複雑・ファジー小説
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- 言霊〜短編集〜(第Ⅱ部 題『天気予報』)
- 日時: 2013/02/13 17:32
- 名前: レストラン『Kotodama』 (ID: mwHMOji8)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view&no=6071
——おっと、いらっしゃいませ。ようこそ、レストラン『Kotodama』へ。
さあ、お好きな席へどうぞ……ご覧の通り閑古鳥が鳴いておりますが、何も味がまずい訳ではありませんのでご安心を。なに、少しばかり天気が悪いせいですよ!
では、ご注文を……と言いたい所なのですが、実は当店、メニューは『お任せコース』の一つ切りで御座いまして。ええ、六人のシェフによる、或るテーマに沿ったコースで御座います……え、ごった煮? いえいえ、各々混ぜる訳ではありませんので、ここはコースという事で一つ。今は丁度、第Ⅰ部の『四季』コースから始まり、第Ⅱ部ではシェフを変えてのコースを用意しておりますので、いかがでしょうか?
……はい、承りました。では、ご期待に沿えるようシェフ一同砕身致しますので、今暫くお待ちください。
そうそう、お客様。『言霊』という言葉をご存じでしょうか? はい、当店名でも御座いますが。古来、言の葉には力が宿るとされて来ました……いえ、オカルトの類ではなく現実に、で御座います。もし、今宵のコースの中で気に入られた言の葉がありましたら、是非とも口にしてみると宜しいでしょう。運が良ければ、貴方にも素敵な物語りが訪れるやもしれませんよ?
ああ、失礼……つい要らぬ語りをする悪い口で御座います。では、直ぐにお持ちいたします故、どうかごゆるりと。
○第Ⅰ部執筆者 (紹介>>38)
結城柵、火矢八重、霖音、陽菜、あんず、Lithics(順不同、敬称略)
○第Ⅱ部執筆者 >>67より
ryuka、狒牙、逸見征人、友桃、Lithics(順不同、敬称略)
○御客様
椎奈様>>13 白波様>>36 紫蝶様>>39 黒雪様>>55
○お品書き
第Ⅱ部〜〜『天気予報』〜〜
オープニング >>67
前菜:『夢見る天気予報』(ryuka) >>68
パン:『或る予報士の憂鬱』(Lithics)>>69
スープ:『title:crybaby by nature』(狒牙)>>72
メインディッシュ(肉):『心の天気予報』(狒牙)>>70-71
ソルベ:『■「あーした、天気になーれ!」っていうのも嘘(笑)■』(ryuka)>>73-75
メインディッシュ(魚介):『ウルフマン・スタンディング』(逸見征人)>>76
第Ⅰ部〜〜『春』〜〜
前菜:『春と未来』(Lithics) >>1
『春といえば』(陽菜) >>2
スープ:『桜の記憶』(あんず)>>3
『春の色』(霖音)>>4
メイン(魚介):『遅咲きの春花』(火矢八重)>>5
ソルベ:『春色血の色?』(結城柵)>>6
メイン(肉):『西行奇譚』(Lithics) >>7 >>8
デザート(フルーツ):『雪解け』(結城柵)>>9
グラスワイン(赤):『虜と屍と紅の花』(あんず)>>10
デザート(プディング):『花の色は』(あんず)>>11
クロージング:>>12
第Ⅰ部〜〜『夏』〜〜
オープニング:>>15
前菜:『真夏の雪』(結城柵) >>16
スープ:『とある日の事』(陽菜)>>21
パン:『To be continued!!』(Lithics)>>22
サラダ:『アマゴイ』(あんず) >>23
メイン(魚介):『Tanatos Eater』(Lithics)>>24
ソルベ:『オンボロ夏休み』(霖音) >>25
