複雑・ファジー小説
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- ハートのJは挫けない
- 日時: 2022/05/11 05:32
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: ZTqYxzs4)
波坂といいます。閲覧ありがとうございます。今回は能力バトル系を書いていきます。色々と至らない部分もあろうかと思いますが、そこはどうぞ生暖かい目線で見守って頂けたらなと。
一気読み用【>>1-100】
目次>>73
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略称はハジケナイです。
- Re: ハートのJは挫けない ( No.11 )
- 日時: 2018/04/26 15:47
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
俺が完全に呆気を取られていると、兄さんがそれに応じた。クソ、さっきから驚かされっぱなしだ。やはりただ者じゃないぞコイツ。そしてすぐに応じる兄さんもただ者じゃない。そう思った。
「確かに、持っている」
「……ホウ。では詳細を求めるのデス」
「……いやまずはこの条件で情報を一つ。お前の事だ。恐らく小分けで情報を渡していくつもりだろう?」
「む、バレていまシタか」
バレていたのではなく、単純に兄さんは心を読んでそれを予期したのだろう。勿論、それを深探が知ることは無いだろうが。
しかし兄さんのハートの力では思考は探れても、触れない限り記憶は探れない。個人情報などのアイデンティティのようなものたちは読み取れるが、それ以外は直接聞くしかないのだ。
「ではお伝えするのデス。ボクは昨日、貫太クンが知らない男性と歩いているのを見かけまシタ。見た目は金髪で年齢は若い方デス」
「……なるほどな」
サラサラとメモ用紙を取り出して筆を走らせる兄さん。
「ではこちらからも。俺達はハートと呼ばれる異能を有している」
「ハート……ふむふむ」
「ハートを持つ人間の事をハート持ちと呼ぶ。またハートの力は必ず《心を○○する力》のように心に働き掛けるものだ」
「ナルホド……精神に影響を持つ力。それがハートデスか」
「……お前の番だ」
「ボクはお前、ではないのデス。深探観幸という名前があるのデス。……因みに、アナタの名前は?」
「俺は友松見也。そこにいる友松共也の兄だ」
兄さんが俺を指さしながらそう言う。深探は一度俺達の名前を口ずさんだ後、話を戻す。
「ではコチラもお答えするのデス。貫太クンはその後、こんな事を言っていまシタ。この人を教会に案内する、と」
その言葉を聞いて、兄さんがポケットから先日俺に見せた地図を取り出す。学校に印が付いていたり線が引かれているが、今注目すべきは別の場所だ。
「教会教会……っつーとこの和泉教会って所か?」
俺が一番に見付けた教会らしい場所に指を置く。和泉教会。確か最近、新しく出来た教会だとかなんとか。しかし深探は首を横に振った。
「それだとツジツマが合わないのデス。和泉教会までの道は先ほどボクが通った場所は通らないのデス。しかし貫太クンと出会ったのはあの交差点だったのデス」
深探は兄さんの持つ地図に背伸びをして自分の指を置いた。地図上のそこには、何も載っていない。
「何してんだ?」
「ココには以前、教会があったのデス。最も今は廃墟となっていますが……廃墟というのも怪しいくないデスか?」
「確かに……」
「ボクは知る情報はこれだけデス」
そう深探が言うと、兄さんは歩きながら話そうと提案した。三人で歩くと歩幅の関係で深探のみ早歩きのような歩き方となる。
「……先ほどの続きだが、ハートの力は精神に働き掛けるだけではない。ハートの具現化、という現象がある」
「具現化?」
「そうだ。ハートの具現化とは、本来相手や自分の精神に対して起こす現象を、現実を対象にして起こす行為だ」
「例えば?」
「そうだな。例えば心を壊す力を持ったハート持ちがいるとする。そいつがハートの具現化をすれば、そいつは心だけでなく物体を破壊する力を得る」
「フム……つまりハートの力は物理にも作用する」
「ああ。だがハートの具現化が出来ないハート持ちも珍しく無い。その逆もあるがな。……以上だ」
「フフフ、ありがとうなのデス」
嬉しそうな表情を浮かべながらメモ帳を鞄にしまう深探。今までそういった表情を浮かべる印象も無く、意外に感じた。
「なぁ深探、ついでに一つ聞いていいか?」
「なんデス?」
「どうして不思議な力があるか、なんて聞いたんだ?」
率直な疑問。そもそもどうしてコイツはこんな事を思ったのか。謎でしかなかった。常識的に考えてみれば、いくら追い詰められたからといって相手が異能を持っている、なんて思いもしないだろう。
「簡単な事デス」
口に咥えているパイプを、右手で持ち上げて二、三回クルクルと器用に手元で回した後に、深探は言った。
「偶然、ってヤツなのデス」
その答えに、思わず間抜けな声が出た。咄嗟に横を見ると、兄さんも驚いたような顔をしている。かなりレアだ……。
「偶然……ってつまり、何の根拠も無く聞いたのか!?」
「ハイ。アナタに関しては以前から超能力を持っているのではないかと疑っていまシタが、先ほどの問いは完全に偶然なのデス」
「……まさか、あの土壇場で不思議な力、なんて唐突に言い出したのには驚かされたが……なるほど、偶然、か」
