複雑・ファジー小説
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- ハートのJは挫けない
- 日時: 2022/05/11 05:32
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: ZTqYxzs4)
波坂といいます。閲覧ありがとうございます。今回は能力バトル系を書いていきます。色々と至らない部分もあろうかと思いますが、そこはどうぞ生暖かい目線で見守って頂けたらなと。
一気読み用【>>1-100】
目次>>73
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略称はハジケナイです。
- Re: ハートのJは挫けない ( No.46 )
- 日時: 2018/06/12 06:51
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「……フフフ」
その女性の笑い声が、レインコートの内側から漏れる。
「フフフフフ……ハハハハ! 愉快! 実に愉快ですわ! 一体その体で、どうやって私を倒すというのでしょうねぇ!」
体を一際くねらせたまま彼女は僕にはこう言う。
「空っぽの嘘吐きさん?」
彼女は既に、僕の性質を見抜いていたようだ。思わず、皮肉な笑いが零れてしまう。
「貴方は何にもない! ハリボテ空っぽ大空洞! 嘘で固められた貴方は正しく偽物でしょうねぇ!」
「違う! 縁君は偽物なんかじゃ──」
煽りに対して反論したユキの首が、刀を持つ手とは反対の手で握られた。細い首が圧迫され、言葉が途中で止まる。
「偽物の貴方に! 偽りの貴方に! 私は止められませんわぁ! ええ絶対に! だって貴方は何にもないんですもの!」
嬉々とした口調でとてつもなく恐ろしい言葉を連ねる彼女。僕はその言葉に、ただただ頷く事しか出来ない。
だけど、
「放せよ」
そんなことは、どうでもいいんだ。
「ユキを、放せって言ってるんだよ、ネズミ女」
僕が空っぽだとか、偽物だとか、偽りだとか、そんな当たり前の事実はもう、どうだっていい事だ。
目の前で、ユキが苦しめられている。それこそが、僕にとっての大問題だ。それだけは見逃せないし、許せる気もしない。
「……フフフ、少しは煽られ慣れているようですねぇ?」
あまり面白くなさそうにユキの首を絞める野を止めた彼女。
「弱ぇクセに粋がってんじゃねーよ」
そして、再び底冷えするような声がレインコートから発せられる。後ずさりしそうになるが、そんな余力は無い。なんとか足が動かないように、気を強く保つ。
「ネズミはテメーだろうがよぉッ!」
そして、彼女が踏み込み、こちらとの距離を一気に詰める。突き出された刀の狙いは、僕の首。
間一髪、触れないように横に体ごと回避。だがそれだけでは安心できない。突き出された刀が僕を追うように横にスライドを始める。慌ててポケットから一円玉を取り出し、カッターナイフを作り出す。
カッターナイフに、刀が強く打ち込まれた。勿論それは派手な音を立てて破砕するが、攻撃を逸らすことには成功した。手の中からズタズタの一円玉が零れ落ちる。
「それで防いだつもりかよ! ハッ!」
「──ッ!」
が、上に逸らした刀が、無理矢理軌道を変えて冗談から振り下ろされる。しまったと思いつつも、ポケットの中からありったけの一円玉を掴みとり、それらを全て、振り下ろされる刀と同じものに変化させる。
上から振り下ろされるそれに、僕の作ったコピー品は一瞬だけ耐えて見せた。だがそれも一瞬だ。そのまま異様な音を立てて、くの字に曲がってしまう。そして数秒後、派手な音を立てて十数枚以上の一円玉の死骸が弾け飛んだ。
「足元がお留守だなぁ!? ネズミさんよぉ!」
直後、視界が90度回転する。左腕をアスファルトに強打し、再び激痛が走った所で、ようやく自分が柔道技のように足を刈られた事に気がつく。
「がぁッ!」
