複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 言霊〜短編集〜(第Ⅱ部 題『天気予報』)
- 日時: 2013/02/13 17:32
- 名前: レストラン『Kotodama』 (ID: mwHMOji8)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2/index.cgi?mode=view&no=6071
——おっと、いらっしゃいませ。ようこそ、レストラン『Kotodama』へ。
さあ、お好きな席へどうぞ……ご覧の通り閑古鳥が鳴いておりますが、何も味がまずい訳ではありませんのでご安心を。なに、少しばかり天気が悪いせいですよ!
では、ご注文を……と言いたい所なのですが、実は当店、メニューは『お任せコース』の一つ切りで御座いまして。ええ、六人のシェフによる、或るテーマに沿ったコースで御座います……え、ごった煮? いえいえ、各々混ぜる訳ではありませんので、ここはコースという事で一つ。今は丁度、第Ⅰ部の『四季』コースから始まり、第Ⅱ部ではシェフを変えてのコースを用意しておりますので、いかがでしょうか?
……はい、承りました。では、ご期待に沿えるようシェフ一同砕身致しますので、今暫くお待ちください。
そうそう、お客様。『言霊』という言葉をご存じでしょうか? はい、当店名でも御座いますが。古来、言の葉には力が宿るとされて来ました……いえ、オカルトの類ではなく現実に、で御座います。もし、今宵のコースの中で気に入られた言の葉がありましたら、是非とも口にしてみると宜しいでしょう。運が良ければ、貴方にも素敵な物語りが訪れるやもしれませんよ?
ああ、失礼……つい要らぬ語りをする悪い口で御座います。では、直ぐにお持ちいたします故、どうかごゆるりと。
○第Ⅰ部執筆者 (紹介>>38)
結城柵、火矢八重、霖音、陽菜、あんず、Lithics(順不同、敬称略)
○第Ⅱ部執筆者 >>67より
ryuka、狒牙、逸見征人、友桃、Lithics(順不同、敬称略)
○御客様
椎奈様>>13 白波様>>36 紫蝶様>>39 黒雪様>>55
○お品書き
第Ⅱ部〜〜『天気予報』〜〜
オープニング >>67
前菜:『夢見る天気予報』(ryuka) >>68
パン:『或る予報士の憂鬱』(Lithics)>>69
スープ:『title:crybaby by nature』(狒牙)>>72
メインディッシュ(肉):『心の天気予報』(狒牙)>>70-71
ソルベ:『■「あーした、天気になーれ!」っていうのも嘘(笑)■』(ryuka)>>73-75
メインディッシュ(魚介):『ウルフマン・スタンディング』(逸見征人)>>76
第Ⅰ部〜〜『春』〜〜
前菜:『春と未来』(Lithics) >>1
『春といえば』(陽菜) >>2
スープ:『桜の記憶』(あんず)>>3
『春の色』(霖音)>>4
メイン(魚介):『遅咲きの春花』(火矢八重)>>5
ソルベ:『春色血の色?』(結城柵)>>6
メイン(肉):『西行奇譚』(Lithics) >>7 >>8
デザート(フルーツ):『雪解け』(結城柵)>>9
グラスワイン(赤):『虜と屍と紅の花』(あんず)>>10
デザート(プディング):『花の色は』(あんず)>>11
クロージング:>>12
第Ⅰ部〜〜『夏』〜〜
オープニング:>>15
前菜:『真夏の雪』(結城柵) >>16
スープ:『とある日の事』(陽菜)>>21
パン:『To be continued!!』(Lithics)>>22
サラダ:『アマゴイ』(あんず) >>23
メイン(魚介):『Tanatos Eater』(Lithics)>>24
ソルベ:『オンボロ夏休み』(霖音) >>25
メイン(肉):『螢の約束』(火矢八重)>>26-27
チーズ:『水色カンバス』(霖音)>>28
フルーツセット:『水玉ワンピース』(霖音 >>29-30
デザート(サマー・プディング):『花火』(結城柵)>>31
アイスティー:『タブー』(Lithics) >>32
プチフール(ケーキ):『夏休みの宿題』(火矢八重)>>33
食後酒(シードル):『青林檎』(あんず) >>34
クロージング >>35
第Ⅰ部〜〜『秋』〜〜
オープニング:>>41
前菜:『Autumn Leaves』(Lithics) >>42
スープ:『泥まみれスカート』(霖音)>>43
サラダ:『南瓜』(Lithics) >>44
メイン(魚介):『クレイジー』(あんず)>>45
ソルベ:『コスモス』(結城柵) >>46
メイン(肉):『季節外れ』(Lithics) >>47
フルーツセット:『寂しいと思う時』>>48
チーズ:『夕暮れ』(陽菜)>>49
デザート(モンブラン):『秋風』(霖音)>>50
ミルクティー:『紅葉』(結城柵)>>51
プチフール(ケーキ):『秋雨ノベンバー』(あんず)>>52