感嘆の込められた口調で納得する兄さん。俺としては全く納得出来ないし、なによりあの場でそれを聞き出すコイツの精神も分からない。
「結果、アナタタチはハートと呼ばれる技能を有していたのデス。フフフ、コレはボクにとって大きな一歩なのデス。やはり、超能力は存在していたのデスから」
嬉しそうに顔を綻ばせながら語る彼に、ますます同様を隠せないが、まあひとまずは黙っておく事にした。
そこから少し歩いた所で、唐突に深探がその歩みを止める。少し遅れて俺も止まると、俺達のすぐ横には、正しくボロボロと言った姿の教会があった。もう何年間放置されているのか分からないレベルだ。
立入禁止の看板がぶら下がる、鉄格子の扉に付いているロックは、鎖だけと何とも緩い。しかも鎖に関しても、南京錠などは付けられておらず、ただ巻いただけだ。
「サ、どうするのデスか?」
「どうもこうも、入るしかねぇだろうがよ」
鎖を解いて鉄格子の扉を開ける。ギィギィと錆びた関節が悲鳴を上げる事に放置による劣化を感じつつも、雑草だらけの道を通り、教会の前へと行く。扉扉の周辺は不思議と、ホコリのようなものがない。
「……深探。お前は此処で待っていてくれねぇか」
「わかったのデス。……もしもの時、ボクは足でまといなのデスね?」
「……ワリィな」
「いえいえ、物事には適材適所があるのデス。ボクは頭脳労働で君は肉体労働。今回はキミの出番、というだけなのデス」
「……サンキューな、深探」
快く承諾してくれた深探に感謝しつつも、兄さんと軽く頷き合う。そして意を決して、その協会の巨大な扉を、そっと触れて、勢いよく押して開いた。
光が差し込む教会の中。中は少し暗いが自然の光が入ってくるおかげか幾らか暗室に比べれば明るい。だから、俺でも見つける事が出来た。
「貫太!」
貫太は丁度、教会の中央を走る赤い絨毯の上に倒れていた。急いで貫太の元に向かう。それはもう、必死で。
「おい大丈夫か!」
急いで駆け寄ってそこに跪く。しかし全く反応が無く、何度肩を叩いてもビクともしない。背中に、じんわりと嫌な予感が広がった。
それと、兄さんの言葉が飛んできたのは、ほぼ同時だった。
「共也! 背後に跳べ!」
その言葉を聞いた瞬間、貫太の制服を掴んだ後に思いっ切り床を蹴って飛んだ。そして、目の前を何かが高速で通り過ぎて行き、思わずゾッとする。
「おや、外れてしまったかな」
そいつは教会の椅子の辺りから、ぬっと姿を現した。恐らく、椅子のところにしゃがんで隠れていたのだろう。薄暗いこの部屋で隠れていたことに加え、俺の意識は完全に貫太に向かっていた事を考えれば、気が付かなかったのも道理と言える。
「誰だテメェ! お前が貫太を連れ去った野郎か!」
「如何にも」
そう答えたその男が、薄暗い場所から光の差し込む絨毯の上へと出た。神父のような服装の、金髪の男だった。
「ようこそ、僕の協会へ」
その男は、両手を広げて俺達を歓迎するかのように、怪しい笑みを浮かべながらそう言った。
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- Re: ハートのJは挫けない ( No.12 )
- 日時: 2018/04/26 19:49
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
神父のような格好の金髪の男。恐らく髪の毛は人工色だろう。顔立ちは東洋人と見て間違いない。
正直、不味い状況になった。俺は今貫太を背負った状態でこの男と相対している。先ほどの攻撃から、この男が恐らくハート持ちであることは分かるが、詳細が分からない。俺に分かるのは先ほどの攻撃は黒い何かだったことだけだ。
「君、なんて名前なんだい? 私は八取仁太郎という」
「……どうして聞くんだ?」
男は表情を変えずに、淡々とした、落ち着いた口調で話す。
「君は、自分の秘密を持った人間の事を知らずにはいられるかい? 僕は居られないね。君は僕の秘密を暴いた。だから僕も君の事が知りたいのさ」
「ワリィがテメェに答えてくれる義理はねぇんだよ」
俺の返答に、小さく笑って自嘲気味に笑う八取。
「随分と私も嫌われたものだなぁ。ま、いいさ。君が今背負っている子は友松兄弟について話してくれた。そして背後にいる彼は君の事を共也と呼んだ。つまり君は友松共也で奥にいるのは友松見也だ」
「……知ってて聞いたのかよ、アンタ」
「何、君の口から聞きたいと思っただけさ。まあそんなことはどうでもいいんだ。僕が君に願う事はただ一つ──」
瞬間、目を見開いた。
八取が両手で長い棒を持つかのような姿勢を取った。すると、彼の両手に握られる形で鎌が出現した。それもただの鎌ではない。映画なんかで死神役が持つような、そんな巨大な鎌だ。柄が1.5メートル以上、刃もおおよそ1メートルほどのリーチがある。
「──そこを動くな、ということだけだ」
八取が踏み込む。その真っ黒な鎌が振り下ろされるのを見て、右に避けた。すると鎌は突き刺さるようにして床に刃をくい込ませた。が、鎌が抜かれると、そこに傷は出来ていなかった。
「その鎌……物理的効力はねぇみてぇだな」
「その通りだ。まだハートの具現化には至らずといった所でね。無論、君を狩る程度なら十二分だがね」
大鎌は床に刺さらなかった。つまり、あの鎌は実体があるようで無い。アレで物を切る事は不可能だが、逆にアレに切られると何かしら精神的な攻撃をされる、という事だろう。
再び、大鎌が振るわれた。今度は先ほどのように振り下ろすのではなく横に薙ぐような軌道だ。今度は後ろに跳び、距離を取る。