だがボーッとしている暇はない。上から刀が振り下ろされようとしている。地面を転がって身体中を水たまりに浸しつつも、それを回避。立ち上がろうと足に力を入れる。
直後、電撃が走った。
「──ぁ」
間抜けな声が、自分の口から出た頃には、既に姿勢を崩して、再び倒れていた。
右足の感覚は、もう無い。限界、という奴だ。
「無様、無様だなぁ! 嘘吐きネズミ!」
彼女の足が、僕の頬を踏み付けた。顔の向きが動かせなくなる代わりに、視線だけずらして睨み付ける。レインコートの下から赤い光がまた覗く。
「テメーみてーなクソザコはよぉッ! 一生そうやってッ! ドブネズミ見てぇにッ! 汚なく這ってればッ! 良いんだよッ!」
彼女が言葉を区切る度に、何度も何度も頬を踏み付けられる。痛いなんて話ではない。彼女の蹴りには何の容赦も含まれていない。相手の体重がそこまで重くないことが、不幸中の幸いだった。
「止めて! もう止めてよ! 縁君が! 縁君が!」
「いーや止めねぇ! つかテメーはネズミに慈悲でも掛けんのかよ!」
ユキの言葉にそう返した彼女が、一際強く、僕の顔面を踏み付けて、そのまま圧力を加え続ける。先程とは違った痛みで、それこそ脳が潰されていくような感覚に陥る。
「……なせ……」
「テメー……今何っつった?」
「放せって、言ったんだ」
「……まだ口のきき方が分からねぇみてーだなぁッ!」
鳩尾に、蹴りが打ち込まれた。
胃の中から何かがせり上がってくるような感覚。咄嗟に飲み込もうとするが、堪えきれずに、少しだけ、胃液のようなものが口の中に溢れ、口内を酸味で満たす。
「がッ!」
「テメー見てぇなハリボテは! 無様に醜く情けなく! なんにも守れやしねぇんだよ!」
何度も何度も、数えるのが億劫になるほど、腹部につま先がくい込む。その度に胃液を吐き出して、遂に口から漏らしてしまう。水たまりに溶けたそれが、自然と周囲に広がるが、相手は気にした様子は無い。むしろ、それ見て加虐心がそそられたか、一際攻撃が強くなる。
「止めて……もう……嫌だよ……なんで……縁君を……」
すすり泣く声が聞こえた。
朧気に揺らぐ景色の中で、確かに僕は見た。
ユキの涙が、頬を撫でて落ちるのを。
「……悪いのかよ」
「……あ?」
瞬間、視界が定まるのを感じた。
「僕が偽物で、偽りで、何が悪いんだよ」
僕を踏み付ける足を、掴む。
「コイツ……!」
「答えてみろよ、なぁ、なんで偽物が悪いんだよ、なぁ」
それをどかそうと、力を込める。
だがそれはびくともしない。
「偽物の何が悪いって言うんだ! 偽りの、何が悪いって、言うんだよ! なぁ!」
だがそれでも、それでも尚、僕の心の中で、燃え盛る感情がある。
それがある限り、僕は止まれない。
諦めきれる、訳が無い。
そして遂に、その足が、少しだけ、持ち上げた。
「な──」
「答えてみろ! ネズミ女!」
女性が驚いたような声を上げた気がした。そのままそれを投げるようにして外す。
僕は地面に膝を付いた。
彼のように、僕にナイフは出せないけど、でも、彼のように、叫ぶことは出来るはずだ。
さぁ、立ち上がれ、偽物。
「偽物だって良いじゃないか! 偽りだって良いじゃないか!」
偽物なりのプライドを、今ここで見せてやる。
「偽物が勝っちゃいけないのかよ! 偽りが守っちゃいけないのかよ! 偽物だって誰かに勝ちたいんだ! 偽りだって誰かを守りたいんだ!」
突如として、全身から、飛び出しそうなほど、何かが湧き出る感覚がした。
「そんな事が許されないのが世界の理だって言うなら──」
その衝動に、身を任せる。
「──僕は! そんな世界を偽りに変えてやる!」
自分の体の奥底から湧き上がる力で、僕は思い切り相手に向かって跳躍した。
視界があわやホワイトアウトするかと思う程の猛スピードで接近し、自分でも、驚かずにはいられないが、今はそんなことを考えている暇は無い。
目前に近付いた時、覗いた相手の顔が、やけに鮮明に映った。見開かれた赤み瞳は、紛れもない驚きを表していた。
気が付けば、僕の腕は、レインコートの女性に伸びていた。自分でも反応できない速度だった。が、拳には硬いものを殴った感覚。それでも構わないと、拳を振り抜く。
