複雑・ファジー小説

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ハートのJは挫けない
日時: 2022/05/11 05:32
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: ZTqYxzs4)

波坂といいます。閲覧ありがとうございます。今回は能力バトル系を書いていきます。色々と至らない部分もあろうかと思いますが、そこはどうぞ生暖かい目線で見守って頂けたらなと。

 一気読み用【>>1-100

 目次>>73

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 略称はハジケナイです。

Re: ハートのJは挫けない ( No.66 )
日時: 2018/07/15 19:44
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

「乾梨……いや……」

 携帯電話から流れてきた情報を頼りに、本当の名前を呼ぶ。

「無川刀子。か」

 それに対し、相手はイライラした様子でこちらに相対する。いつも余裕のある印象が深かった彼女と比べると、その姿は何倍も恐ろしさが薄れている。

「……このチビネズミ……! 最初から最後まで害虫みてぇに……!」
「観念しねぇか。無川。もうテメェにはねぇんだよ」

 足元に転がる意識不明の貫太を睨み続ける彼女に、言う。

「ここから逃れる手段も、俺達から逃げる手段も、お前を助けてくれる奴もな」
「テメェらなんざ……! すぐに殺してやらぁ……!」
「落ち着けよ。いつものエセお嬢様口調はどうした? 脅し声にも迫力ってもんが欠けちまってんじゃあねぇか?」
「黙りやがれ! 何なんだよテメェらは!」

 怒り狂ったように、言葉を撒き散らす彼女。ここまで人は崩れるのかと思うと同時に、ここまで彼女を追い詰めた友には軽く敬意を抱きそうだった。

「……俺はダチだ」
「……あ?」
「テメェが今まで殺してきた奴らの、ダチだ。俺はダチ公共が殴られて、黙っていられるようなおりこうちゃんじゃあねぇ! 覚悟しやがれ無川ァ!」

 俺がそう言って、一歩踏み出そうとした時だった。
 誰かが、俺の肩に手を乗せた。俺の背後に立っていた人物といえば、一人しかいない。

「……なんだよ、兄さん」

 そう、兄さんだ。わざわざ止めたということは、何かあるのだろう。彼の表情もまた、そう物語っている。

「共也、下がってくれないか」
「……なんだと?」

 この場でこう言った発言をする兄を珍しく思った。だがそれは俺の苛立ちとは関係ない。コイツには、キッチリと落とし前を付けさせなければならない。

「お前の感情も分かる。だが、お前の役目はもう少し後だ。ここで万が一、倒されてしまっては困る」

 相変わらず言葉足らずもいい所なセリフだ。だが、言わんとすることは分かる。

「……俺のハートで精神への干渉でもする気か?」
「その通りだ。奴の目、完全に暴走している」

 彼女の目は紅に光っている。が、以前に比べて若干だが弱くなっているようにも思えた。

「ここでお前に、退場してもらう訳にはいかない」
「だけど」
「何より、だ」

 兄さんは、ネクタイを勢い良く外し、その辺りに放り投げて言った。

「俺はまだ奴に、一度も引導を渡してないんでな」
「……そういう事かよ。いいぜ。譲ってやる」
「感謝する」

 そして灰色のスーツの上着を脱ぎ捨てた兄さんは、ワイシャツ姿になり、無川の前に立つ。その距離、およそ5m。

「……誰だテメェ」
「俺の名は友松見也。そこにいる友松共也と、お前と相対した友松心音の兄だ」
「……じゃあ、期待出来んだろうなぁ!」

 無川の奇襲にも、兄さんは全く動じない。冷静に刀をかわして、逆に距離を詰めた。刀を振るうには近過ぎ、拳を届かせるには十分過ぎるその距離まで。

「いいだろう。期待に答えてやる。ただし」

 その拳が、無川の鳩尾に叩き込まれる。空気を吐き出す音と共に、軽く痙攣を起こす無川の体。

「キレた俺は、手加減出来ないが、許せ」

 瞬間、彼女が咄嗟に飛び退く。咳き込む彼女が再び刀を向けるが、その姿は余りに弱々しい。

「……その程度、か」
「……この野郎ッ……!」

 瞬間、無川と兄さんの距離を詰められる。縦横斜めと刀を振るわれたが、兄さんは余裕で回避。攻撃されるどころか逆に無川の懐に潜り込んだ。彼女の表情が、驚愕に染まる。

「な、なんだテメェ! 何故攻撃が当たらねぇ!」
「見え見えだ。そんな太刀筋。欠伸が出るな」

 兄さんが、無川の胸倉を左手で掴み上げる。難無く彼女の体を持ち上げた彼は、右拳を握りつつ、言った。

「この一発は、俺の分だ」

 そして、この拳が無川の顔面に捩じ込まれる。捻りを加えたその一撃が、無川の顔面を作り替える勢いで変形させた。だが、兄さんはまだその胸倉を離さない。

「そしてこれは、青海の分の一発」

 再び、兄さんの拳が無川を襲う。今度は防御しようとした彼女右手に直撃。軽快な音が響くと共に、無川が悲鳴を上げた。恐らく、折れたのだろう。

「そして、この一発は心音の分だ」

 三回目の拳が、放たれた。それは無川が顔面を庇う前に、最高速度でそれを撃ち抜いた。全力で放たれたそれが無川を引き剥がす。彼女はそのまま壁に激突。彼女の目が見開かれ、その口から声として成立していない悲鳴が放出される。
 余りに、一方的だった。
 俺は初めて見たのかもしれない。
 自分の兄の、本気の怒りと言う奴を。

「無川刀子。お前は俺に火を付けた。それが、お前が俺に手も足も出ない理由だ」
「クソ……が……!」
「……大人しくしているんだな」

 兄さんが、放り投げた上着とネクタイを拾い上げる。壁に背を預けるボロボロの彼女に、もう手出しは不要と判断したのだ。

「ナメてんじゃあねぇ! 死ねぇ!」

 無川がふらふらと立ち上がり、兄さんに向かって走り出す。その目は怨嗟だけを映し出していた。
 そんなんだから、周りが見えないのだ。自分の背後に立っていた人間のことすら、忘れているのだ。

「死ぬのは、貴女ですよ」

 彼女の手に、鎖が巻き付く。そして刀が引き剥がされた。このハート、一度見たら忘れもしない。無川の背後に立つ彼女──愛泥隣は、無川の首に鎖を二重三重と巻き付けた。

「メスネズミ……! 黙って見てると思ってりゃテメェ……!」
「貫太君を返しなさい。じゃないと、本気で殺しますよ」
「誰が……テメェ……なん……ぞ……に……!」


 愛泥は容赦なく鎖の両端を引っ張り、無川の細首を圧迫していく。無川は両手が床から伸びる鎖に引っ張られているため、ロクに抵抗することすら許されていない。


「……クソ……! こん……な……所……で……! この…………オ…………レ……が……」


 その言葉を置いて、彼女はカクンと首を傾けた。



「……意識が消えた」



 兄さんがボソリとそう呟く。彼が言うのならば、間違いは無いのだろう。
 思えば、かなり呆気のないものだった。あれほどまでの脅威だったものが、来てみれば追い詰められており、兄さんがあまり苦労もせずに倒した。それまでの過程で何があったか知らない俺からしてみれば、拍子抜けとしか言いようがない。
 そう思った、矢先だった。
 何が、視界の端っこで煌めいた。