メイン(肉):『螢の約束』(火矢八重)>>26-27
チーズ:『水色カンバス』(霖音)>>28
フルーツセット:『水玉ワンピース』(霖音 >>29-30
デザート(サマー・プディング):『花火』(結城柵)>>31
アイスティー:『タブー』(Lithics) >>32
プチフール(ケーキ):『夏休みの宿題』(火矢八重)>>33
食後酒(シードル):『青林檎』(あんず) >>34
クロージング >>35
第Ⅰ部〜〜『秋』〜〜
オープニング:>>41
前菜:『Autumn Leaves』(Lithics) >>42
スープ:『泥まみれスカート』(霖音)>>43
サラダ:『南瓜』(Lithics) >>44
メイン(魚介):『クレイジー』(あんず)>>45
ソルベ:『コスモス』(結城柵) >>46
メイン(肉):『季節外れ』(Lithics) >>47
フルーツセット:『寂しいと思う時』>>48
チーズ:『夕暮れ』(陽菜)>>49
デザート(モンブラン):『秋風』(霖音)>>50
ミルクティー:『紅葉』(結城柵)>>51
プチフール(ケーキ):『秋雨ノベンバー』(あんず)>>52
食後酒(ワイン・ロゼ):『赤い糸巻き 金字塔』(あんず)>>53
クロージング:>>54
第Ⅰ部〜〜『冬』〜〜
オープニング:>>57
前菜:『白』(結城柵)>>58
スープ:『逃亡者タチ』(あんず)>>59
パン:『白の世界の黒』(陽菜)>>60
メイン(肉)『Straight』(Lithics)>>63 >>64 >>65
紅茶:『六花が咲き乱れる頃は』(火矢八重)>>61
デザート:『鮮血バレンタイン』(霖音)>>62
クロージング:>>66
- Re: 言霊〜短編集〜 ( No.4 )
- 日時: 2012/02/20 19:15
- 名前: 霖音 (ID: k1qI710b)
『春の色』
空は、相変わらずの青だった。
夏だって秋だって冬だって。
青い日があって、曇った日があった。
春の空の下、私はそんな事を考えてた。
騒ぐ学生。騒ぐ猫。
皆、同じにしか見えなくて、胸騒ぎなんて少しもしなかった。
青い空に、その添え草のように踊る桜。
変わらない顔をしている癖に、いっちょまえにカッコよくて。
春らしいと。ただ思った。
こんな青い空がいい。桜色じゃなくていい。
これが、春の色なんだ。
桜は、私の耳をくすぐって、地べたに落ちた。
私は、それを拾い上げて、また空へと踊らせた。
嗚呼。綺麗な春だなぁ。
- Re: 言霊〜短編集〜 ( No.5 )
- 日時: 2012/02/26 17:06
- 名前: 火矢 八重 ◆USIWdhRmqk (ID: kGzKtlhP)
——————春は嫌いだ。
春なんて——————……。
「——貴女、私たちの娘にならない?」
遠縁の小母さんと小父さんが、私にそう言ってくれた。
『遅咲きの春花』
春は嫌いだ。訪れる度に友達と離ればなれになるし、大好きな祖父母が死んでしまったのも春だし、住み慣れた家を出て行かなくてはならなかったのも春だし。
でも——一番嫌だったのは、両親を失ってしまったこの春。
あの日、父さんと母さんは、私に内緒で卒業祝いを買いに行っていたんだ。私が春になると元気が無くなるから、励まそうと——。
でも、帰りに事故にあった。
トラックに押しつぶされて、両親の頭はこっぱみじんになっていた。その残酷な描写は小学六年生である私には耐えきれないだろうと言われ、遺体すらも見ることは叶わなかった。
お通夜、お葬式、淡々と事は流れて行って……。
部屋の窓からアパートの庭を見降ろしてみる。庭には、早咲きの桜が植えられていた。
——私は、もうすぐこのアパートを出なければならない。未成年である私は、親戚に預けられなければならないからだ。
でも—————今の私は、外出することすらままならなかった。