女性は驚きのあまりユキを離してしまったらしい。そして吹っ飛んで行き、壁を打ち付けるように激突した。刀を構えていた辺り、こちらの攻撃は受けられていたようだが──パワーだけは、想定外だったようだ。
自分がどうして、こんな力を出せているのかは分からない。
そのまま起き上がり、放り出されアスファルトに放り出されたユキに近付く。すると彼女は、少しだけ挙動不審な動作をしつつも、僕の方をじっと見つめて、こう言った。
「ゆかり……くん?」
彼女の発言の意図は分からなかった。だから黙って彼女の背中と膝裏に手を伸ばして、抱え上げる。そして、レインコートの人間の方を一瞥した。
刀を支えにして立ち上がる彼女。2、3回ほど首を右左に動かした後、こう言った。
「テメー……遂に存在にすら嘘吐きやがったのかよ……」
言っている理由がイマイチ分からなかったが、ユキが僕に何かを伝えたいことがありげに、ある方向を指さした。僕がチラリとそちらを──カーブミラーの方を見る。すると、彼女の言いたいこと。そして、ユキの不審な挙動の理由が、一瞬で理解出来た。
何故なら、そこに僕の姿は無かったからだ。
そこに居たのは、ユキを抱える、怪物だ。
狼のように全身から真っ白な毛を生やした、人間の形をした怪物が、そこにはいたのだから。
「……ははっ」
僕の口から漏れたのは、空虚な笑い。
鏡の中の狼男は、疲れたように、皮肉に笑った。
次話>>47 前話>>45
- Re: ハートのJは挫けない ( No.47 )
- 日時: 2018/06/15 06:08
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「ねぇ、あなた、縁君なんでしょ?」
「……」
自分のものとは思えない、白い毛に包まれた腕に抱えられたユキは、こちらを見つめてそう言う。
「……ユキ」
少しだけノイズの入った僕の声。
カーブミラーには、相変わらず狼の頭を持つ人型の怪物がいる。腕や足は白い毛に包まれ、体のサイズこそあまり変化が無いものの、体はかなり強靭なものとなっている。
《心を偽る力》が僕の最後の意地に答えたのかもしれない。この姿は……イマイチ、どうしてなったのか良く分からない。
「この……クソ犬がぁッ!」
突如として、レインコートの女性が、刀を突き出して飛び込んできた。何とか刀を回避しつつも、カウンター気味に蹴りを放つ。動きが単調になった女性に、人狼の足が突き刺さる。だがそれもまだ浅い。彼女はそのまま刀を無理やりこちらに向けてきた。
咄嗟に、右足で足元の水溜まりの水をかきあげ女性にぶつける。一瞬だけ止まったスキを利用して、跳躍して後退。
「ユキ、掴まってて」
彼女の返事を待たずに、僕はその場から思い切り跳んだ。景色が一瞬にして変わる。そのまま近所の家の屋根に乗る。そして電柱や屋根などを経由し、ショートカットしつつも、目的地へと向かう。その間にカバンをアレと同じ刀に変化させておいた。
何度か跳躍を繰り返して、目的地へと舞い降りた僕。そこは、ベンチや噴水のある広場だった。
「……ユキ……ここに……居てくれ……」
「ゆ、ゆかりくん? ねぇ、なんで」
僕が腕の中からユキを下ろすと、彼女は寂しそうな顔で言う。
「なんで、そんな、顔してるの。満足した顔、してるの」
そんな彼女に、僕は左手に持っていたものを渡した。それは、僕の携帯電話。
「……預かっていて欲しい」
「待ってよ! ねぇ! 縁君ってば!」
後ろ髪が引っ張られる気分を感じつつも、無理矢理言葉を飲み込み、背後から追ってきていたレインコートの女性に相対する。
「逃げ足もここまでだな、クソ犬」
「それはどうだろうね!」
再び、僕と彼女が接近する。あちらの出した刀をこちらの刀で弾き、右足で腹部を蹴り上げる。が、あちらは特に反応もせず、更に刀を振るってくる。刀を打ち合わせて防ぎつつも、振り払って一旦後退。手の中の刀がバラバラと砕ける。
彼女は自分の肩に二、三回ほど刀を当てながら、つまらなさそうに呟く。