食後酒(ワイン・ロゼ):『赤い糸巻き 金字塔』(あんず)>>53
クロージング:>>54
第Ⅰ部〜〜『冬』〜〜
オープニング:>>57
前菜:『白』(結城柵)>>58
スープ:『逃亡者タチ』(あんず)>>59
パン:『白の世界の黒』(陽菜)>>60
メイン(肉)『Straight』(Lithics)>>63 >>64 >>65
紅茶:『六花が咲き乱れる頃は』(火矢八重)>>61
デザート:『鮮血バレンタイン』(霖音)>>62
クロージング:>>66
- Re: 言霊〜短編集〜(第Ⅱ部開始!) ( No.67 )
- 日時: 2012/07/02 18:55
- 名前: レストラン『Kotodama』 (ID: FyO1WjVc)
第Ⅱ部〜〜『天気予報』〜〜オープニング
——おや、いらっしゃいませ。ようこそ、レストラン『Kotodama』へ。
お久しゅう御座いますな、お客様。オーナーの都合につき、暫く休店させて頂いておりましたが、この度シェフを交代して再開店の運びと相成りました……ふふ、それでも相変らず閑古鳥が鳴いておりますが、なにとぞまた御贔屓の程を。
さて、それではお好きな席へどうぞ……今日は、当店自慢の見晴らしの良いテラス席も空いております。勿論、天気が悪いとお勧め出来ないのですが……はて、今日の予報はどうでしたか。ふふ、あまり当てにならぬもので御座います故、やはり室内にされますか?
そうお気づきでしょうか、今宵のコース……再開店一度目を記念するメニューは、『天気予報』をモチーフとした言の葉を綴ったもので御座います。新たに加わったシェフたちが果たしてどのようなコースを創り出すかは、失礼ながら私にも分かりかねます。ですが、きっと御期待に応えるよう、一同砕身して参りたく思います。
——では、直ぐにお持ち致します故、ごゆっくりと御楽しみ下さいますよう。
○第二部執筆者:ryuka、狒牙、逸見征人、友桃、Lithics(順不同、敬称略)
○お品書き
前菜:『夢見る天気予報』(ryuka) >>68
パン:『或る予報士の憂鬱』(Lithics)>>69
スープ:『title:crybaby by nature』(狒牙)>>72
メインディッシュ(肉):『心の天気予報』(狒牙)>>70-71
ソルベ:『■「あーした、天気になーれ!」っていうのも嘘(笑)■』(ryuka)>>73-75
メインディッシュ(魚介):『ウルフマン・スタンディング』(逸見征人)>>76
ロシアン・ティー:『雨が降ったら』(友桃) >>77
テイクアウト:『title::rainy ganbler』(狒牙) >>78-79
クロージング:>>80
- Re: 言霊〜短編集〜(第Ⅱ部開始!) ( No.68 )
- 日時: 2012/05/18 23:32
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: /B3FYnni)
『夢見る天気予報』
午前六時。
空は、青く澄んでいる。
……今日の天気は晴れのち曇り、また時々にわか雨に見舞われるでしょう。お出かけになる際は、折り畳み傘を忘れずに!
…………………………
………………
…………
今朝、目が覚めると。
私は、ツバメになっていた。
「ええええええええーーーっ!!」
……と、いう精一杯の叫びも、ただの「ピィー」という小鳥のさえずりにしかならない。
今居るのは泥でできた標準的なツバメの巣。巣の淵から少しだけ、恐る恐る顔を覗かせて下を見ると、どうしたことか懐かしい学校の校舎が見えた。数年前に卒業したっきりの小学校である。
————— ああ、じゃあ私は小学校の軒下に巣を作ったツバメになっているのね。
一人納得して、ふと目線を上げると、広い空が目に入った。
ああ、鳥の目に空はこんなに広く蒼く映るのか。
しかし考えてみれば、どうして自分がツバメになったのか、またどうやってツバメになったことに気がつけたのか、めっぽう検討がつかない。朝、目が覚めると自分の身体はツバメのそれになっていて、それをいつの間にか知っていて、とりあえず少し驚いて、けれど今ではその事実を容易く受け入れている。本当に可笑しな話だ。
とりあえず空を飛んでみたくなった。そういえばツバメになる前は、一度でいいから空を飛んでみたいとよく思ったものだ。
翼を広げて、空中に飛び込んだ。不思議なことだが、それはすごく自然なことに思えた。するとタイミングよく穏やかな風が羽根の下に滑り込んできて、身体がふわりと宙に浮いた。そのまま気流の上昇していくのに任せる。見ている景色はどんどん小さくなって、下の方に消えていって……やがて、目に見えるものは四方八方澄んだ青色のみとなった。少し向こうに、白線を引いていく飛行機が見える。
ふいに、滑降してみたらどうだろうと考えた。きっとどんな乗り物よりも楽しく空を切れるに違いない、だって私は鳥なのだから。もう人ではない、空を掴んだ鳥なのだから!