「……あ……れ……?」




 愛泥がこのように、唐突に疑問を持ったような声を出した。
 そちらを見て、驚いた。
 無川の身体中から、刀が生え始めている。それは真っ先に近くにいた愛泥を突き刺したのだ。そして、ハートの力とは違い、彼女の刺された場所からは、赤い何かがシミ出している。
 それが血液だと理解するのに、一秒も掛からなかった。 

「愛泥! しっかりしろ!」
「……私の……意識が……?」

 愛泥がそのまま仰向けに倒れ込む。血を撒き散らしながら、彼女は目を閉じた。

「オイ! 愛泥! 何があったんだよ! オイ!」

 だが、その目は開かれない。
 いくら何でも、意識を失うのが早すぎる。明らかに自然ではない現象。つまり、ハートの力だ。無川の《心を殺す力》だ。

「……その女子生徒、心が殺されている。……どうやら、物理的作用がありながら、ハートの力も付随しているらしいな。この怪物」

 怪物とは、まるでハリネズミのように全身から刀を生やす無川の事を指しているのだろう。これは最早、怪物としか呼びようがなかった。

「な、なんだってそんな無茶苦茶が……!」
「分からん。ただ言えるのは、何にでも例外はつきものであることだ」

 そう言っている間にも、無川の身体からどんどん刀は溢れ出す。それどころか、彼女は自分の足元に血の池を作っていた。みれば、身体中から少しずつ血が垂れているのだ。服にも、所々血が滲み始めている。

「共也! コイツ、ハートの力の反動に肉体が耐え切れてねぇぜ! 五分も持たずに出血死してしまうぞ!」
「……暴走……!」

 浮辺の件を思い出す。彼は周囲を無差別に偽るものと化していた。ならば、無川が周囲を無差別に殺す存在になったとしても、なんら不思議ではない。そして、彼女の対象が自分自身を含んでいたとしても、なんら不思議ではない。

「……兄さん、離れててくれ」
「共也? お前まさか」
「……まだ一回も、俺は何にもしてねぇ」

 俺は文字通り刀まみれとなった無川に近付きながら、言う。

「俺だって何かしなくちゃあならねぇんだ」

 無川の刀にそっと触れた。そして繋げる。その奥にある心と、俺自身の心を。



「待ってろよダチ公共! 今この俺が! この友松共也が! 引き摺ってでも連れ戻してやっからなぁ!」


 そして、俺の意識は真っ暗に落ちた。



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Re: ハートのJは挫けない ( No.67 )
日時: 2018/07/16 17:14
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

 あの感触。今でも覚えている。
 柄は握ってみると簡単には滑らないような装飾が施されていた。刀というのは見た目以上に重いものだった。鞘から刀を抜く時、意外と力が要ると気がついた。そして魅入られた。その刃の美しさに。
 抜いた途端、目の前の奴が急に大声で叫び出すから、パニックになってめちゃくちゃに振るった。今思えば、あんな振り方で人を殺めたのか本当に疑わしい。
 だが事実は変わらない。相手がたまたま酒に溺れていた事もあってか、刀は簡単にアイツの腹を切り裂いた。
 今でも覚えている。肉に差し込む感覚。動きにくくも少し力を入れると布を切るようにスッと刀が流れていく感覚。そして放たれる、血の雨。
 私は魅入られた。その血を纏った、刀の輝きに。
 私は取り憑かれた。その時点からの過去の自分に。

「……違う……私は乾梨透子……殺人鬼なんか……じゃない……」

 そうして今日も、『私』が笑う。

「いーや違うね」

 私が『私』を、嗤う。

「テメェはオレと同じ、殺人鬼の無川刀子だ」







 目を開けると、真っ先に視界に映ったのは、真っ白な地面だった。うつ伏せで倒れているらしい。膝を付いて顔を上げる。

「ここが……無川の心……か?」

 ただ、それは明らかに、俺が今まて見てきたものとは違うものだった。
 世界が、分かれている。赤い領域と、白い領域に。白と赤の比率が三対七といった所か。その境界線は、空にまで伸びており、白い空と赤い空の二つがあった。

「……なんだって、こんな二つに分かれてやがる……」

 確かに、人によって風景の色が違うのはよくある事だ。だが、ここまで対照的に違う色なのは、珍しいの域を超えて、異常だ。

「……アレが、核だな」

 遠くに見えた一本の木。それは境界線のちょうど真ん中に配置されている。それに駆け寄る俺。数m程まで近付くと、その木もまた、赤と白の真っ二つの色に分かれている事に気が付く。
 そして、白い幹の方には寒色の葉ばかりが付いており、赤い幹には暖色、しかもドギツイ赤などばかりだ。オレンジや黄色のような、所謂幸せの色は全く無い。あるのは怨嗟とか、そういった感情を示す葉ばかりだ。

「……あ……その……えと……?」

 困惑したような声が、木の向こう側から聞こえた。その声は確かに無川と同じものではあるが、何処か本質的に違うものを感じた。声音の雰囲気というものだろうか。
 木の向こう側から出てきたのは、無川刀子──いや、乾梨透子だ。アイツとは顔や身長そこ同じなものの、メガネやカチューシャといったものを付けており、その手には物騒な刀などは握られていない。
 そして、その瞳の色は濁りきった血液のような紅色ではない。透き通るような茶色だ

「……どうして……と言うか…………ここは……?」

 思えば、心を繋げた経験が無くて当たり前だ。相手こそ、ここがどこかわからないのも道理だ。最も、高確率で人間は気が付くのだが。直感というもので、ここが自分の心の中であることに。

「……テメェ……俺の言いたいこと、分かってんだろうな」

 コイツにはどのみち恨みがある。今更演技を戻そうが関係無い。この拳をこの顔面にぶち込み、ダチ共を連れ戻さなければならない。
 だがそんな俺の怒りなど知らないで、乾梨はビクビクしながら俺の言葉に恐れるだけ。

「ひえぇッ!? な、……わ、私が……な、……何を……したって……」
「とぼけるんじゃあねぇぜ! もう演技だってのはバレてんだ! とっとと正体を表しやがれ!」
「な、何言ってるんですかぁ! わ、私……演技なんて……し、て……無い…………の…………に」

 だが無川──乾梨は全く身に纏う雰囲気を揺らがせない。どこまでも弱く、張りのないそれ。俺の言葉に泣き出してしまった彼女は、あの殺人鬼とはどうしても結び付かない。

「お、おい! そんな演技するんじゃねぇ……気が滅入るだろうが……」
「……ひどい……こんな……酷すぎます……うぅ」

 内心では、俺は困惑していた。何が起こっている? この態度、とても演技とは思えない。
 困り果てて乾梨を眺めていると、少しだけ違和感があった。
 乾梨の向こう側が、透けて見えた気がした。確かに、彼女を通して向こう側の木の模様が、一瞬だけ見えた気がした。

