた。
だけど、いざそれを目の前にして見ると。
狂いすぎて、反吐が出そうになる。
「臣小夜子、お前を今回の連続殺人事件で逮捕する。 もう警察には連絡した。 もうじき、警察がやってくるだろう」
「──そしたら、またアマネの隠し部屋に隠れてる」
「その部屋の存在も伝えておいた。 七瀬周もいま自宅で気を失っているだろうよ。 今回の件で、過去の事件も引っ張りだされるだろうが……それは致し方ないことだ」
「なら、その前に明里ちゃんを殺す」
冷たく言い放ち、小夜子が思いきり明里の腹部を蹴り上げた。
息を吸うような音が聞こえ、即座に激しく明里が咳き込む。 ただでさえ背中を小夜子に刺されている。
刃先の血の付着部分を見れば、傷の深さはそんなに深くない。 しかし、あれでは痛みのせいで立って歩くこともできないだろう。
「臣小夜子ッ!」
「だって明里ちゃんだけズルいよ! 明里ちゃんだけ恋して、明里ちゃんだけ学校にも行けて、明里ちゃんだけ仕事をしなくてよかったんだし! ひどいよねえ、本当にひどいよね! カミサマはエコ贔屓するって知ってボクは嫌だったよー」
ああ、もう刃先が明里に向いている。
このままでは、本当に手遅れになる。
芹澤は小夜子の注意を自分に向けようと、手に持っていた携帯を投げようとしたが。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああッ、あ、あああああああああああああああああああああああああッ!」
それは、杞憂に終わった。
- Re: 怠惰の爪先。 ( No.69 )
- 日時: 2012/04/15 17:01
- 名前: 朝倉疾風 (ID: 2WH8DHxb)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
近所迷惑も甚だしいほどの悲鳴の残像が辺りに響き、そしてそれは闇に溶かされて消えていった。
芹澤は投げようとしていた携帯をポケットにしまい込み、小夜子の足をナイフで刺している明里を呆然と見た。
いつから持っていたのか分からないが、明里の手にはしっかりとペパーナイフが握られており、それが小夜子の足首をザックリと刺している。
だけど悲鳴は小夜子ではなく、抑えきれない感情を吐露した明里のものだった。
足を刺されているというのに、小夜子は痛覚が鈍いのか、キョトンとした顔で明里を見下ろす。
「アンタだって、わたしから何もかも奪っていったじゃないッ! 旱泥さんだってそうだよ! あの人にならわたしは仕事をしてもらってもよかった! なのに……ッ、アンタはダーリンの気持ちまで奪って、わたしはずっと独りで、そんな、のっでぇ……」
ナイフを抜いては刺す、抜いては刺す、抜いては刺す。
さすがにその足で立っていられなくなったのか、ストンと小夜子はその場に尻餅をついた。 不思議そうに自分の血だらけの足を見て、ひどく納得したように頷く。
「そっか。 ヒトって足の筋切られちゃうと立てなくなるんだ」
「わたしが小夜子でいいじゃん! このままずっとわたしが小夜子ちゃんで良かったじゃん! なんでわざわざ今頃復讐なのよッ。 ダーリンともっと一緒にいたかったのに!」
「なんか……うるさいし。 やっぱり外ってうるさいね、嫌になっちゃうかも」
「わたしの話聞こえてる!? どうして今更出てきたのッ」
泣きじゃくる明里の髪の毛を思いきり引っ張り、目を細めた小夜子がその頬にツバを吹きかけ、それを舌で舐めとった。
何をされたのか分からず唖然とする明里を見て、ニッコリと微笑む。
指の腹で明里の唇を軽く押しながら、自分と瓜二つの妹の瞳を、見る。
「どうしてって言われても、思い出したからでー。 あーそーいえば、わたしに双子のいもーといたなーって。 んでんで、色々思い出したら腹がたってきて。 それだけだよーあとはなぁにも無い」
「なら……わたしが大好きなダーリンに告白させてよッ! わたしはダーリンが大好きなのに、ダーリンはいつも小夜子ちゃんしか見てない! それは……つらすぎるよ……」
「それはダメかな。 だってボクはお前に復讐さえできれば、いっかなーって。 だから、明里ちゃんのお願いはきけないかな」
封印していた感情が一気に溢れ出したせいか、涙と鼻水と汗でベタベタになった明里の顔を、小夜子が優しく服の裾で拭いてやる。