いいや、最初から私は鳥であったのかもしれない。今朝、突然ツバメになっていたわけでなくて、きっと初めから私はツバメだったのだ。
そう、そうに違いない。私は長い間、人間になった夢を見ていたのだ。なんて阿呆な話だろう!私は寝ぼけて人間から鳥になってしまったと思い込んでいたに違いない!
そんな事を考えながら、遥か地上を目指して滑降を続けた。小さかった建物たちが、どんどん大きくなって目の前へと迫ってくる。全身を切り裂いていくようなスピード感と高揚が、胸元ギリギリまでせり上がってくる。
地面スレスレ、というところで翼を翻して態勢を立て直した。すると、目の前にランドセルを背負った女の子二人組が見えたので、彼女たちの横を素早く通り抜けた。瞬間、驚いた声が後ろから聞こえる。
「わぁ見て、今日は雨が降るね!」
「どおして分かったの?」もう片方の女の子が不思議そうに聞いた。
「ツバメのお天気予報だよ。」得意気に、そう答える。「ツバメがね、低く飛んでいると雨が降るんだよ。」
「へぇ〜。」
その微笑ましいやり取りに私は思わずにやけてしまった。
瞬間、
目の前が真っ暗になり、見ていた世界が反転した。
……………………………………
…………………………
…………………
…………
ピピピピピピピピ、ピピピピピピピピ……
うるさい音がした。小鳥のさえずりではない。もっと電子的で、煩わしい音。ああこれは確か ————目覚まし時計の音だ。
午前六時。羽毛布団の中。
今朝、目が覚めると。
私は人間になっていた。
(おわり)
- Re: 言霊〜短編集〜(第Ⅱ部開始、題『天気予報』) ( No.69 )
- 日時: 2012/05/20 19:46
- 名前: Lithics ◆19eH5K.uE6 (ID: 0nUmcAK1)
『或る予報士の憂鬱』
——『天気予報なんて当てに成らない』と、誰かが言った。
「はは、ざまぁ見ろって感じかな……?」
突然に訪れた、ざぁっと線が見えるような夕立にも似た雨。その中を傘も差さずに慌てて駆けていく人々を横目に、僕は独り呟いた。彼らは鞄だったり背広だったり……とりあえず頭を濡らさないように物を掲げて、何処か雨宿りできる場所へと駆けこんでいく。うん、なんだかとても現代的な光景だと思った。彼らは濡れると途端に無力化する、某イースト菌系ヒーローのような習性を持っているのかも知れない。ま、仕方ない……そんな服や髪では、『人』を相手にする仕事は出来ないのだから。
「お出かけの際は、傘をお忘れなく……折角、そう『予報』したって言うのにね」
傘を打つ激しい雨音に掻き消されて、自分の頭の中でだけ響く声は。いつもとは違う声色のようで、なんだか新鮮だった。雨の日はやっぱり憂鬱だけど、こういう発見があるのは楽しいと思う。まあそれも、しっかり傘を持っていた余裕から生まれるものなのだろうけど。僕のように『天気』を相手にする……気象予報士という職業で得られるものは、一つにはこう言った用心深さがある。
——そう、気象予報士の休日に、傘は決して欠かせない。だってそれは『医者の不養生』とか、『紺屋の白袴』などと同じ誹りを受ける可能性があるから。予報した張本人が頭からずぶ濡れなんて、看板に水を掛けているのと同じだろう? その傘にだって拘りが……いや、まあ、それは置いておくとして。
「さてと……どうしよ」
さあ、久しぶりの休日に雨が降ってしまった。そりゃ、先週に自分で出した予報では、今日の都内での降水確率は50%。それはもう博打の類に近いのだから、半ば諦めてはいたけど。お気に入りの傘を携え、ぶらぶらと街まで歩いてきて……この結果である。これからどうするか、もともと見当を付けて来なかったのだから救いようもない。
(本屋で何か買って、喫茶店に入って読む……いやいや、それじゃ先月と同じだ)
人通りも疎らになった街を、ゆっくりと歩きながら考える。雨足は思いの他強くて、ジーンズの裾が重くなっていくのは少し不快だが。この梅雨も終わりの時期にしてはカラっと乾いた空気に、沁み入るような水気が心地よかった。どうせ何処か店に入ってしまえば、空調を通した均一な空気が商品の如く在るだけ。だから時にはもう少し、天気図にすると苛々する不安定な大気に、この身を任せるのも良いかと思い始めていた。
「…………」
それにしても降水確率50%! 我ながら酷い予報を出したものだな、と今更ながらに苦笑する。だが、言い訳を許して貰えるなら。こういう『確率予報』は、特定地域において一定時間内に雨が降る確率を予想したモノだ。つまり0%で無い限りは『降る』のであって、50%ともなれば『ほぼ降る』のである……少なくとも、用心深い僕達の感覚からすれば。それを、きっと皆誤解している。
——それでも、『天気予報なんて当てに成らない』と、皆が言った。
目の前を濡れながら走っていくサラリーマンが、呪いのように口走る。通りに店を構える個人商店は、渋い顔をして軒先の商品を引っ込める。ああ、だから降るよと言ったのに。そんな事はお構いなし、誰も彼もが口々に僕達を誹る……はは、雨の悪い所だ。何だか申し訳ない気持ちになるし、酷く憂鬱にもなる。
(はぁ……おっと、いやいや今日は休みだ。考えても仕方ないだろう?)