「……存在が……薄い……?」

 心の中での存在が薄い、つまり、魂の密度が薄い。それは、100%純粋な魂ではなく、何者かによって部分的に搾取されていることにほかならない。

「お、おい乾梨、お前一体」

 俺が乾梨に声をかけようとした瞬間だった。

「それ以上、『オレ』に近づくんじゃあねぇよ。デカネズミ」

 背後からのその声に、耳がざわついた。咄嗟に振り向く。が、ふと違和感を覚えた。今聞いた声は、確かに乾梨そっくりのものだ。だが……若干、高いような気がした。根本的に、声質そのものが。
 そして振り返ると、その疑念の原因が分かる。

「……テメェは……?」

 そこに居たのは乾梨──ではない、無川だ。メガネもなければカチューシャも無い。その鋭い目付きと赤い瞳は正しく彼女のそれだ。
 だが違和感も同時にあった。彼女に比べ、体が幼い。背丈は彼女よりさらに低い。

「見りゃあ分かるだろ。テメェの目は節穴か?」
「だが……」
「魂の容量的に、この体くらいが限界なんだ。大半の魂は、そこの『オレ』が食っちまってっからな」

 彼女が指差す先にいるのは、乾梨。
 どういう事だ?
 何故乾梨と無川がここにいる? 何故、同一の存在の二人が、同時にここにいる?

「テメェがどうやってここに来たか、オレは何となく分かる。直感てやつだがな。テメー、オレを切除しにでも来たか?」
「……ああ。そうだ。お前に取り憑いている精神寄生体を引き剥がして、正気に戻してや……おい、何笑ってんだ。お前」

 突如として、無川が腹に手回して笑い始める。心底おかしそうに。救いようのない馬鹿を見つけたと言わんばかりに。

「……くく……アッハハハハハハハハ! テメェなんつーおめでたい頭してんだよデカネズミ!」
「な、何がおかしい!」

 腹を抱えて馬鹿にしてくる幼い無川に、腹の底からイライラが湧く。クソ、こんな気分にさせられるとは。
 彼女は腹に手を当てつつも、もう片方でこちらを指さす。その顔は、いつに無く笑顔だ。面白くてたまらないといった様子だ。

「あのなぁ、精神寄生体なんざ、とっくの前にオレが殺してんだよ!」
「な……ッ!」

 確かに、彼女のハートを考えればそれは容易いことかもしれない。

「それにも気が付かずに……クク……まさかテメェ、オレが精神寄生体とでも勘違いしてたのかぁ?」
「な、ならお前は何なんだよ! 無川ぁ!」
「教えてやるよ」

 無川は俺の横を通り過ぎて、乾梨の隣に行く。そして、泣いている彼女の肩に手を乗せて、一言。

「オレは『オレ』の一部。つまり、一つの人格。切り離しようのないコイツの心の一部なんだよ。表の暴走も、オレが起こしてる訳じゃねぇ。根はコイツだ」
「なんだと……!?」
「な、何の話……? あ、貴女誰……? 私みたいな顔して……」

 乾梨のその声は、か細くも疑念を抱いていた。まさか、彼女は無川の存在を知らないのか?
 無川は乾梨の首に両腕を回し、左手で乾梨の頬を撫でながら言う。それに対し、乾梨は無川とは真逆の表情をしていた。

「そしてコイツは逃げてんのさ。コイツは『オレ』であるという意識から目を背けている。ホントは内心じゃあ理解しているくせに、見て見ぬ振りをしてるって訳さ」
「い、いや、私は」
「お前は『オレ』だ。テメェはただ、昔の自分から逃げてるに過ぎねぇ。ああ構わねぇよ。そうやって逃げてりゃいい。その分オレは見つかりにくくなる。お前の逃避がオレを隠蔽してくれるんだからなぁ」

 俺の目には、悪魔にしか見えなかった。幼いとは言え、彼女は依然としてその悪性を秘めている。

「──例えテメェが乾梨の一部だろうが」

 だが、そんなことは知ったことではない。

「俺は、テメェを倒して、ダチ公共を引っ張り上げなきゃならねぇんだ」

 無川を手招きする。すると彼女はニヤリと口を歪めた後に、乾梨から離れ、その手に刀を出現させる。

「……覚悟しろ」
「おう、やれるもんならやってみろよ。さぁ、早く」

 無川はどういう事か、ノーガードだ。その鞘から刀を抜こうともしない。その顔は笑っている。瞳の奥に、包み隠せない狂気があることが、はっきりと分かった。

「……馬鹿か!」

 俺は容赦せずに、自分の目の前と無川までの距離をハートの力で省略し、目の前に拳を突き出す。それは無川の鳩尾の前に現れ、そのままそこを撃ち抜く。拳にも確かに、はっきりと、人間の肉の感触があった。

「かはッ!」

 そして、確かに息を吐き出す音がした。苦しそうに、呻く声がした。
 その光景に、心の底から、驚く事しかできない。

「どういう、事だ」
「どうしたもこうしたもねぇよ。見た通りだ」

 だが、殴られたハズの無川は、全く痛がる様子はない。反応はしたものの、その表情は変わらない。代わりに苦しそうに咳き込むのは──乾梨だ。

「何でだ! どうしてお前へのダメージが乾梨に行く!」
「だから言ってんだろうがよ。オレと『オレ』は一心同体って奴。オレの魂のリソースは三割。アイツは七割。オレへのダメージの七割はあっちに行くんだよ! 分かったかこのデカネズミが!」

 瞬間、無川の刀が一瞬で煌めく。油断していた、そう後悔した瞬間、肩に激痛。
 血が宙に迸った。

「ぐぁッ!」
「チッ、やっぱ三割のリソースじゃあハートの力までは付かねぇな。せいぜい普通の刀レベルだ」

 確かに肩が切り裂かれたが、相手のハートが発動する予兆はない。どういう訳か、敵はこちらの心を殺さないらしい。それが、不幸中の幸いだった。
 だが、状況は好転していない。

「俺に……選べってのか……!」

 無川は、迫る気だ。俺に選択を。残酷過ぎる選択を。
 恐らく、乾梨を倒せば無川は倒れる。アイツらは一心同体。消える時は両方消える。

「乾梨とダチ公共を天秤にかけろってのか! テメェは!」

 それはつまり、無川を殺す事は乾梨を殺す事に繋がる。無害の乾梨を殺める事なんて、できない。
 だが、それらを生かすことは、浮辺や観幸、貫太や愛泥を見殺しにすることになる。そんなことはできない。何のために、俺は今ここに居るんだ。
 俺に出来るのは、目の前のせせら笑う小さな悪魔を、睨み付ける事だけだ。

「ああその通りだ! テメェに殺せんのかよ! なんにも罪のねぇ哀れな子羊ちゃんがよぉ!」

 最悪だ。
 この目の前の嗤う狂気を、俺は舐めていた。
 俺は今初めて、目の前の無川という壁の大きさを痛感した。



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Re: ハートのJは挫けない ( No.68 )
日時: 2018/07/19 06:47
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)

「どうしたさっきまでの威勢はよぉ! ネズミらしく無様に這い蹲って足掻いてみやがれ!」

 無川の鋭い太刀筋を回避するのに精一杯だった。いや、それも余裕が無い。徐々に、少しずつだが、俺の体は切り付けられる。彼女の動きが、俺に追い付いてきている。先程までのスピードとは大違いだ。
 貫太達の苦労があってこそ、兄さんの圧勝があったのだ。万全の無川の相手は、かなり危険なものだと思い知らされる。今は幸運にも《心を殺す力》が何故か発動されていない。それだけでもまだマシだ。そう思うしか無い。

「うるっせぇなぁ! 生憎こちとら人間なんでなぁ! 考え無しには動けねぇのが人情ってもんだ!」
「考えてどうにかなる問題とほざくたぁ、随分と脳天気な野郎だなぁ! デカネズミ! テメェに残された選択肢は三つだ!」

 無川がそれと同時に、刀を振り下ろす。それを躱した瞬間、無川がそのまま胴体を軸に回転。俺に迫る左手に刀が作り出され、俺の肩を斬り裂いた。
 コイツ、二刀流とか出来んのかよ!