今は両手が使えない上に貫太がいる。無茶な回避は出来ないし、かと言って下手に距離を取るのも失策と言えるかもしれない。
「はは! 避けてばかりでは僕は倒せないぞ!」
「もう少ししたらそのニヤケ面を跡形もなく粉砕してやるから黙ってろ!」
防戦一方の俺を嘲笑う八取。彼が大きくスイングした鎌を、ギリギリの所で避ける。
この状況、圧倒的に不利だ。俺が背中にいる貫太で両手が塞がっている。しかも相手は武器があり、受け止めるのはNG。全て回避するしかないと考えるとかなり不味い。
「随分とまあ、余裕が無いじゃあないか。しっかり寝ているかい? 顔面がストレスで塗れているよ」
「ストレスの権化はテメーなんだがな! オラァ!」
鎌を回避した直後に、八取に向かって蹴りを放つ。しかし余り力が乗らず、腕に当たったもののダメージらしきものは入らない。鎌で切られそうになるのですぐに距離を取る。
「君、今とても考えているな? どうすればいい。どうすればこの男を倒せると必死に考え込んでいるな? 動きに迷いしかない。そんな攻撃ではこの状況は打破できない。早く君のハートを使うべきではないかね」
「ハッ! テメーのような三下に使ってやるのは蹴りと拳で十分だっつの! 無理に気ィ使うなよオッサン!」
「ほう? 言うじゃないか。では証明して見せてくれたまえ! 因みに私は二十代だクソガキィ!」
俺が力を使わない原因。それは今力を使っても大したダメージは与えられないからだ。使うならば、一際油断し、尚且つ確実に仕留められる時。
などと頭の中で思考を巡らせていると、再び黒い大鎌が横に薙がれる。咄嗟にバックステップを取る。が、何か違和感を覚えた。が、そのまま次の攻撃が来る。
二、三回ほどその場で回避し、相手が踏み込んで来たのでバックステップ。一定の距離感を意識しつつも、攻撃を回避していく──つもりだった。
が、次の薙ぎ払いの攻撃で、俺の服に鎌が掠ったのが見えた。おかしい。明らかに一定距離を保ち、尚且つ掠りもしない範囲なのに、掠っている。しかし相手が特段何かしたとは思えない。武器を持つ手の位置も、振り方も、変わったとは思えない。
つまり、予想できる事と言えば──
「その鎌、大きさを変えられるのか……?」
「おや、バレてしまった、かな。バレないよう、ゆっくりと変えていったのだがね」
更にリーチが伸びられてはこちらにとっては大迷惑だ。時間ごとにリーチが変わるなんてやり辛いことこの上ない。
「バレないようゆっくりと変えていった、だと? 嘘付くんじゃねぇよ」
「……何故、そう思うのかな」
「ゆっくりなんてまどろっこしい事しなくてもよぉ、横に薙いだ瞬間に2cm伸ばすだけで俺は切られるんだぜ? なのにテメーはそれをしない」
図星だったのか、面白くなさそうにフンと鼻で笑うような音を出す八取。
「……よし、止めよう」
何を思ったのか、八取が唐突に、その大鎌を手放した。大気に透けるように、黒い鎌が姿を消す。
「さっきの自信は何処へ消えたんだ?」
「何、君を倒せない訳ではない。だが如何せん労力が掛かる。だからより良い方法を実践するだけさ」
何やら服の内ポケットを漁る八取。そして、彼は中から一本の瓶を取り出した。
その瓶はこちらから見ても異質であった。何故なら、中に何とも判別のつかない怪しい青い炎のようなものが入っていたからだ。
「なんだそれ。人魂みてぇだな」
「おやおや……意外と勘が良いね。正しくこれは人魂だ」
「……何だって?」
「君の言う通り、これは人の魂だ。正確に言うならば心だ。では誰のものか。答えは君の背中にある」
まさか、と思い首を回して貫太を見る。こんなに動き回っているにも関わらず、先程から声の一つも挙げないとは、明らかに異常だ。
「……嘘は付いてないようだな」
後ろから見ている兄さんの、その言葉に愕然とする。つまり、今俺が背負っている貫太は、抜け殻でしかないという事だ。肝心の心は八取に握られている。
「私のハート、《心を奪う力》はこの鎌で切った人間のハートを奪う力だ。そしてハートを持たない人間が対象となった場合、こういう風に心そのものが切り取れる。そして切り取ったものを戻せるのは私だけ……もうわかるだろう?」
分かっている。この後八取が何を言うかも、この後自分が何をするべきかも、分かっている。
「次の攻撃を避けるな、友松共也。もしお前が避けたら、お前が私を攻撃する前にこの瓶を地面に投げ付ける」
「……クソが」
やはりだ。コイツは貫太の魂を人質にして、俺のハートを奪う気だ。あわよくば兄さんのハートも奪うつもりだろう。
しかしこの時、俺はどうにもコイツを許すことが出来なかった。別に、俺や兄さんがどうこう、という訳では無い。
「おい八取仁太郎……お前は知らないだろうが、貫太は、良い奴なんだ」
「何を急に、そんな事を」
ああ、コイツにはきっと何を言っても分からないだろう。だから突き付けてやる。
「今日さ、クラスの連中に話を聞いたんだ。貫太の事を。でさ、誰も貫太の事を悪く言わなかったんだ。それどころか良い奴って言葉を沢山聞いたくらいだ」
「それがどうかしたのかね? 君の話に付き合っている暇はない」
鎌を再び作り出し、俺を切るために横に構える八取。アレに切られれば、もう俺のハートは使えなくなる。だが、そんなことは知ったことではない。
「テメーには分からねぇかも知れねぇ。でもな、貫太は本当に良い奴だ。普段から周りに気遣いして、他人の不幸を悲しんで、他人の幸福を喜んでやれる。出会って数日の俺でも、嫌な顔一つせずに付き合ってくれる……」