気分一新を期して、傘を持ったまま大きく伸びをする。雨で濡れた分、傘は重いけれど……流れ込んできた空気は、芳しい夏の薫りがして。艶々とした緑の木々、雨宿りする鳥たち、雨に煙る摩天楼の列……傘と僕の間から、色々なモノが見えた。ふと横を見やれば、シャッターの閉まった商店のひさしの下、鳥たちのように雨宿りする若い男女。
(……いいな、ああいうのも。もし、どちらかでも傘を持ってたら、無かった訳か)
それは古い映画のワンカットのような、とても瑞々しい光景だった。まあ正直、単純に羨ましいという気持ちが無い訳ではないが……その清々しさは、紛れも無く雨が運んできたもの。こうやって予報が無視される、というか信じて貰えないのも善し悪しだと思えるから。だからこそ、雨は憂鬱で、とても楽しい。そんなこんなでコロコロと変わる心情を愉しみながら、街の高台にある公園まで辿り着いた。
「お、貸し切りかな?」
この公園から街を見下ろした風景は、なんとも言えない絵心をくすぐられる。雨のカーテンで曖昧にぼやけた街は、それ自体が油絵のような重厚さを以て心に迫るのだ。これが晴れの日なら、写実的なのに現実感の薄いジオラマのような感覚を味わえるだろう。いつもなら休日には、子供たちがサッカーなどに興じる和やかな雰囲気なのだが。今日は雨のせいで誰も居なくて、なんだか寂しいとすら感じた。
「……ああ」
折角の景色だけど、見ていると感に迫ってしまうから目を閉じた。傘に雨、水溜りを叩く雨、アスファルトに砕ける雨……耳に入る全てが雨の何かで。こうしていると、雨が降っているのは外の世界なのか『僕の中』なのか、その境が分からなくなる。人間の頭の中で雨が降るなら……その降水確率を予測するのは難しいだろうな、なんて益体も無い事を考えて、自分で笑ってしまう。大丈夫、降っているのは確かに外の世界だ。僕の心には今、憂鬱を振り払う陽の光が差している最中だから。
「ん?」
そんな口に出せば恥ずかしい事を考えていたら、ふと雨音が小さくなった気がして。吸い込んだ空気は、さっきよりも濃い夏の薫り。濡れた草木の匂いを運ぶ、雨後のむせるような風が吹いて。その流れに乗った雨粒が、最後にバラバラと傘を鳴らした。ああ、そうか。もう、あがってしまうのか。
「はは、うん。まあ確かに……」
——目を開くと、世界は一変していた。
都会の埃を洗い流され、新たに輝く街。より色濃く、深くなった緑の木々。そして薄い雲を破って伸びる、いくつもの梯子のような光の帯。それらがスポットライトのように、新生の世界を照らし、空には大きな虹が掛かった。ああ、なんて綺麗だ。なんだか陳腐だけれど、それ以外に表現のしようがないのだから仕方がない。やはり晴れというのも良いモノだ。そうして今日一番に気持ち良く笑いながら、憂鬱のタネを洗い流すように呟いた。
「天気予報なんて、当てに成らないねぇ……」
さあ、帰って明日の天気を予報しよう。当てになんか成らなくても、人が空を眺める限り、少しは役に立つと信じる。そして願わくは。雨の予報日には是非、傘を持って出掛けて欲しい。その隙間から見る世界は、窓越しの眺めよりずっと美しいはずだから——その憂鬱も、きっと晴れてしまうだろうさ。
(了)
- Re: 言霊〜短編集〜(第Ⅱ部開始、題『天気予報』) ( No.70 )
- 日時: 2012/05/21 20:30
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: SzPG2ZN6)
『明日天気になーれ
晴れれば遊べや
雨降りゃ憂えや
明日天気にしておくれ』
町人が歌うは、明日を決める、下駄の歌。
——————
「うわぁ、お母さんありがとう」
とある時代の、とある村での話だ。
いや、実質としては村と言うよりも、百人ちょっとの農民が集まって暮らしている名もない集落だ。
だが、人里離れた辺鄙な場所という訳では決してなく、賑わう城下町もすぐそこにある。
ただ、そこに町があるのになぜ山で暮らそうとするのか分からない、それだけの理由で人口が少ないのだ。
俗世から離れたい人、緑の中で過ごしたい人、城下町に住めるほど裕福ではない人が、居住していた。
その中でも、一応は金があり、町でも生活できるが、自然の中を好んだ家族の物語だ。
その中心に立つのは、目を輝かせて箱の中を凝視して、顔を上気させている幼い男の子だ。
その周りにいて、その木箱の中身を送ったのが、勿論のことながら彼の両親である。
息子が喜びを表し、ぴょんぴょんとそこいらを飛び跳ねるのを見て二人は微笑んでいた。