明里は血が滲むほど唇を噛み、もう一度、ナイフを持っている手で小夜子の脇腹を刺した。 血が、ピピッと飛び散る。
赤い血。 このままでは、明里が小夜子を殺しかねない。
「だから、ボクは痛みに鈍感なんだってばー」
いくら痛みを感じないとはいえど、身体は明らかに負傷している。
次また明里が刺せば、出血量から致命的なものになることはわかりきっている。
止めさせなければ。
明里を抑えようと、芹澤が走る。 間に合わないかも知れないけれど、考えている時間はない。 彼女たちにこれ以上罪をきせてはならない。
そう思って、臣姉妹に向かって走り出した直後。
「えっ」
松原朝春が、明里を小夜子から引き剥がした。
明里が持っていたペーパーナイフが地面に落とされる。 小夜子は脇腹を押さえもせずに、不思議そうに朝春を見た。
「お、おみみ、おみ、臣さんから、離れ、ろおおおおおおああああああああああああああああああああッ!」
「ああああああああああ、あ、ああああああああ、ああああ、あああアアアアア、ッ、あお、おおおおお、」
意味不明な音。 ボキッバリッという、嫌な音。 何かが吐き出される音。
朝春が倒れている明里に馬乗りになって、その顔を思いきり殴っていることだけ、分かった。
四肢が痙攣しているのが遠目からも分かる。
朝春を止めなければならない。 けれど、芹澤はしなかった。
もう、手遅れだと悟ったから。
しばらくその嫌な音は続いて。
立ち上がった朝春の頬や服には、明里の返り血が付着していた。
息は荒く、額には汗が滲んでいる。 けれどその表情には、人を殺した恐怖よりも、どこか歓喜に似たものがあった。
「お、臣さ……小夜子ッ! 小夜子、なんだろ。 アンタが本物の小夜子なんだろ!」
「──だったらなんだっていうのさ」
「俺、小夜子のことガキのころから好きで、愛してて、好きなんだ! だから……小夜子を虐める奴ら、みんな、みーんな殺してやった! あ、明里だって……母親だって、殺してやった! なあ、小夜子、お前も嬉しいだろ? これで日の下を歩けるんだ。 俺はお前と一緒にいたい、ずっと、ずっと、一緒にいたい!」
歪みのある、ドロドロとした一方的な想い。
決して純粋ではない、長年の片思い。
朝春もまた、明里と同じなのだ。 同じ人をずっとずっと愛している。 ただ、それだけだった。
そして、それっぽっちだった。
「どうして明里ちゃんを殺したわけ」
「どうしてって、それは──ッ、うがっ」
一瞬、自分に何が起こったのかわからず、朝春は視線を自分の腹に落とした。
ペーパーナイフが、刺さっている。 先ほど明里が持っていたものだった。
どうして小夜子が自分を刺しているのか分からず、朝春は泣きそうな顔で小夜子を見る。
「ボクが明里ちゃんを殺したかったのに」
意味がないのだ。 小夜子自身が明里を殺さなければ。
彼女の復讐心は、決して叶うことのない夢となった。
遠くでパトカーの音がする。
小夜子は完全に笑みを消しており、朝春に刺している包丁を進めた。 口からコポリと血を吐き、朝春は初めて、笑う。
あまりにも不器用で、不完全で、不自然な笑顔だった。
「きみから与えられるものなら、痛みでも、嬉しい、な」
言って。
小夜子へともたれかかるようにして倒れる。 冷たい体温。 人間の重さを実感しながら、小夜子は、既に死んでいる朝春に言った。
「ボクはきみのこと、知らないんだけど」
少女の記憶に残ってある“松原朝春”は既に残像のようになっていて、その名前は確かにあるのに実体のないノイズのようで。
知らない男の子から告白された小夜子は空虚な空に向かって、嘲笑った。
やっぱり、小夜子のいる世界は、いつだって夜だった。
- Re: 怠惰の爪先。 ( No.70 )
- 日時: 2012/04/15 17:38
- 名前: 朝倉疾風 (ID: 2WH8DHxb)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
【 エピローグ 怠惰の爪先。 】
こういうだら〜んとした日はどうしたって暇過ぎで死にそうになる。
昼寝もいいんだけど、時間もったいないし。
やることもないから、ぼんやりと病院内を探検してみた。
鬱病とパニック障害に悩まされて、まあ心の病気とかいう感じに診断されて、この精神科に入院して、早くも……2年だっけ?