「ぐぁぁぁぁッ!」
「A! ここでテメェがオレに殺される! B! ここでテメェがオレを『オレ』ごと殺す! C! 『オレ』を殺してオレを殺す! さぁどれだ! どっちにしろテメェは全員なんて救えねぇ! さぁ切れよ! 切り捨てられねぇなら、オレがテメェのその首斬り捨ててやっからなぁ!」

 無川の刀が右斜めと左斜めから同時に迫る。後ろに大きく飛ぶと、無川はそのままこちらに二本の刀を投擲。両手で庇うと、右腕には柄が当たったが、左腕には深々と刃がくい込んだ。激痛が腕から脳へと駆け巡る。

「ぐぁぁぁぁッ!」
「だが、もう選択の余地もなくテメェは死ぬみてぇだなぁ! 残念ながらテメェの末路は選択肢A! テメェはここでオレに殺される!」

 自分の腕から、刀を引き抜く。ダバダバと血液が溢れるが、あくまで見掛けのもの。これは精神体だ。心が折れるか、致命傷を受けない限りは死なない。
 せめてもの抵抗で、俺はそれを笑い飛ばす。強引にニヤケ顔を作り、無川に相対する。

「いや違ぇな! 俺が選ぶのは選択肢D! 誰も殺さずに全員を救うだ!」
「ハッ、んなモンがまかり通る訳ゃねぇだろうがよぉぉぉ! そのまま理想っつー泥沼に溺れて死んじまえ!」

 再び刀が作り出され、俺に向かって無川が接近してくる。

「クソ!」

 ヤケクソになって、ハートの力で距離を省略し、近付く前にその鳩尾に拳を撃ち込む。少しだけ動きが止まったスキに、一度手を引き抜いて接続先を変える。その先は、無川の首の前。俺はその細い首を、ガッシリと両手で掴んだ。

「……チッ……これは少々効くみてぇだなぁ……」

 無川が、苦しそうに顔を歪めた。これならいける。そう思った時だった。

「ただ、アイツは死ぬなぁ? 間違い無く」

 意識を逸らそうとしていたのに、その一言で、俺の意識は乾梨の方に向く。心底辛そうな表情で、息を吸おうと必死な、彼女の方へと。

「苦し……誰……か…………す……け……て」

 その顔が、俺の心に迷いを生む。こちらに伸ばされた手が、俺の手を弛緩させる。そして、それを無川は見逃さない。無川は一瞬のスキを付いてするりと俺の両手からすり抜けた。

「ククク、中途半端な奴だ。さっさと腹ぁ括れよ。なぁに、コイツが死ぬだけの話だろ? テメェは『オレ』っつー無実の民を殺したその手でダチ公共と握手すんだろ? 人を殺した汚ぇ汚ぇハートで、これからも人を救っていくんだろ?」
「テメェ……!」
「いいじゃねぇか。人を食い物にするなんて当たり前。オレを食らって幸せに生きればいいじゃねぇか! オレのように食らってなぁ!」

 その物言いに、俺は言葉を荒げずにはいられない。

「言わせておけば無川ァ! テメェと同じにするんじゃあねぇぜ! テメェのような人情もクソもねぇような! まるで畑に捨てられた野菜みてぇに腐り切った奴と! 他人を比べようってのがまるで間違いなんだよ!」
「ハッ、当たり前だ! オレはテメェと正反対。だからこそ、テメェが気に食わねぇ! テメェのようなただそこにいる人間を理由無しに見捨てられない人間がよぉ! 普通は逆! 全くの逆! 人は理由無しに人を助けなんてしねぇ。だからテメェは立派な狂人だ!」
「俺が狂人なんざどうだっていい事じゃあねぇか! それを言うなら、人は理由無しに人なんか殺さねぇ。理由があっても殺さねぇ奴は殺さねぇんだ! だがテメェは殺す! 理由があろうとなかろうとなぁ!」
 
 その言葉に、一瞬だけ無川の動きが止まった。
 そして、彼女は言う。


「ああそうだよ。誰だって、理由無しに殺したりなんかしねぇんだ」


 彼女の予想外の発言に、思わず言葉を奪われた。
 何故だ。何故そんな事を言う。お前は、お前は無差別殺人犯じゃないのか。
 まるで殺人には愉悦以外の理由があると言わんばかりの言い回しに、困惑するしかない。

「だからオレは殺す! 誰だろうが、何だろうが、殺すんだよ! そうしなきゃ、オレの存在意義はねぇ!」
「なんだって、テメェは人殺しなんてしてんだよ! 人を殺さなきゃならねぇ理由でもあんのかよ!」
「うるせぇデカネズミ! オレには、オレにはコレしかねぇんだ! コレだけしかやりようもねぇんだ!」

 やはりそういう事だ。
 無川は、何か理由がある。
 ここは心の中。そして人の形をしているものは皆、精神体でしかない。体という器が無い分、ここでは人は幾らか正直になるのだ。つまり、無川が表では隠していた事が、ここで露呈しているのか?

「だがよぉ……! このままじゃあ不味いんだなこれが……!」

 無川に防戦一方どころか、こちらには無視出来ないダメージが着々と積み重なっていく。そろそろ防御も限界だ。だが、無川を消す訳にはいかない。しかし、無川を消さずに止める方法など、何も無い。

「しつけぇネズミだな、テメェは何がしたい?」
「……俺は人を救いたいだけ。それだけ、だ」
「ならオレを救うと思って死んでくれ」

 その言葉と同時に突き出された刀が、右腹を貫いた。そして、それを右にスライドさせて腹を裂かれる。
 瞬間、視界にノイズがかかったような感覚を覚えた。遅れて、激痛が身体中を駆け巡る。

「ぐぁぁぁぁぁッ!」

 ダメだ。埒が明かない。少なくとも、無川は手加減の出来る相手ではない。何か、何かを考えなければ。この絶望的な状況を打開するための、何かを。

「……気に食わねぇなぁ」
「……何がだ」

 無川がこちらを見て、つまらなさそうに、と言うよりは、憎たらしくてしょうがないといった表情でこちらを見てくる。

「テメェ、今考えてるよなぁ? どうやったらこの状況を打開できるか、とか」
「……読心術でもあんのかよ」
「知るか。……テメェ、バカか? そんなん、最適解がすぐそこに転がってんだろ」
「……どこにだよ。俺の視点からじゃンなもん見えねぇ」