五歳になった彼の初めての誕生日プレゼントは、履き物、下駄だった。
赤い鼻緒の、漆塗りの子供用の、それなりに高価な一品だろう。
新品の下駄を家屋内で試着する少年を眺めながら、二人は満足そうにしていた。
「買ってきたのはお母さんだけど、注文してたのは父さんなんだぞ」
「そうなの? ありがとう」
子供らしい、元気いっぱいの声で、子供らしく真っ直ぐに感謝の色を彼は示してみせた。
そして、それは家で履くものではないと母からたしなめられたので、床に腰掛けて名残惜しそうに脱ぎ始めている。
ふと、幼い彼の目が、元々下駄が入っていた木箱の側面に向かって吸い寄せられた。
そこに、墨を使って達筆で書かれていたのは、詩のようなもの。
当然、まだ字が読めない少年は、父母に対して、その意味を訊きたがった、子供らしい、好奇心で。
「ねぇ、これ何て書いてあるの?」
「どれのことだ。ああ、これか……」
楷書体だが、当然その時代はそれが普通なのだから父親の彼はあっさりと読み上げていった。
『明日天気になーれ
晴れれば遊べや
雨降りゃ憂えや
明日天気にしておくれ』
ようするに、明日の天気を占う迷信みたいなものだなと、息子ではなく自分に納得させるかのような口調で説明し、彼は満足そうな表情を浮かべた。
上手く説明できたことに対する無言の歓喜など幼い子供は無視して、またしても関心は下駄へと戻っていた。
見れば見るほど美しく、木目一つとってみても、芸術家が狙いすましたかのような模様に見えて仕方がない。
音楽を好きなものがそれを聴いても飽きないように、今の少年はいくらそれを見つめても飽きないようで、食い入るように眺め続けている。
こんなに喜んでくれたなら、買った甲斐があったというものだと、母親はとびきりの笑顔を作った。
初めての誕生日の贈り物にしては上手くいったようで、どちらかと言うと充足感よりも安堵の方が強いように思える笑顔だ。
拒絶されたらどうしよう、無意識のうちにそういう不安が募り募っていたらしい。
「じゃあ、町に行こうか」
嬉々としている息子の肩を叩いて、父親は外に出ようと促した。
ご飯の用意をしなければいけないから、母親は留守番をする、ということになり、父と子の二人が町に行くこととなる。
うん、行こう、と言ったのはいいのだが、少年は何を思ったのか手に持ったそれを床に置いた。
「何をしてるんだ?」
「えっ、どうしたの?」
「下駄って言うのは履くためにあるんだぞ」
「じゃあ行ってきます」
出かける準備ができた二人は、もう戸口に立って、今にも町へと続く道を歩いていこうとしているところだ。
まだ履き慣れていない新品の下駄に足を慣らすように、そこいらを歩き回っている。
しかし、初めて使うというのに全く違和感がないという、奇妙なことが起こっていたからそれは不要なはずだ。
有り余る力を発散させるためにそこいらを走り回っていたいのだろう。
父親と、その妻が二言三言話した後に、彼ははしゃぎっ放しの少年を呼び付けた。
「もう行くからこっちに来なさい」
今まさに空を舞う蝶々を追いかけていた幼子は、本来の目的を思い出して両親の下へと駆け寄る。
走るのも自由自在になっているのに、内心彼らは驚いていた。
この五歳の少年は、下駄を履くのが人生初のはずなのに、ものの五分程度でそれと長らく付き合ってきたかのように振る舞っている。
まあ、接地面積が小さいとはいえ、履き物は履き物、体幹の平衡を一々崩すための代物ではないのだと、二人は正当化した。
「それじゃ二人とも、行ってらっしゃい」
母の、もしくは妻の声を背中に聞きながら、大と小の二人組の男たちは麓の町へと向かっていった。
二人が見えなくなるまで、その背中に向かって腕を降り続けた彼女は、彼らが去った後に振り返って、しきりに一人考え事をしていた。
「それにしてもこんな詩、聞いたことがない……」
——————
「お父さん、今日はどこに行くの?」
「御輿の点検に行かないといけないんだ。父さんの仕事はそういうのの修理と、大工の両方だからな」
そうなんだ、とは言いながらも町の方に目が行ってしまっていると、本当にこっちの話を聞いているか疑わしい。
今まであまり町に来る機会が無かった上に、今日訪れる通りは、彼にとって来たことのない場所だから、関心をひかれても仕方がないのだが。
ここいらには、魚屋や八百屋という、普段買い出しをするような店は一切ない。
その代わりに、子供の目を引き付け、離そうとしない絡繰りなんかを売る店が林立している。