判っている。全ては偶然の不幸が重なっていることで、春になる途端私が不幸になることはないのだ。——判っていても、やっぱり春を好きにはなれない。
私にとってラッキーだったのは、私を引き受けてくれる人がまだ見つかっていない事。理由は私の家が借金だらけだったのと、私が普通の子供とは態度が違う、『変な子』だったからだろう。
出来れば、このままこの部屋を出たくない。もう別れなんてしたくないんだ。駄目だと判っていても、もう何処にも行きたくないんだ——。
ピンポーン。インターホンが鳴った。
誰だろう? 私の家に来るのは大家さんか刑事さんかお隣さんだけど——————。
ドアを開いた先には、お通夜と葬式でしか見たことのない、遠縁の小母さんと小父さんが立っていた。
いきなりの来客に、思わず私はバタバタとしながら二人を居間へ上がらせ、お茶の用意をする。
手際が滅茶苦茶悪かったけれど、小母さんと小父さんはニコニコと笑いながら飲んでくれて、小母さんは、おいしいわ、と褒めてくれた。
その時、緊張でガチガチだったのに、少しずつほぐれていくのを感じた。
「あのね、私たち貴女に話があって来たの」
湯のみをちゃぶ台の上に乗せて、小母さんが本題に切り出した。
「私たちの家は、ちょっと広くて。でも子供が居なくて、寂しいのよ。だから、もし良かったら——」
一呼吸置いて、小母さんは微笑んで言った。
「貴女、私たちの娘にならない?」
あまりにもいきなりな言葉に、私は呆然としていた。その様子に、慌てて小母さんが修正する。
「あ、貴女が良かったらの話よ!? 嫌だったら、断ってもいいし……」
その時、小父さんが小母さんの様子に見かねて私に言った。
「——もし、君が嫌だったら、家を出てもいい。けれど、今は落ち着いた環境に居る事が大切だと私は思う。もし、君が私たちの娘になりたいのなら——私たちは、喜んで歓迎する」
その言葉に、ふっと、心の扉が開かれるのを感じた。
ニコニコと笑う小母さん。静かに微笑む小父さん。——二人の言葉が、とっても嬉しかった。
この住みなれた部屋を出て行きたくなかったのに、何故か行きたいって、感じたんだ。
「……お、おねがい、します……、小父さん、小母さん」
かすれた声で、私が言うと、小父さんが修正した。
「——おいおい、小父さん、小母さんか?」
あッ……。
「お父さん、お母さん……」
そう言うと、涙がぶはあ、と溢れだした。空っぽだった心が、満たされていくように感じた。
「これからよろしくね。——『春花』ちゃん」
新しいお母さんが、私を抱きしめながら、私の名を呼んだ。
春は嫌いだ。——でも、私にも『春』は来たんだ。
遅咲きの、春の花だけど、ね。
終
- Re: 言霊〜短編集〜 ( No.6 )
- 日時: 2012/02/20 19:40
- 名前: 結城柵 ◆ewkY4YXY66 (ID: khvYzXY.)
【春色血の色?】
「わぁ…!」
満開の桜。晴天の霹靂。しかも、人が少ない。絶好のお花見日より。私は、後ろを振り返り、仲間達を呼ぶ。
今日は、卒業&就職祝いを兼ねたお花見パーティーなのである。ちなみに、この春らしい企画を考えてくれたのは、常に頭が春模様な我が友Tである。
わいわいがやがや。酒も入って、みんなが盛り上がってきたころ。なんとなく気分が悪いから、席を外す。
席を外す直前、女の子達の叫びが聞こえた。…宴席で怪談とか趣味悪いな、K。とか思いながら、桜の木の木陰を目指す。
「いてっ」
途中、何かに躓いた。なんだよ、と半ギレ気味に足元を見ると、白い何か。そう、まるで骨みたいな。
『なんで桜が赤いか知ってる?』
Kの言葉が脳裏に浮かぶ。
そういや、ここの公園って何年か前に…
はらり、と目の前に一枚。鮮やかな赤色の桜。
「まさか…な」
『は』るいろちのいろ?