無意識の内に、手を強く握っていた。
「そんな良い奴が……貫太みてぇな良い奴が! テメェのような心底腐り切った野郎に! 食われれちまうのは許せねぇんだよ!」
瞬間、一歩踏み出した。無論その一歩は俺が八取に近付くには、余りに小さ過ぎる一歩だ。──しかし俺のハートで、踏み出す直前に俺の前の位置と奴の前の位置を繋げた。
結果、俺は奴の前に瞬間移動したかのように現れた。目の前で八取の目が見開かれるのが分かる。
コイツは今までで一番油断していた。人質を取ったという圧倒的アドバンテージに加えて、俺が話を続けた事による集中力の途切れ。それらが、コイツを油断へと引きずり込んだ。
「しまっ──」
「喰らいやがれ! このド外道が!」
そして、その踏み込んだ足を思い切り腰ごと捻り、もう片方の足を思い切り目の前に放った。蹴りは横腹を捉え、八取をそのまま吹き飛ばす。
赤い絨毯をゴロゴロと転がる野郎を傍目に、落とした貫太の魂が入ったボトルを拾う。幸い、割れてはいなかった。
「……ふう」
正直、危なかった。相手が油断していなければ、貫太の魂を取り返すことは出来なかっただろう。一度貫太を背中から下ろし、床に寝かせる。
「……バカが! 僕の力が無ければ魂を戻すことは出来ないんだぞ!」
なんだ、まだ意識があったのか。そう思いつつ音源の方を向く。ふらつきながらも脇腹を抑えて立ち上がる八取は、こちらを指さしていた。
「そうか、なら俺のハートを教えてやるよ」
俺は魂の入ったボトルを左手に持ち、右手を貫太に当てる。
「《心を繋ぐ力》。それが俺のハートだ」
次話>>13 前話>>11
- Re: ハートのJは挫けない ( No.13 )
- 日時: 2018/04/27 16:08
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
心と心を繋ぐ力。それが俺の力であり、具現化することによって物と物や空間と空間などもものまで、なんでも繋げることができる。
そしてその力を使えば──切り分けられた魂と体を繋げることもできる。左手のボトルから魂のようなものが、貫太の中に入って行く。
「……うっ……」
瞬間的に、貫太が呻くような声を、微かにだが上げた。
「……あ……れ……共也、君?」
「おう、正真正銘、友松共也だ」
力なく座り込む貫太を見て、思わず安堵の息が漏れる。
「ふぅ、上手くいって良かったぜ……」
「……反省したぞ」
その声を聞いて、貫太に自分の後ろに隠れるように促す。貫太はまだ体が安定して動かないのか、ゆっくりとした動作で移動し始める。その間に、声の方へと顔を向けた。そして、彼との距離を歩いて詰める。彼との距離がほんの2m程になった。
「どうした。悪行の反省でもしたか?」
だが、彼は全く俺の言葉が聞こえていないかのように、独り言めいた様子で言葉を喋り続ける。その顔は、俯いていて見えない。
「反省した。ああ僕は反省したよ。僕は自分の行動を省みることが出来る人間だ。だから分かるとも」
彼は再び鎌を作り出し、右手でぶら下げるようにして持つ。俯いたまま、言葉を続ける。
「僕が今までどれだけ自分を過大評価していたのか。どれだけ君を過小評価していたのかハッキリ分かる」
彼は顔を上げる。そして自分の左手で拳を作り、それで自分のこめかみを、鬼気迫る表情で殴り付けた。思わず、驚きの声が、自分の口から漏れる。苦痛で彼の顔が歪み始めた頃には、堪らず声に出していた。
「おまっ、何してやがる!」
「何……くそ下らないゴミみたいな勘違いをしていた自分を戒めただけだ……ああそうだ。このクソったれの僕は今まで勘違いをしていた。愚かだ。愚か過ぎる」
自分で自分を本気で殴る事はできない。と何処ぞの誰かが言っていた気はしたが、彼の自らへの拳は間違いなく本気のものだった。事実、彼は現在こめかみを抑えて軽くだがフラ付いている。
「だから僕は変わる。反省した。反省したからには生かさねばならない。これから僕は、君を全力で打ち倒す。神に誓おう。もう僕は油断しない」
なんて精神力だ。そう思わざるを得なかった。同時に、何が彼をここまでさせているのかも、俺には分からなかった。
「そして僕は考えた。どうやったら君を倒せるか。そして分かった。今の僕では君には勝てない」
「ハッ、分かってんじゃねぇか。だったらさっさと」
俺の言葉を遮って、彼は言う。
「だから奪う」
瞬間、彼がぶら下げていた大鎌を持ち上げる。それの様子に、思わず一歩、後退する。
それの長さは間違いなく10m以上あった。教会の天井が高いからつかないようなものの、一般住宅なら軽く2回まで貫いてしまうのではないか。そう思える程のサイズだった。
そしてそれが、先程と同じようなスピードで振り下ろされる。物理的作用が無いために、そもそも重さという概念があの黒い鎌には存在していないのだろう。
柄が長すぎるせいか、その刃が向かう先は近くにいる俺ではなかった。それは俺の数m背後に向かう。つまり、
「貫太! 避けろ!」
そう、まだそこには貫太が居た。未だに意識が曖昧なのか、俺の言葉に反応はしているものの、その大鎌の存在には気が付いていない。
大鎌が、床に到達した。それは、肩を抉るようにして人に刺さっている様にも見える。最も、物理的な効力はないため、傷は付いていないはずだが。
「……え?」
貫太の意識が漸くハッキリしたのか、訳が分からないと言いたげな声を漏らす。俺だって分からない。
「貫太君、大丈夫か」