 無川の顔が、変わる。イライラが頂点に達した、怒りの顔へと。

「オレを殺せばいい話だろうが。……いい加減にしろよ……!」

 彼女の示した解答は、俺にとって論外なものだった。確かに俺とは違った視点で見た時の最適解ではあるが、俺にとってその解答は最悪解だ。

「それはダメだ。テメェも乾梨も死んじまう」

 俺が何気なくそう言った瞬間、彼女がこちらに刀を投擲。それは俺の頭の右スレスレを通って、視界の外へと消えて行った。

「もうそんな状況じゃねぇってのが分かんねぇのか。テメェはオレを殺さなきゃ死ぬ。オレはテメェを殺さなきゃ死ぬ。そういう状況だってのが、分かんねぇのかよ!」

 彼女の物言いは、幾つか違和感があった。ただそれは硬いの無いもので、俺の頭の中をフワフワと漂うだけ。

「うるせぇ。無川刀子」

 だが、反論はさせてもらう。彼女の言葉には、許せない箇所がある。

「乾梨には何の罪もねぇ。ンな奴、俺が死のうが殺せるか」
「……狂ってやがる」

 無川が、汚物を見るような目で吐き捨てる。彼女は俺が気に入らないようだ。だが特に気にはならない。別に俺は、受け入れられたい訳では無い。

「そいつは結構。ところでだ、無川」

 違和感の一つが分かった気がした。それを無川にぶつけて見る。彼女の、矛盾点を。

「何故俺に警告する?」
「……は?」
「おかしいんだよ。お前は俺を殺したいはずだ。なのに、何故そんな警告をするんだ。まるで、俺に自分を殺すように言ってるようなもんだぞ?」

 無川の平静が、明らかに崩れた。やはり、精神体であるが故に、彼女の本音が現れやすくやっているのだ。

「な、何言ってやがる! オレはテメェを殺したくて堪らねぇに決まってんだろうが!」
「じゃあ、殺せよ」

 俺は両手を広げて、無川にガラ空きの胴体を見せる。間違い無く、俺を殺せるように。彼女なら、一瞬で殺せるはずだ。

「……遂に思考回路まで狂いやがったか……デカネズミ……!」
「それはお前だよ。無川。ほら、俺はノーガードだ。思うままに殺せよ」

 表では狂ったように殺しを楽しんでいた彼女の表情が、こちらでは全く見えない。完全に、まるで何かに強いられているかの様子。つまり、表のアレは演技なのか。
 それが、ここに来て剥がれている。無川の身体が表に比べて幼いのもあるかもしれない。自分の本音を隠す力が、外見に引っ張られて退化している可能性もある。

 無川は全く防御をしない俺を、ずっと驚いたような顔で見つめるだけだ。その刀は、震えている。

「あ、ああああああああああ!」

 彼女の喉から、絞り出されるような、悲鳴とも取れる叫び声が放たれた。それが示す感情は、どう考えても、愉悦では無い。
 俺の右肩から左脇に掛けてが、深々と斬り付けられる。激痛が駆け巡るが、歯を食いしばり手を握り、踏ん張って何とか悲鳴を上げないように堪える。
 無川と言えば、その一撃では止まらず、何度も何度も俺に攻撃を放つ。斬って斬って斬りまくる。ただし、致命傷にならない部分を。
 そして、無川の攻撃が、やんだ。息を切らして、肩を上下させる彼女。いつの間にか、手からは刀が消えている。

「お前がさっきまで躊躇なく攻撃できていたのは、俺に避ける意志があったからだ。簡単には殺されないから、これ位なら振るっても大丈夫。そう思っていたんだろ。違うか?」

 無川は、何も言わない。ただただ、こちらを親の仇でも見るかのような、憎そうな目を向けてくるだけ。

「お前は怖いんだよ。俺を殺す事が」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! オレを誰だと思ってやがる! オレは殺人鬼の無川刀子。決して殺しを恐れちゃいねぇ! 勝手な事抜かしてると、その心臓掻っ捌くぞデカネズミがぁ!」
「じゃあさっさとやってみやがれ! オラ、ここにあんだよ!」

 自分の胸を拳で叩く。無川にここにあるぞと言わんばかりに。
 だが彼女は動かない。微塵も。その手に、刀すら出現させずに。

「何故だ」

 無川は信じられないといった表情で、こちらを見つめてくる。そして、口から不意に漏れたように、問いが発せられる。

「何故テメェは、動かねぇ。オレを殴らねぇんだよ」

 その問いに、答えるのは簡単だった。

「そんなの決まってんだろ」

 俺は、無川を指さして言う。正確には、その緋色に染まった目を指して、言う。


「お前が、泣いてるからだ」


「……は?」

 無川が、何のことを言っているか分からないと表情を歪めた後、自分の手で目元を拭い始める。すると、確かにそこに流れていた涙が、彼女の手を濡らした。

「な、なんだってオレは……違う……! 違う! こんなの、こんなのオレじゃねぇ! オレの涙なんかじゃあねぇ!」
「確かにそれはお前の涙だ! テメェは本当は楽しんじゃあいねぇ。そう思い込んでるだけなんだよ! その涙が、証拠なんじゃあねぇのか!」
「うるせぇ! うるせぇんだよ! 死ね! オレの中をめちゃくちゃにするテメェなんか殺してやる!」

 彼女がいっそう涙を溢れさせながら、刀を取り出して、それをこちらに向かって一閃。
 俺はそれを避けない。避けようとしない。

「俺はお前と向き合うと決めた。だから、お前の攻撃を避けたりなんかしねぇ。遠慮無く、斬ればいい」
「あああああああああああああああああああああああああああ!」


 そして、刀が煌めく。
 俺の首は、飛ばなかった。


 代わりに、カランと、刀が手から零れ落ちた。


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Re: ハートのJは挫けない ( No.69 )
日時: 2018/07/21 08:29
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: NtGSvE4l)

 無川は、その場で刀を落とした。それを握っていた手は、ガタガタと目視できるほど震えている。

「なんでだよ……」

 呟くように、嘆くように、彼女は言う。目から溢れ出るのは、大粒の涙。悔しそうに歯を食いしばって、彼女は言った。


「なんでだ! なんでオレはテメェが殺せねぇ! 刀を握る事ができねぇ! オレは、オレは無川刀子なんだ! 人を殺さないオレに意味はねぇんだ! なのに、なのになんでなんだよ! ふざけるんじゃねぇ!」

 嗚咽の混じったその声が、酷く脆く聞こえた。まさかあの無川が、こんな声を出すなんて思ってもみなかった。

「……無川。お前」
「うるせぇ! オレに、オレにそんな目を向けるな、そんな目で見るな! テメェのような奴には分からねぇんだよ! 下手な同情や憐れみを浴びせる側の人間には、浴びせられる側の思いなんて分かりやしねぇ。こっちの泣きたくなっちまうような、情けなさだって知りやしねぇ!」