「犬コロ……テメー、もう立てねぇんだろ?」
「……はは、良くわかったね?」
彼女は、僕の演技を見抜いていたようだ。呼応するかのように、僕が膝を地面に付く。
「蹴りが鈍すぎんだよ。止まって見えるぜ」
「……そうだ……ね!」
今度は僕から仕掛けた。立ち上がった瞬間に距離を詰めて、拳を突き出す。しかし、それはあっさりと刀によって受けられた。
「拳まで終わりか?」
「……まだまだッ!」
僕の力は、偽りでしかない。
偽りの力は、僅かしか持たない。すぐにこうやって無くなってしまう。僕は素の体が満身創痍だった為、偽りの体さえ限界が近づいている。それでも常人以上の運動能力はあるのだが……この女性には叶わないらしい。
僕が刀に拳を打ち付けた数秒後に、鳩尾に何かくい込む感覚。見れば、彼女の蹴りが突き立っている。
「テメーは何も、守れやしねーんだよ」
だがそれでも倒れない。咆哮を上げて、右拳を再び放つ。
全身全霊を込めた一撃。そしてそれは、女性の鳩尾に沈み込んだ。100%のクリーンヒット。これ以上の無い、最大威力だ。
しかし──
「もう、テメーは燃えカスでしかねぇんだ」
彼女には、ダメージを受けている様子は無かった。これは彼女が頑丈な訳では無いだろう。それでは先程まででダメージを負っていた理由が説明出来ない。だとするならば、
「……そう……か……」
僕の、活動限界と言うことか。
自分がそう知覚した瞬間、今までの疲労が一気にのしかかってくるのを感じた。足に力を入れて踏ん張ろうとするが、その足も、人間としての浮辺縁のものに戻っている。
もう、僕は狼では無くなっていた。メッキが剥がれた偽物が、無様に地面に倒れる。
「もう、疲れたろ。偽物」
彼女は、刀を僕の首に合わせて言う。少しだけ、慈悲のあるような口ぶりで。
「殺してやるよ」
それが、お前にとっての救いだと言わんばかりの様子で。
そして、彼女が刀を上にかざすようにして持ち上げる。これが振り下ろされたら、僕は何も出来ずに死んでいくんだろうな。なんて考えしか、今はできない。思考速度があまりに低下している。
ただ、最後に思うのは。
「……誰か……ユキを……」
ユキを、この場に残すことだけだった。
「じゃあな」
そして、刀が、僕の首に振り下ろされた。
僕の体が、切り裂かれた訳では無い。
だが、その刃が体に侵入した途端に、唐突に意識が揺らぎ始める。視界の済がぼやけてきたと思えば、たちまちの内に少しずつ暗くなっていく。
「……誰か……」
その視界の中で、僕は最後の力で、虚空に手を伸ばして、何かを掴むように手を閉じる。中には、雨粒しか入っていないだろう。
「誰か……」
僕は最後に願う。誰か、どうかこの哀れな偽物の代わりに、僕の最後のものを、僕が命を賭して守りたかったものを、誰でもいい。代わりに守ってくれないだろうか。
「……誰か……ユキを……」
そこで、僕の意識は、途絶えた。
と思ったその瞬間だ。
ふと、視界の隅にいたレインコートの女性の、唐突に鳩尾が凹んだ。いや違う。何も無いところからから手が伸びて、彼女を攻撃したのだ。
「……はは」
まさかと思ってたら、こうなるとは。
先ほどのことだが、僕がユキに携帯電話を渡していたのは、先程まで連絡していたからだ。屋根を映っている間だけ。
これは賭けでしかなかった。場所だけ言って、助けてなんて言って。普通の人なら来ないはずだ。
だけど、彼は来た。
僕の体が、誰かに持ち上げられたような感覚がした。
「浮辺……テメーよぉ……」
男らしい低い声で、僕の呼んだ彼は、僕の名前を呼ぶ。
「……カッコイイじゃねぇか」
そして、僕の意識はそこで途絶える。
「最ッ高に、ピカイチじゃねぇか」
彼の、
「後は俺に任せろ。テメーのその心意気。無駄にはしねぇ」
友松共也の言葉を、最後に聞いて。
次話>>48 前話>>46
- Re: ハートのJは挫けない ( No.48 )
- 日時: 2018/07/07 20:10
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