by結城柵
- 『西行奇譚』 ( No.7 )
- 日時: 2012/02/20 19:57
- 名前: Lithics (ID: 0T6O.YfN)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view&no=6071
『西行奇譚』
——花見んと 群れつつ人の来るのみぞ あたら桜の咎にはありける——
「むぅ……寒い、な」
——頬を撫ぜる俊風。北国の雪解け水を湛えた川面で冷やされた風は、思ったよりも肌寒くて。街の向こうへ落ちていく斜陽を少しでも浴びようと、桜の木の根元に大の字になって寝転がった。それは昨日まで薫っていた冬の匂いが、むせるような春の香りに取って代わる……そんな曖昧な季節。
(花見には、まだ早かったか……でも、これはこれで)
大学の休日、暇にあかせて出掛けた川沿いの遊歩道。沿道に植えられている桜の木は、どれもこれも老木で……もう四月に入ったというのに、のんびりと五分咲きなんかを楽しんでいるようだった。だが俺としては満開の桜よりも、こちらの方が目に優しい。咲き誇る花は圧倒的で、それこそ容赦の無い美しさだけど。
(咲いたる後は、唯散り行くのみ……ってな)
沿道の老桜は、来年から数本ずつ伐られていくと聞く。どの木が対象かは知る由もないが、もしかしたら俺の真上で咲くこの桜も……今春で最後かも知れないのだ。そう考えると、まだ余力を残して美しい五分咲きくらいが丁度良い。その先の終わりを、想像せずに済むから。
——だって、ほら。満開でなくても、舞い散る花吹雪が無くても。幼い頃から此処の桜を見て育った俺にとっては、どんな姿でも綺麗で……強く惹き付ける魅力に溢れている。故郷たる、この北国で。長い厳冬に耐えて『春』を告げる桜には、ただ美しいという以上の感慨があるものだ。
「——ん、眠っちゃ……まずいかな……」
そんな益体も無い考えをしていたからか。辺りが薄暗くなっていくにつれて、誘うような眠気が酷くて。まだ気温的には冬っぽい東北の春だ、外で寝るのは良くないが……その心地好さったら。どうしようもなく頬は緩み、瞼が落ちてくる。まるで小学生の頃、川辺で遊び疲れた後の遅い午睡のような……きっと母親が迎えに来ると信じて眠る、そんな幸せな時間に似ていた。
「…………ん?」
だが、ふと何かが耳に障って目を開けた。その遠い喧騒は、対岸の桜の下に集まってきた若者たち。シートを広げ、酒と出来あいのオードブルを楽しむ……そんな、ありきたりで若々しい花見の風景だった。
「はは……考える事は同じ、か。混むからなぁ、後になると」
この辺で『花見』と言えば、この河川敷。満開の頃には屋台まで出て、ちょっとしたお祭り騒ぎになる。それはそれで楽しいモノだが……やっぱり静かに見るには向かないに違いない。今だって遠くに一組居るだけで、先ほどまでの静寂な雰囲気は失われてしまった。
(そう上手くはいかないよな)
——対岸から無理やり意識を外して、再び寝転がる。仰向けに見上げた桜の枝は、昼間から見えていた明るい半月を隠して揺れる。そんな絵葉書のように見事な構図も、ちょっとした邪魔が入ってしまった気がして思わず苦笑した。今までの独り占め状態が、流石に贅沢だったという事か。
「いやいや、参った。人を寄せ付ける事だけが、桜の欠点かな」
——ひとりごと。誰が聞く訳でも無いだろうが、なんだか恥ずかしくなって目を閉じる。もう帰ってしまっても良いけど、ちょっと意地になっていたのか……どうしても此処で寝てやるという気になっていたのだ。