そこには兄さんがいた。兄さんが、貫太を持ち上げて強制的に刃の着弾地点から逸らしていた。おかげで、貫太はその鎌の餌食にはなっていなかった。
「け、見也さん……」
「心配するな」
貫太が震える声で兄さんの肩を指差す。それに対し、兄さんは安心させるかのように平然とした声で言う。
──肩に大鎌が刺さっているにも関わらず。
「擦り傷だ」
その強がりが、逆にその光景の痛々しさを際立たせた。
○
僕は目覚めてから、余り意識がハッキリとしていなかった。
だから、唐突に共也君から何か言われても、その意味を理解することはできなかった。そして意味もわからないまま、走って来た見也さんに突き飛ばされ、今に至る。
ただ分かるのは、見也さんの肩にくい込んでいるのは、僕があの時切られた鎌と同じものであること。そして、見也さんは僕を庇って切られたということだけ。
「擦り傷だ」
擦り傷な筈がない。そう言おうとした所で、見也さんの身体から鎌が引き抜かれる。傷という傷は全く無かった。
しかし、見也さんのちょうど切られた辺りから、何か青い炎のようなものが溢れ出る。それが完全に抜け切ったかと思えば、途端に見也さんは力が抜けたように膝を付いた。青い炎はと言うと、八取さんの鎌へと吸われるように入り込んでいく。
「予定通りだ。そうすると予想していたよ友松見也。そして君の今奪ったハートから察するに、君は僕のこの思考に気が付いていたはずだ。だが君はそれに乗ってこの少年を助けた。……フフフ、バカな事をするじゃあないか。聞いた話によれば、君が一番厄介だと思っていたがそうでもないらしい」
「……俺のハートなんざくれてやる」
正直、2人が何を話しているかサッパリ分からなかった。ハート、という単語は以前耳にしたことがあるが、それでも分からない。
「兄さん!」
「こっちを気にするな共也! お前までハートを奪われたらいよいよ勝ち目が無くなる!」
険しい顔付きでやり取りをする2人。どうやら、かなりのピンチらしい。だけど僕には……どうすることも出来ない。ただここで、見ている事しか出来ない。
「フフフ……なるほど、《心を視る力》か。中々便利なハートを持っているじゃあないか。んん? 友松共也、君の考えている事を言ってやろうか? 君は今、能力で距離を詰めてから殴りを繰り返すつもりだな? 君の力の前で多少の距離は無意味、か。なるほど、実に厄介な力だ」
「テメェ……」
「おやおや? そう怒るなよ。手に取るように君の怒りが分かるぞ?」
その笑いながらの話し方こそ砕けているが、その目に一片の油断も見せない八取さん。いざとなればすぐさま共也君を切り裂く為に鎌を振るうつもりだろう。
「……許さねぇ」
こちらからは、共也君の表情は見えなかった。声音は、どうしようもない怒りが、滲み出ていた。
その言葉で、火蓋が切って落とされる。先に仕掛けたのは共也君だ。不思議な力を使い、八取さんとの距離を一気に詰める。以前にも見た瞬間移動だ。そして、拳を突き出す。しかし分かっているかのように余裕のある動作で躱す八取さん。
「あ、あの動きは……!」
見也さんのものだ。見也さんが不審者に襲われた時、初手の攻撃をあんな風に躱した。間違いない。でもどうして八取さんがそんな動作が出来たのかは分からない。
「もう、お前の攻撃は当たらない」
「んなモン知るか! 意地でも当ててやるっつーの!」
独り言のように言葉を流しつつも、鎌を振るう。一方共也君はしゃがみ込み、そのまま片手を付いて瞬発的に右足を繰り出した。が、八取さんはジャンプして回避。そのまましゃがんでいる共也君に向けて鎌を振り下ろす。共也君は横に飛んで回避。しかし振り下ろされる鎌が軌道を変えた。その着地地点は共也君の首。
その姿勢からの回避は絶望的だったが、共也君は拳を虚空に突き出す。見れば、突き出された腕の肘から先が消えていた。そしてその代わりに、八取さんの前に肘から先が姿を現し、一直線に鳩尾へと向かう。が、またも八取さんが直前で回避。拳は空を殴るが、バックステップを取ったことにより若干起動がズレ、鎌が共也君の首のすぐ横に突き立つ。
「中々粘るじゃあないか」
「くっ……!」
明らかに、共也君の方が分が悪い。恐らくあの避け方の必死さを見るに、当たれば一発で共也君の負けらしい。
「だがそれももうすぐ終わりだ!」
共也君が体制を立て直すと、再び2人は激突する。お互いに一撃も相手に打ち込めないまま、戦闘は激化して行く。しかし、共也君の方がどんどん追い詰められていくような気がした。
僕は何をしているんだ。そう考えていた。
僕はただここで傍観しているだけ。何も出来ないんじゃない。何もしないんだ。胸が酷く痛い。自分の惨めさが嫌になる。
あの日もそうだった。共也君がガラの悪い連中に絡まれていた時、僕は声の一つも上げることなく、傍観していただけだった。
不思議と胸が熱くなるのを感じた。なんだこれ、なんでこんなに熱いんだ。痛い。段々と胸を締め付けられる痛みが熱のような熱さに変わっていく。
「ほらほらどうした! もう抵抗すらしていないじゃあないか!」
「うる……せえ……!」
その会話に意識が引き戻される。その時、共也君の動きが鈍くなっているのが分かった。疲れが目に見える。
再び、鎌が横に薙がれる。余裕無く躱した共也君。その時、運は共也君の敵になった。
共也君が踏んだ絨毯の淵が、ズルりと捲れた。そして、そのまま足を取られる。共也君が、転倒した。致命的なミス。そして、それを見逃す八取さんではない。
「君のハートを寄越せ! 友松共也!」