確かにほとんどの店に玩具の類が置いてあるのだが、その店の主人が作っている場合が多いので、店舗によって素材や設計、色合いが全く異なっていた。
「凄いよ、人形が勝手に歩いてる」
彼は興奮した口調で、たくさんある店の中の一つ、御繰屋という所をじっと見ていた。
どうしたのかと思って父親が覗き込むと、店の中で日本人形が、床を滑るように進んでいた。
歩いているという言葉には少し語弊があるが、それでも確かに独りでに進んでいた。
「ああ、これか」
それは、父にとっては普段から見慣れたものなので、大して驚きはしなかった。
ゼンマイ仕掛けで、足の裏の部分には小さい滑車状のものをいくつか装着している。
御繰屋の常連となっている彼には、店主だけでなく、客引きの彼女も充分に見知った中だった。
「ここの店主が、源さんって言うんだ。その下駄を、町から取り寄せてくれたんだ」
「そうなんだ。お礼した方が良い?」
「いやいや、礼儀正しいのは良いことだけど、その必用はないよ」
向こうは厚意じゃなくて、商売でやってるんだからね。
そう言ってやると、厚意って何? と返され、悪戦苦闘しながらも教えてやった後に今度は商売について聞かれて、今度こそお手上げだと、父親は黙り込んでしまった。
「お神輿って何?」
「お祭りの時に皆が担いでるやつ。この町のは装飾がきれいだよ」
屋根が真っ赤で、金や銀のヒラヒラした紐が何本も何本も伸びていて、持ち手が担ぐ棒の部分は真っ黒な上から漆塗りで、美しく黒光りしている。
ここの御輿の修理と点検を、年に一回するようになってから、七年の歳月が過ぎていた。
何度見ても、その美しさを、完璧に目に納めるのは不可能ではないかと、彼は常々感じている。
——————
父親の仕事は今年は点検だけに終わり、後は何事もなく、二人は家に帰っていた。
真っ赤な夕焼けは、今日も名残惜しそうにしながらも、遠い山の向こうに沈んでいこうとしていた。
まるで地面を焼き焦がすような、うだるような暑さは、夏を夏らしくするために虫に力を与えていた。
真っ白な蝶々、黄色い蝶々、ジージーと五月蝿い蝉は鳴き狂い、眠っていた甲虫は地面の中からその姿を現した。
「お祭りっていつなの?」
「明日だよ、晴れると良いんだけど」
「明日は晴れるの? それとも雨が降るの?」
「分からないけど……下駄占いしてみるか?」
下駄占い、その言葉を聞いた少年の目は丸くなり、すっとんきょうな声を上げて、いつものごとく質問攻めが始まった。
「下駄占いって何なの?」
「下駄を転がして明日の天気を占うんだよ」
「朝のあの木箱の歌?」
「そうそう」
こんな風にやるんだよ、と言った父親は足を後ろに軽く蹴りあげた。
そして、間髪を入れずに振り下ろし、前の方に蹴りだした。
蹴りだす足は、少年の目の前で綺麗な円弧を描き、空中を舞うように落ちていく下駄は、放物線を描く。
乾いた音を立て、一度だけ跳ね上がった下駄は、鼻緒を天に見えるようにして、ゆっくりと地面で動きを止めた。
「こうなったら、晴れなんだ。やってみる?」
「うん、やってみる」
そして、無邪気な声で歌いながら、彼は後方に蹴りだした。
夕焼けだけが浮かぶ空に、幼い少年の声は遠くまで響くように透き通っていた。
『明日天気になーれ
晴れれば遊べや
雨降りゃ憂えや
明日天気にしておくれ』
可愛らしい足が、小さな下駄を宙へと投げ出した。
くるりくるりと回転しながら、斜め上へと上昇していくが、上へ動く運動は一瞬制止された。
その次には、落下運動が始まった。
地面に向かって吸い込まれるようにして、下駄は落ちていく。
少年の目には、なぜかその動きがたいそうゆったりとしたものに見えてならなかった。
カラコロと弾むような美しい音色と共に、地面に到着した下駄は普通の向きで立っていた。
それが晴れだよ、そう告げられた少年は、屈託のない笑顔をその顔いっぱいに浮かべた。
翌日の、夜、太鼓と御輿の声援が大気を震わすお祭り騒ぎ。
その満天の星空を邪魔する雲は、一つたりとも浮いていなかった。
- Re: 言霊〜短編集〜(第Ⅱ部開始、題『天気予報』) ( No.71 )
- 日時: 2012/05/23 22:49
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: .8PfC7U9)
「お祭り、楽しかったね」
「そうだな。晴れて良かったよ」
澄み渡った濃紺の空の下、祭りの名残の騒々しさが残る夜道を、三人の家族が歩いていた。
ここ数年の祭りの中でも最も好天だったらしく、初めての祭りに少年は大満足だった。
「それにしても、本当に当たったね、占い」
「ああ、そうだな」