浮辺は、そう言ってその瞼をゆっくりと下ろした。
「……」
彼はもう、起きることは無いだろう。目の前の女が、打ち倒されない限り。それは彼だけの話ではない。八取兄妹もだ。そして、他の俺達の知らない被害者達もだ。
全ての原因は今、俺の視界の中にいる。
「……ムカワ……!」
少し離れた場所に居るレインコートを、俺はそう呼んだ。顔が分からなくても、そのハートは一度見たら忘れるものではない。刀で切り裂いたものの命を仮死させる恐ろしいハートの《心を殺す力》。
「御機嫌よう」
帰ってきたのは、雰囲気に相反する様な柔らかい口調。先程の会話は、ほんの少し耳に挟んだ程度だが、それでも相手の様子が変会している事は分かる。
「ネズミさん?」
「……ハッ、人違いじゃあねぇ見てぇだな」
相変わらずのネズミ呼び。コイツは他人の事を、人間とすら認めていないのかもしれない。
俺は視線を逸らさないように、後ろ向きに数歩歩く。そして、その場で浮辺を、呆然とした様子で座り込んでいる雪原優希乃の前に横たわらせた。
「浮辺を頼む」
瞳を閉じた浮辺を見て、彼女がどのようにどの程度の感情を抱いたのかは分からない。俺に分かるのは、彼女が涙を流して浮辺の胸に顔を押し当てていることだけだ。
浮辺縁。変幻自在の演者であり、嘘吐き、偽り、偽物、そして凡人。何も無いというコンプレックスと、大きな承認欲求を持った人間。
彼は確かに嘘吐きで、偽りで、偽物で、凡人だ。それは十二分に俺だって知っている。彼の心を覗いた俺は良く知っている。
だが、それは前までの話だ。
「……テメェの心はよ、決して偽りなんかじゃあねぇ」
彼は、自分の心だけは偽ろうとしなかった。最後まで全力で、自分の体さえも犠牲に払い、自分の心に従おうとした。歯を食いしばって立ち上がり、守りたい人を守ろうとした。彼が最後に偽ったのは、自分の限界だったのかもしれない。彼のボロボロの体が、それを物語っている。
「浮辺。お前はもう、立派な本物だ」
この言葉が彼に聞こえているなら、どれだけ良かった事だろうか。
もう一度、レインコートの女に向き直る。雨はまだ、止む気配は無い。
「……俺は許さねぇよ」
「ふふ、怖い怖い、ですわぁ」
「俺はよ、多くの人間を見てきた。色んな人間性を見てきた。沢山の心を見てきた」
俺の言葉程度で、こいつが意識を改めるとは思わない。ただ、俺は目の前のソレに、言ってやらねば気が済まなかった。
「人間の善悪なんざ定義するだけ馬鹿らしいなんてこたぁ、もうとっくに知ってんだ」
気が付けば、自分の拳を強く握っていたことに気が付く。
そして、自分の中で静かに、しかし激しく燃え盛る感情にも気が付いた。
「だが、吐き気がするほどのド腐れ野郎は分かる!」
俺はソレに向かって拳を突き出し、人差し指をそれに向けて反り返るほど力強く立てた。指さしたまま、行ってやる。
「それは! テメェのような他人を苦しめる事でしか幸せになれねぇ人間の事だ!」
「……ふふ」
ソイツは、俺の言葉に、一言しか返さなかった。
「こんなこと、腐らずにやってられっかよ」
次の瞬間、それは予想外の行動に出る。
それはこちらに向かって、右腕をしならせ刀を投擲してきた。一瞬驚いて反応が遅れたが、落ち着いて適当な場所に移動させようと、空間をハートで繋げて移動させようとする。
しかし、刀が繋げた場所に触れた瞬間、空間の接続が切れた。俺のハートが、無効化されたのだ。
「っぶねぇ!」
咄嗟に仰向けに倒れ込んだお陰か、なんとかそれを回避する事に成功した。
今、俺のハートが打ち消されたのか。そんな疑問を抱いて少しだけぼーっとしてしまう。数秒後、はっとして起き上がると、遠くの方にレインコートの女の後ろ姿が見えた。
「待ちやがれ!」
咄嗟にハートの力で、空間を繋げて彼女の後ろに移動しようとした。が、彼女が新しく刀を取り出し、俺が繋げようとした場所を切りつける。
またしても、接続が切れた。結局ハートの力が不発し、俺は一歩しか移動する事が出来ていない。