 彼女は勢いのまま、こう言う。

「お前らなんかに! お前みたいな奴に!
捨てられた側の気持ちが分かってたまるかよ!」

 その言葉が、俺の心に響く。
 そして、今の今まで遠かった無川の存在が、すぐそこまで近付いて来るような、そんな錯覚をした。
 だから、彼女にはこう言う。
 仕方ないのだ。これは、言わなければ分からないこと。彼女には、この事実を認識してもらう必要があった。
 声を張り上げて、無川に言葉を叩き付けた。

「分かんねぇに決まってんだろ! だって、テメェ自身が言葉にしてねぇんだからな!」

 きっと、予想すらしていなかった言葉に。

「……な……に……?」

 表情が一瞬で、訳が分からないと言いたげな顔に転換した。

「テメェがどんな気持ちか俺には分からねぇ。……だけどなぁ、テメェは分かって貰おうともしねぇんだ! 言葉にすらしない癖に分かってもらおうなんざ、都合が良すぎるんだよこのバカが! 思ってるだけじゃ伝わらねぇんだよ!」

 だが無川も声を張り上げる。こちらの声を押し返す勢いで。


「誰が……! 誰がオレの話を聞くってんだよ! 血にまみれたこのオレの、誰だって殺しちまうこのオレの話を! オレの周りに誰が居るってんだよ!」

 だが負けない。意地でも食い下がらない。更に、声を押し返す。こうなればもう、武器もハートも要らない。
 ただの意志と意志のぶつけ合いでしかない。だが、そうしなければ分かり合えない。理解など、出来るはずもない。

「俺が居る! 今ここに、確かに、目の前に俺が居るじゃあねぇか! それがテメェにはわっかんねぇのかよ! テメェの言葉を聞かせてみろ! 分かる分からねぇの話はそれからだ!」

 俺の言葉に、無川はこちらを、いっそう怪訝に、不可解なものを見つめるように言う。お前は異常だという彼女の思考が、目線でハッキリと伝わってくる。


「だったら聞かせてやるよクソネズミ」

 疲れたような笑いを浮かべて、彼女は言う。

「オレはな、正真正銘の人殺しだ。ハート持ちになる前に、人を一人斬り殺したんだ」
「ハート持ちになる前から?」
「ああ。オレはハートを持つ前。『オレ』とオレが別れてなかった頃、乾梨透子なんて名前じゃあ無かった。『オレ』には無川透子って名前が付いていた。ただしトウコのトウの字は刀じゃねぇ。透き通るの方だ」

 無川というのは乾梨の旧姓だったらしい。
 そして無川は語り出す。自嘲するかのように、自らの過去を。

「『オレ』はクズとその愛人の間に生まれた子供だ。父親はとても表で言えるような職じゃねぇ。母親はいつもオレより男に構っていた。当たり前だ。『オレ』は予想外の子供。生活を圧迫させる以外の役割を何も果たしちゃいなかったからな」

 彼女が語り始めると、頭の中にノイズ混じりの映像のようなものが流れてくる。
 今、俺は乾梨と心を繋げている。同じく心の繋がっている無川の脳内の映像が、こちらに流れ込んできているのだ。つまり、無川にもこちらとコミュニケーションを取ろうとする感情が芽生えたと言うことだ。

 情景は、狭いマンションの一室のような場所。辺りには空き缶や吸い殻が転がっており、今の幼い容姿となった無川とちょうど同じ位の少女が膝を抱えている。あの少女は、乾梨、いや無川だろうか。
 他の誰かも眠っている。机のすぐ側で。机の上にはやはり空き缶などが陳列していた。長い髪や体型から察するに、女性だろう。

「だが、『オレ』はその状況になんにも感じちゃいなかった。ただ自分が生きてりゃそれでいい。そう思っていた」

 すると、脳内映像に変化が起こる。誰かが部屋の中に入ってきて、その女性の近くまで行き、その髪を引っ張って頭を持ち上げた。それは、小太りの男性だった。

「そしたら突然ある日、父親が何かの理由で暴行を始めた。酒に酔ってたのもあってか、母親が動かなくなった。標的にされた『オレ』は抗おうと必死になった」

 何回も何回も、女性が殴られる。次第に女性は動かなくなり、やがて男性の攻撃は無川へと向かう。彼女は必死に逃げ回るが、部屋は狭い。空き缶を踏んずけて、彼女は転んでしまう。

「そして、オレは親を殺した」

 彼女が転んだところに、丁度何か細い板のようなものがあった。彼女がそれを手に取って、鞘らしきものを外すと、煌めく刃が姿を現す。
 その刀は、無川のハートによって作り出されるものと酷似していた。
 そして映像の中で、無川がそれを目を瞑ってめちゃくちゃに振るう。それは幸か不幸か男性の腹を切り裂き、それはそのまま音を立てて倒れた。血の海の中で、無川だけがガタガタと刀を見つめ、肩を上下させて震えている。

「斬り殺したんだよ。『オレ』は自分の父親を。アイツが持っていた刀でな」

 すると、今度は場面が入れ替わる。場所は幼稚園のような雰囲気に似ている。そしてその中に、無表情で佇んでいる無川が見えた。

「『オレ』はその後施設に入った。だが、殺人鬼だ、人殺しだと受け入れられなかった」

 小さな男の子達が、無川に暴言を浴びせる。小さな女の子達が、無川を遠巻きから見てコソコソ話をしている。どれも、友好的とは思えなかった。
 無川は無表情でそこにいるだけ。でも彼女が一度トイレのような閉鎖空間に入ると、その顔が一気に悲しみに歪んで、涙がこぼれ落ちる。

「そして、『オレ』はその現実と過去に耐え切れなくなって、遂に自分の記憶を切り離した。そして記憶を封印したんだよ。逃げるためにな」

 なるほど。それで無川刀子と乾梨透子という二つの人格があるのか。俺はやっと納得することが出来た。しかし、幾つか引っかかる事がある。
 それは、封印したはずの無川が、何故こうして表に出てきているのか、ということだ。

「そしてある家庭に引き取られたオレは、姓を変えた。乾梨ってのは義理の親の苗字だ。だが、『オレ』はそれから無意識のうちに目を逸らしていた。だからオレの事を認識すらしちゃいねぇ」

 新しい家庭で、乾梨が平穏に暮らしている。まるで、昔のことなど無かったように。いや実際そうなのだろう。彼女の中で、アレは無かったことになっているのだろう。

「だが、あのクソ女のせいで、どういう訳かオレという人格が、ハートの力を持って、切り捨てた記憶と共に目覚めた」

 再び場面が移る。乾梨は既に高校生となっていた。その制服は俺達の学校のものである。
 そしてそんな彼女の胸に腕を、文字通り差し込んでいる女性がいる。血は出ていない。後ろ姿のため、顔は見えない。ただ、その銀色の髪がやけに印象的だった。

「そしてある日から、一定周期でオレという人格が、乾梨透子の体の表面に出るようになった」

 夜、乾梨が歩いていると、突然立ち止まり、メガネとカチューシャを外した。その目は緋色に染まっており、目付きは異様なほど鋭くなっている。これが無川が表面化した時の様子だろう。