一度の成功に味をしめたのか、少年は明日の天気を占おうとしたのだが、母親に止められた。
人通りが多い所は危ないので家の近くに帰るまでは止めておきなさいと、当然の抑制。
ちょっと機嫌を損ねてしまった少年だったが、家に着くまでの辛抱だと思い留まった。
祭りが終わってもまだまだ空は澄み渡っていて、雲一つ見えない。
明日、雨が降ると言われても思わず否定してしまうほどに満天の夜空だったのだ。
「下駄占いって絶対当たるの?」
「いや、そうでもないよ。父さんもよく外れたもんだ」
そうなの? と少年は訊き直してみても、あっさりとそうだよと肯定された。
もはや、「何で?」と「そうなの?」が口癖になっている男の子はその理由も知ろうとしたのだが、「父さんも分からない」の一言で締め括られる。
それ以上は訊いてももう無理だと分かった少年は、ひたすら帰ることに集中した。
現に今日当たったのだから、明日も当たると信じていれば良い、それだけの話なのだから。
我が父が何度占いに裏切られようとも、自分は当たると信じきっていた。
事実として翌日、天気予報には外れたとは言え、下駄占いには裏切られなかった。
——————
「あれ? 晴れてるよ」
翌朝、目覚めた彼は朝食をとるよりも早く、条件反射のように外へと飛び出した。
昨晩、占った限りでは今日の天気は雨になるはず、そう信じて疑わなかった彼は、窓から射す光と静かな外を疑った。
雨なのに、どうして地面を打つ音がしたいのだろう、とかなんでお日様が出ていないのだろう、とかを疑っても、決して占いの結果を疑わなかった。
だが、それは検討違いな事だと木の引き戸を開けて初めて少年は理解した。
外の光景は、雲はちらほら顔を見せていても、目を疑うほどの快晴。
いつもの通り、じりじりと焼き焦がすような暑さと、目を眩ませるような明るい太陽が、今日は晴れだと告げている。
「あら、起きたの。ご飯よ、こっちに来なさい」
戸口を開ける音で彼の起床を悟った母が、サクサクとした調子で包丁を扱いながら息子に声をかけた。
台所にいる母の声を聞くや否や、今にも口から出かかった不平不満を飲み込んで、引き下がった。
昨日父が毎回当たるとは限らないと伝えてくれていたのだが、自分は外れないという妙な自信を持っていたために少なからずショックを受けているのだ。
「今行くよ……」
未だに予報が外れた事実を納得できない彼は、後ろ髪を引かれるのとよく似た想いで振り向いた。
しかし、何度見ても天候が変わるわけもなく、容器に降りそそぐ日の光は少年をあざけっているようだった。
そんな様子に、場違いな薄情さを感じ取った少年は半ばふてくされて朝食に向かった。
何に腹を立てていようと、食欲には叶わないもので、逆にやけ食いでもしてやる勢いで食卓へと向かった。
しかし、そんなものがどうでもよくなるような異変が目の前に現れた。
最初、それをどう受け止めていいものか彼は全然分からなかった。
目の前で自分の御飯を用意してくれている母は、いつもどおりに見えても、やはり何か変だ。
動きの一つ一つがたどたどしいというか、妙にもたついている気がしてならない。
動きが重たいような、調子が悪いような————。
「お母さん、大丈夫なの?」
しばらく考えて状況を理解した少年は母親に極力優しい声で話しかけた。
だが、その声は今まで対面したことのない状況のせいか、彼自身にもあっさり分かる程に震えていた。
どうしよう、その五文字が延々と頭の中を渦巻いていた。
「大丈夫よ、ただの風邪だから。心配してくれてありがとう。ご飯食べなさい」
ただの風邪、その言葉を聞いて安堵した少年は並べられたお椀に手を伸ばした。
率直に言うと、この時少年は風邪の何たるかなどさっぱり分かってはいなかったが、落ち着きのある母に諭されて安心しきっていたのだ。
普段通りの、野菜のみそ汁、漬物と粟を頬張りながらコホコホと声を立てて咳こむ母を見てみる。
多少、息苦しそうにはしているが、平静を保っているように見える。
ただし、あくまでも『見えるだけ』だと気づくのは、そう遠くなかった。
今日は早朝から夕方手前ぐらいまでの仕事らしく、父親はすでに出かけていた。
後から少年は知ったのだが、父は母に、辛いなら寝ておけとちゃんと釘を刺していたらしい。
そして、ゆっくりと朝ごはんを食べながら思うことは、思い出したことは一つだった。
しつこいと思うだろうが、下駄についてだ。
今思い出すと、残念さよりも苛々が募ってくるのが自分でもわかったようである。
眉の間に皺を寄せ、不満の表情を浮かべている。