———
——
—
- 『西行奇譚』 ( No.8 )
- 日時: 2012/02/20 20:19
- 名前: Lithics (ID: 0T6O.YfN)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view&no=6071
そして、不思議な夢を見る。いつの間にか本当に眠りに落ちていた俺は、誰かに身体を揺さぶられて目を覚ましたのだが。ああ、直ぐに分かったさ……目覚めた先だって、夢の中だという事は。そうでないと説明が付かないくらい、そこで見た光景は綺麗過ぎたから。
「——あ——あの! 起きて下さ〜い?」
「んん……?」
……肩を優しく揺り動かされ、耳朶に囁くような少女の声。一瞬、自分の置かれている状況を思い出せなくて。これが寝起きの理想や願望だとしたら、変な恋愛モノの読み過ぎかと頭を捻りながら、ゆっくりと重い瞼を押し上げた。が、その目はあっという間に最大まで見開かれる事に。
「あぁ、良かった……やっと起きてくれましたね!」
「え————は?」
ああもう、心臓に悪い。やっぱり仰向けで見上げる視界には、桜と月……そして桜色のワンピースを着た女の子。何がマズイって、はにかむように微笑む彼女は、それこそ現実感が無いくらい綺麗だって事。年下だろうか、まだあどけない風の顔立ちは、成長したなら傾城どころか傾国ものだろう。
——そう、馬鹿らしいけど。それが、未だ五分咲きの桜のようだと思ったりもした。
「あ、ごめんなさい。見下ろしたりして」
「あぁ、いや良いんだけど……君は?」
ひょいと軽やかに視界から消え、女の子が俺の傍に座り込む。なんだか錯乱したまま、俺も上体を起こして彼女に問いかけた。それは、至極まともな質問だったと思う。辺りはもうすっかり暗くなっていて、対岸の若者たちも既に居ないようだったし。正確な時間は分からないけど、女の子が独りでうろつく時間では無いだろうと。だが、返ってきた答えは少々的外れ。
「私? う〜ん……ふふ、分かりませんか?」
「え、いや……ごめん、前に会った事あったか?」
ちょっと期待が込められたような、悪戯っぽい瞳から目を逸らす。見た目にもさらさらとした黒髪を春風に靡かせ、顔を見せるように身を乗り出してくる様子は、やっぱり非現実的で。一つだけ確かなのは、絶対に昔会ったことなど無いという事。
「ふふ……いいえ、始めましてです。でも私は、貴方を知っていましたよ?」
「む、それはどういう……」
「ううん、気にしないで下さい。それより私、貴方に訊きたい事があるんです! その為に、頑張って起きてもらったんですから」
「……はぁ、何かな?」
大変だったんですよー、なんて笑う女の子。俺の疑問は上手く躱されたような気がするが……思えば結局、何者なのかも不明なのに。とりあえず『そういう子』特有の危なっかしい感じもしなかったから、訊きたい事とやらに付き合ってやろうか。どうせ夢のような曖昧な時間だ……彼女が何者かなんて、あまり関係が無いと思うことにしたのだ。
「ええ……貴方は『人を寄せ付けるのが、桜の欠点』って言いましたよね?」
「え……な、なんでそれを? 聞いてたのか?」
「はい、一番近くで聞いてました。あれ、どうしてそう思ったのかなぁって」
「それは……」
——夢だとしたら、奇妙な夢だ。自分の口にした言葉の意味を、自分で疑問に思っているなんて。では、夢でないとしたら……俺の一番近くだって?