「オレは毎回、胸の奥底で燃える怒りのような、そんな覚えの無い感情に突き動かされた。それは殺意に変換され、オレは人を切って、切って、切って」

 無川が人を切り付けているシーンが映し出される。そこには、楽しんでなどいない。業務的に、作業的に人を殺している無川の姿が映っていた。

「テメェに分かるか? 目が覚めたら突然殺人衝動に駆られて、訳もわからず人を殺して、それに苛まれるだけの毎日がよ」

 そして、彼女は映像の中で、人を殺す度に頭を抱えて悩み、苦しんでいた。
 彼女なりの、様々な葛藤があったのだろう。

「だからオレは、それを楽しむ事にした。オレが楽しめば楽しむほど、オレが現れる頻度も減った。つまり、オレは『オレ』のストレス発散の代役でしかねぇ。その為だけの存在なんだよ」

 だがある日を境に、無川は殺しを楽しむようになった。これが、今の殺人鬼としての無川の根幹にあるものなのだろう。

「笑えよ」

 彼女がガクンと膝を付いた。立っていることも、辛いような過去だったのかもしれない。いやそうだろう。そんな記憶、苦しみ無しでは引っ張り出せない。
 皮肉めいた笑みを浮かべて、彼女は言う。枯れきった表情は、彼女の自己嫌悪を表していた。

「オレは自分の行為に目を背けて、自分のやったことを悔いて、それに耐え切れなくなって、殺しを娯楽にした。自分を誤魔化した。そして、それがそのうち自分になった。最初は貼り付けただけの嘘だったのに、それがだんだん染み込んで、何が嘘で何が本当すら、分からなくなっちまった」

 そういう間も、ずっと、頭の中では映像が流れる。人を殺し、それを笑い、楽しみ、最後にはやるせない表情を浮かべる彼女が。何度も何度も、繰り返される。

「こんなオレ、笑っちまうだろ。反吐が出る程のクズだろ? 笑えよ。思う存分嘲ろよ! オレは、その程度のクズなんだからなぁ!」

 その大声は、俺への怒りとは思えない。むしろ、自分に対しての苛立ちを放っているようにも見えた。
 俺には、分からない。彼女自身が味わった苦しみとか、体験とか、困難とか。そんなものを簡単に他人が『分かる』なんて言うのは、彼女への冒涜以外の何でもない。
 だが俺は向き合うと決めた。この殺人鬼も、根からのクズではない。どうしようもないくらい、環境が悪かっただけなのだ。



「俺はお前を笑わない。嘲ったりなんか、しない」



 返ってくるのは、鋭い眼差しと、激しい感情。
 

「下手な同意なんざ求めてねぇ! テメェには分からねぇんだよ! どれだけ弁解しようが、例えオレの言うことが真実だろうが! 一言だって信じてもらえやしねぇ辛さが! 他人から認識すらされずに、人の眼中の外で暮らす痛みが! 訳もわからず人を殺したくなって、気が付いたらこんなになっちまったオレの苦しみが! テメェに分かんのかよ!」

 ああその通りだ無川。俺にお前の苦しみは分からない。
 だが、俺にも同意できる事はある。同じような体験はある。分かってやることはできないが、似たような感覚なら、俺は知っている。
 

「施設にさえ受け入れられなかった時、希望から絶望に突き落とされた感覚になる」

 俺が呟くように言うと、無川の顔が固まった。

「似た境遇の仲間がいると考えて入った環境で、噂話だけで決め付けられて、大人達は話を聞こうとすらしない。来る日も来る日も存在すら無いように扱われ、気が付けば話す友人どころか目を合わせる人さえいなくなる」

 段々と、無川の顔が驚きに変わっていく。

「一番辛いのは、話してくれていた優しい子まで離れていく事だ。信じてと言っても、向こうはどんどん離れていく。そして、最後に一人ぼっち。誰も正面から向き合ってくれない。言い尽くせない孤独を感じる」

 胸が苦しくてたまらない。自分の思い出さないようにしている暗い過去を引きずり出すのは、内蔵が焼かれるように苦しい。
 だけど、これなしでは無川とは分かり合えない。お互いに自分というものを示さなければ、俺と無川は絶対に理解などできない。

「……ネズミ……テメェ……」
「引き取られた時、天国に行けると期待して、結局は周囲に馴染めずに同じような閉塞感。段々と周囲が自分を必要としていないことが露呈してくる。自分と真正面に向き合ってくれるのは、鏡だけ」

 思い出しただけでも、心臓がバクバクするのが分かった。胃の中がせり上がってきそうになる。精神体のくせに、全身から汗が吹き出てくる。

「俺にはお前の苦しみは分からない。わかってやれない。だけど、俺達は立ち上がらなきゃいけねぇ。俺の苦しみにもし、お前の苦しみと共通する部分があるなら」

 無川にそっと、手を伸ばす。

「この手を、取ってくれないか。俺に、お前を救わせてくれ。お前はまだ、やり直せるんだ」
「…………オレが……?」
「ああ。そうだ」

 無川は目を見開いて、俺の手の平をじっと見つめる。
 彼女の手が、その場でこちらに、そっと伸ばされた。



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Re: ハートのJは挫けない ( No.70 )
日時: 2018/07/21 18:31
名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: nWfEVdwx)

 その虚空をさ迷う、地獄から伸ばされたその手に、一歩踏みよる。するとその手も、こちらに更に伸ばされる。
 また一歩、踏み込む。その手もまた、少しだけ、こちらに向かう。
 そして、二人の手の距離が、一メートル未満になる。俺はまた、一歩、歩み寄った。
 そして、その手が、俺の手に、届く。後少しで、その二つは結ばれる。


 そして、その手は空振った。結ぶこと無く、空を切った。



「すまねぇ」


 その手は、俺を拒絶するように、引き戻された。

「すまねぇ。本当にすまねぇ。こんなに心が痛てぇのは初めてだ」
「な、何言ってやがるんだ。無川」

 彼女があまりに、あまりに申し訳なさそうな声を出すものだから、思わず狼狽してしまう。

「オレは、オレなんかが、簡単に救われちゃいけねぇんだよ」
「待てよ! テメェは変われる! テメェは救われる! なのにどうしてそこから一歩踏み出せない! どうしてテメェが信じられない!  この手を取れ! お前は絶対に変われる! だから、無川!」

 だが、無川は動かない。その手は、彼女の顔を覆うために使われる。彼女の涙を、受け止めるために使われる。
 両手の内側から聞こえる、無川の声。その声は、震えていた。何かを恐れているように。

「オレは、オレは無川刀子なんだ。テメェが心の底から信じられねぇんだ。九割はテメェを信用しても、残りのオレの一割が、テメェは裏切るって叫ぶんだ」
「俺はお前を裏切らない! たった一度、今の一瞬だけでいい! 俺を信じてくれ! 無川!」
「ああ、テメェは裏切らねぇだろうさ。お前は約束を守るだろうさ。……でも、でもオレは、オレは怖いんだ。そんなテメェからも裏切られるのが、ただただ怖くて、腕が震えちまうんだ」