そうこうしている内に、彼女の姿は、雨の中に消えていった。
「……畜生が!」
大声でそう叫ぶが、何も起こらない。ただただ雨の音が、その後に虚しく響くだけ。
「……クソ……」
俺は結局、何もすることが出来なかった。助けを求められたにも関わらず、アイツを倒して浮辺や他の皆を取り戻すことが、出来なかった。
いけないと頭を振る。これからのことを考えろ。振り返るのは後だ。そう自分に言い聞かせて、俺は携帯電話を取り出す。電話帳からその名前を選び出し、コールする。
救急車では無い。俺が最も連絡すべき人物は。
「兄さん、不味い事になった」
○
有り体に言ってしまえば、殺せた。
あのネズミのハートは知らないが、あちらは私のハートの全てを知り尽くしていない。こちらのハートには、人を殺す以外にも性質があるのだから。
殺さなかった理由と言えば、率直に言えば、つまらなかったからだ。
殺しは娯楽であるべきだ。快楽を得るための手段であるべきだ。だから私はつまらない殺しはしないし、殺す気が失せた相手は殺さない。
私が相手に求めているものは、反応だ。
それが、嘆きであろうが叫びであろうが喚きであろうが関係無い。特に何も出来ずに地を這い蹲るネズミを虐げるのは最高だ。立ち上がって吠えてくるなら、それはそれで面白い。その希望を粉々に粉砕してからじっくりと殺すのは、興が乗る。
だが、どうにも、あの野郎だけは気に食わない。何が気に食わないのかは分からないが、とにかく奴を殺す気は起きないのだ。
舌打ちしつつも、足元の小石を蹴っ飛ばす。壁に激突したそれが、跳ね返って水たまりに突っ込む。
「……ああ、もうそんな時間かよ」
それを見た時、水面に映る自分の目の赤い光が、少し弱っている事に気が付く。やれやれ。こんな消化不良では、また近日中に呼び出される羽目になりそうだ。
「……じゃ、また来るぜ」
ハートの力で、刀を取り出す。少しだけ赤みを帯びて輝くそれは、人の魂を切る度に、日に日に輝きを増していく。まるで、成長しているかのように。
「私」
私はその凶器を、自分の胸に突き立てた。
次話>>49 前話>>47
- Re: ハートのJは挫けない ( No.49 )
- 日時: 2018/06/17 15:47
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
月曜日の放課後。週末の後の登校日。誰もが早く帰りたいと願う今日。当然、いつもなら俺も早々に帰宅している。
だが、俺達は滝水公園の広場に集まっていた。そしてその誰もが皆、沈黙している。ただただ、噴水から水が流れ落ちる音や親子連れの声が聞こえるのみ。
「浮辺君が殺られた」
そんな中で真っ先に口を開いたのは、兄さんだった。
「先日の件の、《心を殺す力》というハートを持った奴にな」
「……そんな!」
学校では気を動転させることを防ぐ為に、敢えて貫太や観幸には伝えていなかった。当然愛泥にも伝えていない。
「……浮辺君は生きているのデスか?」
くるりと手のひらでルーペを回しつつも、それをパイプのように咥える観幸。数秒後自分の間違いに気が付き、どこからともなくパイプを取り出して咥え直す。どうやらあの観幸でさえ、唐突な事件に動揺を隠せないほど衝撃を受けているらしい。
「ああ。なんとか一命は取り留めた。体こそボロボロだが……彼もまた、心を殺されている」
「……フム、では心音サンのハートは試したのデスか?」
観幸が視線を姉さんにずらす。全員の視線がそちらに集中すると、彼女は少しだけため息混じりにこう言う。
「ええ、試したわよ。だけど……彼の声も聞こえなかったし、彼が最後に思っていたのは、同じ現場にいた雪原優希乃の事だったわ」
目を伏せてやるせない表情を見せる姉さん。状況が掴めていない貫太が、一人困惑している。
「……つまり……?」
「特定には至らない、という事デス」
観幸がそう言うと、貫太は沈んだ顔で生返事を返す。
「……ところで、雪原先輩とやらに話は聞いたのデスか?」
「……ああ。だが……」
今でも彼女の様子を思い出す。