「それは?」
「うん、そうだな……いや唯ね、一人で静かに桜を見てたらさ。向こうに人が来て騒ぐから、ちょっと嫌になっただけなんだけど」
不思議なほど素直に、言葉を紡ぐ。桜は大好きだが、もう少し……もう少しだけ人が寄らない花であったなら、という我儘じみた考え。でも、孤独というか静寂を愛する性質の人間としては、願わずにはいられない。そして、その願いを聞いた少女は、少しだけ驚いたような顔をして。その後、まるで花のように艶やかに笑った。
「ふふっ、貴方は桜が好きなんですね……」
「そう、だね。此処の桜は特に、子供の頃から知ってるから」
その笑みは、やっぱり綺麗だったけれど。不思議と眩しくなく、古い友人のような親しみ易さが在って……俺も自然に、彼女に向けて微笑む事が出来た。それは何故だろうと首をかしげていると、彼女はまたも悪戯っぽく目を細めて。
「あ、でもですよ? やっぱりちょっと変です、それ」
「うん?」
「あのですね、『私達』は……草木は唯々咲くモノ。その花に惹かれるのも、その群れ人を厭うのも……動くのは全て『人の心』です。ふふっ、桜の欠点ではありませんよ〜」
「あ……」
——直感だが。きっとこれが、彼女が俺を起こした理由なのだと思った。桜に咎など無い、それは実に道理だ。揺らぎ惑うのは『人の心』であって、俺の言った『桜の欠点』など在りはしない。そんなハッとするような理を説いた彼女は……確かに、草木の事を『私達』と言った。
「うん、確かにその通りだ……ごめん」
「あら、謝る事なんて無いですよ。貴方は桜を愛してくれているんでしょう?」
「…………君の名前を訊いても、いいかな」
まあ、分かってはいたけど。彼女は出会ってから、ずっと優しく微笑んでいて……名を訊いても、やはり花のような笑みを向けてくれた。いや、少しばかり含みのある、『あら、やっと気付きました?』なんて顔でもあったけれど。
「ふふ、私の名前ですか? そうですね……では、『サクラ』と」
「サクラ、か。うん、君に似合ってて……良い名前だね」
「はい! とても気に入ってるんですよ、響きが綺麗ですから」
——見上げた桜の枝が、さわさわと揺れる。相変らず玲瓏に輝く半月は、夕方から少しも場所を変えていない。それで、これが確かに『夢』なのだと悟った。月が動かせない辺り、割と雑な夢だ……どうせなら、目覚めるまでは悟らせないで欲しかったのだが。
「私も、桜の花が大好きなんです。早咲きの糸桜、川面の柳桜、絢爛たるソメイヨシノに、春重ねの八重桜。都に咲き誇る千本桜も、浮世離れた山桜も……その、まるで雪を散らしたような白の花が」
彼女が立ち上がって、舞うように歩く。月灯りの下、彼女は楽しそうに……心から『桜』を讃える言葉を紡いで。その様子は酷く艶やかで、濃厚な春の香りを纏っているかのようだった。その香りに酔ったのか、抵抗しがたい眠りの誘い。閉じられた瞼裏に、未だ彼女の笑みが焼き付いているような幻視をした。
「それに、花巻の川面。嵐山の花吹風、戸無瀬に落ちる滝桜。貴方は見た事がありますか?それはもう、どれも綺麗で——あら、後夜の鐘が……」
「…………」
夢の夜に響く鐘の音が、夜明けが近いことを示す。もはや言葉も無い俺には、その可憐な声をもっと聴いていたいという溢れる程の想い。もう分かっているのだ。『彼女』の姿ならまた見れる……それが、何処となく哀愁のある全盛の姿であっても。だが、この透る声を聴けるのは今宵限りだろうから。
「あぁ……もう時間なんですね。残念です、『サクラ』を好きだと言ってくれる人と話すのは、こんなに楽しいのに。でも、夜は待ってくれませんものね」
——実を言えば、俺の『眠り』は既に醒めているのだろう。囁くような少女の声は、現実感を失って脳裏に落ちていく。春宵一刻価千金。花に清香、月に影。どんなにこの艶やかな時間を惜しんだ所で……夢は覚めてこそ、きっと美しく在るのだろう。ほら、もう見えないけれど、彼女はきっと笑っている。
「さようなら、さようなら! また、会いに来て下さいね!」
———
——
—
——そして、夢は……夢は、覚めた。
「…………」
朝露の重みで、少しだけ地面に散った花弁を踏んで。彼女と同じように、少し未練がちにこの別れを惜しんでみたけれど……其処には唯、五分咲きの老桜が悠々と在るだけ。
「はは……当たり前、だけど」
あの少女の姿は、何処にも無いのだった。
(了)
——世阿弥 作、能『西行桜』に寄せる——Lithics
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