共也君の鳩尾を踏みつける八取さん。共也君が空気を不自然な声と共に吐いた。アレでは回避もできない。
そして、鎌が遂に、共也君に、振り下ろされた。
共也君から溢れ出た青い炎が、黒い鎌に吸われていく。
そして八取さんは、もう一度鎌を上に構えた。
「フフフ、ハハハ! これで君はハート持ちではなくなった! だが君の執念は厄介だ! ここで魂も刈り取ってやる!」
「この野郎っ……!」
共也君が踏み付ける足を殴るが、力が無い。あの姿勢から殴るのでは、大したダメージは与えられないのだろう。
これで、共也君の魂が刈り取られたら、どうなるんだ? 想像さえ付かなかった。
ただ、間違いなく、僕は友達を失う。
それだけは、どうしても、嫌だった。
不意に、先程まで忘れていた胸の熱が再び湧き上がる。
「やめろ……」
その言葉が、無意識の内に出ていた。
「止めろ……!」
また、言葉が出た。胸が熱くなるのに比例して、その言葉が強くなる。
「止めろぉぉぉぉぉ!」
身体中の力を全て使って、その言葉を絞り出した。失いたくない。嫌だ嫌だ。ただその一心で、全ての力を吐き出した。
────不意に、胸から熱が取れるのを感じた。
そして、鎌が、振り下ろされる。
前話>>12 次話>>14
- Re: ハートのJは挫けない ( No.14 )
- 日時: 2018/04/27 21:21
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
振り下ろされた鎌は、共也君を外していた。
「何故だ……」
八取さんが、有り得ないといった表情を浮かべ、2、3歩蹌踉めく。その手から鎌がこぼれ落ち、虚空に消える。
彼は訳が分からないと言った様子で辺りを見渡す。そして、すぐに気が付いた。
自分のちょうど心臓の辺りに、ナイフが突き立っている事に。
「な、なんだこれはッ!」
慌ててナイフを抜こうとする八取さん。しかし、ナイフはするりとすり抜けた。つまり、あの鎌と同じように、物理的な作用のない霊体のようなものなのだろう。
「これは友松兄弟の力ではない……! 誰が! 誰がこのナイフを私に突き刺した!」
そして、八取さんと目が合う。
「君か……! 針音貫太……!」
どうやら、そういうことらしい。
僕も最初は何が何だか分からなかった。ただ、僕の胸の熱が、ナイフとなって外に出てきたのは分かる。そしてそのナイフの刃には、『止めろ』の三文字が刻まれていた。
そしてそれは、一直線に八取さんへと向かい、彼の心臓の辺りに刺さった。
「僕はさっき、変な感覚を覚えた! ああ確かに覚えた! この鎌で友松共也の首を切ってしまうのは不味い。切ってしまいたくない。切ってしまうのは嫌だ。切りたくない。そんな覚えもない感情共が勝手に入って来たんだ! それは君の仕業か! 答えろ針音貫太!」
恐らく、あのナイフは僕の心そのものだ。僕の感情が、八取さんの心に流れ込んだのだ。
「僕には分からない。心を読める貴方には分かるはずだ」
「……クソッ! こんな奴に……!」
どうして僕の心があんな形になって飛んでいったのかは分からない。ただ、一つ分かることがある。それは、
「所で、こっち向いてていいんですか?」
しまった、と言わんばかりに顔を歪めた頃には、もう遅い。
「……隙だらけだなぁ!」
八取さんが慌てて視線を戻すと、既に共也君は立ち上がり、顔面に目掛けて拳を振るっていた。ダイレクトに頬を撃ち抜く拳。
「クソ! しつこい奴だ!」
再び八取さんが鎌を作り出し、共也君に目掛けてそれを振る
「しつこいのが、共也だけだと思うなよ」
直前で、見也さんが八取さんを背後から羽交い締めにした。結果、鎌を上手く振るう事ができない八取さん。体格差的にも、拘束を振りほどくことは殆ど不可能と見て間違いない。
「まさか……椅子に隠れながら僕の背後に回ったのかッ……!」
「その通りだ。お陰で、ホコリだらけの教会の床をほふく前進する事になったがな」
「くっ……!」
共也君が再び拳を構えて、言う。
「さて、俺達のハートを返して貰おうか?」
○
軽く昏倒状態に入るまで殴られた八取さんは、そのまま絨毯の上に寝かせられた。きっといつか目を覚ますだろう。
僕達はと言うと、教会の地下室に来ている。と、言うのも、2人の目的は僕だけではないらしい。確か、行方不明者の捜索と言っていたが。
階段を下った先には、薄暗い空間があった。ヒンヤリとした空気が肌を撫でる。幾つかドアがあり、順に見ていく。
一番左のドアを開ける。すると、そこには四つほど棺桶があった。
「……ちょうど、人数分あるな」
そう呟いた見也さんが、棺桶の蓋をずらす。そこには、ちょうど目を閉じた人の顔があった。横には、青い炎の入った瓶が置かれている。
「ビンゴ。魂と身体だ。共也」
「まかせろ」
共也君が瓶と身体に触れると、瓶の中身が身体に入っていった。しかし、何の反応も無い。
「やはり貫太君のように比較的短時間ならとにかく、長時間魂が切り分けられているとすぐに起きるのは難しいようだな」
そう呟きつつも、他の棺桶も開けていき、そこにいる人とその魂を繋げていく。棺桶の数だけ繰り返したところで、見也さんがポケットからメモを取り出す。
「……いずれも一連の行方不明者だ」
「じゃあ今回の事件はこれで解決だ。いやー疲れた疲れた」
「まだ仕事は残っているぞ」
体を伸ばす共也君を戒めるように言う見也さん。しかし、彼の顔にはいつもの覇気が感じられなかった。
その部屋を出て、もう一つの部屋に入ろうとする。しかし、鍵が掛かっていたのか、何回か開けようとしても、開かない。