俺が今日、彼女の様子を見に行った時だ。
彼女は普段通りに学校に来ていた。クラスが分からなかったために三年のクラスの辺りを彷徨いていたら、彼女が廊下を歩いているのを見かけた。その後、少しだけ彼女と言葉を交わした。
彼女と話している最中に、彼女の白い肌が、病的なまでに白くなっていて、血の気が完全に失せていたのを覚えている。今にも倒れそうなほどに、疲れ切った表情だった。
そんな彼女に、浮辺の事を聞くなんて、俺には到底出来ない行為だった。
「……ダメだったよ。ありゃ、精神がやられちまってる」
「……そうデスか……」
観幸が少しだけ顔を顰めた。本来なら容赦なく聞き込みに行く彼だろうが、相手が気を病んでいるとなれば、無理に聞こうとは思わないだろう。
結局、その後も特に生産的な会話は生まれず、皆が心にモヤを抱えたまま、その場を後にした。
その帰り道の事だ。俺は方角の関係で、必然的に貫太と同じ道で帰っていた。そして、兄さんは俺の横を歩いている。
「……共也君、実はさ……」
貫太が俯き気味に、俺を呼ぶ。
「どうしたんだよ貫太。んなシケたツラしてよ」
「この前さ、剣道部の人がさ、部長の事をこう呼んでたんだ……」
次の瞬間、彼から想定外の言葉が吐かれる。
「ムカワ先輩って」
「……なんだと?」
「もしかしたら人違いかもしれないし、全くの偶然なのかもしれない。でも、確かにその人は、そう呼ばれていたんだよ」
彼自身の困惑した表情を見る限りでは、彼の言葉に嘘偽りは無いだろう。彼がここで嘘を吐くようなメリットは、一つもない。兄さんの方を確認しても、首を縦に振るだけで、どうやら嘘ではないらしい。
「剣道部なぁ……」
確かに、あの刀を器用に使いこなしているのを見れば、剣道部かもしれない。これはあくまで偏見でしかないが。
「……でも、あの人が同じ学校にいるなんて……そんなの信じられないよ……」
「にわかには信じられねぇが……」
何せ、俺達の学校は魔窟だ。ただでさえ希少なハート持ちが四人も集まっている。ムカワを足せば五人。どうにも多過ぎる。しかし、ここまでくれば最早十人いたところで何ら不思議では無いだろう。
「……浮辺や愛泥のように、作られたハートかも知れねぇ……」
「……やれやれ、単純な誘拐事件が、とんでもなく複雑な事件に絡まっていたとはな」
そう零したのは兄さんだ。
「……その剣道部の人物、接触してみる必要があるな」
兄さんがそう呟いた事で、俺達の明日の行動は決まった。
次話>>50 前話>>48
- Re: ハートのJは挫けない ( No.50 )
- 日時: 2018/06/19 23:43
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
「……アレがムカワか?」
火曜日の放課後、僕と共也君と観幸は剣道部が練習している武道場に来ていた。とは言っても、入っているわけではなく、武道場の壁の下にある幾つもの隙間の間から覗いていた。外から見たら不審者にしか見えないが、背に腹は変えられない。
「……確かそうだよ」
頭の中の記憶を整理しつつも、とある人物を指差す。大声で素振りをしている剣道部員の中から、ショートカットの女子生徒を指差す。
「武川小町(むかわ/こまち)という名前らしいデスよ」
「なんで知ってるんだよ」
「フッ、これが僕の探偵力デス」
ドヤ顔でパイプを咥える彼にため息を付きつつも、改めて観幸曰く武川という名前の人物を見る。彼の造語に関しては突っ込まない事にした。
「なんかよ、こう……イメージとちげぇな」
「凄い凛とした人だよね」
「ボクには良く分かりまセンが、ムカワとはどのような人物なのデスか?」
「人の事は大体ネズミ呼び。基本お嬢様口調混じり。ドスを効かせた声はチンピラみてぇな口調」
「……とても似つかないデスねぇ……」
共也君の少し酷い説明に、顎に手を当てつつ、顔を顰めながら武川さんを見る観幸。
「ま、演技ってこともあるかもだしな」