ただしそれは、外れた占いでも、それを提示した下駄でもなく、易々と信じ込んだ自分への怒りだった。
その鬱憤を少しでも吐き出してやろうと思い、食後すぐに家の目の前の野原へと駆け出した。
たとえ嫌なことがあっても、雄大な自然の前では忘れられる。
何とも悟りを開いたような意見だとは思うが、彼の場合体験に基づいているのだから普通だろう。
それこそ、大都会の大人が、自然の中で暮らすよりも先にそんなことを言う方がよっぽど驚きだ。
田舎の良さはきっと、住んでみないと分からない。
一瞬、例の下駄を履こうかどうか考えたのだが、履くことにした。
今なお占い占い言っている自分がどうにも恥ずかしくなっていた彼は、そろそろ忘れようとするために、両足の親指と人差し指の間に鼻緒を入れた。
辰の刻から、そろそろ巳の刻の終わりごろに近付くと、そろそろおなかも空いてきたので彼は家に帰った。
お昼も大体いつも通り、稗と大根の漬物、後はあっても海苔ぐらいだとは彼も理解していた。
流石に、米を主食とする程に裕福な家は、この集落ではなく城下町に住んでいた。
しかしだ、ここで、今朝最も懸念していたことが起こったのだ。
家に帰ると、玄関口のすぐそこで青い顔で弱々しくしている母が座りこんでいたのだ。
悠長にしている暇は刹那にもないとでも言うように、足から投げ捨てるように宙に放り出した。
この時、彼は見ていなかったのだが、放り出した下駄は明日が晴れだと、予言していた。
「どうしたの?」
「ごめんごめん、ちょっと気持ち悪くなっただけだから」
だが、ちょっと気持ち悪いどころか相当気分が悪いのだろうとはすぐに分かった。
だからこそ少年は、昼ご飯などよりも休んでくれと言おうと口を開けたのだが、あくまでも母は大丈夫だと言い張る。
それでも諦めずに、半泣きになって駄々をこねるような形になると、ついには折れたのか、母親はようやく首を縦に振った。
少年のその後の行動は、自分でも何をしたのか覚えておらず、それこそ何かに憑かれたよう。
昼ご飯は、味どころか何を食べたのかすら、覚えていない。
それほどに、生まれて初めての、母の体調不良という事態は彼にとって本当に一大事だったらしく、以降の人生では症状が多少重くとも落ち着いていた。
「こっちの部屋で寝ていてよ」
昼食を慌てて食べ終わった彼は、口元や頬に食べ物を飛び散らせた顔で母親を寝室へと促した。
顔にものが付いている不快感はしっかり感じていたようで、近くの水で顔を洗った。
ありがとうと、ただそれだけを口にすると本当に具合が悪いので、横になった途端、彼女はすぐさま夢の世界へと出かけた。
そこまで終わると、ようやく安心しきったのか少年は安堵のため息を吐いて床の上に寝転ぶ。
一気に緊張が抜け、身体中から力が抜けて、背中を床に叩きつけてしまうほどに、彼の脱力はたいそうなものであった。
ただ、ずっとこうしては居られないとでも言うべくして、寝転んだ状態からまた座り込む。
もしも辛そうな素振りを見せたら自分が何とかしてやるんだとでも言わんばかりに。
しかし、どれだけ長く横に座っていても、呼吸が乱れることも、怪しい汗をかくこともない。
最初の方は、いつ気分がより一層悪くなるか分からないとびくびくしていた幼子だったのだが、終にはこんなものかと、飽き飽きとした感じがした。
そして、気付いた時には彼は眠りこんでしまっていた。
どれほど寝たら気がすむのだろうと、帰ってきた父親が、すっかり夕食の準備が整った卓から立ち上がって息子の様子を見てみると、まだ安らかな寝息を立てている。
すっかり元気になった母は、ちょっと肩を竦めてみせた。
「ま、このまま寝かせてあげましょう。きっと、あの子も明日になったら元気になるわ」
「今日は、心の中に土砂降りが降ったみたいな日だったんだろうな」
眠る少年に、そっと掛け布団を羽織らせながら父親は彼を起こさぬようにほそぼそと呟いた。
明日こそは、彼が晴れてくれたら良い。
それだけを考えながら、少年を静かにそっとしておいて、妻の方へと戻った。
今となっては大丈夫だと言っているがどこまで本当か分からないからだ。
普段はかなり温厚かつ適当なのだが、健康面だけには几帳面な彼は、心配そうな目つきで妻の方に戻った。
その翌日、外の天気は地面という太鼓に雨という撥を叩きつけるような悪天候だった。
だが、彼の心の中の天気は、青々と澄み渡るような、限りなく広がる快晴だった。
title『心の天気予報』fin
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16