「……仕方ないな。おい共也」
「へいへいっと」
そして2人が、慣れた様子でドアに突撃する。幸い一発でドアが開いた。これはドアが脆いのではなく2人が強いのだろう。
中の部屋は、様々な器具が置いてあった。ただ、用途はイマイチ分からない。
部屋の中には、もうそれだけしかないのかと思っていた矢先のことである。部屋の隅に、ベットがあることに気が付いた。
「……あれ、ベットかな?」
「……ホントだ。案外、野郎のプライベートルームかもな」
そう言って、そのベットに近付いた所で、ふと違和感を覚えた。何故なら、そのベットにはタオルケットが掛けられており、そのタオルケットには僅かな膨らみがあったからだ。
まさかと思い、近付く。近くにあった証明のスイッチを捻ると、周囲が少しだけ照らされる。そして分かった。ベットでは、誰かが横になっていることに。
「女の子だ……」
綺麗な顔と髪の女の子が、瞳を閉じてそこに佇んでいた。
「……魂のボトルが無いな」
ホントだ。前の部屋では棺桶の中に入っていたのに、このベットには置かれていない。
「おいおい君達、レディの部屋に無理矢理入るとは節操は無いのかい?」
その声に、咄嗟に背後を振り向く。2人も同じような反応を示した。僕を含めて合計3人の視線が注がれた八取さんはというと、黙って両手を上げた。
「降参だ。僕は今、君達の慈悲で生きている。それを踏み躙るほど僕はクズじゃない」
そんな彼は僕達を押しのけて、女の子の近くまで行って跪く。そして、彼女の手を握って、静かに彼女を見つめていた。先ほどとは打って変わって、優しい印象を受ける。
「僕の妹さ。名前は八取千晴(はっとり/ちはる)という。……綺麗だろう?」
「オイ、さっさと魂のボトルを渡せ。その女の子が目覚めねぇだろうが」
共也君がそう言うと、彼は深いため息を付いた。
深い、深いため息を。
「僕の生き甲斐は千晴だけだった」
「……何が言いてぇんだよ」
「僕は千晴の為に生きていた」
「……おい!」
うわ言のように言葉を並べる八取さんにしびれを切らした共也君が、彼の胸ぐらを持ち上げる。
「さっさと魂を出せ! テメェの力だろうが!」
「……そうなら何億倍良かっただろうね」
その言葉に、共也君が思わず小さく、は? と言う。神父服を直した八取さんは、悲しげな瞳を浮かべていた。
「……僕の妹、千晴は数ヶ月前から意識不明だ。千晴に持病は無いし、生まれつき体が弱い訳でもない。僕が魂を取った訳でもない」
そして、八取さんはそこで深呼吸した。よほど、無理をしているのだろうか、先程から彼の汗の量が尋常ではない。
「僕の妹は……千晴は……心を殺されたんだ」
その発言に、思わず2人は声を上げる。
「心を殺された……だと!?」
「ああ。そうだ。千晴は心を殺された。《心を殺す力》を持ったハート持ちにね」
「《心を殺す力》だと? そんなハート、聞いたことがないな」
深く、深くため息をついてから、八取さんは話し出す。
「今ここにいる千晴の心は死んでいる。でも、確実に死んでいる訳じゃあないんだ。仮死状態なだけで、打開策はあるはずなんだ」
八取さんの目は悲しげだった。
しかし、同時に強い決意のようなものを秘めていることも分かる。
「僕はね、千晴を取り戻す為のハートを探していた。千晴を仮死状態から回復させるような、この呪縛から解放できるような、そんなハートをね」
「……お前が攫ったのは全員ハート持ちでは無かったがな」
「だが結果として君たち2人のようなハート持ちが現れた。……最も、負けてしまっては意味は無いのだがね」
一呼吸を置く八取さん。何処か、その一呼吸が余りに重い。
「君達、僕はね、千晴を生き返らせる為なら何だってやる。この子にもう一度世界を見せる為なら、この命だってくれてやるさ。何億人だろうが殺してみせる」
その言葉には薄っぺらさなど微塵も無かった。きっと彼は、自分なりの正義を貫いているのだろう。だからあんなにハッキリ堂々と語れるのだろう。
「……だったら! お前はなんで助けを求めなかったんだ!」
共也君が、声を荒らげる。
「テメェはただ妹を救いたかっただけなんだろうが! ならなんで俺達は争ったんだ! 俺達が教会に来た時、テメーは俺達に事情を話すことさえ出来なかったのかよ!」
「……もしあの時、僕が助けを求めたら、君は応じたのかい? ……そんな訳が」
「口を挟むようで悪いが、共也は本気でそう思っていやがる」
その言葉に、八取さんの表情が驚きに変わる。
「……でも、もう遅い。私は君たちに、取り返しのつかない事を」
「遅くなんかねぇ。これから探せばいいんだ。妹さんは絶対助けようぜ。俺達も協力する」
「やれやれ……事件は終わらないな」
八取さんの肩を手に乗せて、励ますように言葉を掛けるのは共也君だ。横では見也さんが嬉しそうにため息を付いている。
「……一つ、聞かせて貰えないだろうか」
「お、どうした?」
「君は、どうして、僕を助けてくれるんだい?」
「簡単な話だっつーの」
共也君が、八取さんに指を指す。
「それが、俺の正義だからだ」
「……ありがとう。それ以外、なんと言えばいいだろうか」
八取さんの顔に、笑みが零れた。さっきみたいな歪んだ笑みではない。これ以上無い、清々しい笑みだった。
「さて、取り敢えず今後どうするかを決めなきゃな」
そうやって共也君が呟いたところで、ふと、八取さんの顔が急に強ばった。
「友松共也ぁッ!」
何故? と思ったところで、唐突に共也君に向かって突撃する。まさか裏切ったのか!? あの状態から!?