まあ、アタシが16歳のときになったから、うん、今年でちゃんと2年。 だいじょーぶ、時間はちゃんと経ってる。
パジャマ姿のオジサンやオバサンがテレビを見たり、先生たちが慌てて隔離施設のほうへ行ったりと、けっこう今日も忙しい。
「霧華ちゃん、次の診察はきちんとお薬飲んでからきてよー。 ……芹澤さーん、芹澤 霧華ちゃーん」
「先生、聞こえてるっちゅーに」
廊下で会った少し顔なじみの先生と軽く話してから、スリッパをぺかぺか鳴らしながら中庭に続く扉を開ける。
そういえば昨日、面会に来ていた父さんから、
──娘、俺はお前が俺に似て知的であると思っていたが、どうやらそれは違うらしいな。
と、なぜか嬉しそうに言われた。
顔色は相変わらず悪いし、休日なのに黒スーツだし。 よくわからない父さんだ。
あーでも、あの人もけっこう色々あったみたいだしなぁ。 なんか記事にする姉妹がどーのこーの言ってたっけ。 あれ、2年前か。
なんか昨日は、七瀬周って人と会うみたいな話してたけど。 友だちができたのかねぇ。 珍しい。
「今日もーあばんちゅーるっと」
「…………」
「ッ、ぎょえ!」
驚きすぎて、変な声が出てしまった。 恥ずかしす。
中庭にある花壇の傍で、なんか、綺麗な人が寝転がっていた。 なんちゅーか、ひどく白い人。 白い。 いろいろ、白い。
幽霊かと思ったじゃん。
「えっと……どーもどーも」
「──いまね、怠惰の昼下がりのなかにいる」
「はい? え、えっと……そーですね?」
なぜか疑問形だし、アタシ。 でもだって言ってる意味わからんし。
ていうかこんな人、精神科にいたっけ。
まじまじ見ていると、その人と目があった。 なんか、美人なんだけど、ちょっと気味が悪い。
「夜から、脱出した。 ボクねえ、脱出した」
「そーですか……」
この人、二十歳かそこらへんに見えるけど、その年齢で一人称「ボク」って……。 なんか、いろいろイタイ人だなぁ。
ん、なんか、手をひょいひょいってやられた。 来いってこと?
なんか嫌な予感しかしないけど、寝転がってるその人の隣に腰掛けてみる。 じぃって見られてる。 うん、居心地悪い。
無言で、どうすればいいのかわからん。
「昔はね」
乾いた声で、その人は言う。
「昔はね、手をこうしてお日様に伸ばしても……お日様は待ってくれないから……。 だから、ね。 こうやって」
いま気づいたけど、この人裸足だ。
その、透き通るような足を寝転んだ状態で限界まで空に向かって伸ばす。
空にある、眩しい太陽に。
その人の爪先は、太陽の逆光で暗く見えた。
「こうやれば、お日様が無様にボクの爪先にキスしてるみたいで、ねえ。 あれぜーんぶ、ボクのものだって思えるんだ」
「そうですか……あ、いや、そうですねぇ」
全然そう見えないけれど、感受性とか、そういう価値観の差であると思うし。 たぶんアタシが何かを言うのを、この人は期待していないと思うから、黙っていた。
「引き止めて、ごめんね。 もう行っていいよ」
「あ、そうですか? じゃあ、ま、また」
「ばいばい」
ふらりと、空に向かって伸ばしている足の方を振られた。
普通にこっちは手を振って、彼女に背を向ける。
歩く速度を早めて、中庭を横断する。 病棟に戻ろう。
振り向いてはいけない気がした。
ボソリと、彼女が呟いた言葉が、聞こえた気がしたから。
なにかゾッとするような、言葉が。
聞こえないふり。 聞こえないふり。
聞こえない、ふり。
「また、会おうね。 今度は夜のなかで」
(完)
- Re: 怠惰の爪先。【完結】 ( No.71 )
- 日時: 2012/04/15 18:32
- 名前: 野宮詩織 ◆oH8gdY1dAY (ID: pvHn5xI8)
完結、おめでとうございます!
でも、「もう少し朝倉様の話を読みたいなぁ」という寂しさもあったり……壁|ω・`)
朝倉様の小説は毎回ラストが衝撃的で驚かされます。
いつか私もこういう人間の心理を細かく描いた作品を書いてみたいものです^^
大事なことなので、二回目です。
完結、おめでとうございます!!
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