共也君のその言葉に、思わず浮辺君の事を思い出す。観幸は相変わらずの表情だが、彼は表ではなく裏で感情を動かすタイプだ。表情に出ることはめったに無い。が、彼も恐らくだが思い出していることだろう。
「……浮辺君はさ、どんな状況で襲われたのかな」
「……そういえばだな。俺が行った時には、既に浮辺は満身創痍って感じだったぜ」
「じゃあその前はどうだったんだろう」
「……確かにな。場合によっちゃ、何かの証拠になるかもしれねぇ。剣道部の終了時刻にもまだ余裕がある。調べるとするか」
「デスが、何処へ行くのデスか? 流石にこの地域を周回するのは無理があるのデス」
観幸のその言葉に僕らは納得せざるを得ない。目的地から絞り出そうとするのは、あまり効率的とは言えないだろう。
「大丈夫よ」
だが、その声に僕と共也君は驚かされる事になる。今にも消えそうな、か細く透明な声に。観幸だけは、彼女の事を知らないためか、困惑しつつも振り向いた。そして僕らも振り向く。案の定、そこには1人の女子生徒がいた。
唯一、この学校でムカワを除いて1人だけ、確かにあの事を知っている人間だった。
「私が、覚えてるから」
彼女は、雪原優希乃はそう言って、少し生気のない笑みを浮かべた。
○
自分が意外と弱い事を、ここ数日で痛いほど思い知らされた。
日曜、私は気が付けば自分の家のベッドの上にいた。親に聞くには、自分が顔も見せずに部屋に行ってしまったと言う。私の寝ていたシーツは雨のせいで少々臭った。制服のまま寝ていたせいで、それもしわくちゃだった。
そして、昨日のことが嘘なんじゃないかと思って、彼の電話番号に掛けてみた。私が電話をかけると、遅れて振動したのは、私の机の上。見れば、彼の携帯電話が置かれていた。
彼が私に預けたんだっけ、とその事実を確認した拍子に、昨日の見たくもない事実達が頭の中に溢れ返るのを感じた。堪らず気持ち悪くなって、ロクに何も入っていない胃から何かを吐き出したのを覚えている。
そしてその後は何もする気が起きなかった。ただただ、あの件を振り返っては、超常現象達に疑問を抱きつつも、彼が最後に浮かべた表情を思い出すだけ。
気が付けば月曜となった。世間ではあの事件が不審者の暴行によるものと解釈され、現在犯人は逃亡中となっている事を知った。私はそれを違うと言えるのだが、気力が湧かなかった。大体、あんな摩訶不思議すぎる出来事達、大人達は信じないだろう。
その為か私が学校に行っても、教師たちは何かを察したように私に何も言わなかった。課題の未提出に関しても、気遣いか否か未だにお咎めはない。
私が廊下を歩いていたところで、友松君に出会った。壁伝いにしか歩けない私を見て、彼がどう思ったかは分からない。ただ、友松君は一切彼の話題に触れようとしなかった。いや、若しかしたら出来なかったのかもしれない。
昨日、鏡を見れば血の気のない肌が映っていた。笑顔を無理に作ろうとしても、上手く笑えない。引き攣った笑みが、見ていて自分で痛々しいと思った程だ。
ただただ、何もする気力が無かった。
これが夢であることを願い、朝が来て絶望する。それだけを繰り返している気がした。以前の彩のある日常など、もう帰ってこないのかもしれない。そうとさえ思えた。
彼を事故で失ったり、自分の知らないところでなら、ここまで深く傷つく事も無かったのかもしれない。
だが、彼は私の為にああなった。その事実が、私の心を引き裂き続ける。今でも、それは止まろうとしない。
そして私は、どうしようもなく、悔しかった。
彼は私の為に命を投げたのに、私は彼の為に何も出来ない。この事実が、何よりも私の心を押し潰した。
だけど、私は何かしたかった。私にはあの女を殺すことは出来ないし、彼を取り戻すことは出来ない。無力さがどうしようもなく、憎かった。
ならせめて、出来る者達に託そうと考えた。例え、この精神を削る事になっても。それが、彼が残した私の役割だろうと。
「大丈夫よ」
だから、私は声を掛けたのだ。
「私が、覚えてるから」
彼の為に出来る事を果たす為に。
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