八取さんは共也君を突き飛ばす。ベットの隅に背中を打ち付ける共也君が苦痛の声を漏らす。見也さんが応じて戦闘態勢に入る。
そして八取さんの方を再度確認して──唖然とした。
「八取ぃッ! テメェ…………」
「あら、外れてしまいましたねぇ……」
クスクスと、笑い声のようなものが部屋に響く。女性の声だ。
「君は……ッ! あの時の……ッ!」
「でもまぁ──」
そして女性は、その八取さんの腹部を貫く刀を思い切り横にスライドさせた。
「ネズミが駆除できたので良しとしましょうか」
八取さんが倒れるのを、僕らはただ、唖然として見ているだけだった。
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- Re: ハートのJは挫けない ( No.15 )
- 日時: 2018/04/28 17:41
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「テ、テメェ!」
共也君がその場で拳を放つ。肘から先が八取さんを刀で刺した人物の前に現れ、一直線に鳩尾へと向かう。その人物はすぐに後ろに下がって拳を躱すと、またクスクスと笑い出す。
「随分お疲れのようですねぇ?」
女性は黒いローブのものを羽織っていて、大まかな体の形しかわからない。声が無ければ、女性と判別することも出来なかっただろう。
「心配すんなよ。このくらい余裕だっつーの」
「あらあら、それは逞しい事」
緊迫した空気が一気に広がる中、見也さんは倒れた八取さんに駆け寄る。僕もそれにつられて行く。
「しっかりしろ! 奴は何者だ!」
八取さんは正しく今にも死にそうな表情を浮かべながら、相手を震える指で指す。その手は安定というものを知らないのか、徐々に定まらなくなっていく。
「あ……い……つ……が、ち……はる……を……」
「まさか、奴が《心を殺す力》のハート持ちか!」
そうやっていると、共也君が横から檄を飛ばす。
「兄さん! そんなまどろっこしい事してねぇで記憶を読め! その位置なら触れれるだろうが!」
よくわからないが、見也さんには人の心を読む力があるようだ。そして、触れることで更に詳しく読み取れるのだろう。僕の推測だが。
だが見也さんの表情は険しいままだ。
「できない」
「なんだって!?」
「出来ないと言った! 八取仁太郎の心は既に見えない! 俺のハートの適応範囲は生きている心だ! つまり八取の心は殺されている!」
その言葉に、またクスクスと笑う女性。そして、ニタニタとした口調で言葉を発する。
「そのネズミが言ったんでしょうか……ほんと、最初から最後までちっちゃな害虫みたいな人でしたねぇ、ネズミさん?」
「オラァっ!」
共也君がまたも瞬間移動で距離を詰め、その拳を振るう。が、その女性の手にはいつの間にか刀が握られており、拳を刀で受ける。
「じ、実体がある! この刀、ハートの力の癖に実体があるのか!」
「いや違う共也! 八取仁太郎の身体に傷はない! つまりそいつはハートの具現化ができるタイプのハート持ちだ! 気を付けろ……そいつの具現化は何か不味い!」
女性は共也君の拳を弾くと、ひらりと後ろに跳び、距離を大きく取る。
「まあ今回はネズミを駆除するのが目的ですし……見逃してあげましょう」
「テメェ! さっきからネズミネズミ言いやがって! コイツには八取仁太郎っつー名前があるだろうが!」
共也君のその言葉に、女性は一瞬停止して、こう言った。
「テメーは家に出てきたネズミ共に名前を付けんのかよ」
その声音に、思わず心が冷えた。寒くなって、自分の体を抱く。他の2人も、同じような感覚があったのか顔を顰めている。
女性はその氷のようなオーラから一転、また先程のような柔らかい雰囲気に戻る。
「それでは、ごきげんよう」
「ま、待ちやがれ!」
そのまま、彼女は二、三回跳んで地下室から出ていってしまう。が、共也君はそれを見るなり追い掛けるのではなく、八取さんの方にかけていく。
「おい八取! アイツの名前はなんだ! おい!」
「……がッ、あがぁッ……」
だが八取さんは答えない。いや、答えられないのだろう。見る見るうちに衰弱していくのがわかる。
「おい! なぁ!」
共也君が、必死で呼びかけながら胸を叩く。その衝撃にたたき起こされたように、八取さんの瞳が一瞬だけハッキリと輝いた。
「む……か……わ……」
「むかわ!? それが奴の名前か!」
だが、それでも一瞬だけだった。
遂には、八取さんは、その瞼を下ろしてしまった。
だが、共也君は彼の胸ぐらを掴んで無理矢理起こす。当然、瞼は閉じたままだ。
「おい! 目を覚ませ! 一緒にテメーの妹助けるんだろ! 力合わせて救うって決めたんだろ! なぁ! 兄のお前がやらないで誰がやるんだよ! 答えろよ八取!」
その光景を見ていられなくて、気がついたら声を出していた。
「もう止めてよ共也君! 八取さんは! 八取さんはもう……!」
「うるせぇよ貫太! 八取は! 八取は妹を救わなきゃならないんだ! じゃなきゃ……コイツの心はいつまで経っても救われねぇじゃねぇか! 起きろよ! 八取!」
だが、もう八取さんは目を開けることは無かった。代わりに、その目から一粒、水の玉が落ちた。
○
「それで、事件は解決シタ……とは言えないのデスか」
「……ああ」
何故か教会の外で待っていた観幸の問いに、力無く答える共也君。
見也さんは教会に残って後処理をすると言っていた。多分、誘拐された人達などを運ぶのに人を呼ぶのだろう。
「てか、なんでいるんだよ、観幸」
「フッ、事件ある所にボクは居るのデス」
「何カッコ付けてんだか」
軽口を飛ばし合うが、すぐに途切れてしまう。と、言うのは、僕らの間にトボトボと無言で歩く共也君の存在がチラつくからだ。
「きょ、共也君……」
「……ワリィ、なんか今、力出ねーんだわ」
そう言って、無理矢理笑顔を作ってみせる共也君。逆に痛々しすぎるほど眩しいそれが、胸の中でチクリと棘を指す。
「……ところでさ、共也君」
「……なんだ?」
僕は前からずっと聞こうと思っていた事を、今この場で聞くことにした。
「ハートって、何?」
共也君がそういえば、と言わんばかりの表情でこちらを見る。
「言ってなかったか?」
「聞いてないんだけど。目の前で知らない単語が飛び交ってて、仲間外れな気分だったよ?」
「スマン、まずハートって言うのはだな……」
そう言って言葉の説明をする共也君の表情が、少しだけいつものものに戻っていて、僕は少しだけ安堵した。
○
夜。
滞在中のアパートの一室で、俺は携帯電話を操作していた。無論、連絡を取る為である。
『もしもし』
「友松見也だ。報告がある」
俺は電話の相手に、今回の事件について、犯人がハート持ちだった事について、《心を殺す力》を持っている者がいる事についてを話した。
「──。そうだ。ああ。それで頼む」
そして電話を切ろうかと提案しようとした時、一つの事が頭に過ぎった。そうだ、忘れてはいけない事が一つ、あった。
「それから、もう一つある」
頭の中で彼の事を思い出しつつも、言葉を繋ぐ。
「短い期間に何度も能力の影響を受けた事。しかも弱いものではなく強いものに、だ。それから本人の素質もあったのだろう。そして、感情の昂り。これらが主な要因で、新しくハートを発現させた者がいる。名前は──」
彼は何かと不幸体質ではあったが、まさかこちら側の素質があったとは、正直思いもしなかった。
「針音貫太という」
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