 これは彼女に打ち込まれた心の楔のようなものだ。彼女の深層心理に刻まれた根深い他人への不信感。それが、彼女を最後の最後でつなぎ止めている。

「笑ってくれ。笑ってくれよ。オレはもう、ここから動けない。オレはもう、他人を信じる事なんてできない。だから、どれだけテメェがオレを分かろうと、オレがどれだけテメェを分かろうと、この一線を、オレは超えられねぇんだ」
「お前なら超えられる! ちょっとでもいい! その一線に手を突っ込むだけでも構わない! 俺がその一線ごとぶち壊して、テメェを引きずり出してやる! だから手を握れ! 無川ぁ!」

 俺の必死の言葉も虚しく、無川はその手を付いて、立ち上がり、その手に刀を作り出す。
 そして、俺の方を向いて、笑った。
 彼女が作ったとは思えないほど、清々しい笑い方で。

「ありがとよ。オレを信じてくれたのは、テメェが初めてだ」

 そして、彼女はその刀の先を、俺──ではなく、自分に向ける。
 思わず目を見開いて、叫んでしまった。

「お、おい待て! 何しようとしてやがる!」
「もうオレは、疲れたんだ。きっと、殺人衝動が戻れば、テメェを殺したくなる。だから、そうなる前に」
「だからってお前が死ななくてもいい! お前はまだ生きたいんじゃないのか! 俺はお前と普通の人間同士の関係になりたいんだよ! 友達から始めたいんだよ! こんな腐った関係性じゃなくて! もっと明るい、笑い合える関係になりたいんだ!」



「ああ、そうだなぁ」



「オレも、共也と友達になりたかった」



 そして、無川が自分の首に、刀を突き刺した。



「……あ……」

 無川の目は閉じられている。それはビクビクと、死を恐れていた。当たり前だ。死が怖くない人間なんか、居ない。
 そして、彼女の首には──刀が、刺さっていなかった。

「…………あ?」

 彼女が不思議そうな声を出して、目を開く。そして首元を見た。そして、それが驚いたように一気に開かれる。
 無川の刀を受け止めていたのは、横から突き出た、形がそっくりの刀だった。そして、それは無川のものとは対照的に、白く輝いている。

「もう、止めようよ」

 その声は、無川のすぐ右から発せられた。彼女がそちらを向く。

「『私』」

 そこに居たのは、乾梨透子。無川の本体の彼女が、ハートを使って、無川の自殺を防いだのだ。

「『オレ』……何してんだよ」
「見て分からないの?」
「そんなことを聞いてるんじゃねぇんだ! 何故止めた! オレは、オレはあれで救われたのに! オレ以外の誰かも、きっと救われたはずなのに!」

 鏡写のような二人、若干容姿に年齢差こそあれど、瓜二つと言っても過言では無かった。

「じゃあ、その人はどうなるの?」
「その人……だぁ?」
「そう。その人。貴女が死んでしまったら、その人は救われない。貴女は、その人を救いたくないの?」

 乾梨の堂々とした態度が、少しだけ違和感だった。彼女は、ここまでハッキリと人と話せる人間だっただろうか。

「……まさか」

 無川が、訝しげな目を向けた後に、閃いたような顔になる。決して、良い表情ではない。

「うん、多分そう」

 乾梨は、その手に握る刀を消して、こう言った。


「思い出した……というか、私はもう、逃げるのは止めたの」
「……オレの記憶からか?」
「ええ。人格が分かれた後は分からない。だけど、分かれる前の記憶は、ちゃんと思い出した。私は、その人の言葉を聞いていて、思った。私だけ逃げていちゃダメなんだ。私も戦わなきゃダメなんだって。そしたら、自然と体が動いてて、いつの間にか思い出していた」

 その人、俺の事だろうか。
 乾梨にも、俺の言葉は聞こえていた。それが、彼女を動かした。少々むず痒いが、気にしないことにする。

「私は、貴女を今まで拒絶してきた。見て見ぬ振りをしてきた。それは自分でも許されないって、分かってる」
「……」

 無川は何も言わない。目を逸らして、不貞腐れた子供のように黙っているだけだ。

「ごめんなさい。それは謝る」
「…………」

 だが乾梨は言葉を続ける。一つ一つに誠意の詰まった言葉で。

「今更許してもらおうなんて思わない」
「…………いいよ、別に」

 遂に、無川が折れたように、言葉を返した。

「……え?」
「いいんだよ。もう、どうでも」

 やはり、無川の対応は子供っぽかった。謝られて、困惑している様子だった。
 無川自体は、乾梨にそこまで嫌悪感を抱いて居ないらしい。
 だが、乾梨は構わず言葉を続ける。

「どうでも良くない。私は、私は自分のせいで、貴女にあんな事を……」

 きっとそれは、他人への配慮ができるというか、他人の事ばかり気にしていた彼女だからこそできる事なのだろう。

「あんな……無意味な事を……させてしまった……から」

 彼女は、そう何気なく言い放った。
 俺も彼女も、その場の誰も、そんな何気ない発言を、気には止めなかった。

 ──一人を除いて。

「……アハハ」

 無川が、笑い出す。急に笑い出した彼女に、困惑を隠せない俺達。
 だがその笑いは止まらない。次第に、大きさと勢いを増していく。

「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 遂に、彼女の笑いが、戻った。良くない方へと、おかしな方へと。

「そうかよ。『オレ』も、オレの行動を無意味と言うんだな」

 彼女は、笑う。

「『オレ』だけは、分かってくれると思ってた」

 苦しみながら、笑う。

「『オレ』だけは、受け止めてくれると願ってた」

 嘆きながら、笑う。

「苦しくても、『オレ』の為に頑張ろうと思っていた」

 泣きながら、笑う。

「だけど、そんな『オレ』すら否定するんだ。このオレの行為を、我慢を、努力を、思考を、無意味だ無駄だと、切り捨てるんだ」

 彼女はそうやって、苦しみながら、嘆きながら、泣きながら、笑いながら、確かに怒っていた。

「ち、違う。そんな意味で言った訳じゃ……」

 乾梨が慌ててフォローするが、無川が鋭い眼光を向けると、竦み上がる彼女。
 無川が手の中に、刀を出現させた。
 いつもよりどす黒く、黒の中の黒といった、そんな真っ黒の刀を掲げ、地面に突き刺す。
 彼女は怒る。彼女は叫ぶ。彼女は泣く。
 たった一言が、乾梨の何気ない一言が、無川の導火線に火を付けた。短く、無川自身が爆発してしまうであろう、爆弾の導火線に。

「うるせぇよ! もういい! オレになんて価値はねぇ! オレなんて存在は要らねぇ! そんな事実はもううんざりするほど分かってんだよ! だから、お願だから、そんな申し訳なさそうな目を向けるのを止めろ! テメェの目を見るとムシャクシャして仕方ねぇんだよ!」

 嗄れた声を主に、彼女が刀を地面に押し込む。そこはちょうど、赤と白の境目だった。
 瞬間、その二つが、唐突に分かれた。直後、地響きのような轟音が周囲を駆け巡る。
 赤色の世界と、白色の世界に分かれ、どんどん二つの世界は離れていく。俺が立っているのは、乾梨の方の白い側。離れていくのは、無川の方の赤い側。

「無川ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 だが、彼女の姿は、赤い世界と共に、俺の視界から姿を消した。この世界には、白い空間だけが残った。



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